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PLAY121 『六芒星』vs元『六芒星』⑤

「あ、な、なん、ですって……っ!?」


 ラージェンラはこの時、初めて荒げる声を上げた。


 淑やかの音色でもなければ無に徹した音色でもない。表情でもない。


 本当に初めて放つであろう困惑と驚き、荒げる声を彼女はガザドラに向けて放ったのだ。

 

 手首、足首、腰に感じる圧迫感と締め付けの感覚を感じ、自分は拘束され、拘束をしている張本人がガザドラで、銀色の細長いものを使って自分を縛っていることを感じながら……。


「う、ちょ……、なんで……? なんでこんなものが私の体に……っ?」


 ラージェンラは荒げる声で言ってしまう。


 何故自分の体に銀色のそれが巻き付いているのか。まるで自分が蜘蛛の巣にかかってしまったかのような、獲物になってしまっているのか。それを言葉にし、理由を今まさに自分を拘束しているであろうガザドラに向けて聞く。


 心の中はまさに大荒れの海。


 その海という思考の波を荒立てながら……彼女は思う。


 ――あの時、私は確かに破壊した!


 ――驕りだと思って破壊して、この雄の攻撃手段を絶ったはずだった!


 ――あの時聞いた音の正体にもちゃんと攻撃を向けた! だからあの技を放った!


 ――無差別に攻撃ができて、広範囲に及ぶ攻撃と殺傷能力がある血塊(ブロット・)魔法(クロット)――『血晶(ルビィクリスタ・)(バニッシュ)』を放ったはずなのに……っ。どうして……!


 ――どうしてこうなっているのっ!


 焦りと言う荒振りと思考の波が彼女の世界を災害並みの世界に変えていく。


 どんどん荒れ、冷静の凪を壊していくその光景はまさに彼女の感情を表している。


 それくらい今回のことは衝撃でもあり、彼女も予想だにしなかったことでもあった。


 武器もない。奥の手でもある何かも壊したはずだったのに、それでも自分は拘束されてしまったのだ。混乱しない方がおかしいかもしれない。


「――ぅやぁっ!」


 そう思っていると、突然体に浮遊感が生まれ、ラージェンラは空中で拘束されてしまう。


 ご丁寧に自分で傷つけた腕に鉄の何かが巻き付いた状態で、彼女は空中でお姫様抱っこのような状態になってしまったのだ。しかも上ずる声もおまけ付きで。


「――~~~っ! ガザドラァッ! あなた何をしたのよっ!」


 あまりに変な声を上げてしまった羞恥心もあるのだろう。ラージェンラは恥ずかし面持ちを頬の赤らみで表現し、その顔をガザドラに向けながら聞いた。


 もう淑やかも何もない――ただ辱めを受けた一般女性のように聞いて来た彼女を見ていたガザドラは、微かだが爬虫類の口角を緩く上げる。


 上げながらこんなことを思いつつ、ガザドラは掲げたてをそのままにして歩みを進める。


 ――こんな奴でも女は女。


 ――蔑むなどはしないが、それでもこれは少々やりすぎたやもしれんな……。


 ――女というものは繊細で扱いを間違えてしまえば大惨事の種となる。


 ――クルーザァーよ。その言葉、今まさに理解したぞ。


 内心はまさにしてしまったことへの微かな後悔。口角を上げたのはまさに冷や汗を隠すために張り付けた引き攣り笑顔。


 その顔を晒しながらガザドラは歩みを進め、ラージェンラが言い放った言葉に対し返答をようとする。


 わずかながらに上げていたその口のままそっと大きく、甘噛みでもするのかと言わんばかりに彼は口を開けると、言葉を放っていく。


 まさにラージェンラが放った――『ガザドラァッ! あなた何をしたのよっ!』発言に対して誠意をもって返答するために。


「『何をした?』など、わかり切っているであろう? 吾輩は金属を使って貴様を拘束した。それ以上のこと、説明することもできんだろう? これが正解だ。それ以上の証明もなければ仮説もない。見た通りのことがすべて」

「なにが……、何がすべてなのかしら……? あなたまさか隠していたのっ? あなたが持っていた武器の他の私や私の部下がかき集めたものを何か盗ったでしょっ? そうでもしなければこんな質量の金属のゲル……、できっこないわっ!」

