PLAY119 鬼姫、絶望⑥
ディドルイレスが桜姫の角を掴み、折ろうとした瞬間――桜姫は折られる危機を感じ、抵抗してディドルイレスから逃れようとしていた。
揉み合いと言ってもおかしくないほどの攻防戦を繰り広げながら桜姫は折られないように離れようとし、ディドルイレスは目的のために彼女の額の角を折ろうとしていた。
鬼族の角は頭蓋骨の一部……、勿論神経も通っているので折れてしまうということはそれ相応の――ではなく、想像を超えるほどの痛みを伴い、折れてしまえば最悪ショック死してしまうもの。
色んなハンターが、欲深き者達が鬼族の角を折り、斬った後の末路が『死』
その死を間近で見た桜姫はディドルイレスの言葉を聞いて言葉を失い、行動を見てやる気だということを悟り、何とかしないとと思い折る行為をやめさせないとと思い引きはがしているのが今の状況。
だが状況はディドルイレスの優勢であり、老人であろうとも竜人は竜人。
常人もとい普通の人間よりも力も強い一族でもあるのだ。普通の人と言う認識で考えてはいけない。これが異世界の常識なのだ (と言ってもこの世界は仮想空間なのでこれが常識なのかは定かではない)。
数分に及ぶような取っ組み合い――いいや攻防戦をしていたディドルイレスと桜姫だったが、その攻防戦に一瞬の停止が舞い込んできたのだ。
それはディドルイレスが起こした行動で、ただ角を握っている手に力を入れただけ。
その行動はまさにディドルイレスにとっても些細なものであり、ディドルイレス本人もまさかこんなことが起きるとは思っても見なかっただろう。
まさかこんなことになるとは思っても見なかっただろうが、それでもディドルイレスはあきらめなかっただろう。いいや諦めるという選択肢はない。元々こうするつもりなのだが、これは想定外の事態だったのだ。
桜姫の行動に対し、想定外の事態が起きたこと。
人間の握力より強い力を持っているディドルイレスが、頭蓋骨から生えている角を折るという行為をした時、桜姫は……。
――叫んだ。
◆ ◆
「い、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」
「――っ!?」
至近距離から聞こえた絶叫。
竜人の耳でも鼓膜が破れてしまいそうなほど大音量の叫びはディドルイレスにとっても鼓膜が破れてしまいそうになるほどの声量で、その声量を上げている鬼の姫のことを見たディドルイレスは困惑しながら彼女のことを見た。
「あああああああああああああああああああああああああああああああっっ! 痛いいいいいいいいい! 痛いよぉおおおおおおおお! あああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!」
鬼の姫――桜姫は現在ボロボロと激痛からくる涙を流し、掴まれている手や空いている手をあらんかぎり振りながらディドルイレスのことを攻撃している。
終いには足を使って彼の足を踵で攻撃し、顎に向けて蹴り上げるといった暴れているとしか言いようのないことをして泣いて叫んでいる。
まるで小さなこともの駄々っ子のように……、いいやこれはそんな言葉では表せないほどの暴れ方だ。
そう感じたディドルイレスは一瞬驚き、桜姫が繰り出す攻撃の数々を何とか受け止めながら思案をした。
これは想定外だと最初に思い、顎に当たった瞬間舌を少し噛んでしまったことで痛みの声を微かに零しながらディドルイレスは思った。
――なんだこの暴れようは……!
――まるで知性のない魔物の様だ……。なぜこんなにも暴れるんだ? 演技で誤魔化そうとしているのか?
――いいや、無知姫にそんな欺ける力があるとは思えない。前王から聞いた情報では『純粋過ぎるほど純粋で真っ直ぐすぎる』、『原石のように何の加工もされていないが、脆い鉱物でできているような少女だ』と言っていたが、まさかここまで脆いのか?
