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PLAY107 複雑な感情~憎しみ編~⑤

 ヘルナイトさんは言った。断言と言っても過言ではないような言い方で……。


 ――反論できます。その考えは、間違っている。


 と言ったのだ。


 その言葉を聞いた私やエドさん達は驚きのまま固まってしまい、今まで暴れているしょーちゃんのことを羽交い絞めにしていたデュランさんは頭はないけれどその視線をヘルナイトさんに向けている。


 顔がない。


 そして現在もしゃもしゃが見えない状況なのでどんなことを考えているのかわからない。


 でもその雰囲気を見てなんとなくだけどみんなとは違って落ち着いているような面持ちだった。


 そんなデュランさんとは違ってしょーちゃんは今まで暴れていたけれどヘルナイトさんの言葉を聞いて目を点にして固まってしまっている。


 今までじたばたと暴れていたそれがピタッと、時間が止まったかのように……。


 ヘルナイトさんの言葉を聞いて誰もが驚きのそれを表していた。それはアカハさんも同じで、アカハさんはみんなの様に顔を見てすぐに驚いている問うそれは出していない。でも目を見開いてヘルナイトさんのことを見ていたアカハさんは一瞬だけ呆気にとられたような顔をしていた。


 でも重鎮の名を語り、そして年の功もあってかすぐにその呆気を解き、アカハさんはそっと己の目を細めてヘルナイトさんのことを見上げた後、アカハさんは威厳を保った声に低いそれを合わせた声でヘルナイトさんに聞いた。


 明らかに――人の癇に障ってしまったぞ、貴様……。と言いたげな雰囲気と声色、威圧で。


「………何が言いたいんだ? 武神殿」

「言った通りです。あなた方は間違っていると」


 アカハさんの言葉を聞いて、声だけで次の言葉に激昂が出るかもしれないようなそんな声と雰囲気を感じたのに、ヘルナイトさんは依然とした面持ちで、変わらない凛としている音色と真っ直ぐな視線でアカハさんのことを見下ろした後――ヘルナイトさんは断言をした。

 

 間違っている。


 はっきりとアカハさんに向けて言ったけど、その言葉を聞いたアカハさんは微かに眉を顰めるように『くっ』と動かし、その顰めた顔のままヘルナイトさんのことを見て続けて言葉を発した。


 ヘルナイトさんの言う『間違っている』と言う言葉に対して――反論の言葉を。


「間違っている? それはまさか……、儂等のやっていることが間違っていると言っているのかもしれないが、それこそ矛盾が生じてしまうぞ? 貴様はつい先ほど、『あなた方のお気持ちに関して深く考えずに行動してしまったことに関しましては非があるかもしれません』と言っておったから、てっきり儂等の気持ちを理解して異国側に非があることを主張しているのかと思っておった」

「ええ。言いました。鬼族のことを思い出し、その歴史に関しても思い出したうえで私の本心を言ったまでです」

「本心……、それが本心で」

「先ほどの言葉も、『間違っている』と言う言葉も――本心です」


「? ??」


 アカハさんの言葉に対してヘルナイトさんは即答と言わんばかりのはっきりとした言葉で返答をして行く。


 しっかりとアカハさんのことを見下ろして、自分の意見を主張を述べている……、のだけど、ヘルナイトさんの言葉を聞いたアカハさんは「うーむ」と言う声が零れそうな顔の顰め方をして、腕を組んでいたその片方の手……、右手をそっと上げてその手を顎の位置に添えて考えるような仕草をする。


 顔を見ても分かってしまう――『何を言っているんだ?』と言う顔を浮かべて。


 でもその気持ちは分からなくもない。


 現に私もそんな顔をして首を傾げてしまっている。


 本当にアカハさんの言った通り――ヘルナイトさんの言葉に矛盾を感じてしまい、一体何を言っているんだろう……。という顔が出てしまうほど、私は傾げてしまった。


 さっきヘルナイトさんは『私達の言葉にも行動にも非があるかもしれない』と私達の行動に関して、特に京平さんの行動と言葉に対して非があることを指摘した。でも今は違う。


 今は――鬼族の行動に対して、間違っていることを指摘して……。


 最初は私達 (特に京平さん)への指摘をして、でも鬼族がやってきたことに対しても指摘して、でも最初に言った言葉も本心で変わっていない。鬼族の言葉にも偽りなんてない。


 えっと……、結局のところヘルナイトさんは、一体何を言いたいのだろう?