「何かを盗ったとは、人聞きの悪い。そもそも貴様が吾輩に与えてくれたのではないか? 情けと思って与えてくれたのかと思ったが……、まさかここに来て都合が悪くなったという事か? それはしてはいけんぞラージェンラよ。それは戦場に於いてはまさに味方陣営にとって最高の朗報かもしれんが……。冒険者の者達がこれを聞けば、まさに『反則』という言葉が飛んでくるぞ」


 まぁ、一体何が反則なのかはわからんがな。


 そうガザドラは冒険者(プレイヤー)に於いてもっともしてはいけないことに関して口にするが、一体何なのか理解できないまま肩を竦める。


 竦めた彼のことを見て怒りが沸き上がったのか、ラージェンラはガザドラのことを見下ろし、手足をばたつかせながら怒りの言葉をぶつける。


 荒げて、まるで癇癪を起しているような女性のように、彼女は放ったのだ。


「そんなこと聞きたくて言ったわけじゃないわっ! 私が聞きたいのは――『何をした』か! それだけなのっ! それだけなのにこんな仕打ち……! 屈辱的よ……っ!」


 放つや否や、ラージェンラは縛られた腕に力を入れるように、握り拳を作って腕の力を強める。縛られ、且つ止血もされてしまったその腕を強制的に解放しようとしているのだ。


 ぎりっと握られた拳と連動して腕の太さも若干、本当に僅かな差異ではあるが太くなる。筋肉が膨張したことによるものだが、それも結局は無駄な足掻き。


 言葉通りの無駄な足掻きをしている彼女のことを見上げながらガザドラは言う。


 無駄だ。


 そう最初に宣言し、その言葉を合図に歩みを進めながらガザドラは続ける。


「それは吾輩が作り上げた鉄なんだぞ? 包帯のように耐久がない代物ではない。耐久があり、決してその腕からほどけることなどないものなんだ。まぁ衛生面に関してはあまり自信がないがな」


 最後の『衛生面』に関してのところはまさに独り言に近いのだが、それでもガザドラは言う。歩みを進め、彼女の近くまで歩みを進めると、ラージェンラは歯を食いしばり、徐に左足を上げたかと思えばガザドラに左足の裏を見せるように彼女はそれを向ける。


 彼女の足の裏は赤い血がべっとりと付いているが、それでもかすかだが血がぽたぽたと垂れている。


 まるで露点により水滴が出始めたコップの表面のように、小さな小さな血の球を落としていくその光景を見ていたガザドラであったが、逃げるなどしない。どころかその場で立ったまま見上げているだけ、逃げも隠れもしないという言葉が正しいような――そんな光景。


 その状態で、姫様抱っこをされた状態で彼女はガザドラに向けて――


血塊(ブロット・)魔法(クロット)――『血晶(ルビィクリスタ・)(バニッシュ)』ッ!」


 先ほど放った血の剣山攻撃を繰り出した!


 バシュゥッ! と勢いよく足の裏から……、否、突き出てきた血の剣山は近くに来ていたガザドラに向かう。一直線に――貫通する勢いで繰り出されるそれはつい先ほど放った剣山の攻撃と同じだが、彼女の血の量の所為もあり、一本しか出すことができない。

 

 だが、それでもいい。それでも殺傷能力はある。そして速さも相まって避けることはできないだろう。更には距離が近い事もあって避けることができないに更なる確信が追加される。


 追加されたことでラージェンラは焦りの中に微かな勝利の笑みを浮かべ、ガザドラに向けて血塊(ブロット・)魔法(クロット)――『血晶(ルビィクリスタ・)(バニッシュ)』をし向ける。


 仕向けて、ガザドラの体を真っ二つにしてしまえば終わり。


 そう――それでいい。


 それで終わりだと思っていた。


 不意打ちもできた。至近距離でこの速さなのだから、躱せない。


 そう思っていたラージェンラだったが……。


「ふぅ」


 ガザドラは一向に動く気配がない。どころか呆れの溜息を吐きながら反対の手をそっと前に出し、その手をガザドラから見て外側に向けて払う。


 ぶんっ。と空気を裂くようん音はしない。ただ腕を振るっただけの動作なのだが、それをした瞬間、突如としてガザドラが彼女の視界から消えた。


 消えて、彼女が放った血塊(ブロット・)魔法(クロット)――『血晶(ルビィクリスタ・)(バニッシュ)』が金属の音を立てて折れたのだ。


 ばきぃんっ! と、それは耳に響く音で。


「――っ!?」


 視界から消え、音が聞こえた時――ラージェンラは理解が追い付かなかった。追いつけないほど焦っていたわけではない。追いつけないほどの情報が彼女の脳内に入り込んだのだ。


