PLAY110 お姫様の夢③
私達はオウヒさんの脱走を何とか阻止することができた。
はたから見ればきっと手慣れているように見えて、そして手の込んだそれに見えると思うけど、最初から私達はこんなに脱走阻止がうまかったわけではない。
当たり前の話だけど、最初の頃の私達は手探り状態で苦労もいっぱいあったのも事実だった。
というか脱走を阻止だなんて、よく見る囚人脱獄を阻止する看守の様だと思っていたけれど、今回の経験で看守がどれだけ大変なのか。そして刑務所のセキュリティがどれだけ便利であること、更に言うと人力で捕まえることがどれだけ大変なのか理解した気がする……。
セキュリティ云々はきっと個人の見解かもしれないけれど、私的にはそう思ってしまうほどの苦労があったのも事実。
なにせオウヒさんは現実世界で言うところの脱獄囚のように毎日……、というか毎日何回も脱走をしていて、アルダードラさんもその脱走にかなり頭を悩ませていたのだ。
私達が苦労をし、そして徒労の最中に対策をしても結局は無駄に終わってしまう様な日々を送るなど、結局は大袈裟かもしれないけれど運命だったのかもしれない。
だから私はこれまでの脱走のことを思い出そうと思った。
今現在――オウヒさんは目の前にいる薄紫の長髪に混じる白の髪の毛が目に入るそれを腰まで下ろして、紫を基準とした着物を着た女性シチさんの話が長くなることを見越し、横一列になって座って待機している私達は長くなるであろうその待機時間 (説教時間)を有効活用していこうと思い、私は脳内で記憶の整理を行う。
この郷に来て――そして試練を受けた時の初の脱走阻止から思い出して……。
最初、本当に一回目の脱走は本当に予想できない脱走だった。
シチさんの勉強をしている時も隙あらばこそこそとその場から出ようとしていたところをアキにぃが捕まえたけど、アキにぃの顎目掛けて回し蹴りを繰り出してアキにぃのことをノックアウトしたかと思えば、そのまま外に出てしまったけど、そこは何とかキョウヤさんの蜥蜴の尻尾もあって何とか捕まえることができたのが一番最初の脱走。
そして一回目の脱走の後オウヒさんはシチさんに怒られむすくれた顔をして一時は大人しく自室で書物を読んでいた。
けれどその五分後……、かな? そのくらいの時間帯にオウヒさんはまた脱走をしようとしていた。
今度は自室の小さな窓――本当にオウヒさんでもぎりぎり入るか入らないかの面積で作られた窓なんだけど、その窓からなめくじのように体をくねらせて出ていこうとしていたので最初にそれを目撃した私はオウヒさんの脱走を阻止するために彼女の足を掴んで宙ぶらりんになった。
その行動のお陰でみんなに早く知らせることができたこともあって、この時の脱走は何とか阻止することができた。これが一日の二回目なんだけど、その後三回目の脱走を試みたのはさすがに驚いた。
三回目の脱走は私が何とか宙ぶらりんになっていたこともあるし、近くにはシェーラちゃんや虎次郎さんもいたことがあって流石に大人しくしていた。大人しく自室で書物を読んだり、時には私やシェーラちゃんと一緒にお手玉をしたりして遊んでいた。
同年代に近いこともあり、同じ女の子と言う事もあって私達はすぐに仲良くなったのはここだけの話。オウヒさん自身も私達に心を開いているもしゃもしゃを出して笑っていた。
――のだけど、その笑いも、心の開きも脱走となったら話は別になってしまうらしく、オウヒさんはその日の深夜に脱走を行ったのだ。
私達はその時寝ずの番をしていて、ヘルナイトさんは眠れないので寝ないでオウヒさんの見張りをして、その日の脱走は確か……十一時ごろの時間帯だったから、その担当が運悪くアキにぃだったからオウヒさんはきっとアキにぃの隙を突いて私によって阻止されてしまった『小窓からの脱走』を試みたのだ。
でもその脱走も結局は失敗に終わってしまう。
ヘルナイトさんがあらかじめ出していた詠唱『死出の旅路』をオウヒさんが脱走するであろう場所――小窓から出たその場所にピンポイントで出して、運悪くその穴の中に入ってしまったオウヒさん。
入ったことを確認したヘルナイトさんは指鳴らしを行い自分の上に『死出の旅路』出し、そのまま落ちてきたオウヒさんを横抱きにしたことで脱走阻止を成功させることができた。
深夜でもあり、みんなが油断していたところを突かれてしまったのこともあって、私達はより一層警戒をしたのは言うまでもないし、アキにぃに至ってはヘルナイトさんの完璧な行動に驚きを隠せず、思わず目が飛び出しそうになったとか言っていた気がする。
多分、飛び出ないと思うけど、ね……?
