PLAY110 お姫様の夢①
ハンナ達の試練の内容が明かされ、デュランとエドの心境を聞いて滞在を許可した赫破に、裏で起きていたことなどなど、色んなことがボロボと言う一つの都市で行われている。
アルテットミアのように、アクアロイアのようにただ浄化するという面目で旅をしていた時が嘘のような濃密さ。
バトラヴィア帝国のように帝国の闇を取り払うという面目と浄化を行う最中、人間の闇を垣間見るという内面的に濃密な旅であったが、このボロボは一味も二味も違う濃密を持っていた。
それはボロボに住む者達の内面性もあってのことでもあり、この国を支配しようとしているディドルイレス大臣の野望。『六芒星』の暗躍が混ざりに混ざり合い、一つのことに対しても複雑なものであるにも関わらず、それをより複雑にしていく今回の旅。
この度の末路が一体どのようなことになるのか、その結果は誰にもわからない。
どころか途中経過でさえも分からないという状況下なのだ。
何が起きても驚かないという言葉があるが、今回はその言葉を一部抜粋するのであればこのような言葉になるだろう。
何かが起きたとしても、それは必然である。
ゆえにどんな無情な事態が起きたとしても、抗うなどできない。
すべては運命という名の道の赴くがままに――
そう――この先何が起きたとしても、その現状に対し抗うなどできない。
抗ったとしても運命と言う鎖を断ち切ることなどできない。
運命はまさに人生そのものを指し、その道から脱することは絶対にできない。
これはアズールではかなりの地位にいた人物が遺した言葉であり、その言葉は名言として今でも使われている。
言葉通りの意味を持つこの明言をなぜ今になって行ったのか?
誰もがそう思っているに違いない。
こんなことを言わずとも普通に話しを進めればいい話ではないのか? そう思う人も多々いるであろうが、これは大事なのだ。
とてつもなく大事なのだ。
そう――この言葉がまさにそっくりそのまま来るような事態がハンナ達に襲い掛かり、その名言をハンナ達は根元から圧し折ってしまうのだから……。
□ □
あの日から一週間と三日が経過した。
正式には十日経過したの方がいいのかな……。
あの日を境に、『大気』を操ると云われている魔女アルダードラさんが私達に課した試練……『二週間桜姫様の御守をしてほしい』を受けることになった私達リヴァイヴは驚きと言うか、正直なところもっと難しい試練が来るのかと思っていたので正直拍子抜けをしてしまったのは、本当の話。
その拍子抜けをしている最中――アルダードラさんは私達……、と言ってもその場には私とヘルナイトさんしかいなかったので私達二人に向けてアルダードラさんは試練の詳細をこと細やかに説明してくれた。
「簡潔に桜姫様の御守を二週間するという内容なのですが、御守と言いましても何でもかんでもと言うわけではございません。そこまであのお方は何もできないというわけではないので……。私が主にすることは桜姫の勉強……、外の世界に関しての知識――つまりは鬼の郷以外の貿易や国の関係、歴史、色んなことを勉強させます。これは主に一対一で、三日に一回は定期試験を行わせてください。後は毎日桜姫様の脱走を絶対に誰よりも一番に阻止してください。あのお方は毎日時間問わずに脱走を試み、どのような手段使ってでも絶対に脱走をしますので、寝ずの番を決めてから脱走阻止を行ってください。できれば寝る前に桜姫様の持ち物を隅々まで確認し、その後で見張りをすることが最適だと思います。そこまでしないとあの人は絶対に脱走をしますので。一日に数十回どころの話ではありませんし、気を抜いてしまえば絶対にあの人は脱走を試みます。ざっとこんな感じですが、あとは普通に話し相手になったりして二週間を過ごしてください。尚試練失敗の条件を敷いてあげるならば……、桜姫様が大きなけがをした場合、そして存亡にかかわる様な危険な目に遭わせてしまった場合、失格としますが、それ以外に関してはとやかくは言いません。できればでいいですが、姫様の話し相手に、鬼族以外の話し相手に絶対になってください。何かわからないことがあれば紫知様や赫破様に聞いてください」
