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PLAY115 キラキラの砂③

「あれ何だったのかしら……?」

「分かんない……」

「分かっていたら逆に怖いと感じるわよ。わかんないが正解。後聞いてごめん。同じ気持ちよね?」

「うん……。本当に何だったんだろう……」


 あれから私達は驚きのあまりに少しの間放心状態になりながらお店があった場所を見つめる。


 オウヒさんは手にしている紫の簪を見て「やっぱり綺麗だなー!」と言いながら興奮している様子。その様子を視界の端に入れながら私達二人はお店があった場所を見つめる。


 ついさっき……、本当についさっきまであったお店が忽然と消えてしまったのだ。


 見つめるほか選択はないし、そもそもついさっきまでお店の前で商品を見て、そして喋って商品に触れていた。現実にあったそれらに触れていたのに、それが忽然となくなってしまったことに私達現実世界陣は驚きを隠せなかったのだ。


 オウヒさんや仮想世界の人はそんなに気にしていない様子でいるけれど、それほど私達は切り替えが早いわけではないし、どっちかと言うと突然の事態に対して考え込んでしまう性格。


 そんな性格のシェーラちゃんは無くなってしまったお店の場所を見ながら腕を組んで「うーん」と唸り声を上げた後、彼女は私のことを見てどんどん近づき、更には顔を私の顔に向けて近付けながら――


「幻……じゃないわよね? 私達は絶対に女の人と話していた。それは通りがかった人も見ていた。けれど忽然となくなった。そうよね?」


 と、まるで確認をするかのように言うシェーラちゃんに、私は少し気圧されながらも頷いて……。


「う、うん。本当に突然だった……。狐につままれたような、そんな驚きもある」

「そうよね。やっぱりそう思うわよね?」


 と言うと、シェーラちゃんは私の言葉になんだか安心を得たかのような頷きをした後再度お店がった場所を見て腕を組んで考え込むような顔をする。


 首を傾げつつ、あれは何だったのかと言わんばかりの顔をして彼女は小さな声で呟く。


「ハンナの言う通りまさにつままれてしまった……、予想外のことが起きてしまって言葉を失ってしまったかのような、そんな感覚ね。本当に言葉通りだったわ」


 思いがけないことが起きてしまったせいで茫然としてしまった。


 そうシェーラちゃんは諺のことに関して考え、呟きながらお店があった場所を見つめていると……、今まで簪を見ながら喜びの踊りのような行動をしていたオウヒさんが突然私達に向けてこう言ってきたのだ。


「え?」


 と言うきょとんっというそれが顔の横に出そうな雰囲気を出し、オウヒさんは私達のことを見てとつとつにこう言ってきたのだ。



「何言っているの? あれね――多分あれだよ。幻のお店」

「「幻のお店?」」


 オウヒさんの口から零れた『幻のお店』の名前を聞いた私達は一瞬目を点にしたかのような無言のそれになり、一瞬頭の整理がつかなくなってフリーズしかけたけど、オウヒさんは私達のことを見ながら「うん」と頷いて、さっき貰った紫の簪を視界の端で見ながら私達に言った。


 説明と言う名の言葉を――


「あのお店多分『幻のお店』だよ。アルダードラから聞いたことがあるの。この世界は広すぎる分言ったことがない場所とか知らないこととかが転がっているんだって。そのうちの一つがあの幻のお店だと思うの。あのお店の名前――『アクセ・アメジ』だったでしょ? その名前アルダードラから聞いたことがあるの。高価で珍しいものを売っているお店の一つだって」

「珍しいものを売っているお店の……」

「一つ?」


 珍しく、というか初めてかもしれない。


 オウヒさんからの新鮮な説明を聞いていたシェーラちゃんと私は驚きの顔をしながらも質問の返しをしてオウヒさんに聞く。と言ってもオウム返しのような言葉回しなんだけど、それでもオウヒさんは再度頷いて「うん」と言うと、続けてこう言った。


「そうだよ。アルダードラから聞いた話だけだから本当かどうかはわからないし、本当なのかもわからないんだって。でもアルダードラの言う通りの消え方だったからそうだよっ! 『音もなくその場所に現れて、音もなく、霞の如く消えるお店が存在する』って。きっとあのお店がそうだったんだよっ! 私話には聞いていたけれど初めて見ることができてうれしいよっ! こんな体験滅多にできないって言っていたし、それにこんなかわいい簪貰っちゃったもんっ!」


 これはもう幸運ってやつだよねっ!?


