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PLAY118 クサビの大罪⑥

「お前は――あの子に恋をした。それは許されない大罪だ」


 マイリィは言う。


 今までの陽気なそれとは違い、おちゃらけた言動が無くなった冷徹なそれで言うマイリィのことを見て、至近距離まで詰め寄り、自分の両頬を包み込むように触れている彼女のことを見ていたクサビは思った。


 いいや……ただ思ったわけではなく、彼はマイリィの言葉を聞き、冷静を欠いてはいけないと平静を取り繕いながら何とかしようとしていた思考が一気に崩れてしまい、現在進行形で混乱という状況に陥ってしまった結果思ったのだ。


 何を言っているのだろう。


 身に覚えのない言葉を聞いたクサビはもう頭の中がぐちゃまぜになってしまっていた。


 見つめられている視線に気にも留めず、彼は彼女が言った言葉を脳内で何回も、何回も再生しながら思考を巡らせる。


 正常な思案などできない状況の中、正常と言える判断ができるとは考えられない。


 それでもクサビは思考を巡らせ、回答に近付けるように思考を巡らせていく。


 マイリィが放った言葉を何度も何度も脳内復唱しながら……。


 ――何を言っているんだこの女……、じゃないか。AIか。


 ――僕が何をしたって?


 ――恋をすることが大罪?


 ――まるで恋をした時点で僕のペナが決められたかのような物言いだ。


 ――恋をすることがそんなに悪いのかとは言わないが、僕は純粋な気持ちで彼女に惚れたのに、その行為自治が、意志自体が駄目な行為であるような物言い……。


 ――こんなこと許されるわけではないが、なぜそこまでその意思を否定するんだ?


 ――どうして彼女に恋をすることが、彼女に対して惚れることが駄目なんだ?


 ――まるで、僕が惚れてはいけないと言わんばかりの言葉。


 ――いいや……、どころか僕が惚れてしまったらだめな理由でも……?


「あ」


 と、クサビはやっとなのかどうかはわからない。


 遅かれ早かれレセとマイリィによる『例のアレ』が決行されるのだ。遅いも早いも関係ない。下された時点でクサビは文字通り『ジ・エンド』になってしまう。


 だがクサビは最後の最後まであきらめていなかった。


 いいや諦めていないのではなく、やっと正解に辿り着くことができ、彼等の目的を間接的に、少しだけだが触れることに成功した。


 その成功にクサビは一瞬の喜びと言う名の安堵を感じたのだ。


 安堵はやっと気付くことができた。正解に歩むことができたという心の緩み。


 そして――喜びは、彼からしてみれば()()()()()()()()()()という感情。


 そう。見つけたのだ。


 レセとマイリィにとっての弱み。いいや厳密には彼等の主でもある『RC』のCEOの弱みを――掴むことができたのだ。


 クサビは知らないが、会長はもうこの世にいない。


 故人となってしまっていることはアクロマの口から告げられたことで、厳密には会長の弱みではないが、それでもレセとマイリィの主でもある存在に対して弱みを握ることができた。


 単純なもので――それは恋。


 愛という形なき感情なのだが、それでもそれを使えば何とかなるのではないか?


 レセとマイリィを従えてる存在に対しそのことを指摘すれば何とかなるのではないか?


 そうクサビは思ったのだ。


 一見するとこれは恋のライバルのような光景かもしれない。単純で子供っぽく見えてしまうかもしれないが、相手は本気だ。本気でその人のことを好きと思っている。愛しているからこそ奪われたくない気持ちを逆に利用する。


