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PLAY121 『六芒星』vs元『六芒星』⑥

「さぁ! 長話はここで終わり! ここから第二の戦いを幕開けようか! 『六芒星』幹部――ラージェンラ! 悪いがここで退場願いたい! 舞台から降りてもらおうか! 現実のなぁ!」


 彼は高らかに告げる。


 元同業に向けて、元幹部仲間に向けて彼は告げる。


 これで終わりであることを告げ、そしてこのまま自分が勝ちを得て、お前のことを正す場所へと連れて行くことを。


 ――そうだ。その方がいい。


 ――それはお前が不幸になるだけだ。


 ――不幸になるくらいなら、その不幸を壊すことこそが吾輩ができる唯一の優しさなのだろうな。


 ガザドラは思う。思いながら彼は攻撃という名の静止手段を使い――彼女に向ける。


 殺すことをせず、()()()()()()()()()()()()と意を決し……。



 ◆     ◆



 退場。


 それは普通の人からして聞けば『死』を意味するような言葉に聞こえるかもしれない。


 しかしガザドラは違う。


 何度も言うがガザドラは優しい。優しい心を持っているからこそ彼は殺そうとは思わず、むしろこのまま正しい道に向かって歩んでほしいから更生してほしい。


 そんな切実で叶わないかもしれないような願いを抱くのはきっとガザドラだけだ。


 冒険者相手であればこの場で拘束して動けなくした後で情報を引き出そうといろんなことをするだろう。


 クルーザァーがエルフの里に襲撃を仕掛けた蜥蜴人に対し、舌を斬ろうとして情報を引き出そうとしたように……。


 他にも色んな冒険者がいて、情報を引き出すために色んな無残なことを上げるのであればかなりの数が上がるかもしれない。


 冒険者にとってこの世界の住人はただのデータの人格に過ぎないのだが、ガザドラは違う。


 ガザドラにとって彼女は元がつくが仲間で、この世界で生きてきた元だが仲間なのだ。


 見ている世界が違うからという事ではなく、きっと冒険者も冒険者相手で元仲間であれば、ガザドラのようにする者もいるかもしれない。


 ハンナのように、友達のメグに対してもそう。


 一緒に行動してきたからこそ知っていることも多く、親しみがあったからこそ、同じ目的のために戦ってきたからこそガザドラは思ったのだ。


 否。


 『六芒星』という組織を知り、そして考えを変え、視野が広くなったおかげで彼の考えが変わった。の方がいいのかもしれない。


 恨みは必ず生まれるもの。そしてそれを抱き、実行することは良い事ではないが正しくないと言われてしまえば正直わからない。という答えが返ってくるかもしれない。


 しれないが、その内容が内容であれば正しくないになってしまう。


 人の道。


 いいや、この場合は道徳から外れてしまうことをしてしまえば正しくないになってしまうだろう。


 ラージェンラはそれを幾度となくしてきた。何度も何度も、自分がされてきたことを倍返しにするように、百倍返しにして更なる絶望を与えるように、彼女はそれをしてきた。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


 ドロドロと、ぼたぼたと、己の体が真っ赤に染まるくらい、その周りに無残なそれらが幾つも、何百と、何千と、何万と、何十万と、何百万と転がるくらい……。


 数えきれないくらい彼女はしてきた。


 延々と、永遠に消えないその恨みを杭のように打ち付けながら……、それ以上の血をまき散らしながら彼女はしてきた。


 なぜそこまでのことをしてきたのか。


 なぜそこまでの恨みを抱くようになってきたのか。


 そのことに関しては、今は語れない。


 語れない且つ語るにはまだ早い。


 それを踏まえて告げよう。


 終わることのない永遠の恨みが彼女の生きる糧であり、それが無くなることは()()()()()()()


