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PLAY130 些細な行動は大きな変化へと――③

 ヘルナイトさんは言った。


「これは私達が出る幕はないと思う。それに……、これは鬼族の問題だ」


 と――


 きっと、これがゲームの世界ならば私達主人公たちが何とか話をして流れを何とかすると思う。


 私自身わからないけど、こう言った展開に関してしょーちゃんとつーちゃんが話しているのを今思い出したからこう言ったけど、実際は分からない。


 わからないからこそ何も言えずにいた。


 ただただ膠着状態のように黙っていることしかできずにいた私達――じゃない。私。


 厳密にはアキにぃとシェーラちゃんは前に乗り出して怒声を浴びせようとしていたし、キョウヤさんは少し制御していたけれど、アキにぃ達と同じ気持ちだったのは言うまでもない。


 だってもしゃもしゃが同じだったから、キョウヤさんもきっと怒りたかったに違いない。


 怒りたい状況の中、言いたい気持ちが爆発しそうだったその時、ヘルナイトさんは私に向かって行ったのがあの言葉。


 これは、私達が出るべきところではない。


 それが長い間考えた言葉なのかはわからないけど、それでもヘルナイトさんが出した結論――考えに考えた結果なのだろうけど……、正直それで『はいそうですか』と言えるような状況ではなく、それに対して私も反論してしまった。


 鬼族の問題は知っている。


 それがすごい根強さを持っている事も、そんな簡単にほどけるようなものでもないし、私達に気を許すなんて夢のまた夢に終わってしまいそうなほど警戒していることも知っている。


 それはヘルナイトさんが言っていたことだし、変える考えを与えてくれたきっかけを与えてくれたのもヘルナイトさんだけど、発言することを止めることは、ある意味驚いたのも事実。


 こういう時、ヘルナイトさんなら前に出て発言すると思っていたし、みんなの行動に便乗すると思っていた。


 みんなもそう思っていたに違いないけど、それをしなかったことで驚きを隠せなかった。


 だから反論しようとした。


 しようとした――の方がいいかもしれない。


 それをする前にヘルナイトさんが遮ったことで、更に訳が分からなくなってしまった。


 ヘルナイトさんはこれを『内面の問題』と言っていたけれど、本当にどういう事なんだろうってこの時の私は首を傾げてしまった。本当にしてしまうくらい理解が追い付かなかった。


 追いついていなかったのは私だけじゃない。


 アキにぃやシェーラちゃん、キョウヤさんだって首を傾げていたから、ヘルナイトさんが言っていることに対してこう思ったに違いない。


『一体何を言っているんだ?』


 と……。


 それを聞いてアキにぃはヘルナイトさんに対して『どういう事なんだ?』と言う疑問よりも、それよりも『止めないといけない』と言う使命感が大きくなってしまった言葉……、ううん。これは意見をぶつけようとした時、アキにぃを止めた人物は怒りなんてなくなってしまった顔でアキにぃを止めてきた。


 あろうことか――このまま『静観』するというヘルナイトさんと同意見を言って……。


 虎次郎さんの意見に対してアキにぃやシェーラちゃん、キョウヤさんは驚きを隠せなかったし、私も同じように驚きを隠せなかった。


 まさか虎次郎さんもヘルナイトさんの同意見だとは思わなかったし (一応言っておくけど、それが間違いで怒っているわけではない)、まさかこんな言葉を言ってくるとは思わなかったから、正直虎次郎さんの発言は不意を突かれたかのような驚きだった。


 でも、なぜなのか……この時の二人のもしゃもしゃからはマイナスなそれが……『諦め』とか、そう言った負の感情が全然出ていなかった。


 どころか、正の感情しか見えない様なもしゃもしゃを出して、温かく見守る姿勢でオウヒさんのことを見ていたのだ。


 それを見て、私達はヘルナイトさんと虎次郎さんに対して反論することを止めて、オウヒさんのことを見守ることに徹し、オウヒさんの声がリョクナさんに届くことを信じて、私達は耳を傾けることに徹した。


 本当ならこうしないで、別の方法をしようと思っていたけれど、ヘルナイトさんの言葉を信じて、オウヒさんのことを信じて静観に徹して……。



 □     □



 ………今にして思うと、これはこの行動をして正解だったと思う。


 もし――もしあの時『静観』しないでいたら、どうなっていたんだろう……?


