PLAY109 不穏接近中②
「蒼刃――お前の力が必要なんだ。勿論この国の魔女全員の力も、各国の王の力も、実力のある冒険者の力も必要なんだ。この国を守るために、この国を救うために、浄化の者達の力になるために、力を貸してくれ」
お前の鬼の力――水、風、氷の三つの魔祖の力を、国のために使ってほしい。
そう言葉を発し、イェーガー王子は目の前で驚きの顔のまま固まっている同胞――蒼刃に向けて聞く。
憎いと思っているこの国のために、その力を使い救ってほしい。
その言葉ははたから聞けば無理難題。絶対に断られてしまう様な言葉を告げるイェーガー王子の目は本気で、その眼を見ていた蒼刃は即刻断るということをすることができなかった。
否――すること自体禁忌に感じてしまう様な断れないような空気を感じてしまい、それをすること自体してはいけないという誤認の直感が彼の感覚を混乱させていた。
誤認の直感。
簡単に言うと脳のエラーのようなもので、蒼刃はそのエラー状態になっているのだ。
因みにこれは仮想空間のAIの故障ではないので安心してほしい。
……話を戻すと、蒼刃は王子の言葉を聞き、王子の鋭い眼力を見て一瞬のエラー状態にかかってしまい、言うはずだった『断り』が言えない状況に陥っていた。
内心……、苦虫を噛み千切る様な感覚を味わいつつ、その口内に残ってしまった残骸を味わっているような不快感を味わいながら彼は思った。
――こんな裏切りの鬼族相手に、断ることもできないなんて……!
――簡単な『断る』と言う言葉ですら出せないなんてっ!
――こいつの目を見た瞬間、こいつの言葉ではなく俺のことを侮辱する様な言葉を吐き捨てた後のあの目を見た瞬間、反論も何もかもができない。してはいけないと直感で思ってしまった。だからできなかった!
――まるであの時の王と同じだ……!
――あの王の、あの目と言葉を聞いて、協力せざる負えなくなってしまったようなあの時と同じ目。
――これは普通の目じゃない。
――これは、王の目。
――国を束ねる、国と言う存在を動かす者の圧か……!
一瞬蒼刃の記憶を過ったボロボの王――アダム・ドラグーン王のことを思い出すと同時に、蒼刃は目の前にいるイェーガー王子とドラグーン王の目を重ね合わせ確信を得た。
同じ目をしている二人のことを見て、思い出して……、蒼刃はようやく理解したのだ。
イェーガー王子自身『創成王』と血は繋がっていないが、腐っても王に育てられた存在。王としての素養など十分培われていることを……。
普通の人にこのようなことを頼まれたとしても、蒼刃自身はこの頼みを即刻断るだろう。これは蒼刃自身の普通の行動だ。
他種族のことを憎んでおり、その他の身を聞いた瞬間彼の心には『断る』と言う一択しか思い浮かばない。そして頼みを即刻断るという物事に於いてはっきりとした考えを言葉にできるような存在だった。
ハンナ達と出会った赫破、黄稽、緑薙、紫知と同じ……、否――最悪赫破達以上にこの国の他種族のことを恨んでいると言っても過言ではないほど、彼は他種族と言う存在を憎み、そしてこの国……竜人の国ボロボ空中都市のことも恨んでいた。
原因と言う名の理由は明白――何度も言っている『滅亡録』を使った邪な出来事。
その出来事があったせいで蒼刃は己の一族以外の種族をここぞとばかりに恨んでいた。
その種族を末代まで呪う様に、たとえ自分が死んだとしてもその未練で呪い殺そうと思えるほど、彼は己以外の種族のことを恨み、己の一族のことを第一に考えていた。
特に妹の桜姫に関しては人一倍考えているほど……、彼はこの鬼族のことを考えていた。
だがその考えも、鬼族第一の思考が今まさに崩れようとしている。
イェーガー王子と言う男の眼力によって、一国の王よりは弱いものではあるがその威圧に、跪いてしまいそうになっていた。
