PLAY130 些細な行動は大きな変化へと――②
ヌィビットと黄稽の会話が繰り広げられているその頃……。
ハンナ達がいるその室内の外……、障子戸越しでその会話を聞いていた存在達は障子戸に耳を添えつつ、気付かれないように細心の注意を払いながら会話を聞いていた。
簡潔に言うと盗み聞き。
まさに壁にコップをつけて聞くように、障子戸から少し離れた場所で口論を聞いているその状況はまさに盗み聞き。
一塊になりながら聞いている存在達は激化しつつある口論を聞いているリカ、シルヴィ、蓬とコーフィンは障子戸越しから見えない場所に隠れていると、話を聞いていたリカは自分の頭上で立ち膝をしているシルヴィに向けて聞いた。
子供らしく、首を傾げながら……。
「ねぇ、あれってケンカしているの?」
「! 喧嘩……、確かにあれは喧嘩と言われてもおかしくない言葉だな」
リカは首を傾げながらシルヴィに聞く。
疑問に思っているが互いが互いに怒っている言葉の数々を聞いて不安を抱いているような面持ちで。
そんな面持ちを見ていたシルヴィは少しだけ考える仕草をしながら答えを探して言葉を零す。
確かに、リカから見るとこの口論は喧嘩しているようにしか聞こえないだろう。
喧嘩はどこで聞いてもいいイメージはない。且つ悪いイメージが定着しているので、怒鳴り声が聞こえてしまうと喧嘩をしていると思ってしまうのは人の性かもしれない。
ネガティブ思考と思われてもおかしくないかもしれないが、リカの場合は前者らしく、不安そうな顔をしながらシルヴィの顔と口論の戦場とかしている障子戸を交互に見ている。
リカの顔色を窺いつつ、現在の口論を聞きながら状況をなんとなくだが理解したシルヴィは、考える仕草をするように顎に軽く握った拳を添えて言う。
あくまでもこれは喧嘩ではない。だがそう聞こえるのも無理はないがと言うことを添えつつ……。
「怒鳴ったりしているように聞こえるのは怒っているからではない。ただ自分の本音をぶつけて、感情的になっているだけだ。これで暴力沙汰になることは」
「でも暴力沙汰になりそうな空気だね~。僕そうなったら即逃げるかなぁ。面倒事に巻き込まれたくないし」
しかし案の定……、シルヴィの言葉に対して上乗せするように言ってきた蓬はあくどい笑みを浮かべながら最悪の想定を口にし、あろうことか不安を煽り、その不安を面白がるように笑みを零す。
あくどく、絶対に相容れない蓬に対し、シルヴィは睨みを利かせて嫌悪を表すが、そんな嫌悪でさえも蓬は面白がっている様子。
二人の嫌悪感剥き出し、空気が重く感じる光景を見ながらコーフィンはペストマスク越しで苦い顔をする。
勘弁してくれ。
その顔をペストマスク越しで出しながら……。
コーフィンの気持ちを全く見ていないシルヴィと蓬はリカを挟んだ状態でお互いの顔を見ながら一幕間を置いた後――静寂を破る様に蓬はあくどい笑みを浮かべた状態で続きの言葉を言い出した。
因みに――一塊になっている状態で言うと、リカは下の方で寝そべりながら話を聞いている状態でそのうえで立ち膝をしているシルヴィと、後ろでコーフィンの前で座っている蓬と、三人のことを後ろから見守る (何かあったらすぐに止めるように警戒しながら)コーフィンと言う体制になっている。
なお、コーフィンはこの時――クィンクも一緒にいて、後ろで待機していると思っている。
思っている中コーフィンは見守り、もし二人の会話が激化した瞬間止めようと心がけていた。
心がけている最中――蓬は言う。
シルヴィに向けて……。
「そもそも鬼族の口論って完全に悪口も含まれているし、このまま平行線って言う展開もありかもしれないよ? だって頭固いみたいだし、固定概念と言うか昔の思考が強いみたいだし、ここで『協力しろ』って言われても断固として頷かないよ――これ」
「頷かないにしても、心動かされるかもしれないだろう。話を聞くに、『姫君』と言う人物が声を上げているんだ。そんな簡単に折れないだろう」
「あー……、『姫様』ねぇ……、確か鬼の一族の中でも奇異な力を持っている人物で、その力を持っているからみんなから重宝されているって聞いたけどさ……、所詮は名ばかりのもので何の役にも立たないでしょ。だってあの怖ーいおばあさん、折れてないじゃん」
「………折れていないが、折れないとその、あれだ。進まないだろう?」
「あぁもしかして展開のことを言っている? それはゲーム上のシステムでこの世界はかなりリアルに近い。いうなれば現実的な展開に近いところがあるのと同じで、正直その進まない事態も進まずに終わってしまうことが多いと思うよ? 甘い事を考えるんだねー警官さんは」
「………お前、少し言葉を選んでくれ」
