PLAY129 溝と告白と衝撃の三重奏⑤
「――いい加減にしてっっ!!」
突然の怒声。
それはまさに感情的になってしまった叫びで、私達はそれを聞いて驚いてしまい、仲裁に入っていたアカハさんも驚き、リョクナさん率いる『協力反対派』の人たちも声を放った人を見ながら固まってしまった。
あんぐりと――まさに漫画のような驚き方をしたまま固まっているその姿は、まさに『あんぐり』で、あんぐりをしたまま固まっているリョクナさん達、アカハさん、『協力賛成派』そして私達の視線を奪う様にその人は言った。
大きな声で静止と言う名の声を上げた人物――オウヒさんは言った。
「なんでずっと延々と喧嘩しているの? 今喧嘩している場合なの? 今その主張はすごく大事な事なの? 協力しないことは凄く大事な事? 大事じゃないよね?」
オウヒさんは言った。
そんなことをしている場合じゃない。
それを口論している場合じゃない。
言い争いの観点が違う。
等々、色んなことを言いたそうな顔をしていたけれど、今は要点だけ伝えようとオウヒさんは声を少しずつ小さくして発言していく。
自分の握り拳をもう片方の手で握りしめて、カタカタ震えているそれを押さえつけるようにオウヒさんは言ったのだ。
怖さからくる震え……じゃない。
あれは多分、怒りからくる感情を押さえつけている震えだ。
オウヒさんから出ている赤くて燃えているけど、少しだけ燃え方が弱いもしゃもしゃを見たら分かる。
本当は怒りたいけど、今はセーブしているような、そんな火力のもしゃもしゃ。
それを見ていた私は驚いた顔をして……違う。なんだろう。不思議とオウヒさんから目を離すことができなかった。
ただじっと、彼女の姿を目に焼き付けるようにじっと見ていた。
さっきまで感じていた気持ち悪さや嫌悪と言う名の細分化された感情なんて、オウヒさんの言葉を聞いてから感じない。どころか感じることすらできなくなってしまった。
そのくらいオウヒさんの発言は……、私達を引き寄せる。
発言一つなのに、こんなにも人の視線を奪うものなのかと思ってしまうほどの驚きもあって、私は言おうとしていたことも忘れてしまった。
怒ることも忘れてしまった。
無我夢中になっているオウヒさんに視線がいく。
言葉にすると本当に単純なんだけど、そのくらいオウヒさんの発言は――私達の意識を削いでいた。
そう……、まるで演説をする人のように……奪っていく。
オウヒさんの言葉を聞いていた鬼族『協力反対派』の人の内の一人――青い角が目立っているその人はオウヒさんに向けて『姫様』と、おずおずと言った形で言うと、その後青い角の人はオウヒさんに向けて、おずおずからはっきりとした……、且つ自分の感情が戻ったかのように少しずつ声を張り上げながら言葉を発した。
あくまで――意見として。
「お言葉ですが……、これは鬼族にとっても大事な事なのですよ? 鬼族は昔追われていました。追われ、今もなお殺されるかもしれない恐怖に震えています」
「聞いたよそれはっ! でもそれとこれとでは関係ないじゃないっ! 只殺されるかもしれないから行かないなんて……! わがままだよみんなっ! 私もわがまま言うけど、みんなだってわがままで言いたい放題じゃんっ!」
「言いたい放題ではありませんっ! これは正当な」
「正当ってなに? 正当っていう言葉で誤魔化しているだけじゃないっ! これはただのわがままを貫き通そうとしているダメな事じゃん! 紫知だって言っていたよっ? 『わがままは駄目ですっ』って! だめなことをしたらダメって怒られるのに、みんなはしてもいいの? 国が無くなるかもしれないのに助けないっていう面倒臭がりで解決しようとしているの? そんなのおかしいよっ!」
「お。おか、しい……?」
青い角の鬼族の人に対してどんどん反論していくオウヒさんはまさに感情そのもので言葉を吐き捨てている。でもその言葉に淀みというか、『嫌悪』のような感情は一切なく、純粋で、真っ直ぐすぎる感情だけが伝わってくる。
これは多分、オウヒさん自身の本音で、外の世界を見て、外の世界はこんなにもいいところなんだということを伝えたいオウヒさんだからこそ、この国を守ってほしい。助けてほしい。
壊すなんて、このまま滅ぶところを見ようだなんて、嘘でも言わないでほしい。
そんなことを気圧してまで行うなんて、おかしい。
純粋で真っ直ぐで、本音しかないオウヒさんの意志を見て聞いた私は、今まで言わずに畏怖していた自分に対して恥ずかしく感じてしまった。
