PLAY118 クサビの大罪①
その声を聞いた時、感情が爆発したというのはまさにこう言う事なんだと私は理解し、学んだ。
□ □
私は目の前で自分の肩を掴んでいる黒い狐の人に向けて思っていることを口にし、あなたと一緒に行動しないことを宣言した。
最初から行動するつもりなんてなかったのだけど、ここではっきりと断言しないでいると流れでついて行ってしまう可能性がある。
それにこの人は私を守ると言っているけれど結局やっていることは悪人のような行動ばかり。
常軌を逸した言葉。常軌を逸している行動と躊躇いのない攻撃を見て、私は断言と言う名のそれを黒い狐の人に向けて言ったのだ。
「私の騎士様は――ヘルナイトさんだけですっ! 貴方じゃないっ!!」
はっきりと、ここまで大きい声を発したのはDr以来かもしれない。
アクロマの時よりも張り上げた声で、Drの時よりもはっきりとして大きな声だから私自身こんな大きくてはっきりとした声を上げること自体驚いている。
でもそれより驚くようなことが起きたのは――私が言ったすぐ後のこと。
黒い狐の人は一時困惑しているような、なんだかマーブル状にミックスされてしまった感情のどうすればいいのかわからない状態でいて、もしゃもしゃから見てもすごい色のオンパレードでちょっと気持ち悪く感じてしまった。
そのくらい黒い狐の人は困惑していたみたいだけど……、整理がつく前に黒い狐の人は上を見上げて――狐の口を大きく開けた瞬間……。
「――うううううううううううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「っっ!?」
突然大きな声を上げたのだ。天を見上げながら悲痛の咆哮を――まるで理解できないことに切望してしまったかのように……。
叫びを聞いた私自身も、もしゃもしゃを見なくても分かってしまうほどの感情の叫びで、その叫びを聞いた私は――
――これは、悲しさが溢れている光景だ。
そう思ってしまうほど黒い狐の人の叫びは苦しく、悲しく、怒りで我を忘れてしまいそうな叫びだった。
だからなのかわからない。悪人だからこんなこと感じないと思っていたのに……、感じてしまうこの感情。
悲しさとか苦しみが叫びを聞いている内に感じてしまう感情の同調なのかな……?
簡単に言うと、叫びを聞いていると胸が苦しくなってしまった。と言う事。
私があんなことを言ったからこうなったのに、なんで私が苦しくなってしまうんだろう……。こんなの私の自業自得だ。正しいことを言ったと思ったはずなのに……、なぜだろう。
心がキシキシと痛む……。
遠くで叫びを聞いて見ていた『六芒星』も驚いているし、周りでその光景を見ていた『フェーリディアン』の人達も驚いてどよめいてしまうほど、その声は大きくてより響いていた。
さっきの雷を恐れて (黒い狐の人が放とうとしていた『轟雷』なんだけど……)建物に隠れていた人たちは外の異変を感じたのか窓から顔をのぞかせたりして外の光景――厳密には私達がいるところを見てざわざわし始めている。
家の中から何かを言っているみたいだけど窓が閉まっているせいでよく聞こえない。
でもなんとなくだけど内容はさっきの雷も然り、黒い狐の人の叫びを聞いてどうしたんだろうと思っているんだろうけど、そのことに関して今はゆっくりと観察する暇もないし、どころかこんなことをしている暇なんてない。
今はこの人のことをどうにかしないと――
叫んでいるけれど、それでも話をしないといけない。
話をつけないといけないんだ。
そう思った時、ふと――私の肩から圧迫というか、掴まれている感覚がなくなった。本当にふっと、いつの間にか亡くなったかのようなそれを感じて、『あれ? 離れた……?』と思って離したであろう本人のことを見ようとした時――
がしりっ!
