PLAY128 真実と本音の手紙⑤
卯月ノ十五 (四月十五日)・瘴気発生から百四日経過。
あれから五日ほど話し合いをしたが、結局いい案と言うものは出なかった。
どころか最悪の案しか出ず、皆が皆、精神的疲弊を見せ始めた。
いい案と言うものも結局は確率。運が良ければと言う案しかないのも事実だが、確実に封印するとなると犠牲しか生まない。
犠牲を生まずに封印をすることは甘い思考なのか?
その考え自体が甘すぎるのか?
拙僧はそう思わない。思いたくないのではなく思わない。
何かを犠牲にしてまで得ることはある。だがそれに命と言うものが加わると話は別だ。
犠牲は何も生まない。
命を奪ってまでの犠牲はただの悲しみしか生まない。
まだ何かあるはずだ。絶対にあるはずなのだ。
大臣の手と古い書物を漁り、手立てを考えよう。
絶対にある。そう希望を抱いて。
――――― ――――― ――――― ―――――
(それから五日間は同じ内容しか書かれていない)
(内容は『対策案は行き詰っている。だがまだ諦めてはいけない』だけ)
(何かに取り付かれたかのように殴り書きになっており、どころどころにある意図的に破られた痕跡がその時の精神状態の不安定さを物語っている)
(書いた側がこれを見てしまえばかなり思い出したくない光景だろうが、見る側もそれは同じ思いであり、その時の状況を残酷に記していた)
(そして五日後になってようやく内容は変わった)
――――― ――――― ――――― ―――――
卯月ノ二十 (四月二十日)・瘴気発生から百九日経過。
何も浮かばなかった。
何の案も出なかった。
犠牲にしないという案は甘えだったのか?
だが文献を調べても、古い知人に聞いても、結局出るのは一択しかない。
一択の選択をするか?
それとも別の案を考えるか?
いいやそんな時間はない。
その時間すら惜しいのに、こんなところで悠長に考えている時間すら惜しいのに考えるのか?
ああこのままでは滅んでしまうのか?
そのような未来はだれも望んでいない。だが誰かが犠牲になるようなこと蛾あれば、それこそだめだ。
どうすればいいんだ? どうすればいいんだ?
どうすれば……、いいんだ?
――――― ――――― ――――― ―――――
(この記述以降の記録はない。突然日付がかなり進んでいることから記していないことが目に見えている)
(精神的な疲弊からか、それとも絶望故の張り詰めかはわからないが、それでもその間何があったのかはわからない)
(進展があったのはそれから一か月後になる)
――――― ――――― ――――― ―――――
龍月ノ二十 (五月二十日)・瘴気発生から百三十九日経過
あれから一ヶ月が経過した。
シルフィードの暴走は過激化しつつあり、小国が半壊したという情報が後を絶たない。
他の『八神』達の暴走も見え始め、とうとうアズールが崩壊へと歩みを進めているように感じ始めている。
この一ヶ月何も案が浮かばなかった。蒼刃殿も、みんな疲弊している中で案を出していたが、それでさえもだめだった。
だめだと思っていた矢先に出てきたのが、犠牲を生む封印手段しかなかった。
これは鬼の一族に伝わる封印――『縛』と言う呪法なのだが、その封印に必要なのは……、封印をするためには一人の鬼の命が必要らしい。
一つの封印に一人の命を使う。
拙僧は使いたくなかった。
使いたくなかったが、これしかなかった。強力で長い間封印できる方法が。
『風』の力を使うシルフィードを封じるためには『氷』の魔祖を持っている鬼族が必要になる。
神を封じるために、強い『氷』の魔祖を持っている鬼族が犠牲になる。
鬼族の中でより強力な『氷』の魔祖を有し、蒼刃殿の父親でもある――氷守殿を殺すという選択。
やはりできない。
できないぞ。
蒼刃殿の父上を殺すなど、できるわけがない。
そんなことをするとなれば、拙僧は金目的で鬼族を殺した輩と同じになってしまう。
己の願望で命を弄ぶなど、できるわけがないだろう。
拙僧は王だ。
国を救いたい。民を守りたい。
その気持ちを嘲笑う様に、運命は拙僧たちを見ているのか?