ディドルイレスは思う。
彼女がこの樹お経から打破するために痛がる演技をするとは思えない。どころか無知な姫がそんな人を欺ける力があれば脱走など朝飯前――すぐに脱走を成功させてしまうだろう。
それができなかったということはそう言う事であり、ドラグーン王が言っていた『純粋過ぎるほど純粋で真っ直ぐすぎる』と言う言葉はまさに桜姫を表していると思っていた。
簡潔に言うと――馬鹿正直で素直と言う事。
菊だけならば良くも悪くもと言う感じで聞いてしまいそうになるが、その考えに行きついたディドルイレスだけは違う。彼だけはこの思考に辿り着いた瞬間、桜姫のこの行動は演技ではないことを確信したのだ。
理由は簡単だ。欺くことをする者は己の利益を考え人を騙すのだ。
ディドルイレスは今までいろんな人物を見てきたのだ。そして自分も利益のために色んな輩達を騙して今の地位に上り詰めた。騙すという嘘によって塗り固められた結果が彼の地位であり、騙すことこそが生きる上で大切な武器だと自覚している。
自覚しているからこそ、ディドルイレスは桜姫のことを見て騙せる人物ではないと認識した。
認識したからこそ彼は次に思う。
素直な存在が人を欺くために頭を使うのか。馬鹿正直の存在が人を欺くために頭を使い、演技をするのかと――
そのことを思い、自分に向けて質問――尋問自答を行い自分に聞けば、即答で答えるだろう。
NO。
と。
だからこそディドルイレスは思ったのだ。
これは……、演技ではない。本心の叫びだと。
「いだあああああああああああああい! いだいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ! いたいいたいいたいっっ! 痛いから離してぇええええええっっ! もうビキビキ鳴っているからぁっ! 痛いから離してぇええええええっ! しんじゃうっ! しんじゃうよおおおおおおおおおっ! わああああああああああああんっ! あああああぁぁぁあああああああああああっっ!」
「っち。無知姫はどうも言葉遣いも無知なようだ……。言葉遣いがなっていない」
ディドルイレスは呆れるような顰めと溜息を吐きながら言う。心底彼女の泣き言と痛んでいる様子を見て呆れてしまったかのように……。
そこまで痛がらなくともわかる。そこまで泣かなくてもいいだろう。
そんな彼の心の言葉が顔に投影されてしまったかのような顔。その顔を見たとしても桜姫は現在激痛に苦しんでいるため思考を巡らせることができない。
今彼女は、直感で叫び表しているのだから……。
だがそんなこと知るかと言わんばかりにディドルイレスは強く掴んでいた手に――角を掴んでいる手に再度力を入れる。
ぐっと、先程と同じくらいの力で握った瞬間――
ぴきっ。
と、桜姫の角を握ったところからまた聞こえた罅割れた音。
その音はコップのようなガラスの音ではなく、岩が砕けたような音でもない。木材が折れる様な音でもないが、剣などの武器が折れる様な音ではない。
記憶の中を辿った結果――聞いたことがないように感じてしまうが、やはりどこかで聞いたことがある様などの音を聞いて、ディドルイレスは心の中で首を傾げながら思う。
聞いたことがないような気がするが聞いたことがある様な、その音を。
――なんだ? この音は……。
――どこかで、聞いたことがある様な音だが、どこで聞いたんだこれは……。
――どこで聞いたんだ……? どこでこの音を……。
と思いながら音の正体を、記憶の音が一体何なのかを思い出しながら思考を巡らせていた。
瞬間……!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
桜姫の絶叫。
今度は先ほどよりも大きく、甲高く聞こえてしまう絶叫で、その声を聴いたディドルイレスは両手が塞がっている状態でもあったので耳が塞げない状態で、至近距離で桜姫の絶叫を聞いてしまった。
竜人族の耳でも人間と同じ耳でもあり、ちゃんと大音量を聞いてしまえば耳の中で『キーンッ』と言う音が響くので、ディドルイレスは塞げない状態でダイレクトに聞いてしまったことで耳が一瞬遠くなるような感覚に陥ってしまう。
頭の中で大音量の音がスピーカー越しに放たれたかのような衝撃と、耳に残る『キーンッ』という音の残り。
その残りが鼓膜の近くで反響し、鼓膜を大きく揺らしている感覚にディドルイレスは顔を歪ませ、嫌悪を露にする。
露にしたところで現状が変わるわけではない。桜姫が叫ぶことをやめるなど、利口な状況ではない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛いっっ! 痛い痛い! お願いだから離してぇ! 痛い死んじゃうううううううぅぅうぅ! じんじゃうううううううううううううううううっっっっっ!!」
「ちぃ……! いちいち耳の近くで……、ってあだっ! こら蹴るなっ! いたた! おい小娘っ! 少しはおとなしくしろっ!」
「あああああああああああああああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いってばああああああああああああっっっ! もう離してぇええええっっっ! 死んじゃう死んじゃうっっ! しんじゃうからぁあああああああああっっっ!」
