PLAY117 私の騎士は④
多分、その言葉が放たれなければ、私はシェーラちゃんとオウヒさんに向けて『盾』を放っていただろう。
『盾』は自分や仲間の身を守るための半球体の盾。見た通りの盾。
守りたい人を半球体の中に入れれば守ることもできるし、ちょっとの衝撃で壊れることもないから少しの間籠城のような時間稼ぎができる。
私はその籠城を使って二人を『盾』の中に閉じ込めるつもりでいた。
勿論二人の意識が戻ったら解除するつもりの時間稼ぎ。
『六芒星』はオウヒさんを狙って気絶させ、連れ去ろうとしていた。
オウヒさんは鬼族。
鬼族のオウヒさんをどうするつもりなのかまでは分からない。でも大まかならわかる気がする。
嫌な事、つまりは『良からぬこと』にオウヒさんにするつもりだということは想像できた。
鬼族は人間に利用された。命を潰されて、残った命の次に大事な角を奪われた。
奪われ、何の罪のない鬼族達が死んで逝った。だから鬼族は鬼以外のみんなを恨んでいる。
死んでしまった同胞たちの無念を刻んで、その恨みを糧として生きている。
まるで枷。
怨恨の枷を巻いているかのような、みんなで電車ごっこでもするようにその怨恨の輪を持って歩き続けているかのような、悲しくて苦しい人生。
その人生を何とかしようとしているオウヒさん。
みんなのことを考えて、みんなのために恨みの連鎖を解こうとしている。解いて、新たなつながりを絆して頑張ろうとしている矢先……。
オウヒさんを守ることが私達の試練。
守らないといけない。
オウヒさんも、シェーラちゃんも守らないといけない。
守れる人は――私しかない。
私が手を伸ばして、二人を……。
そう思った時、黒い狐の人は言った。
「『轟雷』」
黒い狐の人は言った。さっき放った『電撃』ではなく、雷系統の最強魔法を放とうとした。
それは全体攻撃と言ってもおかしくないほどの威力で、きっと『六芒星』達を一掃するために、私と二人っきりになるためにこの技を放ったんだ。
一掃して、誰も邪魔できない状況を作るために――
私達だけの世界を創り上げるために……!
「――っ!」
それは、だめ……っ。
そんなことをしたら、シェーラちゃんも、オウヒさんも死んじゃう……っ。
『盾』だけじゃ防げない……っ。しかもここ一帯の人達のことを考えていない攻撃で、この攻撃がもし、もし当たったら……?
さっきのように一人犠牲になるとかそんな次元じゃない……。
この雷……、「『轟雷』」はさっきの攻撃よりも大きくて、ダメージが大きい。
被害だって大きくなる……っ!
そうなったら……、そうなったら……っ!
――だめだ……!
