PLAY127 止めるために①
ヘルナイトは思い出す。
あの時起きたことを鮮明に思い出して……。
◆ ◆
それは怒涛の展開と言ってもおかしくない様な言葉の数々だった。
衝撃の言葉と言ってもおかしくない。
おかしくないくらいそれは淡々と放たれたのだ。
『六芒星』幹部の側近と言う立ち位置でもある存在――敵である存在の男、フルフィドが放った言葉。
ボロボ空中都市を滅ぼす。
その言葉はあまりにも衝撃的で、もしこの場でハンナが起きていたとしても驚く衝撃の言葉になっていただろう。
前にもこんなことはあった。
『八神』が一体――雷のライジンの浄化の最中、アムスノームを牛耳ろうと暴徒を起こした冒険者カイルと言う男が率いる『オブリヴィオン』がいた。
忘れているかもしれないが……、『オブリヴィオン』にはティックディックとロフィーゼ、コーフィンが所属しており、その他にシュレディンガーと言う男がいたが、その男はヴェルゴラに手によってログアウトしてしまい、カイルもティックディックの手によってログアウトになってしまった。
二人のログアウトに関してはまさに自業自得なのだが、それでも牛耳るということは己の国にすることを指し、まさに傾国になりかけていたと言ってもおかしくない事件だった。
その行動が当たらなルールを作るきっかけになってしまったのは過去の話しであり懐かしい話だ。
だが今回は違う。
何もかもが違い、質どころか規模も何もかもが大きすぎる。
国を牛耳るのではなく滅ぼす。
それは傾国どころか抹消するということ。
それをしようとしているということを聞いた時点で、どんな人でも思ってしまうだろう。
無理だと。
だが無理と考えている思考の中で過るフルフィドの曇りない意思。
断言と言う名の迷いない言葉と有言実行の深さ。
国を滅ぼすとなれば『八神』の一体や二体、または『12鬼士』何人かを仲間に引き入れてでもしない限り無理な話。
竜人族が住んでいる国で、且つ『12鬼士』よりは劣るが、それでも強いと評される『ボロボ空中都市憲兵竜騎団』がいるのだ。
簡単な話ではないことは確実に分かる。子供でも分かってしまう様な話なのだが、それでもフルフィドの言葉に偽りなどない。そう感じたヘルナイトは理解してしまう。
本気だ。
と――
最も……、あの場面で嘘をついてまで逃げようとしている素振りはなかったのだ。
本気で脅し、本気で真実を伝えた。
それだけ。
それがどれだけ恐ろしいか。
それがどれだけ士気を下げるのか。
それが……、どれだけ悍ましいかを淡々と伝えてきたのだ。
今までの経緯を考えれば、これは異常事態。緊急事態に相当する内容。
重複の緊急事態を察知したヘルナイトは考えを整理することにする。重複の緊急事態に内容をまとめ、それを踏まえたうえでどう行動するべきなのかを思案して……。
まず一つ。
『六芒星』はボロボを滅ぼそうとしている。
それは最も大きな重要案件で、厳密にいうとこれは速攻で止めなければいけないという事。
国が滅んでしまえばアズールと言う国の拮抗が崩れてしまい、最悪他国に侵略されてしまうかもしれない。
今の今まで他国の侵略がなかったのはほとんどの国が平和条約を結んでいたこともあり、停戦条約を結んでいたこともあるのだが、アズールには大きな戦力があるがゆえ攻められることがなかったということも事実の一つである。
敢えて言葉にする必要がないかもしれないが、アズールには『12鬼士』と言う魔王族の騎士団と、ボロボにいる竜人族の騎士団――『ボロボ空中都市憲兵竜騎団』がいる。
勿論その二つ以外にも多くの騎士団があるが、強さと信頼が厚く、高い評価を得ているのは『ボロボ空中都市憲兵竜騎団』であり、魔王族、天族、悪魔族と聖霊族を抜けばアズールの中でも群を抜いて強いと断言できる種族の騎士団だ。
つまり――ボロボを滅ぼすなど相当な戦力がなければ滅ぼせないと言う事。
相当な戦力を持っていなければできない。
もうお分かりだろう。
これがもう一つの緊急事態である。
ヘルナイトは記憶している内容、そして今まで戦ってきた経験から統合して……『六芒星』の今の戦力では国を滅ぼすことなんてできない。
