PLAY113 いざ往かん――初めてのお買い物へ!⑦
「――『影剣:影ノ民』』」
ヘルナイトさんは凛とした声で言う。
かざしたその手をとあるところで止めて、その状態で正座をしながら微動だにしない状態で座って――だ。
初めて聞いたオウヒさんはヘルナイトさんのことを見て、首を傾げながら頭の上や自分の横に疑問符がたくさん出ている状態になっている。
目を見ても黒い胡麻のような点が疑問のそれをより一層引き出しているように見えるけど、私達はそんな目をせず、驚きの顔でヘルナイトさんのことを見る。
ヘルナイトさんが言った言葉――『影剣』と言う単語を脳内で再生しながら……。
ヘルナイトさんが使う『影剣』はヘルナイトさんが持っている大剣が二つになる魔法と私は思っている。
二つになる原理は現時点でわからない。
でもあの時、アルテットミアで『六芒星』と相対した時に見たあれを思い出すと、大剣からぬるりと影の様に真っ黒い大剣が出てきたのを覚えている。
まるで影を実体化したかのように二本の剣が出て、ヘルナイトさんは『六芒星』のオグトを倒し、砂の国の『奈落迷宮』に現れたネクロマンサーに攻撃を繰り出した時にも使ったのを今でも覚えている。
普通に一本の剣でも強いヘルナイトさんなんだけど、二本の剣になって攻撃を繰り出すとその威力も二倍になる様な衝撃と、鬼が金棒を二本持って強化したかのような驚きも感じたのが懐かしいけれど、今回はその驚きを越えてしまう様な事態が起きてしまっている。
だって――ヘルナイトさんは『影剣』の後、私達ですら聞いたことがないような言葉を言ったから。
確か……、カゲノタミ……、だったかな?
そんなことを思いながら一体どんな技なのだろうと思っていると……。
「あ!」
と、突然大きな声を上げたオウヒさん。
オウヒさんの大きな驚きの声を聞いた私達は反射的にオウヒさんがいるその場所に視線を向ける。
一体何があったんだ? とか、そんな考えることよりもまず見ることに専念をするように、何も考えずにオウヒさんに向けて目を向けた瞬間――
驚きのあまりに言葉を失ってしまった。
それは現実ではありえないような光景なんだけれど、実際現実として私達の目に写り込んでいる。
事実、この世界は仮想空間と言う名の作られた世界なんだけど、その仮想空間の姿で、仮想空間の中で生活をしている私達からすると、この世界はもう一つの現実世界。オウヒさん達にとってすればこの世界こそが現実と言う名の世界なんだ。
まどろっこしいことを言って混乱させてしまったかもしれないけれど、見ている光景があまりにも現実離れしていて、驚きのあまりに混乱してしまった結果こんなことを言ってしまったことだけは分かってほしいです。
そう、私が見た光景をそのまま伝えると……。
オウヒさんは驚きながら自分の背後を見上げて、その背後にいる黒い何かを見上げながら言葉を失っていた。と言うのが事の真相。
見た限りの情報を伝えるとこうなるのだ。
黒い何か。
それは本当に何なのかはわからないけれど、その黒い何かはオウヒさんの背後で少しずつ、少しずつ大きく成長をしていた。
ドロドロとぐねぐねと……、なんだかスライムを思わせるような不規則な動きをしてその黒い何かはオウヒさんの背後に立っていた。
背後に立つその黒い何かを見てアキにぃやキョウヤさん、シェーラちゃんに虎次郎さんが身構えてどうにかして攻撃しようと立ち上がろうとした。
武器はない。
武器はないけれど今は肉弾戦でやるしかない。そんな緊迫した雰囲気を出しながら四人は立ち上がろうとする。
でもその行動を見てヘルナイトさんは凛とした音色で『大丈夫だ。攻撃はしないでくれ』となぜか攻撃をしないでほしいと言ってきた。
