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PLAY117 私の騎士は⑤




「私の騎士様は――ヘルナイトさんだけですっ! 貴方じゃないっ!!」




 その言葉はクサビにとって呪いの言葉であり、暴力に等しい発言だった。


 ハンナが正直に、そして心の底から思っていることを吐き出したその言葉はまさに真っ直ぐで純粋な言葉だった。


 だがクサビからしてみればクリティカルヒットの攻撃。


 しかもそれは身体的ではなく精神的なものであり、クサビが感じたことがない衝撃でもあり、心の絶叫を促してしまうものだった。


 クサビは生きてきた中でこの衝撃を受けたのは初めてで、金目的で近付いて来た女がどこかへ行ってしまったとしても彼の心を傷つける様な事はなかった。


 むしろ自分の金目的で近付いて来た輩であり、鬱陶しいことこの上ない存在でもあったが故クサビ自身気にすることはなかった。


 どうせ金の切れ目は縁の切れ目というもので、結局相手も金しか見ていなかった。だから簡単に忘れることができた。簡単に切り捨てることができた。


 傷つかずに別れることができた。


 だが、今回ばかりは違う。


 自分から話しかけ、一緒にいたいと思ったからこそ彼は彼女が喜ぶであろう行いをして彼女の興味を促そうとした。


 彼女が喜びそうなことをした。


 よく聞く悪者を退治して、感謝されるそれを思い返しながら――クサビは喜んでくれることを行動にした。


 昔読んでいた、昔ゲームをして学んだ勇者と姫の物語を踏襲した結果なのだが、それでも彼はその物語を踏襲し、行動してハンナの気を引き付けたかった。


 引き付けて、自分を見てほしい。


 見て――惚れてほしい。愛してほしい一心でやった結果……、クサビに衝撃が走った。


 ――なぜ、そんなことを言うんだ?


 クサビは思う。


 なぜあんなにもハンナのためにしたことなのに、それを否定されなければいけないのだろうか。


 どうしてハンナのために守ったのにここまで怒るのだろうか。


 どうして――自分を見てくれないのだろうか。


 もっと自分を、自分の格好いい姿を見てほしかったのに。


 色んな感情がクサビの中で渦巻き、スムージーのようにどんどん混ざっていく最中、クサビは思い続ける。本音を口にしたハンナに向けて――本音であることを少しずつ理解していきながら彼は思った。


 突然氷点下まで下がってしまった気持ちの奥底から、ふつふつ込み上げて来る何かを感じながら思った。

 

 ――それが君の本音なのかい?


 ――どうしてその本音を口にするんだい?


 ――僕ではだめなのかい? 相応しくないのかい?


 ――君に相応しい騎士は僕ではないのかい? 


 ――君が口にしたロボットこそが、君の騎士なのか?


 ――どうしてそこまで僕のことを否定するんだ……?


 ――どうして……。


 ――あぁ、成程。()()()()()()……。


 と、クサビはいろいろと負の感情入り混じる思考を巡らせながら考えを固めていく。固めながら困惑もした。固めながら理解できない理不尽に怒りさえ覚えた。


 何もかもうまくいかないこの気持ちに困惑や苛立ちなど、いろんな感情で頭の中で沸騰しそうになったが、その沸騰も急激に下がっていき、平温に近い温度まで下がった時、クサビは理解した。


 ハンナがなぜあんなことを言ったのか。その理由を知ってしまったからだ。


 正直に言うと、彼女の言葉に理由なんてない。本音で言っていることなのでそこまで考えるようなことでもなければ理由はと聞かれてもそのまんまの意味ですと返されるだけのことなのだが、それでもクサビは考え、至った。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――


 ――()()()()()()()()()()()


