PLAY122 灯殺し④
何が起きたんだ?
ガザドラは思った。
背中に感じる圧迫感と体中から響き渡る警報音を聞きながら彼は思った。
温もりと言うそれが少しずつ、少しずつなくなって行くようなそれを感じながら、ガザドラは思った。
どうして、吾輩は床に背をつけて倒れているのだ?
それも、こんなに血を流して、こんな激痛を感じながら、吾輩は何をしていたんだ?
いいや、吾輩はどうして、こんな姿になっている?
彼は思い出す。思い出して、どうしてこうなってしまったのかを必死になって思い出そうとした。
しかし思い出せない。
一種の記憶障害に似たようなものなのか、それともただそれに関する記憶が一時的になくなっているのか、はたまたはその時の記憶が飛んでいるのかはわからない。
それでもガザドラは思い出そうと床に背を付けていた状態から起き上がろうと、体をぐるっと半回転する。
さながら寝返りを打つように床と向かい合う様に回転し、その状態で起き上がろうと試みる。
全身から悲鳴のように響く鈍痛の信号。
じくじく迸る信号はガザドラの思考をも濁らせていく。
あのまま床に背を突けていた状態の方がまだましだった。マシだからまた床に背をつけと言わんばかりの激痛の信号。
鈍痛か激痛かもわからなくなってしまった状況の中、ガザドラは理解していく。
あぁ、やはり自分は相当な怪我をしているのだな。
と……、そして続けて思う。
これは吾輩の血か……。と言う事は、この鈍痛や激痛はそれの所為か。となると相当な重傷だろうな。
と、なんとも他人事のような言動で思考を巡らせていた。
自分の体中から血が流れ、床を汚く化粧しているというのに、彼はそのことに関してあまり深く考えていなかったのだ。
しかし無理もないかもしれない。
激痛と相まって意識が持っていかれそうな感覚。そして口から流れなくなっていく赤い液体が体の傷から零れているのだ。その量は少量とは言えないもので、最悪死んでしまってもおかしくない出血量なのだ。
普通であれば焦るかもしれない。しかし焦らないガザドラはその光景を見て他人事のように思っていたが、その思考をすぐに消し去り、ガザドラは視界を泳がせる。
けがをしていることは分かった。そしてその出血もまず異常であることを理解したガザドラは、意識が飛ぶ前に、死ぬ前に得ようと行動に移したのだ。
より多くの情報を手に入れるために視線を泳がせ、視界に入るものすべてに対し注意しながら視線を向け、脳に欠けてしまった記憶を呼び覚まそうとする。
やっていることは単純だ。
だがその単純もやれば膨大なものになり、得となる。
まさに塵も積もれば山となる。だ。
探偵や警察もこうして証拠を集めてきたのだ。ガザドラもその根性を糧に行動し、動ける範囲で見ようとした。
見ようとした――その時。
――どすぅん!
「――っっっ!?」
突如としてきた背中の衝撃。それはまさに重いものを落とされたかのような感覚で、ガザドラはその圧迫と衝撃、更には激痛が更なる激痛へと変化していくのを感じ、その衝撃に耐えきれなくなり口から吐き出してしまった。
「ごほっ! がはっ!」
息と同時に吐き出される声と、口から吐き出る赤い液体。
バタタッ! と床を汚すようにそれは吐き出され、口の端から涎のようにだらだらと赤いの液体が流れていく。
自分の頭の位置に吐き出された血化粧は不格好で、何より唾液も混じっていたので、自分の血を見たガザドラはこんなことを思っていた。
息を切らしながら彼は思った。
な……っ! 重い……っ! 重すぎる……!
ろっ骨が折れる! 折れてしまうぞこの重さはっ!
血がない分、体の肉が守っているかもしれないが、吾輩そんなに贅肉ないぞっ!? 皮下脂肪も何もないから本当に肋骨が折れてしまうっ! 最悪肺に突き刺さってしまうぞっ!
