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PLAY123 忌まわしい記憶と燃える夢⑥

 手首に感じる締め付けの感触。


 ぬめりとしている感触は一生忘れないだろう。


 しかし桜姫にとってそんなことは小さい事であり、もっと大きいことが今まさに自分の後ろにいるのだ。


『六芒星』という恐ろしい存在が。


 敵と言う名の――恐怖が。


「――~~っ! なんでもう来ているのおおぉぉっ!?」


 あまりに突然で、しかも予想外に早く来てしまったラージェンラに対し、桜姫は驚きと恐怖が混じっているが、それでも驚きの方が勝っているような顔で心底嫌そうな顔を加えた顔をしながら声を上げた。


 絶望こそなさそうだが、それでも嫌だという感情がわかりやすく出ているような顔と声で言ったことで、そんな彼女を見てラージェンラは微かに違和感を覚えた。


 内心……、なんであんな顔をしているの? もっと怖がるはずでしょうに……。と、現状に対し不釣り合いに感じてしまう顔に疑念を覚えてしまうほど。


 だがそんなこと考えている暇などない。


 ラージェンラは叫んで血で作った紐を掴み、引き千切ろうと引っ張っている桜姫はに向けて言った。平常と言わんばかりの淑やかで、狂気が入り混じった微笑みを出しながら……。


「なんでとは失敬ですわ? こっちはあなた異常に体力がありますし、それにこれだけ離れていても魔法を使えば一瞬であなたを捕まえることが可能なんですから……、そこも視野に入れていいただかないと困りますわ」


 あと根本的に、あなたの体力がなさすぎるのと遅いのが決定打です。


 最後に嫌味に感じてしまう言葉を吐いたラージェンラは人差し指から流れている血の鞭に魔力を注入し、その伝達を感じて血の紐が動きを見せた。


 弦がしなるようにびぃんっと揺れると、そのまま意思を持ち、帰巣本能に従う様に血のひもは主の元へと戻っていく。


 シュルシュルと音を鳴らし、主でもあるラージェンラの体に入り込んでいくその様子を見て桜姫は上ずった悲鳴を上げて「蛇が体に入り込んでいるみたい……!」と変な例えを出してしまった。


 流石にそれは嫌な例えになってしまうと思いつつ、なぜそんな悠長なことが言えるのかと思いながらラージェンラは桜姫を引き込もうとする。


 狂気の笑みを浮かべたまま、力強く引き戻して!


 シュルシュルシュルッ!


 音を立ててどんどん戻っていく血の紐につられるように、縛られている手首にもその影響が出る。


「! うわぁっっ!?」


 ぐんっと――勢いがある引っ張り。そして腕を引き千切らんばかりの力を感じた桜姫は思わず驚きの声を上げてしまい、階段にいることでそのままバランスを崩して倒れそうになった。


 倒れそうになったが、ここで素直に倒れる程桜姫はやわではないし、彼女だって生きている存在。脳だってある。


 反射神経だってある。


「うおおおっ!」


 桜姫は無意識に縛られていない手で会談の出口の壁に手を掛ける。


 ちょうど手で掴めるような直角で、そのまま掴んで耐えれるほどの窪みもある。


 崖に掴まる様に、桜姫は出口の壁に手を掛けて引っ張られるそれを阻止し、転びも阻止して踏ん張る。


 ざりりっ! と石造りの階段から引き摺る音が聞こえる。それは桜姫の足から放たれた音で、音が出た後で小さな石が階段を下りていく音が僅かだが鼓膜を揺らす。


 揺らし、たった一つだけの音として辺りに響く。


 小石がその音を止め、一瞬の沈黙の後に響いたのは――


「うぎぎぎぎぎぎい~~~~~っっっ!」

「い……! ちょ……! なん、で……!」


 女同士の拮抗の声。


 否、抗いの声と言ってもいいだろう。


 なにせ、桜姫のことを捕まえようとしているラージェンラと、掴まりたくない桜姫が譲らないと言わんばかりに対抗しているのだ。


 いうなれば膠着状態。


 そんな状態が始まってしまったのだ。


 魔力と言う力を使って引っ張り捕まえようとしているラージェンラ。


 物に掴まり、姫らしからぬ踏ん張り顔と歯を食いしばっている桜姫。


 どちらも引けを取らない膠着だが、そんな状況でも二人は沈黙を作らなかった。


 最初に沈黙を破ったのは――ラージェンラ。


 ラージェンラは非力で何もできないと思い込んでいた桜姫に対し、こんな力があるのかと驚きはしている。しかしその力に対し苛立ちも覚えてしまっていること、そして時間が押していることに対しての苛立ちという二重のそれを感じながら、ラージェンラは桜姫に怒鳴りつけた。


