PLAY109 不穏接近中⑥
あの日から、私達が生まれ育った国は滅んでしまった。
鉄まみれで、少しの緑の世界しかない鉄の王国――マキシファトゥマ王国は滅んでしまった。
友好的な関係を築き上げてきたアズールの小国、バトラヴィア帝国の手によって私達の国は滅んでしまいました。
我が国では先にあるであろう戦争に備えて大きな戦力を残し、その戦力を友好国に与える準備をしてきたことを聞きました。
その計画は友好国のために、友好国を守るための計画であり、王はこの計画の核でもある兵器の名を『鉄の魔人』と言う名をつけて計画進行をしていました。
しかし王はこのことをうっかりバトラヴィア帝国の王にも教えてしまったらしく、そのことを聞いた帝王は私達の国を襲ったのです。
いつぞやか聞いたアズールの雷の神が住むと云われている街を襲った時と同じように、マキシファトゥマ王国を襲い、我が国の技術を……、いいえ、全てを奪おうとしていたのです。
この時からすでに聞き慣れていた通り名……『略奪の欲王』の名の通り、あの男は我が国ごと奪おうとしていたのです。
国のためだとか言っていましたが、結局は我が国の技術と戦力を奪いたいがために、国を壊した。それだけです。他に理由なんてないと私は思っています。
なにせあの日あの時の光景は思い出したくもないのに思い出してしまう。まるで悪夢を何度も何度も見せられているかのように、その記憶を風化させないように私の記憶の中に蘇るのですから、覚えていないわけがない。
今となっては忘れないように思い返しているのですが、最初はそうではありませんでした。
あの日、鉄の世界が炎の災禍の世界に変わった時、私は何度も何度も思いました。
今私の身に起きていることは、夢ではないのか? と。
あの時、国民達の悲鳴を嘲笑う様に嬲る音を汚らしく奏でる兵士達。
兵士達の嘲笑う声も汚らしく不快を思わせてしまい、その声を聞いて屠られた国民達は苦痛そのものの顔でその命を狩られてしまい。
鉄でできた建造物も外側から壊され、内側も壊されては中にいた人々を悲鳴と共に残酷で痛々しい音が私の耳にこびり付き。
唯一の緑の世界であった原っぱも炎によって焼かれてしまい、焼け野原になり――
そして、私は執事として、世話係として全うできなかったのです。
ただただその場で、王の玉座の前で頭の鈍痛を感じながら、頭に感じる液体と熱いという感覚を感じながら朧げな視界でその光景を見ることしかできず、倒れることしかできませんでした。
歪む視界で見えた光景……、一人の兵士が王の命を狩り取った後、その証拠となるそれを目で追い、体の一部を奪ったその光景を見てしまったのですから……。
ごうごうと燃える赤く染まってしまった我が国。今までは黒い煙や青い空が定番で、それ以外の空など見たことがありませんでした。いいえ……それ以外の空などあるのでしょうか。空と言うものはほとんどが青と灰色しかない世界で、それ以外の空があるとすれば異常なのでしょう。
その異常ともいえる様な赤黒い空が城内の窓から見え、その窓から聞こえる悲鳴や生々しい音が私の耳を飽きさせないかのように響かせていました。
……正直、もう聞きたくないのに何度も聞こえてしまう苛立ちもありましたが、その苛立ちを体現する体も動けず、ただただその場所で倒れた状態で、成す術もなく私はその光景を見る来いとしかできなかったのです。
国王が殺される瞬間を、王妃が殺されてしまう瞬間を……。
唯一の生き残りだったフィリクス様が、バトラヴィアの兵士に担がれ、連れて行かれる瞬間を、私は見ることしかできなかった……っ。
その兵士が一体何を言っていたのかまでは分かりません。何かに塞がれているような声でその人物は言っていましたが、その時聞こえた『っほっほっほっほ』と言う笑い声だけはしっかりと聞いていました。覚えました。
ですがそんな覚えなど、あの時のことを思えば何の役にも立たなかった。あの時私は何もできず、倒れ――何もできずに国王と王妃を見殺しにし、フィリクス様を……、マキシファトゥマ王国の希望を見殺しにしてしまった……。
担ぎ、どこかへ向かうその後ろ姿を見ることしかできなかった私はそのまま意識を手放し、次に目を覚ました時には……。
国は――滅んでいました。
滅んでいたのです。本当に滅んでいたのです。
倒れていた王宮は廃墟同然の姿に変貌し。
鉄でできた城下町も荒れた廃墟のように黒くなってしまった手つの塊と炎によって溶けてしまった鉄で溢れ、石造りの地面が少しだけ顔を出しているような光景の中に、無数の焦げてしまった何かが転がっている状態になり。
唯一の緑の原っぱも焼けた大地と化してしまい、前まであったマキシファトゥマ王国は消えて、今あるのは、ただの何かの王国の成れの果て。それだけが残っていたのです。