勿論ヘルナイトさんの言葉に対してアキにぃ達……特にアキにぃが反論をしていたけれど、ヘルナイトさんはただ一言――こう言っただけだった。
「黙って見ていれば分かる」
それだけを言ってそれ以上の言葉を言う事はなかった。
ヘルナイトさんの言葉に対して困惑しているアキにぃ達は互いの顔を見合わせて首を傾げそうな顔をしていたけれど、ヘルナイトさんの凛としている言葉に気圧されてしまったのか、攻撃をするその手を止めてオウヒさんの背後で蠢いている黒い何かを見ることにする。
みんなのことを見て、そしてヘルナイトさんの言葉を聞いた私も再度オウヒさんの背後に出ている黒い何かを見つめて黙ってみることに徹する。
オウヒさんはヘルナイトさんの言葉を聞いていないのか、『あわあわ』と慌てた様子でその黒い何かを見上げている。
この場で逃げるという選択肢があるだろうけど、その逃げるということができないほど驚きのあまりに腰を抜かしているんだ……。
驚きの顔のまま固まってしまい、ガタガタと体を震わせながら背後にいた黒い何かのことを見上げて口をパクパクと金魚の様に動かしている。へたり込んだまま動かないと心を見た私は四つん這いで這いながらオウヒさんに近付こうとする。
まるで犬の様に這いながら私はオウヒさんの名前を呼びながら近付き、そして腰を抜かして黒い何かを見上げている彼女の肩に手を添えて「大丈夫ですか?」と聞くけど、本人はアワアワしながら黒いそれを見上げて固まってしまっている。
体はもうがくがくブルブル状態で言葉も出ないほど混乱、困惑しているもしゃもしゃを出している。そのもしゃもしゃの中には恐怖のそれも混じっていて、人は本当の恐怖に直面すると言葉すら出ない状態になってしまうのだろう。動けなくなることも然りで……、普通の人であればこうなってしまうことは当たり前なんだ。
私はこの世界に来て色々と経験をしてしまい慣れてしまったこともあって動けなくなることはあまりないと思うけど、オウヒさんは普通の人と同じなんだ。
「オウヒさん……、大丈夫ですから、私がいますから」
「あ、あ、あああ…………」
オウヒさんの震えを見て、私はオウヒさんの肩に手を回し、抱きしめるというよりも、固まっているオウヒさんの肩を手を回して、正面同士ではなく私に引き寄せるようにオウヒさんのことを抱きしめる。
横に抱きしめているとオウヒさんの震えが私に伝わり、どれだけ恐怖を抱いているのかが分かってしまうそれを感じた後、私はオウヒさんの目の前で形を作っている黒い何かに視線を向けると……。
「え?」
私は声を零した。呆けている声で、驚きが混じったその声を零してオウヒさんの背後にいた黒い何かを見つめる。
グネグネと黒い何かが少しずつ大きくなっていったのは分かっていた。オウヒさんの背後に現れた瞬間からその形状は見ていたからわかるけど、問題はその後だった。
黒い何かは大きなっていたその形状を少しずつ小さくしていき、小さくなって余ってしまった体積を利用して、頭から二つの鋭く尖った突起物をぬぬぬっと出し、体の後ろからふわりとしたものを出して少しずつ、本当に少しずつ形状を変えていき、やっと形になったところでその蠢きが止まる。
止まると同時に完成されたそれを見た私やみんな、オウヒさんは驚きの顔で黒い何かを見上げる。
黒い何か……。それは最初に出た時そうだったから勝手にそう名付けただけなんだけど、今となってはその黒いものは黒い何かで無くなり、私達の目の前にいるその存在――服や角、髪の毛や肌まで真っ黒な存在になったオウヒさんに似た存在になってしまったそれを見上げて、私達は驚いたまま言葉を失ってしまった。
