PLAY121 『六芒星』vs元『六芒星』③
互いが互いの名を名乗った。
それは戦いの前の礼儀。
特に通り名を持っているのであれば礼儀は必ずすることこそが真の礼儀。
このアズールに於いてすれば暗黙の了解なのかもしれない。だが名乗らずに戦う者も数知れない。
それは戦う前に名乗らないことは名乗った相手のことを覚えることをしない。つまり戦った相手もとい負けた相手のことなど知らなくてもいいという意味を持っている。
最も通り名が世に知れ渡っているならば名乗らなくてもいいのだが、相手が名乗ればその礼儀に答えることも礼儀でありルールに近いのだ。
要は何が言いたいのか?
簡単な事だが、この世界で生きている人――ヘルナイトやデュランと言った『12鬼士』、『六芒星』や『死霊族』
通り名を持っている者達は必ずとは言わないが名乗ることを戦いの合図としている人がいる。それだけのことなのだ。
だからアルテットミアでトリッキーマジシャンとヘルナイトが『六芒星』オグトとオーヴェンに名乗った時も。
色んな場面でハンナ達冒険者が見てきた掛け合い。
それは元同胞相手であろうと変わらない。
裏切りを行った者と裏切る前までは仲間だった者であろうとも……。
もう敵同士。互いに倒さないといけない存在達なのだ。
戦わずに生存する。戦わないで逃げる選択はないのか?
そんなものがあるわけがない。
どころかそのような選択があればガザドラは速攻その選択をして桜姫を連れて逃げるだろうが、それができないから戦うのだ。
敵であり仲間であったラージェンラ相手に、彼女が放った魔法『鮮血劇場』から抜け出すために。
抜け出して、本当にこの国を救うために動こうと決意を固めて、ガザドラは挑む。
無謀かもしれないような、圧倒的に降りかもしれないような……、幹部同士の戦いを――
◆ ◆
前置きの自己紹介が終わると同時に動いたのは――ガザドラだった。
ガザドラは前もって手にした長刀の形を変え、スライムのようにうねっているそれを自由自在に、己の思うが儘に動かしながらガザドラは今まさに自分の腕にナイフを突き立てようとしているらーじぇんらに向けて銀色のスライムを向ける。
構えた状態から――ラージェンラ目掛けて突きを繰り出すように。
「鋼創造――『鉄縄鞭』ッ!」
ガザドラがその言葉を言い放つと同時に、銀色のスライム状だった長刀だった物が突然動きを止め、止まったかと思えば長刀だった刀身が鍔の近くでぎゅぎゅっと凝縮されていく。
長いことが取り柄だった長刀の刀身が一気に収縮をし、ガザドラの手の先――つまりは鍔のところで小さな丸をひとりでに形成していくその光景はまさに摩訶不思議と思ってもおかしくない。
だがガザドラのことを知っている者であれば、この光景は見慣れているものであり、ガザドラの性格を知っている者であれば、ガザドラが第一にすることを予測することができる。
ぎゅぎゅっと銀色のスライムがどんどん銀色の丸い物へと形を変えて、小ささを変えて収縮を行っていく。その光景はまるで何かを待っているかのように踏ん張っているかのような……、何かに引っ張られて、それに耐えているかのようなその光景にラージェンラは内心思った。
――ああ、いつもの手段ね。
――本当……、あなたはそう。
さも焦りもせず、さも怒りもせず、しかし油断もしない面持ちの微笑みを浮かべながら彼女は右手の腕に向けて短剣を向ける。
握りしめたその短剣に力を籠め、勢いをつけて彼女は己の右手の腕にそれを――
――どしゅっっ!
と突き刺す。
貫通するほど突き刺し、突き刺した瞬間噴き出た己の命を更に溢れさせようと、外に零そうと彼女は短剣を動かす。
ゲームの十字コントローラーを動かすようにぐりぐりと、回しながらラージェンラは己の命の原水を赤い舞台に落としていく。
ぼとぼとと――ばたばたと――
流してはいけないそれをどんどん零し、舞台の板を赤く染め、自分の足や衣服でさえも赤く染めていく。
染めていくにも関わらず、彼女の顔に痛みを伴うそれはなく、どころかクスクスと微笑み、淑やかが印象的な笑みを浮かべながら彼女は己の傷口を大きくしてた。
痛みを感じていないわけではない。
痛みは確実にある。それなのに彼女は傷つける。
どんどん広がる傷を見ながらくすくす微笑むその光景は――まさに異常。
常軌を逸しているような光景にガザドラは一瞬背中に寒気を感じたが、彼女の行動を見て小さく頭を振るい、彼は心の中でこう思った。
――これがラージェンラだ。
――これこそが彼女の真骨頂ともいえる行動であり、発動条件!
