PLAY117 私の騎士は①
「まったく――何を手こずっているのですか? 他の部下達はもう任務完了したというのに」
その声が背後から聞こえた瞬間、虎次郎は感じ取った。
背中からではあるが、それでも彼からしてみれば背後を取られるということは命取りに繋がってしまう失態でもあったので、背中への神経は人より敏感、気配に敏感だった。
敏感であった……。はずなのだが、気配を感じ取った虎次郎は即座と言わんばかりに背後を振り向いた。
勿論握っていた刀を背後にいる人物に向けんばかりに、彼は先ほどの気迫を殺気に変え、その矛先を背後に向けた。
視界が一気に回る。回るといっても四分の一ほどの回転なのだが、それでも一瞬の速度の中の視界の流れは急速と言っても過言ではない。
一瞬の隙を突かれないように虎次郎は自分の中でも最速と言わんばかりの速度で振り向き、振り向き様に刀を振るおうとした。
かちり……と鞘から引き抜く音を拾う耳。
その音を聞くと同時に、虎次郎は音もなく刀を抜刀し、真剣の居合抜きを繰りだす。峰内のそれではない――刃の方を向けた居合抜きを繰り出そうと彼は振り向き様の攻撃を背後にいるであろう知らない人物に向けようとした。
「――っふ!」
短く息を吐く。吐くと同時に虎次郎はその矛を露にして斬る。斬る。斬る――
「っ?」
斬る……いいや、斬ろうとしたが、彼の耳に入ってきた音は聞き慣れない音だった。聞きなれない音が虎次郎の感情に大きな揺れを生じさせた。
いつも聞こえていた『しゃりんっ』と言う斬る音ではない――
彼の耳に入ってきた音は――無音。
そう、何も聞こえなかったのだ。
聞こえない音に驚きもしたが、虎次郎はそれ以前から驚きを体験していた。音が聞こえなかったよりももっと重要な事、それは彼にしかわからないことであり、重要なことはアキ達の前で明らかとなる。
簡潔に言うと――虎次郎の背後に人はいなかった。
どころか先ほどまで感じていた気配がなかったのだ。
「? なに?」
気配も人もいない背後に虎次郎は困惑しながら何の成果も得ることができなかった刀の刀身を下から先まで余す事なく見つめる。刃に斬った後はなかった。
どころか空気を斬ったかのように近くに小さくなってしまった木くずがフヨフヨとゆったりとした速度で降下している。
その光景を見ながら、虎次郎は感じていた。
いいや――感じるべきであろうその感覚がないことに困惑していた。の方がいいだろう。
なにせ虎次郎が居合抜きをする時は人の目から見れば音速に見えてしまうかもしれないが、斬った本人はその感覚を感じているのだ。音速であろうとも斬っていることに変わりはない。変わりがないがゆえに今回の違和感は初めて体験したものでもあった。
そう――斬れたという感覚がない事に、虎次郎は驚きを隠せなかったのだ。
斬れた感覚がない。それが意味することは何も斬れなかったと言う事でもあり、虎次郎が斬ろうとした瞬間と同時に背後にいた敵は虎次郎の背後から消えたということになる。
その時間はほんの一瞬。
一瞬の間に虎次郎の背後にいた敵は虎次郎から離れてしまった。背後に傾いたのではない。背後を何度も何度も穴が開くほど見たが、その人物らしき気配がない。
その事実に虎次郎は驚きを隠せない面持ちで刀を振った状態で固まってしまう。
固まりながら虎次郎は思った。困惑する思考の中――虎次郎は思ったのだ。
――いつの間に消えたんだ?
――斬れた感覚はない。空気を斬ったかのような感覚。
――一体どこに消えたというのだ?
――まさか……、世に聞く魔女の力と言うものなのか? それとも何らかの手品をしたのか?
――むぅ……! 考えを巡らせたとて解決への糸口が見つかるわけではない……っ! どころかどんどん混乱していくような感覚だ……!
