PLAY12 混ざり合う④
ヴェルゴラは右手の逆手に持ったナイフを、振り向きざまに大きく振りかぶるように振るう。
その標的は――みゅんみゅん。
みゅんみゅんは一瞬の戸惑いで、行動が遅れた。
その武器を見て、彼女は避けることすら……。
「っ!?」
と思った時には、みゅんみゅんの視界は上に向いていた。
いいや――アキレス腱があるところを突然蹴られて、しまいにはそのまま足払いをされてしまえば誰だってそうなってしまうだろう。
みゅんみゅんは天井があるその世界を見たまま……。
「ふぎゃっ!」
ずてんっと転んでしまう。
転んですぐに立ち上がった瞬間。
ギィンッと金属音は飛び交う音が聞こえた。
それを聞いて、みゅんみゅんは混乱の嵐に呑まれていた。
普段の彼女ならばその酔うな混乱などまずありえない。プレイヤー対プレイヤーの対戦はあまりしたことがないが、それでも彼女にはメグから無理矢理に植え付けられた強制的な知識が頭の中にある。それを駆使すれば勝つことも容易であった。
しかし、今の彼女は珍しく混乱していた。突然自分達に向けて攻撃を仕掛けようと、いいや――最悪殺そうとしているヴェルゴラのことを見て、理解が追い付かなかったからだ。
いいや……、理解が追い付かないのではない。認めたくなかったがゆえに、彼女は混乱してしまったのだ。
『腐敗樹』前の駐屯地のギルドに目を覚ましてした彼女は最初――味方など一人もいなかった。どころか知り合いすらいない中、彼女は孤独を決めていた。
見知らぬ人がいる中で急ごしらえの仲間を作ったとしても、裏切者が出るかもしれない。そのせいで死んでしまっては元も子もないので、彼女は死ぬことを避けるために一人で――ソロで行動をしようとした時、声を掛けたのが彼等だった。
最初ソロでいいと断っていたみゅんみゅんのことを執拗に、しつこく一緒に行動しようと説得をしていたメィサ。
そんなメィサのことを諫めるヴェルゴラに沿いの光景を見て呆れた溜息を零してしまうが顔には焦りが浮き出ているロン。
この状況下でも明るさを忘れない彼等のことを見て、そんな彼等の説得を聞いて、一人で行動しようとして窮地に陥った時に助けてくれた彼等のことを見て――彼女は折れ、一時的に行動することに決めたのだ。
勿論そんな一介の助太刀で心を許さない。何かがあればすぐにでも抜ける準備をしての、一時的な徒党でもあった。が――それも彼女の中で杞憂に終わったのだ。
メィサ達はそんな存在ではない。何度も何度も一緒にいたが、それでも彼等が自分のことを殺すことなどなかった。警戒損だとこの時のみゅんみゅんは思っていた。
だが……、これこそがみゅんみゅんの判断の誤り。みゅんみゅんの油断だった。
彼女はまんまと罠に嵌ってしまっていたのだ。この時までずっとずっと――ずっとずっと殺意と言う名の爪を隠していたヴェルゴラの策に……、どっぷりと嵌ってしまったのだ。
この世界に来てから一緒に行動し、そして今の今まで助け助けられ、仲間のような関係を築き上げてきた行動も、すべてがみゅんみゅんの警戒を解くための行動であったことも知らず……。
そんなことも知らない――いいや、知らないまま敵の罠にはまってしまったみゅんみゅんは、驚きながら視界に入った光景と共に、下半身に感じた痛みに耐えながら起き上がり、そして光景を目に焼き付ける。
みゅんみゅんに足払いをしたのは――ロンだ。
それはわかった。すぐにわかった。
しかしロンはヴェルゴラが持っていた逆手のナイフを腕の装甲で防ぎながら、彼はヴェルゴラに言った。
拮抗を保っているような状態で、論は未だにみゅんみゅんに向けて殺意を向けているヴェルゴラに向けて言い放つ。
「ヴぇ、ヴェルさんっ! ナデ……ッ! ナンデッ!」
「まだ拙い日本語だな。ここでは言語も母国語に自動変換される。だからお前も、中国語で言っていいんだぞ?」
「?」
――なにを、言って。
冷静な思考が追い付かない状態でそう思ったみゅんみゅんだったが、ロンはそれを聞いて、何かを覚悟したのか、それともヴェルゴラが何を言いたいのかを理解したのか――口を噤んでから、重い口を開くように、言った。