「お……! 重……っ!」
たまらず口で吐いてしまう言葉。
人によってはタブーにし必ず、禁句に近いその言葉を吐いたガザドラだったが、今の彼にとってそんなことはどうでもいい事なのだ。
彼の言う通り、本当に重いから肋骨が折れてしまうかもしれない。折れそうになっているから彼は必死になって避けてほしいと頼んでいるのだ。
誰が乗っているのかわからない状況の中――彼は小さな声で言う。
重いと……。
その言葉が放たれた瞬間、ガザドラの頭上から声が放たれる。
「重いとはないんじゃない? 私レディーなんだから、そこはオブラートに包むように、無言でいないといけないでしょ?」
あなた――それを女性の前で言うと怒られるわよ?
重い。
その言葉に対しての反応を述べた言葉。
言葉には怒りなど含まれていない。ただ頭ごなしに注意をしているような、そんな音色と雰囲気が含まれているのをガザドラは背中から聞いていた。
本当に、言葉通りの頭ごなしのそれで。
背中から聞こえた声を聞き、背中の圧迫の正体に気付いたガザドラはすぐに視線を背中に向けたかった。背後を振り向くという仕草をして、背中にいるであろうその人物に向けて荒げる声で言おうとした。
どけろ。と――
そう言いたくて仕方がなかった。振り向いて怒鳴ろうと思っていた。
しかしそれができない。できないというか、それをする体力も気力もなく、ガザドラは振り向こうと動作をしようとしたが、その振り向きも中途半端で終わってしまっている状態で、震えることしかできなかった。
がくがくと、振り向きたいのにそれができないという歯がゆさを抱えつつ、何とか根性で振り向こうとしている抗いを出しながら振り向こうとした時……。
背中から聞こえたのは嘲る声。
嘲笑い、けらけらと黄色い声で笑う声がガザドラの耳に入り、その声を放ちながら背中にいた人物――ガザドラの背中に腰を下ろし、まるで椅子にでも座るように足を組んで座っているラージェンラは言った。
けらけらと口元に手を添え、淑やかが無くなってしまった狂喜を零して――
「あらま、まさか今のでボロボロになったの? あんなに『お前のことを拘束してやる』とか『絶対に勝つ』とか豪語していたあなたが、まさかの駄々をこねようって言うの? そんなことしても子供っぱくて呆れちゃうわよ」
もうあなたの負けは決まっているのに。
なんとも残酷な言葉。そして狡猾に聞こえ、苛立ちが加速してしまいそうな言葉。
いいや既に苛立ちなど限界に達している。
彼女の言葉を聞いたガザドラはすぐにでも、自力でも、ド根性で振り向いて起き上がろうと試みる。このまま彼女の椅子になったまま倒れるなど屈辱でもあり、戦う者としてこの状態で敗北を刻むのは精神的にもきつい。
よく聞く言葉だとこうなる。
戦士の名に傷がつく。
まさにこの言葉通り――ガザドラはこの状態で倒れるもとい負けるということに対し、己の名に、プライドに傷がつくと思っている。
というか誰もが女の椅子になって敗北を刻むなど嫌なことこの上ない。
誰もが嫌なやり方で敗北を聞いてしまうのだ。こんなの精神的な拷問でしかない。
だからガザドラは苛立っていた。
こんな屈辱的な姿で彼女の口から『敗北』を聞くなど、死んだほうがましと思ってしまう。だがここで死んでしまってはいけない。だから意地でも、根性を出して振り向こうとした。
震えているからなんだ。体が重たいからなんだ。鈍痛化激痛かもわからないからなんだ。血が流れているからなんだ。折れているからなんだ。
そんなもので動けないと駄々をこねていては駄目だろう。
皆が己の意思を奮い立たせ、死ぬかもしれない状況の中でも勝ちという栄光を掴んだ。
国を救うという面目で、『八神』を救うというだけで命を賭けている者だっているのだぞっ?
齢二十に満たない子供でも戦っているんだぞっ? 皆が戦っているのに、こんなところでへこたれるなど甘すぎるものだっ。
甘すぎて舌がマヒしてしまいそうだっ。
そんな甘さなど棄てるのだ! このまま死んでもいい! このまま体が動けなくなってもいい! 意識があるまで抗うのだガザドラッ!
