PLAY11 頼みごと④
「待ったーっっ!」
「っ!?」
今まで後ろにいたのだろう……。みゅんみゅんちゃんが声を張り上げて叫ぶ。
それを聞いた私はぎょっと驚いたけど、アキにぃ達に向かってずんずんを歩みを進めると、アキにぃ達に向けて何かを耳打ちしているみゅんみゅんちゃん。
それを聞いたアキにぃはすぐに私を抱えて――
「よし、今日は早めに寝よう。そうしよう」
「そうだな。うん」
「え? え? へ?」
と言いながら、そそくさとギルドの宿泊所へと向かってしまった。
私はアキにぃに抱えられながら、アキにぃを見上げて聞く。
「みゅんみゅんちゃんから何を?」
「あ、あの子? あの子ヘルナイトと話があるって、二人っきりで話し合いたいって言っていたから……ねぇ?」
「そうだな、うん。てか、ハンナもあの子となに話してたんだ?」
キョウヤさんに聞かれて、私はただ控えめに微笑んで――
「勇気をもらいました」と言った。
それを聞いて二人は一瞬驚いた顔をしていたけど、アキにぃの穏やかな「そうか」と言う声が聞こえた。
「そう言えば、二人は何であんなに頭を」
「それは未成年が聞いちゃいけねえことだ。刺激が強すぎる」
キョウヤさんがキッと私を見てから、アキにぃを見て「な?」と同意を求める。
それを聞いたアキにぃは「そうだね! うんそうだね!」と、コクコクと頷きながら私を抱えて自室へと足を進めた……。
……一体どんな話をしていたんだろう。
◆ ◆
その頃……。
ヘルナイトとみゅんみゅんは確かに面と向かい合っていた。
みゅんみゅんは怒っているような表情でヘルナイトを睨みつけ、ヘルナイトはそんなみゅんみゅんに対して、一体自分は何をしたんだろうと思いながら思案する。
しかし思い浮かぶことがない。
むしろこれが初対面なのだが……、それでもみゅんみゅんはヘルナイトをじっと怒った目で見てから言った。
「ヘルナイト。私のこと、覚えている?」
唐突。
それを聞いたヘルナイトは、首を傾げた……。
(どこかで、会ったか?)
(否、会っていない。これが初対面だ)
(失った記憶にあるのか? いやないな。歳もハンナと同じだろう……。それなら私が記憶を失う前にいるということはありえない。生まれていないのだからな……)
ヘルナイトはそう思い至り、みゅんみゅんに言った。
「いや。会ったことはないな」
それを聞いたみゅんみゅんは、内心溜息を吐いて――期待外れ……、いいやこの場合は予想通りと言わんばかりの溜息を吐きながら彼女は思った。
――やっぱ覚えているなんてありえないかー。
――ありえたらホラーだわ……。
……みゅんみゅんはアップデートが始まる前に、ショーマ達と一緒にレベル上げに向かっていたところ、不運なのか、まだENPCのヘルナイトにばったりと出くわしてしまい、命からがら逃げてきたという苦い記憶がある。
みゅんみゅんは内心安心しながらも、今なら自我を持って、感情を持って学習するヘルナイトが目の前にいることを確認し、片手は腰に、もう片方はびしっと指をさして、彼女はさらに声を張り上げて言った。
「あんたに言いたいことがあるのっ!」
「っ? 私にか」
「そうよ!」
そう言って、みゅんみゅんはヘルナイトに向かって、叫ぶようにこう言った。
ざぁっと、夜風が吹く。
それを肌で感じながら、彼女は、靡く髪を整えずに叫んで言った。
「ハンナが言っていたわ。あんたとハンナの詠唱で、完全浄化ができるって。そして……、ハンナはみんなのために戦っているって!」
「ああ」
それを聞いたヘルナイトは頷く。ほんの少し、悲しそうな音色が聞こえたのは……気のせいではない。
みゅんみゅんはそれを聞いて、そしてヘルナイトに向かって叫ぶように、大きな声で言う。
「なら――言いたいことは一つ!」
「?」
みゅんみゅんは、すぅっと息を吸って、叫んだ。
「――ハンナを、守ってやってっっ!!」
感情と共に風が二人に向かってぶつかり、ヘルナイトのマント、みゅんみゅんの髪の毛やスカートをなびかせにかかる。
それを聞いたヘルナイトだったが、正直そんなこと、言われずとも、そう思っていた。
だがみゅんみゅんは続けてこう言った。