「なんでしがみついているのよ……! 早く離しなさいぃぃぃいぃっ!」

「いいいいいいいいやああああああああっっっ! 離したら落ちるしケガするしいやだあああああああああっ!」

「わ、が、ま、ま、い、わ、な、い、のぉおおおおおおおおおおっ!」

「わがままじゃなくて本気の嫌なのぉおおおおっ! おばさんも諦めてよぉおおお!」

「だ! れ! が! お! ば! さ! ん!? 私は正真正銘の永遠の若さを持っている堕天使よぉ……! おばさんって言う年齢じゃないわよぉおおおおおっ!」


 怒鳴っているとはいえど、結局言っていること幼稚に聞こえてしまいそうな会話。拮抗するという力を優先にしている結果――生み出されてしまったものは簡単な言葉しか思い浮かぶことができない思考。


 そんな思考で彼女達は会話をしている。


 幼稚と言えど結局は感情を乗せた言葉。


 本音の会話が彼女達の間で繰り広げられているのだ。


 力を優先にしている状態で、その力が拮抗している状況の中、桜姫は顔を真っ赤に染め、息を止めているかのように頬を膨らませた状態でラージェンラに向けて怒鳴った。


 声を張り上げ、怒りという感情を乗せた言葉を吐くように――


「っていうかもう追いかけてこないでってばぁ! 私何の力もないし人質としての価値なんてないよぉ! そんなに鬼の人質が欲しかったら別の鬼達を捕まえてよぉっ! 私の価値はそこら辺に転がっている石ころ当然の存在なのにぃい!」

「~~~~~~っ! 『あなたで、ないといけないの』! あなたは『私達が欲しいものをてっとりばやく手に入れることができる貴重な存在』なのっ! 人質としても有望なのっ!」

 

 しかし桜姫の言葉を聞いたラージェンラは苛立ちを露にしたのか、奥歯を強く噛みしめ、その箇所から零れる擦れる音と歯の破片が零れる感触。微かに味わう鉄を舌で舐めながら彼女は言い放つ。


 お前が貴重である。


 人質としてあなたを逃がしてはいけない。


 それを遠回しに言いながらラージェンラは桜姫に訴え、その訴えをしながら指の先から出ている血の糸を更に自分に向けて引き寄せる。


 否――この場合は血を戻したの方がいいだろう。


 しゅるしゅるしゅる! と音を立てながら血の糸は元の姿に戻ろうと――ラージェンラの血に戻ろうと、彼女の指の切り口を出口として戻っていく。


 戻ってく力に一瞬負けてしまった桜姫は「ぎゃぁ!」という甲高い声を上げてバランスを崩しかける。


 崩れた瞬間足が前に出てしまい、すり足で前に出てしまったせいか石造りの階段から小さな石ころが転がる音が鼓膜を揺らす。


 だがその音もすぐに止み、再度桜姫とラージェンラの拮抗が再開し、ラージェンラは舌打ちを零しそうな顔をして桜姫のことを見上げた。


 崩しかけるだけで引き摺られていない。どころか体制は維持している桜姫。


 ただ一つだけ変わったところがあるとすれば、壁を掴んでいた指の腹に擦れた痛みと、僅かに指がはがれたような激痛と不安を抱いただけで、これと言って大きなけがはない。


 厳密には小さなけがは二つ増えたが、それでも桜姫は耐えた。


「っ! く……! ~~~~~~~っ!」


 声にならない声を上げそうになるも、下唇を噛みしめ、声を殺しながら痛みが引くのをじっと待つ。


 じくじくと痛みを迸る指の腹。


 そしてその痛みを上回る爪の痛みと嫌な感触。


 それらが引くのをじっと待ちながら桜姫は内心危なかったと思い、そしてラッキーと、少しだけ安心して胸を撫で下ろした。


 大きなけががなくてよかったと、この時の桜姫は思い撫で下ろしたのだ。


 だが、胸を撫で下ろしたと言っても現状は緊迫の状況。


 状況は最悪のままで、その最悪が延長されてしまったのも事実。


 しかもラージェンラは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな輩相手に心の底から安心なんてできない。できないからこそ桜姫は歯を食いしばり、痛みに耐えて拮抗を無理にでも保とうと奮起したのだ。


