PLAY107 複雑な感情~憎しみ編~③
「確かに、お前さん達にとってすれば、儂等がやっていることは外道そのものだ。世間一般からして常人の人格と精神を持っている輩であれば、儂等がしていることは異常極まりない行為だろうな。そんなこと色んな輩に言われ、そしてやめるように諭されたこともあった。だがそれでも儂等はこの行動を、貴様達からして見る異常行動を止めることはなかった。何故だかわかるか?」
アカハさんは私達のことを見つつ、言い出しっぺの京平さんに向けても諭すように、訳を話すように言葉を滑らせていく。
滑らせていくその言葉の中には、アカハさん自身自覚しているようなそれも含まれていて、過去に色んなことがあったことも仄めかすようなその言葉を零していく。
本当に自分の身にあったことをつらつらと、淡々とした音色で言うその顔は威厳を含んだしかめっ面いうもので、アカハさんはその顔を私達に見せながら落ち着きのあるそれで言葉を続ける。
最初の疑念に対して返答をしなかった、答えを出さなかった私達に対してアカハさんは言う。
「まぁ、こんなことを聞いたところで鬼の考えが変わることなどまずありえん。どころかそんなことを聞いたところで貴様等の返答なんぞとうにわかっておったわ」
「と……、言いますと?」
「無言も想定内と言う事だ。頭の回転が錆びついた小僧にはわからんだろうがな」
アカハさんは淡々としているけれど、『こうなることわかっていたぞ』と言わんばかりの口調と、なんだか私達の言葉を予測していたかのような口調で言うアカハさんに対し、しょーちゃんはおずおずと言った形でアカハさんに聞く。
本当に『どういうことですか?』が顔と声で分かってしまう様な、本当にわかりやすい音色と顔で……。
でもそんな顔を見ないままアカハさんははっきりとした言葉で言い放つと、その後しょーちゃんに向けているのか、なんだか棘のあるような言葉を向けて来る。すごくではないけれど、的確にしょーちゃんに対して言い放っているとしか言いようのないその言葉で……。
あからさまに『頭の悪い貴様ではわからないだろう』と言ってきたアカハさんのことを、真顔で見ていたしょーちゃんのもしゃもしゃは、海以上に真っ青な青で埋め尽くされていたことは、言うまでもない。
というかそのもしゃもしゃを見なくてもしょーちゃんの背中を見れば、なんとなくだけど分かってしまった。
すごく悔しそうな背中が物語っていたとは、まさにこのことなんだろうな……。と思いながら私は見ていたけれど、しょーちゃんに対して言い放ったアカハさんは更の言葉の続きを言い放つ。
まだ終わっていないと言わんばかりの言動で、アカハさんは言う。
『この苦しみは体験したものにしかわからんと言う事だ。この思考は、この考えは儂等が体験したものにしかわからんことでもあり、異国で何不自由なく育ち、何の苦労もしないままこの世界を見てきたお前達にとって、儂等は異常かもしれない。だが儂等はそれを普通として認識している。この考えは普通だと、そしてこの思考はどの鬼族でも持っている感情だと」
「!」
アカハさんの言葉を聞いた京平さんははっと息を殺すと同時に唇を噛みしめるようなそれを顔に出す。体から溢れ出る苦しみと怒り、そして、深い青で染まっている悲しみのもしゃもしゃを出しながら京平さんはアカハさんのことを見て口を開け――反論のそれを行おうとしていた。
でもその前にアカハさんは京平さんの言葉に対して遮りをかけるようにアカハさんは言う。
肩を竦めながらアカハさんは冷静な面持ちと音色で私達に言ったのだ。
鬼族が体験した――アカハさん達が体験したという過去のことを。