嘲るな。弄ぶな。
拙僧たちの命は玩具ではない。
やめてくれ。やめてくれ。
これ以上苦しめるな。『終焉の瘴気』
これ以上暴れないでくれ。どうか静まり下さいシルフィード様。
我々から大切な者達を奪わないでください。
これ以上の命を、奪わないでください。
――――― ――――― ――――― ―――――
龍月ノ二十二 (五月二十二日)・瘴気発生から百四十一日経過
色んなことが起こりすぎているのか、頭がうまく回らない。
徹夜と言うものは若い時もしてきたのだが、拙僧も年老いているのだろう。あまり頭が回らない感覚に驚きを覚える。
だがそんなことはどうでもいい。
シルフィードがこうなってしまっては、すべて無になってしまう。だが、今考えていてはこの国の未来は暗いままだ。気持ちを切り替えよう。この国のために、シルフィードを何とかしないと。
なんとかしないといけないのだが、どうすればいいんだ?
どうすればいい?
犠牲無しではできない。
かといって犠牲と言う名の封印をすることはできない。
(ここから数行日誌から文字が無くなっている)
(黒いペンでぐしゃぐしゃになったインクの痕と、書きなぐりすぎたせいで羊皮紙が破れている。その状態を見るに、相当考え込んでいたことが推測できる)
(数行のぐしゃぐしゃの塗りつぶしが目立っていたが、そこから下へと視線を移すと、再度文字が書かれていた)
どうすればいいのか考えた。
考えた結果――戦うしかない。
神であろうと、この世界を壊していいという理由にはならない。
只の暴走で壊されるのは最もつらい事だ。
我儘でもいい。ただの自己満足でもいい。
拙僧はこれ以上の犠牲を出したくないんだ。
許してほしい。皆には言わずに向かおう。
一日でも早く何とかしよう。
拙僧も竜だ。
竜人族の力を使い、シルフィードに一矢報いることにしよう。
すまないリジューシュ。
だが許してほしい。貴様だけでも生き残っていれば、このアズールは安泰なんだ。
臆病で弱い竜を許せ。
――――― ――――― ――――― ―――――
(そこから本当に一か月の記述がない)
(本当に一ヶ月もの間シルフィードを止めるために戦いに行ってしまったことが目に見えている)
(その時いったい何があったのか。その時どんなことが起きたのか記されていないが、記述が再開されている次のページ、の裏側に浮かびあがっている赤い染みがその時の情景を物語っている)
――――― ――――― ――――― ―――――
蛇月ノ二十一 (六月二十一日)・瘴気発生から百七十一日経過
(この日から記述が平仮名でミミズのような文字になっている。利き手が使えないのだろうか、大きくなった文字や小さくなった文字で読みにくくなっている)
(ところどころに引きずったかのような血の跡が残っている)
いっかげつもたっていた。
しるふぃーどあいてにたたかいをいどんで、けっきょくかてなかった。
なさけないはなしだがしるふぃどはつよかった。さすがはかみといわれるそんざいだ。
いっかげつのせんとうでせっそうはなにをえることができたのか、しょうじきわからない。
いっかげつぶりにくににきかんし、みながせっそうをみておどろいていた。
しかたがないだろうな。なにせつばさがなくなっているからな。
りゅうじんぞくならばあるばすのつばさがないのはいたい。いたいが、これだけのぎせいですんだことはよかったのかもしれない。
むしろみちずれをかんがえていたくらいだ。
こううんとでもいっておこう。
そしてしるふぃーどにおおきなだめーじをあたえることができたこともこううんだった。
どうじにわかったことがある。たたかってわかったことがあった。
それはしるふぃーどがどんどんちからをましていることだ。
かぜのかみでもあるしるふぃーどはかぜのまそをまとっている。いるのだが、そのかぜのりょうがおかしいとおもってしまうほどおおかった。
それはひとつのたいふうをつくってしまうということばがなまやさしくおもえてしまうほどのおおきさ。
さんけたのたつまきとふたけたのたいふうをおこしてしまうほどのちからを、このみでかんじた。
じっさいにみて、それをうけたみだからわかる。そしてりかいしてしまう。
もうせっそうがもっているかぎではふういんできない。ぎせいなしではできないことをつうかんしてしまった。
とめることはできなかった。
いいやとめるせんたくをするということは、ぎせいをかくごしないといけないことをつうかんしてしまった。
いままでせっそうのひとりよがり。こうなればいいというもうそうだったのかもしれない。
ぎせいをうまないせんたくをかんがえていたけっかがこれなのか。
こんごのことをかんがえつつ、ようりょうにいそしもう。めいわくをかけてしまったこともわびをいれなければいけないな。
さきばしったけっかがこれとはおもわなかった。
せっそうもまだまだなのかもしれないが、もうすこしだけかんがえるじかんがほしい。
それだけとはおもいたくない。
まだなにかてだてがある。そうしんじている。
――――― ――――― ――――― ―――――
蛇月ノ二十五 (六月二十五日)・瘴気発生から百七十五日経過
よっかかんがえた。
かんがえたがなにもうかばなかった。
うかばないどころかいったくしかせんたくがないのかとおもっているじぶんがいるきがした。
ほんとうはそうしたくない。だがそれしかないとなると、どうすればいいんだ?
