PLAY125 ボロボを掛けた戦いの幕開け④
言葉が放たれた瞬間――ラージェンラが出した真っ赤な棘のようなものが善さんに向かって空気を斬るように放たれる。
人はこれを穿つというのかもしれない。
そのくらい善さんに放たれた赤黒いそれは細くて長い。しかも先がとがっていて返しがついているという……、薔薇の茎を思わせる様な武器になっている。
そう――血で作られた返しがついた武器。
それをラージェンラは作って、攻撃に使っているんだ。
善さんの首を突き刺すように、善さんの顔を穴ぼこにしようとして……。
ラージェンラはあの時言っていた。
私は『血』の魔女。血さえあれば何でもできる魔女なの。
血さえあれば何でもできる。
それはガザドラさんの言う様に、鉄とか金属さえあれば何でもできるのと同じで、何かがあれば意のままに操ることもできるし、形を変えて攻撃することもできる。
それは一種の錬金術だ。
何かを作るために原料となるそれを使って物を作る。
こうして考えると錬金術と言う言葉じゃなくて少し変わった錬金術の方がいいのかも知れない。
でも結局……ラージェンラが言う事はそう言う事。
何かがあれば自分好みに変えることができ、操る。
魔法と言う言葉以外で例えることができない、まさに魔法。言葉通りの光景が私達の視界に広がり、目の前で見せつけられている。
少しだけ黒く感じてしまうけれど、それでも血だけあれば何でもできるなんてすごい事かもしれない。傷ついて血が流れる。それが発動の条件ならばオウヒさんが言っていたことにも真実味が帯びていく。
あ、一応疑っているわけじゃないよ? 全然疑っていないけど、それでも『血』が力の魔女がいるだなんて知らなかったというか、初めて見ることだったから……。
言い訳に聞こえるかもしれない。
でもその言い訳も何もかもが現実になった瞬間がこれで、オウヒさんが事実を言っていることも、今現在進行形で絶体絶命になりかけていることも理解した。
理解した。けど……、この名状況の中でも一つだけ問題があった。
そう――私達の方で問題が発生した。
問題……、それはシロナさんの発言と行動。
まず、アキにぃと虎次郎さん、シェーラちゃんが善さんの危機を察知して助けに向かおうとしていた。私は後方支援の方をしていたけれど、それでも前線にいた三人が前に出て助けに向かおうと走り出そうとしていた。
していた――ところで、シロナさんがなぜか止めに入ったのだ。
敵の方に……ではなく、アキにぃ達に向けて。
「――お前ら手を出すなっ!」
そうシロナさんは言ったのを覚えている。
もし、本当にもしもの話しなんだけど、あの止が入らなかったら、もしかしたらこの未来もなかったかもしれない。枝分かれした未来の中でも最も安心できる未来に行けたかもしれない。
アキにぃなら絶対にそう言って、他人に嫌味を零すだろうな……。アキにぃはなんとなくだけど、心が汚いところがあるから……。
そんな想像が目に浮かぶ……。
……少し話が逸れてしまったから話を戻すと、シロナさんが止めたことで善さんに援護することができなかったアキにぃ達は、止めた張本人シロナさんに向けて何で止めるんだ問い詰めると……、シロナさんはアキにぃ達に向けてこう言ったのだ。
「死なせたくねぇよ。だからお前らはいくなって言っているんだ」
シロナさんははっきりと言った。みんなに向けて、アキにぃ達に向けて言ったのだ。
なんだか……それ以上近付いたらだめだと言わんばかりの言葉。
私のことを止めたエドさんもそんな感じの言葉をやんわりとだけど言っていたけど、それでも納得がいかないのが人間だ。
理由もなく止められ、且つあんなことを言って『ああそうですか。それでは止まります』なんていう人なんていない。どころか怒る人がいる方が普通なんだ。
普通なんだけど……、やっぱり違和感があるのも事実で、正直なんであの時止めたんだろうという疑問がまだ残っている。
こんな絶体絶命の最中なのに、何故か祖の疑問だけがどんどんと膨らんでいて、頭がすっきりしない……じゃない。多分違和感なのかと思う。
なぜ違和感を感じるのか……、それはシロナさんとエドさんの発言にはっきりとしたものが込められていて、不安とかそう言ったものが全然もしゃもしゃとして出ていなかったから、違和感として認識しているんだと思う。
それは不安なんて全然ないっていう安心要素に感じるかもしれない。普通に、考えなければそう思うかもしれないけど、絶体絶命の中でそう言われてしまうと逆に不安になってしまうのも事実。
どうしてあんなことをあの場面で言うのか。
