PLAY126 怨恨の魔女⑤
鬼士。
ハンナ達現実世界側の人の記憶にはこのように残っている。
鬼士――それは上級のENPC (鬼のように強い。まさにチートのような強さを持っているエネミーコンピュータープレイヤー。強敵エネミーとも言われている)であり、一筋縄では倒せない存在である。
ハンナ達が閉じ込められているMCOには多数のENPCが存在しているが、鬼士もとい『12鬼士』は段違いに強い。
レベルカンストをしても勝てないと言われるほどの存在であり、いうなれば正真正銘のチート。
現実世界でもよくある動画を配信するサイトでも、『ENPCを討伐した』関連で投稿され、再生回数がウナギの如く上がるネタになるほどの強さ。
そう、一言且つわかりやすく言うと――
バズりのネタ。
然り。
それくらい倒すことは難しい存在と言うことになる。
まさに最強。
最強の名を持つに相応しい存在――それこそが鬼士の騎士団『12鬼士』なのだ。
因みに……、読み方は『きし』で正解だが、普通の『騎士』とは違い、アズールの世界の『鬼士』は言葉通りの物ではないことだけは記しておく。
アズールの世界においての鬼は鬼であり、鬼士達は『魔王族』と言う種族であり全く違うものである。
ゆえに勝てないと思ってしまう者も多数。そして勝てると過信し挑み、心を折られるものがそれ以上。
精神的にも肉体的にも勝てないという先入観。
精神的にも肉体的にも超えることができないという絶望。
精神的に勇気を与え、肉体的に士気を与えることができる希望。
それ等を兼ね備えた存在――『12鬼士』
そんな『12鬼士』を束ねる団長にしてアズール最強の鬼士ヘルナイト。
彼と対面した瞬間誰もが思う。
プレイヤーでもこの世界の住人でも思う事。
これはもう暗黙の了解に近いもの、いいや知っている者がいれば知っていることであり、まさに『お約束』に近いものと思ってもいい。
彼と対面した瞬間――誰もが思う。
戦ってはいけない。
戦った瞬間……、命はない。
命どころか心も体も折られてしまう。
味方には希望を与え、敵には絶望を与える存在だからこそ、戦ってはいけない。
命が惜しければ、心が惜しければ、戦わずに逃げなければいけないと……。
◆ ◆
廃村一帯を覆い尽くすように重苦しい空気が周りを包み込む。
周りを飛んでいた野鳥も、生物もそれをいち早く察知し、その場所を中心とした一帯から怯えるように立ち去る。
まるで大きな獣と出くわした……。否――まるで化け物の気配を察知したかのように、生物的本能に従って動物達はその場から立ち去っていく。
その本能は人間にも備わっており、それを感じた瞬間誰もが思ってしまう。
死ぬかもしれない恐怖を感じ、死ぬかもしれない未来を一瞬過ってしまうそれを……。
それは廃村で戦っていたアキ達やエド達も感じており、ようやく『六芒星』の部下達を倒し終えた京平でさえも委縮してしまうほどのものだ。
背中に突然くっついて来た何かが肩に触れ、そのまま圧し掛かるように重みをかけていく感覚は悪霊のようなものを感じさせる。
重く、今にも呪い殺そうとしているかのようなそれは……、冷や汗が止まらないもの。
それを体験している者からすれば言葉では言いようのないものだろう。
言葉にしたところでそれを上回っているのだから、説明してもそれが正しいと言えないのが事実なのだ。
一体何が言いたいのか?