 あり得ないからこそ彼女はその恨みを永遠に生きる糧として行動している。


 永遠に消えることのない恨み。


 それはガザドラからしてみれば、最初は『よく頑張れるな』という感心であったが、後にこの心境が変わり……、『悲しすぎる』と思ってしまった。


 恨みだけで生きていることはとても悲しい事だ。


 それはガザドラ自身もそうであったのだが、他の『六芒星』達はそれ以上の恨みを抱いている。


 オグトは例外であり、オーヴェンもまだわからないところもある。ザッドに関しては何も情報はないが、それでもラージェンラの恨みは相当だとガザドラ自身思っていた。


 ロゼロの恨みも尋常ではないが、彼女の恨みは違う。


 質も何もかもが違うもの。


 このまま彼女を野放しにしてしまえば()()()()()()()()()()からこそ、彼女の恨みは尋常ではない。変質して、異常過ぎるのだ。


 だから止めないといけない。


 止めて、彼女の暴走をここで壊さないといけない。


 殺して壊すのではなく、生かして――構成させるためにガザドラは矛を向けることにする。


 この戦いの中――最も優しいであろう鉄の攻撃を。


 きっと、この世界で最も優しい攻撃を繰り出して……。



 ◆     ◆



 ガザドラが作ったであろう砂鉄と薬莢の金属が混ざった銀色の球体は、どろどろとした物質でできており、まるで水風船を想像してしまう人もいるかもしれないが、これはあくまでも鉄の液体の塊。


 つまり――ガザドラの力となる金属の集合体と思ってくれても構わない。


 ゆえにガザドラはその液体に指を沈め、沈めたその指に魔力を注いで力を球体の中に閉じ込めると、ガザドラは念じた。


 拘束するための糸を想像して――丁度、ラージェンラのことを拘束している銀色のそれより少しだけ太い……、軟体動物の触手を想像しながらガザドラは「むんっ!」と力ませるように声に力を入れ、体に力を入れる。


 ぐっと、沈めている指に力を入れた瞬間、液体化した金属の球体がひとりでに『ごぼり』と歪に球体を歪ませ、グネグネと何かが内側で暴れているかのような動きを見せる。


「っ!」


 その動きを見たラージェンラはガザドラが何かをしようとしている。四肢も拘束された状態の自分に何かをしようとしていることを予測したラージェンラは、今までやめていた暴れの行動を再度行う。


 今度はがむしゃらに……ではなく、今度は計画通りの行動をしながら彼女は横抱きの態勢を崩そうと試みる、


 鉄でできている所為でがちゃがちゃと金属音が鳴り、その音が金属から出ていることを強調するように固い何かが彼女の自由を奪いに行く。


「うっ」


 四肢を縛るその力が強くなったことでラージェンラは苦しみの声を零し、顔を歪ませる。


 腕の中の骨が軋むような感覚と激痛もついて来るというおまけ付きで来たそれを体験し、苦痛に顔を歪ませているとガザドラがそれを見て一言――


「安心しろ。命までは取らんよ」


 命までは取らない。


 どこかで聞いたことがある様な王道の台詞。


 その言葉を聞いたラージェンラは苦痛の顔のままガザドラのことを見て睨みを利かせるが、その睨みも今のガザドラにして見ればただの強がりにしか見えないのだろう。それでもガザドラは彼女に向けて続きの言葉を放つ。


 冷静で、ほんの少しだけ温かみがある優しさ帯びた音色で、彼は断言する。


「このまま負けを認めてくれれば、命までは狩らん」


 そう言った瞬間、液状化した鉄の球体に入れた指に再度力を入れ、魔力と頭のイメージを注入した瞬間、その想いに答えるように液状化した金属の集合体は動き出す。


 ぎゅわっ! と、一気に視界一面に入るように己の体積を拡げ、広げると同時にいくつもの不規則な穴ができている鋼鉄の網を形成していく。


 一瞬見る限りでは三枚の鉄製の網が出来上がっており、その網は真っ直ぐラージェンラに向かって襲い掛かろうとしている。


 まるで漁をするかのような大きさ。しかもその枚数が三枚だ。


 四枚になってしまえば別の何かに見えてしまいそうになるのはここだけの話だが、それでも三枚の金属製の網となれば話が違ってくる。


 ちょっとやそっとではほどけない金属の何かが巻き付いて取れないというのに、それに加えて網に夜拘束。


 それをされてしまえばもっと逃げ場が無くなってしまう。


 そうなっては終わりだ。


 一気に不利になる状況に焦りを感じたラージェンラは、拘束されながら暴れ藻掻き、歯を食いしばりながら迫ろうと準備をしている銀色の網の打開策を即座に開発しようとする。


 勿論遠くで広がったまま掃除されていない己の命の原水だった物にも注ぎ込ませる計算もして。


「っ! ぐぅ! 離れ、ないわねぇ……っ!」


 手足に巻き付き、拘束するように彼女の四肢を縛る銀色の細長いものに向けて、ラージェンラは虚勢を張る様な笑みを浮かべて小さな言葉を零す。心なしか汗もかいており、その汗が舞台の床にぽたりぽたりと落ちている。