 と言う結果が私の頭にこびりついてしまい、そのこびり付きの所為で私は現在首を傾げている。アカハさんもきっと同じ気持ちだ。


 ヘルナイトさんは正直に言葉を発している。それはもしゃもしゃを見ても明白で嘘と言う濁りというかよどみがない。だからこそ私は傾げてしまったのだ。


 私達が悪いということも、アカハさん達鬼族がしたことに対しても悪いと言う事も正直な回答で、結局――()()()()()()()()()という疑念を生んでしまい、両方の非を批判しているようなそれになってしまっているのだ。


 どっちつかず。


 一体どっちの意見に対してヘルナイトさんは賛成しているのか、どっちの味方なのかがわからないようなその言葉に、私達やアカハさんは首を傾げることしかできずにいた。


 本当に、一体何を言いたいの? と聞いてしまいたいくらいの矛盾で言うヘルナイトさんは私達の感情とは対照的に冷静で、前の言葉の続きを畳み掛けるように……、じゃないな。前の言葉に対して不手際みたいなものを感じたのだろう。ヘルナイトさんはアカハさんのことを見下ろして、少しだけ考えるような仕草をした後で続きの言葉を口にする。


「…………。失礼。これではあまりにも矛盾をしているように感じてしまいますね。率直な意見として述べたのですが……。甲としか言いようがなかったのが本音です。実際、()()()()()()()()()()()()。納得できる言葉で、双方の言葉を聞いても正しいように聞こえたのが本音でもあり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言った方がいいのかもしれません」

「! つまり――武神殿はこう言いたいのか?」


 ヘルナイトさんの言葉を聞いたアカハさんは一瞬息を詰まらせるような声を一瞬……、本当に一瞬だけ零すと、その声を消すようにアカハさんはヘルナイトさんのことを見上げて言った。


 神妙な面持ちで、少しだけ度言いたいことが分かったような、そんな面持ちで……。


「『儂等鬼族の過去を知ったうえで儂等の所業を、行いの意味と気持ちを理解し、そして何も知らない国の小僧たちの言葉にも理解できる。そのうえでお互いのダメなところも理解した』とでも言いたいのか? そんな聖人まがいな思考を、学び舎の輩もどきのような戯言を儂等に向けて言い放ったと言う事なのか?」


 と聞くと、その言葉にヘルナイトさんは頷きのそれを示し、アカハさんの言葉に、私達の言葉もアカハさんの気持ちもよくわかるけど、どっちにも非があるという仮説の言葉を肯定した。


 いうなれば――一種の証明。


 その証明を聞いた後ヘルナイトさんは、驚きと神妙のまま固まっているアカハさんに向けて、静かに言葉を落とす。


 ヘルナイトさんが示してくれた一種の大雑把であまりにも脆い証明を、的確で強固の証明に変えるように……。


「鬼族の過去を思い出し、そして赫破殿の話を聞いて、鬼族の憎しみは想像以上であることを改めて知りました。サリアフィア様から話を聞いていたのですが……、実際あなたの口から、あなたの言葉で聞いた時、憎しみと言う存在が想像以上であること同時に、この憎しみを消すことは不可能であることを痛感しました。通常の憎しみであれば『憎んでいても仕方がない。忘れて前に進め』と言う言葉をかけることが妥当だと思いますが、その言葉は鬼族にとって、あなたにとっても妥当ではない。言ってはいけない言葉になってしまう。肉親を、親しい者達を、愛する者達を幾度となく心無い者達によって失ってしまい、奪った者達は失った者達の大切なものを売って悠々自適に生活をしている者達のことを『忘れる』こと自体……、屈辱に等しい。殺した相手のことを忘れて、殺される運命を受け入れることは出来ない。その気持ちはわかります。『六芒星』もその気持ちを抱いて革命と言う名の行動を行っているのですから……」

「あの野蛮一族共と一緒にするな。それにあいつらはそのまま増殖が進んでしまうと生態系を大きく壊してしまう可能性が高いとみなしたからこそ『滅亡録』に記載した。人食鬼族(オーガ)が妥当なそれだ。確か……、『人食鬼英雄(オーガ・チャンピョン)』とか言っていたが、そんな一族こそが記載されるべき存在でもある」