 利用して、交渉し生き永らえれば成功。


 自分はペナルティを課されることは無くなる。


 そうクサビは仮説と言う名の組み立てを行った。


 何と単純明快。


 なんとも至極わかりやすい動機で消されるが、その分かる安い動機のお陰で自分は生きることができる。


 やはり自分は運に見放されていない。


 僕は生きるべき存在なんだ。


 相手がどんなことを考えているのかなんてわからない。相手がどんな気持ちで彼女のことを見ているのかなんてわからない。


 しかしわかることはある。表に出るなんて言う選択肢をしないで監視AIに任せてその時が来るまでじっとしている草食系の意気地なし。


 そんな奴に負けるほど僕は甘くない。弱くない。


 この気持ちを捻じ曲げるなんてできるわけがないんだ。


 僕にとって初めての恋なんだ。愛を知ることができなかった僕はやっと知ることができたんだ。


 その想いを、無駄にしたくな


「一応言っておきますが、我々はあのお方の命令で動いております。そしてあなたはこう思っているでしょう? マイリィの『恋をした』と言う言葉に対し、あなたは何とかなるかもしれないと思うでしょうけど、それは無駄ですよ? だってあの人は絶対に成就させるためにありとあらゆる手段を作り、邪魔となる弊害を潰してきたんです。あなたを審議する前にも数人あの子に対して恋愛的視線を向けている人、別の視線で見ていた人様々で、()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


「消してしまうほど躊躇いなんてない。なんて外道と言われても仕方がないかもしれませんが、あの人は本気なんです。本気で彼女のことを愛しているんです。愛しているからこそ奪われたくない。奪われたくないから気になる物は早めに消し、悪い芽は早めに摘んで磨り潰す。除草剤のように蒔いて殺すなんてことはせず、一人一人じっくり、じっくりとその意思が無くなるまで審議をしていきます。」


「あなたはきっと打開策を企てているかもしれませんが無駄です。無駄の極みとはまさにこのこと。あのお方はそんなことをされたとしてもあなたを排除しようと私達を向かわせます。だって同盟と言う名の戦略まがいなことをするほどあの人は心が狭いんです。やるからには独り占めが大好きなんです。大好きだからこそ奪われたくない。人や犬、猫、ハムスターでも小動物でも蚊でも何でも、あの人は奪われたくないから完膚なきまでに磨り潰すんです。」


「まさに――粘着質の上を行くハイ粘着。いいえこれはスーパーハイ粘着なんです。粘着だからこそあの人のやり方は徹底している。徹底しているから――敵に回したくないんです。」


 レセの言葉がどんどんクサビの脳に入り、しわを作り記憶としての情報を蓄積していく。


 いろんな言葉を並べているレセの言葉であるが、その言葉を理解し、解析、その後でわかりやすくまとめた結果――クサビは理解した。


 とうとうと言ってもいいだろう。


 とうとうクサビは無理と悟ったのだ。


 全身の毛の色素が無くなる様な感覚とはまさにこのこと。


 絶望が全身の色素を壊していく感覚、


 言い方が家庭的になってしまうが漂白剤の湖にはまってしまい白くなってしまうかのような溺れ具合で、それを感じたクサビは思ったのだ。


 心の中で、茫然としてしまう気持ちを抑えきれないような放心の顔をしながらクサビは思ったのだ。


 ――もう無理だ……。


 ――何を離したとしてもこいつらの心に響かせるどころか耳に入らない。


 ――こいつらは駄目だ。


 ――脅して従わせようと思った時点でダメだった。いいやこいつらが登場した時点で無理だったんだ。


 ――こうなる運め


 と思った時――クサビが思考の海の中で浮きながら遊泳していた時だった。


 言葉の途中で二人は行動を起こしたのだ。


 Drと同じように――クサビを置き去りにすように二人はカードを持っていない手を空中に差し伸ばし、互いに互いの顔を見つめるように己の目の前に半透明のそれを出した。


 まったく同じ――同じ機種で半透明の電子キーボードといくつもの画面を出すその光景は、まさにDrの時と同じ光景。


 またあの時の光景が繰り返される。


 Drはあの時止めようとしていた。理解も予測もできないような突拍子のない展開から逃れようと止めようとしたが、それも虚しくDrは失ってしまった。


 ゲームの世界の力と彼が持っていたRC内の権限全てを。

 