「何でこんなことをしたんだっ! ヴェルゴラさんっ!」
「っ!?」
さっきまでの拙い日本語とは違う――流暢な日本語。
それを聞いたみゅんみゅんは、ふらつきながら立ち上がり、そして彼女はヴェルゴラ達を見た。
会話を……聞いていた。
「あんたは何をしているんだ! ネェさんとはぐれたんだ! 混乱しているのなら」
「落ち着け。俺はいたって正常だ」
「正常じゃないっ! あんたは異常になっている!」
「ここにいる全員が異常なんだ」
ヴェルゴラは言う。装甲で防いでいるロンを、押し潰すかのように体重をかけながら、彼は言った。ロンの唸るような声を無視して、ヴェルゴラはロンに向けて、威圧を込めるように彼は言う。
「なにがクリアを目指す? 何が流れに乗る? そんなの馬鹿らしい。この場合は、運営の誰かを探して現実に変えれる方法を聞き出すことが大事だろう」
「何を……っ!?」
ロンの言葉を聞かずに、ヴェルゴラは言いながら、ふっと左足を後ろに振る。
「大事なのは……、ここから出る方法だけ」
ぶんっと前に向かって足を蹴り上げて、彼は無常と言わんばかりの音色で言う。
「流れに乗っている奴は、屑で大馬鹿だ」
瞬間――ガァンッと、ロンの喉笛目がけて蹴り上げられる足。
「うぐふっ!」
ヴェルゴラの蹴りを直撃で受けてしまったロンはぷっと血を吐きながら、彼は後ろに大胆に倒れこむ。
倒れた瞬間に血液交じりの咳込みをするロンのことを――今まで見たことがないような冷たい雰囲気で見降ろした後、ヴェルゴラはみゅんみゅんを見た瞬間。
――どじゅっ!
「?」
みゅんみゅんは、一瞬視界が揺らいだことに違和感を覚えたが、それもすぐに理解する。
彼女の視界には、少し遠くにいるヴェルゴラに、倒れているロンに……、視界の丁度左目に……、ヴェルゴラが持っていた槍が写っていた。
ゆらゆらと揺れているそれを見たみゅんみゅんは。腹部の異様な暑さを感じた。
暑いではない。
熱い。
ずくずくと、痛い。
「っは……。は……っ。っは……! っは! は!」
だんだん呼吸が荒くなる。
それは焦りからくるそれで、今まで感じたことがない熱さと、痛みだったから。
みゅんみゅんはそっと、視界を下に向ける。
そして、槍の跡をたどっていくと……。それはすぐに辿れた。と同時に、彼女は目を見開いて、そしてブワリと脂汗が顔中に出る。更には……。
「ひぃ……、い、あ、や、あぁ……っ!」
彼女らしくない、悲痛の音を上げた。
……無理もないだろう。
みゅんみゅんの脇に貫通するように突き刺さっているそれを見たら、誰だって叫びたくなる。泣きたくなるだろう。
それを投げたヴェルゴラは、何も言わずに、ロンの右腕にわざと足を乗せて、力いっぱい力を入れたと同時に、彼の足から出る折れる音を聞いて、感じたロンは……。
「あああああああああああああああっっっっ!!」
痛みで、驚愕で、そして痛みを和らげるために、彼は叫んだ。
踏まれ、使い物にならなくなってしまった右腕を見ないで、天井を見上げて……、彼は叫んだ。
それを見降ろしたヴェルゴラは、ずんずんっと、みゅんみゅんに近付く。
今現在、逃げれない彼女に近付きながら……。
ロンの叫びを聞きながら耳を塞いで目に涙を溜めているみゅんみゅんに近づきながら、彼は槍の先を掴んで、そのままぶんっと横に振った。
それに流されるように、みゅんみゅんは「うあっ」と視界が揺らぐ中叫んで、彼女は地面に倒れてしまう。ずたんっと転んだと同時に、ヴェルゴラは槍を引っこ抜いた。
ずりゅりゅっと、生々しい音を立てて。
「あああああっっ!」
みゅんみゅんは叫ぶ。それと同時に、彼女は痛みでおかしくなりそうになる中、決死の思いで腰にぶら下げていた手榴弾を手に取ろうとした。が……、ヴェルゴラはみゅんみゅんの右肩を深くえぐるように、槍を深く、斜めに突き刺す。
「うがああああっっ!」
肩が使い物にならなくなった。
それを感じたみゅんみゅんは、ぞっとしながらヴェルゴラを見上げた。
ヴェルゴラはみゅんみゅんを見降ろしながら……、彼は言った。
「この世の奴らが悪いんだ。おかしい、おかしいんだ。全員、俺以外が異常なんだ。」
「…………っ!?」
「俺は正常だ。だから正す。断罪だ」