「そうです。あくまで『滅亡録』は生態系を崩してしまう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でもあり――私欲を得るために作られたものではないことも理解しています。ですが現状は残酷で、国のためを思って作られた『滅亡録』は邪な者達によって利用され、結果として『滅亡録』は悪魔の書物となってしまい、罪のない種族達が苦しんできた」

「そうだな。儂等以外の種族達も邪な者達に狩られ、そして死んでいった」


 儂等と同じように、邪な者達の仕業によって……。


 そう言ってアカハさんは溜息を深く、深く吐く……。その言葉を聞いていたヘルナイトさんは無言のままアカハさんの言葉に耳を傾け、その言葉を聞いていた私達は――ただただその話に耳を傾けることしかできなかった。


 間に入り込むなんてことをせず、ただその話に耳を傾けるという行動一択で。


 この場合、ヘルナイトさんとアカハさんの話を聞いていたのであれば、どこかで話を遮って割り込む行為があってもいいのかもしれない。それはしょーちゃんが最初にした割り込み行為がそれであり、それがなかったらもっと早めにこの言葉に辿り着けると思う。


 ううん。そんなことがあったとしても、デュランさんがしょーちゃんのことを止めないでしょーちゃんがアカハさんやヘルナイトさんの間に入ったとしても、この状況になっていたかもしれない。


 必然。


 必ず来る。そう来るべき運命だったのかもしれない。


 アカハさんから告げられた鬼族のこと、そしてヘルナイトさんの口から告げられたこの国の黒い部分を聞いてしまったら、誰であろうとも無言になって話に耳を傾けてしまう。遮りなんてかける余裕も、その行為でさえも忘れてしまうほど……。


 このアズールにある歴史書『黙示録』と、ブラックリストでもある『滅亡録』。


 その書物はこの国にある物でなくてはならないもの。この国の存亡を記し、そして滅亡を回避するために記されたものでもある。


 そう。存亡のために、この国のバランスを考えたうえで記される書物。


 それを金に目がくらんだ人達は利用した。効率よく金を手に入れるために国にとって何にも危害を加えていない鬼族を陥れた。


 オーガのオグトの様に、食欲のために、力のために()()を行ってきたからこの国のバランスが崩れてしまうから『滅亡録』に記載されてしまった。


 でも鬼族はそんなことはしていない。どころか普通に普通の生活を送ってきたのに、鬼族は騙されて謀殺されることになり。


 この国のことを考えた書物が仇となって、そしてこの国特有のルールによって、鬼族は今の状況に追い込まれ、今の人格を形成することになってしまった。


 これは……、この国の法が、歴史と消滅を綴る本が生んだ悲劇。


 なのかもしれない……。


 そんなことを思っているとヘルナイトさんはアカハさんの言葉に対して耳を傾けた後、続きの言葉を言おうとして一旦呼吸を整える。


 すぅ。はぁ。と、よく合掌をする時に行うカンニングブレスの様に、ヘルナイトさんは気付かれないように深呼吸をした後、アカハさんのことを見て続きの言葉を凛としている音色で言い放つ。


 アカハさんのことを見て、真っ直ぐな気持ちを伝えるために。


「あなた方が歩んできたその苦難の道は、共に体験をしないとわからない。言葉だけの苦しみを分かち合うことはあなた方にとってすればただの慰めにしかならないと思います。ですがそれと同時にあなた方が歩んできたその苦難の道は過酷そのものだったと言う事、その感情に関して……、私は反対の言葉など上げません。理不尽な感情によって奪われ、理不尽なまでに崩されてしまった人生を歩み、過去の出来事に戻れれば戻りたいその気持ちも、今日まで温め育ててきたその膨大な憎悪も……否定などできません」

「否定……か。真っ直ぐな思考をお持ちの鬼士様であれば、儂等の行動など異常と見なすかもしれんのに、これはまさかの返答じゃな」

「…………、もしかすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、今の私にはそのような選択肢はないです」

「? どういうことだ?」

()()()()()()()()()()他愛のない言葉です。お気になさらず。ですが、この選択以外の言葉が出たからこそ私は思ったのです。あなたはあなた方自身の判断で言えば正しいと思っているかもしれない。しかしそれは間違いの判断だと……」

