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PLAY110 お姫様の夢②

「ぬぉぉおおおっっ! 待ちやがれえええっっ!」

「まったく若者の体力は無限大だっ。老いぼれの儂はすでに満身創痍だ!」


 だだだだだだだだだだっ!


「虎次郎さん……! キョウヤさん、頑張ってっ」

「ハンナ……、あんた意外と走れるのね……! ここ十日間で思い知ったわっ。全然息切れていないじゃない……! あの男と違って」


 たったったったった!


「キョウヤ! 虎次郎さんっ! 俺のことは良いから早く捕ま」

「――お前は体力を作れっ! プロテインでも飲んで体力作れやインドアッッ!」


 私達は今走っている。


 現在進行形で足を動かしながら走っている。それはもう全速力と言わんばかりの走りをしながら私達は走っている。


 隣にはシェーラちゃん。私の前にはキョウヤさんと虎次郎さんが隣同士になって走っているけれど、アキにぃは私の後ろ……、というか、かなり後ろで走りながら息を切らしている。


 ぜーぜーと言う声が聞こえそうな走りと息切れをしながら走っているけれど、その声を聞いて怒りをというか苛立ちを爆発させながらキョウヤさんは突っ込んでいる。


 でも、正直そんなことをしたくないとキョウヤさんは思っているに違いない。


 今は全身全霊を足に、走ることに集中したいだろう。キョウヤさん自身息を切らしながらだし、正直突っ込みに力を回したくないのが今の現状だ。


 すべての力を足に使い、そして何が何でもこの状況を何とかしたい。何とかしたい。


 その一心を込めて私達は走っていた。


 鬼の郷を駆け、鬼族の人達の目なんて気にも留めず私達は走る。走る――



 □     □



 今まさに私達、キョウヤさん達から少し離れて前を走っている鬼族のお姫様、オウヒさんのことを捕まえるために。


 今私達は郷の外にある土道を走っている。青い空と白い雲と言った晴れを象徴する光景が空に浮かんでいる。そしてその晴れに比例して気温も温かくなり、日差しの所為で少しだけ暑いと感じてしまいそうな天候の中、私達はその空を見上げて眺めることなどせず、ただただひたすら、全速力でオウヒさんの後を追っている。


 オウヒさんは息を切らしながら郷の出入り口の門に向かって走っている。


 何故その門に向かって走っているのかはわからなかったけど、私達はこれまでの経験というか、何度も脱走をしている彼女の行動を見て、オウヒさんの最終目標がその門から外に行くことだとなんとなく推測できたので、私達は何度も何度もその門から出ることを阻止してきた。


 まぁ、何度も何度もその門に向かって走っているから予想できてしまうのだけど、脱走するタイミングがわからないから何度もこうなってしまうのが現実。


 何度学んだとしても必ず違った方法で脱走をするので、気が抜けない。


 おまけにオウヒさんは脱出を行うために、桃色の腰まであるゆるふわの長髪を一つにまとめて縛って、その色に見合った小さな花柄の着物を脱いでは走りやすい袴のようなもの……、明治時代の女性が着るような服を着て、必ず脱走すると言った気合の入れよう……。


 オウヒさんは絶対に脱走する気満々だ。


 何故脱走をするのかはわからないけれど、それでも本気である以上手を抜いてはいけない。


 そしてアルダードラさんの試練でもあるので、脱走なんてさせるわけにはいかない。


 オウヒさんには悪いけど、止めないといけない。


 そんな思いを胸に今私達はオウヒさんの後を追っている。全速力で、鬼の郷の珍名物になるかもしれないという心配を抱きながら……。


「ちょっとしつこいぃ! なんで追ってくるの? いい加減にしてよぉ! とっとと諦めてっ!」


 オウヒさんが私達の方を少し見るような振り向き方をしながら聞いて来た。


 その声はもうしつこいと言わんばかりの気持ちが浮き彫りになった音色でオウヒさんは叫んでいたけれど、キョウヤさん達は (アキにぃはすでに後ろでへたり込んでいた)十日間の鬱憤が溜まっているのか、怒りをぶつけるような音色でオウヒさんに向かって叫ぶ。


