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PLAY107 複雑な感情~憎しみ編~④

「お待ち下さい」


 と思ったその時、唐突にアカハさんの言葉が意図的に遮られ、その声を聞いた誰もが驚きの顔をして声の主に視線を向けた。


 私もその一人で、アカハさんも「おっ」と小さな驚きを顔に出しながら声を放った人物――ヘルナイトさんに向けて視線を向けた。


 ヘルナイトさんは凛とした声を上げ、アカハさんのことを見て軽く左手を上げて言葉を発したその行動のまま動きを止める。


 さながら挙手をしているような……、掌を見せつけて『(とまれ)』のそれを示しているような、そんな動作のままヘルナイトさんはすぐに驚いているアカハさんに向けて――


「確かに、あなた方のお気持ちに関して深く考えずに行動してしまったことに関しましては非があるかもしれません」


 と、はっきりとした声で言うヘルナイトさん。そしてはっきりとしている言葉に対して更なる驚き――衝撃を受けた私達は驚きの顔を高速……、とまではいかないけど、そのくらいの速度でその視線をヘルナイトさんに向ける。


 さながら『ぎょっ』と言うその顔で。


 ぎょっとした顔のままヘルナイトさんに視線を向け、驚きと愕然、そして苦痛の衝撃を受けたと言わんばかりの顔で私はエドさん達はヘルナイトさんのことを見る。そして反論と言わんばかりに――


「えぇっ!? 何言ってるんだよヘルナイトッ! あんた俺達の仲間だろう? なんで掌返すんだよっ! やっぱり母国愛好家かこの野郎っ! 見損なったぞこの野郎! って聞けよっ」


 しょーちゃんが前に躍り出るように左足を前に出し、その左足と同時に出た左手でヘルナイトさんのことを指さして反論……、感情任せのその言葉を吐く。


 でもヘルナイトさんはその言葉に対して答えるどころか聞いていないのかと言わんばかりに無言を徹している。


 そんな背中を見てしょーちゃんは再度叫ぶ。泣きそうな音色で……。


 しょーちゃんのことはさておき。


 その隣で聞いていたデュランさんもヘルナイトさんの言葉を聞いて驚いているのだろう……。顔はないけれど驚きの声で「んっ!?」と言う声を出して、体の向きをヘルナイトさんに向けているのだ。驚きを体で表現しているデュランさんもヘルナイトさんのこの言葉は想定外だったのかもしれない。


 ……私自身も想定外で驚きを通り越して愕然だ。


 こんなことを言ってしまうと子供っぽいと言われてしまうかもしれないけれど……、正直私はヘルナイトさんは私達の――京平さんの言葉に対して助け舟を出すのかもしれないと思っていた。それはいつも助けてくれて、この国のことも大事に思っているからこそ、双方のことを考えての言葉を言うのかと思っていた。


 でも、その考えは今回ばかりは甘い考えだったみたい……。


 さっき、デュランさんとヘルナイトさんは頭を押さえる仕草をしながらアカハさんの言葉に耳を傾けていた。


 その動作は記憶を思い出した時の仕草でもあり、きっとアカハさんの話を聞いて鬼族のことについて思い出したのだろう。多分……。


 一体何を思い出したのかはわからない。でも、それでもヘルナイトさんならきっと、と言う淡い希望を抱いていた。


 私達のことを考えつつ、鬼族のことも考えた言葉をかける。


 いつもそうだったからきっと今回も……、なんて考えていたけど、世の中そんなに甘くなかったみたいだ……。ヘルナイトさんの言葉を聞いて私はショックを受けると同時に、あぁ……、そうだよね……。と思い、私はなんだか沈んだ気持ちでヘルナイトさんの言葉を静かに呑み込む。


 理由はこういうこと。


 アカハさんが言ったこと――自分の種族、鬼族が欲望に駆られた者達の企みによって『滅亡録』に記載され、その記載と同時に略奪者に、国に命を奪われてしまう。滅ぼされてしまう危機に瀕していた。