 ――本心はそんなこと思っていないのに、誰かに言えと命令されている。


 ――強制的に言わされているのか。


 ――本当はそんなこと思っていない。


 ――そうだ、これは…………。




           洗     脳     だ。




 ――洗脳されてこんなことを言っているだけなんだ。


 ――本心はそんなこと思っていない。本心は別なんだ。


 ――だってこんなことを言うだなんておかしい。コンピューターが騎士だって? そんなことありえない。コンピューターを騎士と思って言えと脅されているに違いない。


 ――そうでなかったらおかしいんだ。


 クサビは思う。殆ど……、いいやすべてが彼の妄想によって作られた都合のいい解釈だが、それでも彼はそう結論付け、ハンナのことを自分なりに救おうと試みることにした。


「なぜだ?」

「?」


 クサビの言葉に、ハンナは意を決した顔で彼のことを見上げたが、見上げる前に彼女の肩を強く、抓むように掴んだかと思えばそのまま彼女を引き寄せ、至近距離と言ってもおかしくない距離でクサビはハンナと顔を近付ける。


「っ!」


 痛みを感じ顔を歪ませるハンナ。そんな彼女を見たとしてもその行動を止めないクサビ。


 狐顔のクサビだからなのか、視線は少し遠いにもかかわらず鼻と鼻が合わさってしまいそうになっているが、それでもクサビは彼女と距離を詰めようと至近距離を保ち、その状態でクサビはハンナに向けて言う。


 荒げ、困惑を顔に出したまま彼は口でもそれを表すように言葉を零していく。


 まるで言葉の滝をハンナに向けて落とし、濡らすように――


「なぜそんなことを言うんだっ!? 僕は君のために戦っているんだっ! 僕は君のことを思って戦っているのに、言葉を囁いてやっているのに、どうしてわからないんだっ!?」

「分からないんですか? こんなにはっきりと言ったのに、何もわからないんですか……?」

「分からないさっ! だって僕は君の騎士なんだよっ? そんな人工知能が君の騎士なわけないじゃないかっ!」

「いいえ――ヘルナイトさんは言ってくれました。『君がもし、辛く――苦しいと思うのであれば、私は君の支えとなる、君の傍にいる。それで苦しい思いが溶けるのであれば、私はこのぬくもりを与える。一人が怖いのであれば、私やアキ、キョウヤに手を伸ばして叫べ。その手をしっかりと掴もう。そして……、どんなことがあろうと……、私は――君を守る鬼士として、君が愛する者たちを守る鬼士として……私は君と、君が愛した人達のために命を賭す。君の笑顔を守るものとして……、私は君を守ろう。君を――一人にさせない』と言ってくれました。それはユワコクと言う国で聞いた言葉で、これは誓いみたいなものです。私もその時ヘルナイトさんに誓いました」

「……――っ! ~~~~~~っっっ!」

「『私も、ヘルナイトさんの記憶が戻る手伝いをしたいです……。なんでもいいんです。できることがあれば……、支えてくれた、助けてくれたヘルナイトさんに、恩返しがしたいんです』と、その気持ちは今でも変わりませんし、これからもずっと変わりません」

「そんなことしなくても、君のことは僕が守るっ。そこまであんな人工知能に固執しなくても」

「固執じゃないんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()。この世界において、私とヘルナイトさんは一緒に行動しないといけない。しなければこの世界からみんな出ることができない」

「は?」


 ハンナの言葉を聞いて、クサビは脳内の中で駆け巡っていた妄想の世界が一気に真っ白く染まっていく。


 描いてきた鮮やかな世界から色というものがとられてしまったかのような虚無。


 無理もないかもしれない。


 なにせハンナから告げられたその言葉はクサビも知らないことでもあり、多くの者達が知らないことでもあったからだ。


 ……実際、ハンナは誰にも聞かれなかったので話さなかっただけであり隠していたわけではない。


 隠そうと思っていたのであればこんな話はしないだろう。


 だがそれでも、隠さなければいけない話であったとしても、クサビ相手となれば話した方がいいと、この時のハンナは思っていた。だから打ち明けたのだ。


 ――これで、少しでも私から興味をなくすことができれば……。


 そう思いながらハンナは畳み掛けるようにクサビに向けて言葉を続ける。


 敢えて怒りを乗せた音色ではなく、言い聞かせるような音色で彼女は言った。


「知らなかったでしょう? 私とヘルナイトさんがいるから『八神』の浄化ができて、『終焉の瘴気』を倒すことができるんです。私だけではない。ヘルナイトさんの詠唱と、私の詠唱がなければできない。私とヘルナイトさんは一緒でないといけないんです」