どうすればいいのか……わ
(と、ここで一時途切れている)
(まだ続きを書こうとしていたのか、書きかけのままこの部分は終わってしまっている)
(一体何を書こうとしてのかはわからない。なぜ途中で止めてしまったのか――)
(結果は、論より証拠。だった)
◆ ◆
「あ。エドさんっ」
「?」
と言うところで、エドと一緒に王の日誌を見ていたむぃは何かに気付いたのか、エドの名を呼んでとあるところを指さした。
猫の手で指さしたその先を視線で追うエド。
京平達も指さした方向に視線を向けると――日誌に何かが挟まっていた。
日誌に挟まっているなにかは、少しだけ厚みがあり、古ぼけてしまっている何かだということは認識できる。できるが……、彼等の目に映っているものはただの角であり、ほんの切れ端と同じようなものだった。
つまりは何かの切れ端か。それともかさばっている何かか。
もしくは折れ目なのかもしれない。
色んな憶測が一瞬頭を一周し、飛び交う様に現れては、突然消えていく。
なぜこんなものが?
と言う疑問が頭を過る前に――むぃはそれを見て……。
「これ、次のページにあるんじゃないですか?」
「! 次の?」
と言ってみんなに促しを掛ける。
彼女の言う通りその切れはしのようなものは次のページにある様に膨らんでいる。厚みがあるせいなのか隠し切れなかったそれを見て、エドは王に視線を移す。
移して、これは見てもいい物なのだろうか? と言う視線を送ろうとした時、王はエド達の心境を察したのか、はたまたはこれを見せようとしていたのかはわからないが、ドラグーン王はエド達に向けて言う。
はっきりとした言葉で――
「それは鬼族の氷守殿からの手紙だ」
と……。
そして続けてこう言った。
はっきりと、エド達の記憶を刺激するような言動で……、驚いて王のことを見ている彼等を更に驚きと言う名の渦へと叩きつけるように、王は言った。
「日誌にも書かれていただろう。氷守殿は蒼刃殿の父親であり、重鎮殿たちよりは力は劣るが、強力な氷の魔祖を持っている鬼だった。そして蒼刃殿達にとって、大切な父親だった」
「親か……」
王の言葉を聞いたエドは口を閉ざし、それを聞いていた京平は呆れるような溜息と共に肩を竦めて口を閉ざしてしまう。
誰もがそれ以上のことを聞いてしまってはいけないような空気を察し、あの小さなむぃも口を閉ざしていたが、王はそんなみんなの沈黙を壊すように続きの言葉を言い放つ。
蒼刃の親でもあった、白髪の男のことを思い出して。
「氷守殿は他の鬼達違って、他の者達と違って友好を築き上げようとしていた第一人者だった。鬼の考えがこれからの支障をきたすと見なし、考え方を改めてほしいと常に願っていた存在でもあり、鬼の郷からすると考えが変わっている存在だった。そして――鬼の外の世界に、多大な憧れを抱いていた」
「憧れ……ですか」
「ああ。いつか、外の世界をこの目に収めたいと言っていたほどだ。冒険者のように旅をして、世界を見たいとも言っていたほどだ」
「………………」
「そんな彼だが、国のために命を賭してくれたことは、感謝……いいや、むしろ申し訳なく思っている」
「申し訳なく……ですか」
「ああ、拙僧はその後、それを見た後――覚悟を決めて封印した。氷守殿の命と引き換えにし、拙僧が持っている王位継承具、『永劫ナル氷菓剣』と蒼刃殿の力を用いて、封印を完成させた」
王の言葉から紡がれていく内容は、氷守と言う男の簡単な設定を聞いているかのような内容だったが、それでも氷守と言う男の凄さ。氷守と言う男の、一人の鬼族としての生き様を知るには十分すぎる程十分だった。
鬼達のために、友好を築き上げる。
まるで桜姫と同じ考えだ。
流石は親子と言うべきなのだろうか。
これをハンナ達が聞けば心から喜びを露にしてしまいそうだが、今はそんな場合ではない。場合ではないからこそ王は言う。
後悔しかない。
申し訳なく思っていることを聞いて、デュランは察した。
いいや――もう過去形となっているので察したところで何かが変わるなんてことは無い。
なにせ――申し訳ない。後悔しているということは、それをしたのだから。
命を使った封印。
それは人柱と言うものであり、悲しい選択以外の言葉がない残酷な結果の形だ。
残酷だからこそ、犠牲を出さないために色々と奮起していた王のことを考えると、この選択はまさに悲しい選択そのもの。
その封印の人柱になった本人の手紙となると……、何か書かれているのだろう……?