蒼刃は王子の言葉を聞いた後、口を噤むようにぐっと唇を噛みしめ、きつく口を閉ざす。
何かを顔面に掛けられたとしても絶対にその口を開けないと言わんばかりの噤みで蒼刃は王子のことを見るが、王子は蒼刃のことをじっと見るだけ。
すっと細めたエメラルドグリーンの瞳でただただ蒼刃のことを見て、蒼刃の言葉を待っているように彼はそれ以上の言葉をかけない。
じっと――蒼刃の言葉を待ちながら王子は無言を徹する。
空間内に響いていた二人の声も響かなくなり、唯一響いているのは空間内の岩壁に浮き出た結露が重力の耐えられずそのまま地面に向かって落ちていく音と、湖に落ちる水同士の音楽だけ。
その音だけを聞けば普通の自然現象だと思ってしまうだろう。
しかしこの場所には二人の男――鬼族がいて、その二人は現在進行形で言葉を発することなく無言を徹している。
一人は相手の言葉を待つ無言。
一人は答えてはいけないという抵抗の無言。
無言と言う名の火花が静かに散っていたのだが、その無言の長くは続かなかった。
いや――強制的に言葉を発したのだ。
「はぁ」
その言葉を発したのは王子で、王子はその言葉……、いいや、この場合は溜息を吐くと、蒼刃のことを掴んでいたその手をそっと離し、腰に手を添えてから王子は蒼刃に向けて溜息を吐き捨て、王子自身が今いる場所の空気を変えたのだ。
自分で変えた状況をまた変える。まるで背景を何度も変えているかのような変わり具合に――
溜息を吐くと同時に項垂れ、そのままかぶりを振るった王子のことを見て、蒼刃は今まで発生していた脳内エラーが無くなったのを感じ、力んでいた体の力を抜きながら小さく息を吐く。吐きながら王子は蒼刃に向けて――
「そこまで同意を示したくないのか……。このままだと無言の無駄な時間が続いてしまうからこの無言の拮抗はやめるが……、正直お前の意志の硬さに驚くと同時に、呆れも感じてしまう。あれだけ言ってまだ抵抗をするのか」
と、本当に呆れているような脱力しているような音色で言った。
その言葉を聞いた蒼刃は閉じていたこともあってか唇に疲れを感じ指先でその箇所をさすりながら王子の話を聞いていたが、王子のその言葉に再度怒りを感じ、先ほど言われた言葉――『何もせずにこの場所で延々と他種族に対して憎んでいる奴が偉そうなことを言うな』など、色んなことを言われていたことを思い出した蒼刃はむっとした面持ちで一歩左足を前に出して蒼刃は反論のそれを荒げる声で……。
「な……、抵抗とはなんだっ! 前もさっきも言ったが俺は」
「『鬼族であり、他種族に対して手を貸すことなんて絶対にしたくない。他種族の者達が俺達の角目当てで行ったことを忘れたとは言わせない。だから手など貸さない』と言いたいんだろう?」
「っ」
「それに、私はさっきも言ったはずだ。『死んだとしても仕方がないと言い切れるから、助けない。力など貸さないとでも言いたいのか? 笑わせるな』と、今までならばそのことに関して大目に見て目を瞑ることができた。恨みを全て忘れろということは早々できない。理由にもよるがお前達が歩んできた過去を考えればその忘却は出来ない。私も今の父が何者かによって殺されてしまえばその恨みを忘れることなどできない。逆にこの手で地獄を味合わせたい気持ちにもなる。だからその思考そのものを否定することは出来ない」
「ならば……」
「だが、今はどうしてもお前の協力が必要なんだ」
と、王子は蒼刃の顔を見るために顔を上げ、整った目を吊り上がらせて彼は蒼刃に訴える。
その眼で今はその抵抗をやめてほしい。協力をしてほしいんだ。
そう訴えかけるように王子は蒼刃に向けてはっきりと、荒げてはいないが大きな声で言ったのだ。
張り上げるその声を聞いた瞬間、蒼刃自身さすがにと言うよりも意外、それと同時にこう来るとは思っても見なかったのだろう。ぎょっと驚く顔をして一歩前に出していたその足を元の場所に引いてたじろいてしまう。