「そんな理由で……っ。そんな」

「そんな理由だと思うでしょう? でも私はそうとは思いません。どうしてこんなことになったのかまでは分かりません。わからないけどなんとなく思うんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って、そのくらい私思うんです。思い出すんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それを抜いても思うんです。ヘルナイトさんと一緒にいると安心している自分がいて、その安心を与えるヘルナイトさんと一緒にいたいって、本心で思うんです」

「~~~~~~~~~~っっっ!」」

「あなたが言う騎士はきっとヘルナイトさんのような人ですけど、あなたはヘルナイトさんとは違う。あなたはヘルナイトさんのような騎士じゃない」


 れっきとした悪人――私達の敵です。


 言い聞かせるような音色はクサビの耳を通過し、脳に刻まれて記憶として保存されていく。


 いい記憶も、嫌な記憶もすべてを記録し、忘れないように、忘れたくても忘れられないようにクサビは記憶していく。


 ハンナが言った言葉を全て記憶して、そしてその時感じた自分の感情をも忘れないように記憶していく。


 彼女の言葉に驚愕と絶句、そして嫉妬と怒り、色んな負の感情が畳み掛けるように込み上がってく感覚を。


 ぐつぐつと沸騰する様に吹き上がってくそれを――


 一応言っておく。


 ハンナは洗脳などされていない。洗脳どころか彼女は本心で己の意思を貫いて言葉にしている。


 だがクサビにとってすればそれは洗脳されたことによって紡がれた言葉として受け止めている。あろうことか自分の都合のいい解釈をして、都合のいい自分の未来を築き上げようとしている。


 この状況の中――どちらが正しいことをしているのかなど聞くまでもない。


 だがクサビは自分が最も正しいことをしていると疑っていない。


 疑うどころか間違っていることを正しい事だと捻じ曲げようとしている。


 彼女が言った言葉もすべて洗脳された言葉だと思っている。


 思っている……。のだが、クサビ自身信じたくなくとも現実であることを少しずつだが認識し始めていた。


 現実である――簡潔に言うと本音かもしれないと思い始めていると言った方がいいだろう。


 何故そう思ったのか。

 

 理由は大きく分けて二つある。


 一つは彼女の目を見て思ったからだ。


 ハンナの瞳を見て、真っ直ぐで曇りのないその瞳を見てクサビは今まで洗脳されて強制的に言わされていると思っていた思考に曇りが出始めたのだ。


 洗脳されている人がこんなにも真っ直ぐなわけがない。何よりはっきりしているその言葉を聞いて、淀みのないその言葉を聞いてクサビは思ったのだ。


 これは洗脳ではなく、本心なんじゃないのか?


 と……。


 クサビからすればそんなことを考えたくないのも理解できなくもない。


 彼女の言葉から紡がれていく言葉全てを自分の都合のいいように解釈したとしても、結局は虚しいだけなのだ。そのくらいクサビは彼女に執着している。


 初めて『愛した』人なのだ。手放したくないからこそ彼は必死なのだが、その必死を壊すようにハンナの言葉は真っ直ぐで透き通っている。嘘という汚れがない水のように鮮度が高い言葉なのだ。


 だからこそクサビは信じたくなかった。


 これが本心だと思いたくなかった。


 せめて洗脳で紡がれた言葉であってほしいと願ってしまうほど、ハンナの言葉はクサビに大きなダメージを与えていたのだ。


 これが理由二つ目。


 二つ目の理由と言っても、こればかりはクサビの感情がそれを生んでいるだけであり、実質一つなのだが……、一つ目の理由と同時に生まれた疑問がこの二つ目の理由を生み、そしてダメージとして彼に蓄積されることになってしまったのだ。


 二つ目の理由――それはハンナが言った言葉の数々を聞き、その言葉があまりにも真っ直ぐすぎることで、彼女が言った言葉が本当であるかもしれないと思うと同時にとあることに気付いてしまったクサビ。


 ハンナが言った言葉の数々はヘルナイト関連のことなのだが、その言葉を聞いて行くうちにクサビは思ったのだ。


 ――なんだ? なんなんだこの言葉は……。


 ――なぜそこまでそんな人工知能に信頼を寄せる?