 命の次に大事な角を圧し折られ、心も体もズタボロにされた鬼族達は、アカハさん達はその企てを行った輩達に対し、というか、鬼族以外のすべての種族に対して憎しみを抱いている。それは子々孫々引き継いでいるらしく、シチさんも私達他種族に対して快いそれを抱いていない。


 どころか……、剥き出しの嫌悪だった。


 他種族に対して異常なほど恨んでいるアカハさん達のことをよく知らないでいた私達……、というか、その感情の質を知らなかった私達……というか京平さんがアカハさんに向けて反論をしたのが今回の発端。


 でもこの発端を生んだのは昨日のシリウスさんの件でリカちゃんが落ち込んでしまったことが原因で、京平さんはそんなシリウスさんのことが大好きなリカちゃんを悲しませた原因の人物……、シリウスさんの状態を変えてしまったアカハさん達に対して『そんなねちっこいことをして楽しいのか?』と言ってしまったのが、こうなってしまった原因。


 一時はアカハさんが頭痛に苛まれて一瞬驚いてしまったけれど、その後アカハさんは何事もなかったかのように私達に鬼族のことについて話してくれたことで、鬼族のことを、鬼族の過去を、そして……、鬼族の憎しみがどれだけ深いのかを語ってくれた。


 私が、みんなが考えるよりも相当深くて根強い憎しみ。


 その憎しみをわからなかったとはいえ、京平さんはきっと、アカハさん達の行動をただの嫌がらせとして受けていた。だから『楽しいのか?』と追及をしてしまった。


 でもよくよく考えたら……、何も知らない私達がアカハさん達に対して説教をする資格なんてないのだ。


 鬼族と言う存在のことを、過去を知らないのに、偉そうに『そんなことをするなんて恥ずかしくないのか? やめたまえ』なんて言うこと自体おかしかったんだ。


 心の底から恨みを抱いている人にその言葉はまさに火に油。逆撫でに等しい行為。


 知らなかったからと言って鬼族にとってすれば……『人の気も知らないで何偉そうに言っているんだっ? 苦労も何も知らないくせに『何がそんなことをして楽しいんですか?』と言って自分達が最も正しいことをしていると思い上がるな』と言っているのと同じこと。


 憎しみと言うものは永遠に消えない。


 忘れろと言われても早々忘れることなんてできないのが人間の短所。人の短所。


「憎しみをきれいさっぱり消せなんて、絶対にできないことだよね……」


 そう私は独り言のように呟く。ぼそりと小さな声で、自分にしか聞こえない声で呟く。


 今までこの世界を旅してきたけど、こんなにも憎しみと言う事について、人の……、と言うかこの世界の闇を知ってしまい、それと同時にその闇の中であらばい生きている人の気持ちについてはあまり考えていない。


 今までは邪な悪い人達や私達に協力してくれる優しい人達がほとんどだったから、ここにきて心の闇というものに触れて私は思ったことを口にする。


 何故か……、()()()()()()()()()()()()()()()()()ような、そんな感覚を感じながら。


 すると――


()()()――」

「?」

『?』


 はっきりとした音色で私達の非について肯定のそれを言っていたヘルナイトさんが、続けるような声でアカハさんに向けて言い放つ。その言葉にアカハさんは頭に疑念のそれを浮かべているような威厳交じりのそれを顔に出し、私達が首を傾げながら頭にそれを描く。


『ですが』


 その言葉はまさに接続詞で、その後に続きがある言葉。


 その言葉を聞いたアカハさんは九官鳥の様に「『ですが』……、なんだ?」とヘルナイトさんに向けて腕を組み、そして疑念の音色で聞くと、ヘルナイトさんは言った。


 いつも通りの、凛としていて、何の迷いなんてない音色でヘルナイトさんは言った。上げていたその手をそっと下し、その下ろした手を腰に携えている短剣にそっと乗せながら――


「私は彼等がしたことは、正しい事だと思います」

 

 と、はっきりとした音色で言いきったのだ。


 言い切った瞬間、一瞬、本当に一瞬だけ静寂と言う空間が辺りを包み、その空間だけ全く別の空気が漂い始めていた。煙草の煙の様に、もやもやと楕円形になったり消えかかったりという、空気と言うそれに成りきれていないけれど成ろうとしている――中間……、中途半端な静寂の空気。