「それはこっちの台詞よっ! いい加減に脱走をしない一日をつくりなさいいいぃぃぃぃぃいっ!」

「てか今日で何回目だっ? もう三回目だろうがっ! 十日間を入れたら何回目になるんだよいい加減に脱走なんて諦めてくれぇぇっ!」

「そうだぞお姫様よっ! こんなことをしては重鎮殿方が悲しむぞ! それでもいいのかっ!?」

「お、オウヒさん……、もうやめた方が」


 シェ―ラちゃん、キョウヤさん、虎次郎さんがオウヒさんに向けて叫ぶ。


 その光景はまさに立てこもった犯人に対して説得を行っているような光景だ (特に虎次郎さんがそんな雰囲気)。


 私も私でなんとか説得しようと声を上げたのだけど、私の声をかき消すようにオウヒさんは私達に向けて――


「絶対にやめない! 外に世界には一人で行くもんっ! だからもう追わないくてもいいからっ!」

 

 と叫んで、オウヒさんはそのまま視線を前に向けて駆け出して言ってしまう。


 本当にこの郷のお姫様なのかと思ってしまうほどの運動神経……。その光景を見ながら私は言いかけた言葉を喉の奥で詰まらせながら無言の状態になってしまう。


 でも私以外の三人……、ううん。二人はそうならなかった。


「あんの我儘女ぁぁぁ~! 物事には限度ってもんがあるんだぞぉ~……!」

「同文よ……! キョウヤ、今日もやるわよ」

「おうっ!」


 そう。オウヒさんの話を聞いて怒りを露にしていたのはキョウヤさんとシェーラちゃん。二人は怒りを露にしてオウヒさんの背中に向けて握り拳を向けている。それはもうぎりぎりと音を立てるほどの握りの音を出しながら二人は怒りの声を零して、もう十日間の間聞いていないことなど絶対にない言葉をシェーラちゃんが零すと、キョウヤさんは即答の頷きを落とした。


 その光景を見ていた虎次郎さんはそんな暴言を吐き捨てることはなかったけど、虎次郎さん自身は二人の意見に賛成のそれを見せていた。


 勿論――私も同意見。


 同意見というか、これはもうここ十日間やってきた中でも日課になりつつあることなので、こればかりは避けられないと思っている。


 そう――この十日間で身についてしまった私達なりの脱出阻止術を。


 シェーラちゃんの言葉を聞いてキョウヤさんは即行動と言わんばかりに隣にいる虎次郎さんに向けて視線を向けると、キョウヤさんは走りながら虎次郎さんに向かって――


「おっさん! 今回もいつもの方向に向かうぜ! いいな?」


 と言うと、その言葉を聞いた虎次郎さんは「承知!」と言って頷きのそれを行動で示す。


 コクリと走りながら頷くそれを見たキョウヤさんはすぐに私とシェーラちゃんのことを見ると、私から見て左の方向に指を指しながらキョウヤさんは私達に向けてこう言ってきた。


「シェーラとハンナはいつもの場所に向かえ! そうすれば今回も簡単にできるっ!」

「分かったわ――行くわよハンナ!」

「あ、うん……っ! 虎次郎さん、キョウヤさん――気を付けて」


 キョウヤさんの言葉を聞いて、シェーラちゃんは頷きを行うとすぐに私の方に視線を向けて聞いて来る。その行動はまさに同意のそれであり、その顔を見た私は頷きを零してキョウヤさんのことを見ると、私は虎次郎さんとキョウヤさんに向けて少なからずの応援の言葉をかけた。