 たった二つの情報でも、それは一個人からしてみれば大きな情報。


 ラージェンラにとって些細ではないことが一度に起きたのだ。理解が追い付けないのも無理ない且つ、想像の斜め上を行くような展開が起きたのだ。


 鉄を操ることは分かる。金属を操るという魔祖に変わり、強くなったのだ。そこは分かる。分かるのだが……問題はそうではない。その金属すらない状況の中、壊したにもかかわらずそれがあるという事実が問題なのだ。


 そう――彼女の魔祖でもあり攻撃魔法『血晶(ルビィクリスタ・)(バニッシュ)』を折り、ガザドラの前に現れ守るように出てきた銀色の薄膜を見つめて……、()()()()()を見ながら彼女は荒げた。


「な、なんで……っ。なんでそれがあなたの目の前に現れて、私の魔祖を阻んだのよっ! 私はあなたが投げたはずの金属も壊した! 壊したのに……!」

「ああ。確かにな」


 荒げて言い放つラージェンラの言葉に頷いた。


 否定でもなければ濁すという選択肢でもない。


 たった一つの返答――肯定と言う名の頷きをし、言葉にもしてガザドラは言った。はっきりとした言葉でだ。


 その言葉のままガザドラは続けて言う。



「お前は吾輩が投げ、仕掛けた金属を壊したが……、全部ではないんだ。いくつも――じゃないな。()()()()()()()()()()()()()()()()。だから吾輩は拘束と防御ができたんだよ」



「は……、えぇっ!?」


 はっきりとしたその言葉と偽りなどないその真っ直ぐさにラージェンラは思わず上ずる驚きの声を上げてしまう。まさに『はぁ?』と言わんばかりの言葉。


 理解できない。何を言っているのだろう。


 総計百六十九という数字が一体どこから出て来るのだろうか。それすらわからないのになぜはっきりと言えるのか。


 ラージェンラは頭の中が混乱で渦巻いていた。


 やまない竜巻のように、勢力を上げて大きくなっていくかのようにどんどんと渦を大きくしていく混乱。


 ガザドラがこんな時に欺くために取り繕った嘘――とは言えない。


 なにせはっきりとした言葉で真っ直ぐな目で言っているのだ。自分のように空気を吸う様に嘘をつくことができれば話は変わるが、ガザドラはそんなことできない。


 それは『六芒星』内でも有名な話。


 有名でガザドラの性格だからこそ、早々変わることなどできない。


 ゆえにラージェンラはそれを嘘とは思わなかった。思えなかった。


 こんなところで嘘をつくなんて思えない。だからありえないと思ったのだ。


 思ったからこそ、思っていたからなのか彼女は思わず本音ともいえる言葉をそのまま口から零していく。焦りと言う名のそれを含ませ、手足を再度ばたつかせながら彼女は荒げる声で言った。


「な、何が百六十九もの金属よっ! そんなもの見えなかったし、あなたが一体何を投げたのかわからないけど、そんなに残っているわけないわっ。だって私はあなたの金属を粉々にしたのよ? 粉々にして使えないくらいに小さくしたのよっ? 粉々を更に粉にしてまであなたの武器となる金属を壊したのよ? なのになぜそこまではっきりと」


