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PLAY109 不穏接近中④

 ハンナ達が鬼の郷にいたその頃……。


 いいや、あれから時間は経ってしまい――その時にはすでに夜へと時間は変わり、世界に灯されていた光は息を潜め、闇の時間に行動をする動物や魔物が地上に出始める。


 夜を象徴する動物――梟に似た鳥『ヤミマトフクロウ』も夜の世界が出ると同時に、二つある猫のような目をギラリと輝かせ、首をぐるんっと回しながら『ホォ』と小さく鳴き、夜の空に向けて翼を羽ばたかせていく。


 青の羽ばたきが一体どこに向かっているのか、『ヤミマトフクロウ』がどこに向かっているのかなど、誰も知る由もない。だが梟の羽ばたきと共に己の羽根を少しだけばら撒き闇の空を泳ぐ。


 月の光が差し込むだけの無人の街――ならず者の街として存在していた『クィーバ』だったその街の上空を息を殺すように……、何かによって塗られてしまいところどころ黒くなってしまった街の風景と、街に転がっているいくつもの何かをその眼に映しながら――



 ◆     ◆



 クィーバのとある酒場。


 その酒場は本当にファンタジー世界でよく見る酒場で、石で作られた床に木で作られたアウトドア感満載のテーブルとイスがあるのだが、そのテーブルとイスは何者かの手によって壊されていたり、半壊していたりしていたが、そのイスとテーブルにはところどころ赤い点々が付着している真新しい真っ赤な点々。


 そして木で作られたカウンターの向こうにはいくつもの酒瓶が飾られていたのだろう。いろんな色の酒瓶が木で作られた棚に置かれているが、どれもこれも破壊されており、その中に会った酒が棚を伝って零れ落ちている。さながら小さな色付きの滝のようにそれは流れており、近くに置かれていた酒樽も壊されていた。


 酒場の壁は白い石工作りの物で、ちょっとやそっとでは壊れない素材なのだろう。


 しかしその作りの壁に大きな切り傷、そしていくつもの赤い液体の痕。最後に残ったのは――へこんだ後と、そのへこんでいる中心部に残る赤い痕。


 明らかにその場所で何が行われていたのか容易に想像できてしまう様な光景だが、そんな状態を維持……いいや、その状態を元の状態にするということをしないままその場所にとある輩が寝泊まりに使っていた。


 酒場として使われていた広い空間にものと言うものを置かず、ただの布を敷いて寝床代わりにしているような光景。


 一見して見ればなんと簡素なもので質素な光景だと思うと同時に、その空間で川の文字のように並んで敷き、その布の上で各々楽な座り方をしている輩たちを見れば、異常としか言えないだろう。


 なにせ、その布に腰かけているのはこの世で『革命軍』と言う少ない異名を持ち、この世界ブラックリスト――『滅亡録』に記載されている存在達……。


『六芒星』の幹部とその側、そして冒険者一人がそれぞれ肩の力を落として体を休めているのだから。


 身長は大体百五十センチかそれ以下かの身長で、白い厚底のブーツのせいでその新調が本当なのか定かではないが……小柄な姿が印象的ではある。その小柄な印象であるにも関わらず、真っ白いフリフリのワンピースを着ており、現代の服装で言うと、その人物が着ている服はロリータファッション風のワンピースで、胸の辺りについている薄い水色のリボンがその服をより可愛らしく見せるが、服に付着している赤いそれのせいでそれも台無しだ。その服と一緒に、その人物はその場でくるくると回ったせいか、回転が終わると同時にひらり、ひらりと靡かせその人物の象徴となる灰色に近いような白い髪のツインテールを靡かせながらその人物――六芒星の仮面をつけた少女・ラランフィーナはカウンターの席に座りながら足をぶらつかせ、手持ちの傘を己の近くに置いた状態で頬杖を突いている。


 何かを楽しみにしているという象徴の顔を浮かべ、ウキウキと期待のそれを浮かべながら彼女はカウンターの席に座っている。その光景はまさに好奇心旺盛であり素直な心を持っている女の子そのものの顔だ。