憎しみでドロドロとしてしまい、人格までも歪んでしまった人の心を見てしまったせいで、本当に私達と同じ人なのか (人、と言う言い方は少し違うかも……)と思って委縮してしまった。
委縮したせいで何も言えなかったことに、後悔してしまう。
そんな後悔をしてしまった私達の代わりにオウヒさんは言ってくれたのかもしれない……。
そう思っていると、オウヒさんの言葉を聞いていたリョクナさんは大きく、気付けと言わんばかりに大袈裟な舌打ちを起こすと、怒りの形相を形成しながらオウヒさんに向けて怒鳴りつける。
今まで驚いて呆けてしまったことで顔が戻っていたけれど、また怒りが再発したかのように顔を怒りに染めながら――再度ドロドロと湧き出てくるもしゃもしゃを出しながらリョクナさんはオウヒさんに物申した。
「おかしいのはお前もだ桜姫っ! 何が『みんなだってわがまま』だっ! お前も同じようなものだろうが! 『外に出たい』『外に出たい』とねだり、あろうことか無断でこの郷を出た馬鹿者が。そんな奴の言葉になんぞ耳など貸さんっ。ただこの国が滅んでしまっては『この後どう生活すればいいんだ』と言う心配と恐怖で言っているだけだろう? そんなのどうにでもなるっ! このアズールが滅んだとしても儂等は関係ない。いいや『黙示録』や『滅亡録』などと言うふざけた物を作った国のことなど心底どうでもいいっ。国が無くなったとしても儂等が生きてさえいればどうにでもなる」
「どうにでもなるとかそんなことを言いたいんじゃないっ。この国にはたくさんの人たちが住んでいるんだよ? たくさんの人が何の前触れもなく殺されちゃうんだよっ? 自然って言う力に殺されちゃうのは凄く怖いし痛いし、なにより一瞬で壊されちゃうんだよっ? 壊れるということは一瞬で何もかもが無くなる。何もかもが無くなって、大切な物までも無くなってしまうのに、それで本当にいいと思っているのっ? この郷の安全を確保してくれたのは――他でもないあのドラグーン王なのにっ!」
!
オウヒさんの口から飛び出たその言葉を聞いた私は一瞬驚いてしまった。
オウヒさんが言っていた――この郷の安全を確保してくれたのは――他でもないあのドラグーン王なのに。と言う言葉を聞いて、何故か疑問を持ってしまった。
確保と言う言葉うんぬんよりも、言葉だけの疑問……じゃない。
何というか、どことなく引っ掛かりを感じた。と言った方がいいのかもしれない。
何故引っかかったのかは……なんとなくなんだけど。
そのなんとなくでも、やっぱりなんとなく聞き逃してはいけないような、そんな直感があって、どうしてなんだろうと思いながら私は心の中で首を傾げる。
傾げて考えようとしても、オウヒさんとリョクナさんの口論は過激化していくので、考える余裕はない。全然ない。
ないから私はオウヒさんの言葉を聞いて歯ぎしりをしながら苛立ちを浮き彫りにしているリョクナさんのことを見ることにする。
引っ掛かりに関しては、後で考えよう。そう思いながら……。
「あの王の名を口にし、恩赦を盾にして屈服させるつもりかっ!? どこまで小癪な小娘に……! だが、此度の件に関してはあの王の失態なのだろうっ? 失態であればその尻拭いをすること自体間違っているとは思わんのかっ? もしかしたら彼奴の虚言……、もしくは罠かもしれんのだぞっ? 鬼族を」
「鬼族を陥れようとかそんなことじゃないっ! 本当のことばかりで、本当に国を滅ぼそうとしているって聞いた! だから一大事だと思って、国の危機だと思って伝えようとしたのっ! この国が無くなったら嫌だから、この国のことを思ったら無くなってほしくないって思ったから、みんなにも協力してほしいって頼んだのに……!」
オウヒさんの言う事は間違っていない。言っていることに嘘なんてついていない。
その嘘をついていないということに関して間違っていない。
間違っていないけど、リョクナさんはその言葉を聞いても怒りしか湧かないらしく、ぶるぶると体と顔を震わせ、体全体どころか肌と言う肌が真っ赤になってく姿を見て、もう限界まで怒りを抑えているようにも見えてしまう。
ううん。そうとしか見えない。
オウヒさんの言葉を聞いてどんどん怒りが湧いているのかもしれないけど、それは『協力賛成派』も同じで、私達だって同じ。
聞いて思ったことはただの怒りの感情……。
口が悪くなってしまうけど、身勝手な事ばかり言うな。と思うのが本音で、リョクナさん達の言っていることの殆どが勝手で、しかも我儘にしか聞こえないのも事実なのだ。
今は緊急事態。
鬼族の過去は理解しているつもりだけど、ここまで鬼族のことを引っ張るのも……と言う気持ちもあって、正直怒りしか湧いてこなかった。
虚言? 罠?