――無限に考えを巡らせているかのような苛立ちも感じる。
――ここで苛立つな虎次郎……! 敵は近くにいるに違いないっ。探すのだ! 絶対にこの場所にいるに違いない。
――どこかにきっと……!
そう思いながら虎次郎は辺りを見渡そうとした。そうしようと行動に移そうとした瞬間、虎次郎の耳にとある声達が入ってきた。
「わっっ!」
「っ!?」
その声はアキとキョウヤの驚きの声。
特にアキの驚きの声が大きく、声に出してしまうほど驚いてしまったのだろいという予想がついてしまう。まさにテンプレ通りの驚き方と言っても過言ではない。
対照的にキョウヤは声を殺した状態で驚きのそれをしているのだろうが、キョウヤもアキと同じように驚いているのだろう。
背後を振り向いて振り向き様に斬ろうとしていた虎次郎からしてみればわからないことだが、二人の声を聞いて驚いていることだけは理解できた。
理解できた刹那――虎次郎は振り向き様の姿から即座に元の正面に顔を向けるように視線を前に戻す。
先程振り向き様に斬ろうとしていたので体が自然と元に戻ろうとしているような感覚を微かに感じたが、その感覚の手助けもあって虎次郎はすぐに視線を戻すことができ――視線の先にいる存在を視認することができた。
虎次郎の視線に入った存在は――アキ達よりも横に大きく、縦に大きい……、全体的に大きい存在で、異世界ファンタジーをモチーフにしているこの世界戦からしてみれば異様な姿をしている大男だった。
力士よりもふくよかな体つきで、肌と髪の毛を隠すようにすべてを白い防護服で覆っているかのような姿をしているが、その背に背負っている大きな機材がそのふくよかな体よりも目立つ姿をしている。手に嵌められている緑色のゴム手袋。黒いゴム製の長靴。そして素顔を隠すかのようにつけている『六芒星』の仮面をつけた男。
その姿を視認した虎次郎は驚きのあまりに言葉が出ない状態に陥る。それはアキ達も同じで、突然現れた大男を見上げたまま固まってしまう始末。
本来ならば攻撃することこそが正解の行動なのだが、それができない理由があった。理由と言う理由ではないのだが、攻撃できなかった理由は簡単な話――突然現れた存在の異質さもあるのだが、それと同じくらい目の前に現れた大男が一体どんな攻撃をするのか予測できなかったのだ。
背に担いでいる機材もそうだが、何よりラランフィーナのような隠し方をして攻撃をしてくる輩もいる。且つ彼は『六芒星』だ。
『六芒星』の幹部相手ならば魔祖を知ればなんとか対処ができる……かもしれないのだが、側近相手となれば必ず先手出来ない状況、近付いても遠距離で攻撃したとしても、何か隠しているかもしれないのだ。
油断できない。だから攻撃できない。
だから――その場で固まることしかできない。
固まることしかできない状況下の中、大男は己の足元で地面に手を付けて倒れているラランフィーナのことを見下ろしながら小さく溜息を吐き――
「ラランフィーナ。まさかこんな姿で地面に突っ伏してしまうとは思っても見ませんでしたよ。お体は大丈夫ですか? 足は痛くないですか?」
と、ラランフィーナのことを見下ろしながら言葉を吐くと、その場で膝を付き。姿勢を下げた状態でラランフィーナの足……斬られた箇所を見て言うと、聞かれたラランフィーナは自分のことを見下ろしている大男のことを見て、歯軋りをしながら彼女は叫んだ。
まさに怨恨をぶつけるように、怒りと言う名の感情を吐き出さんばかりにラランフィーナは大男に向けて叫んだ。
