PLAY120 因縁と懐かしき再会③
『六芒星』が一角――『六芒星』の攻撃の要にして竜族と蜥蜴族の血を引いた……、蜥蜴竜族。
通称『鉄鋼竜王』のガザドラ (通称というよりも自称に近く、攻撃の要という点も自称に近いところがある)。
彼はハンナ達と出会う前までは『六芒星』という革命組織に属しており、自分の母と父を殺した蜥蜴人たちのことを恨みに恨み、この世……つまりはアズールと言う世界の規律によって苦痛の運命を辿った一人だった。
今はハンナ達と同じ冒険者集団『カルバノグ』と一緒に行動している身で、特にリンドーと一緒に行動することが多い。
そんな彼がなぜ、桜姫を助け、ディドルイレスの前に現れたのか。
それはいつぞやか語った内容がきっかけでここにいるのだ。
まず――彼がここに来るきっかけとなったのは……王都で聞いた『クィーバ』の一件だ。
覚えているだろうか? あの時……、ガザドラが聞いたことを。あの時会った兵士団長が言ったあの言葉を……。
「我々が駆け付けた時には、もう『クィーバ』は滅んでいました。しかもその場所にいた者達全員……、無残な姿で、です。更に『クィーバ』の者達はどうやら殺される前に何かをしようとしていたことも分かり、彼らの仲間の一人が何やら紙のようなものを持っておりまして、紙に書かれた内容には、血まみれで読めないところが多々ありましたが、雇い主の名前が分かったんです。確か……」
そう、この言葉を聞いてガザドラは行動を起こしたのだ。
否――最初こそ怒りという名の感情が沸き上がりはした。しかしその感情もすぐに消えると、今度は別の感情と共に怒りというそれは再発した。
兵士団長から聞いた雇い主の名を聞いて、ガザドラは動かなければいけないと直感し、これを野放しにしてはいけない。してしまえば最悪の未来になってしまう。
そう思ったからこそガザドラは動いた。
息が詰まる様な衝撃が彼を襲い、その衝撃に呑まれろと言わんばかりの感情に対し抗いながらガザドラは向かった。
それがあの時の状況。
すぐに踵を返し、どこかへと向かって走って行ってしまう彼のことを止めようとしていた兵士団長の声を無視して走ったガザドラ。
それほどガザドラは周りが見えなくなり、異常なほどの怒りを抱いていた。
なにせ――自分と同じ犠牲をまた生むつもりなのかという怒りを抱いていたのだから仕方がないのかもしれない。そう……、兵士団長の口から告げられた名はガザドラがよく知っている人物の名で、それと同時に……。
ハンナ達が今現在いるボロボ空中都市にいる存在なのだから。
この時点でガザドラの思考の中では最悪の想定がいくつも創造されてしまっていた。
最悪という名の未来予想図がいくつも形成されて行き、ボロボで、父の故郷が大変なことになると思ったガザドラがいてもたってもいられず、その最悪の未来を壊すために走っていた。
自分には何の関係もない。自分がどこで生まれたのかもわからない。
しかしガザドラの父にとってボロボと言う国は故郷。
生まれ、育った大地でもあるのだ。
その大地が今まさに壊されるかもしれない。
最悪『滅亡録』に記されてしまうような事態に陥るかもしれない。
どうなるのかはわからないが、どっちに転がったとしても最悪の二文字からは逃れることはできない。
あの名前を聞いて、あいつのことを思い出した時点で、ろくなことなど起きないどころか、色んな者達が不幸になってしまう。
自分だけが幸せになり、相手を不幸にして踏み台にする。
そんな男のことだ――きっと今回もそうする。
相手に最悪を。自分には幸せを与えるに決まっている。
そんな都合のいい未来――だれも望んでいない。
その未来を望んでいるのはその者だけ。
未来を、その者の思い通りにさせてはいけないんだっ!