 そんな彼女の前で――カウンターの調理場いるふくよかな体つきで、肌と髪の毛を隠すようにすべてを白い防護服で覆っているかのような姿をしているが、その背に背負っている大きな機材がそのふくよかな体よりも目立つ姿をしている。手に嵌められている緑色のゴム手袋。黒いゴム製の長靴。そして素顔を隠すかのようにつけている『六芒星』の仮面をつけた男――フルフィドはカウンターで何かを作っているのかせっせと手を動かし、野菜を切るような音の後で肉を斬る様な生々しい音を奏でながらフルフィドは何かを作っていた。


 手慣れているような動作でカウンターから料理の音を奏でて……。


 その音がもし朝の時間であれば、朝と言う爽やかな時間を実感できたかもしれないが、現在は夜。彼はそのカウンターの調理場でてきぱきと動きながら料理をしている。


 辺りにこびりついてしまっているものなど見向きもしないような姿勢で……。


「ふんふふーん。ふんふふーん。何ができるのかな~? 何ができるのかな~?」

 

 そんな言葉を零したのはラランフィーナで、ラランフィーナはフルフィドの料理している姿を見つつ、彼の手によってどんどん調理され、味つけられていくその光景を見ながらどんな料理が来るのかを心待ちにしていた。


 あの時、酒場の人達をその手で屠ってきたものの顔とは思えないような可愛らしい笑顔で彼女は鼻歌を深し、まだかまだかと思いながら彼女はフルフィドの料理を楽しみに待っていた。


 そんな光景を見て、彼女の隣で座っている人物はため息を吐きつつ、手にしている己の武器の手入れをしてカウンター席に腰を掛けていた。


 身長はショーマほどの身長で、頭には白いタオルで頭を巻き、右目を隠すように十字架の印が彫られた仮面を括りつけている紫色の髪の毛が印象的な青年ではあったが、左目から覗く鋭い眼光に口元を隠すようにガスマスクを装着し、左頬に残る三つの切り傷。首には黒いチョーカーをつけ、黒いロングコートに身を包んだ姿をしている。その背に背負っている鬼の金棒めいた棍棒も更に彼と言う存在を強調させる。


 しかしそのロングコートの左腕のところはキレイに敗れてしまい、左腕の肩から手の先まで露出してしまっている。右腕はコートの袖ですっぽりと覆われているため見えないが、左腕には黒い布で覆われているが、反対の左手には何も覆われていない、素肌の手が曝け出されている。


 そして足は黒いズボンに白いロングブーツと言ったオーソドックスな服装に見えるが、ここでも異様な光景を見せていた。それは――彼の左足だ。彼の左足だけは右足と違い異質なそれを見せていたからだ。簡単な話だ。彼の左足だけ欠損してしまい、急ごしらえの義足 (足と言っても、松葉杖の様な足になってしまっている)をつけられているだけの姿をさらしながら青年――アシバはカウンターの席に腰かけていた。


 といっても、ただ腰かけていたわけではない。


 元々彼の左手に装着されていた黒い鉤爪は現在彼の手元にあり、その鉤爪を彼は綺麗な布で手入れをしていたのだ。


 キュッ。キュッ。キュッ。


 金属を拭く時の音が彼を中心に小さく響き、その音を聞いたラランフィーナは隣に座っているアシバノことを横目で見て、その視線を鉤爪に向けた彼女は、アシバのことを呼んだ。


「ねぇアシバ~。何してんの~」

「手入れだセミ女。セミのように五月蠅い声で質問してくるな。耳が腐りそうだ」


 アシバのことを呼んだラランフィーナは率直な質問を彼に向けて言い放つが、アシバの返答は素っ気ないもので、彼はラランフィーナのことを見ず、視線を鉤爪に向けたままその後の言葉を発さなくなった。


 しかしラランフィーナはそれだけ聞いて『そっか』と言えるようなものではない。むしろそんな素っ気ない態度をされてしまったことで彼女の頭の中でトンカチが『かちん』と脳に向けて叩く音が聞こ得た瞬間、彼女はむっとした面持ちでアシバに顔を向け、カウンター席に右ひじをつけ、ムスクれた顔を晒した後、彼女はアシバに向けて続けて聞いた。