 そう興奮気味に言うオウヒさんの言葉に、私とシェーラちゃんは唖然としてしまったけどすぐに平静を取り戻し、お互いの顔を見た後――お互いの声しか聞こえない声量で話を進める。


 オウヒさんが私達のことを見て『すごいよねっ! すごいよねっ!』と何度も言っているその光景を視野に入れながら私達はひそひそと秘密の話を行う。


「オウヒが言っている『幻の店』の話……多分だけど」

「うん。友達から聞いた話だけど……合っているよね?」

「ええ。まさにそれね。この『MCO』に存在する()()()()()()()()()のことかもしれないわ」

「……多分」

 

 シェーラちゃんの口から零れた言葉――低確率エンカウント。


 それはゲームをしている人ならばわかるかもしれない言葉で、私達もこの言葉を常にとは言えないけどちょっと使う。


 簡単に説明すると、自分が遊んでいる時に現れるレアな状況。


 幻の魔物が出たとか。幻の武器が売られているなどの滅多に出会うことがない事態に出くわすことを指していて、きっとこのお店もそのうちに含まれていたのかもしれない。


 低確率エンカウントは魔物であれば討伐成功率がすごく低いけど、もし討伐すれば高価な素材や課金アイテムがたくさん出たり、お店だとすごく高くてこれは課金しないと手に入れられないんじゃないかと言うものが一気に安くなったりして帰るという――まさにであったらラッキーな現象が起きるのだ。


 しょーちゃんが言っていた。


 昔集めてコレクションするゲームをしていた時、滅多に出会えないものがあったのだけど、そのレアなものに出会った瞬間頭の中の汁が『でろんでろん』だったと……。


『でろんでろん』……、の意味はよくわかんないけど、そのくらいアドレナリンと言うか興奮していたと言う事でいいのかな……。


 今思うとどういう事だったのだろう……。後で聞いてみようかな……?


 そう思いながら私はシェーラちゃんのことを見て、小さな声で呟くように話を続ける。


「まさかあのお店が……、なのかな? あんなお店遊んでいた時は聞いていないし、そもそもあんなお店の情報ってあったっけ?」

「あったかどうかなんて私にもわかんないわよ。そもそも私は遊び目的でここに来たわけじゃないし、そんなエンカウントに付き合うほど私は暇じゃない。暇人ならばわかるかもしれないけど――私達の時代はネット社会。調べればわかることでもあるし、エンカウントも結局はシステムよ? データなんだから書き換えもできちゃうから……、その情報があったら誰かがネットに上げているでしょ?」

「確かに……、つまりあのお店は、アップロード(こうなって)から現れたお店?」

「真相はどうかわからないわ。まぁあのお店も結局は幻の様に消えてしまったし、証明することもできないから、もうこの話はやめましょう。時間の無駄よ」


 シェーラちゃんの言葉を聞いて私は少しだけ間を置いた後、頷いて小さな声で「そうだね」と言って話を終了する。


 正直な気持ちは、まだ腑に落ちないところもあったし、あのお店がなぜ私達の目の前に現れたのかもわからない。しかもあの人はオウヒさんのことを『鬼族』と気付いていた。それもあって余計にもやもやは大きくなる。


 わからないからこそ心の中に残るもやもや感はねばねばしている飴細工のようにはがれにくい。


 するりと落ちればいいのだけど、それができないのがこのもやもや感。


 もしゃもしゃしているそれとは違って常に頭の上に雨雲のようなものが浮かんでいて、且つその人の足元を暗くして心までも暗くしてしまう。


 それがもやもや感。


 もやもや感は早々取れる代物ではないから、取れない状態の最中シェーラちゃんの言葉を聞いて、確かに今はそれどころではないことを理解して整理し、優先事項を決めた後、私はシェーラちゃんの言葉に頷いた。