 と言った時――否、厳密には彼女の言葉が終わる前にガザドラは何かをラージェンラに向けて投げつけた。


 ぽーんっ。と……、大きな大きな放物線を描く投げ方をして、優しくそれをガザドラは投げた。


「?」


 投げられたそれに気付いたラージェンラは言葉を発することを一旦止め、自分に向かって放物線を描くように飛んできたそれに視線を追う。


 追って、どこにあるのかと一瞬目を泳がせてしまう。


 そのくらいガザドラが投げたものは小さいものだったのだ。


 いいや、それ以上に、()()()()()()()()であったので何も見えないの方がいいだろう。


 ゆえにラージェンラは視界を泳がせ、彼が一体何を投げたのかを視認しようとしたが、結局その視認も叶わず、一時的な沈黙が血の舞台を染め上げていく。


 沈黙と云うものは緊張感もあるが、それ以前に無音と言う空間を作り出すのと同じで、無音は人にとって弱点の一つとなり、嫌な気持ちを駆り立てる。


 聞く話では――人は完全なる無音の場所に長時間いると、精神崩壊を起こすのだそう。


 だからだろうか、沈黙に耐えられなかったラージェンラが歯を食いしばり、荒げる声でガザドラに向けて――


「何を投げたのよ……っ。一体何の金属を投げたのよっ! 答えなさい!」


 と、投げた何かについて追及してきた。


 いくら追及をしたからと言ってガザドラが答えるなど……、あり得るだろう。


 というかそれを聞いたガザドラは頷き、「ああいいぞ」と言った後、すぐに彼はこう言った。


「どうせ肉眼では見えないものだ。貴様の視野が狭くなってしまったその目でも見えないものだからな。教えてやる」


 この場にキョウヤや突っ込みに長けた者達がいれば、誰もがガザドラのことを見て言うであろう。ガザドラの行動を見て言うであろう。


 どこまでお人好しなのかと。


 そしてこれを聞いたクルーザァーはきっと彼に対し色んな罵倒を言い放ち、そして『不合理』という言葉で片付けてしまうだろうが、それがガザドラであり、ガザドラの悪いところでもある。


 悪いからと言って全部悪いわけではない。


 もうこれで勝負は決している。これからの攻撃で終わらせるつもりだから、ガザドラはラージェンラに告げることにしたのだ。


 ガザドラが手にしていた金属の正体を――


「吾輩が投げたものは――







             ()()だよ」







「さ……、さてつぅ!?」


 思いがけない代物且つ、言葉を聞いた瞬間繋がったラージェンラは驚きの声を上げて顔を歪ませた。


 想像の斜め上どころか、そんなものを戦場に持ち込むこと自体おかしい話でもあるのに、それを手持ちに加えて攻撃の手段として使うなど、思っても見なかったからだ。


 せいぜい目くらましくらいにしか使えない。使えないどころか戦場でそれを持ち込むなど荷物にしかならない。


 因みに、ここで注意しておこう。良い子はマネしないでね。と――


 そんな荷物にしかならないものを持ってきたガザドラに対し、ラージェンラは驚きの顔をしたままギリッと歯を食いしばり、苛立ちの唸りを上げた後彼女は思った。


 憎々しげにガザドラのことを睨みつけながら、彼女は思った。


 ――なんてものを持ち出したんだ……。この雄が……っ!

 

 怒りにも似ているような、黒い怒りの顔を剥き出しにしながら彼女は荒げる。荒れた感情のまま彼女はガザドラに向けて暴れながら反論を述べる。


 砂鉄が武器という証明を崩すために――


 そんなものが武器になるわけがないと()()しながら、彼女は述べる。


「何を言っているのっ? そんな砂もどきがあなたの武器? あなたが出した鉄の膜や私のことを縛っているこの細長いものの正体とでも言いたいの? そんなことありえない! これは確かに金属だけど、砂鉄なんてものを使ってもこんな規模は出来ないっ! それにあの時私は聞いたわっ。あなたが投げて反撃をしようとした時、私が魔法を使って武器事壊そうとした時、何かの音が聞こえた。それは金属だった。金属類が落ちる音が聞こえたのよ? それなのに砂鉄なんて言うちんけなものが、小さすぎる砂が奥の手だなんて……、元『六芒星』幹部の名が泣くわぁ。嘘をつくならもっとましな嘘を」


「――嘘ではない。吾輩は真しか申していない」


「っ?」


 マシな嘘。


 その言葉を即座に破壊するようにガザドラは言った。


 嘘なんかじゃない。本当だと。


 本当だという言葉二ラージェンラは言葉を詰まらせたかのように驚きで顔を固めてしまう。


 だが無理もないかもしれない。ガザドラの言葉を聞いてそれが本当なのかと思ってしまうかもしれない。


 そもそも砂鉄という言葉を聞いて、思い浮かべる者と言えば何だろうか……?