アカハさん達は鬼という種族で、大昔の時代は悪と見なされた、今で言うところの知性を持った魔物だったこと
その話はイェーガー王子からも聞いたことがあるし、ヘルナイトさんやデュランさんもその話に関しては頷きのそれを示したので、驚いて聞いていたしょーちゃん達やエドさん達は驚きのそれを顔に出していた。
でもそのお話は本当に大昔の話しで、どれだけ大昔化と言うと、創世記以前の頃から存在していると言っていた。その歴史もしっかりと歴史書にも、この国にたった一つしかない書物『黙示録』にも記載されていたほどだって、アカハさんは言っていた。
昔は悪の存在として音まれていた鬼族は、時代を追うにつれてその見解も変わってきたことも、アカハさんは私達に話してくれた。
鬼族はこの国の人達では使えない力――魔法の力を使うことができて、その力は魔王族や聖霊族しか扱うことができない『自然の力』を魔法として使うことができる。
私達プレイヤーがよく使う……、というか、『魔導士』所属枠の人達がよく使う『火』とか『水』と言った力のことを指すんだけど、その力はこの国では自然の力として一括り氏似ているらしく、その総称を『八大魔祖』と言う名前で呼んでいるらしい。
その『八大魔祖』を鬼族は使えるみたいで、そんな鬼族を人々は……、というか当時のラ・リジューシュの王『創成王』は鬼族を種族と言う分類に区分して『黙示録』に記載した。
……正直、『黙示録』のことに関してはすっかり忘れてしまっていたことは、言わないでおこう……。久し振りに聞く言葉を聞いた瞬間一瞬頭の中が真っ白になってぼーっとしてしまうけれど、すぐに思い出したのでそこは正直よかったと思う。
浄化の旅をしている人がそんなことを忘れているとなったら……、シェーラちゃんの『口のびぃーの刑』にされる……。
そんなことを思っている最中でも、アカハさんは私達に対して会話の続きを淡々とした音色で、冷静を保っている音色で続ける。
それから何百年後に、鬼族は『黙示録』から『滅亡録』に記載され、その記載と同時にこの国の者達によって多くの鬼族が謀殺され、金目的で鬼族のことを謀り、大金にできるという命の次に大事な角を圧し折られたことを、淡々とした音色で告げた。
正直、ヘルナイトさんとデュランさん、そして私以外のみんなはこの話を聞いた時絶句のそれを零して、顔面蒼白と言うか……、もう真っ青と言わんばかりの顔を表に出している状態でアカハさんの話を聞いていた。
私はそのことをアクアロイアで初めて出会ったイェーガー王子から聞いていたから驚きはしなかった。でも、アカハさんの話を聞いて改めて私は鬼族の過去の出来事、苦痛でもう負の感情の連鎖しかないその過去に対して、納得してしまった。
納得したじゃなくて、痛感したの方が正しいと思ったかもしれない。
その考えに関しては私自身最初そう思った。『痛感した』の方が最も正しいかもしれない。
でも、私はその考えを訂正するように思考から消し、それと同時に私は思ったのだ。
この郷に来てから、さっき話をしていた紫知さんや、昨日のリョクナさんやオウケイさんがあそこまで負の感情に犯されている理由がそこにあると知った瞬間、納得してしまったのだ。
京平さんが言っていた言葉――
『ちょっとはそいつの周りにいる奴のことを考える余裕とかねーのか? 年長のくせにそんなことも考えられねーんか? 自分のことしか考えられねーのかこのくそジジィ。自分達が今までひどい人生だったからって、その意趣返しをしてもいいって言うのか? あんたら、そんなねちっこいことをして、何が楽しいんだ?』
そのことに関してアカハさんは何も答えなかったけれど、内心は心穏やかでなかったに違いない。というか今もそう思っているに違いない。