ガザドラは思った。いいや思い出す。
『六芒星』にいた時に行動していた時のことを。そして――抜けてからのことを思い出して……。
『六芒星』にいた時こそ、己の私怨交じりの感情もありはした。だが迷いもあり、本当にこれでいいのかという本心もあった。
迷いは矛を鈍らせる。
そうザッドが言っていたのを思い出すガザドラ。
だがその迷いは結局最後まで絶ち切れなかった。
断ち切れず、結局最終手段にまで手を出してこの結果――復讐の架け橋すらできず『地獄の武神』達の手によって阻止されてしまった。
阻止されたことに関しては悔しさもあり、憤りもあった。何もできなかったという悔しさや、悲しい悲しい負の感情だけが彼の心に残っていた。
残っていたが……、シャズラーンダの言葉を聞いて、ハンナの言葉を聞いてそのしこりも自然と砂と化して消えてった。
シャズラーンダは言った。
「あの時、ディドルイレスの話を聞いて、最初こそ、お前達家族のことを思って断った。断言した。しかし……、蜥蜴人も人間と同じように……、大切な家族を天秤にかけられてしまうと……、どうしても己の家族の方を優先にしてしまう……。儂はそれが心残りだった。己の保身のせいで、家族のことを考えた結果……、お前達家族を壊してしまった。すまなかった……。お前に恨まれても仕方ないと、儂は思う。それならば、儂はこの運命を受け入れようと思う。そしてこの集落に新しい時代の風を吹かせるためには……、老いぼれの存在は必要ない……。お前の気が済むのであれば……、儂の首を持っていけ」
ハンナは言った。
「その気持ち……、私は経験したことがありません。でも、記憶がないのと、目の前で殺されてしまうとでは、全然違うことはわかります。目の前で……、大切な人が消える、死ぬ光景は、想像したくないことだから……、突然の別れは、あまりにも悲しいです。それが、人によって作られてしまったものであれば……、それこそ苦しくて、悲しくて、憎くて仕方がないと思います。でも……、あなたは憎くて仕方がなかったシャズラーンダさんを、殺さなかった。ううん。きっと……、最初に殺せないと思った人を、最初に殺そうと思った。だからシャズラーンダさんを殺そうとここに来た。最後にシャズラーンダさんと相対した時……、後悔や罪悪感から、自分の復讐を挫折しそうだった。それくらいシャズラーンダさんのことが大好きだった。大好きな人を最初に殺して、心残りをなくそうとした。でも、できなかった。そうですよね? 大好きな、自分を見てくれた人を殺すことは……、覚悟をしてもできない。そのもしゃもしゃは……、あなたが暴走する前から見えていました。暴走したとしても、シャズラーンダさんを傷つけなかった。もう、復讐を折ってしまっていたから。できなかった。あなたは――優しい人です。優しい蜥蜴さんです。私にはわかります。部下さん達があなたを慕うことも理解できます。そして……、あなたは『六芒星』の人達とは全然違う。だって――その涙と、その後悔のもしゃもしゃが……、何よりの証拠です。もう、大丈夫ですよ。あなたを一人にさせない」
この二人の言葉があったからこそ、今のガザドラが存在し、ガザドラは前に進むことができた。憎しみと言う感情に踊らされていた自分を救ってくれたのだから。
あの言葉がなかったら……、どんな未来を歩んでいたのだろう。
どんな未来を歩み、そして自分の手をどこまで赤く染めていたのだろうか。
もし、本当にもしもの話しだが、あの言葉がないまま本当に族長を殺し、郷を滅ぼした後、『六芒星』に残っていたら吾輩はどうなっていたのだろうか……。
そんなもしもの世界線のことをふと想像してしまうガザドラ。
一回だけの想像ではない。何度も何度も想像してしまい、最終的には自責の念で発狂し、己を最後まで壊してしまうだろう。
それはもう自暴自棄と言っても過言ではないほど狂って……。
――そんな未来にならなかったのは、族長殿と、浄化の天使……、いいやハンナと言った方がいいな。あの二人のお陰で、そしてカルバノグの皆と、ワーベントの皆のお陰だ。
――吾輩がこうして……、俺がこうしていられるのは皆のお陰だ。
――憎しみだけがすべてではない。憎むということは己を滅ぼしてしまうことを教えてくれた。