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、フフフフルフィドォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ! 遅っせーんだよぉっ! 遅すぎて死にかけたんだぞぉおおおおおっっっ!? 何してんだよでぶがあああああああっっ!」
「申し訳ございません。あちらの方で少々アクシデントがありましたので、そちらの方の対処に回っていました。あなたの方は大丈夫だろうと思って居たのですが……、まさかここまで苦戦してしまうとは思っても見ませんでした」
「なにすました顔していっているんだよぉおおおっっ! 私だって想定外だよっ! こんなに強いだなんて思っても見なかった! エルフには勝てたのにたかが人間と蜥蜴やろうの攻撃を喰らったっ! こんな屈辱初めてだっ!」
「そうですね。あなたは鮫の血を引いている亜人なのです。海の強者が陸に上がったのであれば最強と言われても間違いないあなたが、まさかこんな形で初めての黒星を刻むとは……、想定外ですね」
「冷静に言うなこのくそデブがぁあああああああっっ! たかが人間のくせに何えらそーに私のことを見下しているんだぁ! 早く助けろぉおおおっっ! 担いでラージェンラ様のところに運んでええええええええっっ!」
「…………あなたのことをラージェンラ様の狂信者世思っていましたが、どうやらそれの上を行く存在だったみたいですね。そう怒鳴らずとも、あなたの足もちゃんと直します。この状態は衛生兵の瘴輝石であろうと治せません。高等技術の回復魔法を持っている者もいませんので、多少の改良が必要になります。それで」
「いい。いい! いいから早くラージェンラ様の所にぃいいいいいいいい! 早く報告しないとぉおおおおおおおっっっ!」
「はいはいわかりました。それでは担ぎますよ。痛かったらいつでも申してくださいね?」
叫びながらラランフィーナは自分のことを見下ろしている大男――彼女は大男のことをフルフィドと言っていたのでフルフィドとして認識するとしよう。ラランフィーナはフルフィドに怒りと言う名の感受尾をこれでもかと濃いと場としてぶつけていくが、当の本人は聞き流しながら冷静な相槌を打っている。
まさに対照的――対極の感情を垣間見ているかのような光景だが、そんな状況の中でもフルフィドは冷静と言うそれを崩さず、どころかラランフィーナの暴言を聞き流すかのように彼女のことを流れるような仕草で抱きかかえる。
うつぶせの状態で倒れている彼女の服に手を差し入れつつ、そのまま優しく、傷がつかないように持ち上げるその光景はけが人を配慮した行動だ。だが腹部を抱えたままではけが人にも支障をきたしてしまう。
だがその不安を払拭するかのようにフルフィドはラランフィーナをお姫様抱っこに切り替えて抱え直す。その行動に関しては流れ且つ素早い行動であったが故よく見えなかったが、それでもて慣れている様子でフルフィドはラランフィーナのことをお姫様抱っこの容量で抱え直したのだ。
叶え直した瞬間ラランフィーナは「いだっ! もっと慎重に扱えくそデブッ!」と罵りの言葉をかけたが、その言葉でさえも流すかのようにフルフィドは「はいはい」と言いつつ、彼女のことをしっかりと抱えると彼は呆れるような言葉で言った。
……三人のことなど無視――ではない。まるでいないかのように、見ていないかのように無視をし、ラランフィーナに向けてフルフィドは淡々としている音色で言う。
「あのですね……。先ほども言いましたが、『痛かったらいつでも申してくださいね』と言ったはずです。それを申告しなかったあなたが悪いでしょう? あと担ぎ方にも難がありましたし、あのままの状態で運んではあなたが苦労します――ね?」
そう思いますよね?