◆ ◆
ゴロゴロと鳴り響く雨雲の音。
その音を聞いてしまえば誰であろうと思うだろう。
雷の音だと。
雷と言っても雲の中でまだ蠢ていれば安心かもしれない。避難さえすれば、家の中にいれば多少安心できるかもしれない。この仮想世界に電気というものは通っていないが故の安心なのだが、今回ばかりはその安心も虚無と化してしまう。
なにせ黒い狐の男――クサビが放とうとしている技はまさに大荒れの世界に落ちる巨大な電気。巨大な凶器。
天から降る凶器なのだ。
それが『フェーリディアン』の中心に放たれようとしているのだ。
これを見過ごしてしまえば、そのままにしてしまえば大惨事どころの騒ぎではない。
多くの犠牲が出てしまい、『フェーリディアン』に悲しみと言う名の絶望が降り注ぐだろう。
だろうではない。降り注ぐ。
だがその絶望を想像していないのか、クサビは雷系統最強のスキル『轟雷』を放とうとしている。
ゴロゴロ鳴りやまない雨雲から特大の雷を落とそうと、クサビはスキルを放とうとしている。
スキルの名を言ったところですぐに落ちるわけではない。少しのタイムラグがあるのだが、そのラグでさえもかき消してしまう様な特大の魔法を、クサビはこの街もろとも消す息王で放とうとしているのだ。
この光景は常軌を逸している。クサビ自身の精神に異常があるのかもしれないと思っているだろう。
まったくもってその通りだ。
クサビはハンナに対して抱いている感情こそが彼の行動の原動力。
その原動力はクサビからしてみれば『愛の力』だが、他者から見れば『純粋で濁りまくっている狂気』になってしまう。
人を思う気持ちというものは複雑なもので、同じ感情――わかりやすく言うと他人と他人が全く同じ感情を持っていることは低確率であり、その感情の質が違えばもっと違うものになってしまう。
クサビはまさにそれだ。
ここでクサビの心境を少しばかり描いて行こう。
彼は愛というものに飢えている。
彼に寄ってきた女たちは彼の金目的で近付いた者であり、愛という理由を持って近付いたわけではない。
彼に対して『愛』を向ける者は――一切いなかった。
クサビに近付く者すべてが『金』という邪なものでしか近付かなかった。
それ以外で近付く者がいなかった。
クサビには――『金』というものしかなく、それ以外の物がなかった。
なかったからこそ、それが欲しかった。
『金』というものよりも、それ以外の物を欲した。
特に――愛が欲しかった。
肉親への愛情ではない。他者からの愛を、己から与える愛を受け入れてほしかったのかもしれない。そして彼は――愛することを欲していた。
脳から痺れるような電流が放たれるような、電撃のような愛を。衝撃を欲していた。
そのくらいクサビは『愛』というものに固執していた。
『愛』を与え、貰いたかった。
プレゼントをし、貰う様に――彼は他者からの『愛』に飢えていた。
飢えていたからこそ、彼が初めて体験した『一目惚れ』が変貌を遂げ、狂気の愛――『狂愛』を生んでしまった。
彼はシェーラと虎次郎と相対した時、こう言っていた。
いいや、こう豪語していた。
私はね……。あの少女を見てから、あの少女をこの身を挺して守ろうと誓ったのだよ。これは愛だ。私は本当の愛を知ったのだよ。
いうなれば――恋をした。一目惚れだ。あの少女に恋をしたのだ。愛に年齢なんて関係ない。恋愛に通ずるものはそう言ったことが多い。
愛に年齢の隔てなどない。私はただただただただただ、愛がほしいのではなく、私は与えたいのだ。与えられる愛ではなく、私自身が与える愛を彼女に与えよう。私は彼女のことを守ろう。身を挺して、あの女の近くにいた騎士のように、私は彼女のことを守って強い絆で結ばれたい。そして愛を誓い合いたいのだ。
私はこんなにもあの子のことを愛しているんだ。これは運命の赤い糸に繋がれた運命的な出会いなんだ。
私は一刻も早くあの少女に会って、あの子のためにこの命を捧げたい。いいや! 私は彼女と強い絆で結ばれて、そして永遠の愛を誓いあいたいっ! 今までの愛とは比べ物にならないほどの温かくて愛おしい想い。そうだ。私はこんな愛を欲していたんだっ! ゆえに貴様らをここで殺して、あの子の傍であの子のことを守りたいっ! あの子のことをもっと知りたいっ! あの子の隣はあのエルフの男でも、蜥蜴の男でも、貴様のような半魚人でもない。貴様のようなじじぃでもない! そしてぇ! あのコンピューターの騎士でもないんだっ! あの子の隣は、私がふさわしいんだ。私は、私は、私は、私は――あの子の騎士になって、結ばれたいのだよっっっ! 非力で無力で、愛おしいあの子のことを――守りたいんだよっっっ!!