初日はかなり濃密で忙しいこともあってよく覚えているけれど、その後のことはかなりの多忙の所為かあまり覚えていない。というか何回も脱走されてしまったらそんなことをいちいち数えて覚えるなんてことはしないだろう。
私は一応最初の時は数えていたけれど……、それでも一週間過ぎたあたりで私は『もう無理かもしれない。数えるとなんだか絶望的になる』と思い、一週間が経過した辺りで数えることをやめてしまっていた。
数えていた私にシェーラちゃんやアキにぃは私に『マメね』とか、『数えていたら気持ち悪くなるよ』と言っていたけれど、結果としてそれは現実になってしまった。
むしろ数えて何になるんだろう。数えるよりもその時の脱走阻止の方に頭が回ってしまい、数えるなんて二の次三の次に近いもので、結局私がしてしまったことは自分を追い詰めることになってしまっていたことは、ここだけの話。
そんなこんなで私がある程度数えていた一週間にわたった脱走数は……、五十六回。計算で言うと一日に八回も脱走をしている計算になっていて、ぱっと見この数字を見れば『なーんだ少ないじゃん』と思ってしまうけれど、一日の間にこんなにも脱走をする。しかも五分後とか、はたまたはそれから一時間後とか、気を抜いた隙に行ったり深夜に行ったりしているから――正直質が悪いと思ってしまう。
シェーラちゃんはこんなことを言っていた。
「人の睡眠時間を割いてまで脱走をしたり、そのことに対して罪悪感や悪いことをしてしまったとか一ミリも思っていない。あろうことかそのことに対して逆切れをして『だったら脱走見逃してもいいじゃん』とか言われてしまう。他の鬼族が困っているのも無理はないけれど、こんなの正直二週間もやってられないわ。こんなことを毎日されたら精神病んでしまうし、正直あのオウヒって女に対してここまで心身を酷使したくない。さっさと諦めてほしいものよ」
そんなことを言いながらシェーラちゃんは何度も何度も舌打ちを零していたけれど、それはきっと普通の人ならば絶対にしてしまうかもしれない。
だってどんな生物であれど睡眠はすごく大事で大切な行い。
何日も睡眠しないと精神的にも不安定になり、最悪な結果になってしまうことはテレビでも見たことがあるし、しょーちゃんが見ていた動画でも聞いたことがある。
それを人為的に邪魔されることは凄いストレスになると思うし、何日も寝ていないとイライラしやすくなって、人に八つ当たりしてしまうことだってある。今日起きたアキにぃ達の会話だってそう。
だから質が悪いから『これ以上の脱走はやめて』と言いたいのだけど、鬼族の人たちの言葉を聞こうともしなかったのに、私達に言葉を素直に聞くことは絶対にありえない。どころか『そっちが諦めて』と言う始末。
結果として、私達は現在進行形でオウヒさんの脱走を何とか阻止している。
勿論何度も何度もオウヒさんと話しをしては結局何もできずに終わり、みんなで話し合ってはできるだけ睡眠と言う名の仮眠が取れるように分担も決めつつ、脱走阻止に関してもできるだけ体力を消耗しない方法を考案してはそれをオウヒさんに向けて使うなどと言った手探り方法を行っている。
何度も何度も同じ方法で捕まえようとしても捕まえることは出来ないので、毎日レパートリーを考えて行動すると言った……なんとも貧乏くじを引いてしまったかのような過酷な試練。
聞いていた限りはそんなに過酷に感じなかったのにやってみたら予想以上に過酷だったそれで、私達はそれを二週間になるまで行わないといけないのだ。
それが今日になってやっと十日。
後四日経過すればこの試練も終わるのだけど……、その道も長い事もあるし、それと同時に私達の精神も不安定になっている。ヘルナイトさんはあまり変化はないけれど睡眠と言うものが必要な私達は不安定そのもの。
一体何が言いたいのか? こんなに長い説明をして、一体何が言いたいのかって?