と――今度は私の両方の頬に黒い狐の人の手が向けられた。
あろうことか肩を掴んでいたその手が今度は頬に向けられ、しかも押し潰されてしまう様な圧迫感もあって、私は驚きのあまりに固まってしまい、その後来た潰されるような痛みに声を出すことすら出来なかった。
これがコミカルなギャグ漫画だったら相当面白く描かれるだろうけど、こんな状況の中でコミカルは無理だろう。むしろこんな風に掴まれたら……。
そんなことを考えている間も黒い狐の人は私の頬を掴んだまま力みを緩めることなく、どころかさらに強く私の頬を押し潰そうとしている。
ううん……、この場合はサンドイッチの具にされてしまうかもしれない。の方がいいのかもしれない。いやそんな例えもどうでもいい事。
饅頭とか柔らかいものがつぶれてしまうかもしれない力で私の頬を掴んでいる黒い狐の人。歯も折れてしまいそうなほどの力で。爪が食い込んでもおかしくないほど強く掴んで――
「っ」
と思った時だった。
突然頬に痛みが走り、私は思いがけず起きたことで声を上げてしまったけど、その痛みも一瞬ですぐに何が起きたのかを目で確認して――理解することができた。
驚きつつもその痛みの発端が頬にあることを感覚で理解して、何かが頬を伝っている感覚を察知したことで、私はこう思った。
あぁ、血が出ているんだ……。と。
黒い狐の人の力で強く抓まれたせいか、頬から血が流れ出てしまったらしい。
…………当たり前かもしれない。黒い狐の人の爪は獣の爪のようにとがっているし、その爪が柔らかい頬に食い込んでしまったら血が出るのも無理はないかもしれない。
このまま『回復』スキルを放って何とかしないとと思い、目くらましも兼ねて『浄化』もしようと思い手を自分の頬――厳密には黒い狐の人の手に触れる寸前で『浄化』の隙路を発動しようとした。
前にも話したことがあるけれど、ここでおさらいとして話しておきます。
『浄化』は元々アンデッド系の魔物相手に使うスキルで、『衛生士』や『メディック』、そして『エクリスター』しか使えないスキル。
でもそのスキルに特化した所属は『エクリスター』で、回復メインの所属――つまり私の所属は『浄化』という威力が小さいものしか使えない。
『浄化』はあまり威力がないスキルで、きっとこの旅で使わないだろうと思っていたほど使うことろが限られている。
でも使うところを間違えなかったり、工夫して使えば低級のスキルも大きな武器となることを、私は知っている。ううん。教えてもらった。ヘルナイトさんに。
以前ネクロマンサー相手にこのスキルを使ったことがある。理由はネクロマンサーは聖霊族と同じように瘴輝石という魂を体に取り込んで行動している。
いうなれば瘴輝石が心臓みたいなもの。
でもネクロマンサーは違う。
ネクロマンサーが使っている瘴輝石は『屍魂』の瘴輝石というもので、その石は人の魂が入っている。そして体も死体を使っている。
つまり――リビングデッド。ゾンビ。アンデッドと言う事。
このことを教えてくれたヘルナイトさんのアドバイスもあって……、私は何度かこの『浄化』をネクロマンサーに使ったことがある。
『腐敗樹』で出会ったクロズクメとエディレス。そして『国境の村』で苦戦したリョクシュという人相手に使って、ダメージを与えたことがある。
……ダメージを与えただけで、そこまで大きなものではなかったけど、それでもこの『浄化』を使えば何とかなると思っていた。
回復に専念するよりも、まずは目くらましをした方がいいかもしれない。