発動条件。
それを知っているガザドラはすぐに次の攻撃となる魔法をだそうともう片方の手を武器に山に向けて伸ばす。彼女に気付かれないようにそっと――且つ素早く。
しかしそんな思考でさえも彼女は読んでいた。
予測していた。の方がいいだろう。
なにせ戦闘と云うものは常に予想と実践という名の二重の酷使。
頭という思考を使い、体を使って己を守り、相手にダメージを与える。
それを同時進行で行い、相手の行動も読み取りながら戦う――戦いをしていない。戦いという世界から離れた人たちからすれば離れ業だろう。
離れ業だとしても、戦闘という世界で生きている者達からすればこれは生きるための術。
その術を使っているだけで、流れるように彼等は行動し、予測をして戦っているのだ。
……少し話が逸れてしまった。
ラージェンラはガザドラの行動を見て、予測をしたうえで自分も行動に移そうとしていた。
ぐりぐりと傷口を抉り、足元に溜まっていた己の命の水も大きくなってきたところを見ながら、彼女は妖艶に微笑みながらガザドラに傷つけた腕を差し出す。
流れるように、傷つけて痛々しいものになってしまったその手を伸ばし、その手を掴んでと言わんばかりの伸ばし方をした彼女はにぃっと妖艶に更に狂喜を上乗せした笑みを浮かべる。
まるで口裂け女の笑みの如く彼女は微笑み、未だにぼたぼたと流れどんどん多量へと導くその手に向けて……、否、その手から零れ出る己の命の水に向けて言う。
「血塊魔法――『噛み血切り鱓』」
言葉を放った瞬間……、呪文を言い放った瞬間、彼女の腕から零れ出ていた血が――ぴたりと止まった。
ドロドロと流れ出ていたその時間だけが止まったかのように、彼女の出血多量を抑えるように、彼女の出血が止まった。
否、止まっていない。
只動きを止めただけで止まったわけではない。
その血はただ、彼女の言葉を聞いて動きを止めただけで、決して止血ができたというわけではなかった。
止まったかのように見えた真っ赤な彩は少しずつ、本当に少しずつ動きだし、流れ落ちるという動作に逆らう様に彼女の腕の上へと昇って行くのだ。
意識を持ったかのように、蝸牛と同じ速度で這い上がりながら。
じゅる……。じゅるる……。
粘液を持った何かの音が辺りを木霊し、舞台となっているその場所からでもわかるようにラージェンラはひとりでに動いている血を流した腕を上へ上へと向けて、掲げるように彼女は伸ばす。
上へと伸ばされたその手に差し出すように短剣を持った手を添え、左足を後ろに向けて伸ばすと言った――舞台を行っている役者の動作をするラージェンラ。
人っ子一人いない観客に向けているのかどうかもわからない。
只自己満足で行っているかもしれない状況の中でも、彼女はそれを行う。
誰もいないはずにも関わらず、ばんっ! とスポットライトのような光が彼女のことを照らし、強調を促す。
舞台俳優さながらのその動作に、ガザドラは内心やれやれだな。と思いながら左手に予備の武器を手に取る。手に取った武器は銀で作られた盾だ。
大きさも程よく、何より金が少しだけ織り交ぜられている代物。
それを手に取ってガザドラは身構える。
万が一の攻防の構築を頭の中で行いながら……。
しかし、その構築も結局は頭の中での予行練習。本番では何の役にも立たない。立たないが気休めと言わんばかりのガザドラはそれを行い、そして動きを見せるであろうラージェンラのことを見た。
瞬間――
じゅるじゅると粘液を持った生物のように蠢ていた彼女の血が、動き出した。
彼女の腕の中でぐっと小さな血の球となり、球になったと思った瞬間――一気に膨張し、一気に噴出する!