 そんな空気になった理由は……、言うまでもないけれど、ヘルナイトさんの言葉に、矛盾が生じたからだ。


 最初ヘルナイトさんは言った。


『確かに、あなた方のお気持ちに関して深く考えずに行動してしまったことに関しましては非があるかもしれません』


 と、最初は私達が悪いというそれを零して――はっきりとした言葉でそう言った。


 それはまさに私達の行動が間違いと言っているような言葉。


 その言葉に私達はショックを受けたのは言うまでもない。


 でもそのショック浮き飛ばすように、ヘルナイトさんは続けてこう言ったのだ。


『ですが、私は彼等がしたことは、正しい事だと思います』


 その言葉はまさに私達がしたことに対しての――肯定。


 否定の言葉からの肯定。


 これは予想外と言うか、こんなこと言われることなんて想定していなかった。アカハさんの言葉も予想の斜め上だったけれど、ヘルナイトさんのこの変化球は驚き以外の感情が全く出てこない。ううん――ヘルナイトさんの考えていることがわからない。と言わんばかりの困惑の方が勝っていたのかもしれない。


 最初こそ『私達の言葉は不適切であった』から、『正しいことをしている』と言うまさかのどんでん返しのような言葉。驚かない方がおかしいかもしれない。


 その言葉を聞いていたアカハさんは驚きの顔をすぐに消して、すぐに威厳の顔に戻した後、アカハさんはヘルナイトさんに向けて聞く。腕を組んで、鼻で息を吐いた後アカハさんはヘルナイトさんに向けて――


「武神とあろう御方が何を言っているんだ? 始めは『悪いことをしてしまって申し訳ない』と言ったにも関わらず『こいつらがしていることは正しい』とは、矛盾していると思うが、武神殿は一体何を考えでしょうかな?」


 と、私と考えていることが一緒の内容のそれを口にして、ヘルナイトさんに直接聞いたのだ。


 一体何が言いたいんだ? と……。最後だけ少しの小馬鹿にするそれを含めながら (アカハさん自身はそんなこと考えていないかもしれないけれど、第三者が聞くとそう聞こえてしまう……)言うと、その言葉を聞いたヘルナイトさんは――すぐに答えなかった。


 一旦間を置くように少しの時間アカハさんのことを見て無言を徹している。その無言に対してアカハさん自身も同じような状態になってヘルナイトさんの言葉を待ち、私達もその場所の空気に呑まれるように無言になってヘルナイトさんの言葉に耳を傾ける態勢になる。


 いつでも聞き漏らしがないように――聞き耳を立てて。


 ごくり……。


 誰かが喉を鳴らした。


 それはまさに固唾を飲むという言葉が正しいような、その言葉を体現したような音で、誰がその行動を行ったのかはわからない。どころか見る余裕なんてない。私もみんなも――ヘルナイトさんの言葉に耳を傾けることに集中していたから。


 空気が少しだけピリッと張り詰めているかもしれない。でもそんな空気なんて感じられないほど私達は次の言葉……、ヘルナイトさんが放つ言葉に耳を傾け、その状況の中――ヘルナイトさんはアカハさんのことを見て言葉言い放った。


 相も変わらずともいえる様な――凛としている音色で、はっきりとした言い方で……。


「矛盾はしていないです。私は彼等があなた方に対していったことは確かに不適切ではありますが、それでも――正しいことをしていると、そう言っただけのことです」


 と言った。はっきりと、今までの言葉を含めた言葉をアカハさんに向けて。


 その言葉を聞いた時アカハさんは再度首を傾げそうな怪訝そうな顔をしてヘルナイトさんのことを見て、腕を組んだ状態で肩で溜息をするような動かし方をすると、アカハさんはヘルナイトさんに向けて、困惑をしている私達のことを置いてけぼりにしながらヘルナイトさんに向けて聞く。