一通り話を聞いて一応は頷きをしつつ、このことをアキにぃやキョウヤさん、シェーラちゃんや虎次郎さんにも話して岡なといけないのでこの場ですぐに承諾は出来ないことを伝える私。
ヘルナイトさんは試練に対しては承諾の意を示している。勉強に関してもたまにではあるけれど教えることは出来ることを教えると、アルダードラさんは驚きと喜びを合わせた起伏が激しくない表情で『嬉しい限りです』と言っていた。
要は――試練は受けるつもりだけど、この案件に関しては相談してからにしたい。
その結果で話はまとまり、しょーちゃん達が何かを話していたみたいだけど内容までは分からない。でも滞在の許可は何とかとれたみたいだ。
正直、ここまで来るのにすごい時間を要した気がする。一日が凄く長く感じたのは私だけなのかなとい思っているけれど、それでも滞在できることに関して私は安堵のそれを零したのだけど、なぜなのだろうか、アカハさんの表情が少しだけ明るくなった気がした。
これはきっと気のせいではない。
だってアカハさんのもしゃもしゃもどころなく明るさを持っているようなそれになっていて、なぜ明るくなっているのだろうと思いながら、つい「…………えっと、何があったんですか? 私達がアルダードラさんの話を聞いている間に……、いったい何が……」と言ってしまった。
すごく間の抜けた声で。
一瞬何が起きたのだろうと困惑はしてしまったのだけど、でもアカハさんのもしゃもしゃに明るさが出ていることに関しては悪いそれではないことを感じ、私はそれ以上のことを聞くことをやめた。
一応最初に言った言葉に関してアカハさんはただ一言――『聞いただけだ』と言っただけで終わってしまったのだけど、口から出た言葉よりも心の揺れを見て直感で私は大丈夫だと思ったので、私はそれ以上聞くことをしなかった。
いや、これは多分自分の頭の中で美化してしまった情景なのかもしれない。
簡単に言うと、理由を聞く以前に私の頭の中ではとある言葉が何回も何回も駅伝を繰り返していたから。
ぐるぐるとそれはもう延々と言わんばかりに……。
私の頭の中を回っていた言葉――それは『脱走』
脱走ってよく漫画とかアニメとかで聞くような言葉で、一般的には怖くなってしまう様な言葉。なんだけど……、アルダードラさんはその言葉をしょっちゅう使っていた。しかもオウヒさんに対して使っていて、話しこそ聞いていたし受け答えもできていた私だけど、頭の中ではこの『脱走』という言葉が頭の中でゴールがないのに駅伝をしている。
駅伝しているこの『脱走』と言う言葉がどうしても気になってしまった結果、私は上の空状態になってしまい、アカハさんの言葉に対して追及することができなかったのが真実だ。
でも一応穏便に滞在が決まったから、これはこれでいい方向に向かっているのかもしれない。『脱走』に関しても注意をしておけば苦ではないかもしれない。考えすぎなのか、それとも私の思考回路では『脱走』と言う言葉はあまりにも怖いイメージがあるせいで過敏に反応している可能性も高い。
オウヒさんを見ても物騒なことはしないような雰囲気をしているので、あまり深く考えたらいけないのかもしれない。
そう自分の中で結論付け、私はしょーちゃんやエドさん、そしてコーフィンさん達にアキにぃにも相談したいことを告げ、その場はお開きとなった。
エドさん達はしょーちゃんと一緒に宿がある街へと行き、コーフィンさんとシルヴィさんはヌィビットさんのことが気になるということでアカハさんの後を追う様にその場から去って行った。
そう言えば……、ヌィビットさん今どうしているんだろう……。
昨日から全然見かけていない気がするな……。どこにいるのかも知られていないし、どこで何をしているのかもわからない。
処遇に関しても未だに聞けずじまいだから、ヌィビットさんのことも心配だけど、この件に関してはシルヴィさんから――