姿かたちはオウヒさんそのもので、後姿を一瞬見てしまえば間違えてしまいそうなほど精巧な黒いオウヒさん。でも全体的に真っ黒で、顔も口以外何もないのっぺらぼう状態。まるでオウヒさんの影が実体化したかのような存在が私達の目の前に現れたことで、私達は驚きのあまりに言葉を失ってしまい、一瞬時間が止まってしまったかのような衝撃を受けてしまったということだ。
アキにぃ達も同じように言葉を失いながら驚きの顔で……、と言うか、一瞬何が起きているのかと言う顔をしながら黒いオウヒさんのことを見ているけど……、対照的にその光景を見ても平静でいたヘルナイトさんはオウヒさんに似た存在を見て――
「言っただろう? 黙って見て居ればわかると」
と言って、ヘルナイトさんは徐に立ち上がってオウヒさんに似た黒い存在に向けて歩みを進める。鎧を着て畳の上を歩くその光景はまさに異様なそれに見えてしまうかもしれない。でもヘルナイトさんは気にもせずオウヒさんに似ている黒い何かに近付いて、黒い何かの目の前に立ちふさがる様に立つと、ヘルナイトさんの徐に黒いオウヒさんの頭に手を置く。
ぽすんっと言う音が静寂と化した室内に小さく響くと、ヘルナイトさんはもう一度黒いオウヒさん………なのかどうかはわからないけれど、そのオウヒさんをもう一度見せるために立ちふさがっていたその位置からずれて、私達に説明するように黒いオウヒさん (?)を見せtるとヘルナイトさんは言う。
凛とした音色でヘルナイトさんは言った。
「これが『影剣:影ノ民』の力だ」
確かに、ヘルナイトさんは凛とした言葉で黒いオウヒさんのことを説明した。簡潔だけどしてくれた。
でも、その言葉を聞いた私達の顔はまさにポカンッと呆けた顔をしているそれで、見てわかる通りの『何を言っているんだ?』と言う理解不能の顔をしてヘルナイトさんのことを見ていた。
見ることしか……、できなかった。
正直……、『これが『影剣:影ノ民』の力だ』と言われても返す言葉がない。ある意味で全然ないのだから無言になるしかない。
本当に正直なことを言うと……。
「だから何なのよ。その力がそれと言う事は分かったけど、詳しいことを話しなさいよ。箇条書きで分かるほど私達は理解力優れていないから」
「!」
「「「っ!」」」
「お?」
「あ」
正直なことを思考にして言おうとしたと同時に、シェーラちゃんが呆けた顔からすぐに現実に戻った顔で――むっとした面持ちでヘルナイトさんに異議を唱えた。
まさに私が思ったことを思考の言葉として言おうとしていた言葉そのもので、『だから何なのだろう?』と思っていたことを、シェーラちゃんは口から出た言葉としてヘルナイトさんに伝えたのだ。
シェーラちゃんの言葉を聞いてヘルナイトさんははっと息を呑むような声を零して、アキにぃ、キョウヤさん、そして私の腕の中で震えていたオウヒさんはシェーラちゃんのことを見てなぜか安堵のもしゃもしゃを出していたけれど、これは多分、自分達も同じことを思っていたけれど言うタイミングをどうしようかと悩んだ結果シェーラちゃんが言ってくれたことに感謝しているような、そんな顔をしている。
対照的に虎次郎さんはシェーラちゃんとヘルナイトさんのことを交互に見ているだけで、最後に私の呆れた声が響いた。と言う事である。
シェーラちゃんの言葉を聞いたヘルナイトさんはまさに目からうろこと言わんばかりに少しだけ考える仕草を――顎に手を添えて探偵が考えるような仕草をして少しの間黙ると、再度私達のことを見て「すまなかった。確かに説明不足だったな。詳しいことを説明する」と申し訳なさそうな音色でヘルナイトさんは謝罪を述べる。
多分だけど、見て分かるかもしれないと思ったから簡潔にしたのかもしれないけれど、見てわからないからこそ説明が欲しいのが本音なんだよね……。私達は……。
男性と女性では脳のつくりと言うか行動が違うってよく聞く。