なんであんなにもはっきりと言えるのか。
そして……、あの言い方を言い換えるなら、アキにぃ達の加勢なんていらないみたいな言い方にしか聞こえないし、その加勢なしで心配いらないなんて、どうして言えるのだろう……。
今はまだわからない。
わからないけど、なんだか懐かしく感じるというか、私は抱いたことがある。
それは一回だけじゃない。
シロナさんとエドさんが抱いている感情を、私は何度も体験している。
そう感じながら、私は今まさにスローモーションとなっていく光景を、ただただナヴィちゃんの背から見ることしかできず、角膜に焼き付けることしかできずにいた。
□ □
「――じゃあね」
ラージェンラは善さんに向けて別れとなる言葉を言い出し、その言葉を合図に彼女の背後で蠢いていた赤黒い槍のようなものが善さんの向かって放たれる。
矛先を善さんの喉を最初に、顔を重点的に狙う様に向けられ、突き刺さんばかりの速度で善さんに向かっていく。
あまりにも早くはない。
視認できるくらいの速度で、急げばなんとか防ぐことができるかもしれない。
そう思ったのか、アキにぃがみんなの静止を聞かずに銃を構えて、シェーラちゃんも剣を大きく振るって、鞭をしならせるように地面を抉った後、同時に行動を起こそうとしていた。
シロナさんの静止を聞かず、そのまま猛進して生きながら二人は攻撃を繰り出そうとする。
シェーラちゃんの剣には水の纏いが現れ、その纏いをしたまましならせるように二本の剣を盾に振るい。
アキにぃは弾丸を打ち込んで攻撃を繰り出した。
「属性剣技魔法――『激流鞭』ッ!」
「『ストロング・ショット』ッ!」
お互いが自分が持っているスキルを発動させて、アキにぃの力強い弾丸が、シェーラちゃんの水を纏った剣の鞭がラージェンラに向かって放たれていく。
どっちも強くて威力が高い攻撃。
それは私の目でも理解できてしまうほど位の威力で、もしかしたらと言う可能性を考えてしまうし、何より見ていないラージェンラのことを見て内心……、これはできるんじゃないかと思ってしまいそうになる。
できる――それは善さんを助けることができる。
好都合が起きればラージェンラに一泡吹かせる……、ことができるかもしれない。
一瞬芽生えた希望。それが大きくなったらと思っていた矢先――その希望も一瞬にして摘まれてしまう。
シェーラちゃんの攻撃を蠢ていた赤黒いそれが蛇が巻き付くようなうねりをしてまとめて止めてしまい、アキにぃの弾丸も当たるだけで、貫通どこか内部を傷つけることができず、そのまま表面で止まってぽろりと地面に落ちてしまった。
ころんっと……、弾丸が地面に当たった光景を見て、シェーラちゃんの武器が蛇のように唸っていた蠢く何かによって掴まってしまったせいでぎちぎちと音を立てて軋んでいく。
細いから余計に折れてしまいそうに感じるのは私だけではない。もっともそれを感じているのはシェーラちゃんで、強張った顔のまま言葉にすらできない声を上げるだけで固まってしまっている。
そんな二人を横目で見……ていないラージェンラは二人のことなんて見向きもせず、善さんに視線を向けたまま、妖艶で気品あふれた――邪悪な笑顔を向けている状態。
要は見ていない。
眼中にないようなその姿にアキにぃは驚き、シェーラちゃんは怒りで我を忘れてしまいそうな顔をして歯を食いしばっている。口の端から零れるそれがシェーラちゃんの噛み締めの強さを表し、怒りを表していく。
このままでは済まさないと言わんばかりにシェーラちゃんが抗いとして剣の柄を握る力を込めようとした時、私は見た。
見てしまったのではなく、自然と視界に入ってしまった。の方がいいかもしれない。
だって――二人の視界の視覚を盗むように、赤黒いそれが横に薙ぐようにして襲い掛かっている。いうなればしなり。しなりで二人を払い倒そうとしている。
細く見えてしまうけれど、しなりの速度はかなり早い。空気を斬る音が聞こえるほどの速度だ。
あんなのを喰らってしまったら……、あばらどころか……。
「――っ! 『囲強固盾』ッ!」
私はすぐに手をかざして、二つ目となる盾スキルをを放つ。
私の言葉が言い終わると、即座にアキにぃ達を覆う半透明の半球体。
私が放った『囲強固盾』を見たアキにぃとシェーラちゃんは驚きの顔をして見上げて、見上げた時に視界の端に入ったそれを見て更に驚いたのは――シェーラちゃんだった。
息を呑むように見たそれはもうしなりの終盤に差し掛かっていて、もう叩いてもおかしくない状況。
ううん。すでに叩く寸前。叩く寸前だった。
ばぁんっ!