……本当はこんなことあまり言いたくないのだけど、それでも知ってほしいから言おうと思う。
私はこの十日間を過ごしてきて、オウヒさんの絶え間ない脱走阻止をしてきた中で、こんな感情が芽生え始めている。
――これ以上はもしかしたら無理かもしれない。
そんな弱音に近いようなことを思ってしまったらもう末期なのかもしれない。諦めるのは早すぎだろうと思ってしまうかもしれない。でも正直――無理かもしれないと、一抹の不安が私の頭をよぎっていて、その不安が日に日に大きくなっているのも事実なのだ。
一日でこんなに疲れていて、そして一週間が過ぎたあたりで心配が勝り、そして十日目になったところで、限界が来てしまったと私は思っている。私自身はそう思っていないけれど、これは私一個人の問題ではない。みんなの問題なんだ。
個人行動ならばいいのだけど団体行動となれば話は違う。
ついさっきも見たかもしれないけれど、ここ最近みんなの士気は駄々下がり状態。不眠によるストレスとか毎度続く脱走のこともあってアキにぃ達はもう心身ともに限界が来ている。これを行っていたアルダードラさんは凄いと思うけれど、私達はただの人間。竜人族とは何もかもが違うと思う。
二週間の間オウヒさんの御守をしてくれ。
この試練は私達にとって――難易度ハード級のクエストでもあり、下手すればドラグーン王との約束ですら果たせないかもしれない。
一抹の不安がどんどんと砂漠の山のように盛り上がっていくような不安を感じながらも、私は今日ももうご恒例となったシチさんの説教を聞き流す。
あぁ、まだこんな日々が続くのか。どうすれば脱走をやめてくれるのだろう。
そんなことを思いながら……。
□ □
「姫様っ! もうこれで何度目ですか? いい加減に外の世界など諦めてください。あなたはこの郷の姫でもあるんですよ? ちゃんと理解しているんですか?」
「何が言ったらどうなんですか? あの竜人の魔女がいない今、部外者の方々があなたのことを止めてくれていますけど、それもどこまで持つかわかりません。少しは姫である自覚を持っていただけませんか?」
「何か言ったらどうなのですか? 姫様っ」
「………………………ごめんなさい」
「謝って『はいわかりました』と済むと思っているのですか? そんな安直なことで許すと思ったら大間違いですっ! 郷のみんなにもしっかりと謝ってくださいっ! もういい加減に外の世界なんて言う外道共がいる世界など忘れ、鬼族の姫として自覚をもって生きてください! いいですねっ!?」
シチさんの説教を聞いている最中、オウヒさんは終始むすっとした状態で頬を膨らませてあからさまに『私は納得していません』オーラを出しているけれど、シチさんはそんなオウヒさんの顔なんて見ていないのか、自分の意見を押し付けるように怒って叱っている。
その光景を見ている私達からしてみれば嫌な説教の光景だと思ってしまうし、気付いているかもしれないけれど、私自身この説教を聞いてて、嫌な感情しかわかない。
怒りと言うか、なんだか怒られていない私でさえも怒られていて、怒りの内容があまりにも理不尽に感じてしまい頷きたくないような感情を抱いてしまう。
簡単に言うと本当に嫌だ。
本当にむしゃくしゃするような、私自身もオウヒさんと同じ顔をしてしまいそうになってしまうような、そんな感情なのだ。
それは私だけに留まらず、説教を一緒に聞いて傍観していたアキにぃ、キョウヤさん、シェーラちゃんでさえも無言の代名詞と言える横一文字の口をして目を閉じているのだけど、その雰囲気は無言に似合うようなものではなく、三人の体から燃え上がる炎のように赤黒いもしゃもしゃが噴き出しているのだ。