「………………」

「赫破殿、あなた方一族は、鬼の一族は邪な種族達、特に人間族の謀りによって多くの同胞を失い、国を追われ、現在の状況に根を張っている。そしてその悲しみ、怒りが日を追うごとにどんどんと黒く染まり、そして憎悪と言うものを生んだ瞬間、あなた達重鎮四人は復讐の権化と化し……、他の種族に対し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは紛れもない意趣返しのやり方。且つ……、復讐の火を消すための行動。今まで鬼族が受けてきたことを考えると、それもあり得るかもしれないと思います。ですが、あなた方がやっていることは――もはや異常です。これが、私が言うあなた方に対してのその考えは、間違っているという答えです」

「異常? 何が異常……、と言いたいところだが、確かにそうかもしれん。今まではそんなこと考えることもなかった。()()()()()()という認識していたからな。他人に言われて初めて痛感することだな。己の行ってきたことに対して――初めて感じた」

「初めて感じた……。ですか。と言う事は、今までは気付かなかった。という答えでいいのですか?」

「ああ、薄々何かが変だというそれは感じていたが、今更だがもしかするとこれは一種の洗脳なのかもしれん。催眠に近いようなものなのかもしれんと感じている」


「………洗脳」

 

 ヘルナイトさんの言葉……、アカハさんのことに対して、反論できる。そして間違っている答えを聞いて私は理解した。きっとみんな理解したに違いない。


 ヘルナイトさんが間違っていると言ったのは――アカハさん達が抱いている憎しみに対して、その憎しみの暴走を関係のない人たちに向けていることに間違っていると指摘したのだ。


 アカハさんの言葉から零れた『洗脳』と言う言葉を聞いた時、私は昔聞いた話をふと、今まで何も思い出さなかったのに、その言葉を聞いた瞬間急速の勢いで昔に記憶が脳内に入り込んで、その映像が確認と言わんばかりに映し出された瞬間――思い出した。


 昔――輝にぃから聞いたお話を。



 □     □



 輝にぃはあの時、大きな罪を犯した人から聞いた話を文章にしてまとめていたのだけど、その内容があまりに悍ましいものであったので、正直これを書いて世に出した方がいいのかと悩んでいた時、私はお祖母ちゃんと一緒にその話を聞いていた。


 あの時は多分、小学校に上がったばっかりだったからあまり理解できていなかったし、難しい言葉ばかりで多分聞き流してしまっていたけれど、今思い出したら輝にぃが悩んでいたことが分かった。


 何に悩んでいたのかがわかった。


 そう……、全く同じなのだ。


 輝にぃが悩んで、これを書こうか書かないか悩んでいた内容と、鬼族の人達がしてきたことが同じなのだ。


 偶然なのかもしれないけれど、確かに輝にぃはあの時こんなことを言っていた。


 思いつめているような顔で、本当に悩んでいる。本当にこれを世に出して、伝えるべきものなのか。そんなことを永遠と思い悩んでいる。思いつめているような面持ちと音色で輝にぃは言った。


『お祖母ちゃん。今回僕が聞いた話は本当に世に出していいものなのかな? その人は僕に対して、『これを世に出してほしい。二度と自分のような人を生み出さないためにも、必ず出してほしい』って頼まれたけど、正直僕は、これを世に出して大丈夫なのかって思ってしまうんだ。細かい内容は伏せるけど、その人は幼少時代いろんな人達にいじめられていたんだけど、大事にしたくない一心で我慢してきたんだ。でもその我慢も限界になったらしく、堪忍袋が切れると同時にその人は暴れまわったらしいんだ。軽傷重傷、意識不明の人や、最悪……、死者が出る程、その人は犯罪に手を染めていった。今まで自分のことを馬鹿にしてきた人達の所に赴いてまで……、その人は憎しみの限りを尽くした。今までの怒りがそのまま今になって爆発して、その爆発が連続で起きているような……、まるでダイナマイトの様に連続で爆発したかのように、その人は犯罪を犯した。気付いた時にはもう自分の手は黒くなっていたって……。それと同時に自分はとんでもないことをしてしまったって、その人は言っていた。それを聞いた時、その人のことを見た時、僕思ったんだ』


 元気をなくしている……。


 今でいうところの憔悴しきっている輝にぃのことを見てお祖母ちゃんは優しい音色で『何をだい?』と聞くと、輝にぃは俯き、そして項垂れるようなその行動をしながら小さな声で言った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って、この時思ったんだ』