 ゲームでの力も奪われたことは痛くないかもしれないが、彼の心に打撃を与えたのは社会的地位。


 社会的制裁は身体的ダメージよりも大きいもので、Drはそれを受けて廃人のように無気力の男になってしまった。


 Drは――だが、クサビの場合は違う。


 クサビはこれからずっと痛めつけられるのだ。


 精神的に、徹底的に罵られるかもしれない精神攻撃の嵐。


 その嵐がいつ終わるのかなどわからない。どころか永遠に続くかもしれない。


 そもそもその攻撃が一体どんなものなのかなどわからない。わからないからこそ恐怖も大きくなり、絶望も大きくなる。


 まるで転落人生に歩みを入れてしまったかのような寒気と汗の出方。


 後がない世界でどう生きればいいのかという行き場のない大きな不安。


 色んな不安要素がどんどんと、湯水の如く沸き上がって行く思考の世界。


 その思考の世界でクサビは考えていた。


 たった一言。


 ただ一つのことを考えながら彼は思っていた。


 どうしよう……。


 そう思っている最中も時間は動き、そして刻々とその時が迫っている。


 どくどくと鳴り響くクサビの心音が秒針の動きと連動しているかのように、規則正しい音を大きなそれで上げて鳴っている最中もレセとマイリィは動いている。


 止めないといけない。


 自分がどうにかなってしまう前に止めないといけない。


 なのに……、それができない。


 まるで体がそれを受け入れているかのように、体が二人の行動を見守っている。


 錯覚かもしれない。そう思ったクサビの思考は、ここで途切れることになる。



「「監視者権限により――ハンドルネーム:Drの()()を開始する」」



 そう、始まってしまったのだ。


 レセとマイリィによる――『審議』が。


 半透明のキーボートのタイプに指を『タタタタッ!』とタップしながら、二人はクサビを見降ろさず、その画面を凝視しながら言うレセとマイリィ。


 まるで機械質のようにも聞こえ、機械に見えるその表情を見たDrは、ただならない不安を体中で感じ、二人がしている行動に言いようのない何かを、体中から鳴り響く警報音を聞きながら彼は止めようと思った。


 まずい。と……。そして止めないと! と思ったのだ。


 そう――思った。思って行動したのではなく、思った()()


 確かにこの時Drは思ったのだが、この時のDrは動くことができなかった。


 動けないようにされているわけでもないのに、Drはその場から一歩も動けずにいた。


 金縛りにあったわけでもない。何もされていないのに、Drは動けないまま訳も分からない二人の審議に耳を傾けることしかできなかった。


 いつぞやは『不廃天才』と言われた男が何もできなかった。何もできないほど彼等の行動は現実世界の人間視点では異常――常人離れしているのだ。


 そのせいで彼は今や『腐敗天才』の肩書を持ってしまった。


 そして今回の餌食はクサビ。


 絶望に呑まれてしまったクサビのことを無視しながら、レセとマイリィは片手でキーボートを打ち込みながら言い続ける。


 Drの時のプレイバックかと言わんばかりに彼等は行う。


 行い、その後すぐに声を上げたのは――レセだ。Drの時と同じようにレセは無表情の顔で、音色で言う。


「審議内容――ペナルティ判決。ハンドルネーム:クサビがこのゲーム内で行った不正行動により審議を開始。『承認完了』――これより不正行動の照合開始。」


 そんなレセの言葉に続くように、マイリィもレセと同じように機械室の音色で、表情でキーボートを叩きながら繋げるように言ってきた。


 二度目となるこの世界の光景。情景。二人の行動はまさに異質。


 異質で別世界の光景。


 自分データの世界に入ってしまったかのような、これこそVRの世界なのかと思ってしまう様な光景に、クサビは茫然としながら見る。


 見る……ことしかできないまま彼に対する審議は続く。


 次に言葉を放ったのはマイリィだった。


「照合開始――開始五十九日目、ハンドルネーム:『()()』を目撃し、恋慕の呪尾を抱き、以降『()()』の騎士になることを願う。開始百九日目、『AREA:GUARDIAN』の一三一区間にて『()()』と『ナイツ』の同行者に攻撃。恋慕の情を明かした後同行者の攻撃により戦闘不能になる。開始百十日目、『BANNED AREA』に収監、後の百五十六日目にハンドルネーム:ヘロリドと一緒に脱獄。リスト追加。開始百八十二日目、ハンドルネーム:クサビは仲間締結をしたハンドルネーム:ヘロリドを脅迫。その際『リング』着脱の真実を知り、それ以降は『リング』を道具にしヘロリドを盾にし、プレイヤーの攻撃から逃れる。『リング』着脱および脅迫、その他諸々の罪状――合わせて減点四。開始二百三十九日目。ハンドルネーム:クサビは『AREA:SYLPHYD』の〇三九区間にてハンドルネーム:『()()』を発見。『()()』に接近、接触した後『()()』を誘拐計画を画策。『リング』着脱を検討。脅迫材料としていくつかの計画を企てていたことにより――減点八。開始同日、ハンドルネーム:クサビはRCに於いて超重要機密を知ったことにより強制的に点数ゼロ。早急な処理を推奨する」