この時からクサビの中で『愛』という感情は変貌していたのかもしれない。いいや既に変質してしまいが、それは誰にも解くことができない謎――迷宮入りの心境になっている。
勿論その感情を抱いている本人でさえも分からない。
なにせ、その感情を彼は『純粋な一目惚れ』で、『愛』と思っているのだから。
長く話をそらしてしまったが、何が言いたいのかここで伝えよう。
つまり――クサビは今日やっとハンナと言う自分の中の運命の人と出会うことができた。
その出会いはまさに運命であり、そうそう出会うことなどない偶然でもある。
だがクサビはこれを運命と認識し、偶然ではない必然であると認識したうえで思ったのだ。
――彼女に出会えたのだから、ゆっくり話をしたい。
――彼女に出会ったのだから話をして、ゆっくりお互いのことを知りながら共に旅をしたい。
――僕が守り、君は僕のために笑う。
――手を繋いで、お互いを愛しながら旅をする未来を描くために……、今は二人っきりになりたい。
クサビは思った。いいや行動しようとした。
やっとであった『初恋』の人と話をするために、邪魔な二人をこの場で排除しようとした。
彼女の近くで、彼女のことを囲むように話していた鬼の女と、自分のことをここまで陥れた――倒した小娘をここで殺そうと思った時、二人の時間を壊すように更に現れた集団。
その集団に対してもクサビは内心苛立ちしかなかった。
何故邪魔をするのか。なぜ自分達の初めての逢瀬を邪魔するのか。
そんな感情がクサビの中で燻っていき、次第に怒りへと変化していくにつれてクサビは思った。
――これでは話せない。
――せっかく彼女と出会えたのに、このまま話せないで邪魔されてハイ終わりだなんて……。こんなの三流恋愛ドラマのような展開だ。
――芝居臭いものを見せられていた立場だったこの僕が、される側になるだなんて……。
――こんなことをしている暇はないんだ。
――さっさと要件を済ませて……。
と思った瞬間だった。彼の燻りを一気に変化させる言葉が、クサビの耳に入ってきたのだ。
それがこの言葉。
「なら、ここであの女を何とかすれば……」
その言葉を聞いた瞬間だった。クサビの脳細胞が一気に活性化をしたかと思えば色んな想像。想定の思考が頭の中を駆け巡った。
――ここでなんとかすれば?
――それはまさか、彼女に危害を加えると言う事か?
――殺すことも含まれているのか?
――そうなってしまえば彼女はどうなる? 死んでしまうではないか。
――こんなところで殺されるだなんて、嗚呼なんで運命は残酷なんだ。
――いいや、残酷なのはあんなことを言い出した奴だ。
――あんなことを言って、そのまま自由に行動できると思うな。
――ここで殺してやる。
――黒焦げにして、僕達の逢瀬を再開させないとなぁ……!
――僕と、彼女だけの時間を、取り戻さないと――!!
