PLAY132 嘘であってほしかった⑤
それからの話は異常に早かった。
ことが早く済んだ。
まさにとんとん拍子のような速さでことがどんどんと進んでいった。
ヌィビットの衝撃の発言から黄稽の裏切りが判明し、その事情聴取として赫破は黄稽に聞いた。
結果として――黄稽は裏切っていた。
己のためにこの国の悪の存在『六芒星』に金を渡し、鬼族の情報を流し、あろうことか亡命の条件として桜姫誘拐を手引きした。
それはれっきとした裏切りであり、同族を売る行為を黄稽は行った。
あろうことか共犯三名と共にそれを行ったことは、鬼族の歴史上初めてであり、アズール国内でもまれに見ない――死と同等の罪を犯した。
共犯の名前は葵霧、紅雨、藤沼。
三人共黄稽と親しい若い鬼族であり、外の世界で食料と物資調達をしている鬼族でもあった。
黄稽から聞いた赫破はすぐに紫知と一緒に事情聴取を行おうと、物資調達から帰って来た三人を呼び止め、問い詰めた。
結果は――もうわかり切っていることだが真っ黒だった。
三人が鬼の郷のみんなを裏切った理由としては、『外の世界で悠々自適に、鬼族の柵などないまま暮らしたかった』と言う理由で裏切った。
なんとも身勝手な理由で桜姫を危険に晒し、あろうことか鬼族を、同胞を売ったことに紫知は怒りを露にして手を動かした。
動かしたした瞬間、彼女は予め持ってきていた短刀を抜刀し、裏切った三人の喉元に突きつけて自害するようにと言い放った時は、流石の赫破もまずいと思い止め、三人と黄稽を地下の座敷牢へと連れてていくように命令した。
実際、彼女が持っていた短刀は時代劇でよく見る切腹用の短刀であり、元々自決を強要するつもりだったのかもしれない。
真相は分からないが、実際そうさせようとしたのだから本当にさせようとしたのかもしれないが、今それを考えても仕方がない。そう赫破は思い、それ以上紫知のことに関して考えることを止めた。
だが紫知は鬼族のことを一番に考えている。そして最も鬼族の闇に浸かっている人物ともいえる存在。
彼女自身両親の死に際を目の前で見てしまったこともあり、他種族のことを心の底から憎んでいる傾向がある。
………否、傾向ではない。恨んでいる。だ。
そんな紫知の背中を見て、裏切った三人と黄稽の背中を交互に見ながらこんなことを思っていた。
手にしている煙管を口に運ばず、そのまま手に持った状態で思った。
――これが、長年の恨みや捻じ曲がった心の末路なのか。
と。
鬼族の他種族への恨みは異常ともいえるくらい長く、そして根強く残っている。残っているからこそここまで潰えることなく語り継がれ、そして受け継がれてきたのだろう。
だがこの受け継がれ方は良い方の継がれ方ではなかった。
簡単に言うと悪い方向の継承だ。
他種族は鬼族を殺し、私腹を肥やして生きてきた。そんな輩を許すな。許してはならない。
許さず、じっくりと死なない程度に甚振ってから嬲り殺せ。
そんな悪い事を言い伝え、自分の郷こそが幸せの場所、他は危ない場所と言い聞かせて閉じ込め、違う考え方をしている鬼族がいたら総出で否定し、相手の心を恐怖と絶望で掌握して従わせる。
「……今の鬼族は、まさに鬼のような一族だ」
赫破は言う。
小さく、呟くように彼は続けて言った。
「異国では、地獄を守る門番として鬼が仕えていたと聞くが、今の儂等は地獄と言う世界を天国とぬかす大馬鹿者だ」
正真正銘の大馬鹿者だ。
大馬鹿で、考えを変えないからこそこうなってしまった。
忘れ形見の片割れを見殺そうとしていた。
それこそ大罪だ。
悪魔族が背負っている大罪よりも愚かで、今の鬼族に相応しいものだ。
憎しみの所為でなどと言う言葉は甘えだ。
自分達が悪いのではない。相手が悪いからやって当然だと、仕返ししてもおかしくないとほざいたのは誰だ? 誰でもない。言っていないのだからどう証明しても無理なのだ。
この状況を創り上げたのは誰だ?
根本的にこの状況を作ったのは誰だ?
