PLAY119 鬼姫、絶望⑤
鬼の角。
それは、魔祖の集合体でもあり、鬼族が唯一使える魔祖と言った方がいいだろう。
元々アズールにいた種族で聖霊族とは違い、魔王族のように八大魔祖の扱いに長けていた種族。
しかし一人一人が八大魔祖を使えるのではなく、角の色で使える魔祖がわかるというもので、厳密には一人につき魔祖は一つしか使えないということになる。
角には膨大な魔力が凝縮されており、それを狙ってくるハンターが多く、多くの鬼が犠牲になってしまったことがある。これが鬼族が他種族、そして人間族を恨んでいるきっかけであり、このハンターが多く出現したのが『滅亡録』に記載された時期と重なるが、今回は簡潔に話すことにする。
イェーガーの里も『滅亡録』に記載されて滅ぼされてしまい、角が無くなる同胞が多数現れ、イェーガー王子本人も角が折れてしまっている。
折れたりしてしまうとその魔祖を操ることが困難になってしまうが、並みならぬ訓練をすれば何とか扱えるが、普通はそんなにうまくいかない。どころかうまくいくどころか折れた瞬間鬼族は死んでしまう。
ゆえに鬼族にとって角は命の次に大事な物……。いいや、命と同等に大事なものとされている。
何故折れると死んでしまうのか?
簡単な話だ。
人間は脆い生き物であることは誰しもがわかっていることだ。
人は色んな事態で色んな事故や傷を負ってしまえば最悪死んでしまう。この物語のように耐性があるというとなどなければハンナのようなメディックがいるわけでもない。
言い方が悪いかもしれないが――人は簡単に死ぬ。
鬼族もそうだ。
鬼族も死ぬ。どんなに優れた力を持っていたとしても、与えられる痛みに耐えるほどの力を持っていない。
ましてや角を折るという行為は鬼族にとってすれば『最上級の拷問』に等しいのだ。
例え話をしよう。
もし――誰かに頭を殴られたりした時、あなたはどんな痛みを感じるだろうか。
しかも思いっきり、硬い鈍器のようなもので力一杯殴られた時、あなたはどんな気持ちで痛みを感じるだろう。
『想像したくない』に多数の票が入るかもしれない。いいやそんな経験したことがない人達からすると、この質問はまさに野暮だったかもしれないが、これは重要な質問なのだ。
もし固い鈍器のようなもので殴られた時、誰もが強い痛みを感じるであろう。最悪頭蓋骨が割れたかのような、死ぬかもしれない痛みを感じるかもしれない。更に最悪死ぬというケースもありえなくはない。
どころかあり得る。
頭を殴るということは脳を損傷させることに結びつくこと。
脳を損傷させるために力一杯殴れば、頭蓋骨に罅どころか穴が開いてしまう。
何が言いたいのか?
ただ痛み弁論をしたいのかと聞きたい人もいるかもしれないが、そうではない。鬼族にとって角と言うのはそう言う事だということを伝えたかったのだ。
そう――鬼の角を折る行為は、人間にとって頭を何度も何度もかち割るほど殴る行為と同じと言う事。
殺人をするのと変わらないということだ。
鬼の角は額から生えているが、その角は元々は頭蓋骨の一部。
つまり額から骨が生えていると言う事と同じで、神経だって通っている。
神経を傷つけるということは激痛を休む間もなく与えているのと同じ――折るという行為は屠って奪うのと同じことなのだ。
勿論角に罅が入れば神経を傷つけ更なる激痛が襲うことだってある。奇跡的に助かった者達はただ運がよかっただけに過ぎないのだ。
角が折れる間の激痛と苦しみに耐えることはまさに生き地獄。
それを乗り越えたとしても解放された拍子に事切れる者だっている。
そんな地獄に耐えて、生き残ったイェーガー王子はまさに強運の持ち主だったのかもしれないが、真相はまだ明かせない。
明かせないがこれだけは言える。
鬼族にとって角を折るということは『最上級の拷問』で、生き地獄を味わうことに直結し、最悪死ぬということを。
それは桜姫も重々承知だった。
何度も何度も紫知や仲間の鬼族から聞いたのだ。他人事で済まされないくらい彼女は聞かされた。
角が折られるという痛みを感じたことはないが、それでも折られたくないと思ってしまうほど桜姫は恐怖していた。
今も恐怖するほど彼女は注意していた。
生き地獄のような痛みを、受けないように……。
しかしその願いも虚しく、まさかこんな状況の中で圧し掛かるように押し寄せてきたことに、この時の桜姫は頭の回転が追い付けずにいた。
◆ ◆
「――あなたの角をください」