爆弾でも仕掛けていたのかと言わんばかりの膨張と、止まることを知らない赤い血の津波……いいや、赤い何かの大群。
その大群は彼女から放たれ、放物線を描きながら流れ落ちていくと、そのままの流れでガザドラに向かって……、いいや、ガザドラが放った魔法『鉄縄鞭』の手前に向かって落ちていく。
水の流れる音が鼓膜を揺らし、赤い世界が辺りを包むその光景が凄惨と言ってもおかしくないが、その凄惨を緩和するような光景がガザドラの目の前に広がっていた。
「っ! そう来るよな! お前なら……、そう来て、挙句の果てには吾輩の血を糧とするっ!」
「あながち間違っていないわね」
ガザドラの意味深な言葉に対し否定しないラージェンラ。
どころかその言葉に対して肯定をにおわせる様な発言をする。
ガザドラは知っている。彼女のことを。
彼女は知っている。ガザドラのことを。
それぞれが知っているからこそ行動を行い、そして勝つために全力と言う名の出し惜しみをしない。
ゆえに彼女も本気で行ったのだ。
ガザドラを殺すために、武器ごと、魔法ごと粉々に噛み砕こうと――彼女は繰り出したのだ。
『噛み血切り鱓』
言葉通り肉を噛み千切り、出血しやすいようにとがった歯を持ったを持ち――血のように赤黒い蛇のような魚……鱓の大軍を繰り出して!
「「「「ギジャアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!」」」」
鱓の大群は鋭い眼光でガザドラのことを睨みつけ、舞台の床すれすれで空中を泳ぎながら大きく、鋭く尖ったそれを剥き出ししたそれを見せつけるように開ける。
ギラリと光る尖った歯。きれいに並べられた歯並びにガザドラは内心自分よりも歯並びがきれいではないかと思ってしまったが、その感情も一瞬で消え失せてしまう。
今は戦闘。
生きるか死ぬかの殺し合いをしているのだ。
そんな感情、心境などすぐに消え去ってしまうのも必然。
そんなことを長々と思ってしまえば命取りになってしまう。そう思ったからガザドラは一瞬芽生えた思考を消し去り、目の前の鱓の大群に向けてもう一つの武器――盾を向けた瞬間だった。
「ギャシャアアアアアアアアアッッッ!」
一匹の鱓が大きな大きな口を開け、その口をガザドラが放った『鉄縄鞭』に向け、鉄の先が柔らかい口腔内に当たりそうになる寸前――あと数ミリで突き刺さりそうになる瞬間、一匹の鱓は行動を起こした。
行動という名の――咀嚼を。
バギィンッッ!
と――鉄で作られたそれがいとも簡単に圧し折れるような音を口腔内で放ちながら、鉄を貪り始めたのだ。
バリバリと貪り、バギバギと咀嚼をして細かくした後で飲みこむという――人間が食事をする時と同じように、一匹の行動に便乗するように大量の鱓達はガザドラの『鉄縄鞭』をどんどん貪り、どんどんガザドラに近付いて行く。
がりがりと、ばりばりと――おいしそうに食べながらという恐ろしい光景をガザドラに見せつけて!
「――っ!?」
貪るその姿はまさに長い獲物を骨一つ残さないように食らいつく何か。
現実世界にある細長いお菓子を少しずつ口の中に向けて咀嚼しながら入れていくような、可愛らしいそれではない。
悍ましく食らいつき、骨など残さん勢いで喰い、迫って来るその光景は――まさに食われる獲物の視界。
「っ! ここまで食らうというのかっ! この魚はっ!」
「あら失礼ね。この子達だって生きているんだから仕方ないでしょ? 私の血で生まれたこの子達はまさに血の化身。血で作られたからなのか……、体中を駆け巡る鉄分を欲しているわ。あなただって見たでしょ? 『狂血犬』もお腹が空いていたのよ? あなたの魔法を――あなたが作った鉄の道具を貪るくらい……」
「っ」
ガザドラはあまりの食らいつき具合に驚き、荒げと驚きの声を上げて自分が作った鉄の武器に食らいついている鱓達のことを見て言うと、彼の言葉に対して首を傾げながら返答をするラージェンラ。
未だに足元に命の水溜りを作り、腕から大量の血の鱓達を出しながら、彼女はさも平然とした面持ちで言い、その言葉を聞いたガザドラは思い出す。
そう、ディドルイレスのことを拘束しようとした技は発動虚しく食われてしまったのだ。
ラージェンラが発動した『狂血犬』の手によって。尖った耳にしっかりとした四本の足に尻尾。全体的に液体状の生物で、顔が一際大きく、まるで不釣り合いの体のバランスであるあの犬によって食われてしまったことを思い出しながら、ガザドラは心の中で舌打ちを零し、どんどん迫って来る鱓達の大軍のことを見て彼は行動を起こす。
次の行動――『鉄縄鞭』が食われてしまい、このままにしておけば自分も食われてしまう。
その最悪を回避するためにガザドラは手にした盾を前に突き出し……、ガシャガシャと食べながら迫って来る鱓達に向けて、ガザドラは唱える。
――来るのであればそれで結構! そのまま迎え撃つのみ!