蒼刃の狼狽に王子は見過ごさず、畳み掛けるように王子は蒼刃に向けて続きの言葉を言う。
お前の力が必要なんだ。その言葉に説得力を与え、そして断るという選択肢を完全に断つという、はたから見ればあくどいように感じてしまう様な事を王子は行い、この行為に対し心の中で――これも国のためなんだと思い、言い聞かせながら王子は蒼刃に言った。
「先ほども言っただろう? 『八神』四体が元の『八神』に戻っている。しかしまだ四体の『八神』の浄化をしないといけない。その道中死霊族と『六芒星』の妨害もあるだろう。その妨害でもしものことがあればこの国は永遠の闇に誘われ、絶望の底へと叩き落されてしまう。そうなってしまえばこの国は終わりだと。そうならないために、ただ彼らの活躍に期待して腰を下ろしているだけではだめなんだ。彼等のために、我々も立ち上がらなければいけないと。私は確かに言った。そしてこの国の魔女全員の力も、各国の王の力も、実力のある冒険者の力も必要なんだ。この国を守るために、この国を救うために、浄化の者達の力になるためにお前の力も必要なんだと――私はそう言っている。そしてこれは『創成王』も考えていることだ」
「………………………」
「浄化の者達の力になる冒険者の協力も仰ぎ、そしてまだ全員ではないが、魔女達の力も仰いでいる。それはこの国でも行うつもりだ」
「と言う事は、アルダードラとファルナ、そしてラドガージャに協力を仰ぐというと言う事か、アルダードラは協力的かもしれないが、他の二人はどうかわからないぞ?」
「否定的な可能性は考えないようにしている。やらなければどうなるなんてわからない。やらない時点で決めつけることは最もだめなことだと、心士卿も言っていた」
「楽観的だな」
「いいや、楽観的ではない、当たり前なことだ。それに一度断られたからと言ってその場で諦めるなど、心士卿も私もやわではない。断られたとしても、この国のために何度も行うまで――」
「まさかと思うが……、もし俺がこの場で断ったとしても」
「ああ、何度も言う。『力を貸してくれ』と、そしてお前は私の言葉を絶対に呑み込んで、協力してくれると信じている」
「どこまで楽観的なんだ。悲観と言う物がないんだな――お前は」
王子の言葉を聞いて蒼刃は呆れるように肩を竦めながら言う。内心――本当の正直者で、何に対しても前向きなんだなと思いながら聞いていた。
勿論彼の言葉からいくつも出てきた『楽観的』と言うものは王子に対しての皮肉……、つまりは嫌味なのだが、そんな蒼刃の返答、態度を見ていた王子は顔色を変えず、どころかその皮肉を、嫌味と言う感覚で受け取っていない様で、王子はふっと整った顔で微かな笑みを零しながら……。
よ
「お前のように常に悲観的な思考、嫌なことを思い出しては苛立ちを加速しているような思考回路ではない。元々お前の考えが凝り固まりすぎているせいでそう思っているのだろう?」
「悪かったな――俺の考えが凝り固まりすぎて。だが、その考えを変えるなんてことはしたくない」
と言って、王子の言葉に対し怒りを覚えた蒼刃であったが、その怒りを今ここで出すべきではないと理解し、蒼刃は怒りではない感情――少しの肯定と嫌味を王子に向けて捨てると、その後で己の意思を伝える。
協力をしない。
それを遠回しに言い、蒼刃は踵を返して『だから帰れ』と言おうとした。
本当に『だから帰れ』の『だ』を言おうとした時――
「いい加減に考え直せ。これは私達だけの問題ではないんだぞ? 全員が力を合わせて戦わなければいけないんだっ。このままではこの国は無くなり、そして――お前が守ってきたこの郷も無くなるんだぞっ? 守ってきた仲間達も消えてしまうんだぞ?」
それでもいいのか?