と……、固い何かに向けて平手打ちをするような音が辺りに響き、その音を近くで聞いていたアキにぃとシェーラちゃんは驚きの顔をしながら鼓膜を守るように耳を塞ぐ。
遠くにいた私もそれを聞いて驚いて耳を塞いでしまったし、虎次郎さんとエドさんも耳を塞いでいる。シロナさんに至っては獣の耳だからかかなり五月蠅く感じたのか、歯を食いしばって耳を塞いでいる。
口の端から零れるそれを見ると、きっと痛みで音の五月蠅さを和らげようとしているみたい……。
びりびりとくる風圧もそうなんだけど、特によく効いたのが音。
音が私達の思考にノイズを入れているような、ジャミングを仕掛けているような感覚に陥り、音の所為で正常な思考を構築することができなくなってしまった。
その間でも、一秒の間――小数点を入れての時間の中でも戦闘と言うものは続いている。続いているから、ここで気を抜いてはいけない。
そう思っていた。いたのに……。
――ビギッ。
「――っ!?」
罅割れる音が聞こえた瞬間、私は全身の血の気が引くのを感じた。血の気が引くと急に寒く感じてしまい、背中を這う悪寒が私に不安と言う追加を与えていく。
音だけでも負の要素なのに、それに加えての悪寒は悪質だ。
でも、それは正直な体の反応。信号。
そう……、危険信号なんだ。
だって、私が発動した『囲強固盾』に罅が入り、その光景を見ていたアキにぃとシェーラちゃんが驚きの目で罅割れた方向を見ていたから……。
……ついこの前……、ガーネットさんの攻撃で壊れてしまったことがあった。その時もショックだったけど、今のショックはそのショックを簡単に超えてしまう様な絶句で、いとも簡単に今抱いている不安を煽ってしまった。
まるでデバブ。で、いいのかな……?
あ、デバフだ。
そう。そんな感じで私達が抱いていた不安が更に不安になってしまったのだ。
最悪の形で、しかも、それが現在進行形で継続している中で……。
びきびきっ。と罅割れの音が耳を揺らし、どんどんその面積が広くなっていく光景はまさに恐怖が来る予告……。
ううん。恐怖そのものだ。
「――っ!」
私はすぐに手をかざして『囲強固盾』の力を強くしようとする。正直、手に力を入れて強くなるのか、MPを消費して強くなるのかなんてわからない。でもやれることは何でもする。二人が逃げる時間を稼ぐために手の力を込めて、MPを消費するように力を入れるけど……。
びき、びきっ。べきき。
罅割れの音が止むことはなく、むしろ少しずつだけど罅の面積が広くなっていく。
しなっていたそれにも力を入れているんだ……。ううん。叩こうとして叩いた後にも力を入れている。野球バットのようにスイングして、ホームランを打つ要領で。
べきべき……、びぎぃ。
「っ! う」
手をかざして、MPを消費するように酷使している私。これは私なりにこうすればいいかなと言う手さぐり的な行動なんだけど、それでも『囲強固盾』が少しずつ修復しているのは目に見えている。
ぱきぱきと小さな音を立てて塞がっていくのだから、きっと修復はされているんだと思うけど、それよりも強いのがしなりだけの攻撃。それだけでどんどん罅が大きくなって、盾としての役割がどんどんなくなっていくのだ。
これはMPの消費もそうだけど、メンタルも削られる……っ。
どんどんやっても、結局同じことを繰り返しているような……、循環が出来上がってしまっている。
そう……、負の……。
と思った時――
「――発動解けっ!! 何とかするっ!」
「!」
突然声が聞こえた。しかもその声は聞き慣れた声で、その声を聞いて、声がした方向に視線を向け等私は、安堵のそれを零しそうになったけれどすぐに気持ちを切り替えて、発動を解く準備をする。
あの人なら大丈夫。
その安心を込めて、信じて私は発動を解く準備をして――
「二人共! 後ろに向かって飛んでっ!」
「はぁっ!?」
「分かった!」
「ちょ……! ぎゃぁっ!?」
私は二人に向けて言うと、一瞬何を言っているんだという顔をして驚きの顔をm受けるシェーラちゃんと、私の言葉を聞いて即答と言わんばかりに頷いてシェーラちゃんをわきに抱える。
これは……横抱きにしているけど、結局アキにぃの担ぎ方だと荷物みたいで、雑に見えてしまうのは……、私だけ?