――そのことに関しては感謝しかない。感謝しきれないほど感謝という言葉が溢れる。
だから頑張れる。だから命を賭けて守ろうとすることができる。
だから……、共に戦おうと思い、共に勝利を分かち合ってきた。
これが本当の、仲間と言う関係なのかもしれない。
そうガザドラは『六芒星』脱退後のことを思い出しながら駆け出していた。
駆け出し、思い出に浸りながらも彼の思考はいくつもの思考の枠が作られている。思考は思考でも色んな思考の世界ができていると言えばいいのかもしれない。そんな状態の中ガザドラは思い出という名の温かい思考に浸りつつも、その暖かさを脅かそうとしている暗い思考に意識を向けて思った。
自分の両親を殺した相手――いいや実際は間接出来てはあるが、首謀者でもあるディドルイレスのことを考えてガザドラは思ったのだ。
前にも言ったかもしれないが、ディドルイレスは己の野心のためならばどんなことでもする。どんな汚い手を使ってでもそれを実行し、己の手を汚さない。
まさに卑劣で外道の鑑。
前バトラヴィア帝国の帝王と比べれば、帝王など小さな小さな存在に見えてしまうほど、ディドルイレスは野心を秘めている。
秘めているからこそ彼はそれを、己の野望を成就させるために行動を起こすだろう。
何もかもを犠牲にし、犠牲と言う名の道を作り、踏み台にして、歩むつもりだ。
血の道。
骸の道。
まさにその言葉が正しい軌跡。
己の手を汚さないという点を踏まえると余計にディドルイレスの野心の悍ましさ。ディドルイレスの残虐さに吐き気を覚えてしまう。
覚えてしまったからこそ、止めないといけない。
否――止めなければいけない。
もうこれ以上、ボロボという国を真っ赤な世界にさせないために。
これ以上自分と同じ運命を辿る者を、増やさないために――!
「――っ!」
ガザドラはそれを思い出すと同時に、駆け出しながら彼は無造作に置かれた鉄の板を片手に持つと、そのまま彼は手に力を込めると、鉄の板を『グネリ』とうねらせる。
懐にしまい込んでいたリンドーから貰った薬莢も使い、そのうねるような鉄に足を乗せると、そのまま鉄に念じ命令を下す。
――ボロボまで伸びろっ!
その念と同時にうねっていたスライム状の鉄はガザドラの意志に従うように、にゅーんっという音が出そうな伸び具合でどんどんとガザドラを乗せて伸びていく。
雲に覆われたボロボ空中都市に向かってどんどんと伸びていく最中、ガザドラはどくどくと高鳴る心音を片手で押さえ、怒りを押し殺すように竜の口で奥歯を噛みしめると、ガザドラは搾り取る様な音色で言った。
「間に合ってくれ……っ! 早く着いてくれ……っ!」
ガザドラは言った。これ以上自分と同じ運命を辿ってほしくない。そしてこんなことをやめてほしいと願いながら……、ガザドラは己の魔祖を酷使し、最短でボロボに着こうと試みる。
ボロボで起きるかもしれない最悪の想定を回避するために――
これ以上流れる血を、これ以上の悲しみを、自分と同じ運命を辿る者の凶行を止めるために……。
◆ ◆
「吾輩は元『六芒星』が一角! 元『六芒星』の攻撃の要にして竜族と蜥蜴族の血を引いた最強の種族! 蜥蜴竜族! 今は冒険者集団『カルバノグ』の一人でありただの蜥蜴竜族! 先代大臣ガルバドレィド・ドラグーンの息子にして『鋼』の魔女! 『鋼竜王』のガザドラとは、吾輩のことなりぃ!」
そして現在――ディドルイレスの目の前で高らかに己の名を上げ、背後にいる桜姫のことを守るようにガザドラは現れた。
どこからどうやって現れたのかわからない。
しかしそれでも目の前に現れたガザドラは自信ありげと言わんば仮に胸を張り、堂々とした面持ちで猿轡状態のディドルイレスのことを見ると、彼は堂々とした言葉で「おいおい」と言い――
「反応がないではないか? 吾輩が現れたのだぞ? 元『六芒星』の攻撃の要にして竜族と蜥蜴族の血を引いた蜥蜴竜族。今は冒険者集団『カルバノグ』の一人でありただの蜥蜴竜族であるが先代大臣ガルバドレィド・ドラグーンの息子が目の前に現れたのだぞ? お前は最も潰したかった輩が今まさに目の前に現れたのだぞ? もっと喜びや怒り……、いいや――」
待っていましたと言わんばかりの反応ができんのかな?