 今度は陽気とか、可愛らしいなどない。苛立ちがむき出しになっているような音色と唇を尖らせるような可愛らしさをかけ合わせたような顔をして彼女は聞いたのだ。


「何その反応ぉ……。なんかラランフィーナ変なこと聞いた? というかあんた棍棒持っているくせに何で二つ武器を持っているのよ? 普通鉤爪持っていればそんな思い棒持たなくてもいいんじゃない?」

「………………」

「無視しないでよ~」


 しかしアシバは先ほどの暴言とは裏腹の無言を徹したまま鉤爪の手入れに徹している。『キュッキュッ』と言う音がラランフィーナとフルフィドの耳に入るが、その音を聞きながらもラランフィーナは諦めるという思考がないかのように足場に向けて「ねぇーってばぁー」と唇を尖らせながら聞くが、その声も聞こえていないかのように無視をするアシバ。


 その光景を一瞬見た人からすれば、ただ一方が言っているだけの一方通行の会話にしか聞こえない、見えないだろう。


 しかしこれは彼等にとってすればいつものこと。足場にとってはいつものことなのだ。


 アシバと言う存在を少しだけ知っているフルフィドでさえも、彼の行動を視界の端に入れながら――無視がお好きな方ですね。と思いながら支度をしている。


 彼と言う存在を知らなければただ苛立ちが加速するような光景だ。

 

 その会話を聞いてか、今まで言葉を発することがないまま布の上でくねるように寝っ転がっていた女性は妖艶の欠伸を零しながら足場に視線を向ける。


 金色のふわりとした長髪に、目元には深い切り傷が残っているが目を閉じてても妖艶な香りを放ち、黒く露出が高いワンピースを着ているグラマラスの裸足の女性は、その衣服や露出している肌にもその赤い液体をこびりつかせ、背中ある黒いカラスのような羽も赤黒く染めてしまい、全身を赤で染めているかのような姿のまま彼女は布で作った簡易の寝床で寝転び、仰向けになりながら彼女はアシバのことを見ると――


「あら、アシバちゃん意地悪しているのかしら? やめてほしいわ。女の子苛めは」


 と言いながらラージェンラは仰向けからうつ伏せに姿勢を変え、布で作ったその場所で頬杖を突きながら彼女はアシバの背中を見ながら言葉を続けた。


 ラランフィーナもラージェンラの言葉を聞いた瞬間歓喜の声を上げて彼女の名前を呼ぶ声が聞こえたが、その声を聞き流しながらラージェンラはアシバに向けて続けて聞く。未だに鉤爪を拭いている彼の背中を見つめながら――妖艶と言えるような麗しい音色で……。



「アシバちゃん――言っておくけど、私達はあなたのことをあまり信じられないの。というか……、あなたの行動一つで殺してしまいそうなほど、私達はあなたのことを信頼していない」



 と、彼女は言った。言い切った。


 信用できない。その言葉を足場の背中に向けて突き刺すように言うと、アシバの動きが止まった。今まで拭いていたその行動を止めたが、振り向こうとしないアシバ。


 そんな紫刃のことを見ていたラージェンラは女性の麗しい笑みと意地悪なそれを合わせたような顔で微笑んだかと思うと、彼女はその顔を維持した状態で続きの言葉を言い放つ。寝転んでいるせいで足が暇を持て余したのか、左足をそっと上に布の上で『パタパタ』と足を動かしながら彼女は言う。


「だってあなたは何も話さないじゃない? あなたがそんなにも無言だから信頼を得るに足りるのかわからない。信頼がないような状態でもある。でも私達はあなたと行動している。これはどういうことなのか、分かるかしら」

「………………………」

「簡単に言うと……、私達はただの協定関係という間柄なの。ビジネスチームと言うだけ。任務を、計画を完遂するために集められた。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()。失敗も許されない状況だからこそ、今回だけは行動して、その行動を円滑にするためにあなたと言う情報が必要なの。分かるかしら?」