 その光景を見ていたガザドラはラージェンラに聞こえる様な声量で「それもそうだ」と当たり前のことを言葉にして彼女に告げる。


 現在進行形で捕まえようとしている三つの金属に網をゆらゆらと揺らしながら――ガザドラは言った。


「鉄は早々引っこ抜けるようなものでもないのだぞ? 縄のように何か策があればほどけるかもしれないが、そんなことはできない。仕込みナイフを持っていれば斬れるなんてこともできない。どころか四肢が集まっていない状態なんだ。そんな状態では何もできんだろう? 止血も施した。血だまりからも距離を置いた。これでは何もできん。諦めろ」

「……~~~~っっ!」


 ガザドラの言葉を聞いていたラージェンラは怒りのあまりに歯を食いしばり、食いしばったせいか下唇も巻き込んでしまったのか唇に痛みを感じてしまう。


 だがそれでも彼女の血が流れることはなかった。


 その行為は彼女の感情揺れのことで算段しての行為ではない。


 なので感情的の怒りを露にした彼女の行動でもあった。


 だがここで少しの血が出れば少しでも勝算があったかもしれないと誰もが思うであろう。それは彼女自身も思っていたかもしれない。実際そう思った時もあったが、冷静になって考えてみた結果――


 無理と発覚した。


 四肢拘束に加わり捕縛の網があるのだ。


 それは圧倒的な武器の数であり質量がありすぎる。少量で完全に壊すなどできない。


 しかもその少量となれば作れるものも限られている。


 作れるとすれば……、爪楊枝のような細長いものだ。


 もっと血がなければ何もできない。できないからこそ彼女は食いしばり、怒りを露にして食いしばった。舌打ちと思ってくれて欲しい。


 そんな彼女を見てガザドラは……。


「食いしばったとして、その唇から血が出たとしても何かが変わるなどないだろうな。なにせその微量では何を作るにしても小さい物しか作れん。吾輩と同じデメリットを抱えているお前だからな。だから反撃できないようにしたんだ。そのくらい吾輩も用心する。すまんがこれ以上の茶番は付き合えない。わかってくれ。このまま大人しく掴まってくれ!」


 どうやらそれも周到に考えていたらしく、その言葉を聞いてラージェンラは怒りを通り越して絶望に染まりそうな顔をしていた。


 そんな顔を見ていたガザドラは思った。


 嗚呼――やはり彼女も生きている。と……。


 ――希望も抱くことができるならば絶望も抱く。


 ――抱くからこそこの行動はまさに絶望――彼女の負けを想像してしまったのだろう。想像したからそんな顔をするのだろう? 吾輩も同じだよ。吾輩もそうだったから奥の手を使ってまで勝とうとした。


 ――だからこうしたんだ。


 ――拘束すれば、四肢を動けなくすればお前は奥の手を使うことは出来んだろう?


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……、ラ・ヴェルヴィーゼを。


 ――わかってくれ。わかってほしい。


 ――これ以上の行いは、これ以上の戦いは無意味だと理解してほしいんだ。それを模ししたところで何の得もないことを、何の利益も起きないことを理解してほしいんだ。


 ――お前がやっていることは時に正しいかもしれない。気持ちもわかる。恨みを抱くのも、その抱きが消え去ることがないのも分かる。お前はそのくらい苦しんできた。痛みを受けてきたんだ。泣いて来たんだ。