もし一年の猶予があったとしても、もし強力な魔祖を持つ者が現れたとしても、滅ぼすことは叶わない。そう確信していた。
戦力的から考えてありえない。
自分の力を過大評価していないが、それでも勝てないと明確な判断ができてしまうヘルナイト。
『六芒星』と言う存在はハンナ達が来る前から知られている革命軍 (と言う名のテロリスト)なので、大まかな情報と戦力に関してはだんだんとだが記憶が戻ってきている。だから断言できたのだ。
どんなことがあったとしても、滅ぼす力があるとは思えない。
だが断言しているということは、それがあり得るのかもしれない。
時代は移り変わるもので、早い時はとにかく早い。
一体どんな方法を使って滅ぼすのかわからないヘルナイトだったが、それを呑気に延々と考えるのは無駄な事だ。そう理解したのは考えて少ししてから。
フルフィド達がいなくなった後でヘルナイトは考えはした。したのだが今はそれをしている暇なんてないと思い至り、彼はすぐに別の行動を起こした。
言うまでもない――彼がした行動はハンナの回復。ハンナの治療だ。
ハンナはヘルナイトが来る前に『六芒星』幹部ロゼロが放った魔法――『闇怨石火』の牙を受けてしまっている。
それが幸い手だけだったのが幸い……、否――運悪く当たってしまったせいで彼女は現在HPが残り少ない状態になってしまっている。
あのエドでさえも、脇腹を抉っただけでかなりのHPが削られてしまったのだ。
アキやシェーラが当たってしまった瞬間即死になってもおかしくないほどの攻撃力。
それをハンナが受けてしまったのだ。
傷を治さないといけない。HPを回復しないといけない。
元々その役目はハンナの役目なのだが、彼女は現在気絶しているのでできない。自分の傷の回復もできないほど消耗していることもあり、今はハンナの回復をしなければいけないと思ったヘルナイトは行動に移したのだ。
『六芒星』を追う――と言うそれは後回しにして。
幸いなのか。それとも何かを伝えようとしているのかはわからない。それでもあの時フルフィドが言った言葉には真実味が溢れ、嘘をついている様子は一切なかった。
フルフィドはこう言っていた。
『決行日はおそらく三日後でしょう。ロゼロ様の回復し、万全でないといけないと思いますし、何よりまだ材料が足りない。それについても考えなければいけないのですから、まずはそこからでしょう。なので三日間の猶予はありますよ』
あの言葉は嘘ではない。
そう確信したヘルナイトは行動をハンナ優先にし (どの道どんなことがあったとしてもハンナとアキ達を優先にしていたが)、次どうするかをこれか話そう。そう思いヘルナイトはアキ達と合流することにする。
頭の片隅に残っている言葉――『材料』と言うワードを忘れないように刻み……。
フルフィドが、なぜあの時自分達が不利になる様な事を敢えて言葉にしたのかを記憶に刻みながら……。
□ □
――あ。
ふと、私は目を覚ました。
其処は青い空と白い雲がある、自然溢れる外の世界じゃない。
一言で言うと真っ暗だけど少しだけキラキラしたものが浮いているような、宇宙を思わせる様な世界だった。
宇宙と言っても本当の宇宙じゃない。本当の宇宙だったら空気なんてないから呼吸なんてできない。でも呼吸はできる。呼吸できるけど無重力空間のように宙に浮いている。
本当に摩訶不思議な空間で、正直あたりが暗いせいで夜なのかなとか思ってしまったけど、なぜか私の体は内側から光っているかのようによく見える。はっきりと……。
だからこの世界が夜と言う現実の世界ではないと理解して、また気を失ってしまったんだと私は理解した。
同時に思ったことは……。
これは……、まただ。
と……。
そう、これは何度が見たことがある光景……。
知らないけど知っているはずの――私が閉ざしている記憶の世界……。
と言っても、仮称なんだけど……。
それにしてもいつ以来だろう……。この空間に来るのは。本当にいつ以来なんだろう……。