 シェーラちゃんの言う通り、この場で悶々と考えて居ても仕方がない。


 今は目の前のことに集中する。そう――オウヒさんと一緒に買い物をすることを優先にしないといけないのだから。


 なんか任務として感じてしまうと思う様に肩の力が抜けないなぁ……。


 これじゃアキにぃの言う通りリフレッシュできない。


「うん。よし」

「? 何が『よし』よ」

「ううん何でもない。私の問題」

「こっちの話ってことね。あいわかった」


 私は自分の心の中で意を決するように頷いて鼻息をふかす。胸を張って――これに決めようと言わんばかりの姿勢を見せながら言葉を発すると、その言葉を聞いたシェーラちゃんは首を傾げながら私のことを見たけど、私の言葉を聞いて特に詮索しないで頷いてくれた。


 頷いてくれた彼女のことを見て内心私は聞かれなくてよかった。と思いながら安堵のそれを心の中で吐き、先にオウヒさんの元に歩みを進めたシェーラちゃんの後を追う様に歩みを進めて、オウヒさんの元に歩み寄りながら私は控えめに微笑んで――


「何がともあれ、いい掘り出し物が手に入りましたね」

 

 と言うと、その言葉を聞いたオウヒさんは首を傾げながら「ほりだし……? 発掘品なの?」と聞いて来たので、オウヒさんの言葉に私は控えめな微笑みから少し困った顔をして――


「発掘じゃなくて……、『掘り出し物』と言うのは思いがけずにいいものが手に入ったことを言うんです。私はそっちの方で話をしていたんですけど……」

「あ、そうなの? てっきり発掘して手に入ったものなのかと思っちゃったよー。うん。ハンナの言う通りこれ掘り出し物だっ! すごい買い物しちゃったねっ」


 と言うと、オウヒさんはなるほどと言わんばかりの顔をして明るい笑顔で私に『発掘した』と言う意味の掘り出し物のことを言うと、視線を私から簪に向けて、手に残っているその簪を上に向けて空の光に照らしながら見たり、「へー」と言いながら手にしている簪を見つける。


 ほっぽどその簪が気に入ったのだろう。


 キラキラした目と、オウヒさんの体から出る温かいもしゃもしゃがそれを知らせてくれる。


 鬼の郷にいた時のもしゃもしゃとは違い、今私の前で見せてくれるもしゃもしゃは完全に別物。鬼の郷では見なかった温かいもしゃもしゃの中には金粉を思わせるようなキラキラしたものが出ていて、そのキラキラは簪に向かってフヨフヨと飛んで行くと、その周りで円を描くように浮いている。


 そのもしゃもしゃは私も初めて見る光景で、どんな感情なんだろうと思いながら見たけど、オウヒさんを見てすぐに理解できた。


 これは――すごいものを手に入れたという興奮と嬉しい、楽しいという感情が光となって現れた感情の結晶だと。


 まさに掘り出し物の様に光るそれを見て私は再度小さな声で「よかったですね」と控えめに言う。


 その言葉を聞いてかオウヒさんは頷きながら「本当によかった! 買い物って楽しいね!」と言って、その場で簪を握りしめながらぴょんぴょんっとナヴィちゃんがするような小さくて可愛らしい跳躍をして喜びを体現すると――


「何言っているのよ」


 と、突然シェーラちゃんが呆れるような声を零して溜息を吐くと、その言葉と溜息を聞いて私とオウヒさんはシェーラちゃんがいるであろうその場所をきょとんっとした目で見ると、シェーラちゃんは凛々しい音色で腰に手を当てながら私達に向けて言った。


 呆れた。そんな言葉を最初に言って――


「あれで買い物終わりだなんて言わないでほしいわ。買い物はこれからが楽しいのよ? おいしいものを買ったり新しい服を買ったりいい物があったら自分へのご褒美として奮発して買う。これが外出の買い物なの。近くで買い物をするのとは違って、私達はここにきて遊ぶために買い物をしている。自分のために買い物をしているのよ? それくらいで『買い物楽しかった』だなんておかしすぎる。まだ始まったばかりなんだから――こんなことで満足しないでよ」


 欲ないわね。


 そう言ってシェーラちゃんは腰に手を当てて、胸を張った状態で呆れの鼻息をふかす。


 本当に呆れる。そんな呆れと怒りが混ざったかのような顔をしているシェーラちゃんのことを見て私は思った。


 あぁ、もしかしてシェーラちゃん……、買い物密かに楽しもうと思っていたのかな?