だって、自分達のことを金目的で陥れた人達は、『滅亡録』というこの国のブラックリストに記載した後で金になるという鬼の角を狩って、狩って、狩って――
狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って……。
狩りまくったのだ。
現実世界で言うところの乱獲に等しいことをその人達は金目的でして、それと同時に鬼族の幸せを、日常と言う当たり前の要素をいとも簡単に壊した。
壊された鬼族は日常と言うそれを壊され、今まで考えもしなかった、絶対に死ぬまでないだろうと思っていた非日常と言う名の転落の人生を歩むことになってしまったのだ。
……邪な感情を、金儲けと言う名の悪魔の囁きにのってしまい、『滅亡録』に記載できるように暗躍をした存在達の手によって……。
私の考えをよそに、アカハさんの話は続く。
鬼族がこうなってしまったきっかけ、その事実を知っているのはアカハさん達だけ。こんなことを知っているのはもう……、アカハさん達だけになってしまった。今までは色んな人達が知っていたけれど、色んな鬼族の人達が角を目当てに狩りに来る人達に餌食になったりして少なくなっていき、今となってはアカハさんとリョクナさん、そしてオウケイさんしか知らない状態になってしまったとアカハさんは言っていた。
自分達の人生を変えたきっかけでもある『黙示録』、そして『滅亡録』の所為で、アカハさん達は狩られる側の存在になってしまった。人間族と言う欲深い者達の格好の的となってしまった。
今の時代の魔物となってしまい、倒した証でもある角を生きている状態で圧し折られて潤いの糧となってしまう。そんな人生に転落してしまったと、アカハさんは声色こそ淡々としているけど、園話をしている最中のもしゃもしゃは冷静と言うものではなかった。
淡々としている口調はまさに冷静そのものだったのだけど、その冷静とは正反対の――赤黒いもしゃもしゃ。黒と赤が混ざっている……、怒りの赤と憎しみの黒が混ざりに混ざって、まるで血のようなドロドロとしてアカハさんの肩に纏わりついている……、憑りついているようなもしゃもしゃを出しながら話しているアカハさんのことを見て、私は分かってしまった。
普通の人ならばわからないかもしれない。声を聞いても冷静そのものだからわからないかもしれないけど、私は自分にしか見えないもしゃもしゃを見て分かってしまったのだ。
アカハさんは、まだその人達のことを恨んでいる。
ううん。自分達のことを陥れた人達はおろか、自分達以外の種族――鬼族以外の種族を恨んでいる。そのことが分かってしまうくらいアカハさんはそのもしゃもしゃを私達に向けて出していた。
表情や声色はうまく隠れていたけれど、もしゃもしゃが隠しきれていない。そんな状況を見ても、私はこんなことを思っていた。
自分の人生をこれでもかと狂わされてしまった。邪な感情を持つ人達は自分達の命の次に大事な角を売って裕福な生活をしているのに、自分達は日常からかけ離れた命からがら逃げる日々。
そんな日々へと突き落とした輩を――そうそう許せるわけがない。
当人がいなくなったとしても、許せるなんてことは出来ない。
憎んで憎んで憎みが消えないほど憎んでしますという感情が見え隠れしていた。
見え隠れして私達の足元に蛸の足の如くぬるぬると巻き付こうとしているもしゃもしゃを見降ろし、私は……。
――まるで意志を持った血の触手が巻き付こうとしているみたい。気持ち悪い……。この触手の先が私の足に触れるだけで気持ち悪い……。その怨恨をぶつけているような、そんな感覚が私のことを襲っている。
本当に、苦しいとしか言いようのないもしゃもしゃ。