そう思ったクサビは行動を起こした。
まずは言葉を発した仮面の男に制裁の雷を落とし。
その後すぐに慌てふためいている輩達に向けて忠告と制裁の二つを併せ持った雷を落とし。
最後に――自分と彼女以外の輩達を葬るために、地獄の雷を落とそうとする。
これ以上自分と彼女との逢瀬を邪魔されたくない。
それだけを糧にしてクサビは雷系の魔法の中でも最強の技――『轟雷』を放った瞬間、予想外なことが起き、自分が放った音がきっかけで最悪の結果に向かっていることに、この時のクサビ走る由もなかった。
□ □
黒い狐の人の雷の攻撃が放たれそうになった瞬間だったと思う。本当はどうだったのかわからない。
そのくらい私は考えずに行動していたから。
体が勝手に動いたのではなく、本当に考えるよりも体が勝手に動いた。考えないで行動に移したの方がいいのかもしれない。
それくらい私は考える余裕なんてなかった。
考える余裕がなかったから思わず私は動いてしまったのだ。
最初はシェーラちゃんとオウヒさんにだけ『盾』を発動しようとしていた。
でも黒い狐の人はシェーラちゃん達もろとも、『六芒星』の人たちを、最悪この街にいる人達ごと――『フェーリディアン』の人たちを巻き込んででも殺そうとした。
まるで邪魔者を全部排除するかのように仕向けられたその攻撃。
それを見た瞬間、スキルの言葉を聞いた瞬間――私は動いていた。
手を伸ばして、いつもしている『盾』スキルを発動するように、私は言う。
大きく、喉の奥から出すように……。
歌を歌う時によく言われていた。頭のてっぺんから声を出すように私は発動の声を上げた。
そう――ずっと出していないスキルでもあり、あまり使用していないからきっと忘れているかもしれないと思われてもおかしくないスキルを。
私はスキルのポイントに関しては『回復』に回して、残っているポイントを他に回すだけなんだけど、『回復』スキルはレベル10で『蘇生』までの全部の回復スキルを使うことができる。
でも『盾』スキルはレベル7までで、これに関しては『囲強固盾』まで使える。
使えるスキルとしては『盾』、『強盾』、『強固盾』は単体を守るためのスキル。
そして団体――複数人を守るために囲という名前がついている『盾』が使えて、その他にも私は『盾』スキルを使うことができる。
最初こそ使っていた気がするけど、ヘルナイトさんや属性に強いキョウヤさん、シェーラちゃんがそれを相殺する術を持っているおかげであまり使う機会がなかったけど、私だって正直これくらいのスキルは使える。
……本当なら、『盾』スキルのオーバースキルですべての攻撃を一回だけ防ぐ『完璧盾というスキルが使えればよかったんだけど、『回復』にスキルを割り振ったこともあってそれはもうできない。
オーバースキルは一つしかできないのだから仕方がない。
でも、それでも私は発動させた。
雷系統の技を防ぐことができる雷防御の『盾』――『雷盾』を。
「『雷盾』ッッッ!!」
スキルの声を放った瞬間、『六芒星』やシェーラちゃん達を覆う様に、ううんそれ以上の大きさを私は発動させた。
本来ならば人を守るように出るスキルなんだけど、もしかしたら何かの力が作用しているのかなとか、そんな非現実的なことを思ってしまいそうになる。そのくらい私が放ったスキルは大きかった。
あろうことか――私や黒い狐の人を………………。
違う。
あろうことか――『フェーリディアン』の街全体を覆う様に発動したのだから。
「!?」
一瞬、たった一瞬だったけど街を覆って行くその光景は圧巻……とまでは言えないスケールの小ささだけど、それでもみんなを守れるかぎりぎりの大きさの力が、まさかこんなことになるだなんて思っても見なかった私は思わず言葉を呑んでしまい、予想外の光景に驚きながら見上げてしまう。
でもその時間も終わりを迎えることになる。
街を覆うように薄黄色の半球体の膜が現れ、膜が街を覆ってしまおうとしていた時、黒い雲から一際大きなゴロゴロとなる音が聞こえたかと思ったら眩い光が視界を壊していく。
白く、白く世界から色彩を一瞬壊し、私達の視界からも色彩をなくして――大きな落下音のような音を放つ。
どぉんっ!