先にするべきことは距離を取ることだと思い、私はスキルを発動させようとした。
しようと――思っていたのだけど……、その前に黒い狐の人は私の頬を掴んだまま自分の顔を近付けてきたのだ。
ぐんっ! と――私の鼻と黒い狐の人の鼻がくっついてしまうのではないかというほどの距離まで近付け、荒い息や血走った瞳孔を私に向け、その眼や荒い息から赤くどす黒いもしゃもしゃを吐き捨てながら黒い狐の人は思いのたけをぶつけるように叫んだ。
「なんで、なんで僕じゃなくて人工知能なんだっ!? どうして人ではなく機械の方を信じるんだっ!? こんなのありえない! ありえないのに……、なぜ人工知能如きがそんな人間らしい言葉を喋るんだっ! なんで僕じゃなくてそいつと一緒にいる方が運命なんだっ! 僕は君のことをこれでもかというほど愛しているのに……! 僕の方が人間なのに……!」
色んな言葉を吐き捨てていく黒い狐の人の言動は怒りにしか感じられない。怒りと言う名の赤いもしゃもしゃが目や口から物語に出て来る大魔王のように生きと同化するように煙となって吐き出されているから、私の視界でも見ると怖い以外いうことがない。
どころか狐の大妖怪に見えてしまうのは私だけかもしれない……。
そんなことを考えながら私は無言で、頬の痛みに耐えながら私は黒い狐の人の言葉を聞く。
耳を傾ける程余裕じゃないし、正直頬の痛みがチクチクしているそれから引っ掻いた後のようなひりひりした痛みになり、その殻なんだかぬめっとした感覚が私の頬を伝った。
さっきも感じたことなんだけど、その感覚が、感触が増えたということは……、頬の傷が増えて血の流れが増えてしまったと言う事。
一体自分の顔がどうなっているのか。どんな傷になってしまっているのかわからないけど、今はそれよりも黒い狐の人のことを何とか宥めないといけないと思い、私は声を上げようと、声を掛けようと上を見上げる。
しっかりと黒い狐の人を見て、やめてほしいという気持ちを込めて言おうとした。でも……。
「人間なのに、どうして人工知能の方が人間らしい言葉を吐いているんだ……!」
「あの……」
「それに、人工知能が吐いていた言葉も、まるで、まるで――っ!」
言葉を吐き捨てながら黒い狐の人は言う。
怒りがこもっていたその音色がどんどん勢いというか、覇気をなくしていき……、そのまま悲しみの湖に浸って、潜ってしまったかのように小さくなって、溢れ出していく。
そんなもしゃもしゃが黒い狐の人の口から、目からどんどん涙のようにこぼれ出していく。
その涙のようなもしゃもしゃだけで少し大きめの水たまりができてしまうかもしれない。そう思ってしまいうそうな涙の雨を見て、私は言葉を詰まらせてしまった。
この人は酷いことをした。
悪いことをした。
それでも自分が正しいと思い込んで更にひどいことをするかもしれない。
だから私は言った。あなたは私の騎士様じゃない。と――
でも、この人は私の言葉を聞いて、心から否定をした。その結果の表れがこれなんだ。
自分は信じない。
こんな結果が真実だなんて認めたくない。
全部全部まやかし。
全部嘘なんだ。
認めたくない。
認めたくない。
その六文字の言葉が頭の中を駆け巡っているのだろうか……。それとも別のことを考えているのか私にはわからない。
わからないけど、顔を見れば大体分かってしまう。分かってしまうからこそ……、言動を聞いて見て、今この感情を見て私は――
激しく心が揺れていた。
揺れる理由がどこにあるんだ?