簡潔に言おう。
ヘルナイトが『六芒星』に向けて放っている殺気が『六芒星』に限らず。アキ達にも襲い掛かっているのだ。
敵味方関係ない殺気。
気を抜いてしまうとその場で崩れ落ちてしまいそうになる。
足が止まらず、震えてしまいそうになるそれは――味方をも恐怖に突き落としてしまうもので、今まで感じてこなかったものだからこそ恐怖でしかないのだ。
アキも、キョウヤも、シェーラも、虎次郎も、エドも、シロナも、善も、京平も――一度も体験してこなかったからこそ体験してわかったのだ。
自分達がどれだけラッキーだったのかを。
自分達がそれだけいい境遇にいたのかを、今しがた体験したのだ。
敵になれば恐ろしい。味方になれば心強い。
その言葉通りの光景が今なのだ。
ヘルナイトが放った殺気だけで、『六芒星』幹部ラージェンラと、側近フルフィド、ラランフィーナは委縮してしまったかのように顔面を青く染めている。その中でもたった一人だけ――『六芒星』側についている冒険者の青年は、ヘルナイトのことをずっと見ていた。
何を考えているのかわからない。だが殺気に当てられ委縮はしているが、怯えて繊維は喪失していない。
その心に何を秘めているのかはわからないが、それでも彼はじっと、ヘルナイトのことを見つめていた。
突き刺すように晒された片目を細めて……。
◆ ◆
ヘルナイトの威圧を込めた殺気が放たれていた時、突然ナヴィから大量の煙が噴出した。
ぼふぅ! と音を立て、爆発で模したかのように周りが白く染まり、風圧も相まって視界をさらに悪化させていく。
『!』
『――っ!?』
「!」
突然の出来事と言えど、アキ達リヴァイヴにとってすれば何度も体験していることでもあり、それがナヴィから発せられたものだと理解しているので、風圧と煙が迫ってきた時には目を隠し、腕と世界の隙間から覗くようにナヴィがいたであろうその場所を見つめる。
…………厳密には、全員が、ではない。
「離せキョウヤァァァァッ! 離すんだあああああああああっっ!」
「お前の気持ちはよくわかる。分かるが今は行くなっ! 向かって時点でお前死ぬからっ! そのまま敵に斬られて死ぬからやめておけっ!」
「でも、でもあそこにハンナが……!」
「だからハンナの近くにはヘルナイトがいるんだ! あいつがいるならまずは安心だ! 安心だしあんな場所に行ったところで足手まといになるだけだから今は行くな!」
「っ!」
アキに至ってはもう周りなど見ておらず、ヘルナイトが現れ、ハンナのことを一瞬見た瞬間血相を変え、狂気の眼でハンナの所に向かおうとしていた。
それを止めているのがキョウヤで、暴れ狂うアキのことを諫めるキョウヤのことを視界の端で捉えつつ、難儀な役割を担ったなと思いながらシェーラは視線を前に戻す。
キョウヤの言う事は概ね正しい。
否――むしろ正しすぎると思いながら彼女は視線を前に戻し、小さな声で二人の名を呼び、不安がちらつくその眼を腕で隠しながら見えなくなった世界を腕越しに見つめる――
虎次郎と善、シロナは煙で見えない世界でハンナ達がいるであろうその場所を霞む世界で見つめ、エドもその場所を見ながら傷ついた箇所を手で押さえ。
敵であるラージェンラも自分が作った血の壁の中でその光景を見ながら結末を見届ける態勢に入る。
味方も敵も視界が悪くなった状況を使って不意を突く。と言う行動をしない状況。
敵であれど味方であれど形勢を崩す逆転の時と思って行動するかもしれない。
きっと普通の状況であればこの状況を使って不意を突くこともできると思っているだろうが、双方それをしなかった。
理由など明白で、ここで出ても意味がない。
むしろ邪魔になると、むしろは言っても変わらないと思って誰も行かなかったのだ。
何せ煙の先にいるのは最強。
そんな最強がいる世界に入り込んで加勢なんてできるか?
答えは不正解。
むしろ邪魔になる。
そんな最強がいる世界に入り込んで形勢逆転できるか?