 小学生の時磁石を使って遊んでいた記憶の方が強う者も多いかもしれない。


 だが砂鉄の名の通り『鉄』であり、金属。金属と言う事はガザドラの武器にもなる代物だ。


 そして……。


「砂鉄は吾輩の力でもある金属だ。それは一握りであれば大したものにはならないだろうが、冒険者の言葉には『塵も積もれば山となる』という言葉がある。それを吾輩は踏襲……、いいやそれを習って()()()()()()()()のことだ」

「忍ばせ……?」

「ああ、手に握っていた一握りと、懐にたくさん忍ばせていたそれと、あとは囮として薬莢をいくつかを合わせて――何とかなったとしか言いようがないな」

「――!」


 ガザドラの言葉を聞いた瞬間、ラージェンラははっと息をのみ、思い出した。


 思い出すのが遅すぎるかもしれないが、彼女は思い出したのだ。


 そう――あの時確かに聞こえていた。


 ()()()()()()()()()


 コン、カン、キンと――耳を劈くような金属音が!


「っ! あの時、まさか……っ!」

「そのまさかだ」


 まさに気付いたところを見計らってか、ガザドラはそっと彼女に見えるように右手の人差し指と親指で抓んでいるそれを見せた。


 親指くらいの長さの鉄筒。


 否――薬莢を。


 舞台上の証明によってきらりと光るそれを見て、ラージェンラは心の中で苛立ちを募らせ、己の失態に叱咤しながら思った。


 心底苛立ちながら思った。


 ――まさか、私が、私が踊らされていた……?


 ――私が踊らせていたと思っていたのに……。


「この方法は吾輩の仲間……、今共に行動している冒険者から教えてもらった戦法を踏襲したんだ。吾輩自身これを使って戦うことなどなかった。そしてこれを使うなど誰もが思わなかったが、そいつはなんとも頭の回転が速く、そして……、言い方が悪いがずる賢いところがあるのだよ。吾輩はそんなずる賢い思考はないが、そいつは本当にその場にあるものを利用して勝利を収めてしまったのだよ。砂の国の負の遺産ともいえる『秘器』を利用することも、そいつの入れ知恵だ」

「『秘器』……っ!? まさか、あの兵器を利用するだなんて……、どんな思考回路をしているのよそいつは……っ!」

「ああそうだな」


 吾輩も驚いたが、それでも勝利を掴むきっかけをくれたのはそいつがいてくれたおかげだよ。


 その時の心境――自分でも考えうることができなかったことを簡単に考えたその人のことを考えな柄ガザドラは言う。


 それは今となっては昔に感じてしまう様な事ではある。だが昔でもない。昔でもなけれつい最近ではないものの、それでもその者が考えたことはガザドラにとっても想定外のことであった。


 想像できない。想像したとしてもそれを実行に移すことなどできない。


 できないからこそガザドラはその者のことを――『泥棒』と云う所属を持っている存在のことを思い出し、再度彼の評価を上げる。


 株価急上昇。


 そんな言葉が似合う様な評価だ。


 評価し、思い出しながらガザドラは言う。


 どんな思考回路をしているんだと驚きを隠せないラージェンラに向けて、彼は言う。薬莢を見せながら彼は言った。


「そいつの考えることに驚くだろう? なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はぁ?」


 ガザドラの言葉を聞いたラージェンラは驚きのあまりに困った顔を向けそうになるが、そんな彼女の疑問を解消するように……、否――更なる衝撃を与えるためにガザドラは言った。


「薬莢も然り。この砂鉄もそ奴の助言で使っただけのことだ。最もそいつはもっとすごい方法で敵を倒そうとしていただろうな。想像の範疇を越えてしまうほどだ。そしてあいつは頭の回転が速いからな。吾輩の想像を軽く超えてしまうことを考えていたかもしれないが、吾輩はこれしか考えられなかった」

「これ……しか?」

「そうだ。砂鉄と云うものはどうやら古い時代では製鉄の主原料として使われいたそうだ」

「鉄……。――っっ!!」

「想像通り――御明察だ」


 ラージェンラははっと息を呑んで言葉を失いそうになるが、それを見逃さず、失いかける前にガザドラは頷きながら言葉を発し、まだ懐に入れていたそれを取るために手を伸ばし、差し入れた後掴むと、それを取り出してラージェンラに見せるように掲げる。


