PLAY14 アムスノーム①
薄暗い岩の世界。
そこは洞窟で、洞窟の中腹に位置する開けた場所の中央にクロズクメは膝をつき、頭を深く下げながらじっと何かを待っていた。
開けた場所はただの空洞。その空洞を照らすのは光の瘴輝石一つ。
それが蛍の光のように淡く空間を照らしている……と言い難い。
それは中央に吊るされているだけで、あまりに空洞をすべて照らすには少なすぎる光の量だった。
それでもいい、どうせ捨てる場所――そう、この洞窟は使い捨て。
つまり――本拠地ではないのだ。
だからだろうか……。
クロズクメはそんな空間で膝をついて頭を深く下げながら、だらだらと皮膚から出てきた脂汗をぱたぱたと顎や鼻の先から垂れ流し、張り詰める緊張の中、言葉を待った……。
深く深く下げているクロズクメをじっと、ずっと見降ろしている……。
とある男の言葉を待って……。
互いに言葉を交わさない。
だが、それでも……、クロズクメがすでに精神が崩壊しそうな状態だ。
それはなぜか? 簡単な話……。
「クロズクメ」
「っ!」
唐突に、目の前のとある男は言った。
黒い瞳孔が、クロズクメを捉える。顔の半分は見えない。陰で見えない。そんな状態で、彼はクロズクメを見降ろしてこう言った。
「エディレスは――どうした?」
「――っ!」
ドクッと……、喉元のそれが脈打った。
その言葉に、ブワリと悪寒と脂汗が一気に噴き出た気がした……。
クロズクメは震える口で、とある男に……、事の真実を告げた……。
「じ――。じょう――」
しかし、紡げない。それを見ていたとある男の黒い瞳孔が、すっと細くなった。それと連動してなのか……、殺気がクロズクメを襲う。
クロズクメはぶるぶると震える肩で、体で、そして口で……、彼は、覚悟を決めて言った。
「じょうか……――。されました……――」
「浄化?」
そう聞いた男は、少し考える仕草をして……、クロズクメに聞いた。
「どんな奴だった?」と。
それを聞いたクロズクメは、すぅっと息を吸い、落ち着きながら、彼は言った。だが、顔は上げない。
今目の前にいる人物は、『あのお方』なのだから。
「金色の目に、青い髪の小娘……。あれは、天族です。しかも……、女神サリアフィアが使っていた詠唱……。『大天使の息吹』を」
と言った瞬間。否――『大天使』との言葉が出た瞬間、男はクロズクメの喉笛を蹴り上げた。
がつぅんっ! と。それはすごい音を立てて。
「あ、がぁ――っ!」
クロズクメはかはっとえずいて、そして半分後転めいた転がりを見せた後、片手がない状態でゲホゲホと咳込む。それを見てもなお、男はずんずんっと歩みを進め、そして……。
――心臓の位置に足を押し付けて、そのまま地面に向けて、男はクロズクメを踏みつける。
「うがぁ――!」
クロズクメは声を上げる。
それを見て、男は冷たい目つきと音色で……、見下して言った。
「それで、みすみすお前は片腕を失って逃げ果せる、俺に何を言わせてほしいんだ?」
「あ、がぁ……――っ!」
めりめりと、踏みつけながら捩じ込むように踏む。その痛みを感じて、クロズクメは唸る。
「『よく逃げれた』? 『お前だけ無事でいればそれでいい』? そんなことを言うと思って、俺をここに呼んだのか? 仲間の損失、左腕の損失に悪い知らせ。最悪だ。俺は今、気分が悪い」
「も……――っ! もうじ……――っ!」
「だが、それと比例して、気分がよくなった。肩の荷が軽くなった」
そう言って、ふっと足をどかした男。
クロズクメはそっと起き上がって、男を見上げた。
男は言う。
「エディレスは元々異常な愛着がある男だ。骨を愛するなんて言う執着は、俺には永遠にわからない。いずれ消そうと思っていた。それが早めに消えて、助かったと同時に、すっきりしたと思っている」
「――っ!」
ぞっと、身の毛がよだつ。
クロズクメはそれを聞いて、男の異常性と恐怖を再度味わった。
彼にとって……。クロズクメ達は……。物。
手足。従順なる――武器。
結局は、自分の使い勝手のいいおもちゃとしか見ていない。
しかし、それでも、従わなければいけない。ならないのだ。
クロズクメは痛みに耐えながら、すっと、また膝をついて頭を下げる。今度は、忠誠として。
「クロズクメ。一人の損害はお前だけの損害じゃない。むしろ……」
男は言った。淡々としたそれで、何の感情もこもってないそれで、彼は言った。
「――ゴミ掃除。ご苦労」
「ありがたき、言葉……――っ!」
そうクロズクメは言う。それと同時に思い出された言葉。
――あなたの意志はあるんですか?――
その言葉に、クロズクメは内心嘲笑った。
(何がわかる――? 生きている小娘に何がわかる――?)