答えは不正解。
犠牲が増えるだけ。
双方どっちにしても入るなんてことはできない。できないからこそ見守ることしかできない。
何かあれば即応対できるようにはしているが、それでもヘルナイトと言う最強の存在がいる場所に無断で入り込むなど、味方にしたら邪魔をしてしまう。敵からすると死にゆくようなもの。
それに……、殺気だけで相手を殺そうとしているヘルナイトに何かをしようと言う意志など、すでに折れてしまっているのだから……。
煙と風が舞っていた時間はたったの数秒。
その数秒の間アキ達、シロナ達、エド、ラージェンラはその場から動かず、ヘルナイト達のことを見守りながら待機し、殺気を向けられたフルフィド達はその場から動けず、一見すると待っていたかのように立ち止まっていた。
煙が晴れ、大きな存在であったドラゴンが小さな存在に変わり、そのままヘルナイトの肩に『ぽすん』っと乗ってハンナのことを心配そうに見つめている光景が目に入ると、フルフィド達は驚きながらその光景を見て、青年も驚きの顔をして小さな存在になったナヴィのことを見る。
青年の心境は驚きの嵐で、どういった生態でこうなっているのかが理解できなかった。
よくある第二形態なのかと思ってしまうほど困惑していたが、そんな彼の心境などつゆ知らずのヘルナイトは、心配そうにハンナのことを見ているナヴィの頭を指先で撫で、ナヴィの名を呼ぶと、ヘルナイトは続けてナヴィに向けて言った。
「あと少しだけここで待っててくれるか? すぐに終わる」
小さい子供に言い聞かせる様なその音色に怒りは含まれていない。
どころか優しさが詰め込まれているような音色で、その言葉を聞いたナヴィは一度ハンナから目を離し「きゅ?」と言う声を言った後首をかしげるようにヘルナイトのことを見たが、その疑問もすぐに承諾によって消されてしまい、ナヴィは「きゅっ!」と元気よく頷き、鼻息をふかしてヘルナイトに返答を示した。
まさに『いいよ!』と言わんばかりの顔だ。
先ほどの怒りや不安が嘘のように消えてしまったかのように承諾したナヴィは、その状態から切り替えるように怒りの顔をフルフィド達に向ける。
否……、厳密にはフルフィド達ではない。
個人的なこともあるかつ、ナヴィ的にとある人物に対しての感情が一際大きい。
なにせ自分の目の前でこの国の王――ボロボのドラグーン王に傷をつけ、重傷に追い込んだうちの一人なのだから。
「ぎぃ~っ」
重傷に追い込んだ一人――アシバと言う青年ににらみを利かせるナヴィ。ぎっと……、威嚇めいたそれを吐きながら……なのだが、生憎今は可愛い生物の状態だ。睨んだところで可愛さしか残らないだろう。
事実それを見て怖いと思っている者は――一人もいない。
睨みを利かせているナヴィの的になってしまった青年アシバは、呆れながらナヴィのことを見て、あの時いたことを思い出していた。
あの時。
そう、ボロボを襲撃した時、ボロボの国王アダム・ドラグーン王の近くにいた小さい生物。
いつのまにかいなくなってしまったことに疑問もあったのだが、あの姿を見て、そしてドラゴンの姿を見てアシバはなんとなくだが理解してしまう。
――あのチビ。まさかドラゴンになれるとは思わなかったな。
――あの時いなくなっていたのはただ単純に小さいから誰も気付かなかった。見ていたとしての脅威にならないからと言う理由で見逃していたんだろうな。
――小さい生物の多くは非力。
――非力だからこそ、弱いからこそ食われる。
――食われるが例外もある。
――小さい奴でも大きいものを食うやつもいる。
――……あの時、しっかりと殺しておけばよかったな。
――でなければ、こうはならなかった。
アシバは心の中で毒を吐く。
あの時、ボロボの城でナヴィを殺さなかったことが裏目に出たことを知り、あの時ナヴィを早く見つけて殺しておけば、こうはならなかったに違いないと思いながら呆れつつも後悔を多少する。
そう。多少。
もうそれを悔やんだところでどうにかなるなんてことは無い。
むしろあの時選択しなければいけなかったことでもあったのだから、この選択をしてしまったのは自分の所為でもある。
ゆえに後悔しても変えることはできない。
できないからこそ自分の失態に呆れながら後悔もしたところで――アシバは気持ちを切り替えた。
あの時できなかった。あの時しなかったという後悔を心にしまい、今は今でできることを行い、最善の選択をすることに専念しようと心に決める。
そう、今は最善の選択をしなければいけない。
これは完全なる決定事項。