多分それに当てはまってしまうのかなとか思いながら、私はヘルナイトさんの詳しい話に耳を傾けることにした。勿論未だに腰を抜かしているオウヒさんの肩を抱きながら……。
「説明をすると、『影剣:影ノ民』は『影剣』の応用技なんだ」
「『影剣』の応用技? 応用ってできるんだその技って」
ヘルナイトさんの言葉を聞いてアキにぃは可愛い驚きの仕方をして『へー』と言う声が出そうな顔で聞くと、ヘルナイトさんはアキにぃのことを見て「ああ」と頷く。
頷きのそれを見て虎次郎さんは胡坐をかいた状態で腕を組むと――
「確かに、技と言うものに決まったものなどない。刀を振るい斬ることが当たり前のことでありそれしかできないと思われがちなこともあるが、刀を使って投げ槍の様に扱うもよし。考え方によって新しい使い方が生まれる。派生と言うものが生まれる。これはその使い方を変えた結果と言う事か」
と言うと、虎次郎さんの言葉を聞いてヘルナイトさんはまた頷き――続きの言葉を凛とした声で言う。
「それに近いと言いますか……、これは師匠から言われて独断で編み出した応用技なんです」
「独断ってことは……、自分で技を作って覚えたってことでいいんだな? 見るからに攻撃には適していないような気がするけど」
「そう言えば……」
「でも驚いたーっ」
そう言ったヘルナイトさんの言葉に納得したアキにぃだけど、腕を組みつつヘルナイトさんの横にいる黒いオウヒさんを見て首を傾げる。
私自身も黒いオウヒさんを見てどんな場面で攻撃することができるのかと思いながら首を傾げる。
アキにぃと同じことを思いながらどの場面で使うんだろうと思っていると、オウヒさんは泣きながら私に抱き着き縋りながら大きな水が含まれている声で叫ぶ。
確かに……、この中で一番被害に遭ったのはオウヒさんだ。
きっとオウヒさんの人生の中で大きなトラウマとして記憶に残るかもしれない……。それで考えると、この黒い存在は驚かせることに適しているのかもしれない……。
絶対にありえないけれど無理矢理その考えに至らせようとしている自分に対して呆れというかおかしささえ覚えてしまいそうになりながら私はえんえん泣いているオウヒさんの頭を撫でる。
撫でながらも私はヘルナイトさんの話の続きに耳を傾ける。
「応用と言っても、アキの言うように攻撃に適しているわけではない。『影剣:影ノ民』はその人物の影を形どったただの人形に過ぎない。自我を盛っているわけでもなければ意志を持って主を守るということは出来ない」
このようにな――
と言って、ヘルナイトさんは再度黒いオウヒさん……の影の肩に手を置いて私達に見せる。
オウヒさんの影から模られた黒いオウヒさんをよく見ると、確かに形そのものはオウヒさんに瓜二つなんだけど、それ以外は全然オウヒさんではなかった。
どころか目とか鼻がない口だけのっぺらぼうで、唯一ある口もだらんっと力なく空いた状態で、どこからどう見ても人間と言う自我を持っていない、人形を思わせるようなと言っても違うような、まるで魂と言うものが抜けてしまった抜け殻のような人間だ。
人間……じゃない。この場合は黒い影だ。
黒い影のオウヒさんのことを見ていたアキにぃ達は神妙な面持ちで納得を示すように頷いて『へぇー』や、『ほーん』と相槌を打っていると、今まで黙っていたキョウヤさんが黒い影のオウヒさんのことを指さしてヘルナイトさんのことを見ながら聞く。
「と言う事は」と言う言葉を最初に乗せて、キョウヤさんはヘルナイトさんに聞いたのだ。
「これ何のための出したんだよ? 話せないしなんか一瞬見ちまうと『あ、やべー』って感じに見えちまうこの影の人形どうするつもりなんだよ」
「まだ説明は終わっていないぞ」
「?」