「あの子……、ハンナは……っ! 自分のことより他人を優先にして動くから、正直命を顧みずってことがあるかもしれないっ!」
「……………………」
「自己犠牲って言葉は重いかもしれないけど、そんな感じなのっ! だから……、あんたは騎士でしょ? 『12鬼士』なんでしょっ!?」
だんだんだが、音色に水分が含まれたかのようなそれになり、みゅんみゅん自身……、そうならないでほしいと思いながら、彼女は叫ぶ。
「――騎士なら、守りたいなら……ちゃんと死ぬ気で守ってやってほしいっっ!」
……今更ながら、みゅんみゅんの過去を語ろうと思う。
唐突に感じるかもしれない。
しかし知ってほしいのだ。彼女はこのような女性だからこそここまで必死になり、そして感情的になるのだと。
それを知ってもらいたいからこそ――ここで語ろうと思う。
みゅんみゅんこと住良木美百合の人生は、まさに地獄を見たかのような人生だった。
たったひと時だけだが、彼女の心を深く傷つけるのには最高級の地獄を見せられた。
彼女の父はとある大手企業の社長……、今でいう『ユニバース・スメラギ』という、旅行会社の社長の令嬢だった。
家族ともども、順風満帆な人生。何一つ苦痛のない人生だった……。
ある時までは……。
父は確かに商才と言うものがあった。しかしその才能だけでは、人間は務まらない。
というか、人間と呼べるのかすらわからなかった。
彼女の父は……、愛情をすべてにおいて金に費やした。
つまりは、金しか信じない男だった。
どんなことがあろうと、金。金。金――。
すべては金。リアルな話――金がすべてだと。
だからだろうか、ほかのことに関しては皆無で、ほかのことを体の弱い母にすべてを任せていた。
嫁に入った母はそれを見て、何度も説得し、そして何度も蹴落とされていった。
順風満帆だったのは……、彼女はたった三歳の時まで。
そのあとは苦痛の人生だった。
美百合の母は毎日、毎日美百合に言い聞かせていた。
『お母さんが、全部何とかするから、あなたは何も心配しなくてもいいのよ』
そんな母を見て、美百合は何かをするということをしなかった。
否……小さい子供に何ができる? できない。
そんな母の小さくて弱々しい背中を見ながら、彼女は育って……。
そして運命の日……。
美百合が六歳の時。
母は……、自ら命を絶った。しかも、自分で自分の体を傷つけるという……、残酷な結末を選択しての……、それだった……。
医師曰く、過度のストレスのせいで、こうなってしまったのだろうと言っていた。
美百合は悲しかった。悲しい他感情などなかった。
だが父はそんな話よりも、場違いの言葉を開いたのだ。
『そんな話はどうでもいいだろう。金は? 保険金はどうなる?』
それを聞いた美百合は、ぶわりと負の感情が一気に押し寄せてきた。高波のように、それは彼女のストッパーとなる塀を軽々と乗り越えて……。
美百合はそんな父の異常なそれを聞き……。彼女は思い至る。
――結局、こいつのクソ思考のせいで、クソ人格のせいで、クソみてぇなこいつに身を捧げたせいで、母は自分のことよりも父のことを優先にしてしまったせいで……、母は死んだ。
こいつに……クソ親父に忙殺された。謀殺されたんだ。
金しか愛せない父に、美百合は見限りを付けた。
ゆえに、彼女は頃合いを見て家出をした。
富を持っている家を捨てたのだ。
結局のところ、母は父にどんな感情を抱いていたのか、彼女自身知らないし、それに知りたくもない。しかしわかっていることがあった。
彼女の父は、金しか愛せない。金しか信じない。
丁度、ポイズンスコーピオンの討伐を依頼してきたあの老人と似ているところがある。
人を信じてはいけない。
それは何かがあってそうなってしまったのかもしれない。
だが、美百合の父の場合は違う。
ただ金がすべてだったのだ……。
ゆえに美百合は、金は信じない。美百合は……、人を信じようとした。心から許せる人物を……。
家出をしたのは中学校三年生の時。高校に入ってから、彼女はとある人物達を見つけてしまう。
それは……。同じ高校で、同じクラスと別のクラスメイトにいる……。
橋本華と……、霧崎翔真だった。
この二人は他の誰よりも独特な感性を持っていた。