私が生まれた場所も、思い出に残る場所も――すべて黒く染まり、廃墟と化してしまった。
あんなにも賑やかだった国も滅び、国民も私だけになってしまったのです。
私はあの時何者かに殴られてしまい、そのまま気を失ってしまいましたが、きっと相手にとってすれば私が生存していることは計算外なのかもしれません。きっと彼等は――あの帝国は我が故郷の技術を奪うためにすべての証拠隠滅を図ろうとしていたに違いありません。
この時の私は即座に考え、そして行動に移しました。
簡単な考えで行動です。
私はこんな大惨事の中生き残った一人。その私が生き残ったということは、今はもうなくなってしまった国のためにすべきことをし、その後私はやるべきことをする。
そう……、敵国に連れて行かれてしまったフィリクス様を救うという目的のために、私は生きる。
何が何でも生き残り、フィリクス様を救いマキシファトゥマ王国を再建する。
再建。は、少し大きすぎる目標だったのかもしれません。ですがこの時の私は『フィリクス様は絶対に生きている』と信じて疑わなかった。『きっとどこかで生きている』と信じて疑わなかったので、負に関する思考などなかったのでしょう。
そのくらいその時は希望に縋りたかった。
一日で壊れてしまった国の現実を受け入れたくないが故の――己を壊さないための本能だったのかもしれません。
私一人だけ生き残っているという事実を受け入れてしまえば、きっと私は群衆の中の一人になっていたかもしれません。
ですが、その群衆の一人になりたくない一心で、フィリクス様の生存を信じたい一心で、私は敵国――バトラヴィア帝国に向かうことを誓ったのです。
誓った後の私の行動は早かったです。
まず――国中で倒れ息絶えている国民達全員の墓を作り、国王と王妃の墓を一人で作り弔いました。
一人で行うことは無理なことだと思ったでしょうが、私はそれでも一人で行いました。一人で国民たちの墓を、国王と王妃の墓を作りました。このまま無造作に置いて行ってしまえば、私は祖国に顔向けできません。どころか罰当たりなことです。
それに、皆は苦しんでこの世を去った。まだ寿命を全うしていないのに、このような結果で命を尽きてしまい、無造作に棄てられた状態で見捨てられてしまえば死んでも死に切れません。私もその一人であればそう思います。
それに、こんな寒いところではよく眠れないと思ったが故、私は最初に行ったのです。マキシファトゥマ王国の全国民の埋葬を。
最初に行ったのは国王と王妃です。
お二人に関しましてはしっかりとした墓を作りたかった。勿論それはマキシファトゥマ王国民全員にしたかったのですが、残念ながら私は墓石を作る才能などない。ゆえに墓石に関しましては石を代理品として使い、その意思を墓石に見立てて作り、弔いのために使う十字架を鉄の棒で国民分を作りました。
数など覚えていません。いいえ、数など関係ない。皆を弔うことができれば、国民や国王様、そして王妃様が安らかに眠れる場所を作ることこそがその時の私の本望でもありましたから。たとえそれを全て終えるまで何年経とうとも、私はやることを放棄することはありませんでした。
マキシファトゥマ王国が一度滅び、国民全員分、そして国王と王妃の墓を作った十年後、私はようやく己が生まれ育った大地から離れ、目的の大地アズールへと渡ることにしました。
ここからが本題。これからが本番だと言わんばかりに、私はアズールへと航路を取るために船を作り、その船一隻と食料を持ってひたすらオールを漕ぎました。
船とオールに関しましても廃材を使って作った簡素なもので、正直嵐を凌げるのか心配なところがありましたが、その心配も杞憂だったのか私は何とかアズールのアクアロイアに着くことができました。
と言っても、私がしていることは不法入国みたいなもの。
そんなことをしてしまえば国でそれぞれ対処が違います。且つ事情があればそれ相応の恩赦が与えられると思いますが、ほとんどの場合重罪になることは間違いないでしょう。
ですがそれでも私は折れませんでした。
なにせ――祖国の生き残りであるフィリクス様がいるかもしれないのです。諦めるなど私の心にはありませんでした。
アクアロイアに着いてから私は何度も遠回りしてしまいました。ですがバトラヴィア帝国のことに関しての情報を手に入れ、そして場所を特定することができました。
と言っても、場所の特定までは簡単でしたが、その道のりも険しくなかったです。
ただ地面が砂と言う若干ある肌肉地形になっていただけのことなのであまり苦ではありませんでしたが、この時の私は終始穏やかな心境でなかったので、あまり覚えていません。
覚えていない……。と言うのは嘘ですね。しっかりと覚えています。