そう思っていると、アカハさんはその口から吐かれた事実を告げられて、驚きのあまりに沈黙している人、困惑のまま固まって無言になっている人、そしてあまりの情報量にパンクしそうになっているけれど何とか聞き漏らしがないように黙って聞いている人等々、一緒くたにすると黙ってしまっている私達のことを見てアカハさんは言う。
呆れたと言わんばかりの溜息を零して、アカハさんは言った。
「そこにいる魔物交じりの小僧の言う事も分かる。そしてその気持ちもわかる。儂自身その体験をしたことがある。それと同時に己のことを責めたこともあれば後悔しかなかったのも覚えているが……、その言葉はかなりの確率で緑薙達はおろか、他の鬼族には届かん」
「っ」
アカハさんの言葉に京平さんはうっと唸る様なしかめっ面と困った顔が合わさったかのような顔を見せつけると、その顔を見ていたアカハさんは再度溜息を吐いて……。
「魔物交じりの小僧」
と京平さんに向けて言うと、その言葉の即座に反応を示し、しかめっ面とかも無くなった怒りの顔――漫画で言うところの『カーッ』という効果音と共に目には逆三角形の形のコミカルでわかりやすい怒りの目になった瞬間、京平さんは荒げる音色で「京平っっ! キョーベェッッ!』と、名前を覚えさせるように大きな声を放つけど、そんなことを無視しながらアカハさんは京平さんに向けて続ける言葉を滑らせる。
「貴様は言ったな? 『自分達が今までひどい人生だったからって、その意趣返しをしてもいいって言うのか?』と、そのことに関して言うのであれば、『お前に何がわかるんだ?』儂等が今まで歩んできた半生はそんな言葉では済まされんほどの人生であり、儂はともかくあの二人はこう言うだろうな。『あぁしてもいいとも。なにせ同じことをしているだけなのだから』と」
「な、なんだよそれ……っ! 同じことをしているだけって……、そんなのただの言い訳にしか聞こえねぇべっ! そんなことをして何の得になるんだ?」
「簡単だ。ただ同胞を屠った輩を屠り、そして死以上の屈辱を与える。その屈辱の後に命乞いをするそいつらの願いを一蹴し、そのまま無残に葬る。それだけで鬼族の恨みは少しだけ緩和される。それだけの得しかない。最も……、それを行ったところで、その恨みが永遠に消えるなんてことはないがな」
「永遠にって……! それじゃぁあんた達がやっていることも結局は無意味じゃねえかっ! んなもんもただの弱い者いじめで、誰が見ようともそんなの楽しくねぇよ!」
「あぁ楽しくなくてもいいとさえ思っているさ。そのくらい儂等は頭がいかれてしまっている。お前さんも言ったな? 『あんたら、そんなねちっこいことをして、何が楽しいんだ?』と、答えとして言うと楽しくなんてない。恨みを晴らす行為自体最初こそ快感があった。だがその快感もすぐに消え失せてしまった。やらなければいいと思うかもしれん。だがそれを行うと言う事は、儂等は一族が滅んだことを運命として受け入れ、憎しみを無理矢理忘却と言う逃避しろと言われているのと同じ――残虐のままに殺され、角を生きたままへし折られた同胞の死も、運がなかったということで処理して自分はのうのうと隠居をしろと言っているのと同じなんだ。そんなこと簡単にできんに決まっている。そんなことをしてしまえばあちらの世界にいる輩達に顔向けもできん。魔物交じりの小僧……」
お前が言っていることはそう言う事だ――この無念でさえも忘れ、謀りを行った輩達と同胞を殺した輩達と一緒に楽しく暮らせ。恨みなど無駄な行いだと言っているのと同じことなんだ。
儂等に対して惨い選択を強いているのと同じことなんだ。
それこそ、貴様の方がよほど陰湿なことをしているのではないか?