(私にとって――、このお方の言葉がすべて――。そうでないと、私は生きる道を失う――)
(生前の、生きる意味を見出せなかった私を救ってくれた……――。このお方のために――)
(私の生きる意味は、命を賭す意味は――! このお方のためにある――!)
それは一種の陶酔だろうか……。それはわからない。
しかしクロズクメにとって、目の前の男の存在こそが生きるすべて。そう思っている。
信じている。その言葉が、正しかった……。
彼率いる――二十人以上の死霊族と共に、男の悲願を、一族の悲願を成就する。そうクロズクメは誓った。
□ □
次の日になって、私達はアムスノームへと足を進めていた。
前日――みゅんみゅんちゃんを助けることができなかった。
ロンさんを助けることができなかった。
自分の判断のミスにもっと最善の方法があったのではないかと言う後悔など、色んな負の感情が私の中を壊していき、そのまま塞ぎ込んでしまったけど、ヘルナイトさんに励まされ、目を覚ました時……、私は大いに驚いた。
理由は簡単。
私はヘルナイトさんの腕の中で寝ていたから。
目を覚まして、すぐに鮮明になった意識で、私はヘルナイトさんを見上げて驚いて、そして謝った。
でもヘルナイトさんはそれを聞いても、ただ首を横に振って――
「……もう、大丈夫そうだな」
そう安心した音色で言ってくれた。
私はそれを聞いて、そして冷静になったところで……、私は控えめに微笑んで言う。
「……ありがとう……、ございます」
あの時言えなかった言葉を、もう一度……。
それを聞いたヘルナイトさんは一瞬驚いていた気がするけど、そのまま「ああ」と言っただけ。
ギルドに戻った時、ドアの前にはアキにぃ達がいて、アキにぃは私を見て肩を掴みながら「大丈夫だったか?」と聞く。
それを聞いて私は首を横に振って『大丈夫』と言うと、それを聞いたアキにぃはほっと胸を撫で下ろした。
……キョウヤさんは、なんだかアキにぃをジト目で見ていた気がするけど……。
私はヴェルゴラさん達がいないことに気付いて、キョウヤさんに聞くと、キョウヤさんは私に言った。
「あの二人は、ハンナには会わせる顔なねーって言っていたぜ? だから今回の件は『ごめん』って言っていた」
それを聞いて私は申し訳なさそうに……。
「私が、悪いのに……」
と多分自嘲気味になって言ってしまったのかもしれない。でもそれを聞いてなのか、キョウヤさんはこんっと優しく私の頭を叩く。
「うっ」
「そんな自暴自棄になんなって、きっと生きている。そう信じて進もうぜ。ああいった強気な奴は、どっかでしぶとく生きているってな」
私は頭を押さえてキョウヤさんを見ると、キョウヤさんはにっと笑って言った。それを聞いて私は思い出す。そうだ。キョウヤさんも友達と逸れて……。
「……はい。そうですよね……」
「ん!」
キョウヤさんは私の頭を乱暴に撫でる。わしわしと乱暴に。
それを感じながら、私は心でキョウヤさんに謝る。
キョウヤさんだってお友達のことが心配なのに、私だけ塞ぎ込んで……、なんて身勝手なんだろう……。
ごめんなさい……。キョウヤさん。
そう心で謝りながら、私は進む決心をする。
ヴェルゴラさんに聞きたいことがあったのだけど、私のことを思って会わないのなら……、またどこかで会った時に聞こう。
そう思って、私達は目的地でもあるアムスノームに向かうことにした。
あ。クエストの件はどうやらなしになってしまったらしく……、キョウヤさんが受けたクエストだけの報酬となってしまったけど……、その方がいいだろうな。と私は思った。
なんってったって……、ヴェルゴラさんの方で犠牲者が出てしまった……。
私は、ロンさんのことを思って、そっとみんなの背後を見て、気付かれない様に手を絡めて、祈る……。
無事でいて、そうヴェルゴラさん達に向けて願いながら……。
「報酬はパンプキングで五万。マンドピートで十万の十五万。持ち金の七十八万と換金十五万を足して……、百十三万L……。オレ、バイトしても永遠に貯まらねえよ……。こんな額」
