PLAY118 クサビの大罪⑤
監視AI。
それはRCが作った人型の監視者。
MCOをプレイするにあたって不正を行っている者や未然に不正と言う名のズルを消す存在でもある。
いつぞやかカイルが仮想空間の住人に危害を加えた事件があり、その事件の再発を防ぐために監視AIは『仮想空間の人間に危害を加えることを禁止する』内容のルールを付け加えた (ヘルナイト達ENPCは例外)ことがあった。
そして彼等は元々仮想空間の基盤を作ったDrもといドクトレィルの暴挙を未然に防ぎ、彼に対し膨大なペナルティを課せたこともあり、かなり昔に感じてしまうかもしれないが、ポイズンスコーピオンと戦う前、ハンナ達の前に現れた太った男性ゴロクルーズに対しても彼等はペナルティと言う名の補正を行っていた。
行ったといっても……、体型を現実のものとは違うスマートでダンディなそれに偽っただけなのだが、それでも監視者は許せなかったのだろう。
今となってはその偽装がペナルティ対象なのかは不明である。
さて――話を戻そう。
その監視AIはRCが作り出した人工知能であり、仮想空間MCOを陰ながら見守り、そして見張り、監視と徹底的に行う存在達。
ほとんどが傍観と言う位置に徹している彼等であるが、MCOに於いて危機が訪れると彼等は現れる。よく聞く台詞に感じてしまうが、本当に彼等は現れるのだ。
ルールに反する行為をした者の前に。そして――創造主でもある當間理事長の理想に反する者が現れたならすぐにその者の前に現れる。
ペナルティを与えるために――
そして……、粛清と言う面目で、円滑にこの物語を完結へと導くために……。
〷 〷
「お、お前等は……っ! レセ! マイリィ! 監視AIかっ!?」
クサビは驚きの眼を見開き、荒げる声を上げて自分の視線の上にいる存在達――浮遊をしている……、いいや、空を歩いているかのような姿勢でクサビのことを見下ろしている監視AIの二人の名を叫ぶ。
監視AI。
久しく言ったことがないその名を呼びながら……。
「あははははっ。まさかここでも王道の台詞登場とか……! まさかあんた――記憶箪笥スカスカなんじゃないの? 覚えている言葉少なすぎないっ? きゃははっ!」
「ですねマイリィ。人は色んな言葉を覚えて成長していく。我々もそれは然りで、色んな言葉を覚えていきながら生活と言う名の監視をしていますが、まさかここまで王道の台詞を二度も聞く羽目になるとは思いませんでした。」
「もっといい言葉あったんじゃないのかなーって思うよねー?」
「確かにそうかもしれませんね。ワタシがこの立場にいたら……、ざっと二つ思い浮かぶのに。」
「そうそう! きゃははははっ!」
クサビの驚愕の声を聞いていたレセとマイリィはくすくすと笑いを堪え、その状態でクサビの視線の上――空気に地面があるかのように頭上を歩きながらクサビの視線を泳がせる。
意図的に泳がせるように、マイリィは空の上を歩きながらくるくると回って移動したり、脇を伸ばすように体を左に傾けたりしながら話をし、レセは歩みを進めてクサビのことを見下ろしながら円を描くように歩いている。
あからさまにクサビのことを馬鹿にしている行動。
言葉と行動を以てクサビを蔑むその行為は向けられている本人も苛立ちを隠せないものであった。
話すことができる輩ができたことは良いが、その相手がまさかの監視AI。
自分達を閉じ込めた張本人の協力者で、今まで傍観と言う名の観察に徹していた存在達がなぜここにいるのかという違和感の方が勝ってしまい、捕まえて情報を聞き出すという思考が頭に浮かばなかった。
いいや、浮かんでいたとしてもできない。
できる要素はあるかもしれないが、それをした後のことを想像した瞬間、クサビはしようという思考を消していた。
相手は監視AI。
監視者としてこの世界を見ている存在で、不正や何かを見つければ何かをしている存在でもある。何かをしようとしても、こちらには明かしていないであろう何かしらの権限を使ってこっちの動きを止め、何かをされてしまう。
そうなってしまえば元も子もないことを予測したクサビは苛立つ感情を抑え、堪忍袋が切れてしまわないように堪えて上空にいる二人のことを見上げる。
見上げた状態で口を返さずにいると、クサビのことを見ていたレセはとある光景を見てはっと目を点にし、その状態でクサビに向けて彼は聞く。