そう――バトラヴィア帝国の領土に新しくできたという建造物を聞いた瞬間から、私の頭には怒りしかなかったのですから。
あの時私が聞いた話はこんな話でした。
敵国から貰った技術と情報を元手に、アズールを脅かし混沌と恐怖を与えている『終焉の瘴気』の餌食となってしまったたデノスと言う村にとある大きなものが建てられてしまった。
名を――巨大空気清浄機……、『エスポアール』
命名した理由……、それは『未来への架け橋』になってほしいと願って命名したらしいです。
それは砂に国にとって希望の象徴でもあり、それ以来……、バトラヴィアの国民は帝王を救世主と崇め、王様は神様の生まれ変わりだということを聞きました。
それを聞いた瞬間――正直な心境でこう思ったのです。
ふざけるなと――そう思ってしまいました。
いいえ、今でも思いますよ? あの憎き王がいなくなった今でもそう思っています。
なにせこの建造物の構造、そして形。更には名と名の由来を聞いてすぐに分かってしまったのです。
その建造物は我が祖国マキシファトゥマ王国から盗んだ…………いいえ、奪った技術と名なのですから。
アズールの言葉にはない言葉で、マキシファトゥマ王国でしか使われないであろうその言葉を聞いて、国王がこの名を女の子が生まれた時につけようと思っていた名前でもあったのです。
フィリクスはマキシファトゥマ王国の言葉で『希望の道』
エスポワールはマキシファトゥマ王国の言葉で『未来への架け橋』
どちらもこの先の未来を見据えて、絶望しないようにと言う想いを込めて、前に進んでほしいという想いを込めて詰めようとしていた名前だったのです。
事実フィリクス様はその名前を持つことになったのですが……、砂の国の王がまさかマキシファトゥマ王国で使われる名前を使って、あろうことか我々から奪った技術の結晶……、いいえ、この場合は奪われた遺産に名を付ける。
そんな暴徒があっていいのか。
いいえあってはならない。あってはいけないのです。
どころか、その設計に携わった輩がいれば、この手で嬲りたい気持ちでいっぱいです。嬲った後で黒焦げにして土に突き刺したい気持ちでいっぱいです。
そのくらい私は怒りを覚えました。
我が国を襲い、技術を奪い、国民の命を壊し、国王と王妃を殺し、希望のフィリクス様を連れ去ったあの外道共が、この砂の大地で我が国の技術を我が物で使い、そしていずれ浸けるはずであった名前をあろうことかがらくたにつけるという暴徒。
許されることがあるのであれば許されないことがある。
これは……、一生許されないことだ。
そう思いながら私はエスポワールと言う建造物がある場所――『デノス』に向かい、その建造物に対し怒りと悔しさ、そして民達と国王様達の苦しみを二度思い出し、建造物に対して罅でも入れようかと思っていましたが、そんなことをしてしまえばすぐに帝国の使いがここにきて私のことを探るでしょう。
それだけは避けなければいけない。ゆえに私はその建造物に傷を入れることをやめ、最優先事項でもあるフィリクス様の救出に向かいに帝国へと足を踏み入れ……。
私は……、言葉を失いました。
砂の根城と言う事もあって私は警戒を怠るということをせず、かといって警戒心剥き出しにするということはせず、敢えて平常と言う心を保った状態で歩みを進めました。
国が滅んでからもう十年以上……、いいえ、国民全員を弔うことに対してもそれ以上の時間を要し方かもしれません。そしてこの国に来てから何年経ったかなど、数えもしませんでしたが……、きっと何十年、最悪二十年経過していたかもしれません。
日に日に感じていた己の体力の低下。そして節々の痛みに体の故障。
そのことを入れながら考察をしても、十年以上の月日が経っているのは明白です。
実際何年経ったかわからないほど私は老い、時間を要してしまいましたが、そのことで言葉を失ったわけではなりません。老いに関して言葉を失い失望したなど、そんなことどうでもよいほど私は驚いたのです。
何せ、砂の国に入ってすぐ、とある細道で私は出会ったのです。
その道は祖国でもよく見た路地裏のような道で、薄暗くその先など肉眼ではあまり見えないような情景でした。
その細い道の影にはいくつもの椅子や小さな木箱が置かれ、まるで隠れた休憩場のようなものがいくつも設置されている長い長い路地裏……、のように見えました。
その路地裏を視認し、そしてその路地裏から出てきた人物を見て、私は言葉を失いました。衝撃と言う名の鈍器によって私は殴られ、言葉を発することを一時的ですが失ってしまったのです。
路地裏から出てきた汚らしい布を深く被ったその人物を見て、被ったそれが一瞬だけはだけた瞬間を見て、私は思いました。
まさか、こんなところで早くお会いできるとは――
まさか……、こんな形で再会できるなど……!