簡単に言うと怒っている。
何に対して……、なんて、多分言わなくても分かるようなことだと思うのであまり言わないけれど、虎次郎さんだけはシチさんの話をしっかりと腕を組み、胡坐をかいた状態で聞いている。
目を閉じて拒絶のそれを見せず、しっかりとその言葉を聞くように、シチさんやオウヒさんの顔をしっかりと見て聞いているそれは私達若い人にはない年上ならではの落ち着きを放っている。
ううん……、これは落ち着きと言うものではなく、落ち着きに見えるけれど性質は落ち着いて聞いていない。まるで何かを感じているような顔でその光景を見て、聞いている。
ヘルナイトさんも虎次郎さんと同じで正座をした状態で聞いていた (鎧を着ているのに正座をしているその光景はなんだか違和感しか感じなかったけれど……)。
私は嫌悪を感じながら聞き、アキにぃとキョウヤさんとシェーラちゃんは苛立ちを感じながら聞き、虎次郎さんとヘルナイトさんは落ち着いた面持ちで何かを感じながらオウヒさんのことを怒っているシチさんの説教を聞いている。
異質に見えてしまう空間は最悪の空気に包まれていて、黒くてドロドロとしているそれが辺りを包み込もうとしているような、一種のホラーのそれを彷彿とさせる。
でもシチさんはオウヒさんの説教をやめない。
鬼族の姫だからとかいろいろと何かを言っているけれど、何だろうか……。なんて言えばいいのだろうかわからない。私自身この空気は正直嫌だし、正直なところ『それ以上はもういいのでは?』と思ってしまうところもあるのだけど、シチさんのそれを言っても無駄と言う事は、御守三日目でアキにぃが反論をして、逆に無残に論破され一日再起不能になったところで諦めてしまっている。
でも、それでも私は今でも思っている。
シチさんの説教を聞いて、私は思ってしまうのだ。
アキにぃがしたことは間違っていない。どころかこの説教はどことなく……、自分の主張を押し付けているような、そんな感じに聞こえてしまうのは私だけなのだろうか……。
いや、そんなことはないと思う。私自身シチさん嫌なことをされたからそう思っている。先入観がそうさせているのだろう。そうだ。そうに違いない。
私は心の中で頭をぶんぶんと振り、そんなことはないと自分に言い聞かせながら目の前のことに集中しようとした。
でも……、その時にはもう説教は終わっていたらしく、深い溜息を吐いて項垂れているオウヒさんと、同じように深い溜息を吐きながら項垂れて肩の力を抜くように各々だらけた姿をさらしているアキにぃ、キョウヤさん、シェーラちゃん。そして未だにその状態をキープしている虎次郎さんとヘルナイトさんがいた。
シチさんはもういない。
どうやら私が考えている間にどこかへ行ってしまったらしく、私は辺りを見渡し、そしてオウヒさんに向けて視線を向けて声を掛けようとそっと口を開く。
ううん……、厳密には開こうとしたの方がいいのかもしれない。
私が言葉を発しようと、オウヒさんに向けて声を掛けようとした丁度その時――隣で足を延ばして天井を見上げていたシェーラちゃんが変な声を上げたせいで私の言葉はかき消されてしまった。
「あああああああぁぁぁぁぁ」
母音のあの声をありったけ発し、その『あ』の言葉に濁点をつけるような濁った声を発しながらシェーラちゃんは声を発し、周りで項垂れていたり肩の力を抜いている人たちに注目を集める。
