PLAY125 ボロボを掛けた戦いの幕開け①
時を遡り――一時間前。
◆ ◆
一際大きな音が辺りに響く中、森林と言う光があまり差し込まない世界で白銀の騎士はその音を聞きながら脳内で予測を組み立てていた。
目の前にいる大勢の人物達の前で、視認では数えきれないほどの人数を前にして――だ。
先ほど起きた強い光と衝撃の音を聞いて……、その時に起きたことを推測した。
それは白銀の鎧に身を包んだ騎士がいる場所から離れている場所――しいて言うのであれば正反対の場所にいる男もそれを聞き、同じ状況でそれを体験していたが、白銀の騎士よりも明確なことを考えながら思っていた。
目の前に敵がいるという状況の中、二人は思ったのだ。
白銀の騎士は思う。
――あれは、まさか……、聖武器の……。
それは不安でも畏怖でもない。ただあの力を出した相手に対しての脱帽。
反対の場所にいる人物はその音と衝撃、光を見て思う。
――あいつ、マジでやるべなぁ。
それは不安でも畏怖でも、脱帽でもない。信頼と言う名がにじむ出る音色。
強い衝撃と光りは彼等の背後に出てきたものだが、それに対して驚いて振り向くなどしなかった二人。
むしろ一人は何度も見たことがあるが故、そんなことをしなくともわかっていた。
「まぁあいつのことだ。んな心配気苦労ってもんだな。あいつが負けるなんてありえねぇし、俺がそれを一番理解している。あいつは今の時代にはいねぇ場数踏み。経験豊富な奴だ。あのバケモンに対しては想定できなかったから八つ当たりみてーな感じだったけど、それさえなきゃ倒せるんだ。心配すること自体野暮野暮だべ」
わかっていたからこそ、彼は安心して体を力ませ、体中の力を膨張させるように力を出して姿を変える。
めきめきと鳴り響く体の悲鳴は痛々しくも聞こえてしまうが、それでも男は姿を変えていく。
黒い長髪を足の踵まで伸ばし、オールバックにして白いヘアバンドで止めているその長髪は変わらず、黒い革製のジャンバーと黒いジーパン、黒いショートブーツに黒いチョーカーと言った黒で統一されている服装はなぜかなくなってしまい、代わりに体中を覆う黒い鱗がその代わりの役割を担っているように見え、吊り上がった目が更なる吊り上がりを見せ、口から覗く鋭い牙を見せつけながら人間ではないその姿を……、蜥蜴の鱗を持った魔物――ワイバーンの姿を見せていく。
森林を駆け抜ける風が森林の声を奏で、体に冷たいそれを当てて彼らの感覚を研ぎ澄ませていく。
脳に響く寒く感じる信号は何かの報せなのか。
ただ単に冷たいのか。
それは分からない。わからないが、それでもワイバーンの男は両の手を――ワイバーンの翼を広げ、威嚇の意を込めて広げて風を起こす。
風が起き、目の前にいたであろう集団は唸る声と共に
相棒の戦いを背に――京平は体を変えて目を輝かせる。
否、ぎらつかせ、威嚇の念をさらに強めながら目の前にいる大勢の集団――五芒星の印を持つ集団『六芒星』に向けて言った。
「んじゃ――オメーらはこんな状況でも上司様を助けるんか? 命を賭けて、死ぬ覚悟で向かうのか? それとも、そんなびくびくしてぶれっぶれの武器で俺に立ち向かうのか? 立ち向かうんなら俺は了承するべ。死ぬ覚悟ができているならな……。とかそんなくせ―台詞吐かず、お互い死なずに張り合おうじゃねぇかぁっ!」
けたたましい魔物の声。
否――覚悟を決め、背中を預けた男の眼を見た瞬間、何かに気圧されたように『六芒星』達はたじろく。
「っ」
「う……」
「あ、ああ……っ」
一瞬戦意がそがれてしまう様な空気。
気圧され、どっちが死んでも恨みっこなしと言わんばかりの覚悟の大きさ。
何より――覚悟の大きさが歴然だった。
『六芒星』達が抱えている覚悟と比べても格が違う威圧に、幹部クラスでも何でもない『六芒星』達は威圧に押し潰されかけ、何人かは後ずさりしてしまうほど委縮してしまっていた。
まるで勝てない相手に対して喧嘩を売ってしまったかのような後悔。
そして……、無謀で死ぬかもしれないのに囲んでしまったという己の未熟ない思考回路を呪い、もう後戻りできないことを悟った部下達は構えを行う。
委縮しても、後悔しても変わるなんてことは無い。
未来が変わるなんてありえない。
だからこそ、やけくそと言わんばかりに部下達は京平相手に武器を構える。
構えた光景を見て京平はワイバーンの口をきつく一文字にし、その面持ちのまま彼はじっと『六芒星』達を見つめる。
決して邪悪な思考をしているわけではない。
呆れてもいないのだが、それでも京平は思ったのだ。
本当ならここで逃げてほしい。
逃げてくれれば何もしないし、命を食おうとも思っていない。
むしろそんなの御免だと思っていたのだから、逃げない選択肢をした彼等を見て、ワイバーンの型を竦めて続けて思う。
――まぁ、もしここに俺らの仲間が捕まっていて、この状況が逆だったら俺もそうするな。
――譲れねーもんって言うのか?