この光景をもしシェーラちゃんが見ていたなら、きっとそんなことを言って私のことを叱咤するだろう。叱って『何ぬかしているのよっ』と言って私のほっぺを抓って伸ばしに来るだろう。
でもその然りに対して私は何も言えない。
どころか、仰る通りですとしか言いようがないかもしれない。
従来の漫画の主人公なら、自分の信念を貫いてでも敵を倒したり、敵の心を改心させたりして物語の平和を構築していくだろう。
それこそが頼れる主人公でもあり、物語に於いてみんなのことを心から引っ張る主人公なんだ。
でも、私はそうじゃない。
私は『浄化』の力に選ばれただけの存在で、戦うこともできないしスキルと言うスキルも『回復』と防御の『盾』、そして『浄化』というアンデッド系を倒すことは出来るけど、他は目くらましと言う事しかできない。
力を持っていたり力を授かって戦う主人公ではない私。
そもそも確固な覚悟と意思を持っていない私は主人公のように感情を突き通すなんてできない。
優柔不断。
そう言われてもおかしくないほど、私は流されやすい。
ネクロマンサーの時だってそうだ。あの時クロズクメやエディレスが苦しんでいるのを見た時だって、私は心が痛んでしまった。
普通なら悪者相手に心を痛めるなんてないと思うし、アキにぃやキョウヤさん。シェーラちゃんとか虎次郎さん、ヘルナイトさんの方がこの場面の適材だろう。
私は向いていない。
それは一番理解できる。自分のことだからよく理解できているし、それに私自身こんな場面になると戸惑ってしまうのも理解できている。
自分のことだもん。自分の行ことは自分にしかわからない。
機械のように説明書がなければ理解できない身体じゃない。
誰にも理解できない。自分しか理解する人はいない。
それが個人と言う者なんだ。
私はこの人のことを理解できない。理解したくない。
この人がしたことは悪のすること。
悪のこの人は悪という認識はしていないけど、私は悪と認識している。認識をしているからこの人のことを止めないといけない。諫めて――何とかしないといけない。
でも……でも……。
この人の悲しいもしゃもしゃを見てしまったら、躊躇ってしまう自分もいる。
悪にも理由があって悪をやっているのと同じように、この人にも、黒い狐の人も理由があってここまで来て、こんなことをしている。
やっていることは間違っていることは重々承知の上だし、それを正すことができるのは……止めることができるのは他人だけ。
他人の言葉こそが最大のブレーキなんだけど、それもできないかもしれないと頭の片隅で思ってしまう。思ってしまうほど黒い狐の人は悲しみに溺れていた。
受け入れたくないという絶望で満ち溢れてしまい、その溢れた感情が悲しみと化している。
それを見てしまったら……、そんな感情を見てしまったら、止めたいのに止められない……、止めてしまったら、これ以上拒絶をしてしまったら、この人が壊れてしまうかもしれない。
悲しみが溢れて、何もかもが壊れてしまうかもしれない。そう思ってしまいそうになる……。
言葉は時に残酷で、どんな人でも持てる最強にもなるし最弱にもなる武器だ。
私が放った言葉を聞いて、黒い狐の人は混乱して、感情と共に体が先に出てしまっているんだ。
どんどん頬を掴む力が強くなり、赤い筋もいくつも出来上がっていく感覚を感じているんだけど、その感覚でさえも分からなくなってしまうほど私は考えてしまった。
ううん……、困惑し、迷ってしまったのだ。
あんなことを言っておいてなんだけど、黒い狐の人の大雨の青いもしゃもしゃを見て、私はまずいことをしてしまったのか? この人の何かを壊してしまったのかと思ってしまった。
色んな考えや気持ちが頭の中をぐるぐるとシェイクのよう回って、混ざっていく。これは多分一種の混乱に近いものかもしれない。
でもそんなことを悠長に考える程時間に余裕なんてない。というか時間なんて止まっていない。現在進行形で動いているし、力だってさっきより強くなっている。
痛いという気持ちでさえも無くなってしまうほど考えていたんだ……。と、頭の片隅でふと考えていた時、黒い狐の人は震えて言葉にできなかったそれを、ようやく言葉にできたような口の開閉をパクパクと二回した後――黒い狐の人は私に向けて言葉を発した。
さっき言った言葉の続きを紡ぐように、黒い狐の人は私に向けて――叫んで聞こうとした。
「まるで――あ」