フルフィドは言う。いいや……、聞いて来た。
現在進行形で会話を聞いて固まっていたアキ、キョウヤ、虎次郎に向けて――彼は聞いたのだ。
まるで同意を求めるように、話を聞いていた人から証言を集めるようにフルフィドは聞いて来た。
驚きの顔のまま固まってしまった彼らの顔を見ずに――だ。
正直なところ、三人は思っていた。見ていないふりで、無視をしているのではないかと思って居たのだが、フルフィドはしっかりと三人のことを視認していた。
変な話になるが、無視などしていなかったのだ。
ただ今はラランフィーナの話を優先にし、優先事項が終わった後で気になっていた三人に話を向けただけ。それだけなのだが三人はフルフィドの突然の振りに驚きを隠せない状態で見つつも、武器を持っている手を緩めることなく、どころか向ける傾向を強めて平静を取り繕った。
取り繕い、フルフィドの言葉に対して返答したのは――虎次郎だった。
虎次郎は聞く。小さく小さく深呼吸をした後で虎次郎はおそるおそる口を開く。
居合抜きの構えを解かず――虎次郎は言う。
「ま、まぁ確かにそうだな。けが人に対しての配慮が行き届いておる。まさかと思うが、医療に携わっていたのか?」
言いながら虎次郎は質問と言う名の言葉を返すと、その言葉に対しフルフィドは淡々としている言葉で返しをかけた。
「ええそうです。経緯に関しましては説明しません。なにせこちらの諸事情や個人の過去を異国の冒険者に対して晒すほどお人よしではありません」
「…………………………。随分異国の者に対して唇裂な態度だな」
「当り前です。私は異国の物が大の嫌いなんです。大と言う文字が何十……、いいえ、数えきれない。いいや『無限』と言う言葉を使いたいほど嫌いなのです。毛嫌いで表せないほど嫌いですし、勿論憎しみもあります」
「憎しみ……」
「ええそうです。憎しみです。あなた方に対して憎いというわけではありません。私はとある国の者が大嫌いなんです。あなた方にもありますでしょう? 憎しみと言うものが。そしてその憎しみは死してなお消えることなく、死んだとしてもすべてが消えない限り消えることはない憎悪を――」
虎次郎のことを見るために横目だけで見つめてきたフルフィド。
『六芒星』の仮面をつけているのでその眼が一体どんなものなのかはわからない。厳密に言うと見ているのかすらわからない状態なのだが、フルフィドのことを見て、仮面に隠された視線を感じた虎次郎は思った。
いいや感じた。
ハンナほどの感情感知はない。どころか彼女のようにもしゃもしゃと言う独特な感情を読み取ることは出来ずとも、虎次郎は感じたのだ。そしてそれはキョウヤとアキも感じた。
仮面から零れ出るように現れる赤黒い憎悪の圧を。
ラランフィーナと同等か、それ以上の憎悪を見せてきたフルフィドに三人は直感で思ったのだ。
これはまずい。と――
幹部でもない。側近と言う存在に対し三人は確信したのだ。
勝てないというそれではなく、これ以上関わったらだめだ。ここで拘束し、情報を聞こうとしたらだめだと――そう直感してしまったのだ。
そして思ってしまった。
野生の勘と言うものなのか、はたまたは危機的感知が発動したのかはわからない。然しそれがあったとしてもなかったとしても、アキ達はこの選択をしただろう。
関わってはいけない。これ以上の詮索は危険だと。
詳しいことなど意味をなさない。なさないほどこの境界を越えてはいけないと三人は察したのだ。
人には踏み込んではいけない領域と言うものがあり、その領域に踏み込んでしまえば後戻りできない後悔を抱え、それと同時にその者を見る目が変わってしまう。
アキ達はその状況に踏み込みかけ、踏みとどまった結果――これ以上の詮索は駄目だと思ったのだ。
関わってしまったら戻れなくなるかもしれない。
曖昧に聞こえてしまう様な事でもあり、聞いても大丈夫なんじゃないかと思ってしまう様な事かもしれないが、人は聞いてはいけないことや言ってはいけないことがあり、その領域に踏み込んでしまうと心のバランスが崩れ、何をするかわからなくなってしまう。
怒りで我を忘れたり、奇声を上げたり、暴力を振るうなど――色んなことがあるが、それでも踏み込んでしまった結果はいいものではない。
ラランフィーナもつい先ほどまでは笑いながら戦っていた。ラージェンラのために戦い、そして苦戦と言う形勢逆転を経験した。だが問題はここからだ。