 階段から転がって大けがなんて、絶対にしたくない。


 そう思いながら……。


 当たり前の光景でもあるが、これは実際にやってしまうと大けがに繋がることでもある。誰もが知っていることだが、階段から転ぶというそれは死に繋がる。


 繋がることがあるではなく、繋がる。


 軽傷では済まされないどころか重症になってしまい、最悪のケースだってある。


 小さい時に学ぶ『危険な行為』だが、それをラージェンラは平然とやってのけた。


 平然と、桜姫が命の危機になってもいいと言わんばかりの行動を行い、桜姫を無理矢理にでも連れ去ろうと――強硬手段を立てたかのような行動をしたのだ。


 躊躇いもないその行動に桜姫は背筋を這う寒気を感じ、それと同時に思い出されていく記憶に委縮しかけてしまう。


 彼女が思い出した思い出――それはディドルイレスに角を折られてしまうかもしれないという恐怖と、その時に感じた痛み。更には痛みを感じながら色んなことを考えていた時のこと。


 その時の光景がフラッシュバックのように思い出されていき、見てしまったフラッシュバックに桜姫は小さな悲鳴を上げそうになる。


 上げそうになったが……、すぐに口をきつく閉じ、ギッとラージェンラのことを睨みつけた後――彼女は閉じていた口を大きく開け、大きく息を吸った後……。


「ちょっと何してんのよぉ! 後少しで転んで顔面ぶつけそうだったじゃないっ! 顔面崩壊したらどう責任取ってくれるの!?」


 ……桜姫は、怒りの怒号を吐き捨てた。


 だがこれは仕方がない事だ。事実彼女は顔面から転びそうになり、且つそのまま掴まりそうになったのだ。


 否――桜姫の場合掴まるよりも顔面崩壊の方が重要の方で、そうなってしまい掴まってしまったら外を出歩けないという不安もあるのだろう。


 そんな不安よりも連れ去られるという不安を優先にした方がいいのかもしれないが、そんなことを考えるほど桜姫は余裕ではない。どころかそんなこと考えていないのが現状。


 そんな現状のまま叫んだのが今の発言であり、その発言を聞いたラージェンラは素っ頓狂な「はぁ!?」という声を上げて……。


「なに変なことを言っているのよ? あなたは人質なのよ? 顔面が胴とかそんなのどうでもいいの。あなたの命さえあればそれでいいし、むしろ角が折れればそれはそれで好都合なのに」


 と言い、その後の言葉を言い放とうとした瞬間――ラージェンラの言葉は虚しく消え去ってしまうことになる。


 そう――



「――好都合とかそんなことはどうでもいい! 今は怪我しそうだったから言っているのっ! 悪い事をしたら謝りなさいってお母さんと偉い人に言われなかったのぉっ!?」



「――っ!?」


 桜姫の割り込みまがいの遮りがラージェンラの言葉を無理矢理終わらせる結果となり、彼女自身も桜姫の突然の怒りの叫びに言いたいことが一瞬でなくなってしまい、忘れてしまう結果になってしまった。


 大きな声を聞いたせいもあってか、ラージェンラの耳からはキーンッと甲高い音か聞こえてくる。終いには大きな声を聞いたせいか耳が痛くなっているというおまけ付きだ。


「~~~!」


 キーンッ。キーンッ。キー……ン。


 耳鳴りが聞こえている中、ラージェンラは桜姫のあまりの言動に困惑していたが、その困惑が次第に怒りへと変わり、苛立ちを隠しながらも内心は殺意で満たされそうになる気持ちを抑える。