王子は踵を返しその場所を離れようとする蒼刃に向けて静止の声を荒げる声で、必死さもうかがえるようなその声で王子は言ったのだ。
蒼刃に向けて『協力をしてほしい』と言う要望を訴えるのではなく、協力しなかったらこの郷が、自分が守ってきたこの郷が無くなってしまう。大切な仲間達がいなくなってしまう。
自分と同じ運命を辿ってしまう。
そう訴えるように、王子は蒼刃に向けて言った。
正直――郷の人達と郷を人質のようにしてしまったことに後悔もあった。本当はこんなことを言わないで蒼刃に協力体制を持ち掛けたかった。
こんなことをするのは悪人――自分の故郷を壊した輩と同じ行い。簡単に人質を取り、返してほしくば条件を飲めという常套手段をまさか自分するとは思わず、王子は心の中で己の行いに嫌悪を抱いた。
はたから見れば仕方がないかもしれない。
はたから見ればそう見えるかもしれない。
そんな賛否両論の声が聞こえそうなものだが、それでも王子は何が何でも蒼刃の心を掴もうとした。
否――王子は心の中で焦り、一刻も早く蒼刃と協力体制を築こうとしていた。
――早くしないといけない。早く蒼刃と協力を結ばないといけないんだ。このまま蒼刃が、蒼刃達がこの場所にいてはいけない。
――心士卿の言葉が正しければ、彼の憶測が当たってしまったら……。
――ボロボは大変なことになるっ!
王子は思う。心士卿と話したことを思い出しながら、心士卿の勘を信じている王子は一刻も早く蒼刃との協力体制を築き上げようと荒げる声で蒼刃のことを止める。
記憶の中でちらつく心士卿との会話。
それはハンナ達がこの鬼の郷に来る前の出来事であり、その時の会話の中で心士卿は王子に向けて言ったのだ。
神妙な面持ちで、彼は王子に向けて言ったことを――
『王子――絶対に鬼族との同盟成立を成功させてください。鬼族は他種族のことを毛嫌いしております。私達魔王族に対しても快いものを見せていません。今は猫の手も借りたい状況下。同じ鬼族の王子だけが切り札、その王子にこのような大役を任せてしまい申し訳ございません。私の我儘を、予感でしかない考えを受け入れてくれたこと、感謝しかないです。これは私の勘なのですが、どうも嫌な予感がしてならないのです。これが杞憂であってほしい。この予感が外れてほしいとは思いますが……、どうしても拭えない。何故なのか、あの大臣を見てから、王子のことを見ていたあの大臣の目を見た瞬間、その嫌な予感が拭えなかったのです。王子――気を付けてください。これが失敗に終わってしまえば、ボロボどころかこの世界が壊れてしまうかもしれません。もしかすると最悪、あなたの命が危険にさらされる可能性もありますが、最も危ないのは……』
三角の鬼と――その妹、鬼の姫が危ない。
心士卿の言葉を思い出すと同時に、その言葉に偽りなどないことを確信し、それと同時にその言葉が近い内に現実になってしまうことを察した王子は蒼刃に真剣なまなざしを向け、その視線と同時に王子は言った。
蒼刃に向けてもう一度問い詰めるように、その考えを少し、いいや、ほんの少しでも変えるために王子は蒼刃に訴えかける。
「頼む――協力を」