そう思いながら彼は次の一手唱える技を唱えた。
「鋼創造――『合金剣山搦め』ッ!」
ガザドラの言葉が放たれると同時に合金の盾の表面が変化する。
つるりとしたなだらかな表面にいくつかの凹凸が出始め、出始めと同時にそれは突如として動き出す。
ぎゅんっ! という空気を突き刺す音が辺りに響き、次に響いたのは肉が突き刺さる音。
なんとも生々しく、衝撃が入り混じるその音はガザドラの耳にも、ラージェンラの耳にも響き……。
「「「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッ!」」」
鱓達の断末魔が血でできた舞台中に響き渡る。
びりびりと揺れる様な感覚。心臓がその振動につられて揺れる様な感覚が二人を襲い、揺れと一緒に来た叫びを聞きながらも二人は耳を塞ぐことなく状況を見る。
耳を塞いだ瞬間に不意打ちをされてしまうかもしれない。そんな最悪の想定を起こさないためにも二人は塞ぐことなく目の前で起きたことを目に、そして脳に、記憶に焼き付ける。
ガザドラが放った『合金剣山搦め』――盾の表面が剣山のように変化し、長く鋭い……且つ尖った武器になった存在が突如として目の前にきたことで、今まで猛進の如く突き進んでいた鱓達も止まることができなかったのだろう。
止まる前に突き進んでしまったせいで、止まろうとしたが時すでに遅く、結果として突き刺さってしまう結果になってしまった。
猛進と大群で押し寄せたことが仇となったのか……、深く突き刺さって抜けなくなってしまった鱓にサンドイッチの具のように間に挟まった状態になってしまった鱓。少しだけ突き刺さり後少しで抜けそうになっている鱓など、色んな状態で串刺しになってしまっているラージェンラの魔法。
棘の先から滴り落ちる赤いそれは彼女が作った舞台をまた赤く汚し、丸いいくつものそれを落としていく。
もう舞台上が凄惨な現場と化している中……、照らす照明は一際明るく、白く見えてしまいそうになる。
この一連の動きがまるで――舞台上の演技のように照らして……。
だがこれは演技ではない。これは殺し合い。戦いなのだ。この流れも一瞬であり、長く見えてしまう光景も本当は一瞬の出来事なのだ。
一瞬の出来事で、一瞬の相殺。
それが短い時間の中で起きた。
ガザドラも拘束しようとしたが、その拘束をラージェンラの魔法が食ってしまい。
食って襲い掛かろうとしたラージェンラの魔法をガザドラの魔法で殺す。
まさに相殺。
相殺したことによりそれぞれ命が無くなることは無くなった。
――この時までは。
「――ふんっ!」
ガザドラは盾を持っている手に力を籠め、盾全体に行き渡るように、盾から放たれている棘に行き渡るように魔力を送る。
送り、棘の先に向けて魔力を送った瞬間……。
今まで突き刺さり、痛みで動けなかった鱓の動きを完全に止めるためにガザドラは動く。
棘の先をグネリと液体状に変化させた後、すぐにその形状を円状の骨組みへと変化させる。傘の骨組みを思わせる様なそれで、且つ固く抜け出せないように変化していく光景を見ていたラージェンラは「あら」と少し驚いたような声を零し、ガザドラに向けて――
「まさか……、あの魔法で言っていたトラップって……」
「ああ、そうだな……! 吾輩の魔法もかなり自由度があるからな」
と聞くと、ガザドラはそんな彼女の返答を待たず、自分の口で今放った魔法の種を明かす。
自由度が高いのはお前だけではない。
そう言い聞かせる様な言動でガザドラは言ったのだ。
「襲い喰らい吾輩事喰って血と魔力ごとい取り込もうとしたのだろうが、そうしてしまえば元の名に傷をつけてしまうっ」
「もう元じゃないわ。あなたはもう『六芒星』じゃない」
「ああそれでいい。それでいいんだ。元々吾輩には肌が合わなかったのかもしれん。それに、吾輩はこっちの方が性に合っているからな」
ガザドラの言葉を聞きながらラージェンラは少しだけ面白くなさそうな面持ちを顔に表す。何も隠していなければ目を細めているかもしれないその光景を見ながらガザドラは心の中で思う。
そうだ。
その言葉を最初に零した後、ガザドラは目の前でじたばたと暴れている血で作られた鱓達のことを見上げて思った。
――今の吾輩は『六芒星』という名を背負った種族ではない。
――吾輩はただの蜥蜴竜族にしてカルバノグの『鋼竜王』ガザドラ!
