PLAY116 始まる悪夢⑤
三人は今苦戦していた。
苦戦の理由は主に二つある。
一つはどんな技なのかはわからないが風の魔祖の『瘴輝石』と、鮫と人間の混血。本人は鮫人間と言っていたが、アキ達視点で言うと鮫の亜人と言う事なのだ。
風の『瘴輝石』に関しては詳しいことは分からない。だが簡潔に説明すると、風のバリアを作り、風を使ったセンサーが使えるようになるということは分かる。
だが風はあくまで補助。
それ以外の武器の使用と反射神経は彼女――ラランフィーナの実力。ここで努力の賜物と言う言葉が似合うような彼女の戦闘スタイル。
ゆえにアキ達は苦戦した。
彼女が使う風の『瘴輝石』も相まってアキの攻撃は完封されてしまったが、キョウヤの不意打ちの攻撃はやっと当たったというところで、二つ目の苦戦を強いられる理由が上がったのだ。
それがラランフィーナの鮫の肌。
誰もが鮫肌を聞くと傷つくという思考に結びついてしまうかもしれないが、実はそうではない。
鮫の肌に触れた時、尾ひれから頭に向けて撫でるとざらざらとした肌で撫でるその手が止まってしまうということがあるが、頭から尾ひれに向かって撫でると滑らかな撫で心地なのだ。
これは水の抵抗をなくし、早く泳ぐためと言われているが、ラランフィーナの肌はその役割を持っていない。
どころか彼女の肌はまさに凶器とまではいかないが多少の傷を作ることができる武器になってしまっている。
ラランフィーナの攻撃は不規則であり、かつ彼女の肌に触れてしまえば傷を負ってしまう。
遠距離でもなければ近距離ではない中距離と言う絶妙な距離で、攻撃をしても反射神経で崩されてしまう。しかも近距離で攻撃をしたとしても肌に触れてしまった瞬間傷を負う。
小さい傷だが血を流し過ぎてしまえば命はない。どころか彼女が最悪相手に触れるようなことをしてしまえば最悪の結果になるかもしれない。
そんな二つの凶器を持つ『六芒星』幹部ラージェンラの側近ラランフィーナ。
まさに歩く凶器だ。
アキの攻撃も殺され、キョウヤも傷を負った。
状況は劣勢のまま。ままなのだが……、そんな状況の中でただ一人、虎次郎だけがラランフィーナに向かって特攻したのだ。
死など恐れていない。真っ直ぐな眼で――
◆ ◆
虎次郎は迫って来たラランフィーナのことを見ながら予測不能の攻撃を見たとしても驚くことなどしなかった。むしろそのまま猛撃する意思を固めているようで、居合抜きの構えのまま前足を動かそうとしている。
顎を引き、小さく一呼吸吐く虎次郎。
心は穏やかで風などない海のように落ち着いている。だがそれでも油断はできない。
不規則で一気に仲間達を屠った存在。危険極まりない存在なのだ。
――正直なところ、年端も行かない女を斬るのは躊躇いがある。一見するとしぇーらと同じ年かもしれんのだ。ここで傷をつけるとなると心に傷を与えてしまうやもしれん……。
虎次郎は思った。一種の優しさも然りだが、ラランフィーナは女であり、女を傷つけるということは男として少々躊躇いがあった虎次郎。
しかしその躊躇いも一瞬で消え去ってしまう。
ラランフィーナが行った凄惨な行動。それが虎次郎の心に潜んでいた躊躇いを消し去ることにを脳裏をちらつき、それと同時に虎次郎は頭を小さく振る。
もしラランフィーナに善と言う感情があれば躊躇いを感じていたかもしれない。躊躇をしてしまいそうになったかもしれない。雑念があったかもしれないが、彼女の言動を聞いて見た瞬間それも消え去ってしまった。
躊躇いなど不要だ。この女は危険だ。野放しにしてはいけない。
野放しにしてはいけないが殺しはしない。殺生をしないことをせめてもの情けとして受け止めてほしい。
手加減してしまってはのちの弊害となる――許せっ!