「情報?」

「あら――やっと言葉を発してくれた」


 ラージェンラの言う通り、アシバはやっと言葉を零しながら視線を向ける。


 しかしその視線も横目で視界の端に入れるようなそれなので、厳密にはしっかりと見ていない。振り向き様の態勢に見えるその状態で彼はラージェンラに向けて言うと、その言葉を聞いてラージェンラはクスリと微笑みながら彼のことを見上げると、彼女は寝そべっている姿勢のまま続きの言葉を言った。


「あなたは異国の冒険者であるにも関わらず『六芒星』と言う組織に入ったのかはわからない。あのザッドがあなたのことを高く評価していた。あなたと言う人格に関しては何も言わなかったけれど……、それでもあなたの実力は本物であることは十分。あの時いなくなってしまったガザドラの穴埋めにもなったほどあなたは強いことはよく理解している」


 でも……、それだけじゃ足りないの。ビジネスはそれだけで信頼を寄せるほど簡単な事じゃないの。


 その言葉を言ったラージェンラは微笑みながら言っていたが、その微笑みと柔らかさの中には冷たさも帯びており、その感覚を察知したアシバは視界の端で捉えていたその姿勢をやめ、彼女のことを見るために体を捻らせ、カウンターに腕を乗せるような体制で振り向きながらアシバはラージェンラのことを見ると、彼は聞く。


 疑問と言う名の声色ではないが、それでも彼は聞いた。


「強さだけじゃ信頼の価値がないのか? 俺の世界では実力と言うものがすべてではなく、結果論こそがすべてのような上下関係の世界だったが、結果としては俺もそれなりに出していたはずだ。一体何が足りないんだ。まさか、ここでも年功序列を気にするような傾向があるのか?」

「あらあら。意外とおしゃべりなのね」


 アシバの言葉を聞いていたラージェンラはクスリと微笑みつつ、動かしていたその足を一度止めてから彼女は言う。


 勿論驚きこそ最初あったのだが、その驚きもすぐに消え去り、逆に沸き上がった興味を顔に出したラージェンラ。


 それはラランフィーナも同じで、アシバの言葉を聞いて、饒舌な舌回しを聞いた彼女は驚きの顔をしながら足場のことを見ていた。勿論目を光らせるような驚きの声を上げて。


 ラージェンラの言葉。そしてラランフィーナの驚きの声を聞いたアシバは心の中で心底イラつくような音色で『五月蠅いな』と思いながら彼は続けてこんなことを思いながらラージェンラのことを見下ろす。


 彼女の微笑みを、普通の思考回路の男であれば心を奪われてしまいそうなその妖艶な姿を、目に入ってしまうその姿を見ながらアシバは思う。


 ――俺の行動に、俺のやり方に異議を唱えるのか? 女のくせに、黄色い声しか出すことができず、女と言う武器を使って相手をたぶらかすことしかできない奴が何を求めているんだかな……。


 ――俺はそれ相応のことをした。それ相応の信頼を築けるような結果を出した。目的完遂を知るために、中途半端な達成ではなく完璧な完遂を求めるために俺は今まで信頼を築き上げてきた。結果と言う名の見える者を捧げたはずだ。


 ――それでもなお俺のことが信用できない?


 ――だから女は嫌なんだ。


 ――女は男のことを差別し、都合が悪くなったらヒステリックを起こし予想できない行動を起こす。だから女は嫌いなんだ。


 ――女は姑息で、自分の思い通りにいかないと気が済まない我儘な性別。


 ――こいつもその女の一人。隣にいる奴も女。


「疲れる」

「? 何か言ったかしら?」


 アシバは小さな声で溜息を吐くようにその言葉を零す。


 本当に疲れてしまう。


 そんな言葉があっているかのような肩の落とし方、そして溜息の零しを行い、彼は心の中で何度も思っていることを小さな声で口ずさむ。


 近くにいるラージェンラも、ラランフィーナにも聞こえないほど小さな声量でアシバは零したが、どうやらラージェンラの耳には入っていたらしい。と言っても何を言っているのかまでは分からなかったようだが……。