華はお淑やかで、何より陶器みたいな顔立ちが印象的な少女と認識している。
翔真は極端に言えば、馬鹿。それだけだった。
しかし……、この二人には共通点があった。
二人共、他人を優先にし、自分など二の次にしてしまう性格だったのだ。
華はケガをしている人がいたら、その人の手当てをする。頼まれたら断れずに、してしまう。
少し押しに弱いところ。
翔真は馬鹿だが曲がったことが大っ嫌いな性格で、何か悪いことをしているところ見ると、彼はボロボロになりながら身を挺する。
そしてボロボロになって笑顔を振りまく……。絵図らはひどいので想像にお任せする……。
それを見た美百合は……、大きな波の不安が押し寄せてきた。
似ているのだ。
自分のことなど二の次三の次にして、命を絶った母に……。
美百合は、そんな二人を心配して、自分からそのストッパーというポジションでグループの輪に入っている。ゆえに……ああなってほしくない。母と同じ運命を、辿ってほしくないのだ。彼女が、心から信じた人達の惨いその様を、見たくないから。
もう……見たくない。
もう……失いたくない。
もう……私の前から、消えないでほしい……。
だから、だからこそ……、そんな我儘のようなそんな思いを乗せて、彼女はヘルナイトに言ったのだ。
ああなる前に、ああなってほしくないから、守って。
特にハンナはストレスのはけ口と言うものを知らないような、我慢強いところがある。だからもしかしたらと言うことも考えて……。
彼女の見解として、唯一ハンナの心の拠り所になっているヘルナイトに言ったのだ。
ヘルナイトはそれを聞いて、少し黙ってから彼は言った。
「ぜ「んしょじゃないっ!」っ!?」
唐突に、みゅんみゅんは怒りをぶちまけるように叫んだ。ヘルナイトのセリフとかぶるように、彼女は叫んで、そして続けてこう言った。
「答えは……、YESかNOだけっ! はっきりとっっ!」
その言葉が、彼に通用するのかわからなかった。しかしみゅんみゅんは言う。必死に、はっきりとした答えを聞くために、曖昧などこの場では必要ない。
ゆえに、彼女はヘルナイトの言葉を待つ……。
ヘルナイトは小さく頷き、凛とした音色で言った。
「――わかった」
その言葉を聞いたみゅんみゅんは、すっと怒りが収まっていく感覚を覚えた。
荒れていた波がだんだん緩やかになっていく……。
それを感じ、みゅんみゅんはずっと指していた指を下した。
そして……。
「そう……、ならいいわ」と言って、彼女はすっと踵を返して、ギルドのドアに向かって歩みを進める。
が、足を止めて、彼女はヘルナイトを見ずに……、ぐっと目元を腕で拭ってから、彼女は言った。
水を含んだような、すんっと鼻を啜る音を立てて、彼女は言った。
「――絶対、だから。頼んだわよ」
それだけ言って彼女は再度歩みを進める。
ヘルナイトはそんな彼女の後姿をただ見ることしかできなかった。
さぁっと夜の冷たくも、優しい風が吹く。
靡くマントに鎧の隙間から入る冷たいそれ。
その優しく冷たい風を感じながら、ヘルナイトは夜空を見上げる。
その夜の空と大地を照らす……、半月を……。
◆ ◆
同時刻……。
「準備はできているな?」
「ええ。もちろんですとも」
誰かと誰かが何かを話している。
人相はこの場所が暗すぎるせいかよく見えない。明かりとなってる黄色の瘴輝石があっても、その空間を照らすことはできない。
ゆらり、ゆらりと蠢くそれは、ところどころの空間を照らしている。
「なら、作戦通りに――頼んだぞ」
ゆらり。
一人の人物を照らす。そこにいたのは薄汚れた布を羽織っている人物。残念ながらそれしかわからない。
「ええ。ええ。わかっていますとも」
ゆらり。
もう一人の人物を照らす。そこにいたのは……、黒いローブに金色の長髪を伸ばし、オールバックにしている瞳孔が黒い男だった。ぎざぎざの犬歯が目立つその男はその見た目とは裏腹に、穏やかで、それでいて礼儀正しく……、前にいる布を羽織った男に言った。
「……私は、報酬次第で動きますので、信用してください」
男は黒い瞳孔を細める。にっと、笑ったようなその眼で言った。
「この死霊族の私に、すべて任せてください」
男……、死霊族の男はそう言って微笑んだ……。