 ――みんな苦しみ、痛み、泣いて来たからこそ恨んだ。


 ――人を、世界を恨み、『六芒星』に入り変えようとした。


 ――分かる。吾輩もその一人だった。一人だったができなかった。


 ――ボルド達は言っていた。ハンナも言ってたぞ。吾輩は優しいからだと。


 ――正直そうなのかはわからんがな。だが今戦って思った。吾輩は向いていないんだな。元同胞に対しての戦いには、どうしても攻撃ができん。


 ――お前は元々仲間だ。


 ――仲間だったから殺すのではなく、仲間だったから攻撃できんのだ。


 ――あの時だって部下達を戦わせなかった。傷ついてほしくない。死んでほしくないという気持ちがあったからだが、今もそれは変わっていない。


 ――お前は殺すつもりだろうが、吾輩はそうではない。このまま諦めて、罪を償うことを選択をすればそれでいいんだ。


 ――甘いと言われてもおかしくないが、本気だ。


 ――何かをしようとしても、お前を傷つけることはせんで勝とう。いいや拘束した状態で勝とう。


 ――それはお前だけではない。ディドルイレスにも償いを与え、他の『六芒星』達にもその選択を与えたい。


 ――元仲間からの、()()()()()()をもらってほしい。


 長い長い思考の世界に潜りながらガザドラは思っていた。思い出していた。


 自分が歩んだ半生を思い出し、『六芒星』に入ってからのことを思い出し、そして……、今の人生を思い出しながら彼は思った。


 これが最善なのかはわからない。これが彼女にとって本当にいいのかはわからない。わからないことだらけだが、それでもこの方法はきっと大丈夫だと自覚している。


 というか、自分もそうだったのでガザドラはこれしか思いつかなかったの方が正しい。


 ガザドラは倒そうと、滅ぼそうとした結果禁術『ラ・ヴェルヴィーゼ』という魔力・体力引き換え暴走に手を出した。結果として魔祖が変質し、威力も上がったが、寿命という名の命が削られ、いつ死ぬのか、いつ寿命を迎えるのかわからない状態だ。


 すぐに死ぬとは限らない。が――それでも長く生きられるはずだった人生が短くなったのだ。


 人間で言うところの最高百二十歳まで生きれる寿命が一気に五十年になってしまうのと同じくらいの減り方なのだ。それでもするのがラージェンラ。


 本人が望んでいるかわからない。望んでいないかもしれない中、殺戮と言う名の復讐を目論んでいるのならば止めなければいけない気持ちを胸に、ガザドラは徐にもう片方の手を鉄の液状球体に手を伸ばす。


 流れるように……、ではなく、ゆっくりとしたその動作で伸ばし、そのまま液体の球体に指を沈ませていく。


 ずぶぶっと指が水の中に入り込むような感覚と同時に、僅かな不快感が彼の心境に曇りを差し込むが、そんなの関係ない。


 関係ないというよりもそんなことを感じている暇なんてない。


 ガザドラは両の指を液体化した球体に沈め、その指の先に更なる魔力を注入し、体中の力を籠める。


「――むん!」


 言葉通り力を入れる時に発してしまう掛け声と共にガザドラは魔力を入れ、想像し、創造を行う。


 今まで三つの鉄の網が形成されていた球体から更にいくつもの細長い糸が球体のいたるところから出現する。


 しゅるしゅると蜘蛛の糸のように出現したそれはラージェンラのことを拘束しているそれより二回り細く、そして鞭のようにしなるそれは、まるで生きているかのようにうねり、辺りにしなりを叩きつける。


 血で作られた舞台の床を壊さんばかりにそれをしならせ、最悪一部を破壊してしまうほどの威力を与える。


 ベキッ。と、板が壊れる音が二人の鼓膜を揺らし、脳に刻まれて壊れたことを認識させる。


 認識すると同時にガザドラは内心頷き、ラージェンラは更に焦りを露にする。


 彼女の焦りを見て、これで終わりにしようとガザドラはすぅーっ、とゆっくりと息を吸い、そしてその分の空気を吐いて二酸化炭素を放出する。


 ゆったりと、深呼吸をすると、不思議と落ち着きと共に冷静になり、頭の中も心なしか少しだけクリアになる。


 感情が高ぶると周りが見えなくなるというのは本当なのかもしれない。そう頭の片隅で関係ないことを思いつつも、自分も少しだけ興奮していたのかもしれないと思いながらガザドラは深呼吸を終えて目の前を見据える。