「これは我々の問題でもあり、貴様達で言うところの試練でもある。この状況をいかに平和的に解決するか、それを決めるのは私達であり、お前達関係のない者達が干渉することではない。これは私達……、いいや、あいつ自身の問題だ。あいつの部下が起こした不始末なんだ。あいつの責任を庇護することは許さない。お互い目の前のことに集中し、最善で最も納得のいく結果に導けるように頑張ろう」
と、強く強く釘を刺されてしまっているので、私はヌィビットさんのことを気に掛けることができない。
気に掛けたいのだけど、それをしてしまうとだめだとコーフィンさんにも言われてしまっているので、結局この件に関してはシルヴィさんとコーフィンさんに任せることに。
ヘルナイトさんもこのことに関してはシルヴィさんに同意らしく……。
「彼らの問題は彼等に任せよう。私達は私達にしかできないことをしていくしかない」
と言って、ヘルナイトさんは早速アキにぃ達が待機している大広間に向けて足を進めようとしていた。勿論一人では行かず、私がいる背後を振り向き、足を止めて――
先に行くという行為をしないヘルナイトさんのことを見ていた私は、内心私のことを待ってくれていることに少しばかり嬉しさを感じてしまうと同時に、これが小さな子供だと可愛いなと場違いなことを思いながら私はアルダードラさんがいる背後を見ると、アルダードラさんは甲冑越しで笑ったような雰囲気……、もしゃもしゃを出しながら私に向けてこう言った。
「お二人で決めれないことであることは分かりました。今日一日はいますのでしっかり話し合って決めてください」
その言葉を聞いて私は頷いてお礼を言うと、ヘルナイトさんの後を追う様にその場を後にする。本当だったらこの場で決めることなんだろうけど、自分も急いでいるのにアルダードラさんは私達のことを尊重して急いでいるのに待ってくれる。
それだけでも嬉しいことこの上ない。と言うか優しい人なんだな……。
ヘルナイトさんは最初アルダードラさんに出会った時、こんなことを言っていた。
『アルダードラ殿はアダム・ドラグーン王の双子の弟君にしてボロボ空中都市憲兵竜騎団最強の竜人でもあり、『王の楯』と言う異名を持つ存在』だと。
そのことを聞いて、そして今の出来事を重ねながら私はこんなことを思っていた記憶がある。
ヘルナイトさんは強いけど優しい。アルダードラさんも強くて優しい。今まで出会ってきた人はみんな強かったけど、その強さに関して自慢もしなければ相手を陥れるようなことを言う事はなかった。
これは偏見かもしれない。もしかするとこれからそんな人が……、自分が強いことに関して絶対的な自信があり、他人に対して弱いという理由で痛めつける人がいるかもしれないけど、この時の私はこんなことを思っていた。
本当に強い人は自分の強さを自慢しない。自分の力の強さを誇示して相手を陥れない。
本当に強い人は……、自分の弱いところも知っている且つ――自分の強さは必ず人を傷つけることを知っているから、強いのかな……?
そんなことを思いながら私はヘルナイトさんの後を追い、アキにぃ達がいる待機場所へと足を進めた。
長い前振りの回想が続いていたけれど、ここからは簡単にアキにぃ達の返答を言う事にする。
アキにぃ達がいる待機場所は少し遠かったけど迷うなんて言うレベルの広さの屋敷ではなかったのですぐにその場所に辿り着いて私はアキにぃ、キョウヤさん、シェーラちゃんに虎次郎さんに事の顛末というか……、試練の内容に関して説明をすると、その言葉を聞いた四人は――
「うん。俺は良いよ。御守とかハンナが小さい時とか結構やっていたし」
「二週間そのおうひ? って人のことを見るだけだろ? そのくらいどうってことねーよ」
「ベビーシッターじゃないんだけど、試練ならば仕方がないわね。別にいいわよ御守くらい」
「御守かっ。これはこれは人生何があるかわからんものだ。正直孫を見ることは叶わないと思っていたのだが、これは言い予行練習になるやもしれんな」
……満場一致の賛成。