「……どういうことだ?」


 アカハさんはヘルナイトさんに向けて――一瞬威厳を持っていたその顔に曇りのようなその顔を見せた瞬間、アカハさんはヘルナイトさんに向けて疑念のそれを零す。


 本当に、言葉通りのその感情を出しながら……。


 そんなアカハさんに向けてヘルナイトさんは先ほどとは違って間を置くことなく返答の言葉を滑らせた。


「先にお伝えしますが、私は……、いいえ。私達『12鬼士』は『終焉の瘴気』を倒すために死闘を繰り広げましたが、死闘虚しく敗れてしまい、そのショックなのか私た……、いえ――ほとんどの『12鬼士』が記憶を失いました」

「ほぉ。記憶を……」

「はい。敗れた後目覚めた時には――動く亡霊だったと思います。あてもなく、目的でさえも忘れた状態で、ただただ何かを果たすために歩いていた。そんな感覚を今でも思い出します」


 ヘルナイトさんの言葉を聞いて、アカハさんは初めて知ったのか驚きの声を小さく零し、その言葉を聞いたヘルナイトさんも頷きながら続きの言葉を零す。


 途中で『私達』の所を『ほとんどの『12鬼士』になぜ変えたのかはわからないけど、それでもヘルナイトさんは続けてアカハさんに向けて言う。


 普段通りと変わらない凛としているその音色で右手を上げて、その手を自分の頭……、側頭部に添えながらヘルナイトさんは話の続きを言った。


「ですが、この者達……、異国の冒険者の者達と一緒に行動し、『八神』の浄化をしながら旅をして行くうちに思い出してきたこともあります。色んな想い出、サリアフィア様との思い出、己のこと、そしてこの国のこと……、鬼族のことも、つい先ほど赫破様から聞いて思い出しました」

『!』

「ほぉ、それまではまさか……、忘れていたのか?」

「お恥ずかしい話ですが……」


 ヘルナイトさんの言葉を聞いて私やみんなは驚きの顔を出すと同時にその顔のまま固まってしまう。勿論――驚いた理由は鬼族のことについてで、私自身やっぱり思い出したんだ……。と思いながらヘルナイトさんのことを見ていたのだけど、アカハさんはそんな私達とは正反対の怪訝というか、まるでヘルナイトさんの言葉を嘘として捉えているけれど、その嘘に技と乗っかっているような……、そんな顰めた顔をしてアカハさんが聞くと、ヘルナイトさんは少しだけ視線を落として返答をした。


 ヘルナイトさんの話を聞いたアカハさんは無言のまま彼のことを見上げ (アカハさんの身長はきっと平均よりも大きいかもしれないけれど、ヘルナイトさんの方が大きいので見上げてしまう形になってしまう)、腕を組みながら小さく息を鼻で吐く。


 鼻で溜息をしているような、そんな感じで……。


 アカハさんの雰囲気、そしてアカハさんのもしゃもしゃの動きから察するに……、うねうねとなんだか不穏そうに蠢いている黒に近いような暗い色のもしゃもしゃを見て――アカハさんはヘルナイトさんの言葉を信じていないことを理解してしまう私。


 ヘルナイトさんが言っていることは本当なんだけど、私自身も最初、ドキュメンタリーでよく聞くことと思うと同時に、記憶がないことに対して悲しい気持ちが流れ込んできたことを記憶しているのだけど、どうやらその感性は私にしかなかったらしい。


 普通の人……、というか普通の思考を持っている人からして見ると『記憶がない』と言う言葉はあまり快くない言葉であると同時に疑念を抱いてしまうのと同じくらい信じられない言葉なのだろう。


 アカハさんのことを見るとそんな顔が威厳を盛った顔から見え隠れしている。


 そんなヘルナイトさんから聞いた事実 (アカハさんからして見ると嘘かもしれないような情報)を聞いたアカハさんはヘルナイトさんに向けて「それで? 続きは何なんだ?」と、ヘルナイトさんのさっきの言葉の真意を問い詰める様に聞くと、ヘルナイトさんは顔を上げ、アカハさんのことを見て頷きながら言葉を続けた。