 視界に入るのは焦りの顔のまま暴れている元仲間。


 まるで自分が元仲間を甚振っているようにも見えると思いながらも、ガザドラは意を決し、目の前にいる彼女に向けて言う。


 指から魔力を注入し、球体から出ている細長い金属の糸と金属の網を動かしながらガザドラは張り上げて言う。


「すまんなラージェンラッ! 吾輩のことは一生恨んでもいい! このまま大人しくしてくれぇ!」


 張り上げるように下げんだ瞬間、うねっていた糸と網が一斉に彼女に向かって襲い掛かる。


 金属の糸は空気を斬る音を放ち、網は空気を裂く音と共に大きな風を巻き起こす。団扇より配力は小さいが、それでも巻き起こった風邪を受けたラージェンラは『う』と声を零してしまう。


 零し、そして自分を捕まえようとしてくるガザドラの行動を見て、二つの拘束するそれらを見て彼女は更に歯を食いしばった。


 今度は歯ぐきから血が出てしまうほどの食いしばりで、それを口から流していた彼女は怒りをふつふつと沸騰させながら思っていた。


 勿論自分が捕まっていることに対してもだが、それ以上に彼女が起こっていたのは――ガザドラの行動だった。


 ――何? 何が『一生恨んでもいい』ですって? 何が『すまんな』だぁ?


 彼女は怒りを剥き出しにしてしまいそうだった。いいや心の中ではすでに怒りを露にしていた。


 彼の行動に対してもそうだが、これまで彼がしてきたこと――ガザドラがしてきたことに対し、彼女は怒りを通り越してしまいそうになったが呆れと同時に二重の怒りが込み上げていくような、怒りに更なる怒りを感じながら彼女は思ったのだ。


 この蜥蜴は、()()()()()()()()()()()

 

 と――


 ――やっぱり私のことを女だと思って舐めていたのね……。


 ――どれだけ私のことを馬鹿にすれば気が済むの? ただ生まれた時の性別が違うだけで差別される。ただ身分が違うだけで差別される……。


 ――私は才能があった。でもその才能があったとしても、結局出自が理由でなれなかった……!


 ――なれなかった結果がこれだ……!


 ――一族からも非難され、私は私を失った。


 ――私の清らかなものが失われてしまった……!


 ――女は非力だからという理由で物のように扱い、用済みとなったらその場で捨てる。


 ――自分本位に行ったらそれでおしまい。男はそうだ。どいつもこいつも女を舐めて、女が楯突いたら暴力を振るう野蛮!


 ――そんな奴と同じなんだ!


 ――ガザドラも、この雄も私が女だからという理由で攻撃をしてこなかった! 捕まえるだけに徹していた! それは私が女だから! 女は攻撃しなくても勝てるという勝算があるからしなかったんだ!


「……屈辱、だわ」


 ラージェンラは呟く。小さく、小さく呟きながら彼女は食いしばりをやめない。ドロドロと口から己の力となる、命ともいえる赤い水が零れ出て彼女の首を、腹部を、床を赤く染めていく。


 小さな小さな赤い点々が辺りに落ちていくその光景は、まさに悔しさの表れに見えるであろう。だがラージェンラは怒りで食いしばっており、その怒りもどんどん沸騰の如く沸き上がって来るもの。


 ガザドラは言った。


 彼女の憎しみは()()()()()()()()()()


 彼女の恨みは尋常ではない。変質して、異常過ぎるのだと――


 まさにその通りの光景がガザドラの眼に映ってしまう。


「――っ!」


 映ったからこそガザドラはすぐに彼女のことを捕まえようと魔力を注ぎ、金属の糸と金属の網を振るい、ラージェンラを更なる拘束をし、包み込むように捕縛しようと動く。


 動いて、幾つもの金属が彼女の前に迫っていき、あと少しのところでまで迫ってきた瞬間。

 

 本当にその瞬間だった。


「屈辱なんて……、もううんざりよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!」


 ラージェンラは叫んだ。


 あらんかぎり、声が嗄れてしまうのではないかというくらい叫び、その叫びを聞いたガザドラは一瞬肩を震わせてしまう様な驚きをしたがすぐに平静に保つことができた。


 だがその一瞬、一瞬を生んでしまったことをガザドラは後悔することになる。


 平静を保った瞬間、ガザドラの鼓膜を大きく揺らした何かを圧し折る音を聞いた時、感じた。


 ――()()()ッ!!


 という嫌な音を聞くと同時に思ったのだ。


 まずい。と――

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