 もしかしたら悪化していたかもしれない。


 もしかしたら……聞く耳すらなかったって言う結果で終わってしまう。そんな無意味な結果になってしまっていたかもしれない。


 でも、今になって思うとそれはやらなくて正解だった。


 だって――



 □     □



「『陥れようとしていない』? 『国の一大事だから協力しろ』? ソンナ都合のいい話が通ると思っているのか桜姫っ! その都合のいい言葉は彼奴等の口車なんじゃ! 儂等を陥れようとしているか否かなど関係ない! 儂等の本心がそれを拒絶していると言っているんじゃっ! わからんのかっ!?」


 オウヒさんの言葉を聞いていたリョクナさんは何度目になるのかわからない怒りを爆発させるように、畳の床に拳を振り下ろして怒りを体現した。


 だんっ! と、畳越しに与えられた衝撃は小さなもの……と言うわけではなく、まるで力が自慢の大男が地面に向けて拳を振り下ろしたかのような音が室内に響く。


 テーブルに向けられた音とは違った音だけど、それでも大きく聞こえたのは表現じゃない。本当にそう聞こえた。


 聞こえて、その衝撃を感じたからなのか――オウヒさんは「う」と唸る声を零しながら驚き顔で肩を震わせてしまったけど、反抗の意思は折れることはなく、オウヒさんは曲げない意思を顔に出して、必死な顔でリョクナさんのことを睨みつける。


 ぎっと睨みつけて、小さな声で「こんの……分からず屋ぁぁ~……!」と唸り声のような声を放ったけど、生憎というか、小さく放った声は私達の耳にも入ってしまった。


 虚しい小さな声だったからなのか、それとも犯行の声を上げたからなのかはわからないけど、リョクナさんばかり話していた状況の中、リョクナさんの後ろで聞いていた老人の鬼族の人たちは今まで固まって話を聞いていた (というか喧嘩を聞いて入る隙がわからなかったのかもしれない)けれど、リョクナさんに背中を押されたかのように、次々とオウヒさんに向けて意見を放ち始めた。


 俺達も続くぞ。


 まさに言葉の戦場のように――


「そ、そうだぞ姫! 彼奴等は言葉巧みに儂等を利用しようとしているだけだ」

「結局己の兵力を失いたくないが故の言葉。易々乗せられるかっ」

「儂等のことを一度でも考えての言葉なのか? 今まで他種族に追われ、生き延びてきた儂等の屈辱は、苦汁を啜る日々を一蹴した輩に、わざわざ手を貸すなど……!」

「そんなことしてみろ! また裏切られるに決まっている。また殺されるに決まっている……! そんなの、まっぴらごめんだ……!」


 リョクナさん側の鬼族の人たちは言う。


 それは裏切りを怖がっているかのような、殺されてしまうかもしれない恐怖を吐露している言葉の数々。


 今までのことを思い出して震えている人もいれば、ボロボロと涙を零しながら「いやだ……。いやだ……」と嗚咽を吐いて訴えかける人もいる。


 今まで脅かされてきた身だからこそ、信じようとして行動した結果――裏切られる。


 それを何度も体験して、殺されて、命からがらの状況の中を生き抜いてきたからこそ、自分以外の人達が信じられない。自分の種族以外の人たちのことを信じることができない。


 信じてしまったら負け。


 そんな世界の中で生きてきたからこそ、今まで虐げられてきたからこそ、殺される日常を過ごしてきたからこそ――悠々としている人達の掌返しが心の底から許せないのだと、やっと真意を知ることができた。