はっきりと言おう。
鬼族だ。
今の今まで恨みだけを抱き、変わりゆく世界に歩み寄ることもしなかった結果、仲間の心を壊し、仲間を死なせる手前まで堕ちそうになっていた。
一歩間違っていれば、後戻りどころか戻ることなどできなかった。
一生天涯孤独の一族として、誰かの手を見ることすらできないまま――差し伸べられた手すらつかめない状態にまで堕ちていたかもしれない。
それを変えてくれたのは、言うまでもなく異国の冒険者だ。
鬼族の状況を見て、真摯になって変えようと声を掛けてくれた。
そしてドラグーン王も鬼の今を変えようとしていた。
過去ばかり見ている鬼族を、過去と言う世界しか見えていなかった鬼族に今を見せ、未来に歩んでほしかった。
過去は変わらない。
過去は歩んだ結果。
経過してしまった時間の姿なのだ。
過去ばかりを見て、過去の後悔を引きずった結果の今を痛感したとしても、過去は変わらない。
変えることなどできない。心を変えることをしなかった――考えを変えることをしなかった自分達の所為で、今が起きてしまったのだ。
黄稽の凶行も。
桜姫の誘拐も。
すべて――鬼族の罪なのだ。
――だが、それでも小さな変化をもたらすことはできなかったのか?
赫破は心の底から思った。
過去を掛けることができなかった後悔をし、今を招いてしまったことに対して赫破は思った。
今までの行いを思い出し、緑薙の本音を思い出し、黄稽の凶行を思い返しながら、赫破は思ったのだ。
反省と言う名の……後悔を。
――黄稽……、なんてことをしたんだ……。
――それをしたところでお前に何の得があったんだ?
――裏切りをしたと同時にこの国の法から逃れるとでも思ったのか? 逃れられない法から逃れることができると確信していたのか?
――どの種族も理解しているはずだ。理解しているからこそ反旗して変えようとしているんじゃないのか? お前はその道を歩まず、自ら手を汚さず逃れようとした。
――自ら手を汚す輩よりも質が悪い。そして愚かに見えるのはわしだけか?
――そんなことをせずとも、言葉にして……。
「言葉に……したとしても」
赫破は思った。
確かに言葉にすればよかったかもしれない。しれないが、果たしてそれが本当にいいのか。その言葉が本心なのかは赫破自身わからない。
読心の魔法でもあればよかったかもしれないが、生憎そんな魔祖を持っている魔女はいない。
いいや、いてもいなくても結果は変わらなかったかもしれない。
結局黄稽はしようとしていたのだ。亡命しようとして『六芒星』と取引をしたのだから、心を読んだとしても彼の意思が変わらなければ未来は変わらない。
変わらないから赫破は再度理解してしまう。
言葉にしたとしても、心が変わらなければ何も変わらない。
結局同じ未来になるだけだと。
小さい溜息を吐きながら赫破は視線を上に向ける。
視界に広がる青い空と白くて軽そうに見える雲。
雲に至っては綿あめのように隙間がある雲で、本当にフワフワしているがどことなく歩くのを躊躇ってしまいそうな雲だ。
そんな空を見上げ、今日起きた濃密の数時間を思い出しながら赫破は言う。
小さく、本当に小さな声で呟くように彼は言った。
「さて……、ここからが長い一日だな」
ここから長い一日。
それはこの国の存亡をかけた戦いの幕開け。
大勢の犠牲を生むかもしれない。勝つかもしれない。負けるかもしれない。
もしかしたら全員神のいたずらによって死んでしまうかもしれない。
どっちにしても最悪の想定しかできないが、赫破はそれを思いながら――なぜか口の端を緩く上げていた。
不思議と鼻で笑ってしまうくらいの笑みだった。
何が起きるかわからない。最悪の想定しか想像できないにもかかわらず、何故か赫破の心に恐怖と言うものが、不安と言うものは一切なかった。
全部杞憂で終わると思っているからだ。
杞憂で終わる――そう、今思っていたことは全部想像で、現実はもっといい方向に向くに違いない。
そう思いながら……否、そう確信を持ちながら赫破は手にしている煙管を口に運び、軽く歯んだ後――肺に空気を蓄えていく。
空気よりも密度が大きい煙と言う名のそれを肺一杯に蓄え、蓄えたと同時に溜め込んだそれを一気に吐き出す。
呼吸をするように息を吐く赫破。
吐くと同時に口から、鼻から出て来る白い煙。
空に浮かんでいる白い雲とは違い、煙は空気と同化していくうちにどんどん色素をなくして消えていく。
空気に溶けていくその光景を見ながら赫破は言う。
緩い弧を描きながら――ふっと鼻で笑って……。
「鬼を舐めてはいけんぞ? 似非革命軍」
□ □
「ど、怒涛の展開だったけど、何とかなったな―……」