「選んだ結果の言葉だよ? 僕はこう見えて優しいんだよ? 他のドエスだったらこんな生易しいこと言わないよ。僕は現実的に、リアニスト的思考を重んじて言っているだけ。都合よく事が運ぶとは」
到底思えない。
断言したその言葉に濁りと言う名の意地悪など含まれていない。
真っ当にして真っ直ぐな言葉に、シルヴィは言葉を詰まらせて蓬のことを睨みつける。
無言の睨みを聞かされている当の本人は呆れを表すように肩を竦めてシルヴィのことを見下ろすように……、否、見下しの視線を向けながら鼻を鳴らした。
二人の会話は終始暗いもので、それを聞いていたリカは居心地が悪かったのか、自分の種族の特性でもある半分幽体の力で二人の間をすり抜け、背後で待機していたコーフィンに近付きながら小さな声で……。
「……二人は仲悪いの? 仲が悪いから喧嘩しているの? 嫌いなのになんで一緒にいるの?」
と、疑問に思っていることを全部口に出してコーフィンに聞いたのだ。
一つしか聞かれないだろうと思っていた想定がいとも簡単に崩れてしまい、同時に三つも聞かれたことで驚きもあったが、リカが疑問に思うことも一理あるなと思いながらコーフィンは耳打ちをするように小さな声でリカに言った。
勿論いっぺんに言うということはしない。一つ一つ丁寧に説明してだ。
まずコーフィンはリカに向けて言った返答は――仲が悪いかと言う返答に対してコーフィンはこう答えた。
「仲ガ悪イカドウカト聞カレルト、仲ハ良好……、仲ハイイト思ウナ。ヨク言ウダロウ? 『喧嘩スルホド仲ガイイ』ッテ」
「………私はそう思わない。だって喧嘩している時っていい気分じゃないし、他人にも嫌な気分がうつるからそう思わない」
「ソウ思ワナイッテ、ナゼソウ思ウンダ?」
「だって、喧嘩している光景なんて何度も見たことがあるし、それにその喧嘩の最後は決まって『リコン』だったもん。それでお母さんもお父さんも言葉通り『リコン』したもん」
――それは、あまりにも衝撃の言葉。
いいや現実的に考えればその流れはよくあることかもしれない。
だが、それでも衝撃としてのしかかることはある。
なにせ、リカが話していることはまさに夫婦関係に関することで、その結果が最悪の結果になってしまったという箇条書きの内容だったからだ。
リカが何歳なのかはわからない。少なくとも幼いように感じるが、それでも離婚と言うものは精神的にもダメージとなってしまい、環境が変わる大きな要因にもなってしまうものだ。
要因と言っても人それぞれで、受け入れる人もいれば、受け入れることができない人物もいる。リカはきっと、後者だ。
そうコーフィンは思いつつ、シルヴィと蓬の口論に視線を移しているリカのことを見ながら口を閉じる。
現在進行形で話を続けているリカの話を聞くために。
「お父さんもお母さんもシルヴィさん達と同じように、最初は静かに話し合いをしていたの。でもどんどん声が大きくなって、怒鳴り声が聞こえるようになって、二人共怒って『リコンだ』とか。『もうわかれるか』とか言って、結局決まんないでその会話も終わっちゃうの。二階にいても聞こえてきて、正直嫌だった。家族ってけんかはするかもしれないけど、結局は温かいカテイっていうものに戻るものだと思っていたし、お父さんもお母さんもお互い好きだからケッコンしたんでしょ? それなのになんで離れちゃうんの? 好きじゃないのって思っていたら、お父さんとお母さん離れ離れになっちゃった。『リコン』して、ケンカしたまま私をおいていっちゃった」
「置イテイッタ? オ父サンカオ母サンドッチカニ付イテ行ッタンジャナイノカ?」
「違うよ。二人共私をおいてけぼりにした」
おいてけぼりにした。
リカはそうはっきりと言い、それを聞いたコーフィンは第一声として思った言葉を心の中で呟いた。
アリエナイ。
と。
実際離婚となった際――子供の親権をどちらにするかと言う話し合いをするのが普通だ。
親権を渡すか渡さないか。その辺の話はかなり生々しく、どころか想像以上に酷な話になるのでこれ以上は語らないが、それでも親権と言うものが存在する。
リカもその親権でどちらかの親と一緒になったのだろうとコーフィンは思っていた。
だが予想外にも、それは崩れてしまった。
どちらにもつかず、どころかリカの両親はリカのことを置いて行ったのだ。
親の風上にも置けない行動。
そう言われてもおかしくないが、それ以上にコーフィンが驚いたのは、リカの方だった。
真っ直ぐ見つめるその視線はシルヴィと蓬のことを見ている――普通に見ていればそう見えるかもしれないが、コーフィンにはそう見えなかった。
リカはどこも見ていない。