集めているのだけど、当の本人はそんな注目など気にもしていない様子でシェーラちゃんは足を延ばした状態で――
「もーいやっ」
と、はっきりとした言葉で言い放った。
自分の本音を感情と共に吐き出すようにシェーラちゃんが言うと、その言葉に対して私は一瞬のことで反応が遅れてしまったけれど、シェーラちゃんの言葉に対して即座に反応をしたのは……。
「どうしたしぇーら。そんなに荒みおってからに。そんなに荒んでいると女性の命でもある肌が荒れてしまうぞ?」
虎次郎さんだった。
虎次郎さんはシェーラちゃんの言葉を聞いて驚きの顔こそしなかったけど、それでも突然の叫びに対しては意外だと思ったのだろう。
もしくは突然でこんなことを言うなんてと言う予想外なこともあってなのか、虎次郎さんはシェーラちゃんに視線を向けながらも苛立ちなど一切見せない様子でシェーラちゃんに聞く。
荒んでいる。私も思っていたことを口にして。
虎次郎さんの言葉を聞いてか、シェーラちゃんは「あ?」と言う声が零れそうな不機嫌なもしゃもしゃを放ちつつもシェーラちゃんは虎次郎さんのことを見て、大きなため息を吐きながらシェーラちゃんは虎次郎さんに向けて怒りが混じっているような音色でこう言ったのだ。
「そんなこと言われなくても分かっているけれど、師匠や他の男子のように何日寝ていなくても師匠なんてなければ私だって不眠くらいは大目に見るわよ。でも――大目に見れないことくらいわかっているでしょう?」
と言って、シェーラちゃんは視線を虎次郎さんから視線を外し、未だに俯いて不貞腐れているオウヒさんのことを見てから彼女は一言、はっきりとした言葉で言ったのだ。
重く、突き刺さる様なその言葉を――
「お姫様の脱走の所為で、こっちだって気が休まらないのよ。身も心も」
「う」
シェーラちゃんの言葉を聞いてオウヒさんは尖らせていたその唇を横一文字のそれに変え、雨っと唸るような声を零した後オウヒさんは私達から視線を逸らすように首を錆びてしまった可動機械のように動かす。
ギギギギギッ。という音が出そうな動きでオウヒさんは視線を逸らすけど、その光景を見ていたシェーラちゃんは呆れるような溜息を吐いた後オウヒさんのことを見て――
「別にあんたのことをいじめているわけじゃないし、まぁ私自身もあ街人のことをとやかく言う筋合いはないからこれ以上は責めないわよ」
と言って呆れたそれを吐き捨てると、シェーラちゃんの言葉を左隣で聞いていたキョウヤさんはシェーラちゃんの横顔を見て驚きと困惑が入り混じっているその顔を晒しながら小さな声で「いや……、十分すぎるくらいディスっていたぜ?」と言ったけれど、その言葉を無視してシェーラちゃんは続きと言わんばかりに言葉を零す。
シェーラちゃん自身はそんなにオウヒさんのことを責めていない姿勢だったのだけど、逆に取られてしまう様な言葉を言い放ったことで、シェーラちゃんはキョウヤさんの言葉を聞いて一度無言になった後、オウヒさんに向けて小さな謝罪の言葉を零す。
「わ、悪かったわね。言い方がきつすぎたわ」
「………………………」
「でも、言っていることは事実と思って受け止めてほしいわ」
「うっ」
「追い打ちのディスりやめなさい」
「だ、大丈夫ですか……? あの、私背中を」
「だ、大丈夫……、大丈夫だよ……」
でも謝罪の言葉を言ってからオウヒさんは視線を外していたその行動をやめてシェーラちゃんの方を向こうとしたのだけど、その行動を見透かすようにシェーラちゃんはまさに追い打ちと言わんばかりの言葉をオウヒさんに向けて突き刺す。