 ――どうして生身ではない僕ではなく、そんな輩に対してなんだ?


 ――どうしてそんなに信頼しているんだ? どうしてそんなに真っ直ぐな目で言うんだ?


 ――どうして、どうしてそんな言葉を人工知能が言うんだ……!


 クサビは色んな思考が巡る中、ハンナに対してヘルナイトが言ったであろうその言葉を思い出しながら彼は奥歯の辺りを強く噛みしめる。


 ギリッと歯が擦り切れるような音を出しながら、彼はハンナが言ったヘルナイトが言った言葉を思い出していく。


 君がもし、辛く――苦しいと思うのであれば、私は君の支えとなる、君の傍にいる。それで苦しい思いが溶けるのであれば、私はこのぬくもりを与える。一人が怖いのであれば、私やアキ、キョウヤに手を伸ばして叫べ。その手をしっかりと掴もう。そして……、どんなことがあろうと……、私は――君を守る鬼士として、君が愛する者たちを守る鬼士として……私は君と、君が愛した人達のために命を賭す。君の笑顔を守るものとして……、私は君を守ろう。君を――一人にさせない。


 その言葉を脳内で再生しながらクサビは思う。


 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――幾万と言ってもおかしくないほど思い返しながらクサビは思ったのだ。


 ――彼女は言っている言葉の数々……。これは嘘ではない。


 ――偽りなんて一切ない真実しかない言葉だ。


 ――偽りなんてない。真実だから僕はこんなに搔き乱しているんだ……!


 ――こんなにも感情が乱されるなんてこと前に一回あっただけで、これは二回目だがこれは前回の比ではない!


 ――二回目の方が大きい!


 ――二階の方がダメージが大きい……!


 ――だって、だって……!


 ――その人工知能が彼女に向けてかけた言葉は……、言葉は……!


 何度も何度も、幾万と繰り返されていくハンナの言葉。


 厳密にはハンナが聞いたヘルナイトの言葉の数々を思い出しながらクサビは思ったのだ。


 これはただの人工知能として言い放った言葉ではない。


 普通の人間が相手に向けて言い放った言葉であると同時に、その言葉はまさに……、まさに……。




「――うううううううううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」




「っっ!?」


 突然大きな声を上げ、天を見上げながら悲痛の咆哮を上げるクサビ。


 その叫びはハンナがよく見る感情のもしゃもしゃを見ずともわかる劈くような叫び。


 叫びを聞いたハンナ自身も――見なくても分かる。これは、悲しさが溢れている光景だ。と思ったほど、クサビの叫びは苦しく、悲しく、怒りで我を忘れてしまいそうな叫びだったのだ。


 その叫びは遠くで見ていた『六芒星』の面々も然り、叫びを聞いて僅かに手を動かしたシェーラの耳にも届いている。周りでその光景を見ていた『フェーリディアン』の人たちも驚いてどよめいてしまうほどの注目具合だ。


 しかしその注目を気にするほどクサビも余裕ではない。それはハンナ達も同じだ。余裕があるとすれば状況を理解していない『フェーリディアン』の住人と、気絶していたシェーラだけ。


 少しだが混沌としていく状況の中、クサビは彼女の肩を掴んでいたその手をどかし、今度はハンナの両頬に向けて手を向ける。


 本来であれば女の両頬に触れる時は添えるようにすればいいとクサビは勉強した。


 だがその余裕を出すほどクサビは落ち着いていない。


 彼の脳内で証明されかけた事実が彼の理性を壊し、常識と言う名の制御を壊している。そのせいでクサビはハンナの両頬をまるでプレスのように押さえつけ、ハンナの頬を饅頭のように掴む。


 強く、強く――爪が食い込んでもおかしくないほど強く掴んで――


「っ」


 強く抓まれたせいか、ハンナは頬から感じた痛みに音を上げてしまう。その音が上がると同時にか、それとも彼女の口の動きで開いてしまったのか、頬から微量の細い赤い道が二つ出来上がっていく。