 正直ここで殺したい気持ちを抑えるのも必死なくらいラージェンラの心は荒れており、よくあるイライラを抑えるのが困難な状況の中――彼女はこんなことを思っていた。


 いいや、愚痴っていた。の方がいいだろう。


 ――こんな小娘……、私の力ならすぐに殺せるのに……、どうして殺してはいけないのかわからないわ。


 ――殺して首だけを()()()に見せればそれでいいはずなのに……、まさか生け捕りにして、しまいには自分で角を折るとか言い出して……。


 ――今の今まで自分の手を染めてこなかった輩が一体何を考えているのか……。


 本当に何を考えているのか。そうラージェンラは考えていた。イライラしながらも彼女は考えていた。


 彼女の思考の中で愚痴っていた相手は、十中八九ディドルイレス・ドラグーン大臣であり、彼女はそんな大臣の依頼を受けて行動をしている。


 しかし行動の内容はあまりにも効率が悪いもので、その効率の悪さにラージェンラは内心不服であった。不服を申し立てたいくらいの内容だったのだ。


 そのことに関しては先ほど話した通り――己の手を汚さない主義のディドルイレスが初めて手を染めようとした行為を頑なに投げ出そうとしない。そして桜姫の角は自分で折らないといけないという、固執にも等しい執念。


 なぜそこまで執念を燃やしているのか。どうしてそこまで固執しているのか。そのことに関してはあまり深く関与したくないのがラージェンラの本音だ。


 だが莫大な報酬をもらっているのだ。


 貰ったからには遂行するのが礼儀。


 無理難題のような命令に翻弄しつつ、効率よく彼女達は行動しようとしていた。行動していた矢先――桜姫が逃げ出したことで更なる非効率が発生した。

 

 仮に彼女は――桜姫は人質。


 人質であり、ディドルイレスの命令通りに遂行するならば、()()()()を最優先にする。それが最重要事項になってしまっている。


 ゆえに彼女は最優先事項を優先にしつつ、できるだけ暴れないように()()()()


 施そう。と思っていたのだが、まさか反発するように抗い、しかも反抗の発言をするとは思わなかった。


 ついさっきまで()に相応しい顔をしていた奴が……。


 そう思いながらラージェンラは桜姫の言葉に対して発言する。


 反抗する。引き寄せも言葉にもそれを込めるように……。


「なにが『謝りなさい』よ……。あなたは私達にとって人質なのっ。つまり体がケガしていようが何だろうがどうでもいいのっ! あなた私達のことを何だと思っているの? 私達は敵なの。『六芒星』というあなたの命を狙う敵なの。敵と言う事はあなたの安否とかそんなのどうでもいいの。分かるかしら……? つまりあなたの発言に対し私達の答えは『どうでもいい』になるの」

「どうでもいいとかそんなこと言うとか、あなた本当におかしいよっ! 一歩間違ったら大けがでは済まされないのに、どうしてこんなひどい事をするのさっ! あのおじさんもそうだけど、あなた達おかしいよ!」

「あなたみたいな頭がおかしい奴に言われたくないわよっ!」

「あなたの方がおかしいよっ! 人を平然と傷つけても謝らない。危ない事を平然とすること自体おかしいし、()()()()()()()()とかそんなこと考えないのっ?」

()()()()()()()()……?」


 桜姫が言った言葉――()()()()()()()()