最近ここに来ることなんてなかった……、違う、招かれているとかそういうのじゃないから言い方が違う。ここに来るなんて言う言葉だと違う意味合いになってしまう。
だからと言ってどういえばいいのかは……正直わからない。
わからないけど久し振りだと思うのは正直な感想。
今までこの空間に入った経緯が、頭が痛くなったり疲れて気絶したり、あとは頭痛が起きた後で何かを見た時にしか起きていない。
何がきっかけでそうなったのかとか、そういうことはあまり考えないようにしている。
事実わからないのだから考えていても仕方がない。
それに、思い出せなかったお母さんやお父さんのことを思い出せたんだから……、それはそれで悪い事ではない。
むしろ良い事だと私は思っている。
だからこの世界に来れたことは嬉しい。
自然と喜びに包まれるような、そんな気持ちにさせる。
今まで思い出そうとしても思い出すことができなかった記憶の断片。
それを知るということはこれ以上にない嬉しさだから……。
……、きっと、ヘルナイトさんもこれを感じているのかな? それとも、嫌な思い出ばかりを思い出しているのかな? 私はヘルナイトさんの記憶を知ることはできないけど、それでもなんとなく共感している。
これが……、思い出した瞬間の感情なんだな……と。
そう思いながら嬉しさを噛みしめていた時、突然それは起きた。
――ザザザザザザザザザザザザザッッ――
「!」
何度か聞いたことがあるノイズ。
一瞬聞いたら五月蠅いと思ってしまいそうな嫌悪を表してしまいそうな音だけど、何度も聞いてしまうとなれてしまったのか、肩を震わすこともなく私は音がした背後を振り向く。
くるんっと体を捻っただけで視界がぐるんっと回る。本当に宇宙空間にいるかのような (宇宙行ったことがないけど、きっとこんな感じなんだろうなと思ってしまう)気持ちになってしまって、宙に浮いているおかげで回転も楽と思ってしまう。
……ここでもし、フィギュアスケート選手のように踊れるかなと思ってしまったのは……、言わないでおこう……。
ふと思いついた思考を頭の片隅に追いやった私は、宙を浮きながらも泳いで背後に出てきたあるものに向かって進む。
すいすいと、足をばたつかせながら向かった先は――テレビのような長方形の液晶画面。もうお馴染みなのか、今回も『ザザザッ』と砂嵐が出ている。
それを見ながら私はすいすいとその場所に向かって泳いで進み、すこし離れた場所で止まった後――砂嵐状態になっている液晶画面をじっと見つめた。
近づきすぎても目を悪くしてしまうから、敢えて二メートルほど離れて私は液晶画面を見つめる。
その間液晶画面は進行形で砂嵐の音を立ててばかり。
――ザザザザザザザザザザザザザッ――
――ザザザザザザザザザザザザザッ――
なんだろう……。今回は少し長い気がする……。
というかこれって私が見て忘れてしまった記憶を見るためだから、見れないこともありなんだよね?
それに……、前に見たあれをまた思い出すのも……、怖い。
前に見た――王都で目を覚ました時に見たあの夢……、あの時見た光景は、正直思い出したくない記憶だ。
手に持っている包丁を片手に、全身を血まみれにして赤とは違う目の色と歯の色を不気味に見せながら、男は微笑み、恐怖で強張って、絶句して見上げている私のことを見つめながら、ピンクになりかけている歯を見せつけ……、血で汚れてしまっている口を動かしながら言ってきたあのこと。
そして、あの時言った言葉も、今になってみれば嫌な思い出。嫌な事を思い出してしまったって言ってもおかしくないような記憶。
男はあの時私に言ったんだ。
『やっと会えたね――華さん』
「華さん……? 華って……私のこと?」
思い出したくないけど、思い出したくもないけど……、やっぱり気になってしまうのは人間の好奇心なのかな? それとも疑問に対してのもやもやを解消するために、すっきりするために考えるものなのかな……?
一体何なのかはわからないまま。それでも考えてしまう。
あの男はなぜ私のことを呼んだのか。
何故私のことをさん付けにしたのか……。
私はあの人を、どこかで見かけたの?