そう虎次郎は思い、居合の構えのまま彼はダッと駆け出した。
背後でキョウヤの呼び止める声が聞こえたが、その声に反応せず虎次郎は猛進と言わんばかりに踊りながら迫って来るラランフィーナに立ち向かう。
彼女踊りながら、回りながら前に向かって進むと言った奇怪で器用な動きをして迫って来ている。その傍らでは彼女のツインテールの神に括り付けられた小さな鎌達が壁に切り傷と言う名の痕を残していく。
もしこの状況に夜と言う世界を加えてしまえば、一種のホラー演出に近いものを感じてしまう。
しかしそんなの関係ない。どんな武器を持っていたとしても関係ない。
今ここで致命傷を与えないといけない。
そう思った虎次郎は歩く飛び道具のラランフィーナに向かって突進し、素早く鞘から刀を引き抜く。
すらりと抜刀した瞬間、バトラヴィア帝国でルビィに作ってもらった漆塗りの鞘に収まった愛用の刀を虎次郎は勢いをつけ、目に見えぬ速さでラランフィーナに向けて斬りつける。
虎次郎が最も得意とする剣技――居合抜きをラランフィーナに向けて、ラランフィーナの武器と両手両足のアキレス腱に向けて放つ。
放って、彼女を戦闘不能にさせようと試みた。
そうすれば鮫の肌の負傷は避けることができる。
且つ彼女の反射神経がすごいということが分かったとしても、それを上回る反射神経で致命傷を避ければ何とかなる。
かなりの賭けに近いような思いで虎次郎は駆け出し、ラランフィーナに向けて矛を向ける。
「――っ!」
一瞬の抜刀を見たラランフィーナは驚きの眼で虎次郎のことを見た。
……いいや。見たというよりも、虎次郎から放たれる気迫に気圧されてしまったの方がいいだろう。
虎次郎の居合抜きを初めて見たラランフィーナは心の奥底から湧き上がった感情に一瞬混乱してしまい、心の中で『何……このジジィ』と思いながら彼女は反射神経を使ってとある行動に移した。
踊りながらではあるが彼女は右手の人差し指を徐に縦横無尽の如く回っている一つの鎌――に括り付けられている糸に伸ばす。
伸ばして、その糸に指の第二間接が触れた瞬間――彼女は指を曲げると同時に糸を強く自分側に引き寄せた。
ぐんっ! と、自分の指をフックの形にして引き寄せ、一つの鎌の動きに変化を与えた。
引っ張られると同時に気道の変化を受けた一つの鎌は円状に回っていたそれに勢いと言う名の速度が加算され、虎次郎が来る間合いに合わせるように軌道を変えられた鎌は加速をしたまま虎次郎に迫る。
虎次郎視点になれば急速な勢いで一つの鎌が自分の左目に向かって襲い掛かる恐怖の光景だ。
他人から見てもそれはショッキングな光景。
「っ! あいつ……っ! 鎌の軌道を変えた! そんなこともできるのかよっ!」
「んな解説いらねーよ! オレも援護に向かう! アキも何とかしろ! あるんだろうっ!?」
「わ、わかったっつーのっ! 人使い荒いっ!」
鎌の軌道変化を見たアキは驚愕のあまりに思ったことが口の出てしまった。口に出てしまったがその言葉はキョウヤの言う通りまさに解説に近いような言葉で、キョウヤの投げやりの突っ込みを聞いたアキは内心苛立ちがしたものの、今は戦闘とぐっとこらえて拳銃を構える。
勿論――銃口の先は鎌。
壊そうという思考は斬られた瞬間から無くなってしまっている。だが彼には奥の手と言う名の技がある。最初の小手調べの時に使わなかったのはそれもあり、それを使えば何とかなるかもしれない。だから銃口を向けてアキは引き金に指を差し入れる。
キョウヤも虎次郎の後に再度進撃しようと突きの態勢をして駆け出すと同時に、蜥蜴の尻尾をしならせ地面に向けてバシンッと叩きつける。
ラランフィーナに向けた時と同じ勢いのあるしなりを地面に向けて行った瞬間――
――バヂィンッッ!