ディドルイレスn言葉を聞くと同時に、桜姫は背筋を這う寒気を感じ、全身の血の気が無くなって行く感覚を錯覚ながら感じていた。
実際にそうなっていないのだが、感覚的になっているような感覚に桜姫はその感覚をすぐに理解した。
全身の血の気が引き、寒気を感じてしまいそうな感覚――これが悪寒なんだと感じると同時に、ディドルイレスが徐に左手を伸ばした場所がどこなのか理解することができた。
彼が触っているのは額であり、厳密には――桜姫の角だったことに気付くと、桜姫は詰まらせるような声を掃除機のように吐き捨てると同時に、ディドルイレスの左手を払おうと大きく右手を振るって叩こうとした。
桜姫の想像上では、ディドルイレスの手首を叩いて、ディドルイレスが痛みで狼狽した瞬間に離れるという寸法で彼女は脳内で行動構築をして打算する。
打算するとは言っても所詮は妄想。
想像の領域であり現実ではない。
だから彼女が行った行動に対し成功するという未来は――無かった。
叩いて強制的に手を離してもらおうとしていたその行動はディドルイレス自身も見ており、桜姫の行動に対し内心呆れのそれを零し、角に触れていた左手を使って桜姫の右手首を掴む。
がしりと――乾いた音が響かせながらディドルイレスは桜姫の手首を掴み、そのまま竜人族特有の爪を使って桜姫の肌に『ずぶり』と突き刺す。
細くもなく、斬り裂くための尖った爪が桜姫の柔らかく脆い肌に突き刺さり、その痛みを感じた桜姫は大きく痛みの悲鳴を上げてディドルイレスの手から離れようと右手を引こうとした。
だが……。
「~~~~~っっ! っっ!? え……!?」
桜姫は驚きの声を上げた。
目に絶望のそれとは違う痛みの涙を流した状態で、桜姫は己の叩こうとした右手を見て驚きの声を上げてしまった。
簡単な理由だ。
彼女が驚きの声を上げた理由――それはディドルイレスの顔にあった。
常人の人よりも非力だが、それでも力を入れた桜姫の攻撃を阻止したにもかかわらず、彼女の手を強く、強く掴んだ状態で桜姫のことを見ていたからだ。
否、彼女のことなど目に入っていない。
ディドルイレスが見ていたものは攻撃を繰り出した桜姫ではなく、彼女の額から生えている二つの角を見ていたのだ。
じぃいいいいっと……、品定めをするように――桜姫の角を凝視し、顎を掴んでいたその手を離すとディドルイレスは再度彼女の角に触れ始める。
まるで買取の鑑定をするような目つきで桜姫の角に細心の注意を払って触れ、色んな観点を入れながらディドルイレスは桜姫の角に触れて、ぶつぶつと言葉を零していく。
「鬼の角はそれぞれ違う色で形成され、その色によって使える魔祖が分かると言われているが、こんな色は初めて見るな……。白交じりの桃色の角……、角が二つと言う事は二つの魔祖が使えると言う事か? 砂の国の研究書物には『鬼族の角一つに魔祖の一つが凝縮されている』と書かれていたな……。赤い角には『火』の魔祖、白い角には『氷』の魔祖が恐縮されていることが証明されているが、稀に二つの角、三つの角を生やした鬼が生まれることがあることも書かれている。あの書物の情報では緑と白の角には『風と氷』の魔祖が凝縮されていたと書かれていたが、これはこれでどうなんだ……? 色によって魔祖がわかり、二色合わさっていることで複数の魔祖を用いていることが分かると書いていたが、桃色は初めて見る。白は『氷』。だがこの桃色は何なんだ? 何と何の魔祖が凝縮されたものなんだ……? 『氷』系統の魔祖であれば訓練くらいはするはずだろうに、その冷気すら感じとれない。まさか『氷』ではないのか? 気になる……、気になるが、これは貴重な角だ。鬼の者達が軟禁をするほど守っていた意味が理解できる……!」
ぶつぶつ呟いているディドルイレスは平然としたもの――真剣に鑑定をし集中しているので周りのことなど気にも留めていなかったが、逆に桜姫はディドルイレスの言葉を聞きつつも、撫でたり触れたり、折ろうとしているのか強く握ったりしている感触を感じながら嫌悪のそれを何度も何度も感じては耐えていた。
彼によって拘束され、傷つけられては絶望に何度も突き落とされている桜姫にとってすれば、額に触れられることは嫌悪の感情そのものであり、直接頭蓋骨に触れられている気色悪さはまさに吐き気を催しそうなもの。
その場で酸味があるものが込み上げてきた桜姫だったが、ここで吐いてしまえば更なる何かを言われてしまう事と、これ以上精神を傷つけてはいけないという気持ちが勝り、桜姫は酸味をそのまま元の場所に戻すようにぐっと呑み込む。