 その言葉を聞いた瞬間、ラージェンラの血の戻りが一瞬止まり、止まったことを感じた桜姫は引っ張られる感覚がなくなったことに気付く。


 気付いたがそれをどうすることもできない。非力で何の力もない桜姫はそのゆるみに気付いたからと言って何かをするということはしなかった。


 緩んだ隙を突いて逃げる。という選択肢しかできず、それを実行するほか選択肢はなかった。


 だが、桜姫はしなかった。


 何故かしなかった。


 どうしてしなかったのか。そのことに関して桜姫は後にこう答えることになる。


『どうしても()()()()()()()()……?』の言葉の後が気になった。だから聞こうと思った』 


 と――


 だから桜姫は緩んだことに驚きはしたが、その隙を使って逃げるということはせず、どころかラージェンラの言葉に耳を傾けるという命知らずの行いをした。


 ハンナ達はいれば、一目散という形でこの場から逃げるだろう。


 戦いの中で過ごしてきた人たちからしてみれば桜姫の行動は異常。命知らずの行いで、自殺未遂を起こそうとしているのと同じなのだが、桜姫はそれを平然と行ったのだ。


 やらない人を普通とするのであれば、桜姫は普通ではない。


 普通の思考ではなく、己の思考で動き、己の欲望に従った結果桜姫は行動した。


 桜姫の知識欲が疼いた結果――彼女はその知識欲に従い、行動し、聞くことを選択してラージェンラのことを見下ろす。


 今の今まで言葉を詰まらせていたラージェンラは、言葉を放った後俯いてしまい何もしゃべっていない。


 何か思い詰めているのか、はたまたは桜姫の言葉を聞いて何かを感じたのかは、桜姫も分からない。


 だがそれでも聞こうと思ったから聞く姿勢を取る。


 つい先ほどまで引っ張り合っていた光景が嘘のような光景。


 異質にも感じてしまいそうな沈黙は少しの間続き、長くなってしまうと思っていた沈黙を破ったのは…………。


「何が……、『自分がやられたら』……よ」


 当然ながらラージェンラであるが、彼女は俯いたまま桜姫に語りかけ、その状態で彼女は続けて桜姫に向けて言う。


 視線を向けていない。石造りの階段に視線を向けたまま――俯いたまま彼女は、低く、震える声で言った。


「私はそんなの()()()()()()()()。いいえ、()()()()()

「!」


 負わされた。


 その言葉を聞いた桜姫は息を呑んでラージェンラのことを見る。彼女の後頭部しか見えないが、彼女の顔を思い出した瞬間理解する。


 理解、してしまったの方がいいだろう。


 なにせラージェンラの顔には傷が残っており、その傷こそがきっとその時の傷なのだろう。


 そう思っていると、ラージェンラは続けて言う。


 伸ばしていない手で己の顔を指先で撫でながら、彼女は続けて言う。


 低い音色で、且つ心をなくしていくかのように沈む雰囲気を纏わせながら……。


「階段から突き落とされるなんて……、そんなの私にとってすれば日常茶飯事よ。私は堕天使。堕天使と云うだけでみんな私のことを穢れていると避けて、()()()()()()()()()()()()()()()のにそれでさえも否定された。私が堕天使だからなのかと思っていたけれど、それ以前に、天族は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから、結局堕天使という時点で私は対象物だった。顔にできてしまったこの傷もそう。穢れだとか言われて傷つけられた。転生して生まれ変われと言われて体中にけがを負ってしまった」

「…………………………」

「あなたは言ったわよね? 『自分がやられたら』って。それは自分がやられたらどんな気持ちだったのかって言いたかったのでしょうけど、私はそんなの何度も受けた。やられたから『やめて』って懇願しても、何度も何度も何度も、泣きながら何度も何度も何度も言ったけれど、その気持ちでさえあいつらは踏みにじった。堕天使だからという理由で、思考が変だからという理由で穢れを払われそうになった。体中に傷をつけられて、消えない傷を残して、一生苦しむ傷を残した。だから私ははっきりと言えるわ」




 私もやられたんだ。お前達もこの気持ちを味わった方がいい。って――




 ラージェンラの言葉を聞いた桜姫は、一瞬困惑はした。


 だがすぐにこう思った。


 この人は、なんてつらい経験をしているんだと。


 そしてこう思った。


 ()()()と……。


 ――この人は、私達鬼族と同じ苦しみを味わっている。


 ――鬼族は人間の私欲のために多くの鬼族が犠牲になった。


 ――大事な角を折られただけじゃない。それ以上の痛みを味わって、苦しみながら死んでいったって言っていた。


 ――生き地獄を味わった。辛かったから、みんな人間や他種族のことを心の底から嫌っている。嫌っているから鬼族の郷には牢屋があって、その牢屋に閉じ込めて同じ苦しみを味合わせているって、紫刃が言っていた。