「……? ……っ!?」
「あいつを殺した奴らのように、命を代償に、俺は正義を執行する。俺は、お前のような金の屑を……、頭のねじがぶっ飛んだ奴らを……」
ダ ン ザ イ ス ル。
ヴェルゴラは言う。
冷たくみゅんみゅんを見降ろしながらガスマスクをとり、彼はフードを取り去って彼は腰にぶら下げていた甲冑を手に取ってそれを被る。
その最中、みゅんみゅんはヴェルゴラの顔を見た。
見て……。見て……。
思い出した。
それは、一回だけ見たことがある人物。
現実でこんな事件があった。
とある大企業の社長を殺そうとしていた一人の男。
彼は逮捕されたが、精神に異常があるとみなされ、保釈されたという事件。
男は犯罪履歴がないのと、精神に異常があったでこともあって、罪は軽かった。
が、問題はそこではない。
男はその時二十歳であったが、彼の供述をニュースで見たみゅんみゅんは、なぜだろうか、記憶に残っていた。
それは……。
『この世を清い形にしようとした。断罪をしようとしただけだ。お前たちも穢れている。今の人類のあるべき姿じゃない。俺は、正常だ』
それを聞いて、みゅんみゅんはその時思った……。
――やばいな。
が。
そんなんじゃないっっっ!!
に、今変わった。
みゅんみゅんは心で叫んで、目の前の男を見て……、ヴェルゴラを見て確信した。
ヴェルゴラの顔を見たみゅんみゅんは、青ざめた顔で彼を見上げる。
同じだったのだ。
ヴェルゴラと、その捕まった男が、似ていた……。なんて甘い。
そっくり。瓜二つ。
同一人物だったのだ。
みゅんみゅんはそれを見て、彼女はヴェルゴラを見上げていた。
かちかちとかち合う歯。
寒くもないのに震える体。
そして……、動けと命令しているにもかかわらず、言うことを聞かない体。
槍が突き刺さっていても、反対の手で手榴弾をとればいいのだが、できない。
なぜなら……、今彼女は直面しているからだ。
ヴェルゴラに、今目の前にいる人物に……。
殺されるという、死の直面。
怖いがゆえに、彼女は動けない。
ヴェルゴラは槍を掴んで、そのままみゅんみゅんを串刺しにしようと、ぐっと上に持ち上げようとした。
その時だった。
「あ、あ、あ、あ、あああああああーっ!」
ロンはブランブランッと使い物にならなくなった右腕を掴みながら、彼は駆け出して、そのままスライディングの要領で地面を滑り、そしてヴェルゴラの左足を左手だけで掴んだ。
ぴたりとヴェルゴラは手を止める。
それを見たみゅんみゅんは、はっとしてロンを見た。
ロンは叫ぶ、ヴェルゴラにではない……。みゅんみゅんに向かって。
「逃げろ! みゅんみゅんっっ!」
「っ!」
みゅんみゅんははっとしてロンを見る。論を見降ろしていたヴェルゴラは、ただその言葉を聞いているだけだった。
ロンはそれでも声を荒げて叫ぶ。
「俺がヴェルゴラさんを引き付けるから――ネェサンと一緒に、みんなと一緒に、ここから早く逃げてくれっ!」
「あ、は……」
――そんなこと、言われても……。
ありがたい言葉ではあった。
しかしそれでも体に染みついてしまった恐怖のせいで、足が思うように動かない。
言葉もうまく発せられない。
ロンはそれでも自分を奮い立たせるように叫び、彼女を鼓舞させようとする。
「友達がいるんだろうっ!? 俺も、ネェサンをもうこれ以上失いたくないっ! その気持ちと同じくらい、みゅんみゅん! お前は失うことを怖がっているっ!」
「…………っ!」
「俺も同じだから分かる! ならなおさら……、い」
言葉は紡がれなかった。
ヴェルゴラは聞いていたが、どこから出したのかわからない。しかし彼はそれを出して、がつんっとロンの頭めがけて殴りつけた。
殴ったのは、トンカチだ。
「――っ!」
ロンはそれが当たり直撃して、そのまま倒れてしまう。気絶してしまったのだ。
頭から血を流して、ロンは倒れてしまった。
ヴェルゴラはロンの右手首についていたバングルを見て、そしてそれを指に挟めて……。
バキンッと指で壊した。
バングルを破壊した瞬間、ロンは光の破片となって……、消滅する。
現状で言う、ゲームオーバーである。