そんなの……ないのに……。
「………………………」
そう思いながら私はぎゅっと下唇を噛み締めてしまう。
力強く横一文字のそれを作り、ドラグーン王がそんな卑怯なことをするなんてありえない。そう思いながら一歩前に出てオウヒさんの反論に加わろうとした。
その時――
一瞬、瞬きをした瞬間現れた大きくて黒い手。
それを見た瞬間私は驚きの声を零すと同時に少しだけ前のめりになってしまった体の体制を取り戻そうとよろけながら後ろに後ずさる。
後ずさったと同時に帽子が脱げてしまったのか、帽子の中もとい私の頭の上で寝ていたナヴィちゃんが起きて、『きゃぁ~~~!?』と素っ頓狂な声を出しながら床に向かってダイブして、『ぽふん』と言う音を二、三度バウンドしながら転がって行ってしまった。
転ぶと同時に『ぎゅっ。ぎゃ。きゅぅ!』と、転ぶたびに潰れてしまったような声を上げて転がっていくナヴィちゃんの声。
でもその声を聞いて振り向くという簡単な行動ができずにいた私。
驚きよりも、背中に感じる安心感に驚きながら、私はそっと私の背後にいるであろうその人のことを見上げる。
私の行動を制止して、転びそうになった私を支えてくれた――ヘルナイトさんのことを見上げて。
「あ、ヘルナイト……さん?」
「……………、今は行かない方がいい」
「?」
ヘルナイトさんは言った。
私にしか聞こえない声で、しぃーっと人差し指を口の前に持っていきながら、さながら静かにと言うジェスチャーをするようにヘルナイトさんは言ったのだ。
いつもの凛としている音色だけど、その声量を小さくしたかのような声で。
その声を聞いていたキョウヤさんは首を傾げながらヘルナイトさんに「? どういうことだ? 行くなってことか?」と少し苛立っているような音色で聞くと、キョウヤさんのことを聞いていたシェーラちゃんやアキにぃが反応して私達――特にヘルナイトさんのことを見ると、ヘルナイトさんはキョウヤさん達のことを見て一言……。
「これは私達が出る幕はないと思う。それに……、これは鬼族の問題だ」
「鬼族って、国のことに関しては私達も」
「そう言う事じゃないんだ。これは――内面の問題を言っているんだ」
ヘルナイトさんの言う『鬼族の問題』と言う言葉を聞いて、私達は首を傾げてしまった。
私もアキにぃも、キョウヤさんもシェーラちゃんも首を傾げていたけれど、更に質問を投げかけたのはアキにぃで、アキにぃはアキにぃで本当にこそこそと何かを話すかのようにヘルナイトさんに向けて手の筒を作り、その筒から声を放つように小さな声で……。
「内面とか今話すことじゃないだろう? 今は緊急事態の……」
「まぁ、見ておれ。これで何かが変われば、それはそれで結果おうらいだろう」
「! こ、虎次郎さん?」
アキにぃがへルナイトさんに言おうとした時、突然アキにぃの肩をとんとん叩きながら虎次郎さんが静止を掛けてきて、それを受けたあ気にぃは驚きながら虎次郎さんのことを見る。
勿論シェーラちゃん達もだし、私だって驚いた顔をして見てしまう。
ただ分かることは――唯一傾げず見守っていた虎次郎さんだけ、私達とは違う雰囲気を放っていたことに気付いただけ。
気付いただけなんだけど、それでも虎次郎さんは私達に向けてもう一度こう言う。
「見ておれ見ておれ。儂等がここで出たとしても、逆に悪化をもたらすだけ」
虎次郎さんは言う。
すごく冷静で、この中で最も余裕のあるそれを出して……。
なんて言えばいいのだろう。
さっきまで確かに怒りがあったはずなのに、それがもうなくなってしまった……じゃない。まるでオウヒさんの言葉を聞いて冷静を取り戻したかのような、そんな余裕。
その余裕を見せて、私達のことを止めるという行いをしながら虎次郎さんは言ったのだ。
まぁ見ていろ。と……。
見ていろと言われてどういう事なんだと思いながら驚きを隠せない私達――もとい若い人達。
そう言えばさっきからアカハさんも話し合いに参戦していない気がする。
アカハさんのことを見ようとちらりと一瞥するように見ると、予想通りと言うべきなのか、それとも予想外なのか……、これはどっちで言えばいいのかわからない。わからないけど、アカハさん自身怒りんてなかった。
戸惑いとか、さっきまであった感情が無くなって、今はオウヒさんに全てを任せているような、そんな安心感を出している。
背中を預ける様な、そんな安心と共にアカハさんは見守っている。そう見えてしまう光景を見て、私は再度ヘルナイトさんを見上げると、ヘルナイトさんは私のことを見て頷いてオウヒさんのことを見る。
……そうか。ヘルナイトさんもアカハさんと同じ意見で、オウヒさんが声を開けた瞬間、考えを変えていたんだ……。
きっと、この状況を変えるのは私達ではない。
オウヒさんが、オウヒさんと言う存在が、この状況を変える鍵……、なのかもしれない。
外の世界に憧れを抱いていて、鬼族のみんなのことを愛しているオウヒさんだからこそ、この鬼族の現状を変えることができる。
声を届けることができる。
これが確証……とまではいかないけど、今は止められている分、私もオウヒさんのことを信じるしかない。
そう思いながらオウヒさんとリョクナさんの口論を見守ることにする。
……今まさに私達がいる部屋に向けて歩みを進めている人の気配に気付かないで……。