――オメーらのことは話には聞いているし、俺も理解できないわけじゃねーべ。
「まぁ……やって良い事と悪ーことだってあるかんな。俺はお前達の気持ちを汲み取ってとかそんな気前良すぎる良心ねーんだ」
わりーな。
そう言って、京平はバサリと両の手の翼を羽ばたかせて、一瞬空中に浮くと、その状態で滑空を繰り出す。
一直線に、突っ込む勢いで。
京平の攻撃が始まった時、反対の方向にいた白銀の騎士は微かに響く音を聞き、そして目の前で武器を構えて佇む五芒星の印を持つ者達――『六芒星』の面々を見ながら白銀の騎士は言う。
片手に携えた漆黒の大剣を一瞥しながら……。
「国と『六芒星』の戦いは、長い間続いていた」
「っ」
白銀の騎士の言葉は凛としていた。
はっきりとしていて、何より質を持っているような重みと真っ直ぐさを持っている音色。
魅了する声とは言えないが、それでも白銀の騎士の凛としている声は誰もが聞く耳を傾けてしまいそうなほど透き通っている音色。
その音色を聞きながら『六芒星』の面々は白銀の騎士を見る。
白銀の騎士の顔は甲冑で隠れているからか顔は見えない。
見えないが、それでもわかることがある。
白銀の騎士から放たれる重く、まがまがしい空気を感じながら、彼等は耳を傾ける。
白銀の騎士の凛としている言葉を――
「きっと、終わらない戦いになる。それはどの国でも予想していたことだ。予想していたからこそ大きな犠牲もあった。大きな悲しみもあった」
「………………」
「これは命令ではない。提案だ」
白銀の騎士は言う。
すっと――手にしていた大剣を徐に上げ、その剣先を『六芒星』の面々に向ける。指をさすようにすっと向けられ、向けられた剣先を見ながら『六芒星』達は一瞬驚きと困惑のそれを浮かべてたじろぐ。
提案。
敵に対して放つ言葉ではない。こんな状況で提案することとは何なのか。その二つが頭の中を過っている状況の中、『六芒星』達は白銀の騎士を見つめ、白銀の騎士は言う。
彼が言う――提案を。
「私はお前達と戦い、命を奪おうとは思っていない。むしろこのまま立ち去ってくれれば見逃そうと思っている」
「っ?」
「な、何を日和ったことを……!」
「ハッタリだ! ハッタリに決まっている。そんな口車に乗るかっ。この国で唯一の二つ名を持ち、そして『地獄の武神』の名を持つ奴がっ! 『12鬼士』の団長の分際が! 一体何が目的なんだっ!」
白銀の騎士が言う提案。
……『地獄の武神』と言う名を持つ鬼士・ヘルナイトは『六芒星』の目の前で言う。
この場所から身を引くことを進める提案を。
命は取らない。それを条件としたわかりやすいもので。
しかし、それを聞いて『はいそうですか。わかりました帰ります』と彼等が引き下がるなど夢のまた夢。妄想だけの展開だろう。
ゆえに妄想の展開などありえない。現実的な展開として、『六芒星』達は引き下がらなかった。
むしろ警戒のメモリを上げ、何かを隠しているのではないかと言う疑心を募らせながら敵意を剥き出しにする。むき出しにした敵意からは赤い殺意が漏れ出している。
それはハンナからしてみれば赤くてドロドロとしているけれど、燃えているように見えるもしゃもしゃと例えるだろうが、ハンナの感情を察知する力がなくてもヘルナイトにはわかっていた。
いいや――想定内の反応だったからこそ、ヘルナイトは内心――都合が良すぎる願いだったな。と思い、彼は突き出していたその剣をゆっくりと地面に向けて下ろすと、彼は下ろしたまま続けて言う。
『六芒星』の部下たちに向けて、返答を聞いた後の言葉を――
一人の部下が言い放った『目的』についての言葉の返答を……。