今までの穏やかで、微笑ましくもあり陽気なそれが見えそうな雰囲気が嘘のように消え、少しだけ黒いそれが見えそうな雰囲気で彼は聞く。
無言のまま怒りを堪えているクサビに向けてレセは言う。
「おやおやあなたとても怒りを堪えていますね? 無理もないでしょうね。なにせ人に馬鹿にされるというのはとてつもなく嫌な気持ちになる。それはAIのワタシ達からしてみれば感じられない貴重なサンプルであり、あなた方にとってすれば感じたくもないことですもの。」
「お前等……、まさか僕のことを監視、いいやそんなことはないか。なにせ僕達全員、プレイヤー全員を監視しているお前達なんだ。監視されて何かしてしまったのかな? いつぞやのカイルとか言うやつのように」
「おやお察しが良いです。まさにあなたの言う通り、私達はあなたを裁きにここに来ました。」
「………………」
「おやおやぁ? まさか図星だったのですかね? たいてい最悪の場面となると考えていることがたいてい当たってしまう。普段の命中率がひどいものなのにこの時ばかりは命中率爆上がりになる。お約束ですね。」
そう言いながらレセはクサビの頭上で空中の歩みを行い、途中で空中であるにも関わらず靴底を鳴らしながらタップを行ったり、空中で軽く飛んでそのまま三回転を行うと言ったフィギュアスケートのような芸当を空中で行っていく。
さながらCGを使った芸当に感じてしまうものだが、この世界は元々仮想空間。仮想の世界で生きていく彼等にとってすればこのようなことは朝飯前なのかもしれない。
……そもそも彼等は生きていないのだが。
レセの行動に気を取られていたクサビは次に視線をマイリィに向けると、マイリィは『きゃははは』と笑いながら空中で逆さまの状態でぶらぶらと己を振りこのようにして揺れている。
空中ブランコのブランコがない状態と言った方がいいかもしれない。
何もない空間の中で彼女は宙ぶらりんの状態でレセとクサビの会話を聞いている。笑いながら聞いていると言ったこの状況にクサビは内心異様な嫌悪感を感じざる負えなかった。
なにせ人が宙を浮いている。ブランコと言うものない中でも逆さまになって宙づりになっている。
そんな状態現実世界にはない。しかも仮想空間でもない芸当だ。
大道芸にでも入ればもうかるのではないのかと思ってしまうほどの奇異な光景。異常な空間に迷ってしまったのかと思ってしまいそうな光景にクサビは吐き気を覚えてしまいそうになった・
いいや――厳密には喉から出そうになりかけたが、何とかそれを飲み込んで耐えている。
耐えたいほどこの空間は異様で、下手なことをしてしまえばきっと命の保証などない。
そう確信めいた恐怖を抱いたクサビは何とかへまを起こさないように二人のことを見上げると――
「ところでおにーちゃーんっ! 今回『も』違反行動を起こした人がいたからペナでしょー?」
瞬間――クサビの全身から温度が消え去った。
内側の温かみが無くなり、それと同時に現れたのは体外に放出しようとしている熱達。
熱の所為で汗がドロドロと溶けたバターのようにこぼれ出し、口の中に含まれていた唾液が一気に渇いて行く。
全部が全部異常気象に苛まれたかのような変化――いいや変異。
急激な体内の低下とは反比例して心臓の音がやけにうるさく感じるのはクサビだけで、クサビ自身この心臓の音を直感で感じた時すぐに理解した。
これは――恐怖からくる体の警告。
心からの警告が体に伝わり、それを受理した体が信号を放って脳に、意志に送ろうとしているのだと。これは駄目だと合図を送っているのだとクサビは気付いた。
マイリィが言った『ペナ』と言う言葉にも寒気を感じたのも事実であり、クサビはそのことで二人に聞こうと上を見上げ、二人のことを見上げながらクサビは聞こうとした。
そう――聞こうとしたのだ。
『一体それは何なんだ? 僕が何をしたと言うんだ』
その言葉を皮切りに聞こうとしたクサビ。
しかし……。
「そうですよ妹。まさにその通り――ペナを与えるために私達は馳せ参じたのです。だからこの世界を一旦止めたんです。止めないと色々と大変ですし、この人は見てしまったのです。それ相応の罰を与えないといけませんからね。」
「――っ!?」
レセが言った言葉に対し、自分のことを冷たい眼光で見降ろしたレセのことを見て、クサビは全身の体温が急激に下がる感覚を体感した。
ぞくりと背中を這う寒気と、駆り立てられる不安。
