PLAY126 怨恨の魔女⑥
瞬間だった。
フルフィドの足元の影がひとりでにうねったのだ。
にょろりと――まるで子日が真下にいたかのような動きをし、その動きと同時にどんどん肥大していくフルフィドの影。
むくむくと大きくなっていくフルフィドの影を見て、ヘルナイトは驚きの面持ちのまま冷静に大剣を持った手で攻撃を仕掛けようとする。
仕掛けようと、止めようとヘルナイトが動こうとした瞬間……。
「――動いたら、これを投げます」
「っ!」
フルフィドは発した。
低く、はっきりとした音色で右手に手にしている物を見せつけるようにそれを掲げて言うと、ヘルナイトはフルフィドの手に視線を向けた。
フルフィドは現在進行形で気を失っているロゼロのことを背負っているが、彼ほどの巨体であれば片手で背負うなど造作もない。
だからフルフィドは片手でロゼロの背負いながらもう片方の手に収まっているそれをヘルナイトに向けて見せたのだ。
黒く光っている宝石――否、瘴輝石と一緒に握られている赤い鉄製の筒は大きなフルフィドの手にすっぽりどころか人差し指ほどの長さなのだが、筒の幅は異様に太く、まるで現代で言うところの大容量の缶ジュースを思わせる様な形だった。
少し短く太めの円柱。
そんな形の鉄製の筒を持っているフルフィドのことを見ていたヘルナイトは疑念と言うそれを抱きながらも警戒しつつ、逃げるその手を止めようと隙を見つけようと試みる。
攻撃してはいけない。味方にも危害が加わる。
危害が出る前に何とかするべきだ。
投げさせてはいけない。と言う警戒を持って――
だが、その気持ちを砕くようにフルフィドは言った。
「投げさせない。と思っているでしょうが、これはそう言った代物……、ではありません。これは投げるとかそう言ったことで爆発する湯小名物ではありません。これは――ちょっとした衝撃で大爆発を起こす……、ロゼロ様の奥の手です」
「――っ!」
ずるずると――楕円形に模られていく影。
それはいつぞやかクロズクメが出した瘴輝石の力に似ている――いいや全く同じもので、現在進行形でフルフィドが発動したそれは逃げ道となるそれをどんどん作っていく。
どろどろと何もない場所に黒い絵の具で描かれたトンネルを作るように……。
それを見ていたラランフィーナは満面の笑みでその穴の中に向かって駆け出し、アキ達がいるその方向に視線を向け、アキとキョウヤ、虎次郎を捉え――
「べーっ」
と、子供が大人を揶揄う様に真っ赤な舌を突き出し、ギザギザの鮫の牙を見せつけて馬鹿にしているそれを見せつける。
勿論人差し指で下瞼を伸ばすと言ったお約束もして――だ。
典型的な煽り顔。
それには誰も引っかからないだろうとキョウヤは思っていた。勿論虎次郎も引っかからなかった。
が――
「~~~っっ! ぶっ殺すっっっ!」
アキだけは例外だった。いいやアキは煽り耐性と言うものが全然なかった。
耐性がないゆえにアキはラランフィーナの煽りにかかってしまい、怒り心頭の状態もとい鬼の形相のままラランフィーナに向けて銃口を向けようとしたが、それを見て即座に止めに入ったキョウヤはまた羽交い絞めにしてアキのことを止めた。
今度は尻尾を使って銃口を下ろして――だ。
一部笑劇が繰り広げられているかのような光景を見ながらラランフィーナはけらけらと小さく笑い、そのまま黒い楕円形の中へと体を入れて闇に見えていく。
そんな彼女の背中を見つつもフルフィドの言葉に聞き耳を立てていた青年アシバは、楕円形のそれに足を向けず、フルフィドの話に耳を傾ける。
最悪の想定なんてさせないというヘルナイトの意思を壊すような代物の説明を記憶に残して――
背後で行われていた小さな出来事を無視していたフルフィドはヘルナイトに向けて言う。鉄製の赤い筒を見せながら……。
「これはロゼロ様の力が凝縮された筒です。いうなれば小さな魔法爆弾と言ってもいいでしょうね。ロゼロ様の力の源と言える『憎悪』がこの中に凝縮され、今か今かと待ち望むように膨れ上がっているのですから」
「『憎悪』……、それがお前が慕うべき幹部の力か」
「幹部。そうですね。このお方は幹部ですが、私からするとそうではありません。それ以上の存在でもあります。上司とかそう言った薄っぺらな信頼関係ではないのです。そして私は理解している。この『憎悪』は極々、本当に極々一部に過ぎないものだと」
「………………………」
「ロゼロ様の『憎悪』はこんなものではありません」
フルフィドは言う。
親指と人差し指で支えている赤い鉄筒から軋む音が響く。
みしっ。
と――握り潰さんばかりの軋む音が小さく響き、場の空気を一気に凍らせていくそれは、フルフィドの感情を示し、ロゼロの『憎悪』の一部を表現しているかのような変わり方だった。
丁寧で物静かな音色は変わらない。
だがその中に含まれている黒いそれはけた違いに大きくなっている。
それはヘルナイトでも理解できた。理解できたからこそ即座にまた理解したのだ。
ハッタリではない。
本気であの紅い筒の中には『憎悪』と言う名の塊があると――
「魔祖か」
ヘルナイトは呟く。