 ラージェンラの言葉を聞いてアシバは驚…………く事などせず、平静の面持ちで彼女のことを見下ろして「いいや」と零すと、ラージェンラは「ふーん」と言いながら唇を尖らせる。あたかも納得していない。なんだか腑に落ちないと言わんばかりに尖らせかたにアシバは心中で嫌そうな顔をして舌打ちを零す。


 そんなアシバとは対照的にラランフィーナはラージェンラのことを見下ろし、「きゃぁぁぁぁ~!」と感極まる甲高い声と、今にも泣きそうなそれが混ざっている音色で叫んでいるが、その声に対して誰も気にすることなどなく、どころかそんな声なんて聞こえていないかのように彼等は無視をする。


 無視……と言うよりも、いつものことなのでもう気にしていない。の方がいいのかもしれない。


 しかしラージェンラはそんな彼女の叫びを聞きながらもアシバに対しての質問は聞いていたらしく、彼女は尖らせた口を元に戻した後――彼女はアシバに向けて言葉を零す。


 彼に対しての言葉――『強さだけじゃ信頼の価値がないのか? 俺の世界では実力と言うものがすべてではなく、結果論こそがすべてのような上下関係の世界だったが、結果としては俺もそれなりに出していたはずだ。一体何が足りないんだ。まさか、ここでも年功序列を気にするような傾向があるのか?』その言葉に対しての返答をするように、彼女は変わらない音色で彼に返答する。


「話を戻すと……、あなたの言う通り確かに強さの証明は私達『六芒星』にとってすれば日地用不可欠で必須科目よ。力がない人に任せるなんて無謀に等しいもの。そしてあなたの国で言うところの結果論も理解できるわ。どの世界においても結果と言う目に見える証拠があれば証明にもなれる。努力すればどうにかなると言っても、人生そんなに甘くないのも知っているわ。でも私達の場合は結果論だけでは信頼を築くことは出来ないの。私達『六芒星』はそんな小さな信頼で互いの背中を預けるなんてことは命とりなの。ガザドラのように部下のことを第一に考え、そんな彼のことを慕っていた部下だから信頼関係が出来上がったと思うけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 信じていた人に裏切られ、そのまま『ぶすりっ!』って言う結果になってしまうことだってある。というか実際何回もあった。だから表場の信頼関係なんて仮面なの。本性を隠すための仮面だから、私は聞いているの。あなたのことを信頼できない。ってね」

「………………………」

「それに……、これは私達にとってすれば革命の第一歩。その第一歩は後々来るかもしれない私達の悲願達成――『二つの記録書』の抹消。そしてこの国の大改編になる時代の歩みになる。こんなところで失敗なんてしたくないって言うのも……正直な本音」


 ラージェンラの言葉を聞きながらラランフィーナは『うんうんっ!』と首を急かしなく動かし、全力の肯定を示しながらカウンターに乗せられたフルフィド料理に視線を移す。


 カウンター席に置かれた料理はハンバーグに似た料理で、程よく焼けた肉厚のハンバーグのジューシーな香りが鼻腔を刺激して食欲をそそり、上半分に添えられた新鮮な生野菜は本当に新鮮と言う言葉が正しいかのようなシャキッとした具合を出している。


 まるで店頭に出されても違和感などないようなその料理にラランフィーナは嬉しそうな声を上げて「いただきまーす!」と食事の前の挨拶を元気よく上げる。


 勿論、手をパンッ! と合わせた後で、ナイフとフォークを手に取ると、そのまま彼女は最初に肉厚のハンバーグに切り込みを入れている最中でも二人の会話が止むことはない。止まることはない。


 ラランフィーナが現在進行形で味わっているハンバーグの匂いが少しずつ酒場内を侵食している最中、ラージェンラの言葉にアシバはポツリと言葉を零す。


「時代の歩み……か。まるで先人のようなことを言うんだな」

「ええそうよ。これは先人……、いいえ――この国を作った四種族『天族』の言葉でもあるの。あなたさっき、年功序列とか何とか言っていたわね? それをあえて使うなら……、私達古参の言う事に対してちゃぁんと答えた方が身のため。そうでないと……」