失敗など許されない。
許してしまい、一瞬でも気を抜いてしまったら――次など永遠にない。
今目の前で自分達を見ている鬼士の前で、へまをしてしまった時、死に直結するのだから。
無意識だったからか、アシバは思わず口腔内に溜まっていた唾液を音を鳴らしながら飲みこむ。
緊張のせいで乾ききっていた喉に潤いと言う名の緩和が流れることにより、多少の渇きは無くなった。だが潤ったかと聞かれればそうではないが正解。
たった数量の唾液で潤うほどアシバの渇きは尋常ではなかった。
異常なほどの渇きで、その渇きとは裏腹に手汗や背中の汗などの発汗が異常に活性化しているほど、アシバの緊張は継続している状態。
平静を装っているという状態でアシバはヘルナイトのことを見る。傍らで詩文のことを睨みつけているナヴィのことは無視して……。
一時の沈黙が続く。
時間にしてたったの数秒なのだが、それでも数秒が数分に感じてしまうほど時間が長く感じ、それと同時に体の平衡感覚がずれている感覚も起きていく。
それを感じているのは『六芒星』側近とアシバで、直接感じていたフルフィドは背中に担いだロゼロのことを隠すように前に出て、ヘルナイトのことを見てから彼は小さく言葉を発した。
ヘルナイトの行動に対し、彼の心境も予測しながら警戒を含めたその言葉で……。
「……『12鬼士』、団長ヘルナイト、殿……。これはお初にお目にかかります。私は『六芒星』幹部にして『憎悪』の魔女ロゼロ様の側近にして医療筆頭フルフィドと申します。先の件に関しては大変申し訳ございませんでした」
礼儀正しく、且つ隙を見せないような面持ちと共にフルフィドは頭を深く、深く下げる。
正真正銘の『ペコリ』とはこのことをさすのだろう。しっかりとした直角九十度のその光景に、ヘルナイトは驚きはしなかったが、内心はこんな思いだった。
意外。
そう――あまりにも礼儀正しすぎる対応にヘルナイトは驚きを見せそうになった。
怒りもある。言いたいこともあるが、それでも不意を突かれることだってある。思わず言葉を失いそうになってしまうほどの礼儀正しさに、ヘルナイトは意外と思ってしまったのだ。
――側近にして医療筆頭……。
――だからなのか落ち着きを保っている。
――後ろに隠れている少女は警戒しているか、私に威嚇を向けているばかり。奇怪なマスクをつけているあの男は……、話せるような状態じゃないみたいだ。
――……話せるのはこの男だけ。と言う事になるが……。
ヘルナイトは考え、そして見る。
ハンナの傷を見て周りがよく見えていなかったが、よくよく見て再度認識するのが『六芒星』の状況だ。
ヘルナイトは京平とは別々に行動し、一人で『六芒星』の部下を止めていたが、その時のヘルナイトは本気など出していない。
もっと詳しく話すのであれば、大剣の攻撃しか使っていない。『魔祖術』も『宿魔祖』も使っていない。且つただの素振り程度の攻撃で諫めてここに来ている。
つまりは本気で倒していない。
峰内程度の攻撃をしてここに加勢しに来たのだが、それでもヘルナイトは視ている。
いつぞやか砂の国でともに行動してきた元『六芒星』のガザドラの言葉も併せて、ヘルナイトは視て、そして思い出していた。
思い出しながら、見ながらヘルナイトは声を発したフルフィドに向けて言う。
凛としている音色で、彼は静かに質問と言うの名の言葉を発した。
「医療筆頭、そして側近か……。医療筆頭がいるとは初耳だが、他にも筆頭がいる……と言う事でいいんだな?」
「はい。その通りです。まぁここで明かしてしまってはかなりの痛手なので言えません。というか言ってしまうと私の命が危いので」
質問に対しフルフィドは答える。
曖昧ながらの返答だが、それでも答えになっている返答はしているのでそれ以上の追及はしなかったヘルナイト。ただ他にも筆頭がいる。そのくらい何かに長けている者達がいる。
筆頭がいるということは集団においてのまとめ役にして、数ある集団の一リーダーということ。
簡潔に言うと――『六芒星』の規模は少数ではない。
考えている以上に規模を拡大している可能性が高い。
と言う仮説が生まれるのだから。
ヘルナイト達を止めた部下達の数も然り、いろんな場所に現れる部下達のことを考えると辻褄も合う。
そう仮説を立てながらヘルナイトは続けてフルフィドに聞く。
傍らで気絶しているハンナのことを一瞥し、ぐっと自分の方に僅かに抱き寄せながら聞いた。
「危い……。情報が漏れてしまってはいけないと言う事か?」