 あんなにも凛々しく見えていたシェーラちゃんの姿がその思考を境に少しずつ変わっていく。なんだか可愛らしく感じてしまったのは私だけの秘密。


 シェーラちゃんの話を聞いてオウヒさんは驚きの声を上げて「これからが楽しいのっ?」と聞いて来たことに対し、シェーラちゃんは頷きながら「ええそうよ。これからなんだから」と言ってシェーラちゃんは私のことを見ると、彼女は言った。


 にっと、犬歯が見えそうな笑みと共に凛々しい音色を乗せながら彼女は私に向けながらシェーラちゃんは言ったのだ。


「行くわよね?」


 言ったというより、これは聞いたの方がいいかも。


 そんなことを頭の片隅で思いながら私はシェーラちゃんとオウヒさんのことを見て――迷いもなく頷く。


 頷いて――「行く」と言って、私は二人の元に駆け寄って一旦足を止めた後、三人一緒に歩みを進めていく。


 行先なんて決めていない。視界に入って興味が湧いたらその場所を見て、話して買うか買わないかを相談しながら楽しむ。


 そう――現実世界と同じ普通の買い物を楽しむために、私達三人は歩く。



 ◆     ◆



「――っほ」


 三人の会話を遠くで聞きつつ、行動を見て安堵のそれを零したのは、つい先ほどまで男の腹部に顔を沈めて必死にもがいて苦しんでいたアキ。


 今はその苦しみから解放され、即座にハンナ達に気付かれないように物陰から見て、彼女達のことを見て安堵の息を零している最中だったが、周りで歩いている人たちの視線は相も変わらず冷たく痛いものだ。


 どころか黒い視線がアキに背中に集中している。


 なにせ男三人でサンドイッチになってもがき苦しんでいたその光景を大衆の前で晒してしまったのだ。そのせいで冷たい視線が更に冷たいものに――余計に冷たくなってしまったのだが、そんなことお構いなしにアキは笑いながら別のお店に向かおうと歩みを進めているハンナ達の背中を見て――


 ――よかった……。妹に変化はない。あ、あと二名にも変化なし。一時は見失いかけたけどすぐ近くにいたし、どうやらこのまま買い物をするみたいだ。


 と思い、安堵のそれを再度零すとアキは汗などかいていないにもかかわらず、なぜか額の汗を腕で拭う動作をしながら彼は小さな声を零す。


 小さな達成感。そして目の前に広がる妹 (と二人)の姿を見ながら……。


「よかったよ」

「かねーよこんにゃろ」


 まさに『よかったよかった』と言う王道の安堵のそれを言葉にしようとした時、背後で彼の言葉を遮る様に言い放った人物がいた。


 その人物の声を聞いたアキは今まで安堵のそれを体現していたかのような穏やかな顔をしていたのだが、一瞬の内に現実に引き戻された絶望の顔を背後に向ける。

 

 まるでその顔から怨恨と言うものが零れ出ているようなオーラを出しながら……いや、実際はそうかもしれない。そんな状況の中アキは背後にいる且つ自分の言葉に別の言葉を被せ、自分の気持ちに水を差したキョウヤに視線を向けた。


 振り向き様に捨て台詞を吐き捨てるように――


「……なんで『よかねー』んだよ……。なんで」割り込んでくるんだよ……っ。せっかくハンナ達が楽しそうに買い物をしようとしているのに……」

「お前さ……、ついさっきまでオレ生死の境で綱渡りしていたんだけど、謝罪とかねーんだな。危く『デス・カウンター』でそうだったのに」

「生きているからいいじゃねぇかっ」

「お前シスコンからシスコンクズにジョブチェンジさせたろうか?」


 アキの吐き捨てるようなその言葉を聞いていたキョウヤは呆れと怒りが混じっている冷たい目線をアキに向けて腕を組んでいる。


 その状態で彼はアキに先ほどの現状を簡潔に伝えるが、その発言に対しアキは『どうでもいい』と言わんばかりに反論のそれを述べるが、その反論に対してキョウヤは反論返しと言わんばかりに鋭い舌剣を繰り出す。