まぁ話さなくてもよかったのかなと思ってしまう様なあっさり感と満場一致に、私は一瞬だけど驚いてしまい、開いた口が塞がらないを体現したんだけど……、結果は結果。オーケーはオーケーなんだ。
四人の話を聞いた私はすぐにアルダードラさんに試練を受けることを伝えると、アルダードラさんはそれを聞いて安堵のそれを零すと同時に、私の肩とヘルナイトさんの肩に己の手を置いて来た。
そしてアルダードラさんは私達にしか聞こえない声でこう言ってきたのを今でも覚えている。
アルダードラさんは私達に向けて、真剣な音色でこう言ったのだ。
「桜姫様はああ見えて頑固であり知識欲の塊でもあります。且つ冒険と言う物事に対してとてつもない夢意を抱いていますので、くれぐれも心折られないように」
アルダードラさんの言葉を聞いたこの時の私は一体何を言っているんだろうと思ってしまったけど、そのことについて追及することは出来なかった。
なにせ急ぎの様があってできるだけ鬼の郷にいたアルダードラさんだったけど、相当ぎりぎりだったらしく――私達の返答を聞いて忠告めいた言葉を告げた後すぐその場から離れるように行ってしまったのだ。
「それでは――お願いします!」
そんな一言を残して……。
残された私とヘルナイトさんは驚きよりも困惑と、一体どうすればいいのかなと言う顔をしながらお互いの顔を見つめていたけれど、すぐにオウヒさんがいる方向に視線を移す。
オウヒさんは初めて出会うアキにぃ達と和気藹々と戯れている最中……、と言っても、その光景は私やしょーちゃんがされたような光景で、オウヒさんはアキにぃの耳を引っ張ったり、キョウヤさんの尻尾を掴んだり、シェーラちゃんの肌に触れたり、虎次郎さんの割れた腹筋を触ったりしながら何かを聞いているけれど、初めての四人は驚きながらもオウヒさんの質問に対してどう答えるか迷っている様子でいる。
シェーラちゃんは照れくさそうに怒り交じりの『離れなさいよ』と言っているけれど、その言葉を無視してオウヒさんはシェーラちゃんに向けて『どうなっているの? どうなっているの?』と興味津々の顔で聞いていた。
それはもう目をキラキラで、瞳の模様に感じてしまうほどその眼はキラキラしていた。
シェーラちゃん自身嫌がっているそれを見せていたけれどまんざらでもない空気で、本当に嫌がっているというもしゃもしゃは出ていなかったし、アキにぃ達もそんな嫌悪なんて出していなかった。だからこの時までは大丈夫だろうと思っていた。
言い聞かせていたとかそんなことではなく、本当に大丈夫だろうと思っていた。
アルダードラさんが何度も何度も言っていた『脱走』も、そんな心配しなくてもいい事なんだろうな。まぁ大丈夫だろうなと、なぜかこの時私は物事を楽観視していた。
あまり注意深く考えていなかったの方がいいのかもしれない。
……実際は考えていなかった。
だから私は、私達は今――
「「「承諾しなければよかった……っ!」」」
絶賛後悔中に陥っていた。
□ □
試練からすでに十日経過した朝。
鬼の郷はまさに小さな日本の村をイメージして作られた村で、朝になると朝を知らせる鳥の声と共に朝日の温かさが郷を包み込んでいく。のだけど、その光景を見れば誰だって思うであろう『あぁ、食おう一日頑張ろうか』という気持ちなど、今の私達にはなかった。
というか……、その感動も何日かで消滅しかけている状況の中、私は十日前の自分に対し、叱りたいという気持ちが湧き上がっていた。
心の中で煙のように悶々と広がり、その煙が怒りを誘発させるような気持ちになると同時に、私は何度目になるのかわからないこの言葉を心の中で呟いた。
――なんであの時、もっと真剣に考えなかったんだろう……。
――もっと考える必要があったのに……、なんであの時思考を停止してしまったんだろう……。
――なんであの言葉を聞いてもっと注意深くならなかったんだろう……。
「はぁ……」
その呟きは心の中で生まれて消滅していくのだけど、結局残ったのは後悔だけ。その後悔を少しでも体の外に吐き出そうとしているのか、私は無意識に溜息を零す。もう癖になっているのではと言わんばかりに私は零してしまう。