 その言葉を聞いて二人はグーサインを出すと同時にお互いが私とシェーラちゃんの顔を見て――一言零した。


「わーってるよ!」

「もう十日、そして回数すら忘れてしまうほどの経験を積んでおる。もしものことがあっても抜かりはない! 安心せよ!」


 キョウヤさんが言い、そして虎次郎さんが言うと、虎次郎さんは速攻と言わんばかりにキョウヤさんに向かって体の向きを変え、その場で軽く跳躍した。キョウヤさんもその跳躍を聞いてか少しだけ前屈みになって虎次郎さんを自分の背中に乗せるように姿勢を変える。


 というか……、走りながらの跳躍だから少しばかり軌道がずれてしまうかもしれない。そう思っている人もいるかもしれない。実際この行動をした時の最初は一瞬バランスを崩して大けがをした時もあったし、その都度私が回復スキルを使ってけがを治していた時だってあった。


 でもその心配ももう十日となって、そして何回も続いていれば慣れてしまうもの。心配をよそに虎次郎さんは難なくキョウヤさんの背中に乗ると、キョウヤさんはその場でぐっと足に力を入れ、蜥蜴の尻尾をにゅるんっと動かすと、キョウヤさんは走ると同時に蜥蜴の尻尾を地面に向けて叩きつける。


 ――ばしぃんっ!


 と、地面に向けて鞭を打ち付けるような音を発したかと思うと、それと同時に、キョウヤさんは虎次郎さんを背に乗せたまま急加速で走って行ってしまった。


 あ、いや、この場合は走って行ってはいない。


 走るように地面を蹴った後、蜥蜴の尻尾のしなりを使って横に向かって飛ん田の方がいいのかもしれない。さながら走り幅跳びのように飛んで走っているキョウヤさんのことを見ていた私はシェーラちゃんに手を取られて、「行くわよ!」と急かされるように引かれながら二人でその場所に向かう。


「あ、あちょっとまって……っ! 俺は? 俺はどうす」

「オメーは待機だインテリッ! これを機に体力を作れっっ!」


 ……後ろから虫の息と化しているアキにぃの声と怒りで突っ込みを入れて一括しているキョウヤさんの声が聞こえたけど、その声に対して反応する暇もなく、私とシェーラちゃんはオウヒさんからどんどん離れて行き、そして全速力でとある場所に向かって行く。


 もう走り慣れた土地でもあったので私はシェーラちゃんと一緒になって土でできた道から外れ、草むらに入ると私達はかき分けながら先に進んでいく。


 ガサガサガサッ! と叢の音が鼓膜を揺らして、あぁ自然の音だなぁ。と言う懐かしくてこの音を聞くだけで自然の中にいるような感覚を蘇らせていくけれど、今はそれどころではない。十日前までは新鮮で自然にあふれていると言ういいイメージがあったけど、今となってはその感性も昔のものとなり……。


「あ―もぅ! ここ草多すぎんのよっ! 少しは草でも刈り取って整地作れっ!」

「整地って……、でもこの草木の多さも自然に囲まれた郷ならではなんじゃないかな? それに怒っていたら血圧」

「――血圧なんてとうにブチギレしているわよっ! 郷云々のことじゃなくて、あんのじゃじゃ馬姫の奇行にねっっ!」


 シェーラちゃんは辺りに生えている整えられていない草の生え具合に怒り……と言うよりもブチギレのそれを零しながら走っている。勿論私の手を引きながら走っているけれど、その言葉を聞いて私は自分なりの正論 (?) を言葉にしたのだけど、その言葉も虚しく、シェーラちゃんは怒りを私にぶつけるように振り向きながら荒げる。


 それはあの時、ネルセスと対峙した時より大きな怒りで、私はそれ以上の言葉を返すことができなかった。あまりの圧に驚いてしまって……。


「?」


 でも、その圧もすぐに下がってしまったかのようにシェーラちゃんは私のことを少しだけ鋭い目で見た後、私のことを吊り上がった目で見ながらこう聞いて来た。その視線に気付いて首を傾げている私に向けて、シェーラちゃんは私に聞いてきたのだ。