 ――この人もそうなんだ。


 ――一族が殺されたからじゃなくて、この人は同胞たちにも嫌われて、一人しかいない状況の中で苦しみながら生きてきた。


 ――ただ種族の中で違うだけで、この人は嫌われて、苦しんできた。


 ――これはきっと、紫知の言う質が違うっていうやつだけど、同じなんだ。


 ――色んな苦しみがその人を壊して、歪んだ結果がこれなんだ。


 桜姫は思った。これは――鬼族と同じ物だと。


 本質や質などの細かいところは違うかもしれないが、それでも他者の手によって人生が滅茶苦茶になった。その点に関しては同じだとこの時の桜姫は感じた。


 紫知達の話の中でも、人間の手によって鬼族は滅びかけた。滅びかけたからこそ同じ痛みを味わってほしいという旨はハンナ達も痛感している。


 痛感し、知ってしまったからこそ他人事とは思えず、桜姫の夢に対しても鬼族の考えを改めるきっかけになる手伝いをしている。


 理解しているからこそ、聞いて見てっしまったからこそ――桜姫は同じと思い、そして理解してしまう。


 この苦しみが消えることはない。憎しみが消えることなんてない。


 何かを成し遂げたとしてもまた新たな憎しみを見つけて奮起するだけ。正真正銘の負の連鎖。


 その連鎖を断ち切る……。という行為は桜姫にはできない。


 知識欲だけはいっちょ前にあるだけで、世間知らずにもほどがある何も知らない少し頭のネジが飛んでいる箱入りの鬼の姫なのだ。そんな行為をしようとしても逆に逆撫でになるだけ。


 逆撫でになるからそれをしない方が賢明。


 ()()()()()()()()()()()()――


「……そんな言葉、思っていても口にしない方がいいよ」

「……はぁ?」


 桜姫は言葉を発したラージェンラに対し、自分の意見を述べる様に口を開く。


 ゆっくりと、ゆっくりと口を開き――俯きを止めて顔を上げたラージェンラのことを見つめると、桜姫は言う。


 今自分が思ったことを、思っていた感情を口にして……。


 正直に、隠さず、はっきりと口にして……。


「『お前達もこの気持ちを味わった方がいい』とか、そんなことを言ったらまた自分に帰って来るよ。紫刃が言っていた。言葉には魂が宿っていて、悪い事を言えば言うほど不幸になるんだって」

「あらぁ? まさか私に説教しているのかしら?」

「そうだよ。話を聞いて思ったけど、あなたと鬼族は同じに聞こえてしまう。だから分かるの。あなたの気持ちも、きっと紫知達のような人たちと一緒で、苦しんだ分誰かに八つ当たりしないとおかしくなるからそう言っているのかもしれない。行動しているのかもしれない」

「あら? 理解しているのね。それにしても面白いわ。まさか私と鬼族が同じとか」

「でも――!」

「?」


 でも。


 一際強い口調で遮った言葉。


 桜姫が放ったこの言葉を聞いて、ラージェンラは一瞬驚きながら口を噤むと、桜姫は一度深呼吸をし、した後で彼女は告げる。


 でも。


 その後に繋がる言葉を。


 心の底から、やめてと訴えるように――


「あなたがそれを有言実行して、それを別の相手にした後、あなたはすっきりするかもしれない。すっきりしなかったらそれの繰り返しかもしれない。でもそれを受けた人は、受けていた人のことを大切にしていた人達は、あなたと同じ気持ちを抱いて悲しむ。悲しんで恨んで、あなたと同じことをする。それの繰り返し! 結局やっていることはいい方向ではない。どんどん悪い方向に向かって進んでしまうの!」


 負の連鎖は――やればやるほど太く、斬れなくなってしまうほど固くなってしまう。


「嫌な事ばかり考えていたらだめだって黄稽は言っていた! 嫌な事ばかり考えていたら人生損だって言っていた! そんな黄稽も結局は同じことをしていたんだけど……」


 それは恨みを抱いている人がそれをすればするほど肥大していき、しまいには密度が多くなっていく。


「でも分かるよ! 嫌な事ばかり考えていたらなんだか悲しくなるし、気分も暗くなる!」


 消えない汚れが肥大していくようにこびり付きを強くし、何度洗っても残り、そして次第に増えていく。


「暗い気持ちをぶつけられた苦しみも分かる! 復讐したい気持ちもわかる! みんなそうだった! 顔は笑っているけれど心は笑っていなかった! 紫知もみんな、郷のみんな鬼以外の人たちに全然心を開いていなかった!」