「目的……ではないのだが、私はただ――これ以上の争いは控えてほしい。何をたくらんでいるのかはわからないが、王を傷つけることは極刑にも等しい罪になるんだ。このまま逃がすこともできない。そしてこのまま見過ごすこともできないが、ここで抵抗しなければ命を取るということはしない。抵抗しないで投降してくれと言いたいんだ」
「っ」
「王……、情報が洩れているな……っ!」
「まさかこんなにも早く……」
返答を聞いた部下達の顔から不安と言う負の感情と漏れてしまっているという焦りがにじみ出ている。そんな顔を、面持ちを、雰囲気を見たヘルナイトは間違いではなかったことを再確認すると同時に、ナヴィが伝えようとしていたことを明確に理解することができた。
もしかしたらと言う事もありつつ、情報を探ろうとした結果の言葉でもあり、本音も入り混じったことを口にしたのだが、まさかの事実を聞いて、まさに自分の最悪の想定通りになってしまったことにこう思った。
――王を傷つけたということは、そこまで本気と言う事なのか?
――自分達だけの理想郷のために、どんな犠牲も厭わない。その意思を掲げ、その意思の思うが儘行動しているのか?
――国ごと、崩壊させようとしているのか?
――詳しい話を聞くしかないな。
――何をする気なのかを。
――お前達のボスが一体、何を企んでいるのかを……。
そう思考の中で組み立て、まとめた結果――ヘルナイトは手にしている大剣に込める握力を強くし、意を決して前を見据えた状態でヘルナイトは言う。
驚きたじろぐ『六芒星』達に向けて――ヘルナイトは凛としている音色で言った。
「もう一度言う。抵抗しなければ殺しはしない。だが抵抗するならば容赦はしない。全力で援護の妨害をする。計画の全容は分からないが、この国を――ボロボを滅ぼすことは禁忌に等しい大罪。それを見逃すほど、私はお人よしではない」
凛としているが、怒りが込み上げているような音色を奏でた瞬間、ヘルナイトから吹き上がる圧。
その圧を感じた『六芒星』の面々は思った。否――感じた。
これが、アズール最強の鬼士。
そして、倒すなんてできないことを直感し、彼等は理解する。
理解したくないのにしてしまった結論を脳内で再生する。反対でワイバーンの京平と相対している彼等も同じことを思い、悟るように理解する。
援護は不可能だ。
戦うなんて無謀だが、ここで戦わないで逃げることもできない。
戦うしか、選択肢がない。
まさに背水の陣のような状況の中、『六芒星』達は震えている気持ちに鞭を入れ、体の硬直を無理矢理動かし――攻撃の雄叫びを上げて駆け出す。
無理だとしても戦うことを選択しないといけない。
この計画を無駄にしてはいけない。失敗してはいけない意思を固めて……。
部下達の意思を汲み取ったヘルナイトと京平も戦う意志を固めて、迫り来る『六芒星』達に攻めの牙を向ける。
殺すなんてことは絶対にしない。
加減ある抵抗を――
◆ ◆
誰もが思うかもしれない。
誰もが疑問にしているが口に出していないことがあるだろう。
一時間前から……、否、一時間前からずっと彼女は――ラージェンラはあの場所にいた。そしてそれまでの間に時間と言うものがあり、ハンナ達が来るまでの間……、大きな時間があった。
時間。そう――ラージェンラ達が桜姫を逃がしたと認識したことをはじめとして、桜姫と交戦 (と言う名の口論)をしている最中、ハンナ達が来るまでの間、かなりの時間が進んでいた。
その間――何もなかった。などと言う結果で終わっていない。
むしろこの時間がある中、何もなかったなどと言う都合のいい展開などありえない。
それならばこの場所にヘルナイトと京平がいないことに対しても辻褄と言うものが合わない。
辻褄。
誰もが疑問視していた、ヘルナイトと京平の居場所についての補足をまず最初にしなければいけないのだ。
時間がある中、ヘルナイトと京平は一体どこにいたのか……?