大きく、銃とは違った乾いた音が辺りに響いた瞬間キョウヤは高速の猛進をラランフィーナに向けて繰り出す。まさに猪のように低空の突進を繰り出すその光景を目で追うことは出来ない。
だが彼女が持つ『瘴輝石』の力と彼女は培ってきた反射神経はがそれを崩してしまうだろうが、それでも戦わない選択肢などアキ達にはなく、戦うことしかできない。勝たなければいけないから戦わないといけないのだ。
アキはそう思いながら今まさに攻撃が再開されるであろう光景を見ながら思った。
一瞬――本当に一瞬なのだが、その一瞬の間にラランフィーナも虎次郎に向けて攻撃を繰り出している。どちらが早いのかはわからない状況が一瞬と言う名の時の中で行われている。
――まさにスローモーションの世界だ……。こんなこと、マジであるんだな……。
――じゃなくてっ。
そうアキは思い、銃口を構えながら彼は思った。
――この状況……、どっちが早いんだ……?
――虎次郎さん? あの女の攻撃? それとも……。
そう思いながらアキは思考の波に呑まれないように心の中で頭を振るい、思考をクリアに――つまりは気持ちを切り替えるように銃口をラランフィーナの鎌に向けて次の弾丸を発砲しようとした時……。
「? ちょ、虎次郎さん!?」
アキは状況の違和感に気付き、違和感の根源でもある虎次郎に向けて声を上げた。
アキの声を聞いたキョウヤもすぐに虎次郎の違和感に気付き、ラランフィーナも気付いたのだが、それでもその気付きは遅い反応であった。
そう――アキが叫ぶ前から、いいやその前……、ラランフィーナの攻撃が虎次郎に向けて繰り出された時から虎次郎は後退していなかった。攻撃することだけを考えているかのように、避ける選択肢を消した状態で虎次郎は向かっていたのだ。
真っ直ぐ――ラランフィーナに向かって!
「っ!」
――このジジィ。死にたいの? なんで突っ込んでくるの?
ラランフィーナは虎次郎の行動に混乱を生じ、彼女の強さを示すモルグの『神力』に減少という変化を与える。
『神力』の変化に関しては彼女自身感じることができない。だがラランフィーナはそれでも混乱している。焦っていることは自分でも理解できていた。
なにせ自分の攻撃を見て曲がるという選択をしない。直線で、真っ直ぐ迫って来る者はいなかったが故、虎次郎のこの行動には驚く以外感情を表せなかったのだ。
――まさか、あの攻撃を見た後で、私のことを知った後でまっすぐ走って攻撃するとか……、どういう神経してんの? まさかその刀だけで私を斬ろうとしているの?
――私自慢の鎌攻撃を見ても動じないの? もしかしたらつかんで肌を抉るかもしれないとか思わないの? 話聞いてた? 聞いていたらこんなことしないはずよっ! あいつ等だってしない! 私の攻撃を見たら誰であろうと臆して逃げ出す! なのにこのジジィはしない!
――どころか突っ込んでくる!