零し、私とアキにぃ、キョウヤさんとシェーラちゃんと一緒になっているこの部屋に重苦しいその空気に加算させてしまう。
どんよりと……、もう重い太い波線が落ちているような空間に更なる太い波線を付け加えるように……。
現在私達がいるその空間……というかその部屋はそんなに狭くない。大体八畳ほどの広さで、私はその部屋の壁際で背中をつけて中央を力なく見つめる。部屋中央で固まって跪きながら項垂れているアキにぃとシェーラちゃん、そして天井を見上げて尻餅をついて座っているキョウヤさんのことを見ながら……、私は力ない声で三人二向けて言った。
…………謝罪のそれを言葉にして……。
「ごめんなさい……。私、あまり考えずに」
私は謝罪の言葉をかけようとした。ちゃんと申し訳ない気持ちを乗せるように言おうとしたのだけど、私の謝罪を遮る様にアキにぃは頭を振って――
「いいやいいよ。というか口頭だけだとわからないことまみれだし、それに来れは試練だから受けざる負えないよ……。俺達も何も考えずに承諾したしね……」
と、私の謝罪に対して何も悪くないという胸を私に向けて伝えると、その言葉を聞いていたキョウヤさんとシェーラちゃんも頷きを示し、そしてアキにぃ達三人は先ほどの私と同じように、深い深い溜息を零した後、三人は言う。
ぼそぼそと言葉を零すように、明るくない元気もないその声で三人は言った。
「というか……、そのアルダードラさん? だっけ……? もう少し詳しく説明でもしてくれたらいいんじゃないの? まさか簡単に聞こえていた試練がまさかのハードだったとは思っても見なかったよ……」
「マジもののアグレッシブよ。アグレッシブがひどすぎておちおち眠るなんてできないわよ……。何が二週間面倒を見ろよ。私達は囚人を監視する看守じゃないのよ? 私達は普通の人なのよ? それに私やハンナ、アキに至ってはごく一般の一般市民なのよ? こんな過酷労働槍達人の任せなさいよ……っ」
「オメー心の声駄々洩れだぞ? オレでもこれはかなりきついって、眠ることもおちおちできねーから頭の中がグワングワンして気持ち悪りーし。思考も全然正常じゃねー。挙句の果てにはもうイライラマックスで眠い……」
三人は言った。ぼそぼそと自分の決断に対して、あの時下した判断に対して悔いているような空気と音色を出しながら三人は再度深い深い思い溜息を吐き捨てた。
吐き捨てたと同時にどんよりとしていた空間が更に重く、どんよりとしてしまい空気が今私達がいる部屋を包み込んでいく。このままでは障子戸を開けてしまった瞬間に臭い息のような負の空気が押し寄せてしまう。そんな情景が見えてしまいそうなほどこの空気は重く、どんよりとしている。
そのどんよりを出しているのは――勿論アキにぃ達。そして私もその一人。
何故私もこのどんよりの空気に同化するように入り込んでいるのか? その理由は――
オウヒさん。
そうオウヒさんが原因なのだ。なぜ彼女が原因なのかを説明すると……。
「てかあのお姫様……、オウヒさんだっけ? 見た目はハンナと同じくらいの華奢で可愛いのに、その華奢に野獣が隠れていたことに驚きなんだけど……。もう身体能力特撮のスタントマンレベル……。ハンナが言っていた『脱走』……、マジで甘く見ていた……!」
「脱走ね……。私も驚いたわよ。まさか郷の外に出るために手段を択ばずに行動する。まさに脱走の王、いいえ脱走女王ね。外に出たいがために朝昼夜関係なく行って、こっちはもうへとへとよ……」
「深夜に脱走。お手洗いと称しての脱走。勉強中に脱走案を考えながらそれを即実行。あろうことか地面掘って抜け出そうとしたほどだもんな……。マジでキツイ試練。これが三日だったらよかったけど、これが後四日だぜ? これが後四日続くと思うと」
「「やめろこの蜥蜴やろぉ~…………っっ!」」