もしかすると、恨み言がつらつら書かれているのか。
それとも後悔の念なのか。
みんなの沈黙、色んな考えが飛び交っていた空気が一時的に終わった後、王はエド達に向けて言う。
日誌に挟まっているそれを指さして――
「それは、封印が行われる前に拙僧あてに記した手紙だ。読んでくれ」
「え? でもこれは」
「読んでくれ。そこには――氷守殿の意思が詰め込まれている」
と言った。
はっきりとした言葉はまさに正直そのもので、逆に言うと『読め』と圧を掛けられているようにも感じてしまう。
エドはそれを感じつつ、読まないといけないのだろうと思いながら日誌の羊皮紙をめくり、開かれたそれを見て息を呑む。
本当の良いのか?
その気持ちがどんどん膨れ上がり、正直これを呼んでいいのかと悩んだとき、ドラグーン王は言う。
エド達に向けて、真っ直ぐな眼で――
「見てくれ」
どうするか。己の意思で判断してくれ。
驚きのそれで彼はそれを見て、京平達もそれを見て驚きの顔で見降ろす。
見ろ。
それはまさに――この国の闇を見てくれと言わんばかりの言葉。
闇は何度も見てきたエド達からしても、今回の闇は相当濃く、重く、悲しい。
それでも見なければいけないのだ。
そして伝えなければいけない。
ハンナ達にもこのことを伝え、そして止めなければいけないのだ。
犠牲を払ってまで止めた封印を解いてはいけない。
封印のために命を賭けた一人の男がいた。
その男の命を無駄にすることはしたくない。
だが、その男の遺言にもなる手紙を『見ろ』と言われてしまえば、見なければいけないのだろう。王の命令ならばなおのこと。
だからエドはそれを見て、意を決するようにページをめくった。
むぃの指摘とドラグーン王の言葉を聞いてめくった結果、姿を現した――古ぼけてしまい、ところどころが破れてしまった封筒を。
封筒は現代でも使われているそれと同じだが、止めているそれは蝋を溶かして作られたものではない。厳密にいうと――紐で括られた簡素なものだ。
エドはそれを手に取り、封筒に何か書かれていないか確認するが、案の定書かれていない。よくある展開だと思ってしまうほど封筒の表にも書かれていなければ裏にも書かれていない。
書かれているとすれば、ドラグーン王の名前しか書かれていなかった。
筆跡を見るに王が書いたものではないことは理解できたエドは、第三者が書いたのだろうと思い括られた紐をほどく。
紐をほどき、封筒を開けて手紙を確認しようと手に取ると、微かに黴のようなにおいが鼻を刺した。
「っ」
鼻を刺したことによってエドは顰めた顔を一瞬してしまい、京平も顔を顰めてしまう。
臭いに敏感な猫の亜人のむぃは目を見開いて口を開けるという――フレーメン現象を顔に出してしまったが、誰もそれを指摘することはなく、エドは半分に折られた手紙を開いて中身を確認した。
ぱらりと開かれる敷き詰められた文字の数々。
そしてそれが数枚に渡って書かれている。
最初に入った文字を見て、エドはなぜか口を開き……、声に出してしまった。
何故かわからない。
わからないが、声に出さなければいけないような、そんな気がしたから、エドは声に出してそれを読んだ。