赤い鉄筒の中に入っている『憎悪』をその名で呼び、ヘルナイトの言葉にフルフィドは頷きながら「そうです」と言い、彼は言う。
背負っている上司でもある存在……、否――最も信頼し、一生お供すると誓った人物のことを片目で見ながら……。
「ロゼロ様は魔女であり、魔女の中で異質であり実物がない魔祖――『憎悪』の力を持っています。ガザドラ様のような『鋼鉄』でもなければラージェンラ様のように『血』でもない。有限しかない素材を使わなければ発動できないものではなく、ロゼロ様はロゼロ様が抱いている力が、想いが力となり器となる。『食』と言うある程度の無限もそうですが、音と言う魔祖も無限に等しいですが、ロゼロ様の力はそんな力も凌駕します」
このお方の『憎悪』は、願いと想いそのものなのです。
願いと想い。
聞けばなんともロマンチックに聞こえてしまう言葉。
だがロゼロはそんなロマンチックな力を持っているわけではない。
何せ彼が持っている力は純粋な――人の闇なのだから。
「……想い、願い、か。それは大きな力だ」
「おや? 『非現実的』とは言わないのですね? ほとんどの者がこれを聞いた瞬間開口そう言います。あなたは違うというのですね?」
「ああ」
だが、ヘルナイトはその言葉に対して否定しなかった。どころか肯定した。
そんな彼の姿を見ていた善は一瞬首を傾げそうになったが、ヘルナイトは善のことなど気付かないまま続けて言う。
フルフィドに向けて、肯定と――否定のそれを述べて……。
「だがその大きな力は間違っている。『憎悪』は想いでも願いでもない。一寸先の未来さえ移さない闇と同じ……、何も可もが暗く染まってしまう力だ。前が見えない状態で世界を変えるなど、破壊と同じと思わないか?」
「…………………………」
「願っていることが何なのか、想いが何なのかは私にはわからない、理由もない状態なのだからな。それでもわかることはある。その力は使って行けば使って行くほど制御できなくなる」
「制御できます」
フルフィドは荒げる声ではない。張り上げるような声でヘルナイトの言葉を遮った。
断言。
まさにその言葉通りの言葉を放つと、それを着たヘルナイトは一瞬驚きの顔をして言葉を止めてしまう。だがその言葉を止めた瞬間こそがフルフィドにとって動ける瞬間でもあり、その一瞬を使ってフルフィドは動いたのだ。
すっ――と。
右足を背後にある楕円形の黒いトンネルに向けて下がり、その状態のままフルフィドは歩みを進めていく。
後ろに一歩、一歩と進めて――ヘルナイトのことを見ながらフルフィドは続ける。かざしている赤い鉄筒を見せつけながら、いつでも投げれるんだぞと言わんばかりの脅しをちらつかせながら彼は言う。
「このまま私達は撤退いたします。もし攻撃をすればこれを投げます。そうなってしまったらここは大惨事となるでしょう。その間に私達はラージェンラ様を保護し、地下にいるでしょうあのお方を保護して最終段階に行動を移します」
「最終段階……?」
「ええ。そうです」
このボロボを滅ぼす計画の最終段階です。
そうフルフィドが言った瞬間、ヘルナイトはおろか他のみんなの全身の血の気が引いた。
驚愕が彼等の感情を覆うと同時に即座に這い出てきた恐怖と焦り、そして……、言いようのない寒気がアキ達のことを襲い、先程の怒りなど忘れてしまうほど言葉を失い、感情を沈殿させていた。
つまりは絶句。
絶句してしまうほどの爆弾発言をフルフィドは簡単に行った。ということだ。
何故ボロボを滅ぼすのか。
なぜ『六芒星』がそんなことをするのか。
どうやってこの国を滅ぼそうとしているのか。
色んな疑問と不安が頭の中を終わりないリレーをして回っている。
ぐるぐる回りながら考えても解決しない状況……、絶句と言う名の沈黙に染まってるヘルナイト達を無視するようにフルフィドは畳み掛けるように続けてこう言った。
否――再熱を行う様にヘルナイトに言ったのだ。
「決行日はおそらく三日後でしょう。ロゼロ様の回復し、万全でないといけないと思いますし、何よりまだ材料が足りない。それについても考えなければいけないのですから、まずはそこからでしょう」
「材料……?」
「そうです材料です。お料理でもそうでしょう? 材料がなければ作れるものも作れない。絶対なくてはならないものがあるのです。なので三日間の猶予はありますよ」
「なぜそんなことを」
ヘルナイトは聞く。
半信半疑と言う言葉が正しいのだが、それよりもなぜか違和感を感じたヘルナイトはフルフィドに聞くと、フルフィドはその言葉を聞いて一瞬口を止めてしまうが、すぐに口を開いて――
「さぁ」
とだけ言い、彼は後ろ向きの状態で歩みながら暗い闇のトンネルへと入り、そのまま吞まれて姿を消していく。
飲みこまれているかのようなその光景は妙な悍ましさがあり、入ってはいけないという本能が彼らの動くという行動をせき止めている。
そんな状態の中フルフィドは闇の中に呑まれながら最後に一言――ヘルナイト達に告げる。
「それでは、今日はこの辺で――」
至極当たり前のような、よく聞く挨拶を――
「――ごきげんよう」