これが俗の言うところの血の気が引いたというのと同じもので、外側内側の体温が急激に下がる感覚と同時に、言葉を聞いた瞬間の絶望を同時に感じてしまう。
いいや誰もはそう思うかもしれない。
誰もが絶望の驚愕を浮かべてしまうだろう。
今ここにいるのは監視AI。
この世界を裏側から見ている存在であり、彼等の言う事が正しければペナルティと言う名の罰を与える存在。
その罰が自分に向けられている。
一体何をしたのだろう。本当に何をしたんだ僕は……。
本当に、聞く前の言葉がそのまま口から出そうになるような展開に、クサビはついて行くことすらできずに狼狽と言う形で彼等のことを見上げていた。
『一体それは何なんだ? 僕が何をしたと言うんだ』
本気で、正直な気持ちで聞きたい気持ちでクサビは見上げ、レセとマイリィに向けて聞こうとしたが、二人はそんな彼のことを無視し、どんどんと話を進めていく。
話の内容などクサビの耳に入るわけがない。
焦りの所為で話の内容が頭に入ってこない。
まるで異国語を話している内容を聞いているかのような、そんな感覚。
いいや、もっとわかりやすく言うと――小さい子供がアニメを見ている時、言葉の内容を理解できない時があるだろうか。その時の記憶には絵だけ覚えているが言葉が思い出せない。そんな感覚の最中に陥っていると言った方がいいかもしれない。
いつぞやかDrのことを無視したようなデジャヴが甦りそうな光景だが、Drのことを知らないクサビからしてみれば未知の恐怖に等しいもの。
いいや――未知の不安が肥大していくような感覚だろう。
何をされるのか。
何が起きるのか。
そんなことを思ったクサビは何とかこの状況を打破しようと思考を巡らせる。
この場合無駄な足掻きとして見られてもおかしくない。だがそれをしたいほどクサビはこの状況を打破して生き残りたかった。
こんな方法で、理不尽極まりないやり方で死にたくない。ペナルティを課せられて不利になるようなことなど御免だ。
そう思ったが故クサビは考えを巡らせ――巡らせた瞬間ふと、とあることを思い出したクサビ。
この人は見てしまったのです。
その言葉を思い出すと同時にクサビは心の中で息を呑み、吞み込むと同時に
――見た? もしかしたら僕は見たせいでタブーを侵したことになったのか?
――何に対して……って、あれくらいしか思い浮かばない。
――というかそれしか思い浮かばない。僕が見た中で、殆どの光景を見て異質だったのはそれくらいだし、きっとそのことをタブーとして認識しているんだろう……。
――それくらいあれは見られたくなかったのか……? 製作者の思考は常人ではわからないことばかりだ。
――だがそれくらいならば……。
仮説でもよかった。仮定と言う名の未確証の証明でも、クサビは自分が見たあれこそがタブーであることを知り、それを逆手にとってとあることを行おうと――実行に移した。
「な、なぁちょっと待ってくれないか?」
クサビは上空で話をしていたレセとマイリィに話しかける。
するとクサビの言葉を聞いていた二人は首を傾げる様な仕草とその表情に合わせたカードに変えた状態でクサビのことを見下ろす。
見降ろされるという。まるで見下されている光景にクサビは一時憤慨を感じてしまった。今まで自分がそれをする立場だったがゆえにされる側になると憤りが吹き上がってしまうが、クサビはそれに耐えるように平静を装いながら彼は二人に向けて言う。
賭け事に近いもので、まさに一か八かの大勝負をしているかのような緊張もあるクサビであるが、それを悟られてしまえば大変なことになる。そう思ったからクサビ先に先手を打つことにしたのだ。
自分が見たその光景をネタにして。
「た、多分君達が言う僕が見たものはきっとあれだろう? ありえない光景でもあったし、きっと誰も知らないんだろうな」
クサビの言葉に対し、今まで喋っていた光景が嘘のように二人は口を漢字の一のまま微動だにしない。
陽気な空気を放っていた二人から一気に張り詰める緊張の空気。
その空気はクサビ自身感じていたことであり、呼吸すらままならないほど押し潰されてしまいそうな威圧に、クサビは一瞬たじろいてしまった。
だがたじろぐ時間などはない。
今は何とかしてこの状況のための情報を与えないといけない。それをしてしまい時間を相手に与えることをしてはいけない。