「あんた――意外と体力あるわよね」

「え?」


 シェーラちゃんの言葉を聞いた私は思わず上ずる様な半音高い声を上げてしまう。


 上げて一瞬恥ずかしいという羞恥が込み上げて来そうになったけど、そんな私の反応を無視するようにシェーラちゃんは私のことを見つつ前を見て走りながら聞いて来る。


「いや、普通の女の子……、はどうなのかわかんないけど、あんたって多分意外と体力ある方だと思うわよ。だってこんなに走っても息上がっていないし」

「あ、確かに」

「アキは異常に体力ないけど、たぶん平均並みか、少し上くらいあんた体力あると思うけど……、なんか運動と化していたりするの? 陸上とか」

「うーん………」


 シェーラちゃんに聞かれた私は走りながら器用に上を見上げて考えを巡らせる。我ながら器用に走っているなと思うけど、今はそれどころではない。走っている最中でも作戦は継続中なのだ。


 不測の事態に備えないといけないから私は早めに考えを巡らせた結果をシェーラちゃんに告げることにした。


「多分、私部活に入っているからだと思う」

「部活……? あぁ、ユワコクで言っていたあのことね。剣道とかどうとか」

「うん。剣道でもただ竹刀持っているだけじゃだめだから、部活がある日は体力作りとかしていた」

「それって……、走ったりとか?」

「うん。まぁ、グラウンド十周とかあったし、筋トレとかもしていたり」

「……あんた、意外と運動系なのね。なら今までのことにも辻褄というか、納得がいくわ。あんたメディックって言う見た目と所属なのに、意外と体育会系並みの体力を持っているから疲れないってことか。普通ならへばるか息切らして膝ついちゃうのに」

「あのアキ(インテリ)に言ってやりたいわね――『妹を見習え』って」

「あー……、アキにぃはアキにぃなりに頑張っているから程々に」

「程々だとだめなのよ。あいつには徹底的に言わないとっ。あいつは私達チームのスナイパーなのよ? 遠距離なのよ? あいつにも体力と言うものがあればトリモチ使って何とか出来たのに、毎度毎度へばっては役立たない。マジでいい加減にしてほしいものだわ」


 私の言葉を聞いてシェーラちゃんは驚きと言うか、なんだか意外と言わんばかりの強張りのそれを顔に出した後、体力づくりのことを聞いて更に驚きの顔をしながら納得したように頷きをする。


 自分ではそんな考えることはなかったし、普通に走っていたからそんなに気にはしなかったんだけど、どうやら私は体力がある方みたい。


 モルグだとHP:6(体力6,836)なんだけど、それはHPだから違う。体力となるとそれはスタミナだから、それに関しては多分個人差があると思うけど、私は多分体力がある方なのかなと、この時は思っていた。


 因みにMPのモルグは10★(魔力72,998)で、カンストしまくってバグっていないのかというような数値になっている。


 もしかすると、シェーラちゃんのこの走りについて来れる私も私だけど、シェーラちゃんも……。と思っていると、シェーラちゃんは前を向きながら後ろで走っている私に向けてこう叫んできた。


「! もうすぐよ! いつも通りに行くわよっ!」

「っ! あ、うん……!」

 

 シェーラちゃんの声を聞いて、私は一瞬で思考も意識も現実に戻り、シェーラちゃんに視線を合わせて前を向くと、視界に広がる十回目の光景を見つめた。


 私達の視界の先にあったそれは、一言で言うのであれば木製の門。


 よく昔話に出てくるような丸太でできたバリケードがそこにあり、丸太のバリケードとバリケードの間に作られた――丸太を厚みがある板に加工して作った大きな門があるのだけど、その門の右下には小さな木のドアがあった。


 その光景はまさに小さい時にお祖母ちゃんと一緒に見た時代劇の門そのもの。違うとすれば周りのバリケードが異様に危ないもので、丸太の周りにはなぜかサボテンのように尖った枝のようなものがいくつも突き刺さっていて、その上の丸太の先も尖っている。


 明らかな殺意というか、悍ましさが際立つその門は何度見ても怖いものを感じてしまう。だって、丸太に突き刺さっている棘が何か、黒く見えているのは気のせいではないから……。