だがそれでも虎次郎は攻めの一手を止めない。どころかそのまま加速していき、己の胸を突き刺さんばかりに襲い掛かる攻撃に一瞬の恐怖すらしない姿勢のまま虎次郎は突っ込んでいく。
その姿勢のまま、駆け出した状態で居合抜きを行おうとしている虎次郎の真っ直ぐな姿勢に、ラランフィーナは一瞬、ほんの一瞬だけ己の背筋に何かが這う感覚を覚えた。
冷たく、鋭利なものを当てられたかのようなその感覚にラランフィーナは息を呑んでしまう。
今までこんなことはなかった。感じたことは――あった。
そう、これは感じたことがある感覚。
ラージェンラと一緒にいる幹部の一人――『六芒星』が一角にして懐刀の位置にいる存在、『天気』の魔女豚人族『豚冷帝』――ザッド・ランフェルグルには劣るが、それに似た殺気をラランフィーナは感じた。
あぁ、これはやばいかもしれない。
そうラランフィーナは思い、その気持ちが現実になることを察知した瞬間彼女はフックのように曲げた指に引っかけた鎌の速度を上げるため、強く引いたそれを更に強く引き、引くと同時にいち早く虎次郎を斬りつける速さを高めるために、自分に引き寄せる力を強くする。
ぐんっ! と言う音が聞こえてもおかしくないほど強く引き寄せるが虎次郎に当たる距離を保つように絶妙なそれを保って引く。
引くと同時にその勢いが加算された鎌は回る力が強くなり、加速をする。
風を切る音を放っているかのようなその音を出しながら虎次郎の左目を抉る……、いいや頭ごと斬り裂いてしまいそうな速さで襲い掛かる。
スローモーションでないと見ることができない一瞬。
その一瞬はまさに刹那と言っても過言ではない。
だがその刹那の間に色んなことが起き、色んな思考が駆け巡っていることは確かで、この一瞬で色んな変化が起きていることも然り。
ラランフィーナの行動の変化も、攻撃の軌道が変わることも。そして――
虎次郎にもしっかりと変化が現れていた。
彼女の攻撃が――ラランフィーナの攻撃が彼の左目に当たる数センチ前に、虎次郎は居合抜きの構えを取っていた後に抜刀して斬ろうとしていた。勿論殺めるということはしない。腱を斬るだけに留めるつもりなのでそれ以上のことはしないつもりだ。
しかし相手も抵抗する。抵抗している得物は鎌で宙に浮いている。
浮いているが糸に繋がっているので操作はできるが、所詮は空間。人間からしてみれば抗うことができない空気の中。
それは鎌も同じで、不安定な支えしかないのであれば簡単だと、この時の虎次郎は……、いいやこうなる前から虎次郎は思って居たのだ。
試したい気持ちもありつつ打破するためにはこれしかないと思ったが故――虎次郎は行動に移したのだ。
居合抜きの構えで抜刀し――かけた刀を『かちん』と素早く納刀し、納刀した瞬間虎次郎はラランフィーナに向けて攻撃を仕掛けた。
いいや――厳密にはラランフィーナではない。彼女が持っている鎌に向けて、虎次郎は軽い攻撃を仕掛けたのだ。
「――ふっ!」
短く息を吐き、心を乱さないように虎次郎は集中を研ぎ澄ませると、駆け出した状態で自分に迫って来た鎌に向けて――刀を振り上げた。
勿論バットのように振るった――のではない。
虎次郎は居合抜きの構えの状態で、刀を鞘に入れた状態で己の得物を引き抜いた。
そう。刀としての使い方を大いに間違えているやり方で虎次郎は鞘に収まっている刀をバットのように振るったのだ。
ぶんっ! と、バットをスイングした時に発生する空気を斬る音と、その音と同時に聞こえた金属音。
金属音の正体に関しては一瞬理解できなかったラランフィーナとアキ達だったが、彼等の視界の上に広がった光景を見て、音の正体がラランフィーナの髪に括り付けられていた『封魔石』製の鎌であり、その鎌を弾いたのが虎次郎で、まさか虎次郎が己の得物を刀として使わずバットの要領で使ったことにアキ達とラランフィーナは驚きが隠せなかった。
キョウヤに至っては走っていたその足を止めて加速をやめてしまっている状態だ。
そのくらい虎次郎がしたことは予想外のことだった。
宙に弾かれ、空中に向かって一瞬浮遊しているかのように飛ぶ黒い鎌。
その光景を見ていたアキとキョウヤは心の中で……。
――虎次郎さん (おっさん)が初めて刀じゃない使い方をしたぁっ!?