本当に言葉の刃がここにあるんだと言わんばかりの言葉を受けた瞬間、オウヒさんは口から吐血を吐き捨てるような声を零し、その光景を見ていたキョウヤさんも驚きの顔でシェーラちゃんの脳天にチョップを叩きつけて突っ込みを入れる。
そんなオウヒさんに私は慌てて両手を出して支えようとしたけれど、その行動に諫めをかけるようにオウヒさんは大丈夫と震える声で、ダメージを受けた声で私に向けて言う。ごふりとせき込みはしたけれど、それでも大丈夫と言われてしまったので私はそれ以上の行動をしないで、手を空で彷徨わせる。
チョップを受けたことでシェーラちゃんは叩いた本人に向けて人睨みを向けるけど、その睨みを無視してキョウヤさんはオウヒさんに視線を向けている。本当にチョップをしたことに対して無視をするように。
因みになんだけど、私達は確かにオウヒさんの御守としてここにいるのだけど、オウヒさんのことをただ監視しているわけではない。ちゃんと話し相手になったりして交流を深めていき、この十日間の間に『脱走をする者と脱走を阻止する者』から『話し合える間柄』にまで発展している……と思う。
現在進行形で脱走をしているオウヒさんの行動を見るからに、諦めていないことが目に見えてしまっている。何故諦めていないのか。なぜそこまでして外の世界に行きたいのかは、まだ話してくれない。
会話の内容は好きなものとか嫌いなものとか、この郷にいる鬼の人のことに関しての会話しかしていない。あ、あとは私達の印象とかを聞いたくらいかな……。
そんなことを思っていると、シェーラちゃんの言葉を聞いてぐさりと心臓に言葉の刃が突き刺さってしまったオウヒさんは痛みをこらえるような声を零しつつも私達に視線を向けて、か細い声で私達に向けて言った。
「だ、だって……、だって……、私、外に世界に行きたいの……」
「外? 外ってどっちの外? この郷の外? それとも……」
と言って、オウヒさんのか細い声を聞いてなんとなくというか、この十日間の間になんとなくだけど予想していたことをシェーラちゃんは言う。視線を斜め上に向けて、考えるような顔をしながら彼女がその言葉の続きを言おうとすると……、その言葉を遮る様にとある人物がオウヒさんに向けて声を掛けた。
「姫殿よ」
「!」
「! ……師匠」
そう、オウヒさんに向けて声を掛けた人物は虎次郎さんだった。
虎次郎さんは低い音色と共に正座をした状態で前のめりに体制を変えると、右手を前に出して前に転ばないように握り拳を畳の上に乗せた後、虎次郎さんは前のめりになった状態で、右手の拳に体重がのっかっている状態でオウヒさんのことを見つめる。
まるで――詰め寄る様なその姿勢を見たシェーラちゃんは驚いた面持ちで虎次郎さんのことを見て、私達も驚いた顔をして虎次郎さんのことを見るけれど、虎次郎さんはそんな私達の視線に気付くことなく、と言うか無視しているような面持ちでオウヒさんに視線を向けている。
じっと彼女の顔を見て、目を離さないように見つめているその眼光は、まさに真剣そのものの目だ。
そうだ……、その眼はあの時、奈落迷宮でオグトと対決した時と同じ目で、今までの大雑把で寛大というか心が広く感じた優しいもしゃもしゃが一瞬で赤などの暖色に染まった時と同じ目だ。もしゃもしゃも同じ……なんだけど、これはちょっと違う。
暖色であることには変わりないんだけど、その暖色に混じって、怒りを表す暗いもしゃもしゃと理解できないと言った不規則な動きをしているもしゃもしゃが合わさっているようなそれを出している。