ラランフィーナが変わったきっかけは虎次郎を見た時、その時何かと重なってしまったのか、彼女は彼女らしくない (アキ達からしてみればたった数分だけ話ただけなのでこれが彼女なのか、彼女らしくないのかは定かではないが、それでも豹変したことだけは理解できている)規制と怒声を浴びせながら起き上がろうとした。
一体何を思い出したのかまでは分からないが、それでも彼女の逆鱗に触れてしまったことは事実であり、これこそが踏み込んでは行けないところに踏み込んでしまったというわかりやすい例えなのだ。
それをフルフィドも持っているとなれば危険だ。
そう思い三人はフルフィドの言葉に対して返答もしないままじっと無言を貫く。こんな状況の中でも武器から手を離さないところは警戒の表れでもあり、その光景を見ていたフルフィドはふぅっと一息つくような溜息を吐き、虎次郎から視線を逸らし、そして目の前を見た後彼は言った。
淡々とした言い方でフルフィドは言う。
「まぁ、こんなお話あなた方にしても意味ないと思います。そのくらい私はあなた達異国の者達に対して興味などないのです。興味と言いますか同情してしまいそうです。こんな物騒な国に出稼ぎで来て、それで稼ぐことなく命を散らす。とあるお話で、英雄になりたくてこの地の悪を倒そうとしていた者達がいたそうですが、その結果は惨いものとなり、今となっては空の彼方の住人になってしまっています」
「……惨い……、死んだって、ことか?」
フルフィドの言葉を聞いたアキは唸るような声を零すと同時に、聞くはずがなかったにもかかわらず彼は思わず質問をしてしまう。
この世界で、この国で戦ったもの達はどうなったのか。
それを詳しく知ろうとして――
アキの言葉を聞いてキョウヤは小さな声で『馬鹿っ!』と声を零して静止を掛けようとしたが、その静止も虚しく、アキの言葉を聞いてフルフィドは『ええ』と返事をした後……。
「一応オブラートに包んでおいたのですが、はっきり言った方がわかりやすいですね? あなたは意外と頭がお固いことを知りました」
と、『ついさっきこう言ったはずなんだけど、理解できなかった?』と言わんばかりの言葉をアキに返すと、その言葉を聞いたアキは「うっ」と濁点がつきそうな声を零してフルフィドのことを睨みつけるが、そんなアキの言葉を紡がせることなく、フルフィドは自分のターンを維持している状態で「そうですね」と言った後、彼は一幕間を置いた後続きの言葉を言う。
淡々として、感情などこもっていないかのような音色で彼は言った。
「この国に巣食っている『終焉の瘴気』を倒せば、国から大金が手に入るという情報を聞いて、色んな他国の猛者たちがこの地に集い、そして『終焉の瘴気』に立ち向かおうとしました。色んな魔法。いろんな武器、色んな戦術を駆使して挑んだ結果――『終焉の瘴気』の力に負けて死んでしまった。それも何万……。いいえいろんな国の殉職者合わせて何千万人以上ですね」
「何千万……」
「ええ何千万。その何千万の中でこの国の殉職者も多いと思いますが、殆どが異国の冒険者。こんな国のために命を費やすなど、命を賭すなど馬鹿なことだと思います。こんなことで費やすくらいなら……、己の国で命を費やした方がよっぽどいいと私は思いますよ? 身内がいない場所で志半ばで落命――そんな運命ならば抗い、故郷で寿命を全うした方がよっぽどいい」
フルフィドの言葉はあながち間違いではない。少し個人の見解と言うものがあり、個人の意見というものが含まれているようなそれだが、それでもフルフィドの言葉は間違いではないかもしれないだろう。
冒険者という立場上命と隣り合わせの職業であり、一瞬の油断で己の命が消されてしまう過酷な職業である。
そんな冒険者は現実的な言い方になってしまうが、金が欲しいがために冒険者になり命を懸けている。命を懸けて冒険者になっているのだからそれ相応の覚悟があるのも事実だ。
しかしそれでも危険に変わりない。
その危険を冒してまで異国で命を費やすよりも、母国で寿命を全うした方がいいかもしれない。
そうフルフィドはアキ達に向けて言っているのだが、その言葉を聞いていたアキ達三人は――彼の言葉に対して返す言葉が見つからなかった。
どころか返す言葉をすること自体する資格がないと三人は思った。
なにせ三人は異国の冒険者とい面目でこの世界にいるが、現実は違う。
この世界……ゲームの世界に閉じ込められたただの被害者。フルフィドの言うように自分達は異国は異国、異端な存在。
そんな異端の存在が『そんな言い方するな』や、『そんなことお前が決めるべきじゃない』と言えるような立場なのか?