「それでも俺はしたくない。国と魔女が協力し合い、この国を脅かそうとしている輩を倒そうとしているんだろう? 浄化の奴らを助けるためにこんなことをしているんだろう? なら俺はいらないんじゃないか? 数も多いんだ。それで十分だろ」
しかし蒼刃は蒼刃で己の気位と言うものもあり、それと同時に譲れないものがある。
自分の一族をここまで追いつめた輩に手を差し伸べ、助けるなどどいうお人よしの行為ですら、彼は許せない行為でもあり、了承なんてしなくない案件でもあった。
彼にとってすれば拷問。
一族崩壊のきっかけを生んだ存在達を助けることなど、自分の親を殺した輩を助けるのと同じで、死んでも助けたくないのが本音だ。
その意思を変えるなどしない蒼刃は王子に向けて肩を竦め、その状態のまま鼻で笑うと蒼刃は呆れるように王子にむけて続けるように言った。
「第一俺が協力をしたとして、それでこの鬼の郷のためになるのか? 逆にデメリットしか感じない。お前は『協力をしなければ鬼の郷の者達はきっと大変なことになるとか言っていたが、俺はそう思わない。逆に今の状況の方が安全としか思えないからな」
「この郷の者達は皆……、憎んでいるからか?」
「ああ、みんなそうだ。この郷を拠点としている原因を作ったのは国を欺いた人間族の所為。金目的で俺達のことを売った。一つしかないこの命を、あいつらは別の物として扱った。同等でもあり金に換えられないその命をあいつらは金として見た。その結果がこれだ」
「………………………」
「確か、こんな言葉が異国にあった気がするな……。因果応報。それに相応しい光景が今帰って来ているだけなんだ。これは運命なんだよ王子様」
そんな輩共の命――石ころと同等なんだからな。俺達鬼族にとって。
王子はその言葉を聞いて言葉を失ってしまい、全身の血液からどんどんと温度が無くなっていくような感覚と、その感覚に反比例するように生暖かい汗が噴き出るような感覚を覚え、言葉を発していたその口から何の言葉を生成することが一瞬できなくなっていた。
いうなれば顔面蒼白に近いような絶句。
しかしこの場合蒼刃の言葉も想定内なのかもしれない。そんなことを頭の片隅で思いながら王子は蒼白になっていたその顔を、気持ちを落ち着かせるようにその場で目を閉じ、すぅーっと鼻から息を吸ってはゆっくりと吐いてを繰り返し、心の中で王子は自分に向けて冷静な声を言い聞かせる。
――落ち着け、落ち着くんだイェーガー。
――確かに蒼刃の言い分は間違ってはいない。
自分の心に自分の心の声を言い聞かせるという表現はこの場合正しいかはわからない。だが王子は実際この行動を行い、そして何度も何度もその行いをして冷静さを取り戻していく王子。
ここで取り乱してはいけない。ここで相手の流れに乗ってはいけない。
ここで流されてしまえば蒼刃どころか最悪のケースに現状が傾いてしまう。
どうにかしてそれだけは避けないといけない。避けなければいけないんだ。
王子は思った。国のことを考えて戦力が欲しい事も事実ではあるが、今はこの鬼族の郷を自分の郷のようにしてはいけない。そのことを頭の片隅に入れつつ、王子は蒼刃の目を離さないようにギッと睨みつけるとその眼差し――はたから見れば威嚇をしているような威勢を保った状態で王子は蒼刃に向けて言を唱える。
こうなったら最後まで足掻いて見せる!