そう思った時、今まで見に障りにも感じていた砂嵐の音が止んだ。
ふっと――突然と言う言葉でまとめられそうなほど騒音が静かになって、それに気付いた私はすぐに液晶画面に視線を向けた。
向けて……。
「……あれ?」
と、思わず声を零してしまった。呆けてしまいうそうな声を出してしまうくらい呆気に取られてしまった。
理由は簡単だ。
何度も見ていた映像は全部が動画で、ちゃんとムービーを見ているかのように流れていたのに、今回液晶画面に映ったその光景は映像ではなく……、画像だったから。
携帯の写真に映したものを見ているかのように映し出された画像は――一人の女性が私のことを抱きしめようとしている画だった。
真っ青な空と少しある雲。周りを見ると大きな木が見えて、よく見るとところどころぼやけて見えないところがある。霞がかかっていたりとかしてて全体的には鮮明度が低きがする。でもはっきり見えるところもあった。
満面の笑顔で、小さい手を出している子供に向けて両手を広げて抱き上げようとしている画。それはまさに普通の映像で、私はこの人を見たことがある。
あの時――王都で寝ていた時に見た……。
華絵さん。ううん。
お母さんの笑顔。
そして、小さい手はきっと――
私はその笑顔をずっと見続けた。
何度も何度も場面が変わる画像を見ながら、ストーリーのように変わっていく映像を見ながら私は言葉を発することなくじっと、目に焼き付けて見ていた。
公園らしいところで遠くで見守って笑いかけている笑顔。
スーパーらしき場所でニンジンを手にして私を見下ろして何かを言っている顔。
スプーンを手に取って目の前の人物を見て微笑んでいる優しい顔。
薄暗い世界で優しく何かを呟いている顔。
他にも色んな画像があって、どの画像を見てもお母さんの顔に怒りとかそんなものはなかった。全部笑顔とか優しさとか、負なんてない優しい世界ばかりだった。
優しい世界の数々を見て、液晶に手を添えながら私は考えた。
ううん。感じていた。
最初に感じたお母さんの印象――怖いが無くなり、次に見たお母さんの印象――苦しそう、悲しいの? と言う感情が更に深くなって、今はこの感情が私を支配していた。
温かい。
嬉しい。
楽しい……。
あぁ……、どうしてこんな楽しい日々を私は忘れてしまっていたのだろう。
アルバムを開いても、お母さんやお父さんの写真はなかった。だから余計に嬉しく感じる。だから余計に……、嬉しさで鼻の奥がつんっとしてしまう。
忘れていたから、思い出せなかったから余計に嬉しくなる。
ずるい……。
よくホームビデオを見ている人がこんなことを言って泣いていたけれど、今ならわかる。
お母さんやお父さんと過ごして記憶がない分――私はすごく嬉しい。
こんな世界でなければよかった。現実で思い出せていればよかったって思ってしまうほど、私はこの記憶を消していた。忘れていた。
「お母さん」
不意に言葉が零れる。
今写っているのは一緒に散歩をしている映像で、私はお母さんの前に立ってお母さんのことを見上げて何かを言っているみたいで、そんな私の言葉を聞いておかしく笑っているお母さんは、本当に楽しそうだった。
あぁ……、どうして私は、こんなにも楽しい記憶を……。
「……ん?」
と、私はふと気づいた。
今までの感動を引き摺っている。引き摺っているけれど、それに上乗せするように私の視界に入ったそれは、あまりにも自然で、一瞬見ても分からないくらいぎりぎりのところで、それは写っていた。
さっきも言った通り……、映像はところどころぼやけてて映像が悪いところがあれば悪くないところもある。
きっと記憶あるあるの曖昧なところなんだろうけど、何故か、それだけははっきりと映っていた。
お母さんを背後――楽しんでいる光景を電柱越しからじっと見つめている、黒い服を着た男の姿が。
「――っっ!!!」
その姿を見た瞬間、私は思わず口を手で塞いでしまった。
溢れ出そうになる悪寒と汗、ゾクリと来た何かを隠すように、私は映像から離れて俯く。俯いて、がくがく震える足を見つめながら私は思い出す。思い出したくないけれど、思い出してしまう……。
さっき見た映像の数々を思い出しながら……、まさか……、そんなことはないと願いながら……。
絶対にない……。
絶対にそんなことない……。
あれはきっと視界に写って覚えていただけで……。
偶然で……っ。
そんなこと……!
どんどん溢れ出る悪寒と吐き気、気持ち悪さ。
それは初めて体験したもので、体験したくない分類に入るもの。
純粋な気持ち悪さが私のことを襲い、思わず吐いてしまいそうになるほど想像したくなかった。絶対にこれ以上思い出したくなかった。
だって……、その男の顔は……!
そう思った時――『ザザザザザザザザザザザザザッッ!』と突然映像から砂嵐のノイズが発せられ、すぐに映像が映し出された。
「!」
二度目となる砂嵐とノイズに驚きながら私は顔を上げてしまった。
そう――上げなくてもいいのに上げてしまった……。見なくてもいいのに見てしまった。
さっき見た映像を繰り返し見るように、ストーリーとして流れていく映像を見ながら……私は気付いてしまった。
「あ」
思わず声を上げてしまった。口を塞いでいる手の力も緩んでしまって、私は思わず声を出して、その後失ってしまった。
失って、思い出す。
あの時、お母さんのことを心配していたお父さんは言っていた。
『心の風邪』って。
それは精神的な病気のことを指しているとか言っていた。それを思い出した瞬間、私の頭の中でお母さんがああなってしまった原因を理解してしまった。お母さんが怖くなった原因。悲しそうだった原因を作ったのは――
私の記憶の映像の片隅にずっと写り込んでいる――黒い服を着た男が原因だと。
そして理解する。
この黒い服を着た男の人は……お母さんの。
ストーカーだと。