「っだー……っ! なぜ角ごときで暴れるんだ……?」
握られたところからくる激痛によって、桜姫は魂の叫びと言わんばかりの声を上げて暴れ、ディドルイレスの老体に向けて弱い攻撃を繰り出していく。
防ぐことができる手は現在塞がっている状態で、そんな状態の中で桜姫は暴れ、ディドルイレスの右足の小指に踵を落としたり、左足のすねに向けて蹴りを繰り出したりなど、地味に痛いところを感情的に、本能的に繰り出していく痛みに、老体ディドルイレスは痛みの声を上げて『やめろ』と促すも、促しすら聞いていない桜姫は泣きながら暴れ、老体に向けて感情の攻撃――容赦なしの攻撃を繰り出していた。
もうこの光景を見てどちらが優勢か劣勢なのかがわからなくなってしまう。
正真正銘の混沌が狭い空間内に広がっていた。
なぜこうなってしまったのか――それを簡潔に説明するとこうなる。
痛みによる反撃……とまではいかずとも、戦闘の経験もなければ戦闘の訓練もしていない。あまつさえ角の力の訓練も怠っていた桜姫の力は弱々しいものであり、誇張して言うとハンナよりも弱い力。
弱い力で何の痛みも感じないそれなのだが、老体で鱗の硬さも衰えているディドルイレスにとってその力は警戒しなければ痛い目を見てしまうものとなってしまう。
警戒していれば痛みなどどうってことは無い。
まさにへっちゃらなのだが、来るはずのない場所に向けられた瞬間――突然の奇襲を受けてしまったかのように痛みの衝撃を受けてしまうことになる。
油断。
そう――ディドルイレスは油断をしてしまった結果痛みを感じてしまうことになり、鬼の角のことに関してもっと詳しく調べなかったことでこうなってしまった……情報不足が引き起こした結果――この混沌を引き起こしてしまったのだ。
まぁ、結局はディドルイレスの所為であり、彼が『鬼の角を生きたまま折ると魔祖が凝縮された状態になる』ところから先を知っていればいい話だったのだが、ここは割愛させてもらおう。
ディドルイレスに角を掴まれたまま、桜姫は顔を涙と鼻水、そして口から流れ出て来る涎を拭うことなく、痛みを言葉で表し、体で体現しながら暴れ、『離してほしい』と訴え続ける。
訴え、訴え、訴え続け、離してほしいことを訴え続けていく。死ぬかもしれない。いいや死ぬ。それも加えながら……。
しかし、桜姫の心はすでに限界に達していた。
限界と言うよりも、痛みの所為で意識が飛びそうになり、最悪痛みで頭がおかしくなってしまいそうな――一種の精神崩壊手前まで来ていた。
無理もない話だ。
彼女は現在頭蓋骨に穴が開きそうなほどの激痛を味わっているのだ。きっと少数か、それ以下か、はたまたは体験している人がいるかもしれないが、殆どの者達が体験していない体験――死んでもおかしくない激痛を彼女は味わっているのだ。
そんな状況の中でも、桜姫は痛みに耐えながら思っていた。
ジクンッ! ジクンッ! ズクンッ! ズクンッ!
痛みのオトマトペとは思えないような感覚を聞きながら、彼女は思った。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!)
(頭に太い針が何百本も突き刺さったかのような痛み! びりびり何かが迸って私の頭をぐちゃぐちゃにされるような感覚!)
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっっっ!)
(死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃうっっっっ!!!)
痛い。
死んじゃう。
痛みと言う名の感情。死と言う名の恐怖に駆られながら、桜姫は必死になって生きようと耐える。痛みと言う名のそれを吐きながら紛らわすという多少無駄な抗いをしているが、その抗いが彼女の理性を、生きる意思を補強している。
補強をし、補修をしながら彼女は思う。
下唇を噛みしめ、別の痛みで角の痛みを緩和させながら思った。
(でも、でも、死にたくない……っ!)
いいや、思ったのではない。これは――願いだ。
(死んだら……、外の世界を見ることができない……)
(夢をかなえることが……できないだなんて、嫌だ……っ!)
桜姫は願った。
暴れながらも彼女は縋るように、汚らしく奪う様に、ドロドロになりながらも彼女はそれを掴もうと抗った。
死にたくない。
死にたくないから――彼女は願った。
純粋に…………、生きたいと。
(生きたい……! 生きたい……! 生きたい……っ!! 生きたい……けど……っ。このままじゃ……、本当に……)
桜姫は生きたいと願った。
だが彼女は非力であり、暴れてディドルイレスにダメージを与えているが、それでディドルイレスの手が離れるというわけではない。逆にこのままでは桜姫の命が本当に危ない。
危ないということは――最悪の危惧も想定内になってしまうと言う事。
そうはなりたくない。
なりたくないから桜姫は願う。
都合がいいと思われても仕方がない。
誰もこの場所を知らないからこそ助けなんて来ないという現実的発想から逃避するために、一刻も早く弧の痛みから解放されたい気持ちで、思うが儘彼女は願う。
心の中で、声を嗄らすくらい叫んで。
(助けて……助けて……! 助けて……っ!)
助けてっっ!!!