結論から言おう。
彼ら二人はラージェンラ達がいた廃村の外にいた。
否、厳密にはハンナ達とが別行動をして、廃村の外――つまり廃村に入る手前の森にヘルナイトと京平はいた。
ヘルナイトは廃村の北と西の中間の北西を。
京平は廃村の南と東の中間の南東を。
それぞれが廃村の森の中で戦っていた。
戦っていた。否――これ以上の被害と邪魔が入らないように防衛していた。の方が正しい。
何に対して防衛しているのか。簡単に聞こえるかもしれない。よく考えてしまえば、予測してしまうと、考察するとわかってしまうが明かそう。
防衛対象は『六芒星』であり、二人は後から来た『六芒星』相手にして戦っていたのだ。
『六芒星』はディドルイレス大臣の依頼で行動をしており、ラージェンラも何かしらの要請を送っているのであれば即行動するであろう。
…………否、命令がなくとも行動する。多額の報酬金がかかっている。巨額の軍資金がもらえるのだ。ここで手を抜くなどしないのが『六芒星』だ。
世界を変えるために、自分達が住みやすい環境を作るために、世界を創り変えるために彼等は動いているのだ。手を抜くなどありえない。
たとえラージェンラの命令がなくとも彼等は動く。
今回の件もそうであり、ラージェンラの期間が遅い事に気付き、まさかと言う最悪のケースを想像したボロボにいた部下達が動いたのだ。
幹部側近のラランフィーナとフルフィドは待機し、戦力となる部下だけが動き、桜姫を幽閉している場所に向かったのだ。
その人数――千人ほど。
一見すると少ないかもしれない。少ないかもしれないが『六芒星』にとってすれば多い方なのだ。
『六芒星』は革命軍の名を語ってはいるが、結局やっていることはクーデター。反逆軍。反乱軍なのだ。
国にとっての危険因子。
それを野放しにするほど国は弱くない。
ハンナ達が来る前までは少しずつだが人数も減らされていたが、そこまで大きな痛手と鼻ッていない。
大きな痛手となったのはハンナ達が来てから。幹部も二人いなくなってからだ。
……否、厳密には一人が脱退。一人が幹部の懐刀によって葬られてしまったというだけなのだが、それでも幹部が二人いなくなったことにより『六芒星』の戦力は半減。
痛手となったのは元幹部だったガザドラの脱退だ。
人望もあり、部下達からの信頼も厚かったガザドラがいなくなったことにより、団員もガザドラの後を追う様にいなくなり、脱退していった。
人手がいなくなるのは大きいミスであり、『六芒星』の立場で言うとかなりまずい状況でもある。
幹部が強くても、幹部側近が強くても、結局数で押されてしまえば元も子もない。
組織に於いて少数と言うもは大きい弱点となってしまう。
最も、一人だけ逸脱して強いものがいれば話は別かもしれないが、そんな都合の良い事なんてない。
ないのだが、今回は大きな軍資金が手に入る好機でもあり、今回の依頼に関しては『六芒星』達も気合が入っていた。だから人数が少ないにもかかわらず総勢千人ほどの人数がボロボの廃村に集まろうとしていたのだ。
本部の方を手薄にしてしまうデメリットを承知の上で、部下達は今回人数をかき集めてボロボまで来て依頼を遂行しようとしている。
失敗は許されない。
もし失敗してしまえば軍資金喪失。最悪幹部クラスの強者の喪失にもつながってしまう。
そうならないためにも部下達は予測し、行動しようとした結果――部下達は己の判断を呪った。
呪った――と言うよりも、判断を誤ったの方がいいだろう。
何せ魔王族と強者の冒険者が立ち塞がったのだ。
負け戦のような戦況の中、部下達は願うしかなかった。
ラージェンラの勝利を。
そして……計画の成功を。
もう一人の幹部の到着を。