直接頭蓋骨に触れているのだ。気持ち悪いことこの上ない。
いいや、この場合嫌悪と言う言葉でまとめてしまってはいけない。
彼女が抱いている嫌悪はそれ以上のものであり、ドロドロとした気色悪さを併せ持っているものなのだ。
それならば早く抵抗して離れればいいのではと思っている者もいるであろう。だが桜姫はそれができない。否――できなかったのだ。
桜姫は現在ディドルイレスの右手によって手首を掴まれている。血がにじみ出る程強く掴まれている状態でいることもあるのだが、彼女自身逃げたくて逃げたくてしょうがなかった。
しょうがないくらい彼女はこの場から逃げたい気持ちでいっぱいだった。
そんなこと言わなくても分かり切っていることだと言う人もいるであろう。
しかしそれができなかった。しようとしているのだができなかったの方がいい言い方かもしれない。
桜姫がなぜ逃げることができなかったのか。
簡単な話――彼女は恐怖のあまりに動くことができなかった。それだけなのだ。
桜姫はつい先ほどまで絶望の連続を味わい、一抹の希望でさえも破壊されて失意のどん底に突き落とされていた。それだけでも十分逃げることができない要素が出来上がるが、その要素に更に加えるように、アクセントを加えるようにディドルイレスが放った言葉が彼女の絶望を濃くした。
そう――ディドルイレスが言い放ったあの言葉……、『あなたの角をください』と言う言葉を聞いた瞬間、桜姫は死を錯覚してしまい、腰が抜けてしまい動けずにいたのだ。
緊張の糸が切れて腰を抜かすのとは違い、絶望と恐怖が重なってしまったせいで彼女は負けてしまった。
恐怖に負け、逃げるという選択すらできなくなってしまうほど、彼女は抗うことができなくなってしまった。
諦めたのではない。心は諦めていないが、体が逃げる選択肢を壊してしまったのだ。
無理だ。
そう言い聞かせるように体が自分で判断を行う。まるで反射神経のようにへたり込み、そのままされるがままとなってしまったということ。
(いや……、角に触らないでよぉ……)
桜姫は思った。何度も何度も撫でたり掴んだり角の先に指の腹を乗せたり、最悪折ろうと力を入れているディドルイレスの手の動作を角で感じながら彼女は思う。
嫌悪と気持ち悪さを感じながらも彼女は思った。
(そんなに触って折れたらどうするのっ? みんな角には細心の注意を払っていたし、私だって角は細心の注意を払っていた)
(紫知が言っていた。鬼の角は弱い骨だって。『サコツ』とか『ロッコツ』とかと同じくらい弱い骨でできているから折れてしまうって言っていた!)
(誤って角を追ってしまった人が死んでしまったことだってある! 見たことがあるし、私はああはなりたくないっ! 怖いっ!)
桜姫は思い出す。
いつぞやかとある不注意で角を追ってしまった鬼族の男のことを。
◆ ◆
桜姫は思い出していた。
己の角を触れられている嫌悪感に苛まれている中――彼女は思い出したくないことを思い出していた。
角を失ったらどうなってしまうのか。
角が折れてしまったらどうなってしまうのか――その末路を辿ったとある鬼族のことを思い出していた。
桜姫がドラグーン王から話を聞き、夢のことに対して鬼族のみんなに話し罵倒された数日後の話しだ。
彼女はとある人物と遊んでいた。その鬼族は桜姫と同じ年の少年で、雷の魔祖を持つ少年鬼族であった。
彼と同年代と言う事もあって仲よく遊んだり話をしたりなどしていたが、ある日その日常が壊れてしまった出来事が起きてしまったのだ。
その出来事は簡単な事で、雷の魔祖を持つ鬼族の少年が桜姫と遊んでいる時に転んでしまったのだ。
なんともシュールに見えてしまう頭から店頭する転び。
その転びを聞いた桜姫は少年に安否を聞いて彼の顔を覗き込もうとしゃがんで視線を近付けた。近付け、手を伸ばそうとしていた時、桜姫の視界に黄色い何かが入ってきた。
黄色いもので、細くて小さな結晶がいくつも散らばっている物を視界の端で見つけた桜姫は疑念を持ちながらもそれが一体何なのかと思いながら視線をそれに落とすと……。
「う、ううううううう……っ!」
「?」
少年の呻く声。
その声は今まで聞いたことがない声で、ただ事ではないことを認識させるような音色で、桜姫は散らばっていたそれに視線を移すことをやめて再度鬼族の少年に視線を向けると……、彼女は目を見開いて言葉を零した。
たった一言――
「え?」