「…………、確かに、あなた方が受けてきたその仕打ちは我々魔王族……『12鬼士』の耳にも入りました。そのきっかけを生んだ存在達、厳密には欲に駆られた人間族の企みによってそこうなってしまったことも、全部」

「全部か……。流石女神を守る存在達だ。そのくらいの情報が入らなければ最悪――女神を危険にさらしてしまうやもしれんが……、貴様達は『女神を守る魔王族の鬼士団』にして『()()()()()()()()()』、正直……、一時期は思ったことがある。『なぜこの竜の国に出没し、当時の竜騎士団を半壊まで追い込んで追い詰めていた摂食交配生物――『偽りの仮面使』の討伐に赴いたにも関わらず、儂等のことは守らなかったのか』と」

「――っっ!」

「そしてなぜこの国を守る鬼士達が自分達のことを助けてくれなかったのか。なぜ企んだ輩達はその手で蹂躙しなかったのかと……、そんな行き場のない怒りを若気の至りながら思ったことがあった」

「………………………その件に関しては、言い訳になるかもしれませんが」

「いいや言わんでいい。そのことに関しては年の功と言うべきなのか……。長い時間を要してしまったが理解はしている。いくら最強の鬼士団だからと言って、何でもできるわけではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだろう?」


 アカハさんの言葉を聞いてヘルナイトさんは「はい」と零し、短剣に添えられた左手に僅かな力が入る音が私の耳に入り込む。


 金属と鞘が合わさる様な、微かな音。


 その音を聞いて私はアカハさんとヘルナイトさんの会話を聞いていたけれど、その会話の最中――しょーちゃんが怒りの顔をアカハさんに向けた。


 アカハさんが言った『偽りの仮面使』。


 その言葉を聞いた瞬間しょーちゃんの体からマグマの様に熱を帯びたもしゃもしゃが爆発して膨れ上がって、そのもしゃもしゃに従うように……、別の言葉にすると『感情の思うが儘に』と言う言葉が正しいような切羽詰まった顔で何かを言おうとしていたけれど、その前にデュランさんが止めに入った。


 しょーちゃんのことを背後から押さえつけて、しょーちゃんのことを羽交い絞めにした後口を手で塞いだデュランさんは、足や手をバタバタとばたつかせて暴れているしょーちゃんの耳元で何かを囁く。


 諫めるような言葉をかけていると思うんだけど、そんなことお構いなしにしょーちゃんは暴れている。現在進行形で「んーっ! んーっ! んんーっっ! んんんんぅぅぅーっっ!」と、最後の『ん』に濁点がつくような音色でデュランさんの羽交い絞めを振りほどこうとしている。


 その光景を視界の端で見ていた私は一瞬どうしたんだろうと思ったけど、そのあとすぐに思い出し、納得のそれを示して視線をヘルナイトさんに戻して思い返す。シルヴィさん達の慌てた声を聞きながら、私は簡単に思い返す。


 この前しょーちゃん達が必死の思いで、死ぬ気で頑張って討伐した『偽りの仮面使』のことを思い出し、そしてその摂食交配生物が出た付近で恐ろしいことを企てていた鳥人族の郷でひどい仕打ちを受けていたファルナさんのことを思い出し、そのことをすぐに思い出したしょーちゃんは即座にアカハさんに向けて聞こうとしたんだろう。


『偽りの仮面使』のことについて、きっと色々と……。


 その色々が一体どんなことなのかはわからない。でもしょーちゃんのことだから感情的になって詰め寄ってしまうことは明白。だからデュランさんはしょーちゃんのことを止めたのだろう。


『偽りの仮面使』の記憶に関しては、私自身もいい記憶がないし、しょーちゃんの気持ちもわかるけど、ここで逆撫でのようなことをしてしまったら状況が悪化してしまうかもしれない。そのことを踏まえたらデュランさんの行動はグッジョブだと思ってしまったのは言うまでもない。