――この国のために戦い、この国のために死ねるのであれば本望を掲げた蜥蜴竜族だ。
――吾輩はもう復讐という悲しい連鎖を生まん。
――発端を起こした者がいれば殺すのではなく、正当な法の裁きを与える。
――そのためにはまず、ラージェンラをどうにかしないといけない。
――魔力を与えるな。エネルギーを与えるな。物を与えるな。
――速攻で終わらせる。この国のためにも!
そう思うと同時に脳裏に浮かび上がるのはカルバノグのみんなと国の人達の笑顔。そして――シャズラーンダ達蜥蜴人達の笑顔。
とても明るく、太陽のように照らしを与える笑顔だ。
その笑顔をガザドラは壊そうとした。
殺して――亡き者にして壊そうとしたのだ。
――許されようとは思わない。思わないどころか吾輩は許されるべきではない。
――許される道を選ぶことはないが、吾輩の命をこの国のために使う事こそが贖罪になる。
――罪滅ぼしにしては小さいかもしれないが、それしか思いつかない吾輩を許してほしい。
――この命の使い方を、これにしか使えない吾輩の思考を。
――その代わりと言っては何だが……、この命を国のために使わせてくれ。
――これしか、吾輩の贖罪が思い浮かばんっ!
「堕天使――『血涙天族』ラージェンラッ!」
「!」
長い長い思考の海の中に潜っていたガザドラはようやく現実に戻り、現実に戻るや否やラージェンラに向けて大声で、張り上げるように呼ぶと、その声を聞いたラージェンラ驚きながらガザドラのことを見る。
現在進行形で腕からだらだらと流しているそれを晒しながら……。
あまりにも痛々しい光景を見て、速攻で終わらせる意思を固めたガザドラはラージェンラに向けて声を放つ。
大声の大砲の如く、彼は叫んだ。
「悪いが早急に終わらせようっ! 生憎吾輩忙しいのでなっ! 早急に終わらせ、貴様を国王に」
と言ったその時、本当にその時だった。
ラージェンラが突き出していた右手を下ろし、掌を見せるように動かしたかと思えば、だらだらと流れる己の命の水を無視した状態で彼女は徐に――握ったのだ。
掌を見せるようにパーの形で待機していたその手を、ぎゅっと握りしめ……。
「『血壊』」
と小さな声で、且つ感情がないその顔でその言葉を発した瞬間、今まで暴れていた鱓達が突然動きを止めたのだ。
びたりと……、暴れていたその光景が嘘だったのかと思ってしまうほど突然静まり、その静まりが二秒ほど続いたかと思えば……。
ぼごんっ!
と、突然鱓達の腹部が風船のように一気に膨らんだのだ。
「っ!?」
まるで何か爆弾物を飲み込んだかのようなその光景にガザドラは一瞬驚きの顔を浮かべるも、その驚きもすぐに理解のそれに変わる。
理由など簡単だ。
簡単な話。ガザドラが驚くと同時に鱓達は膨れたところから爆発をしたのだ。
ばぁんっ! と――内側から爆発して。
しかもガザドラが放った盾の棘に食らいつき、道連れと言わんばかりに爆発していったのだ。
血でできているからこそあまりにも恐ろしい光景。
赤の世界が更に赤く染まり、辺りには短くも少ない赤い雨が降り注ぐ。
「っ」
「あらぁ?」
雨が降り注いでいる中、ガザドラは手に残っている使えなくなってしまった長剣だった物と盾だった物を見下ろし、声がした方向に向けて気付きながら視線を向けると、声を放った人物ラージェンラはくすくすと妖艶に、そして邪悪そうに口元に手を添えながら彼に向けて言う。
心底おかしい。心底無駄な足掻きだと言わんばかりの哄笑を浮かべて……。
「早急に終わらせるんじゃなかったの? まだまだかかりそうね」
ラージェンラは言う。元仲間に向けて――現敵に向けて彼女は意地悪な言葉を述べる。
早急に終わらせるつもりなど毛頭ないと言わんばかりの雰囲気を放ち、更なる攻撃をし向けようと握りしめていた手を解き、再度右手に短剣を突き刺すラージェンラ。
当たり前と言わんばかりの常軌を逸したその行動を見つつ、内心うまくいかないなと思いながらガザドラは次の手を考えて武器に手を伸ばす。
長剣であったそれを捨て、金属が床に当たるような音を聞きながら彼は思う。
――やはり、長引くか。
――有言実行はまさに難しい事だ。
そう思いながらガザドラは次の武器となるものに手を伸ばし、がっしりとそれを掴んでラージェンラに向ける。
長期戦は必須。
そんな言葉が頭の片隅を回りながら……。