そう心中決心を固めて――
「お前からしてみれば石ころかもしれないが、私にとってすればかけがえのない家宝だ。そのくらい大事で大切な存在達なんだ。その存在達を見頃にしはしたくない」
「お前の見解はそうだが俺はそうとは思えない」
「王都が滅んでしまったらこの国が滅ぶのも時間の問題なんだ。関係ないとは言えないんだぞ」
「そうなったらこの場所から離れて別の場所で隠れ住むだけだ。今までだってそうしてきた。今はこの場所に長く居着いてしまっているが昔はそんな感じでずっと逃げてきたんだ。それをまた行うだけだ」
「亡命をすると言う事か? そんなことをしてしまえばこの場所で生まれ育った鬼族はどうなるんだ? 故郷がない悲しみはお前も知っているだろう? 私も理解している。だから失わせたくないんだ」
「国なんて必ずなくなるもんだろう? 特に『滅亡録』に記載された国なんて謀殺されるほどだ。ある物は必ずなくなってしまうのが世の摂理ってもんだろ?」
「…………。それでも、無くなってほしくないから亡命をするんだろう? 命が惜しいのだろう? 同胞の安全を考えて亡命を考えるくらいだ。鬼族のことを考えての結果ならば、その安全――私が保証しよう。私も鬼だ。父も鬼不神にも話をつける。絶対の安全を保証する。それならば……」
「余計にだめだ。その言葉信用できない。他種族は都合のいい事を言って丸め込むからな。そんな嘘につられはしない」
決意を固めて王子は蒼刃に向けて虎視眈々とした言葉を並べて交渉を持ちかけたが、どれも不発に終わり、撃つ球も無くなってしまった王子はぐっと奥歯を噛みしめ、顎に違和感と言えるような力を感じながら王子は蒼刃のことを見る。
睨みつける……という行為を和図Kに出しつつ、疲れを感じさせるようなその顔を見せながら王子は蒼刃のことを見ると、蒼刃は腰に手を当てて王子のことを見下ろしながら鼻で笑っている。
はたから見ても馬鹿にしているとしか言いようのないその顔を見せつけながら蒼刃は王子の言葉を敢えて待っている。
そう……、全てに於いて論破をする意気込みを持っているかのように構えている面持ちで、蒼刃は王子の言葉を待っていた。
顔を見て分かってしまう様な――論破しますという顔を見せつけながら……。
そんな顔を見たからと言って王子の堪忍袋が切れてしまうほど、王子は短気ではない。むしろ気長で滅多に感情的に怒るようなことはない。王子自身怒るという行為を行わない性格で、よく言うと我慢強い性格でもあった。だからなのかあまり感情的に怒ることはなく、王子は冷静な面持ちで蒼刃の心を突き動かすように頭をフル回転させる。
回転させ、思考の中に出てきた言葉を脳内で見た瞬間――王子は一瞬考えるように少しの間目を瞑ったが、その瞑りもすぐに終わったかのように目を開け、開けたと同時に王子は蒼刃のことを見た後、小さな声で零す。
小さく、蒼刃に聞こえるように、王子は躊躇いを感じさせるような音色でこう言ったのだ。
これしかない。
この言葉でしか、こいつを動かすことができないのか……。
そんな悔しさを抱き――
「……そうか、それならば……、桜姫がこの後どうなったとしても、お前は協力をしないと宣言するのだな」
「………………………何? なんでここで桜姫の名前が出て来るんだ」
王子は言う。心士卿が言った勘をほのめかすように王子は蒼刃に向けて……、『桜姫』と言う言葉が出た瞬間見下すその目を驚きと混乱、そして僅かな怒りがこめられているその眼を、空気を、僅かに光を帯びている角を王子に見せつけながら蒼刃は聞く。
心なしか、辺りが寒く感じると同時に衣服がなぜか無風に近い空間内で靡く。
その二つの異変を体で感じた王子は即座に違和感が出たその箇所を見下ろし、肌を衣服越しで撫でると己の視線を蒼刃に向けて、心の中で彼は思った。
――よし。食いついたな。
――少々荒いやり方だったが、これで蒼刃が考えを改めてくれればそれでいい。考えを変えることを言うんだイェーガー。
――このまま、こいつの思考を捻じ曲げるんだ。
――その捻じ曲がった思考を、完全なる真っ直ぐではないができる限り真っ直ぐにして!