と心の中で驚き、その驚きを顔に出しながら唖然としてしまい……、ラランフィーナは虎次郎のやり方を見て……。
「え?」
と、素っ頓狂に近い半音高い声を零して驚きのそれを顔に出して固まってしまった。
刀を刀として使わないそのやり方にも驚いてしまったが、それ以前に彼女は別のことで驚いてしまい、変な声を上げて驚きを表現してしまったのだ。
頭の中が一瞬で真っ白になってしまう様な衝撃の展開にラランフィーナは言葉を失ってしまい、鞘で打たれてしまい上に向かって跳んで行く鎌を見上げながら彼女は思った。
あんぐりとさせながら彼女は思ってしまった。
――こいつ……、まさか、あの鎌の攻撃を見て弾いた?
と。
彼女の言葉を聞く限り何の変化どころか編んところなど一切ないように聞こえてしまい、感じてしまうかもしれない。だがラランフィーナからして見れば虎次郎が行ったその行動はまさに彼女の思考の中には、想定内の中には含まれていない――まさに予想外の行動だったのだ。
普通は斬るために使う刀をバットの様に打ち返すこともそうだが、彼女からしてみれば自分の範囲内に入ってきたのであれば、避けることが普通の行動であると思っていたところがある。
固定観念が固まっていると言われてもおかしくないのだが、それでも彼女の思考の中で『刀は斬るもの』という認識があり、その認識を壊すような出来事を見たせいでラランフィーナは困惑したが、これだけの困惑だけで彼女が固まることはなく、呆けた声も出すことはない。
この困惑に重ねかけるようにしてきたのが、虎次郎がラランフィーナの攻撃を打って弾いた瞬間であった。
今の今まで自分の攻撃はこんな形ではじき返されることなんてなかった。
どころか入ってきたとしても追い打ちをかけるように攻撃を繰り出すことが主で、自分の攻撃が弾かれることなど一度もなかったラランフィーナにとって、この光景はまさに鈍器が頭に直撃したかのような衝撃。
アキの攻撃を斬り裂くように攻撃を防いできた自分が、キョウヤの不意打ちの攻撃に対して臆することなく行動していた自分が、まさかこんな形で形勢の傾きを許してしまうとは思っても見なかった。
絶対に鎌の攻撃が跳ね返されるなんてことは無い。この攻撃こそ自分にとって絶対に崩されることのない防壁であり攻撃なのだから。
そう思っていた感情が一気に崩れ去り、彼女の中で何かが書けてしまったかのような喪失感に襲われる。
こんなことありえない。
ありえないのにありえてしまった。
このジジィは一体何者なんだ……? ジジィのくせに身体能力も何もかもが自分より上。
このジジィ……、マジでジジィなのか……?
人間族のくせに……! 鮫の混血の私が……! ラージェンラ様の側近の私が、こんな人間族でジジィの老いぼれ相手に一枚食わされただなんてっっ!