虚ろの視線をどこかに向けることなく、空を見つめている。ぼーっとしているような明るさを失った瞳でリカは語り続ける。
少しの間しかいないが、それでもコーフィン視線で見てきたリカとは違い……、子供特有の純粋さが無くなってしまったかのような瞳を見たコーフィンは驚きを隠せず、ただただリカの話を耳に入れ、脳に刻むことしかできずにいた。
できずにいた中でも感情はある。
ある中でコーフィンはリカの話に耳を傾け続けた。
空しか見ていない――虚無しか見ていないリカの瞳を見て、リカの闇を垣間見ながら……。
「お父さんもお母さんも私のことを見ていなかった。もう二人の会話の中に私はいなくて、私はずっとのけもの扱いにされていた。何も知らされていないけど、それでも二人の喧嘩の声が聞こえて来る。聞けているから内容も分かっていたし、何より私のことをじゃま者扱いしていた。それがすごく悲しかった。居場所もないから居場所を作るしかなかった」
自分にとって、心休まる居場所がないかのような言動。
それは子供にして見れば苦痛でしかないような言葉。
「親は嫌い。だってすぐ喧嘩して何も解決しなかったら『リコン』って言って不安にさせるから」
リカは言う。腕に爪を立てて痕を作りながら――
「でもゲームは裏切らない。自分の実力を裏切らない。それに『ジャスティーマン』も大好き。だってジャスティーマンはヒーローで、みんなの正義の味方。絶対に裏切らないもん」
リカは言う。いつぞやか言っていたヒーローの名前を出して。
仄かに笑みを浮かべているが、その笑みに本当の喜びと言う物がない。
ただ笑みを浮かべているだけ。張り付けているだけに見えてしまうそれを視界の端で見ながら、コーフィンは徐に手を出し、そしてリカの頭に向けて……。
――ぽんっ。
と、軽く乗せた。
只軽く乗せるだけで、撫でたりはしない。
只乗せた状態でコーフィンは頭に手が乗っていることに驚いたリカに向けて、やっと言葉を述べた。
今まで見ていたリカの片鱗――本心の片鱗を見て思考の整理をしていたコーフィン。正直彼自身どんな言葉をかけた方がよかったのか、未だに整理がついていない。
だが今聞いた言葉と、今欠けるべき言葉だけは整理ができた。
だからコーフィンはリカの頭の手を置き、そして小さい声でこう言ったのだ。
「アァ、ソウダ。ヒーローハ裏切ラナイナ。正義ノ味方ハ弱イ人ノ味方ダ」
「…………うん」
「ダガ、オ前ハ少シ間違ッテイル」
「?」
片言ながらコーフィンはリカに言う。
静かに、怒りはしないが、的確に間違っていることを指摘するように、静かに言い聞かせるようにコーフィンは言った。
「両親ハオ嬢チャンノコト、除ケ者シハシテイナイ。両親モ人間ダ。キット心ニ余裕がナカッタダケデ、チャントオ嬢チャンノコトヲ考エテイタト思ウゾ。ダッテオ嬢チャンノ親ナンダ。置イテドコカヘ行クナンテアリエナイカラ、ソンナ悲シイコトハイウンジャナイゾ?」
「………………………」
「ソレニ……」
と言って、コーフィンは視線を目の前に向ける。
現在進行形でいがみ合いをしているシルヴィと蓬――より前の、口論が起きている障子戸を見つめながらコーフィンはリカに向けて言う。
はっきりと、断言をするその言葉で。
「怒鳴リ声ガ全部喧嘩ト思ワナイ方ガイイゾ。コレハ本音ノブツケ合イ。ツマリハガチンコデ戦ッテイルノト同ジデ、喧嘩ジャナイ。真剣ニ本音ヲブツケテイルダケダ」
経験トシテ聞イテイタ方ガイイゾ?
コーフィンはリカに向けて言う。
聞いた方がいい。聞かないことは駄目だとやんわりと諭し、これは喧嘩ではないことを示唆しながら告げた。
コーフィンの言葉にリカは一瞬嫌な顔をして、『いやだ』の『い』と言う言葉を言いそうな顔の歪め方をしたが、コーフィンはそれを許さないと言わんばかりに『イイナ?』と言って念を押す。
圧された念はまさに子供に対して叱る大人のような光景。
その光景と、コーフィンの揺るぎない意思を汲み取ったことで、リカは項垂れながら小さく「はぁい
」と言って再度視線を障子戸に向ける。
今まさに、現在進行形で行われている口論に嫌々耳を傾けて。
嫌々ながらも向けているリカのことを見下ろし、頭に置いていた手をどけながらコーフィンは思った。彼女の口から零れた言葉の数々。衝撃の言葉も含めてコーフィンは思った。
――キット記憶違イダ。親ガ子供ヲ置イテドコカニ行クトカ、ドラマジャナインダ。ソンナノアリエナイ。
――ソウダ、絶対ニ記憶違イニ決マッテイル。
リカの言葉を聞いて、真実味を帯びているような言葉を思い出し、きっと記憶の過程で起きている記憶は間違いだと思いながらコーフィンは視線を障子戸に向ける。
頭の片隅に残っている、リカの偽りのない眼を思い浮かべながら……。