そう心に誓うと同時に、王子は蒼刃に向けて畳み掛けるように告げる。
彼に協力を仰ぐように、それと同時にこれから起きようとしていることを伝えるために、王子は蒼刃に向けて言い放った。
「ボロボの大臣のことを覚えているか? ディドルイレス・ドラグーン大臣。前大臣の弟にあたる存在だが、その大臣はこのボロボで何かを企てている。しかも、鬼族を使って何かをしようとしているみたいだ」
「っ!? 鬼族を……!? 誰を使うつもりだっ!」
「誰なのかはわからない。心士卿曰く私のことも見ていたというが、鬼族は角に己の力を集約させる。角なしなど興味などないだろう。なら角がある存在ならば? 角があり、それと同時に八大魔祖の力ではなく希有な力を持っている桜姫の角をディドルイレス・ドラグーン大臣が狙っていると、心士卿は推測したらしい」
「そんな……っ! なんでこんな時に桜姫を」
「成長と共に伸びるその角は、年月を追うごとに角に溜まる魔祖もどんどん肥大して蓄積されて行く。その蓄積が大きくなるまで奴が待っていたのならば? そしてその角を圧し折ってでも乳母覆うとしていたのならば、また鬼の犠牲が生まれ、その犠牲と共に大きな犠牲が双方で出てしまうぞ」
「っ!」
「双方、そうだ――鬼族とこのボロボに住む住人達の犠牲だ。鬼族の数は年々数を減らしている。その人数がまた大きく減って……、いや、この言葉はお前には酷な言い方だったな。お前にとってこの犠牲は痛いだろう……」
「………………………ああ。なんであいつを……」
「さっきも言ったが、桜姫の力は他の鬼族とは違うものだ。だから狙われる。狙われないように桜姫を外に出すことなく、天涯孤独の状態にさせていたのだろうが……、それも崩れ始めている。それが崩れる前に、蒼刃――協力をしてくれ。そうすれば早急に王都から使者が来る。使者が来ればあとは王都に向かって行けばいいだけ。そして王都がお前達のことを絶対にサポートする。匿う。お前のためにもなり、お前の妹のためにもなり、お前が大事だと思っている一族のためにもなるっ。死んでしまっては元も子もない。その惨事を現実にさせないためにも――協力をしてくれ」
私も――お前達のことを全力で守ると誓う!
◆ ◆
王子は言う。蒼刃に向けて、蒼刃のことも、妹のことも、そして鬼族全員を守ることを誓うと。
その言葉に偽りなどもなければ邪な感情もない。純粋の色で混ぜられた水のように、透明度のあるその水に濁りと言う名の感情は一切ない。
まさに潔白と言っても過言ではないほどの透き通った言葉。
その言葉を聞いた蒼刃は驚きの顔のまま固まり、王子の言葉を聞いて脳裏にちらつく鬼族のみんなの顔を思い浮かべ、喧嘩をしてそのままになってしまっている桜姫のことを思い出しながら、蒼刃はぐっと口の中に溜まっている唾液を一気に飲み干すようにのどを潤し、唾液と言う液体が無くなったその口を開け、王子に向けて言葉を発した。
震えて、言葉が変な言葉になってしまいそうになる。そんな不安を感じさせるようなそれで、そして心の中に巣食う色んな感情――本当の良いのか。こいつの言葉を信じていいのか? なんで妹を狙っているんだ? 鬼族の命をどうするか。いろんな感情と思いがどんどんと頭の中をリレー形式で走って行き、彼の頭の中を混乱へと導く。
定まらない思考の中、蒼刃は王子に向けて震える口で彼は言った。
先程とは違い、本当に弱々しいそれで蒼刃は王子に向けて言ったのだ。
「………………………詳しく教えろ。いろんなこと、全部」
蒼刃のその言葉に、王子は頷き、真っ直ぐな目と声で彼ははっきりと言った。
「ああ、納得するまで教えてやる。何時間かかってでも――だ」