 と言いながら、彼女はその場で起き上がる動作を行う。手を付き、寝転んでいたその体制からその場で足を揃えて女が行う座り方をした後、彼女は徐に胸に手を添える。


 その一動作一動作に彼女特有の妖艶、魅惑が醸し出され、この場に一般男性がいれば骨抜きにされてしまいそうな雰囲気が襲っていたが、胸に手を添えるその瞬間を見た時、アシバは思った。


 ()()()。と――


 一見して見ればその行為に危険性などない。しかし彼女が行っている行動には続きがある。それをアシバは気付いていた。


 彼女は胸に手を添えようとしている最中、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 まるで猫が爪を立てるように、その爪が肌に触れるように彼女はその手を動かし、そしてそれを胸に添えようとしていたのだ。


 その行動に一体何の意味がある?


 誰もがそう思ってしまうだろうが、ラージェンラにとってそれは合図なのだ。


 その合図を見てアシバは一瞬でやばいと理解すると、全身から嫌な汗がどろりと湧き出し、嫌悪よりも己の命が危険にさらされていることを実感した。


 命の危険――最悪死を意味する直感。


 アシバの顔を見て彼女はまだ会話は終わっていないと言わんばかりに言葉を続ける。胸に添えられた手の指に力が入り、微かと言える何かを引っ掻く音を鳴らしながら彼女は言う。


 己を傷つけながらも、彼女は言った。


「そうそう。お話を最初に戻すと――私も気になっていたの。棍棒なんて両手で持たないと振り回せないのに左手に鉤爪を嵌めていたらそれでこそ宝の持ち腐れだなとか、鉤爪を装備していても遠距離での攻撃なんて絶対にできない。あなたって異国の『ソードウィザード』って言う所属なんでしょ? なんで棍棒持って鉤爪持って魔導士の資格を持っているの? とか、それって結局自分のスタイルに合っていないんじゃないの? とかいろいろと思っていたの。あなたはこれまで自分の力を使わなかった。棍棒による殴打の攻撃しかしていない。でもそれが本命じゃないんでしょ? 教えてほしいの。信頼関係を築き上げると思って……。でないと私――」




 私――()()()()使()()ちゃ()()()()




 ラージェンラは言う。妖艶に、それでいて凶器を感じさせるような恐怖を上記の如く吹き出しながら言う彼女のことを見て、アシバは正直なところ言いたくないという感情さえあった。


 なにせ、自分の手札を明かしてしまえば万が一の反旗の際に劣勢になってしまうと思ったからだ。確かにラージェンラの言う通りアシバは接近戦に特化されているが、それでも明かしたくないのは事実だ。


 たとえ信頼関係を築き上げるという面目でも、明かしたくない気持ちは消えない。が、その消えない気持ちも殺されてしまえば元も子もない。


 なにせ、彼女は信頼関係を盾に自分のことを殺そうとしている。本気で殺そうとしているのだ。ここで殺されてしまえば、自由を失ってしまう。一生実験動物として世を過ごすことになる。


 それは嫌だ。


 殺されるのも嫌だ。


 まだ俺にはやるべきことがある。


 やらなければいけないことがあるんだ。


 ここで死ぬなんて、そんな最後は嫌だ。


 そう思ったアシバはラージェンラのことを見て、ひっかき傷を残そうとしている彼女の行動を止めるために、アシバは決意をして言う。


「分かった……。わかった。話す。それでいいだろう? 俺の手札を教える」


 ラージェンラに、いいや――この場にいる四人に己の手札を教えることを了承することを、彼は初めて女性に対して折れることを決意した。


 最も折りたくなかった人種に対し、彼は折るという人生で一番の屈辱を味わうことになり、反対にラージェンラはそんなアシバの言葉を聞いて突き立てたその手を即座に引っ込め、足場のことを見ながら女性らしい微笑みを浮かべ――


「分かればいいのよ分かれば。だって、あなたですら私の『魔祖』を知っていて、そして私の攻撃方法や弱点を知っているのに……、あなただけ知らないなんて、怖いでしょうが」


 と言って、彼女は「ふふ」と微笑みながら肩を竦める。


 胸に刻まれていたその箇所から細い赤い線の液を垂らしながら……。

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