こんなところで……、負――
負けてなるものか。
そうガザドラは思考を巡らせようとした。
心の声でその言葉を放とうとした。
だが、その前にラージェンラは行動していた。ガザドラを椅子代わりにして座ろうとしていたその前に、彼女は行動を予測して発動していたのだ。
発動――そう、自分の力となる『血』を使った魔法を駆使し、それを操って彼女はガザドラに向けて放つ。
どろぉっ。と……、ガザドラから流れているそれを操り、それを使ってガザドラのことを覆う様に……。
一体何を言っているのだ? と思う人がいるだろうが、言葉通りのことが今起きていると、今は言っておこう。
そう――その通りなのだ。
彼女はガザドラの体から床に向かって流れてしまった彼の血を使って、彼女はガザドラの体に絡みついてきたのだ。
それを見たガザドラは愕然とした面持ちでその光景を記憶に刻む。
いいや、無理にでも記憶に刻まれてしまうのだが、それよりも彼は驚きの方が勝ってしまっている。無理にでも刻まれて行くの方が正しい表現かもしれない。
兎にも角にも、ガザドラはそれを見て驚いていた。
どんどん自分の体を縄でぐるぐる巻きにするように取り囲んでいく血の糸を見て……、それが自分の体から出ていることに驚愕し、体中を駆け巡るように纏わりつき、しまいには絡みついたまま締め付けていく感覚を味わいながら……。
――どうなっているんだ……っ!?
ガザドラは思った。困惑しながら思った。困惑しながら……、その光景を見ることしかできなかった。
――どうして彼女の血ではなく、吾輩の血を使っているのだっ!?
――彼女は自分の血に魔力を注ぎ込んで操作をする。それは己の血を介して攻守ができると言う事だが、これはおかしいっ!
――なぜ吾輩の体から零れ出てしまった……、出血した血が動いているのだ?
――なぜ彼女ではなく吾輩の血が動いている? どうしてこんなことが……!
困惑という名の困惑はどんどんとガザドラを混乱へと誘い、しまいには考えても答えに導けない事態に陥ってしまう。
いうなれば理解不能。
ガザドラも言っていたが、彼女は『血』を操る魔女。
『血』と言っても自分の血を操り、それを武器にしたり物体にしたり、生物に似た操り人形にしたりなど多種多様のことができるというものだ。
何回も見てきたのだからガザドラも分かる。そしてそれは『六芒星』全員知っていることだ。
だが。
こればかりは理解できない。
そうガザドラは思ったのだ。
なにせ彼女が操っているのは自分の血。
つまりは他者の血であり、赤の他人の血を操っているのだ。
そんなことはあり得ない。自分ならまだしも赤の他人の血を操って攻撃できること自体あり得ない。
頭の中で縦横無尽に駆け巡る『ありえない』の数々。
それを消し去ることができず、どころかその思考でいっぱいになって行くガザドラの思考に冷静というそれはなかった。
あるのは――焦りと困惑、そして混乱と微かな否定の力。
そして……信じたくない絶望。
それだけだった。
「っ!」
色んな思考を巡らせている中、ガザドラは意識を飛ばさないように己を奮い立たせて体に力を入れていた。
踏ん張りという名の維持を見せていたのだが、そんな彼を椅子代わりにして座り、見下ろしていたラージェンラはにっと妖艶に、歪な笑みを浮かべながら一言呟く。
「どうしてなのか、知りたい?」
「!」
まるで耳元で囁かれたかのような小さな音色。
音色を聞いた瞬間体の奥がむず痒くなるような感覚が迸ると同時に、嫌悪に近い嫌な感覚を感じたガザドラは一瞬肩を強張らせてしまう。
だがその反応でさえもラージェンラにとって面白い反応だったらしく、「あはは」と妖艶に、声に出しながら笑いを露にし、その後「そんなに驚かないでよ」と茶化すように言ったが、正直ガザドラにとってすればそんなことを耳元で囁くように言わないでほしいのが本音だ。
だがその反応を見てか、ラージェンラは更に笑みを浮かべながら「知りたいわよね?」とガザドラに聞いてくる。
否が応でも言いたいかのような言動。
否が応である限り、ガザドラの方に拒否権などない。というか口すら開けることすらできない状況なのだ。
言葉を発するなどできるわけがない。
それはラージェンラも知っている。知っているうえで子の質問をするとなると、かなり性格が悪いように見えてしまう。いいや――実際は性格も人格も悪いのだ。
こんなにも整っているのに、なぜこんなに人格が歪んでいるのだ。
ここまで歪ませるような出来事があったというのか……?