 そう思いながらも私とシェーラちゃんは門の前まで走って、走りながらシェーラちゃんは私に向けて「いい?」と言い……。


「いつも通りにやるけど、あの女に対して()()()使()()()()()()()()()()()()。だから肉弾戦になっちゃうけど、それでもしっかり止めるわよっ」

「うん。わかっているよ。抱き着いてそのまま転がることくらいはできるから心配しないで」

「その上に私も乗っかることがあるかもしれないから先に謝っておくわ。サンドイッチの具にしてしまってごめんって」

「……多分大丈夫だよ」


 と言いながら私達は互いのことを見て、そして門の前で通せんぼをするように立ち塞がる。私達がここに来た理由でもある目的――


 この場所でオウヒさんの進行を阻害する障害物になるために。


 あ、そう言えばいい忘れていたことがあるんだけど、これは後からアルダードラさんから言われたことで、オウヒさんの脱走を止める際はオウヒさん自身を傷つけないために武器を使うことを禁止されている。


 禁止の理由に関しては、オウヒさんはこの郷のお姫様でもあり、もし傷つけてしまうと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。


 前者のお姫様と言う言葉は理解できるけど、後者の言葉を聞いて少しだけ違和感というか何故大変なことになるんだろうと思ってしまったけど、その質問すらできないまま時は過ぎ去ってしまい、結局この疑問は疑問のまま残ってしまった。


 でもわかっていることはオウヒさんの脱走は武器なしで行うことが必須で、シェーラちゃんと虎次郎さん、キョウヤさんとアキにぃは武器を持たずに現在オウヒさんを捕まえることにしている。勿論それはヘルナイトさんも一緒で、ヘルナイトさんは今――


「来たっ!」

「!」


 と思いながら続きの言葉を言おうとした時、シェーラちゃんは私に向けて声を上げる。


 私のことを見ないでなので、驚きつつも私は肩を震わせ、そして即座と言わんばかりに視線を前に向けると――シェーラちゃんの言う通り本当に来た。


 やっぱりと言わんばかりなのか、門に向かって走って来たオウヒさんが。


「あ!」


 流石にオウヒさんも私達の存在に気付いたのか、驚きの声と表情で走りながら私達のことを見る。でも走るその行動を止めるなんてことはしない。驚きながらも走っているということは――そう言う事なのだ。


 その行動を見て私とシェーラちゃんは互いの顔を見合わせて頷き合った後……、私達はすぐに行動に移した。


 勿論――脱走阻止という名の確保を。


「もーっ! いつもいつも――どいてよ二人共ー!」


 オウヒさんは何度目になるのかわからない私たちの登場に対しさすがに苛立ってしまったのか、頭をカリカリとコミカルに掻きながら私達に向かって突っ込んでくる。


 もうぷりぷりしているそれが見えているけれど、そんな光景を見て止まるほど私達は甘くない。止まったのは最初の日の二、三回だけで、その後はもう止まるという行動はだめだと思い、オウヒさんに向けて手をかざした私は、すぐに目を閉じて――スキルを発動する。


「『強固盾(シェルガ)』!」


 スキルの言葉を発した瞬間、私のMPを消費して半透明の半球体が出現する。これは主に相手を守る際に使ったり自分の身を守ったりするために使うメディックの技なんだけど、私はその半球体を自分に出したわけではない。


 当たり前だけど、勿論シェーラちゃんに向けて出したわけでもない。


 私はそのスキルを放った人物はオウヒさん。オウヒさんのことを閉じ込めるようにそのスキルを出した。心の中で謝罪をしながら私はスキルを放って閉じ込めようとしたのだけど、世の中というものは早々うまくいくことはない。


 スキル発動のそれを見た瞬間オウヒさんははっと息を呑む声を零し、カリカリ掻く行動をやめたと同時に――


「――それはもう手の内が読めていますっ! とぅ!」


 と、オウヒさんは『強固盾』が出る前にその場で走り幅跳びのように大きく両手を前後に動かし、両手を前に向けて大きく力強く振ると、オウヒさんはその反動を利用してその場で跳躍をしたのだ。