 握られたその手がラージェンラの視界に入る。


 ちょうど薬莢と一緒に見せるようにガザドラはそれを見せて、彼女に視界に入れた後、ガザドラは握っているその力をさらに強くする。


 ぎゅっと握り、何かを握りつぶさんばかりのその動作をすると、指の間から『どろっ』と黒い何かが零れていく。


 まるで血が垂れたかのような流れ方だが、それは黒く、床と言う舞台に落ちる前にそれは突然上に向かってどんどん糸を引いて伸びていく。


 指で掴んでいた薬莢も形をなくし、液体のようにドロドロに溶けていくのと同時に、二つの液体はガザドラの前に向かって、軟体動物の触手のように伸び、そして溶け合っていく。


 銀色のスライムのようにドロドロに溶け、そして意志を持ったかのように銀色と黒が彼の目の前で混ざり合い、一つの何かへと色を変え、形を変えていく。


 一つのサッカーボールほどの大きさの何かへと……、ドロドロと、ごぼごぼと音を発しながら……。


 小さな球体へと変わっていくそれを身ながらラージェンラは固唾を呑んでしまい、一瞬湧き上がる感情に彼女は困惑してしまう。


 沸き上がった感情――それは寒気。


 全身から汗が拭き上がり、その吹き上がった汗が異様なべたつきと生温かさを出している。


 まるで熱い環境にいるにも関わらず寒気を感じてしまう。そしてそれに加えて言いようのないぞわぞわしている。そんな感覚に襲われた時、彼女は思った。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 言いようのない何かを感じ、それから逃れようとしている時のあの時と同じ……。


 ――これは、まさか……、恐怖?

 

 ――私が恐怖を感じている?


 ――そんなバカなことがあっていいのっ?


 ――いいえありえないっ! 恐怖なんて忘れた!


 ――私は恐怖なんて感じない!


 ――()()()()()()()()()()()()()()っ!?


 ――私は強い! それさえあれば私は……! いいえそんなもの使わずとも勝てるっ! 怖がるなんておかしいわっ!


 ――あのザッドに対しても恐怖なんて感じることなんてなかった! なのになんでこんな奴に私は……、私は……っ!


 あの時忘れたはずだった。


 感じないと誓ったはずのあの忌々しい気持ちが、拭いたいそれが再発する。

 

 それを感じながら彼女は奥歯を『カチカチ』と鳴らし、痙攣でもしているかのように口を震わせる。


 口や思いでは強く見せているが、体は正直で残酷なものだ。


 本能は正直――と言う事だ。


 彼女は、彼女の本能は恐怖しているのだ。今目の前にいるガザドラに対し、彼女は恐怖してしまったのだ。


 もう感じないと誓ったはずなのに……。


 そんな彼女の心境を無視し、ガザドラは今まさに自分の目の前でサッカーボールほどの大きさに凝縮した鉄の塊に手を添える。黒い液体を手にしていたそれを向け、触れながらガザドラは言った。


「つまり砂鉄は鉄として使われていたということ。この砂のようなものも近い物を考えれば強大な武器になる。と言う事だ。あいつ曰く……日本刀やたたらセイテツで作られるに於いて欠かせないものとなっているそうだが、詳しいことは分からん」


 そう言ってガザドラは鉄の球体に添えていた手に力を入れるように、ぎゅっと指をそれに食い込ませる。


 ずぼり! と柔らかいそれに指を入れる様な音が辺りに木霊し、柔らかい感覚がガザドラの指の触覚を研ぎ澄ませると……、彼は指に魔力を流し込むイメージを固める。


 指を注射のように見立て、爪から流れる様なイメージをしてからガザドラは言う。


 高らかに、今までの冷静を取り払ってしまう様な大きな声で彼は言った。


「さぁ! 長話はここで終わり! ここから第二の戦いを幕開けようか! 『六芒星』幹部――ラージェンラ! 悪いがここで退場願いたい! 舞台から降りてもらおうか! 現実のなぁ!」


 彼は高らかに告げる。


 元同業に向けて、元幹部仲間に向けて彼は告げたのだ。


 球体から伸びる鞭のようにしなる銀色の糸を出して、この戦いの勝利を遠回しに言いながら……。

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