ガザドラは思ってしまう。
ここまで歪みを見せるラージェンラのことを見て、震える視界の中彼は思った。
彼女を変えたきっかけとは何なのか……。
そんなことを頭の片隅で考えていたが、今は質問の途中だ。
どうしてなのか、知りたい?
その質問はまさに、彼女がなぜ他人の血を操ることができるのかということで、そのことに関してガザドラは知りたいことでもあった。
喉から手が出てしまうほどの情報。
この先どう役に立つかはわからないが、それでも今しか聞けないだろうと悟ったガザドラは、気力を振り絞り、ままならない呼吸の中頷きを示す。
普通に首を縦に振るうにもゆっくりとしたものしかできなかったが、それでも彼女は頷きとして見てくれたのか (そもそも話したかったのだからそう言った先入観があったのかもしれない)、にこやかなそれを浮かべて説明を始めた。
「なぁあなたが驚くのは無理ないわよね? だって私、あなたと一緒にいた時は他者の血を操るなんてことはできなかった。できなかったけど……、これ聞いたことないかしら? 『才をばら撒かず。能は隠してこそ真の力となる』って」
これはよく聞く『能ある鷹は爪を隠す』と同じものであり、才能を引け散らかさないのと同じ意味を持っている諺である。
そう――彼女はまさにそれだったのだ。
彼女は続けて言う。笑みを浮かべ、ガザドラの背中を椅子代わりにしたまま体重を乗せると――続けて言ったのだ。
「分かった? そうよ。才能あるものはまさに力は隠しておくものなの。私は力を引け散らかさない。それは相手を油断させるためでもあるし、もしこれをザッドが知ったら私がどうなるかわからないもの。だから私は隠した。自分のためだけに隠した。相手をここまで陥れたいから隠した。それだけ。まぁあんたが言うところの奥の手って言うものなんだけど、いい感じに絶望してくれたわね」
なんとも歪んだ種明かし。
つまり彼女は他者の血を操ることができたのだ。それを敢えて隠した。
性悪という言葉が似合う様な考えだ。
そんな彼女の言葉を聞いたガザドラは苛立ちと隠していたという事実。そして今まさに自分のことを見下して邪悪に笑う彼女に怒りの唸りを上げる。
「…………………………っっっ! うううううう!」
声にすることができないからこそ、唸りを上げて威嚇を示すガザドラ。
獣のように――蜥蜴だから獣という表現は正しくないが、それでも獣のような唸り声を上げて彼はラージェンラのことを見上げて睨みつける。
今まで気力で持ち堪えていた腕も怒りで膨れ上がったのか、少しばかり彼の体が持ち上がったような気がしたラージェンラ。座っている状態であるが故それを敏感に察知するも、彼の顔を見て、見上げて睨みつけているその姿を見て彼女は更なる笑みを浮かべて指を指した。
「そうそう! その顔!」
指さされ、自分の顔に向けて邪悪な笑みを向ける彼女に、ガザドラは一瞬驚きの顔を浮かべるが、彼の驚きをよそにラージェンラは言う。
ようやく拝むことができた。
感極まる邪悪で彼女は言った。
「私はその顔を見るのが大好きなのっ! ずっと見下して見ていた奴が一瞬にして絶望して私のことを見上げる。この視線が大好きなのっ! あなたがその顔をするということは、『なすすべないけれどこんなところで見下されては男として廃れる』と思ったんでしょっ!? そうそうそれでいいの! その顔を私に見せてくれた時点でもう万々歳よ! もう感謝しかないわ! このまま世界が滅んでもいい! 死んでもいいくらいよっ!!」