虎次郎さんのもしゃもしゃを見ていると、虎次郎さんはオウヒさんに向けてこう言葉を放つ。
真っ直ぐな目でオウヒさんのことを見て、そしてオウヒさんから目を離さないように虎次郎さんは簡単な言葉にして言ったのだ。
「――そろそろ話してはくれんかのぉ? 儂等にも」
「?」
虎次郎さんの言葉を聞いて、一度オウヒさんは首を傾げていたけれど、虎次郎さんはそんなオウヒさんのことをじっと、二つの目を見つめるように見つめた後――虎次郎さんはぐっと畳に押し付けている右手の握る力を入れてから続けてこう聞く。
聞く……。ううん。これは、虎次郎さんなりの――会話だ。
虎次郎さんはオウヒさんに向けてただ会話をしていた。
ただ聞きたい。それだけを目的として虎次郎さんはオウヒさんに聞いた。
「儂等は姫殿のことをただの『鬼の郷の姫君』と言う認識でしかない。だがそれだけでこの郷に出てはいけない理由にならん。これではまるで軟禁じゃ。この郷から出てはいけないという命令に従う術しかない。その術以外を選択してしまえば死刑に感じてしまう様な束縛は――正直嫌であろう」
「………………………」
「本来であればこんな脱走の真似事はさせたくない。儂等も生きる者であるが故、睡眠と言う大切な脳の休息を阻害されては困るんじゃ。十日ほどこの生活を続けたが、これではだめだと思い聞いた」
「………………………」
「なに――聞いて叱ることではない。ただ話を聞きたんじゃ。なぜそこまでして脱走をするのだ? なぜそこまでしてこの郷に留めておきたいのか。外に出て――何をしたいのかを、儂に、儂等に話してくれ」
肩の力を抜いて、ゆったりとしたおしゃべりをしようではないか。
そう言って、真剣な目から普段の虎次郎さんらしい厳ついけれど優しい笑みを浮かべる。
虎次郎さんの光景を見ていた私達は虎次郎さんの言葉に同意を示し――
「確かに、このまま追いかけっこを繰り返しても悪循環ですもんね。良かったら今日は一杯お話をしましょう」
「いつも見ているけれど休憩の時も一人だもんな。話に付き合ってやるよ」
「ちょっとアキ――あんたなに己の欲に忠実なのよ。あんたも参加しなさい。私も参加するのよ? あんたも参加しなかったら平等じゃないわ。ちゃんと平等に聞きなさい」
「これは平等と言う名の脅しですっ。やめなさいっ。聞くから柄を掴むなっ!」
私、キョウヤさん、シェーラちゃんとアキにぃがそれぞれ思っていることを口にし、ヘルナイトさんも頷きながらオウヒさんのことを見ると、虎次郎さんと私達の話を聞いて一瞬だけポカンッと目を点にしていたオウヒさんは、少しの間、無言と言う名の沈黙を作り始める。
もにょもにょと口を動かして、口を開いて何かを言おうとしていたけれどその言葉を紡ぐことなく口を閉じてしまう。それを何回か繰り返して、やっぱり駄目なのかな……。やっぱり話したくなかったのかな……。と、突拍子もないことを言われて突然話すなんて言う事はないかもな。と言う言葉が頭の中を過った時……、オウヒさんはそっと口を開いて――
「脱走をしたい理由は、外の世界を見たいから」
と言った後、オウヒさんは私達に視線を向け、体も私達に向けた後――彼女はきれいに背筋を伸ばし、見本となる様な正座をしてから私達に向けて言う。
はっきりとした顔で、嘘も偽りもない綺麗な目で私達のことを見てからこう言った。
「外の世界に行って、色んなものに触れてながら見つけていきたいの。外の世界の人たちが悪い人達じゃないって言う事を――証明したいの」