と、鼓膜を壊すような、それでいて心臓を揺らすような音を出して……。
「っ!」
音が聞こえた瞬間私は耳を塞ぐことができず、その大きな音を聞くことしかできず、我慢をするように目をぐっとつぶって耐える。
ぎゅっと強く瞑って、近くで笑みがこぼれるような声が聞こえたけど、その声もすぐに無くなり、次に聞こえた声が――
「――は?」
素っ頓狂な声だった。
さっきまで感じていた緊迫を壊すようなその声を聞いて、私はきつくい瞑っていた目をそっと開けて辺りを確認する。
確認して、私はさっき見たあれが夢ではない――現実だったことを知る。
私の視界に入った光景――それは『フェーリディアン』全体を覆う様に現れた薄い黄色の半球体に大きな罅が入った状態で、しかもところどころに大きな穴や小さな穴と言った割れた後が見えていて、その穴から黄色が混じっていない空の世界は見えていた。
空はもう雨雲に覆い尽くされていない晴天の状態で、その空と黄色交じりの空を見てからすぐに確認するように街を見渡す。
勿論その確認というのは街の状況も然りなんだけど、シェーラちゃん達のことを確認するために私はシェーラちゃん達が倒れている場所を見る。
見て――安心のそれが零れた。
笑みと共に、息が零れ落ちていく。
私の視界に入るようやく気絶から目を覚まして起き上がったシェーラちゃんと周りで一体何がどうなっているか辺りを見渡している『六芒星』の人達。
そして私達のことを窓から覗いて見ている街の住人達。
みんな無傷で、雷に打たれたようなそれがない。街の損傷もない。木々にも落ちていない。どこも燃えていないし焦げている箇所もなかった。
みんな、街の人達も、街全体も無事だった。
全部――無事に守れた。
その事実を知った瞬間、私は全身に入っていた力が一気に無くなってしまったかのように、腰を抜かすように足元をふらつかせてしまいそうになった。
もしこの場所に私しかいなかったら絶対に尻餅をついて腰を抜かしてしまう様な光景が目の前に浮かぶかもしれない。実際私はそうなると思っていた。
というかその暗い力が抜けていた。
けど、それで終わらせるなんてことは出来なかった。ここで尻餅をつかせて安心の吐息を吐くなんてまだ早いと思ったから私はそれをしなかった。
だって、この場所には私以外に人がいる。私に近くで、私の手を掴んだ状態で立っている黒い狐の人がいる。その人が手を離さない限り私に安心と言う動作の証でもある腰を抜かすということができないだろうな……。そんなことを思っていると……。
「な、な、な、な………………っ!? なんだこれ……」
今まで黙っていた黒い狐の人は、目の前の光景を見て言葉を失っていたのか、はたまたは混乱していたのかわからないけど、何とか意識を現実に戻すことができたのか黒い狐の人は状況を見渡し、確認した後――わなわなと体と声を震わせ、そして荒げに含まれる震えの声を出しながら彼は言った。
理解不能。
どうしてこうなったんだ。
とでも言いたげな面持ちと驚愕で、黒い狐の人は言った。
「なんで全員無事なんだぁっ!? どうして僕が放った『轟雷』が不発に……? どうしてこんな生きていても無駄な奴らに当たらず、どこにも当たらないまま消えてしまったんだっ! どうしてこんなことにぃぃぃぃぃぃいいいいいいいっっっ!」
なんとも憎々しげに言う言動と声色は怨恨満ち溢れた顔で、本当に悔しがっているそれが顔を見ても分かってしまう様なそれだった。
本当に殺すつもりだったその攻撃が当たらなかったことに、そして『六芒星』や、この人にとって消したかった人たちが生きていることこそが予想外だったんだろうな……。
そんな予想外を予想内にならずに済んだ私は、内心ほっと心を撫で下ろして肩の力を僅かに抜くけど、その時黒い狐の人は空の変化に気付いたのだろう……。『雷盾』が壊れた情景を見て言葉を失った状態で見上げていると、黒い狐の人は言った。
「まさか、これは……、『盾』スキル……? 占星術のバリアとは違うものだ……。これは衛生士のスキル……」