生きているなど……、思いもしませんでした……!
私は心の中でその名を叫びました。何度も何度も叫びたくなるほどのそれを一つの言葉にし、そしてすれ違いざまに走り去ろうとしている人物のことを見ながら、私は心の奥底から這い上がる感動のダムをせき止めて私は見ました。
すれ違って、私の顔を見て驚きの顔をしているその人物のことを見て――爬虫類の片目に鉄でできたマスクと眼帯。肩まで伸ばしたのでしょうか、後ろで不器用ながら縛っている黒い髪、前髪も無造作に伸ばし、隙間から見える目は怖い印象を植え付けていますが、その眼を見て私は分かりました。
何もかも変わってしまいました。しかしその中に残るあなたと言う存在を見て、私は小さな声で言いました。
すれ違って、逃げるかもしれないその手をしっかりと、両の手で握って……、手から放たれることのない機械質の音を拾った私は言いました。その人物に向けて、はだけた布から見せたその顔を見ながら言いました。
震える声で、こう言いましたよ……。
「お、久振り、です……! フィリクス様…………っ!!」
そう。時が経ち、何もかも変わってしまった王子のことを見つけた私は、感動のあまりに腕から聞こえるその音を無視するように力強く握りしめ、そのまま地面にへたり込んでしまいました。
もう手ではなくなってしまった冷たい手を握ったまま、その手でなくなってしまったフィリクス様の今の手を私の額に押し付けました。
まるで生き別れてしまった者の温もりを求めるようなその行動はまさに本能的なものだったのでしょう。私も人。そして元を辿れば動物。たとえそれが冷たい鉄でできた物であろうとも、私はそれでいいと思ったのです。
だって、私はようやく再会することができたのですから。
長い間探していた――『希望の道』を。
当の本人はこの時私に対して一体どんん顔をしていたのかわかりません。
私はこの時執事としての顔を忘れ、一人の人間として、一人の心配するおじさんとして大人げなく子供のように泣き崩れていましたから、どんな顔をしていたかだなんてわかりません。
わかりませんが、フィリクス様はそんな私のことを見て一言こう言ったのです。
あの時――マキシファトゥマ王国が崩壊する前に聞いた、幼かったあの声ではありません。大人びて、より男らしい声に変わってしまったその声でフィリクス様はこう言ったのです。
「…………ああ、無事でよかった――フルフィド」
◆ ◆
これまでが、私が思い出せる範囲。
思い出せる……、と言う言葉は変ですね。しいて言うのであれば――ここまでが私しか知らない話であり、ここから先はもう知っている話。と言った方がいいのでしょうか。
正直それからのことはもう殺伐と言いますが、この手を真っ赤に染めに染めまくり、それ以外のことをした覚えがないような感覚なので、きっと私の脳の中が変になっているのでしょう。
楽しい記憶、悲しかった記憶、他にも色んな記憶があったはずなのに、その記憶を塗り潰すようにとある感情と記憶の映像が私の脳内をフラッシュバックして付き纏うんです。
手を真っ赤に染めた瞬間の記憶が、そしてそのあと見た目を背けたくなるような光景と同時に押し寄せて来る――高揚感?
そう。憎き者達を己の手で壊した後、一瞬の感情の喪失感が来るのですが、その喪失感も一瞬で、すぐに来る、勝ちを得たかのような快感と言いましょうか……、例えが難しいのですがそんな感情が押し寄せてきて、罪悪感などなくなってしまうのです。
おかしい話ですか?
私的には――正直なところおかしくないと思います。
なにせ我が祖国を一日で壊滅させ、技術を奪い、国王様と王妃様を殺し、全国民を殺した奴に対し罪悪感など。
阿保らしい。
実に阿保らしい。
自分達もそのようなことをしたのですから自業自得、因果応報なのです。そんな相手に対し、罪悪感などもってのほかなのです。
国を滅ぼし、フィリクス様を連れ去り、フィリクス様のことを物のように扱いながら体を鉄に変え、人で無くし、人ではなく兵士……、いいえ、兵器に変えた後すぐに不要となって捨てられ、人として戻れなくなってしまったフィリクス様。
フィリクス様を壊した輩に対し、常人にある常識の感情で彼等のことを考えるなど、反吐が出ます。
だから阿保らしいのです。だから――考えたくないのです。
私は、変なのでしょうか?