と言う言葉を吐き、彼女はその光景を、今までの記憶の中で最も凄惨なものかもしれない光景を見てしまった。
生えていた角が無くなり、無くなってしまった箇所を両手でしっかりと押さえつけながら苦しみの呻きを零し、涙を流し、唾液を飲み込むことすらできないほど呻いて足をばたつかせている少年のことを見つめながら……。
今までの痛みであればこんな行動はしないだろう。
痛みを訴えるのであればその箇所を押さえて泣くか、その箇所を押さえながら痛みを訴えるか、我慢するか。他にも色々と行動があるかもしれないが今は割愛させてもらうが、この時桜姫が見た光景は痛みを訴えるというものではなかった。
痛みではなく、まるで頭を中心に傷を負い、その時生じた激痛に悶え苦しんでいる様子。
そうとしか言いようのない光景を見て、桜姫は再度視線を散りばめられた……、いいや地面にばら撒かれたかのようなっているそれに視線を映す。
映して――桜姫は息を呑む声を零した。
『ひゅっ』と言う声が彼女の喉から零れ出、視界に入る黄色い欠片たちを見て、欠片たちの中央にある黄色い細長いものを見て、桜姫は理解してしまった。
(やっぱり……、角が折れちゃったんだ……っ)
(角が折れて、痛いんだ……。すごくすごく痛いんだ……)
(転んだだけで折れるの……? 私も何時か、ああなっちゃうの?)
(どうしよう……。この子の角どうしよう……。どうすれば……、いいの?)
角が折れたことを理解し、そして折れた後の光景を目にしてしまった桜姫は、小さいながら鬼族の角がどれだけ大事か、そして角が折れて無くなってしまえばどうなってしまうのかと言う末路を知り、小さく、知識も浅い脳でなんとかしようと試みたが……、結局彼女の願いも行動も虚しく、その少年は亡くなってしまった。
紫知曰く――角の損傷によるショック死。
その言葉を聞いた桜姫は少年の死に対ししばらく立ち直ることができなかった。
唯一仲が良かった存在の死もあるが、それの次に衝撃的だった鬼族の死。
鬼族だからこその死を目の当たりにしてしまった桜姫は、自分の角を撫で、この角が折れてしまったら死んでしまうということを見て体験し、角が折れてしまうと死んでしまうことを嫌と言うほど理解した桜姫は、そのことを心に刻んだ。
死んでしまっては夢をかなえることができない。
死んでしまっては元も子もないと思いながら……。
しかし、彼女は今まさにその少年と同じ状況に陥っている。
折れる前だが、まさに激痛を味わう前の状況に陥っているので、桜姫は嫌悪の他に恐怖や不安など、色んな負の感情と言う名の焦りが桜姫のことを襲っている。
まさに絶体絶命。
まさに――命の危機。
初めて体験する緊急事態に対し、桜姫は何度も何度も頭の中でどうするか思案をし、打開策を組み立てようとなけなしの知識を思い出しながら行っていた。
彼女らしくない細心の注意の払い方をして……。
だが――その願いも虚しく、ディドルイレスは思い出している彼女の角の一つをガシリと強く握って来る。
まるで握手でもするように握るその感触に対し、桜姫は悲鳴に近い声を上げて肩を大きく揺らし強張りを見せる。
彼女のそんな行動と声を聴いてディドルイレスは呆れるような溜息交じりの言葉で――
「そんな驚くことですかな? 少しばかりあなたの角を折るだけですから」
と平然とした顔で言うディドルイレス。しかしその顔を見て話を聞いた咲ら姫にとってすればもう嫌悪ではない、恐怖そのもののであるので、桜姫は震える声で『いやだ……!』、『待って……!』、『折らないで』と小さく抗う様に自分の右の角を掴んでいる手を引きはがそうとする。
だが、その力も非力。
ディドルイレスは老いぼれに近い身体能力だがそれでも常人よりは少しだけ腕力がある。ゆえに桜姫の非力な力に対して焦りなどない。
どころか小さな子供が触れているような感覚としか思っていない。
子供の足掻きは屁でもない。
そうディドルイレスが思っている中、未だにその足掻きをして離れようとしている桜姫のことを見ていたディドルイレスは心の中で往生際の悪い姫だと思い、このまま長居しては駄目だと思った瞬間、ディドルイレスは行動に移した。
もう手に入れてしまえばこっちのものだと思い……、ただの下ごしらえなのにここまで手こずってしまうとはと苛立ちを感じながら――ディドルイレス桜姫の右の角を掴んでいる手に力を入れた瞬間……。
ぴき。
と角から小さな小さな音が響き、感じた桜姫は――
痛みで絶叫した。