いや、今はそんなことを考えている暇なんてない。
シェーラちゃんを抱えたアキにぃを見て、アキにぃも私の方を向いて頷いた瞬間、私は即座にアキにぃ達の方にはなっていた『囲強固盾』を解く。
解くと言っても、ただかざしていた手の力を抜くのと、下ろすだけでそれはいとも簡単に解除されるもので、ターン制とか時間で解除されることはない。
実際これに気付いたのはアクアロイアの時だったけど、それでも気づけたことで時間のラグも無くなったのは大きな収穫だった。
収穫と言っても、ただあの時は慣れていなかっただけなのかもしれない。
それでも解除できる。
解除できたなら――あとは……。
解除した瞬間、今までせき止めを受けていた赤黒い触手のしなりが強く……、ううん。一気に追い込むようにフルスイングしてきた。
大きな空気を裂く音と、風圧が私がいるところにまで届き、それを見ていた二人も驚きの顔をして固まってしまっていた。固まって、一瞬のだけ動けずにいたけれど、そんな二人を俵抱きにして抱えるようにさっきの声の主――そう……、あの時私に解除の声をかけた人物は行動していた。
「っ!? きょ」
「キョウヤッ!?」
「突っ走って余計な仕事させんじゃねーっ! 舌噛むなよっ? いいな? 行くぞ!」
「「へ?」」
驚きに重ね崖をするように驚きを与え、二人を抱えたまま声の人物――キョウヤさんはアキにぃを肩車させて、驚いているアキにぃをしり目に迫り来る触手を見て……。
――だしぃんっ!
と、尻尾の力を使って高く跳躍した。
トランポリンを使ったかのように高く飛んだ光景に、虎次郎さんもシロナさんも驚きながら見上げてしまっていたけど、もっと驚いていたのはスイングを繰り出したラージェンラ。
「っ!?」
キョウヤさんの加勢と、キョウヤさんの跳躍力は想定外だったみたいで、勢いをつけたスイングがうまくいかなかったことと、躱された事態に驚いた横目を向ける。
きっと躱せるわけないと思っていたみたい……。
思っていたけれど、それを難なくこなしてしまうのがキョウヤさんで、ポテンシャルなのかな? それがすごく高い……。
「お前いい加減どこかで苦手分野とか出せ! そうでもしないとなんでもマン! 才能ありありマンになってもいいのかっ!?」
「特徴ありすぎて嫉妬しそうよ」
「お前ら狙われていたくせに何ヨユーなの!? 殺されかけていたっつーのに感謝の一つあるだろうが! 少しは単純行動控えろっ! 特にアキ!」
「俺だけかっ!」
あんな状況でも突っ込み入れれるくらいだから、かなりポテンシャル高いかも……。
横からエドさんの「仲がいいなー」と言う声が聞こえて、こんな緊迫した空気を壊してしまってごめんなさいと謝罪したい気持ちになったのは……すぐに消え去った。
ラージェンラの舌打ちの声が聞こえ、彼女は喉元に突き刺そうとしていたそれと、赤黒い触手を同時に操って、同時に倒そうとしたのだ。
目の前には善さん。
横にキョウヤさん達。
どうやら触手が動いていた時、一時だけど針の動きも止まっていたみたいで、再度動くと突き刺そうとしていたそれも動く。ぴくりと――感覚が戻ったかのような動きをして再度行動を開始する。
勿論、触手はキョウヤさんを追いながら上に向かって伸びていき、そのまま締め付けようとしている。アキにぃ達が映らなくなり、ぐるぐると巻き上げるように上がってきた触手は先を自分よりも下にいる何かに向けて見降ろしている。
まさ蛇と同じ行動。
蛇の巻き付けと同じ行動だ。
私はその視点で見ていないけれど、遠くで見るとこれは蛇に食べられちゃう瞬間に見える。シェーラちゃんもそれは思ったのだろう。青ざめながら触手の先を見て舌を突き出している。
もう『おえっ』って顔をしている……。
それを見ていたアキにぃとキョウヤさんは驚きと言うか、やばいというもしゃもしゃを出して何とかしようとしている。
不幸なのか、今現在その場所は空中。
空中で限られていることはあるし、もしかしたらこの先も戦いがあるかもしれないので『詠唱』をむやみに使うことはできない。アキにぃは前にそれで失敗した経験があったから余計に出せないんだろうな……。銃を構えたまま顔を歪ませている。
職種の体越しだから一瞬しか見えないけど、これはまずいかもしれない。
でも……、エドさんはそんなアキにぃ達に対して何もしてこない。シロナさんも、虎次郎さんもしてこない。
いくら何でもこれはさすがにまずいのでは……? ナヴィちゃんもぐるぐる唸りながら私を見てはエドさんを見るという交互に見る行動をして焦っている。
私はそんなナヴィちゃんの首元を撫でながらエドさんに向けて言おうとした時――
「――大丈夫」
エドさんは言った。はっきりとした言葉で、大丈夫と言った。
その『大丈夫』は、今この状況で言っても効果があまりないように感じてしまいそうなもので、正直何がなのと言ってしまいそうになったけど、そんな私の心配を見透かしていたのかエドさんは続けて言う。
私のことを見て、へらりと鉄のマスク越しで笑いながら指を指して言う。
「そろそろだから」
そろそろ。
その言葉の意味が一体何なのか。一体何がそろそろなんだと思った。
瞬間――
一際大きな骨折音が辺りに響き渡った。