聞こうと叫んだ時、一体何を言うんだろうと心の中でふと思っていた。興味ではなく、この人の行動原理として、この人の行動の根本を知りたかったから、どうして私に事を狙っているのかもわからなかったから、その言葉に耳を傾けようとした。
紡がれた言葉を聞こうとした時……ふと、私の視界の端に黒い何かが入り込んできた。
ぶおっ! と、私の右頬から突如として来た風が私の髪の毛をなびかせ、そのまま目の前にいる黒い狐の人に向けて伸びていく光景が目に写り込む。
写り込んだと思ったら私の横から突然現れたかのようにそれが姿を現し、そのまま黒い狐の人の口を――狐の口を器用に、大きな手で塞いだのだ。
傷まみれの大きな手が彼の顔を覆い、狼のよりは小さいけれど人よりい大きな口を器用に塞いで言葉を強制的に終わらせた。
よく見る――口を掴むように塞ぐそれをして。
「! あ」
「っ!? うっ!?」
その光景を見ていた私は驚きの目をして背後から伸びた手を見て再度驚いてしまい、対照的に黒い狐の人は驚いていたけれどその反応をすぐに消して、突然塞がれた口で言葉を発しようとしたけど、逆に顎の骨から嫌な音が聞こえてきたことに少しばかり焦りの唸りを零してしまう。
私の頬を掴んでいたそれとは違い、まさに岩を素手で握り潰すようなそれで握られている。しかも掴んでいる指の所からなんか折れているような音も聞こえたり、ビキビキと言う音が耳に入って来て、他人ごとでは済まされないような情景が私の目の前で起きている。
まるでボールを片手で掴んでいるような形のまま強く握られて、無理に開けようと思ってもできない。しかも強く握られている所為で顎と上顎から『びきっ』とか、『ゴキ』とか、たまーに聞こえてきた『ばきっ』という嫌な音が響き、その音が響くと同時に悲鳴を上げる顎と上顎がなんとも痛々しかった。
目の前の猟奇に近いような音とは裏腹に、背中に感じるこの安心の対極のそれを感じながら私は見る。
何もできずというか、いつの間にか腰に手を回されたまま抱き寄せられている所為で至近距離も遠くなってしまい、どころか近付くことすらできなかったことに驚きながらも背後にいるその人を。傍にいてくれて、本当に安心するその人のことを横目で見て――
私は全身の力が一瞬抜けたような安堵を吐いてしまう。
力が抜けてしまった安堵を吐いた私と、私の背後にいるその人は正反対に、私のことを離さない力と握り潰さんばかりの力を使い分けて行動していた。
言葉通り、本当に口を壊してしまいそうな腕力を黒い狐の人に向けて――
もごもごと暴れて苦しんでいる黒い狐の人は嫌な想定を回避しようとしてか、私の頬を掴んでいた手を離し、己の口を覆っている手を引きはがそうと掴んだり叩いたりする。
ガンガンっと金属特有の音が響いているけど、離れる気配はない。
どころか――
「まるで……なんなんだ?」
低く、寒気を呼びそうな声が私の鼓膜を揺らした。
心臓を揺らすような感覚と、はっきりとしているのに低いそれの所為で恐怖し感じられないその音色を聞いて、黒い狐の人は上ずる様な声を零して私のことを――ううん、私の右にいる人のことを見て恐怖のそれに顔ともしゃもしゃを変える。
恐怖に染まっていくその顔を見ても、口を塞いでいるあなたはそんなことお構いなしに黒い狐の人の口を掴む力を強めていく。
ぎりっと骨から聞こえる音を更に大きくさせて――私の背後から現れたあなたは、いつものように凛としている音色を吐くけど、少し怒りが含まれている音色で言った。
「なぜ、彼女を傷つけた? 答えろ」
あぁ、そうだ。
この人は強い。
強くて優しいけど、怒る時は怒る。
アムスノームの時、私がロフィーゼさんのことを蘇生しようとした瞬間――頭を殴られた時だってそうだ。
あの時だってあなたは怒っていた。
まさに『地獄の武神』。最強の鬼神と言われてもおかしくない気迫で、あなたは言っていた。
それが今起きている。
私の背後から現れ、もう片方の手で抱き寄せて、守るように現れたあなたは――黒い狐の人に向けて鋭い眼光を甲冑越しから放ちながら聞く。
私のことを抱く手に、僅かな力を込めながらあなたは言った。
小さな声で、私にしか聞こえない声で……。
「遅くなってしまってすまない――もう大丈夫だ」
あなたは、そう凛とした声で安心させる言葉を吐いてくれた。
いつものように、優しさと強さを私達に見せて……。