キョウヤさんは指折りで数えながら青ざめながら引きつった笑みで言うと、アキにぃは隣で平然と「それは確かに、俺が一年間働いてもきっと半分程度だな……。生活費とかもあるし」と言うと、キョウヤさんは叫びながら頭を抱える……。
「うがぁああっ! 社会人になるとそうなるのかぁ!」
「俺は高卒で社会人だし、なんとかなるって。遊ばなければ」
「それを言うなっ! 社会じ……って! お前社会人なのっ!?」
「そうだけど?」
「見えねー……」
「どう言うことだおい。一つ年上に対する発言か?」
「お前……二十一? 同じ年に見えた……」
「失礼だな……っ。本当に失礼だな……っ!」
そんな話を聞きながら私はくすっと微笑んでしまう。それをヘルナイトさんは微笑ましいような表情で見ていることなど、私には知らなかった。
そんな話をしている間に、私達は足を止めてしまう。
「あ」
「ん?」
「え? ここ?」
「………………昔と何も変わってないな」
そうヘルナイトさんは、懐かしむように言葉を零す。
今私達の目の前には、大きな大きな鉄の塀に囲まれた城壁みたいなものがあった。
ううん。違う。それは――バリケード。
その高さは何十メーターか、ううん。それ以上はあるだろう……。それを首が痛くなるまで見上げる私。そして巨大な鉄でできた門を見る。大砲が来ても壊れないような頑丈そうな鉄だ。
そしてそのバリケードと私達がいる地面を隔てるように、幅が長い川が流れている。
さらさらと流れるそれを見て、アキにぃはぼそりと言った。
「まるで、江戸時代のお城みたいだ」
そうアキにぃが言うと、ヘルナイトさんは首を傾げて「エド? なんだそれは」と聞く。私はそれを聞いて「えっと、異国の言葉です」と、なんとか誤魔化す。
ヘルナイトさんは「そうなのか」と言っただけで、それ以上は聞かなかった。
ううん。聞くことができなかったからだ。
「――何者だっ!」
「「「「!」」」」
突然だった。
鉄でできた門の前に、二人の門番が槍を構えて、私達に威嚇してきたのだ。
それを見たアキにぃは、すっと前に出た。
「あ、アキ」
キョウヤさんはそれを見て驚きの声を上げて止めようと手を伸ばそうとした。でも、すぐにてを引っ込めた。
私はなんだろうと思ってアキにぃを見る。全体的に見て、私は思い出した。
色んなことがありすぎて、忘れることもある。
そう、ここは……。
「「?」」
すっと出したアキにぃは、門番にそれを見せた。それは……。
「これで、入国できますよね?」
そう聞いたアキにぃが見せたそれは……、アムスノームの入国許可証。
それを見た門番の二人は『はっ』として凝視し、そして互いの顔を見て頷き合い……、くるっと門の方を見て叫んだ。
「開門っっ!」
その言葉が呪文のように、『ギ、ギ、ギ、ギギギギギギィ』と、鉄特有の、少し錆びた音と共に、重そうな鉄の門が開く。
それを見た私達は、「おぉ」と歓喜の声を上げた。
ヘルナイトさんはそれを見て、すっとどこかへ行こうとしていたけど……、私はその手をきゅっと掴む。
その行動を感じて、驚いたのかヘルナイトさんは振り返って私を見る。
私はヘルナイトさんを見上げて、控えめに微笑んで言った。
「――一緒に、来て?」
それを聞いたヘルナイトさんは一瞬黙ってしまったけど、ヘルナイトさんは私を見て、しゃがんで頭に手を置いてから……。
「……住人のこともある。少ししかいられないが、それでいいか?」
そう聞かれて私は頷く。それでもいいと、その時無意識に思ったから……。
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎっ」
「すんません! こいつこうなると人語を忘れてしまうんですっ! 気にしないで下さいっ!」
……後ろでアキにぃとキョウヤさんは、なんだか門番の人達に一生懸命何かを話していたけど、内容までは聞けなかった……。