「こっちは聞いているだけで何にもしてねーけどな」
「た、確かにそうだけど……、それでも俺達いなかったら」
「いーやオレ等完全に蚊帳の外だった。完全に蚊帳の外でした。ただ重鎮様達を運ぶだけの存在でした」
「俺はリョクナさんをおんぶして運んだんだぞっ!? それを無駄な事と言うのは心外だっ。シェーラも思うよね? 俺役に立っていたよねっ?」
「あんたが役に立ったと断言して言える瞬間はあまりなかったけど、まぁ今回はおんぶご苦労様。リョクナさんもきっと喜んでくれたわよー?」
「なぜでしょうね……? どうしてキョウヤとシェーラから悪意を感じられるのでしょう……」
「わ、私は頑張ったと思うよ?」
「ごめんねハンナっ。妹の言葉はすごく嬉しい。普通だったら嬉しいけど、今は滅茶苦茶痛いから俺を慰める言葉はやめてっ。本当に傷つくから。無知からくる半端な慰めは傷害罪適応になる」
あれから少しの間、私達は就寝する時に使っていた部屋で休んでいた。
いうなればつかの間の休息で、休みながらみんなが来るのを座りながら待っていた。
鬼の郷に着いてすぐあんなことが起きて、それがどんどん話が大きくなって、最終的には裏切り者の判明と、協力することを承諾してくれたこの流れは、本当に怒涛に近いようなそれで、たった三十分くらいしか経ってないないのに、何時間も経ったかのような感覚に陥ったのは、きっと感覚がバグっていただけかもしれない。
それでもこの三十分くらいの時間は私達の感覚で言うと、本当に長かった。
だから休んでいるアキにぃとキョウヤさんは胡坐の状態で座りながら溜息を吐いて話をしている。
肩に力も入っていない。本当にリラックスしている状態で話している。
シェーラちゃんも呆れているような面持ちで座りながらアキにぃ達を見て溜息を吐いている。
多分……、キョウヤさんと同意見だという気持ちで溜息を吐いているんだろうけど……。
リラックスしている三人とは対照的に――虎次郎さんはなんだか胡坐とは違う足の組み方をして、目をつぶっている状態で微動だにしていない。
刀を自分の横に置いて、その状態で深く、深く深呼吸を小さくしている。
多分これは、座禅かな……?
多分虎次郎さん的には精神統一をしているんだと思うけど、それを部屋の端でやっているから、正直足痛くないのかな……? と心配になってしまう。
でもそんなこと気にもしていない様子で話している三人を見て、私の近くで正座をしながら待っているヘルナイトさんを見て、話しかけることはしなかった。
正直、大丈夫……、なんだよね? と思いながらみんなの方に視線を向けて、少し隙間が空いている障子戸に視線を向けながら私は言った。
本当に呟くように、私は小さな声で――
「エドさん達……、遅いな」
そんな私の言葉に、みんなの視線が私に集中する。
今まで和やかな空気が出かけていたそれが一気に静まり返ったかのような、そんな空気になってしまった。
正直ここで『やってしまった』と言う後悔はあまりない。
本音でそう思ったことで、こんなにも長くなってしまうほど王様は危ないのか……? と思ってしまうくらい遅いので、そのことも踏まえて心配になって声を上げてしまった。
簡単に言うと――最悪の想定をしてしまい、心配になって声に出てしまった。
である。
そう、今私達は休みながらみんなが来るのを座りながら待っていた。
みんなと言うのは私達――だけではない。
この状況は大きなことで、国が滅んでしまう一大事なのだ。
一大事の時に協力を仰いだ鬼族のみんなと、私達だけで止めようなんて言う行動は――絶対自殺行為。
鬼族の皆さんがいるから諺で言うところの『鬼に金棒』かもしれないけど、少数の金棒だけでは心もとない。
どころか足りなさすぎる。
足りないからもう少し金棒が必要になる。
だから金棒となる存在を――協力してくれるみんなのことを、プレイヤー達のことを待っていた。
今現在、別室にシルヴィさん達と戻って来たシロナさんと善さんはいて、二人はリカちゃんと一緒にシリウスさんのことを探している。
ヌィビットさんとクィンクさんはあんなことが起きたのに、まるで過ぎたことのように紅茶を飲んでいたけど……、『本当にゆったりしすぎじゃない?』ってアキにぃが言っていたのは、ここだけの秘密にしておこう……。
……そう言えば、あの時もシリウスさんいなかったけど、一体どこに行ってしまったんだろう……。リカちゃんもかなりショックだったみたいだし、早く見つかって、元のエドさん達のチームに戻ってくれるといいな……。
そしてエドさんと京平さん、そしてしょーちゃん達も、大丈夫かな……?