と、敢えて挑発をするような言葉を並べ、ディドルイレスの感情に波風を立てる。
大きな動作をしながら、ガザドラはディドルイレスに向けて言う。
…………最も言いたくない言葉を、最も言いたくない相手に対して……。
「うううううっ! ううううぐうううううううっっ! うううぐぐぐぐぐっぐぐううううううううううううううっ!」
ガザドラの言葉を聞いていたディドルイレスは怒りの顰めた顔をガザドラに向け、何かを怒鳴っているような言動をさるぐつわ越しから吐き捨てる。
その言葉を聞いても一体何を言っているのかわからない。
これを聞いて理解するという人はそうそういない。ガザドラも桜姫もそのうちの一人であり、桜姫は首を傾げながらこう思っていた。
――一体何を言っているんだろう。
と、そんな純粋で率直な疑問を心の中で膨らませていたが、反対にガザドラはそんなディドルイレスのことを見て思った。
ああ。やっぱりこの男は自分のことばかりなのだな。
私欲という者しか頭にないのだな……。
ガザドラの思考が溢れ出たかのように、彼の視線からにじみ出る呆れと失望。そして……再確認したことでわかってしまったディドルイレスの本性を見て、ガザドラは再度心の中で溜息を零す。
長い長い溜息を心の中で零し、頭を振った後ガザドラはディドルイレスに歩みを進めようと足を一歩前に出し、その一歩を行った後で「おっと」という声を零し、一歩前に足を出した状態で背後にいる桜姫ののことを見る。
背後にいるためそのままでは見れない。なので顔を後ろに向けるように振り返りながら彼は胸を張り、堂々とした言葉でこう言った。
「さて――お初にお目にかかりますぞ。鬼族の姫よ」
「!」
鬼族の姫。
その言葉を聞いてすぐ自分だと気付いて顔を上げた桜姫はガザドラのことを見て驚きの顔を浮かべる。
恐怖心も何もない透き通ったその眼でガザドラのことを見た桜姫は飾銅鑼のことを見て、彼の翼、鱗、身なりを見て――
「竜人じゃない。トカゲじゃない種族……。りざ……どらごん?」
と、ガザドラが発したことを思い出すように、腕を組みながら首を傾げて呟く桜姫。
元々好奇心旺盛な桜姫は、自分以外の種族――つまりは鬼族以外の他種族のことをあまり知らない。知らないがゆえに他種族の体を触り、本で身に着けた知識が本当なのかを確かめるために『お願い』をして自分の知識を満足させようとする。
一種の知識欲の表れと思ってほしい (ショーマに対し『斬って生えている所見せてー! 再生の力見せて―!』とショーマの悪魔族の再生能力を見たいとねだっていたのがいい例であるが、ショーマはそれをしなかったのは関係のない話だ)。
そんな知識欲と好奇心の塊でもある彼女だが、ガザドラと言う存在を見た時その行動をしなかった。
腰を抜かしているからしなかった。という説明であれば説明がつくかもしれないが、そうではない。一部正解だが半分不正解だ。
純粋に――見たことがない種族で、聞いたことがない種族だったからそれをすることができなかった。
得体のしれないものを見たからこそ困惑が勝っている。しかし好奇心もあるという心境が桜姫の今の現状。
…………いいや、得体のしれないものに困惑六割。好奇心三割、知識欲一割の方がいいかもしれない。
そんな心境の中聞いた桜姫の言葉に対し、ガザドラは「うむ!」と即答と言わんばかりの頷きの後、彼は桜姫に向けて竜人と蜥蜴の血が混じっている顔で『にかっ!』と笑みを作り――
「いかにも! 吾輩は蜥蜴竜族というたった一人しかいない種族! 竜人族の父と蜥蜴人の母の血が混じった吾輩だけの姿だっ。初めて見るのか? 鬼の姫よ」
と聞くと、ガザドラの言葉に桜姫は「う、うん……」と少しばかり遠慮がちに頷くと、その頷きと言葉を聞いてガザドラは一幕口を閉ざし、少しの間無言でいたがすぐにこう言った。
「だろうな! 何せ吾輩しかいない種族だ! 誰も吾輩のことを話していないということは、あの『英知の永王』も口を割らなかったのか。これは驚きだな!」
「? え?」
ガザドラの言葉を聞いた桜姫は、疑問という顔をしながら首を傾げた。
『英知の永王』という通り名のことに対してではなく、話さなかった。というところに疑問を持ちながら彼女はガザドラに聞こうとした。
それは一体どういうことなのか。
王はあなたのことを知っていたの?