 実際は掌返しじゃないけれど、鬼族の老人達からすると掌返しに聞こえてしまうのかもしれない……。


 そう思っていると、老人側の話を聞いていた若い鬼族の人たちは苛立ちを露にし、一人の鬼族の人が座った状態で指を指しながら荒げた声で反論した。


 もう聞いているだけでイライラする。


 まさにそれが顔に出ている状態で――


「もういい加減に今を見ろっ! 昔のことばかりしか見ていない、思い出していないからそんなひねくれた性格になったんだ!」

「そうだ! あんた達の時代は確かに聞いているだけで気分が悪くなりそうだった。そこは理解しているし、何より俺達だって殺されると思いながら過ごすなんて嫌だ。だが今は違うっ! それはもう過去の話しで、そもそももうそんなことを考えているひとなんていないかもしれないだろう?」

「金稼ぎのために命狙われたことは聞いているが、昔と違って今は稼ぐ方法も変わっている。殺生なんてしたら犯罪って言うのも常識なんだ。そんなことを今でもしようとか思っている時点でおかしいんだよっ」

「意味があって角を奪おうとしている時点でおかしいんだ! もう大丈夫なんだって!」


 若い鬼族の人達の言葉を聞いていた私達は、多分心の中で一つの言葉が出てきたと思う。


 厳密にいうと、虎次郎さん以外の私達は若い鬼族の人たちに向けて――心の中で思った。



 意味があって角を奪っていた人がいました。


 国がらみで。



 そう心の中で私は、私達は思った。


 多分記憶の新しい事だけど、それは砂の国で起きたことで、砂の国が作っていた武器――『秘器』と言う武器の力は魔女の力もあり、鬼の角を使っていたということを覚えている私。


 それは本当に悍ましい事でもあり悲しい事でもあり、お金と言う潤い以外の方法で鬼族を殺してきた人達のことを見たからこそ…………、逆に声に出しては言えないけど、心の中でそんなことがありましたと、叫びたい気持ちをぐっと抑えて思考の中で思って消した。


 本当は、『ありました』って言いたいけど、その言葉で余計に話がこじれてしまっても困るから、敢えて言わないだけで、本当はそんなことがあったんだよって、今話したいくらいだ。


 話したいけど言わない。


 本音を言えばいいわけではない、嘘も方便とはまさにこのことなのかもしれない。


 ナヴィちゃんもやっと私の肩に乗ることができて一呼吸休んだ後、若い鬼族の話を聞いていたのか『きゅきゅぅ……』と、何か言いたそうな顔をしていたけれど、何も言わなかったからきっと同じことを考えていたんだと思う。


 そう思いながらオウヒさん達の話に再度耳を傾けると……。


「もういい加減にして緑薙っ! 今はそんなことでいちいち言い訳してもしょうがないでしょっ!? 私は見たんだよっ? 聞いたんだよ? 痛い思いもしてきたし、なんなら色んなものを一瞬だけど見てきた! その世界が壊れてしまうって……そんなの嫌以上に悲しいじゃん! 緑薙だって郷が無くなった時、悲しかったでしょっ!? それと同じくらい、私はこの国が好きなのっ! 消えてほしくないのっ!」

「!」


 オウヒさんは叫んだ。荒げる声と共に苦しくなっていく胸を押さえながら、痛みと言う物理的な物はないけれど、幻覚のように感じてしまう痛みを胸で感じ、その痛みを抑えるように右手で胸の辺りを――心臓を鷲掴みにするように握りしめる。