 そんなことを考えて、そしてヘルナイトさんとアカハさんが話している内容を思い出しつつ、私は二人の話に再度耳を傾けた。


 アカハさんが言う……、『国のルールには抗えない』、その言葉を脳裏に焼き付けながら……。


「いつ、どこで、どのような経緯があって『黙示録』と『滅亡録』ができたのかはわからない。そしてその書物が一体どこに保管されているのかもわからない。それは王都の住人であろうとも、歴代の『創成王』であろうともそのことを知る者はいない。だがその本に関するルール……、法があるのならばその法に従う他術がない。どこかの偉人がぬかした言葉だが、それは戯言ではなく、この国で生まれ育った者であれば従わなければいけない絶対の法。それは儂でもわかる。年老いてからはその法が絶対に覆ることができないものだということを知った」

「…………だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……と?」

「あぁ、そうだな。その言葉が正しいな。だからこそ、儂等の心はあまりにも黒く染まってしまったのかもしれん」


 ヘルナイトさんの苦渋ともいえる様な言葉に、アカハさんは即答と言わんばかりに頷き、そして頷くと同時にアカハさんはヘルナイトさんのことを見て言う。


 腕を組んでいたその姿を解き、アカハさんの己の胸にシワシワになっているけれど弱々しくないその右手を添えて、胸の位置に手を押し付けるようにしながら――アカハさんは威厳を持っている声で、添えているその手を見つめ、見降ろしながら続きを言い放った。


「記載されると同時にその道に沿って行かないといけないと言う絶対的であり暗黙の了解の法。『六芒星』の様に反旗を翻したとしても、儂等鬼族を『滅亡録』に記載した輩達は――儂等の命ではなく鬼族の角を奪いたいだけ、角を手に入れて一攫千金を狙うという理由で鬼族はこうなってしまった。反旗を翻そうもそんなことをしてしまえば最悪絶滅してしまうかもしれない。しかし欲望ある者達の糧にもなりたくない。儂等のことを売った輩が、末孫の種族達が憎い。憎いから――儂等は良きる術としてこの道を選んだ。憎しみを抱き続け、この怨恨の根源を語り継がせ、憎しみを忘れないように生きる。生きて、怨恨の根源を作った種族の不幸を願い、時にはその幸せを壊し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そうでもしないと、儂等は――鬼族は気が済まない。


 鬼族の恨みは、永遠に晴れない。


 この話を聞いたとしても――お前さんは、まだ……、『反論』できるのか?


 そう断言をするように黒い感情を、黒い心の内をヘルナイトさんに間接的に私達にぶつけるアカハさん。


 ルール。法律は確かに守らないといけないこと。それは私達もよく知っていることだし、その法を守らないと掴まってしまい裁かれる。そんなことは小さい時から知っていること。


 だけど、その法を盾にして昔の人達は鬼族を追い詰めた。


 法によって書かれた存在達は滅ぼさないといけない。


 その法律に則る様に……、その法律と言うものを使って悪いことをして、そして悪いことをしている人達は裁かれず、悪いことをしていない鬼族は裁きの対象とされ、苦しい人生を歩まされる。


 それは正しい事? 否――正しくない。


 正しくないからこそ鬼族の人たちは正しいことを強制的に行っている。


 自分達はそんな危害を加えるようなことはしていない。危害を加えたのは記載を目論んだ輩達。その者達が最も悪い存在でもあり裁かれる存在。


 それを自分達が行っている。


 憎しみと言う名の栄養分を使って……、憎しみと言う名の活力剤が消えることなどない。永遠ともいえる様な憎しみの報復を行っている自分達のことを、まだ反論できるのか?


 そのようなことを私達に、ヘルナイトさんに向けて、憎しみのそれをぶつけながらアカハさんは俯いていたその視線を少しだけ上げて言う。


 間接的に、自分達のこの感情を体験したことがないくせに。この気持ちを抱いたことなどないくせに。


 そう言わんばかりの空気で言い放つアカハさんのことを見て、ヘルナイトさんは一幕間を置いた後――一度小さく深呼吸をして言い放つ。


 凛としている音色で、ヘルナイトさんは言い放った。




「――反論できます。その考えは、間違っている。と」




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