 淡々とした、機械的な物言い。


 その物言いは普段 (普段あまり接触することがない故、今まで明るい彼女が本当の彼女かはわからない)とは違い非常に冷静で、ロボットと話しているかのように感じてしまう冷たさを帯びている。


 手にしているプラカードの目は通常であるが、口元の冷たさを払拭することすらできないほど彼女の声色は冷たかった。


 冷たく、聞いているだけで背筋を這うような寒気を帯びそうな音色。


 その音色を聞いているクサビは変わらず茫然としたままで、焦点が定まっていない瞳でレセとマイリィの審議の光景を見つめる。


 マイリィの言葉が途切れ、同じようにレセも繋げるように言葉を発すると言ったいつぞやの光景を再スタートさせたかのようなことを二人は淡々とした音色で言う。


 クサビがした行いを正す審判の如く、真偽を突き付けるように――Drとは違う、いいやそれ以上の地獄へと叩きつけて堕としていく……!


「『照合終了』――照合の結果合計減点過負荷十二点。減点規則に則り、ハンドルネーム:クサビのペナルティを下す。尚過負荷はマイナス、プレイヤーが所持しているポイント十五に対しての審議。マイナスとなったプレイヤーは即刻のペナルティと『処分』を与える。」

「『ペナルティ』――ハンドルネーム:クサビのレベル剥奪。レベル79からレベル1に降格」

「『ペナルティ』――ハンドルネーム:クサビの装備一式剥奪。」

「『ペナルティ』――ハンドルネーム:クサビの武器廃止。アイテム・資金廃止」

「『ペナルティ』――ハンドルネーム:クサビの『リング』即刻緊急コード発動。発動の後早急対応開始。開始まで三分。」

「『ペナルティ』――ハンドルネーム:クサビが犯したハンドルネーム:『()()リング』の強奪未遂、『()()』の精神破壊未遂、『()()』への恋慕感情移入確定を重く見、ハンドルネーム:クサビ――天翔埼(あまかけさき)(かなめ)のアカウント消去執行。執行した後『ペナルティ』終了。『処分』執行開始。開始五秒前」

「「『ペナルティ』課付加(かふか)終了」」


 あっという間のような『審議』内容はクサビにとっても苦痛でしかない拷問のように感じられた。


 まるで自分の情報がどんどん失われていく。自分の努力が水の泡になったかのような絶望は少なからずある。


 生きるためのレベル上げも、生きるための資金調達もこの審議で全て無駄になってしまったことに、クサビは一瞬夢でも見ているのかと思ってしまったが、彼の懐に入れていた攻撃用のアイテムが無くなっている。懐にあった感覚が一瞬にして消えてしまった感覚と、自分が持っていた武器が無くなった喪失感に――クサビは現実であることを感じさせられた。


 これが審議。


 これが、監視AIが持つ権限。


 そう思いながらクサビは何もかも無くなってしまったことを肌で感じ、もう終わりなんだなと自嘲気味に笑みを浮かべようとした。


 その時だった。


 



「「『審議』Δ(デルタ)コード――『処分プログラム』起動」」





「――っ!?」


 一瞬だった。


 本当に一瞬の内に黒と緑の数字の滝の世界が真っ赤に染まった。


 世界が血の世界になったかのような真っ赤な世界。人も赤く染まり、染まっていないのはクサビと監視AIの二人だけ。


 異質がより一層異質の世界になり、この世の終わりを彷彿とさせる赤い世界の空を見上げ、一体何が起きているのかとクサビは絶望のあまりに茫然としたそれを覚醒させ、状況を確認するために空を見た。