キョウヤさんの言葉を聞いてヘルナイトさんはさも平然と言葉を返すと、キョウヤさんや他のみんなは首を傾げながらヘルナイトさんのことを見ると、ヘルナイトさんは再度オウヒさんの影のことを見て、続きと言わんばかりに説明を再開する。
現在進行形でぼーっとだらけた口を開けている黒い影のオウヒさんのことを視界の端に入れながら……。
「いくら自我がないと言っても、この影の使い道はある。攻撃という面では全く戦力外だが、それ以外の場所……、例えば、影武者としての役割ならばこの影はできるんだ」
「影武者となっ!? 時代劇に出る殿を守るために自ら囮となるあの影武者かっ!?」
ヘルナイトさんの説明を聞いた虎次郎さんは『影武者』の言葉を聞いた瞬間水を得た魚の様に瞬時の反応を示して、詰め寄る様に立ち上がると同時にヘルナイトさんに向けてずんずんっと歩みを進めていく。
確かに、影武者って時代劇とかでよく聞くし、現実ではあまりないこともあって虎次郎さんはワクワクしているんだなと思う。
あ、シェーラちゃんもなんだかワクワクしたもしゃもしゃを出しながらヘルナイトさんの話を聞いている……。きっと『影武者』の言葉に反応しているんだ……。
可愛い……。
シェーラちゃんが『そわっ』としている光景を見て可愛いと思いながら和んでいると、ヘルナイトさんは続きの説明を行う。
「…………よくわからないが、そんな感じだな。元々これはサリアフィア様が危険に晒されることを危惧して、師匠が私に編み出せと言われて編み出したものだ。『影剣』は言葉通り剣の影を具現化させて二本の大剣を生み出す力。影を具現化することができるならば人の型も同じ。自我を持たせて行動させることは出来なかった。何せ反魂の魔法は私の範疇外だ。命を宿すという魔法そのものもないが故、できることは影の人形を作り、その人形に命令を出すことしかできないが、それならばきっと脱走できる。この影の人形――『影剣:影ノ民』は命令をすれば生きた人間の様に行動することができる。発動人数は三体ほど。と言っても、簡単な事しかできないが命令すればどんな動きでも行う……、それだけでも脱走できると私は思っているんだ」
『?』
「あ。そっか」
ヘルナイトさんの言葉を聞いて誰もが一瞬首を傾げて理解できていないような顔をする。私もその一人だったけれど、その状態からなんとか脱出してやっとヘルナイトさんが言いたいことを理解することができた。
私の理解の言葉を聞いたヘルナイトさんは私のことを見てコクリと頷き――
「分かったか」
と優しい音色で言うと、その言葉に対して私は「はい」と言って頷く。理解したという旨を伝えるように頷くと、キョウヤさんがはっと息を呑むような声を零した後。
「そう言う事か……。なるほどなっ!」
「……! そう言う事ね? あんたが言いたいこと理解できたわ」
「俺も理解できた。やっと理解できた」
「え? え?」
「むむ? どういうことだ?」
キョウヤさんに続くようにシェーラちゃんとアキにぃがやっと理解したかの様にお互いの顔を見て頷き合うけど、オウヒさんと虎次郎さんだけは未だに理解できていないのか首を傾げたままどいう言う事なんだという顔をしている。
そんな顔を見て一瞬なんだか嫌な空気と言うか、沈んだ空気が流れたような気がしたけれど、虎次郎さんとオウヒさんの言葉を聞いていたアキにぃ達三人は重苦しい溜息を畳に向けて吐き捨て、シェーラちゃんは虎次郎さんのことを呼びながら「いい?」と言って説明を始める。
勿論わかりやすくしたものを。
私も混乱して現在進行形で腰を抜かしているオウヒさんのことを呼びつつ、抱き寄せていたその体制からお互いの顔を見るように正座をしてオウヒさんのことを見つめた私は、ヘルナイトさんが言いたいことをオウヒさんに伝える。