そう直感で感じ、結論に至ったクサビは小さく呼吸を整えるように深呼吸をし、少し落ち着きを取り戻したところでクサビは二人のことを見上げて続きの言葉を言った。
いいや――本題と言っても過言ではない言葉を。
「あーそう言う事でしたら無理ですよ? 交渉というものはワタシ達にとってとっても重要でまさに知られたくないものをワタシたちに知られる前にするべきことですよ? 知られてしまった状態での交渉は無理ですよ?」
「!」
しかしその前にレセは告げる。
にっこりとした笑みのカードを口元に添え、その状態でにこやかに微笑んでいるその顔をクサビに見せつけながらレセは言う。
目を見開き愕然と言う名の絶望交じりのそれを浮かべているクサビのことを見下ろして、レセは微笑みながら言う。
黒く――どろどろとした笑みを浮かべて……。
「そもそも――あなたが考えていることはお見通しです。あなたはこう言いたいのでしょう? 『あれを見てしまったことに対しては謝る。でもペナを与えて僕を野放しにしたらいけないんじゃないか? 僕を野放しにしたらペナの状態であれをプレイヤー達に言いふらすぞ。勿論隠れて、お前達の死角を掻い潜ってな』」
「…………………………っ!」
「『監視と言っても絶対に死角があるに決まっている。死角がない監視なんて監視じゃないんだ。それにこの状況を知って僕が死んでログアウトになったら、即刻僕のパパが僕のことを探してくれる。探して僕の身柄を確保してくれればこっちのものだ。お前達の隠し事もばれる。時間の問題だ』とか言って私達のことを脅そうとしていたんでしょうけど、そんな脅し――ワタシ達には通用しませんよ。だって痛くもかゆくもない。どころかそんなことあなたにはできませんしあなたのお父様もできません。」
「は? 何を言っているんだ……?」
レセのマシンガンの如くの言葉の応酬に、クサビは臆してしまいそうな恐怖を感じてしまった。賭けとして出そうとしていた作戦――脅しが見抜かれていたのだ。
脅しの内容はレセが言った通りで、クサビはそれを使って監視AIを手中に置こうと目論んでいたが、その目論見も虚しく散ってしまい、更に己を窮地に落としてしまった。
内容まで一文字一句間違えずの脅しの内容にも寒気を感じてしまうが、それより勝る疑念にクサビは肩をすくめるようにはっと鼻で笑い、レセとマイリィに向けて聞く。
「なぜパパが助けに来ないんだ? 僕のパパはちょっとした犯罪をもみ消すことができる重鎮なんだ。お前達がしていることが違法であれば、僕に危険が迫っているならパパが動かないわけない。それ以前にこれは国としても常軌を逸している問題になるんだ。そっちが脅しても隠し切れないだろうに、どうしてそこまで断言できるんだか……」
正直、クサビの言う事はまさに外道に近いそれだが、隠し切れないところを切り取ればクサビの言う事も正しい。
正しいのだが、レセたちはそんな彼の言葉に対し返事というものをせず、逆にくすくすと嘲るような笑みを浮かべて見せつけている。
嘲笑い。
それはクサビ自身が最も嫌としている他者の感情の表れ。
それを見て苛立たない人などいないだろう。クサビもその一人で苛立ちを浮かべ、額に青筋を立てながら何がおかしいんだと思いそれを口にしようとした時、またクサビの言葉を遮る様に言葉を発した。
今度はマイリィで、マイリィはけらけらと可愛らしく笑いながら空中でくるくると何回も前転を繰り返しながら言う。
陽気な音色で彼女は声色とは正反対のことを言葉にした。
「何言っているのー? あんたのパパンはもう口封じしちゃったんだけどー? あんたのことなんて二度と助けに来ないから無理無理無理ぃ~っ」
「へ?」
あまりにも残酷で、衝撃的なことを陽気と言う正反対の音色で言葉にしたマイリィ。
まさに絶望を与えるのが楽しいと言わんばかりのけらけらとした笑み。
しかしマイリィの顔など気にも留めず、クサビは彼女の口から零れた『口封じ』という言葉に言葉を失ってしまった。
『口封じ』
一言でそれを聞いてしまえば、ただ口を封じるために脅したと思ってしまうが、クサビはそれをそうと認識しることができなかった。
考えすぎかもしれない。しかし彼女は言った。
二度と助けに来ない。
その言葉を聞いた瞬間、何度目になるのかわからない全身の血の気が引くような、寒気を感じてしまうクサビ。
――なんだって? 二度と会えない? 二度と助けない?