「そう言えばショーマ達『フェーリディアン』にいなかった気が……」
「ホテルとかにもいなかったわ。道草食っていたのかも」
「にしては長い道草だな……。こっちは大変だったのにあいつ等……」
キョウヤさんとシェーラちゃん、アキにぃの話し声が聞こえたけど、殆どがしょーちゃん達に対しての悪口に聞こえた気がした。
私はそれを聞いて内心焦りと言うか、冷や汗のような物を握った手の中で感じると同時に、この空気はどんどん悪化していく。そして悪化と同時に空気が悪くなることをなんとなく察したので、近くに板ヘルナイトさんに視線を向けて――
「そ、それにしても、アカハさん達が協力してくれて本当によかったですね」
と言った。
これは本音で、正直協力は高望みのようなそれだったから、時間はかかったけど協力してくれることに感謝しかなかった。
しかもアオハさんと言うオウヒさんのお兄さんが率先して協力してくれることを宣言してくれたから、その言葉を聞いてから安心しかなかったのも本音だ。
本当に嬉しい事なのに……、なのに……。
ヘルナイトさんは、一言も話さなかった。
正座した状態で、腕を組んだ状態で俯いている。
いつも凛としているその言葉を私達に向けて声をかけてくれる。そう思っていたのに、今はその声がない。
どころか聞いていないのか、私の声に対して反応を示さなかった。
「ヘルナイトさん……?」
「「「?」」」
「きゅぅ?」
反応しなかったことに私は不安を抱きつつ、もしかして、聞いていなかったのかな? と思いながらヘルナイトさんの名前をもう一度呼ぶと、その声にアキにぃ達三人が反応して、帽子の中で待機していたナヴィちゃんも顔を出してヘルナイトさんのことを見ると――
「! あ、ああ、すまない。聞いていなかった」
と、ヘルナイトさんから出た意外な言葉。
一度も聞いたことがない言葉に、私は驚きのまま首を傾げて「どうしたんですか?」と聞くと、それに畳み掛けるように、今まで精神統一 (?)をしていた虎次郎さんが声をかけてきた。
背後だから余計に驚く様なそれで、虎次郎さんは言ったのだ。
「何か気になることでもあるのか?」
「! 師匠」
虎次郎さんの言葉にシェーラちゃんが驚き、『聞いていたんですね』と驚きながら言うと、虎次郎さんは頷きながら――
「なに、座禅組んでいても聴覚は音を嫌でも拾う。拾ったついでに感じただけよ」
「感じ取った……って?」
「年長の勘だ。女の勘も鋭いが、儂もそれに劣らずの物を持っている。人生経験上で言うが、何が気になっていることがあるのではないか?」
気になっている事。
それを聞いて再度ヘルナイトさんのことを見ると、ヘルナイトさんは顔を上げたまま視線を下に向けている。甲冑越しでもわかる様なその視線の先は何を見ているんだろう……。多分私じゃない。
死線をさまよっているような僅かな俯きはアキにぃ達にもわかったらしく、それを見てアキにぃはヘルナイトさんに向けて、意を決するように聞いた。
さっきまでの和気藹々が緩和され、今あるのは真剣な流れ。
笑いなんて一切ないシリアスな空気。
そんな状況でアキにぃは聞いた。
「もしかして、鬼族の会話で何か思い出した?」
アキにぃの言葉を聞くと同時に私はヘルナイトさんのことを見る。
驚きと、喜びを混ぜたような顔で見上げると、ヘルナイトさんは重い口を開けるように、「ああ」と言う。声色から察して――あまりいい記憶じゃなかったみたい。
だからなのかな……? あんなに考え込んでいた原因が、記憶が戻った内容に関して?
そう思いながらも話は続いていて、アキにぃの言葉とヘルナイトさんの言葉を聞いてか、虎次郎さんは座禅を組んだ状態で言った。
ヘルナイトさんに向けて、助言を与えるように――
「なら、ここでその内容を話せばいいのではないか? このまま払拭しないままでは戦いに支障が出てしまう。ならその前に吐き出してすっきりすればいいんだ」
どうだ?
虎次郎さんは言った。
何か考えているなら話した方がいい。
話したら楽になるかもしれない。
そう言った優しさを含めた言葉をかけて、私もヘルナイトさんのことを見て頷き、みんなも頷いてヘルナイトさんのことを見る。
当の本人は驚いた状態だったけど、すぐに元の面持ちに戻って、私達のことをゆっくりと回る様に見渡し、少しの間考えてからヘルナイトさんは――意を決したように再度正座になって言う。
一言――
「思い出したことがある」
そう言ってすぐに次の言葉を吐く。
「この国では、絶対に侵してはならない法があることを思い出したんだ」