「――オレだって言いたくねぇよっ! 言いたくねぇけどこれがあと何日って思うだけで希望もてんだろうがっ! 後四日だぞっ? それまで我慢して頑張ればいいって思うだろうがっ! それまでオメーらも弱音吐いてねーで頑張れやっ!」
「その四日がある時点で地獄なんだよっ! 常に地獄の中を彷徨っているような感覚でまだ四日しかないんだって思っちまうし! 時間で表すなら九十六時間なんだぞっ!? 九十六時間寝ずにお前は働けんのかっ? 人間寝てねーと精神崩壊起こすの知ってんだろうが! 俺はサンテツだぞ? 三日徹夜の三徹なんだぞっ!? その状態で今も起きてまた眠れなかったら四徹になるんだどうすんだよぉ!」
「オレだってそれ以上寝てねーし! アキお前に至っては三徹の最中に一時間仮眠撮っているだろうがっ! 一回でもちょっとでも一分でも寝ていたじゃねーかっ! それなら徹夜だわ! 只の徹夜野郎が話を大盛りしてんじゃねえぞっ!」
「そうよアキッ! あんたはただの徹夜! 私こそが三徹なのよ!? あんたのように一瞬寝てしまえばその時点で徹夜なんて消えるのっ! それを嘘ついて三徹にされるとマジでむかつくからやめてほしいわ! 後五月蠅いから静かにしてっ!!」
「「オメーもなっっっ!!」」
そう。私達は現在進行形で徹夜状態に陥っている。
アキにぃは徹夜。シェーラちゃんは三徹、キョウヤさんは四徹。私は多分……、徹夜、だと思う。
私達は現在進行形で眠らないで試練達成に向けて行動している。
オウヒさんの御守――そう……。
私達のことを無視するように毎日毎日毎日、毎秒毎秒毎秒――脱走を行っている彼女のことを捕まえながらの日々を過ごしながら、私達は今日も御守の試練をこなしていく。
そう。これが私達の寝不足の原因でもあり、アキにぃ達はこの寝不足の所為で荒れに荒れているのだ。本当に、今まで見たことがないような荒れっぷりで……。
最初、私やヘルナイトさん、アキにぃ達はオウヒさんの御守のことを聞いた時、失礼だけどエドさんやしょーちゃんのように厳しいものではない。きっと簡単だろうな。脱走もたまにだろうなと、この時思うと私達はかなり油断をしていたと思う。
その結果……私達は完全完璧にオウヒさんに振り回される日々を送ることになってしまった。
何故私達は不眠気味になりながらもオウヒさんに振り回されて、オウヒさんの脱走を止めているのかって? アキにぃ達の話を聞いても分からない?
うん。多分それは私も同じなんだけど、あれでもアキにぃ達はかなり頭が回っている状態で脳からアドレナリンドロドロ出ているから言葉も荒いし詳しい事も理解できないと思う。
私自身も頭の中がぼーっとしているけれど、ぼーっとしている暇はない。というか今日も来る。
そう思いながら私はふぅっと息を吐くと同時に自分の頬を軽く両の手で『ぺちんっ』っと叩く。叩いた時でもアキにぃ達はギャーギャーと怒りを露にしている喧嘩をしていたけれど、その喧嘩もきっと……。
――スパァンッ!
「「「「!!」」」」
と、突然部屋の障子戸が大きな音を立てて開き、その音を聞いた私とアキにぃ、キョウヤさんとシェーラちゃんは音がした方向、障子戸に視線を向ける。今までの喧嘩が嘘のように止まり、静寂が一瞬だけ私達の周りを包んだけど、その静寂を壊した人物――障子戸を勢い良く開けて入ってきた虎次郎さんは私達に向けて焦りのそれを零すように叫んだ。
荒い息を整えるように呼吸を繰り返し、頬や体から伝い落ちる汗を拭わず虎次郎さんは私達に向けて言った。
きっとあれだと心の中で思いながらも、私は虎次郎さんの言葉に耳を傾けると……。
「――また脱走だ!」
「………………………」
「……いい加減にしろい」
「「同文」」
虎次郎さんの言葉を聞いた私は、あぁ――やっぱりかと思いながら頭を垂らし、虎次郎さんの言葉を聞いていたキョウヤさんが心底心の爆弾を爆破させるような勢いの低い音色で呟くと、その言葉にアキにぃとシェーラちゃんも低い音色で同意する。
もう数えきれないほどのその言葉を聞きながら……。
そう――これで何度目になるかわからないオウヒさんの脱走を。