 手の甲に出ている血管が握っている強さを表し、顔から浮き出る汗が必死さを表しながら――オウヒさんはリョクナさんに訴えかけたのだ。


 オウヒさんの訴えは続く。


 荒げる声に、少しずつ水が含まれているような音色で――


「私は、私は緑薙達の気持ちを百パーセント知ることはできないと思う。だって私はその時の体験者じゃない。当事者じゃない。よく緑薙は言うよね? 『その時の惨事を体験していない輩が口を出すなっ』とか言っているけど、体験しているならわかるんじゃないの? この国が滅んでしまうって言う事は、緑薙達が経験したことが起きるんだよ? 何の罪のない人たちが死んでしまうかもしれない。辺り一面が血の海なってしまう。最悪アズールが無くなってしまう! そんなの考えたくないっ!」



 緑薙達の生まれ故郷の二の舞が、また起きるんだよっ? それでもいいのっ!?



 荒げる言葉の数々は、まさにオウヒさんの本音のオンパレード。


 そして、考えさせられるような内容の数々だった。


 確かに、人の気持ちなんて百パーセント伝わるかどうかと聞かれたら、伝わらないかもしれないし、伝わるかもしれない。


 でも体験談と言うものは重ければ重いほど、感情移入したとしても伝わっていないと思う。


 体験した人の記憶に刻まれたそれはまさに今でも思い出してしまうリアルな情景。


 思い出したくないことも思い出してしまい、それがフラッシュバックとなって苦しめることもある。


 人生は経験だ。


 でもその経験の中で死ぬかもしれない様な、衝撃の経験をしてしまえば誰だって思うだろう。


 もうあんな体験はしたくない。二度と起きないでほしい。


 切実で、心の底から嫌だったから、苦しかったから、悲しかったから、その時の経験を、体験を全部言葉で表すことは難しい。


 それを何度も聞いていたオウヒさんは、リョクナさんと、リョクナさんと一緒になって『協力反対派』の行動をしている鬼族のみんなに向けて――追われていた時の体験をしている鬼族に向けて訴えかけている。


 自分達が悲しい思いをしてきた出来事と同じことが起きる。


 しかもこの国と言う大きなものが、たくさんの人が死んでしまうことを訴えているんだ。


 外の世界に憧れを持っているからと言う理由じゃない。


 これは――純粋な気持ち。


 純粋に、大惨事を起こしたくないという一心で、大惨事を止めたい一心で訴えているんだ。


「………………………」


 リョクナさんや他の老人の鬼族達は言葉が出ないほど躊躇ってしまい、狼狽しているようにも見えてしまう。きっとオウヒさんがここまで言うとは思わなかったし、まさかここまで言うとは思わなかったのかもしれない。


 それは若い鬼族の人たちも同じで、私達だって同じだった。


 いうなれば盲点なのかな……?


 オウヒさんがリョクナさんの……、リョクナさんと同年代の鬼族の人たちの生い立ちを聞いている上で、聞いて、理解したうえで訴えている。


 人の記憶を、トラウマを利用しているようで胸糞だな。


 そう言う人もいるかもしれないけど、現実として、その言葉を言う人はいなかった。


 いなかった――繋理は沈黙で、呼吸を乱しているオウヒさんの声しか聞こえない部屋で、たった一つの音が部屋に放たれた。


 ――がらっ。


 と、障子戸が開く音が聞こえ、その音を聞いた私は音がした方向に視線を向ける。


 勿論それはヘルナイトさんやアキにぃ、そしてオウヒさん達も音がした方を見て――


「あ……」

「な……ぜ?」

「え?」


『協力反対派』の鬼族達は驚愕に顔を染め。


「うそだろっ?」

「なんであいつが……!?」


『協力賛成派』の鬼族も驚愕に顔を染めて。


「あ」


 オウヒさんも驚きの顔をした状態で、さっきまでの気迫が無くなった、鎮火してしまった顔で障子戸の方を見ていた。


 私達冒険者組は一体誰なんだろうと思って見ていたけれど、障子戸の人は言う。


 静かに、つい冷たく感じてしまう様な音色と共に、その人は――額に出ている三つの角を持っている鬼族の人は言った。


「――話は聞いたぞ」


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