ヴェルゴラはそれを見て、じろっとみゅんみゅんを見る。
獲物としての目で……、彼女を捉えた。
「っっっっ!?」
みゅんみゅんはそれを見て、背筋を這うそれを感じて、槍が刺さった状態でなんとか動こうとする。その最中、赤い手榴弾を手に持って、それを……。
壁に向かって投擲した。
「ぞ、う、え、属性剣技魔法――『豪焔手榴弾』ッッ!」
そう叫んで、壁にそれが『コンッ』と当たった瞬間……。
ドゴォッと轟音の大爆発。
爆風と煙が辺りを包む。
それを感じたヴェルゴラは、顔を覆い隠す。そして煙が晴れたところを見て辺りを見回すと、そこには誰もいなかった。否――彼女の体に突き刺さっていた槍は引き抜かれてて、そこには血溜りができている。そして森に向かって点々と、血痕が道を作っていた。
「――断罪だ」
ヴェルゴラは血痕を見て、足を進めた。
すべては、異常な世界を正すために。
己の恋人のために、己の願いのために。
◆ ◆
これが、普通の戦闘であればみゅんみゅんとロンの優勢か、互角の戦闘でこの物語は終わっていたかもしれない。
彼等だってこの世界に来て何日もいるのだ。体も心もこの世界に慣れていき、冷静さを欠くことなどあまりないであろう。人間は慣れる生き物。慣れと言うものは恐ろしく、そしてなんとも便利なものでもある。
だが、それを持っていたとしても、今のみゅんみゅんに戦うという意思などない。
いいや……、無くなってしまったの方が正しいだろう。
彼女は折れてしまったから――ヴェルゴラと言う名の恐怖を目の当りにし、殺されてしまうという恐怖、仲間が死んでしまったという恐怖に……、彼女は戦う意思をなくしてしまった。
ロンはボロボロにされたとしても、戦う意思が折れることはなかった。だからみゅんみゅんのことを助け、逃げるように促すことができた。だが……、その意志も潰えてしまった。
レベルがあったとしても、意志が折れてしまえばそんなものは不要物。
レベルがあったとしても、調子が悪ければ負けることもあれば、調子が良ければ強い存在にも勝てる。
それがゲームと言う世界。
だが、この世界は現実のようなゲームの世界。
その世界でレベルと言うものは確かに大事なステータスかもしれないが、この世界にいる者達には感情と言うものがある。その感情が折れてしまっては――神力が低下してしまえば勝つ算段を立てたとしても無駄に終わる。
戦いと言う名の世界は残酷。
レベルだけがすべての世界とは違う。みゅんみゅんとロンはその世界の残酷に呑まれてしまい、ロンは死に、みゅんみゅんは――
――心が殺されてしまった。
◆ ◆
「うっ! うぅ……っ! うああっ!」
みゅんみゅんは、痛みに耐えながら走った。マスクをしながら走っていた。グズグズの足場に翻弄されつつもみゅんみゅんは泣きながら走っていた。
脇に刺さった箇所を押さえながら、どろどろと出る出血を押さえながら彼女は走る。
走る。走る。走る……。
なく、鳴く、泣く……。
「ご、えぐっ! ごべんね……っ!」
みゅんみゅんは泣きながら、ぐちゃぐちゃなそれで彼女は謝り続ける。謝り続ける。
誰に? そんなの簡単な話。
ハンナやみんなに、逃げたことに対して。そして……、己の弱さを嘆くように彼女は謝る。謝る。謝る。
「あ、ああ、あああああっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 逃げてごめんなさいっ! 逃げて、ごめん……っ! ごべんね……っ!」
――ショーマ。
――ツグミ。
――メグ。
――ハンナ……。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね! 逃げてごめんね! ごめんね! ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
ボロボロと泣くみゅんみゅん。走るみゅんみゅん。
もうあの強気の彼女はどこにもいない。今の彼女は自分の非力さに、人の死に直面し、絶望し、戦う意志を失った少女。
みゅんみゅんは謝る。
謝りながら走る。視界が水槽になりながら彼女は走る。
すると……。
――ずっ!
「あ」
………ドポンッ!