「その通りです。私達はこの世界に革命をもたらすものとして、組織の情報は我々にとってすれば金銭以上に、命以上の大事なもの。それが漏れてしまい、敵に知られてしまった瞬間――組織としての壁が崩れてしまうのです。『組織』とは集団。村や集落と同じで、強固な結束があると同時に、崩れてしまうと脆くなってしまう。国も同じです」
「国も、同じか……。そうだな。それは、理解できる」
フルフィドの言葉を聞いたヘルナイトはそう答えた。
正直な心境として、自分もそれを体験しているので否定できないまま頷いたのだ。
否――否定なんてできない。の方がいい。
嘘でも否定してしまうと、自分はおろか他の仲間達の気持ちを無下にしてしまう。
そして、守るべき存在のことも、無下にしてしまう。
脳裏に写り込む背中姿の大切な人達。
その姿を思い出し、再度前に視線を向けたヘルナイトはじっとフルフィドのことを見て、そのまま視線をフルフィドの肩――気を失っているロゼロに向けて言葉を続けた。
血の気がないかのように気絶しているロゼロは、一瞬死んでしまっているのか。または昏睡しているのかと思ってしまいそうなほどぐったりしている。だらりと伸びた鉄の手が『かち、かち』と金属同士の接触恩を立てながら弱々しく振子を行っている。
それを見ながらもロゼロのことを慕っているフルフィドのことを見て、ヘルナイトは小さな声で「――そいつは」と聞くと、フルフィドはロゼロのことを視界の端で捉えつつ、ヘルナイトの言葉に対し答えた。
少しだけ心配そうな音色を込めながら、フルフィドは答える。
「ええそうです。この人のお傍に仕えています。私はこのお方の命令に従い行動しようとしていましたが、まさかあなたが現れるとは思っていませんでした。もし意識があるうちにあなたと鉢合わせになってしまえば……、ロゼロ様は無理矢理でもあなたを殺そうとしたでしょう。この国にとって最強は心の支えのようなもの。象徴と言えるようなものなのですから、それを崩しさえすれば」
と、一旦と言わんばかりにフルフィドは言葉を詰まらせる。
否――区切った。の方がいいだろう。
それ以上のことを言ってもいいのだが、それでも言わない方がいいのかもしれないと思ったのか、それ以上のことを言う事はなくフルフィドは口を開いた。
唐突ではない。
ふっと――何かを考えていたかのように彼は口を開く。
ヘルナイトを見て――ではない。
ヘルナイトの腕の中で気を失っている少女に向けて……。
「――あなたにとって、その人は支えですか?」
質問と言う名の投げ掛け。
その質問を聞いたヘルナイトは一瞬息を詰まらせてしまう。
発せられない。混乱しているわけではない。
それは純粋な変わった質問への対応の遅さで、純粋に意外な質問が飛んで驚いているだけである。ゆえにヘルナイトは返答が一瞬遅れたが、返答を待たずにフルフィドは言う。
「あなたが怒る気持ちはわかります。その少女を傷つけた。仲間を傷つけられたからから怒っているのでしょう? 感情を持つ者同士ならばわかります。たとえ魔王族であろうとも感情を持っていれば人間と同じものです。私達側近は幹部の支えとしてお傍におり、盾となり矛となり支えとなり、幹部のために命を捧げる覚悟でここにいます。それと同時に幹部が認めた存在と言う証でもあるのです」
「……ガザドラ殿に側近がいなかったのは」
「ガザドラ様は自ら側近志願を断っていまして、側近が盾になることを望んでいなかったからです。そして彼に仕える部下達のことをとても信頼し、肩を並べる仲間として認めていました。『側近と言う枠に縛られない。吾輩にとって側近は皆であり、吾輩の友であり仲間、失いたくない存在達なのだ』あのお方らしい、仲間想いの良い幹部さまでありました。逆にオグト様の側近がいないのは食べてしまうからですね」
「………………」
「あなたにとって支えがその少女と仲間であれば、私の支えはロゼロ様です。ロゼロ様は私のことを側近として認めてくれた。支えとしてお傍につくことを許してくれた。その恩を命に代えても返さねばなりません。ゆえにあなたの要求にはお応えできませんよ」
「まだ何も言っていないのだが?」
「言わずとも、あなたが言う要求など分かるものです。『もうこんなことはやめろ』とでも言いたいのでしょう? それならばできません。何せこれは」
我が主との宿願でもあるのです。
そうフルフィドが言った瞬間――フルフィドは次の言葉を口にする。
両手に握られているそれを気付かれないように強く握りしめて――
「マナ・エクリション――『影回廊』」