私は、人として失格なのでしょうか?
私は……、人でなくなってしまったのでしょうか?
そんなことを考えたのは昔の話で、そのことを考えなくなったのはバトラヴィアの兵士をこの手で壊してしまった頃でした。
◆ ◆
――そうですね。
そう長い長い回想を終え、忘れないように行ってきたことを思い出し己の反省と歩んできた人生の一部を思い出しながらフルフィドは思った。
そうだ。そうだったな……。と、まるで思い出の最中に決意の始まりを思い出し、このことがあったから今の自分があることを思い出しながらフルフィドは辺りを見渡す。
彼が回想をしている最中も時間と言うものは過ぎており、彼が回想から現実に戻ってきた時にはすでに世界の時間は深夜を指していた。
回想に入る前までは明るい世界を保っていた酒場の風景も黒と青と言う暗闇をイメージしてしまいそうな色で彩られ、その暗闇の世界を照らす月だけが唯一の光となっている。
その光に照らされながら今までワイワイと話をしていたラージェンラとラランフィーナはお互いのことを温めるように抱き合いながら規則正しい寝息を立て寝床にくるまり、反対に椅子に腰かけていたアシバも睡眠には勝てなかったのか、寝床で横になった状態で寝息を立てていた。
勿論――三人共武器を己の枕元に置くということをして、だ。
人間としては普通の行動でもあり、脳が唯一休める行動を見ながらフルフィドは内心……、どんな悪党でも、どんなに残虐で人格破綻な思考回路を持っている人でも、脳を休めるという行動はしっかりと行うのですね。と、ラージェンラのことを見て驚き半分、そしてちゃんと生きている人物であることを再確認したフルフィド。
最後は少し失礼かもしれないが、そんな思考を巡らせていたフルフィドは思う。
あの日……、フィリクス――否、ロゼロと再会してからのことを思い出しながら彼は思った。
――あの日から私達は長い長い復讐の道を辿ってきた。
――フィリクス様は人としての体を失い、そして心をなくしてしまいましたが、その代償なのかフィリクス様は力を手に入れた。
――この国における魔力と言うものを持った存在になり、その力を買われてフィリクス様と私は『六芒星』になり、フィリクス様は幹部になった。
――そう……、『憎悪』の魔女ロゼロとして……。
――もう人前でフィリクス様の名前を呼ぶことは出来ませんが、私は嬉しいです。
――こうして、フィリクス様のお傍につけることができる。フィリクス様のためにこの命を捧げることができる。
――フィリクス様と一緒に、この国に復讐の刃を向けることができるのです。
――もう希望などなかった私の心に、希望と言う名の光の導を齎したフィリクス様のために、私は今日も生きている。いいえ――フィリクス様が死ぬその時まで私は一生お傍について行こうと思っています。
「すべては……マキシファトゥマ、いいえ――我が主ロゼロ様のために」
そうフルフィドは小さな声で忠誠の言葉を零す。
己の命をも捧げる覚悟を感じさせる、柔らかく、芯が固いその言葉を。
その言葉を聞いていたロゼロは現在進行形で窓枠に座りながら真っ暗な闇と化していく外の世界を見て、壊れていない鉄の手を横目で見ながら彼は思い返す。
あの日――フルフィドと再会したあの日を思い出し、そして自分に対して数えきれないほどの屈辱、苦痛、残酷な仕打ちを行い、与えてきたバトラヴィアの帝王とその帝王に忠誠を誓ってきた当時の軍団団長達、そして今の元軍団団長達。
そして……、アズールの住人達のことを思い返しながらロゼロは言う。壊れていない鉄の手を窓に向けて伸ばし、鉄の手が窓に触れると同時に彼は零す。
低く、声だけで人を射殺してしまいそうなその音色と同時に、鉄の手から『どろり』と零れ出るそれを放ちながら彼は言ったのだ。
「忘れるな……。俺の復讐は、死ぬまで終わらない」
そして次の矛先は、浄化の力を持つ小娘。
そいつを殺さないと、この国の光は消えない。
――バリンッ!
その言葉を言い放った瞬間、触れていた窓がひとりでに割れる。
ドロドロの黒い何かが付着した状態で――