 輝にぃの言葉を聞いたお祖母ちゃんは、一瞬だけ口を噤み、そして悲しそうな顔をしていたけれど、小さかった私はなんで二人共悲しそうなそれを出しているのだろうと思って首を傾げているだけ。そんな私がなぜそんな場所にいるのかはもう忘れてしまったのだけど、そんな状況の中輝にぃは俯いた状態で続きの言葉を小さな声で呟く。


 本当に、消えてしまうのかもしれないと言っても過言ではないような、そんな声の声量で。


『その人は見た限り普通の人で、本当に普通の生活をしていて、普通に人生を全うしようとしていた五十代の人だった。僕が見た限りなんだけど、犯罪を犯すような顔なんてしていなかった。面会の時、その人はしきりに『なんてことをしてしまったんだ』って言って後悔しながら僕に話していた。何度も何度も『ごめんなさい』って言って、その後『自分の憎しみを抑えることができなかった』って。その人は言っていた。この時はストレスが爆発した最悪の結果だと警察の人は言っていたけれど、そう思えなかった。というか……、もしかしたらっていう可能性をふと思ってしまった瞬間、急に怖くなったんだ。今回の人は憎しみ……、今まで積み重ねていった感情のせき止めが今回のことをきっかけに決壊してしまって、それが暴走してしまった。誰もが抱くであろうその恨みが積み重なって、それが今になって爆発してしまった。人は他人に対して怒りを抱いたり、嫌いな相手に対して嫌悪と言う名の負の感情を抱く。それは僕自身も理解しているし、それを抱いていない人は聖人しかいないと思う。だからその感情に対して馬鹿にすることはしないよ。僕が思ったのは、もしかしたらという可能性を思い描いたからこそ、怖いと思ってしまったんだ。その人に対してではなく、()()()()()()()()()()()()()()()、もしかしたら僕自身も……と思ってしまった瞬間、怖くなった。こんなの書いたら……、もしかしたらと思ってしまって、書くことを拒んでしまった。ねぇお祖母ちゃん――僕はもしかしたら、作家失格かもしれない。偽りなんてない真実を書く作家なのに、架空の世界じゃない現実の真実を書くのが仕事なのに、この真実だけは書きたくないって思ってしまった』


 そう輝にぃは言っていた。お祖母ちゃんは輝にぃの話を聞いて頷きながら輝にぃの肩に手を置いて宥めていたけれど、わがままでその場所にいた私にとってすれば難しい内容で、あまり聞いていなかった記憶があったけれど、今になって思い出して、そして理解した。


 輝にぃがあの時怖がっていたことは――今私達が直面していることであり、輝にぃはきっと、アカハさん達のようになりたくないと思ってしまった。だから書きたくないと思ってしまったんだ。


 小さい時はあまり理解ができなかった内容だけど、今になって理解してしまう。


 わかりやすいけれど奥があって、そしてそれに嵌ってしまうと恐ろしい――人間の仕組み。


 それは人の中にある感情によって生みだされる黒い感情で、その黒い感情は誰しもが抱いて、そして抱える感情。


 抱くこと自体罪にはならない。人間の感情上――避けられないことであり、それは生涯寄り添うかもしれないものでもあれば、思わぬところで消化して無くなってしまうものだけど、それが最悪の場所に向かって行ってしまうと、人はその感情の思うがままにされてしまう。


 感情の操り人形とかしてしまう。


 感情の思うがまま間違った道を辿り、そして最悪のどん底へと突き落とされていく。最後に残るのは……、行ってしまったことへの、その感情の思うが儘に突き動かされたという己の叱責だけ。


 そう……、憎しみと言う感情に、あの時の輝にぃは恐れていたんだ。なんで恐れていたのかはわからないけれど、それでも今になって私は輝にぃの気持ちを理解して、そして思った。


 私も、こんなのは嫌だ。と……。そう思ってしまう。


 永遠とも云える憎しみの操り人形になって、そして一生をその憎しみに捧げて生きる。


 そんな負の連鎖まみれの人生なんて、その手が洗っても落ちない真っ赤なそれのままだなんて嫌だし、それに、そんなことを何度もしているアカハさんのことを、可哀そうと、そう思ってしまった。


 そう思うと同時に――


「――!」


 私ははっと息を呑んだ。そして、ヘルナイトさんのことを、彼の背中を見上げて、私は確信した。


 ヘルナイトさんが言いたいことを、アカハさんに対して言いたいことを理解した時、ヘルナイトさんはアカハさんに向けて凛とした音色で言った。

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