瞬時の行動と刀を持つ者がそんな使い方をするということ自体考えもしないラランフィーナは困惑のまま心の中で虎次郎のことを見て思った。
ほとんどがディスりにしか聞こえない言葉の数々だが、本心は虎次郎の身体能力の凄さに驚愕し、虎次郎は一体何者なんだと思ってしまうほど彼女の心は錯乱真っ只中だった。
ただの人間族に負けているという敗北感に襲われ……、一瞬の行動と光景で絶望してしまったかのような顔をしてしまい、少しずつ地面に向かって落ちて来ている鎌を見上げて固まってしまっている。動きも何もかもが固まってしまったその光景にアキ達は驚きの顔をしながら首を傾げている。
虎次郎がした行動にも驚き隠せなかったことも事実なのだが、ラランフィーナの茫然の光景の方に目が言ってしまい、アキやキョウヤはその光景を見ながらなぜ固まっているのか不審に思った。
だがその疑念も戦いの場において不必要――いいやむしろ隙の種となってしまう。
疑念として考えれば考えるほど荒が出始め、大きな隙と言う名の不覚を作ってしまう。
その荒をこの場で出してしまえば大きな痛恨となる。そうならないためにアキとキョウヤは疑念として生まれたものを素早く脳内削除し、アキは銃を構え、キョウヤは止めていたその足を動かそうと尻尾をしならせる。
しならせて、加速の行動をしようとした時――
「――!」
キョウヤはふと視界の端に写り込んだものを見て目元をほんの少しだけ歪ませる。
負の感情と言うものを表す歪みではない――別の歪みの顔を浮かべてキョウヤは視界に入った光景を見た時、ラランフィーナの苦渋と言わんばかりの小さな呟きがキョウヤの鼓膜を揺らした。
「く、え? ちょ?」
彼女は呟く。苦渋と、その他にも驚きも加わっている声を零し、目の前に急接近してきた虎次郎のことを見下ろしすぐに攻撃を繰り出そうと反対の手を使って鎌の攻撃を繰り出そうとした。
先ほどした指の形をフックのようにし、鎌が括り付けられている糸に引っかけて回転の切り裂きを繰り出そうとした――が、それも徒労……、無駄な足掻きとして終わってしまう。
なにせ、彼女がその言葉を言った瞬間虎次郎は至近距離にいて、且つ彼がバットのように振るっていた刀を元の場所に携えたところでもあり――
虎次郎からしてみれば、その構えをした瞬間自分の攻撃は終わっていたのだから。
――しゃりんっっ!
一瞬、何かが斬れる様な音が聞こえたラランフィーナ。そしてその背後には虎次郎がいて、彼は刀を携えたまま納刀を済ませている。
すでに納刀を済ませる一歩手前の状態でいる虎次郎の光景とラランフィーナの姿を傍観していたアキは驚きの顔をしてお互いのことを交互に見る。
その光景は刹那の静寂であり、アキの光景を加えてしまうとアキが滑稽に見えてしまう光景。いうなればアキは場違いと言う事。
だがその場違いもかすんでしまうほど二人の静寂は静かで、ラランフィーナ自身一瞬何があったのか理解できずにいた。
確かに斬る音が聞こえた。
だが体に異常はない。斬られたかと思って居た傷もなく、服にも異常はない。
斬られ方と思う箇所を撫でようにもどこに異常があるのかわからないラランフィーナは困惑しながら服をさする。いつの間に斬られたのか。どこを斬られたのかわからないまま、彼女は服をさすりながら困惑の声を零す。
「え? ? ??」
その声を零しながらも彼女は体をさすり、そして足やいろんなところをさすっていく。
すでに回していた鎌も髪の毛と同化するように宙づりになり、回転しなければ意味をなさない状態になってしまったが……、それでもラランフィーナは擦る。どこを斬られたのか不安な面持ちを浮かべて擦っていると、虎次郎は彼女の背後で徐に立ち上がる。
立ち上がり、携えていた己の得物を音もなく自分の目の前に持ち上げ、納刀しようとしていた得物に視線を向け、虎次郎は小さく口を開き言葉を零した。
「――切り捨て、御免」
よく時代劇で聞きそうなセリフと共に、虎次郎は力強く刀を納刀する。
かちんっ!
そんな音が周りに聞こえた瞬間、ラランフィーナは体に感じた違和感を即座に感じ、心の中でやっぱり斬られていたんだと思った時、彼女の足から熱と痛みが発生し、背後から聞こえた音を聞きながらその場に崩れ落ちていく。
踵の上に感じた痛みを感じ、その足から零れる己の生命の水を肌で感じながら、彼女は思った。いいや、心の声が口に出てしまった。
憎々しげと言っても過言ではないその音色で――
「は? どの場面で斬ったんだよ……? ただの人間のくせに」