 心の中で密かに思っていた言葉をそのまま口に出したと言ってもおかしくないのだが、アキはその言葉を聞いて折れるような――打たれ弱い男ではなかった。


 いいや、妹のことになれば彼は狂人にもなれるのだ。


 アキは己に対してなんともひどい言い方をしてきたキョウヤに対し、怒りのそれを露にして握り拳を己の前に向けながら怒りの怒声 (少し小さめ)を放つ。


「喧しいわ。つい先ほど壁と俺のお腹のサンドイッチの具になりかけていたくせに! サンドイッチにならなければもっと妹のことが見れたかもしれないんだぞっ!? 買い物を楽しんでキャッキャウフフの光景を見つことができたかもしれないのに……! このばかやろうっ!」

「お前が言い放った『このばかやろう』そっくりそのまま返すぜこのばかやろう。お前はただ妹を見ている危ない輩だからな? 知らない人から見ても危ない輩なのは確実なんだ。わかんねーのか?」

「分かるけど今は妹のことが心配だっ!」

「ダメだこいつ」


 しかしその小さめの言葉に対してもアキはめげなければいけないにも関わらずそれを行わない。まさに少し違った鋼の意思を見せつけて反論をしてくる。


 妹のことが心配。


 それだけを糧にして生きる兄――アキ。


 まさに他人からしてみれば恐ろしく見えてしまうが、それを長い間見てきたキョウヤからしてみれば、純粋過ぎるものだと頭の片隅では理解していた。


 一方通行のそれは心配のあまりの愛情。妹を思う気持ちが露になった姿。


 まるで親と子のようなその関係はまさに兄弟の愛なのだろう。


 兄弟がいないキョウヤにとってそれは分からない感情だ。だが理解はできる。


 身近にいる者達の親しい光景を、お互いのことを信頼し、感情をぶつけ、認め合い、再確認してその気持ちを再度共感しあう。


 それは相思相愛なのだが、血の繋がりがないアキとハンナは兄弟ではないが、それでもアキはハンナのために尽力を尽くそうとしている。


 己の人格がまさに汚されかけていることなど気にも留めず、あの夜話した時の不安など一切ない顔でハンナの背中を見ているアキを見て、キョウヤは思った。


 ――何がともあれだが、吹っ切れたのか?


 ――あの日の不安そうなあの顔も全部嘘に感じちまうようなそれだな。


 ――とにかく、これでよか………。


「――いやよかねぇっ!」


 瞬間、キョウヤは己の頬に強烈なビンタを繰り出した。


 ばちぃん! と言う乾いた音が『フェーリディアン』の街に響くが、その音を聞いている者は幸いおらず、どの人達に自分の近くの音を聞いているだけでキョウヤが放った音はただの雑音としてかき消されてしまった。


 だがそんなこと気にもしていないキョウヤは『あー』と濁っている且つ汚い声を喉の奥から発し、発した状態で頭をがりがりと両手で高速で掻き毟りながらキョウヤは己を律した。


 その思考は駄目だ。


 よくないんだ! これはよくないんだ!


 感化されてはいけないんだ。


 そう心の中で何度も思いながらキョウヤは正常な思考に脳内変換を施していく。


 ――あ、あぶねぇっ! 危うくこいつの行動を肯定するところだった……! これは危ないんだよオレ! いい雰囲気で脳内変換しかけたっ! こいつの折れない意思に折れかけてしまったぁぁ!


 ――ばあああああかあああああオレェェエエエエエエエエ!


 キョウヤは心の中で絶叫し、その場でエビ反りのポーズをしながら頭を抱えてしまい、アキはアキで物陰からハンナ達のことをみているが、唯一話に参加しなかった虎次郎は若者二人のことを見――ることなく、辺りをきょろきょろと見渡しながら神経を研ぎ澄ませる。


 視界に入る光景は人だかりと賑やかな光景。


 しかし、その光景が運よくカモフラージュになっていることに虎次郎は気付いていた。


 ハンナでもわからない――感情と言う不思議な力を持っているハンナでもわからない何かを、虎次郎は感じていた。


 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

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