げらげらと、感極まる状態で笑うラージェンラ。
人格も歪んでいる彼女が見せた本性の片鱗は、ガザドラでさえも知らなかったもので、その光景を、ひと時見せたその光景にガザドラは言葉を失うことしかできなかった。睨むことですら忘れてしまいそうになった。
そのくらい彼女の感極まり顔が異常だった。
恐ろしい。
そうガザドラは感じてしまったのだ。
彼女が見せた片鱗はまさに本性。
本性を隠すピースが零れてしまい、穴あけとなってしまったその場所から彼女の片鱗が見えてしまったかのように、ガザドラは思ってしまったのだ。
恐怖した後――ガザドラは思ったのだ。
――彼女は、もう壊れている。
と。
そう思い、少なからず『滅亡録』という存在の所為で苦しく悲しい人生を歩んだ身として、これは自分もなっていたかもしれない。
彼女も犠牲者なのかもしれない。
そう思いながら彼女のことを見上げていると、やっと笑いが治まったのか、「はーっ」と呼吸が乱れてしまった息を整えるように深呼吸をするラージェンラ。
深呼吸をし、やっと収まったところで彼女はガザドラに向けて言った。
もうあの狂喜の片鱗は見えない。邪悪には見えるが、それでも淑やかを残している笑みで彼女は言ったのだ。
「あー。いい気分だった。せっかくだから私がこうした理由――自分の力を隠した理由教えてあげるわ」
「っ!?」
「ふふふ。まさか、驚いている? 気分がいいから話そうと思っただけよ? 私の身の上話も添えて――知っている? 『けしやのラルゥ』物語」
けしやのラルゥ。
その言葉を聞いた瞬間、ガザドラは驚きの顔のまま一瞬固まり、すぐに……とまではいかずとも、震える体を酷使し、揺れる視界と激痛を耐えながらガザドラは向けていた視線を座っているラージェンラに向ける。
今度は怒りなどない、驚きを含んだ視線を。
視界に入るのは歪の笑みを浮かべ、頬杖を突いている彼女の姿。
見降ろされ、頭ごなしに見つめられる光景にガザドラは歯がゆさを覚えて無理矢理でも掴みかかりたくなるが、それもできないのが今の現状……。
その光景を見ていたラージェンラはくすくすと口元に手を添え、淑やかを強調するように笑いながら「気になる?」と言い、彼女はガザドラのことを見下ろして続きの言葉を言う。
「知っているでしょ? 昔話『けしやのラルゥ』のこと。昔々のお話で、実は実話に基づいたものを再構築して作った物なんだって。要は万人受けには適していなかったから変えただけのお話なんだけど、私は好きなの――『けしやのラルゥ』のお話。あなたはどう? って聞いても、あなた答えることができないくらい満身創痍だから、聞いても無駄よね?」
くすくすと微笑みながら言うラージェンラ。
だがガザドラ自身否定の言葉を上げたくとも上げることができない状況だ。
彼女の言葉に対し否定したい気持ちでいっぱいだが、今はそれをせずに受け入れているように見せる。
敢えて――見せるという姿勢で。
だがラージェンラはそんな彼のことを見て更なる笑みを浮かべながら「あら、強気ね」と小馬鹿にするように言うと、彼女は続ける。
勿論内容は『けしやのラルゥ』のことについてだ。
ラージェンラは言う。笑みを浮かべ、悠々と椅子に座っている体制で彼女は言った。
「知っているわよね? 正義の少年の物語――」
◆ ◆
そして彼女は語る。
アズールの民であれば知っている正義の物語。
絵本であり、正しい心を持つことの大切さ、そして火の恐ろしさを教える物語を――