 恨みは極端。


「あんたも郷のみんなと同じ!」


 一瞬の恨みであれば消え去ることはできずとも緩和はできるが、それを一瞬で済まさなければこびり付きがひどい汚れとなって心を、人格を汚染していく。


「結局不幸になったから相手も不幸にしないと気が済まないんでしょ!?」


 それを間接的ではあるが聞いた桜姫。


「気が済まないかもしれない。そのことに関して私がとやかくなんて言えないけど……」


 紫刃から聞いた鬼族の恨みも、ラージェンラの恨みも消すことはできない。


「恨みを忘れろとかなんて言えないし、偉そうな事なんて言えないけど……!」


 だができないからと言って見過ごすなんてできなかった。見過ごしてしまえば自分を恨んでしまいそうだった。


「でも言えることはある! あるよ! 『そんなこと言うな』ってことも言える言葉だし」


 できなかったからこそ、できないからこそ――できる限りのことをする。


「傷ついたから傷つけてもいいなんて言う都合の良い事なんてない! 全部全部自分勝手の言葉だ!」


 たとえそれが――無意味であっても。


「自分勝手で、関係のない人を傷つけるな! 同じことをしているって気付かないのっ!?」


 無意味であってもやる。


「考えればわかるでしょっ? やられたんだから分かるはずだよっ! やられたからそれをそっくりそのまま返すなんて、それこそひどい事だって分かるはずだよっ!」


 目から零れるそれを無視して、感情を剥き出しにして訴える。


「それをして、それを終えた後のことなんて考えているの? まだまだ収まらないから続けるのっ? それこそ自己満足でしょう?」


 叫び――心の底から訴えかける!


「そんなの……虚しいだけだ!!」


 虚しい。


 そんな短い言葉を聞いた瞬間、ラージェンラは何を思ったのだろうか。


 驚きの顔のまま固まり、引き寄せ、捕まえることを忘れてしまった姿のまま彼女は桜姫のことを見上げる。


 あらんかぎり叫び、訴え、涙を流してまで感情を露にするその姿を見て、ラージェンラは何を思ったのかはわからない。


 届いたのかも、届いていないのかもわからない。


 ただ、分かることはある。


 桜姫の背後が一瞬暗くなり、暗くなったかと思った瞬間――


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 けたたましい咆哮が二人の鼓膜を壊さんばかりに揺らし、建物の破壊音を放ち、地下家屋を破壊していく。


 バキバキと。ガラガラと大きな音が木霊し、その音を聞きながら地上にいた桜姫は驚きながら背後を――音がした背後を振り向く。


 振り向き……、最初に視界に入ったのは、フワフワしている体毛だった。


 その体毛を見た瞬間、もしかして魔物が来たのかと思ってしまったが、すぐにそれも消え去ることになる。何故なら……。


「――オウヒさんっ!」

「大丈夫!?」


「…………………………!」

 

 その声は自分を呼ぶ声で、声を聞いた瞬間桜姫は心の底から安堵のそれを零し、体中の力が抜けていくような、風船の空気が無くなってしまったかのように一気に崩れて座り込んでしまう。そのくらい安心してしまった。


 緊張の糸が切れ、やっと助けが来たと思い、彼女は震える唇を動かし、嗚咽を吐きそうな声を堪えながら叫ぶ。


「お、遅い……、おそいよぉ……! 遅すぎて腰抜けちゃったよぉっ!」


 桜姫は叫び、ラージェンラは驚きながら視界に入る大きな存在と、その存在の背に乗っている二人を見て言葉を失ってしまう。


 なにせ――その背に乗っている二人……、否……、一人は見たことがある存在だった。よく覚えている。の方がいいだろう。


 なにせ、その存在は公国で見てから一度も忘れたことがない。『あの女とよく似ている存在だから』、忘れるはずがなかった。


 だからこんなところで再会するとは思っても見なかったラージェンラは、驚きの声と顔でこう零す。


 ラージェンラの存在に気付き、『あ』と声を上げる――浄化の少女を見つめて……。


「あんたは……、『浄化』の……!」

「あなたは……、アルテットミアで出会った……」


「なに? あんた達知り合い?」


 ……一人だけ取り残されてしまった魔人族の少女を置き去りにして。

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