 効果音で表すと『ぴょんっ!』と、まるで走り幅跳びのように跳んで、私の『強固盾』の閉じ込めを回避したのだ。


 と言っても、オウヒさんの跳躍はそんな大きな跳躍ではなく、兎ほどの跳躍で回避しただけに過ぎないのだけど、それでもオウヒさんはその場で回避をすると近くで両足を付いて着地をする。


 とんっと足をつけるとそのままオウヒさんはまた走り出し、今度は私に向かって突っ込んでいく。厳密には私の背後にある門なんだけど、オウヒさんは何が何でも脱走するために私に向かって走って、強行突破を行おうとしていた。


 だだだっと駆け出して、同じ体格で弱い私のことを無理矢理押しのける。


 何度もその行動をしているから簡単に読めたけど、私も人間。ちゃんと失敗を糧にして考えているから何回も同じ失敗を繰り返さない。その行動をする前の下準備はもう施しているから、あとは……。


 そう思った私は視線を僅かに右に動かし、オウヒさんの背後を見ながら私は心の中で頷きを行う。


 私の僅かな視線にオウヒさんは気付いていない。これもチャンスと見て私はすぅっと口から空気を吸い、肺にたくさんの酸素を取り入れ――二酸化炭素と一緒に声を発した。


 大きな声で私はシェーラちゃんに向けて言った。


「――今だよっ!」

「っ! えっ!?」


 私は発した。手をかざしたままの状態で私はオウヒさんの背後にいるシェーラちゃんに向けて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に向けて叫んだ。


 只の半球体としてでしか意味をなさない私の『強固盾』に『ガッ!』と言うヒールの音が出そうな力で踏みつけているシェーラちゃんに向けて叫ぶと、その声を聞いたオウヒさんは驚きながら背後を見ようとした。


 見ようとして、足を止めて振り向こうとしたけれど、シェーラちゃんはそのまま半球体の足に力を入れ、『強固盾』の上に向かって走り上がり、てっぺんに着いたところでシェーラちゃんは『強固盾』の上で跳躍を行う。


 流れるように登ったかと思うとその場で跳躍をして、まさかの空中でひねりを入れるという身体能力をオウヒさんに見せつける。さながらフィギュアの回転。


「わーっ! すごいすごい! どうやっているのそれっ! すごーい!」


 今まで見たことがないシェーラちゃんの身体能力にオウヒさんは目を輝かせながら食い入るように見上げている。それはサーカスを見て感動している子供のような光景だけど、その光景を見ていた私はオウヒさんがシェーラちゃんに夢中になっていることを見た後、手をかざすことをそっとやめて『強固盾』を解除する。


 手を下ろしたと同時に『強固盾』はそのままふっと透明になるように消えていくけれど、オウヒさんはシェーラちゃんのことを目で追っていて、足も止めてしまっている。


 もう視界でシェーラちゃんの身体能力を見ることに専念しているそれを見て、彼女の足元を見た後、私は――


「キョウヤさんっ!」


 と、叫んで合図を送る。


 その声と同時に、近くに茂みから『がさり』と音が鳴ると同時に、茂みから身を乗り出して姿を現したのはキョウヤさん。頭に葉っぱがのっかっているけれど、そんな状態など気にも留めず、キョウヤさんはにゅるりとうねる蜥蜴の尻尾を地面に向けて叩きつける構えを取った後――キョウヤさんはクラウチングスタートの構えを取って……。


 だっ! ばちぃんっ!