自分達は死んだとしてもハンナの力があれば生き返ることができ、最終的には蘇生薬と言う高価なアイテムがあれば生き返ることができる。
そんな状況の自分達がここで偉そうに命のことに関して言える立場なのか? 自分達はそのことを言う縫い相応しい存在なのか?
自分達にとってこの世界は仮想空間に近い世界だが、フルフィド達からしてみればこの世界こそが世界――現実と言う名の世界なのだ。
仮想空間の住人が命に関してとやかく言えるのか。
そんなことを悶々を考えながら三人は言葉を詰まらせてしまい、フルフィドの言葉に対して返答することができずにいた。
無言のまま固まってしまったアキ達を仮面越しで細くした目で見つつ、フルフィドは踵を返しながらアキ達に向けて言った。
彼等を背にするようにフルフィドは言う。
「しかしその判断をするのはあなた方。あなた方が決めたことであれば異議など唱えません。そこまで私も執着する性格ではありません。人の人生などそんなものです。他人の干渉なんて些細なもの。人生という樹木の細い細い枝の一部なのですからね。あなた方のことを止めることはしませんが……」
一幕言葉を区切った後、フルフィドは言う。
淡々としている音色で彼は振り向かない姿勢のまま――アキ達に衝撃の言葉を残す。
「――あなた方のお連れ様は必要ですので、手荒くなることをここで伝えておきます」
もしかしたら最悪の展開になるかもしれません。
その言葉を聞いた瞬間、アキ達の顔から激震に近い驚きが浮き彫りになり、彼等の感情に大きな波が押し寄せてきた。
ざわりと震える悪寒と共に、彼等は一瞬の驚きを顔に出すと同時に、即座にフルフィドから視線を外し武器を出し状態でフルフィドから離れる。
いいや――離れたのではない。彼等は向かったのだ。
フルフィドの言葉から零れた『お連れ様』の言葉を聞き、その『お連れ様』が目的であること、そして『お連れ様』に何か良からぬことをしようとしていることを理解した三人は止めようと足を動かす。
焦りを足に出し、間に合ってくれと願いながら三人はフルフィドを無視してとある場所に向けて駆け出す。
自分達と一緒に来ている『お連れ様』と、自分達の仲間達の元へ――!
その後ろ姿を見てフルフィドはため息を吐きながら「やれやれ」と言うが、その言葉とは裏腹に、アキ達の背中から目が離さず――ずっと彼等の背中を見ていた。
どこか悲しげではあるが、微かな羨ましさをちらつかせている目を仮面越しで見せながら……フルフィドは三人の背中を見つつ小さく言葉を零す。
その言葉はフルフィドにしか聞こえない。近くにいるラランフィーナにも聞こえない声量で、彼は呟く。
「私達も……あんな人生があったのでしょうか? フィリクス様……」
その言葉が誰の耳に届くことはない。届くのはフルフィドの心。彼にしか聞こえない悲しい願いだったもの。
その願いの言葉は空気と同化し、消えていく。
願っても叶うことなどない。そう言わんばかりの消え方をして……、彼の独り言は消えていく。
◆ ◆
そして――時をハンナ達に戻す……。