「オウヒさん、私達は買い物をするためにこの郷から出たいです。でもそのためには脱走が必要不可欠の行動で、その行動を妨害するように鬼族のみんなが夜な夜な監視をして回っているんですよね?」
「うん。言った」
「そのためにはどうすればいいのか。そのことで私達は話していました。その中で出てきたのがヘルナイトさんの技。『影武者』として使うために編み出した技が話に出てきましたね?」
「あの黒いのだよね……? あの黒いのでどうやって脱走するの?」
「黒い存在を使って脱走することに関しては正解ですけど、厳密に言うと、あの影の使い道は攻撃とか私達のことを守ることには使わないと思います」
「? それじゃどこで? みんなを気絶させるために使うの? こう首の後ろに向けて手刀を『どすっ!』っと」
「……武力から離れましょう」
オウヒさんはまだわからないみたいだ。どこでどう使うのか。そのことでやっぱり武力行使が最終機に頭の中で浮かんでしまうのかと驚いてしまったけれど、そこはやんわりと否定しつつその路線から離れるように私は言う。
首のところに手刀を入れるジェスチャーを見て内心この案が出なければ本当にこれが採用されて痛いかもしれない。と言う怖さもあったことは私だけの秘密にしておくとして、黒いオウヒさんのことを見て、私はオウヒさんに向けて言った。
鬼族のみんなを傷つけない且つ――絶対に脱走できるという案をオウヒさんに伝えるために。
「ヘルナイトさんが生み出せるあの黒い存在は三体まで。顔とか言葉を発することができないことを除けば形はオウヒさんそのものです」
「確かにそうだけど……。あぁ! そっか!」
ようやくオウヒさんも気付いたらしく、私はオウヒさんの顔を見て頷くと、再度黒いオウヒさんに視線を移して続きの言葉を言う。
この影武者を使った――簡単な脱走作戦を。
「形がそっくりな黒い影武者オウヒさんをどこからどう見ても、黒いところを除けばオウヒさんにしか見えない。布で顔と体を隠しさえすれば、角を少しだけ見せるような姿をしていれば本物のオウヒさんだと思ってみんな気付かないと思います。それに加えて夜と言う樹お経であれば余計に気付かれないと思います。暗くてよく見えない状況であればオウヒさんの背格好と角を頼りにすると思います。最大三体作れるから、一体はこの場所で待機させて、残り二体をかく乱のために使ってオウヒさんとキョウヤさんは櫓を使って跳んで脱走する――と言う事です」
いいですか? と、私は確認のためにオウヒさんに聞くと、オウヒさんはコクコクと高速で首を縦に振って「うんうんっ」と頷く。
勿論それは理解できたというもので、振っている最中もオウヒさんは終始笑顔で私のことを見ている。
そんなオウヒさんのことを見て私も控えめに微笑んで頷き、オウヒさんもつられるようににこっと笑顔になる。
その光景を見ていたヘルナイトさんが微笑んでいたことも、私の話を聞いてなのかシェーラちゃんの話を聞いていたのかわからないけれど、キョウヤさんは「あれ? オレだけ行動はもう決定事項なん?」と言う言葉を零していたことに関しては、その後知ることになる。
□ □
これが――前代未聞と言うには大袈裟かもしれないけれど、それでも鬼の郷にとってすれば前代未聞の脱走計画の全容。
計画自体これで行けるのかと言う一抹の不安はあったけれど、案外予想以上の効果を発揮し、私達はヘルナイトさんの詠唱で脱走でき、オウヒさんとキョウヤさんも何とか脱走することができた。
これで第一段階はクリア。
後は買い物を済ませて帰るだけ。
それだけ。それだけを行うはずだったのに……。
ここから事態が少しずつ急変することに、この時の私達は気付かなかった。