と小さな声でぶつぶつよ呟くように言った後、黒い狐の人は私のことを見るためにギッ! と睨みつけるような面持ちと凄んでいるその顔を私に向けると、黒い狐の人は私に向けて、手首を掴んでいたその手を離すと、今度は私の両肩に両の手を強く置き、そして肩の骨を折ってしまうのではないかと言わんばかりに強く握って来る。
ぎりりっ! と軋んだような感覚を感じて、私は痛みの声を零しかける
うっと唸るようなそれだけど、その声をかき消す様に黒い狐の人は言った。
荒げて、縋る様な悲しいもしゃもしゃを放ちながら、理解できないという憤りを出しながら彼は言う。
怒りも悲しみも混ざりに混ざっているそれを――
「君なのか……っ? どうしてなんだっ? どうしてあんな奴らを助けたんだいっ!? 君に危害を加えようとしていた奴らだぞっ? 悪人なんだぞ?」
「…………………………知っています。何度も会っていますから」
「会っているっ? ならわかるだろうっ? 悪人はこの手で殺さないといけないんだっ! 殺して正義という名の」
「でも、この人たちは正真正銘の悪人だけど、あなたはそれ以上の悪人です」
「は?」
黒い狐の人は言った。
私にきっと肯定のそれを言わせたくて言っていたそれを。
『そうですね』とか、『あなたは間違っていない』って言ってほしいのかもしれない。
自分を肯定するような、してほしいその言葉を私に言わせたかったのかもしれない。
でも、私はそこまで優しくない。
私だって常識があって、私にも曲げたくない気持ちだってあるし、言いたいことだってある。
「あなたは無差別に、何の理由もなく人を殺めました。殺生しました。それは酷い事だと思いますし、それに――たとえ私のためだとはいえど、私は頼んでいません」
「頼んでいなくてもその想いに応えるのか騎士の務めだっ! 君を守るために」
「でも殺さなくてもいい事ですっ」
「っ」
今まで流されるような言動だった私が突然怒鳴ったからか、黒い狐の人は驚きの顔をして私の顔を見る。ぎょっとした顔が私の視界に写り込むけど、私は止まらない。
おどおどとして誤魔化すなんてことは今はしない。
もう本音をぶちまけよう。
「私は頼んでいません。たとえ攫われかけたら殺す以外の方法はいくつもあったはずです。殺すなんてひどいです。少し短気なアキにぃでも、シェーラちゃんでも殺すことなんてしなかったっ。捕獲して縛ってそれで終わりだった。どんな敵であろうとも殺すなんてしなかった! あなたはそれを躊躇いもなくした。しかも理解できないような言動で」
「っ!? り、理解できない……? なにを言って」
「奪おうとしただけなら殺すなんてことしなくてもよかったはずです。白状すれば感電程度で済ませようと思っていたという言葉も嘘にしか聞こえません。そう思っているなら脅しで足元に当てることだってできたはずです。あそこまでする必要もないのに……、こんなのただのひどい行いですっ!」
「っ」
「『六芒星』の人達も悪いことをしています。でも今はあなたが一番の悪者です。悪者が放った技だから私は守ろうと思ったんです。シェーラちゃんを、オウヒさんを、『フェーリディアン』の人達を、そしてあなたが嬲ろうとしていた『六芒星』の人達を守ろうと、そう思った結果がこれです」
私は言う。空に見える黄色い壊れた半球体のガラスの光景を指さし、黒い狐の人に向けて言う。
私の意志そのものでもあるそれを指さし、私の答えでもある言葉を黒い狐の人に向けて。
少し待たせてしまった返答だけど、今はっきりと言おう。
あなたへの返信を――
「『君は、『グルーナル・ファナ』は好きかい?』この返答に関しては『ノー』です。私まだ子供だし、それにそんな気分じゃないんです。あなたと一緒には飲みたくありません」
「っ」
「そして、あなたは私の騎士ではない」
「!!」
あなたは私の騎士ではない。
その言葉をはっきりと言った瞬間、黒い狐の人は目を見開いて愕然とした面持ちで私のことを見ている。肩に食い込む指が大袈裟というくらい震えていて、私も震えてしまいそうになるほど震えている。
ぶるぶると震えるそれを感じながらも言う。
はっきりとした言葉で私は告げる。
脳裏に焼き付いている――あなたのことを。
「私の騎士様は――ヘルナイトさんだけですっ! 貴方じゃないっ!!」