その言葉を彼女は純粋な心境で聞こうとした。純粋に、どういう事なのかを聞こうとした。
だが、それを口に出す前にガザドラは桜姫の口元に添えようとしていたのか、彼女の目の前に竜人の尖った爪が生えた指を突き付け、一言「おっと!」と言った後、彼は背後にいる桜姫に向けて言った。
「吾輩自身もどうなのかはわからん。だが知らないのであればそれでいい。それだけなのだ。吾輩は吾輩。それ以上でもそれ以下でもないただの混血の種族であるというだけ。それ以上の情報を知るとなれば」
それこそ――あの大臣のいい的になる。
いい的。
その一言がガザドラの口から吐かれた瞬間――その言葉を聞いた瞬間桜姫は目を見開いて息を呑んだ。
驚いたこともあるのだが、それより勝ったのは一瞬再発した恐怖。
いい的。
いくら世間に疎い桜姫でもわかる言葉。
その言葉を聞いたからこそ、ガザおdらの真剣な一言があったからこそ――桜姫は驚きながらも臆するということをしなかった。
恐怖は先程痛いほど体験した。
痛みと共に体験したからなのか、その二つの要素が耐性を与えたのかわからない。
それでも桜姫は臆しなかった。
逆に――身構える姿勢を見せたその姿に、ガザドラは横目で彼女のことを見てにっと笑みを零し……。
「うむ――そうしておいた方がいいぞ。すぐに動くことになるかもしれないからな」
と言って、ガザドラは再度前を向く。前を向いて、目の前でさるぐつわ越しの怒りの声を荒げているディドルイレスのことを見て、ガザドラはすっと右手を突き出す。
握り拳の状態で出した右手をディドルイレスの前に突き出し、握られた手を解くと、その手の中から出てきたいくつかの薬莢を手の中で踊らせる。
じゃらじゃらと――硬貨を揺らし音を聞いて楽しんでいるかのようなその光景を見てディドルイレスはわずかに息を詰まらせるが、それを許すほどガザドラは甘くない。
いいや……、彼は甘い。甘くなった。
他人にも甘い且つ――ディドルイレスに対しても僅かだが甘くなった。
僅かな分ではあるが、彼を見逃すほどガザドラは甘くない。
「大臣殿よ――吾輩は少しばかり経験を経て考えが、視野が広くなった」
「っ!」
「憎しみで視野が狭くなった分……、広くなった世界はとても美しいものだった。そして驚かされることばかりだった。まさに目からうろこというのはこのことだ。が……、それでも貴様が行ったことを許すことはできない」
許すことはできない。
その言葉を言い終わるや否や、ガザドラの手の中で踊っていた薬莢が個体を持たない液体状に変わり、うねうねとガザドラの手の中で踊る中、ガザドラはディドルイレスに向けて言い放つ。
今までの恨みを……、否、今までこの男の所為で苦しめられた者達のための言葉を――
「ディドルイレス・ドラグーンよ! 今日で貴様の野望も終わりだっ! 今までの悪行を悔い改めるのであれば生け捕りで許すが、もしそれを改めぬのであれば……、貴様の身柄を王都に明け渡す! そこで正統な罰を受けてもらうぞ! 今まで貴様の悪運に振り回された者達の分を――償ってもらうためにっ!」