 周りが赤い事だけではたった一つの情報しかない。


 もっと情報が欲しいと思ったクサビは上を見上げて、空を見上げて言葉を失った。


 なんなんだこれは。


 そんな言葉すら出ないほど、クサビは空の光景に釘付けになってしまっていた。


 色んな意味で釘付けになり、空とは言えないその光景を目に焼き付けてしまったのだ。




 そう――空だった空間一面に、重ねて張り付けるように浮かび上がった赤い『DELTA CODE』の文字を見て。




 異常にも感じてしまうその光景は天変地異にも見えてしまう。


 しかしこの世界は仮想空間。その骨組みの世界となっているので天変地異という言葉は不適切だろう。


 しかしクサビの目にはそう見えてしまうのだ。


 いつぞやかデュランが見せた詠唱――『世界を見る魔眼(イビルズ・アイ)』とは全く違った光景に、クサビは言葉が出ずに、ただただ狼狽することしかできなかった。

 

 狼狽した後後ずさりをして逃げようとした足も思う様に動かない。


 覚束ない足取りで、よたよたとした歩みで逃げようとしたクサビだったが、覚束ないせいもあって足がもつれ、その場で尻餅をつくように転んでしまう。


 どたんっ。となんとも重い音が辺りに小さく響くと、それを合図としていたのか、監視AIの二人は己の前に出た赤いキーボートに手を添え、それぞれが持っていたカードを地面に向けてはらりと落とす。


 ひらひらと舞うレセの口元カード。


 重力に従って落ちていくマイリィの目元プラカード。


 それぞれが地面に向かって落ち、二人の顔を隠すものが無くなった。


 これは千載一遇のチャンス! 顔を見れるチャンス! そう思っている人がいるのならば申し訳ない。


 二人の顔を映すことはない。なにせ――二人は同時に隠していたその手を目の前に掲げ、両の手で赤いキーボードに向けて指を動かしたのだから。


 顔が見えない暗い高速で、両の指の数が三十に見えてしまうくらい高速の打ち込みで二人はデータに書き込んでいく。

 

 トトトトトトトトトトトトトトトッ。


 トトトトトトトトトトトトトトトッ。


 電子でできているキーボードの音が辺りに響き渡る。無音の世界に音を齎しているようにも見えるその光景は優しいそれに感じてしまうかもしれないが、この世界でその音はまさに地獄の音なのだ。


 真っ赤な世界で審議を行う二人を見ながら、クサビはよろける体で起き上がって見つめ、赤い世界と監視AIを見てクサビは思った。


 思ったのだが、その意思を遮るようにレセが言葉を発した。


Δ(デルタ)コード――『処分プログラム』展開。展開プログラム『Ⅹ6(エックスシックス)』開錠。」

「展開プログラム『Ⅹ6(エックスシックス)』展開確認。天翔埼要の情報展開。情報認識完了。理事長へ送信。送信しました」

「了解。Δ(デルタ)コード――『処分プログラム』:『Ⅹ6(エックスシックス)』に則り、天翔埼要を『PRISON&DELETE』執行する。許可確認。執行許可認定。」

「認定確認。確認の後執行――執行開始」


 二人の会話が進んでいく。


 進んでいく最中マイリィは半透明のキーボードを消し、徐にクサビのことを見下ろす。


 見降ろされたクサビは腰を抜かしているような座り方をし、逃げようにもできないようなもたつきをしながらその場から逃げようと試みる。


 だがもたついているせいで走ることなどできないクサビ。


「っは……、は……! はぁ……! あ、ああああ……!」


 焦る気持ちが彼のもたつきをより重いものにしていき、その状態でクサビは立ち上がろうとしたがもたついてまた転んでしまう。それを繰り返している最中――無情にもマイリィが近付いて来ていた。


 そんな彼の背中をゆっくりと、ゆっくりと降下しながら近づいてきたクサビは徐に右手を彼の行動部に向けて伸ばす。


 伸ばし、彼の後頭部に優しく触れた彼女は小さく、クサビにしか聞こえない音色で囁いた。


 彼の狐の耳に口元を添え、小さな唇から言葉を零していく。


 先ほどと同じ――冷たい音色で……。





「残念――あんたは現実でもゲームオーバーだよ」





 その言葉がクサビの耳に入った瞬間、クサビの意識が途絶え、仮想空間の世界が元に戻る。


 まるで――何事もなかったかのように世界に彩が戻り……。


 クサビがいたその場所には、何もなかった。


 跡形もなく、彼がいたという痕跡すら残さず。

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