 と、走ると同時にしなる尻尾の力を利用して加速をする。


「! げっ!」

 

 今までシェーラちゃんのフィギュアのような美しいフォルムに気を取られていたけれど、キョウヤさんが走るその音を聞いて一気に現実に引き戻されたのだろう。オウヒさんは驚きの顔で音がした方向に視線を向け、『げ』と言う顔に相応しい絶句の顔を浮かべたと同時にオウヒさんはすぐにその場から離れようとした。


 その時にはシェーラちゃんも私の横で着地をしていて、すぐに立ち上がると私に向けて――


「今回も何とかなったわね」


 と私に向けて言い、その言葉に私は頷きながら「うん」と言って控えめに微笑み、そしてオウヒさんのことを見て今回の脱走の阻止を心の中でひそかに喜んだ。


 だって――


「っ!? あ、え? えぇぇっっ!?」


 オウヒさんは自分の身に起きた異変に気付き、その異変の元でもある足元を見た瞬間彼女は素っ頓狂な声を上げた。


 なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()思う様に走れなかったのだから、驚くのも無理はないのかもしれない。


「ぬ! このっ! あーもう動けなーいっ! どうなっているのーっ!?」


 巻き上げられる髪の毛に少しだけはためく着物。そして動かしているのに進む方向に進めないという浮遊感にオウヒさんは困惑しつつもじたばたと足を動かしているけれど、その行動虚しくオウヒさんはその場所から動くことができない。


 そしてその行動をしている間に……、というか。


「――っ!」

「!」

 

 オウヒさんがもがいている間にキョウヤさんはオウヒさんのすぐそこまで来ていて、オウヒさんがキョウヤさんが至近距離にいることに気付いた時にはもう遅く、キョウヤさんはそのまま彼女の腰に手を回して――俵を持つように……、って言っちゃったら可哀そうだけど、本当にそんな風に抱きかかえる。


「う……っ! っ!」


 抱きかかえたかと思うと、全速力の反動で止まることができないキョウヤさんは加速している最中にオウヒさんを横抱きにしてくるりと私達に背中を見せて――


「おっさんっ!」

 

 と叫ぶと、今度は私達に近くで待機をしていたのか、虎次郎さんが私達の前に出て、その状態で緑青のそれが目立つ盾を掲げる。


 シンプルな十字架が彫られているデザインで、長方形の形の盾が虎次郎の手に収まっている――虎次郎さん曰くルビィさんに錬成してもらったオリハルコン性の盾らしい。


 そんな高価な盾を掲げて、虎次郎さんは迫ってくるキョウヤさんの背に当たるように構えた瞬間……。


 ――どぉんっ!


 と言う鈍くて痛々しい音が辺りに響くと、キョウヤさんの苦虫を噛み締めるような痛々しい声と、虎次郎さんの踏ん張りの声が聞こえ、キョウヤさんはその衝撃と同時に地面に落ちて――


「……っはーっ! 今回もきついなー……」


 と、愚痴のように言葉を零して項垂れる。勿論がっちりとオウヒさんのことを掴んで逃げ出さないようにして――だ。


 その光景を見ていた私達は一瞬息を詰まらせてしまうような顔をしていたけれど、すぐにほっと胸を撫で下ろし、声に出して『ほっ』として溜めていた息を零すと――背後から気配を感じて私は後ろにいるその人に向けて、再度控えめの笑みを浮かべた後、私はその人に向けてこう言った。


「今回も成功しました。アシストありがとうございます」


 ヘルナイトさん。


 お礼の言葉を零し、私は背後にいたヘルナイトさんのことを見上げて言うと、ヘルナイトさんは頷きながら「ああ、何とかなったな」と言って、私の頭を撫でて、そしてシェーラちゃんの頭を撫でる。


 ゆるゆると優しく撫でる大きな手とぬくもりを感じ、隣で嫌がりつつもまんざらでもない顔をしているシェーラちゃんと、ふぅっと遅まきの安堵のそれを吐いている虎次郎さん。


 虎次郎さんの前でまだ逃げようとして暴れているオウヒさんのことを話さないようにしているキョウヤさんのことを視界の端に入れながら……、私は何度目になるのか忘れてしまうほどの脱出阻止に何度目になるのかわからない安心に肩の力が抜けそうになったのは、言うまでもない。










「はぁー……! はぁー……! あ、あれ……? 終わった?」


 あ、アキにぃのこと忘れていた。

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