 つぅーっと流れていくその光景をアキが見てしまえば、この空間はもう阿鼻叫喚、地獄絵図と化してしまうだろうが、現在アキはいない。


 いないがゆえに止める者もいない状況の中――クサビはハンナの両頬を掴んだ状態で、守るべき相手に対し傷つけるという暴徒を行いながら彼は叫ぶ。


 血走った瞳孔で彼女のことを捕らえ、荒い息をハンナに向けて吐き捨て、至近距離でその顔を近付けながらクサビは思いのたけをぶつけるように叫んだ。


「なんで、なんで僕じゃなくて人工知能なんだっ!? どうして人ではなく機械の方を信じるんだっ!? こんなのありえない! ありえないのに……、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだっ! なんで僕じゃなくてそいつと一緒にいる方が運命なんだっ! 僕は君のことをこれでもかというほど愛しているのに……! 僕の方が人間なのに……!」

「…………………………」

「人間なのに、どうして人工知能の方が人間らしい言葉を吐いているんだ……!」

「あの……」

「それに、人工知能が吐いていた言葉も、まるで、まるで――っ!」


 言葉を吐き捨てながらクサビは無意識なのか、指先の力を――ハンナの頬を抓む力を込めながら続けていく。

 

 彼女の痛みに耐える顔を見ず、己が吐き出したい言葉をすべて吐き捨てながらクサビは叫ぶ。


 理解したくない。


 信じたくない。


 この二つの言葉が頭の中をぐるぐるとシェイクのように混ざりながらも、彼はハンナに向け、己の指の力によっていくつもの細い赤い道を作っていることにも気付かないまま言葉を続けようとした。


 今まで思っていたことをハンナに向けて吐き捨て、ハンナにどうなんだと聞こうとした。


「まるで――あ」


 聞こうと叫んだ刹那――クサビの言葉がこれ以上紡がれることはなかった。


 紡ごうとした時、傷まみれの大きな手が彼の顔を覆い、口を塞いで言葉を強制的に終わらせたのからだ。


「! あ」

「っ!? うっ!?」


 その光景を見ていたハンナは驚きの目をして背後から伸びた手を見て再度驚き、クサビは突然塞がれた口で言葉を発しようとしたができず、どころか顎の骨から嫌な音が聞こえてきたことに少しばかり焦りの唸りを零してしまう。


 焦るのも無理はない。


 クサビの口を塞いでいるその手は狐の口が開かないように、まるでボールを片手で掴んでいるような形のまま強く握られているので、無理に開けようと思ってもできない。しかも強く握られている所為で顎と上顎から嫌な音が響き、その音が響くと同時に悲鳴を上げる顎と上顎。


 本当に口を壊してしまいそうな腕力に、クサビは背筋や色んなところから体温が無くなっていくような寒気と、ブワリと熱くもないのに吹き出す汗を体感しながら、嫌な想定を回避しようと彼女の頬を掴んでいた手を離し、己の口を覆っている手を引きはがそうと掴んだり叩いたりする。


 ガンガンっと金属特有の音が響いているが、離れる気配はない。


 どころか――


「まるで……なんなんだ?」


 低く、寒気を呼びそうな声。


 心臓を揺らすような感覚と、はっきりとしているが低いそれの所為で恐怖し感じられないその音色を聞いて、クサビは背筋を這うそれを感じると同時に見える視界で目の間を見て――後悔した。


 見なければよかった。


 見ないでスキルでも何でも放てばよかった。


 その前に逃げればよかった。


 早めに二人っきりになればよかった。


 抹消を優先にしないで逃げればよかった。


 他にも色んな後悔の念が彼の心を蝕み、彼のモルグでもある神力をどんどん削っていくが、彼の口を塞いでいる相手はそんなことお構いなしにクサビの口を掴む力を強めていく。


 ぎりっと骨から聞こえる音を更に大きくさせて――ハンナの背後から現れたその人物は凛としているが、少し怒りが含まれている音色で言った。



「なぜ、彼女を傷つけた? 答えろ」



 ハンナの背後から現れ、彼女のことをもう片方の手で抱き寄せ、守るように現れた存在――ヘルナイトはクサビに鋭い眼光を甲冑越しから放ちながら聞く。


 彼女のことを抱く手に、僅かな力を込めながら……。

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