――なぜ二度とと断言できるんだ……。
――断言して、しかも僕が助けに来ると思っていた気持ちを馬鹿にするような状況……。
――というか、こいつ等は本当に言っているのか?
――こんなの、これじゃぁまるで……。
そうクサビが最悪の結論を考えたくなくとも結びつけようとした。最悪であろうと、あとがない状況であろうとも、結果を出さなければいけない。
そう本能が囁いたからだろうか、クサビは思った。
最悪であろうとも、この後絶望しかなくとも、急かしなく心臓の音がうるさくとも彼は思う。
――これじゃぁ、パパが
「はい口封じしました。物理的に。」
ふと――狐の耳元でささやかれたレセの声。
ひどく冷たく感じてしまうその音色に、クサビは思わず肩を震わせて小さな声を上げそうになった。だがその声を上げることも許されないのか、クサビが声を上げる前にレセは彼の両肩に両の手を乗せ、クサビの狐の耳元に唇を更に近付ける。
吐息が入ってしまうほどの至近距離でレセは言う。
ひどく、氷のように冷酷で、穏やかな音色を奏でて……。
「でも、そうでなくともワタシ達はあなたにペナルティを課せようかと思っていましたよ。だってあなたはタブーを侵した。タブーと言う名の触れてはいけない領域に触れ、あろうことかあなたは計画を壊そうとした。それは最も重い重罪。あなたはその重罪を侵そうとした。その一件もあり、重ねて今回の件。二件の重罪を課したことであなたに前に現れただけです。しかもどれも侵してはいけないものばかり。」
いけない子だ。
そうレセは冷たく、優しい音色で囁く。
鼓膜を凍らせるようなその囁きにクサビは直感してしまった。
これは――ダメなやつだ。
これは――どんな流れになったとしても無駄な足掻きになってしまうと。
今更遅い。
そう言われてもおかしくない。
それでもクサビは足掻きとして背後にいるレセに向けて「ま、待ってくれっ!」と荒げた声を上げて制止をかけると、続けて自分の命を繋ぎ止める方法を頭の中でフル回転させながら言葉を繋げていく。
焦りの所為で口腔内が渇いて行く。
しかしそんなの関係ない。
乾いて行く口内を無視してクサビは荒げの声で抗う。
「僕が二つの罪を犯したと言うのかっ!? どこだっ? どこで犯したんだっ? 見たことは謝るっ! だが僕は他に罪なんて犯していないっ! 頼む信じてくれっ! 僕は何も」
「んにゃ。したよ」
抗いの言葉を必死になって上げたクサビ。
しかしその言葉に対し否定を上げたのは背後のレセではない。
いつの間にいたのだろうか――クサビの目の前にマイリィが現れ、彼女は何も持っていない手を徐にクサビに向けて伸ばし、彼の狐の頬に手を添える。
ふわりと、優しく包み込むような触れ方。
しかしマイリィの雰囲気は冷たさを帯びており、優しさという暖色の温もりを感じない。
ただただただ――冷たさしか感じられないその触れに見を預けているクサビに向けて、マイリィは言う。
陽気でおちゃらけたそれとは違う――喉元に刃を突き付けるような冷酷な恐怖の音色で彼女は言ったのだ。
「お前は――あの子に恋をした。それは許されない大罪だ」