そうアカハさんは京平さんの反論に対して柔らかく、且つ的確に論破をするように『鬼族にとっての得になるメリット』、『恨みを捨てられない理由』を話してくれた。
そしてその話を聞いた時、みんなは理解したのだろう。私もその一人で、その言葉を聞いた時理解したのだ。
簡単に言うと意趣返しをしたとことで恨みなんて全て晴れるわけではない。鬼族のことを謀った輩達が消えたとしても、その手で葬り去ったとしても、その恨みが永遠に消えることはない。同胞を失った時の悲しみを、その時の屈辱が永遠に消え去るなんてことは、絶対にありえない。
ありえないから分かってしまった。
鬼族の恨みは並大抵のものではない。
永遠恨まないと気が済まない。でもその恨みを晴らそうにも晴らしきれない。
この世に人間族……、自分達を謀った輩の種族が一人でもいる限り、その恨みは再燃し、永遠ともいえる様な恨み晴らしを行う。
まさに『この恨み、はらさでおくべきか』であり、この恨みはあまりにも粘着で早々消えることはない。異常と言っても過言ではないほどこの恨みは濃すぎる。
そう私は思った。
この時だけはヘルナイトさんとデュランさんも頭を抱えて小さな唸り声を上げていたので、思い出したのかもしれない。
でもこればかりはいい思い出ではなく、きっと二人ともこんなことを思っているのだろう。
ヘルナイトさん達から出ている苦しそうで、負の感情に見えてしまいそうなもしゃもしゃから見ても分かる……。
これは、思い出したくなかった記憶だ。
そんな暗いもしゃもしゃが見え、みんなの無言、反論もできない京平さんのことを見ていたアカハさんは呆れるように肩を揺らし、その肩の揺れで溜息の表現――呆れのそれを表現すると、アカハさんは言う。
懐にそっと手を差し入れ、その場所から昨日私達に見せた……、あ、見せたわけではないけれどアカハさんは自分の懐から煙管をするりと取り出し、それを流れるような動作、もはやタバコを吸う人の癖の様に無意識にそれを口に近付けていく。
煙管を口に近付け、咥えると同時に『かちっ』と言う噛む音を零すと、アカハさんはその状態で煙管の中に入っている煙草を一気に吸い、肺の中に溜めると……、煙管を噛む行為をやめて離した瞬間、アカハさんは肺に溜めた煙を一気に吐き出す。
『ふぅー』と言う息を吐く声と共に薄灰色も煙草の煙が辺りに一瞬充満し、その臭いを嗅いだシルヴィぃさんは「うっ」と言うあからさまな嫌悪のそれを零し、顔をくしゃりと顰めて手を鼻のところに持っていく。
まるで嗅がないように手で押さえつけようとしているような動作なんだけど、その光景を見たアカハさんはシルヴィさんのことを見て……。
「ん? 嫌いだったのか?」
と聞くと、その言葉にシルヴィさんは凛々しさに驚きと困惑が混じった感情が掛けられたかのような顔をして「あ、いや……」と零すと、シルヴィさんはかぶりを振って――
「申し訳ない……、どうもこの煙と臭いは生理的にも受け付けられなくて……」
その動作も――
とシルヴィさんはアカハさんに対して申し訳なさそうに言う。
申し訳なさそうに言っているけれど、その顔には嫌悪しかない青ざめた顔が見え隠れしている。その顔から見てもシルヴィさんの煙草が嫌いと言う嫌悪の塊の感情が窺える。
その臭いですら嗅ぎたくない。
心底嗅ぎたくないのになぜこんなところで……?
そんな嫌悪剥き出しのもしゃもしゃを出すシルヴィさんを見たアカハさんは小さな声で『ほぉ』と言う声を出すと、口に咥えていた煙管を一度『かちり』と噛むように咥え直すと、アカハさんは再度懐に手を差し入れ、その懐から長方形の入れ物を取り出した。
漆が塗られているおかげなのか少しだけ光沢が出ていて、一見して見ると高価な万年筆が入っているような長方形の木製の箱。本当に手に収まる様なそれの蓋をアカハさんは小さく息を零すと同時に『かぱり』と開ける。
開けた後でアカハさんは咥えていた煙管を手に持ち、木の入れ物に向けて煙管の草が入っているところを勢いよく『コンッ!』と叩きつけると、アカハさんは煙管をそのまま箱の中にいれて、蓋をした後そのまま煙管を入れた箱を懐にしまう。
その一動作一動作は手慣れているというか、いつもしている癖の様な流れでアカハさんはその動作をして行く。
本当に、いつもしていると言わんばかりの動作で……。
なんでそんなことを思ったのかって?
それは、私にもわからない。でも不思議と『いつもしているような動作』だと、そんなことを思ってしまったのだ。確かな理由なんてない。でもそう思ってしまった。としか言いようがないんだけど、私自身なんでこんなことを思ったのかはわからない。
直感がそう思ったから、そうとしか言いようがない。と思っている時、アカハさんは話を戻すように小さく咳ばらいをして私達の視線を自分に向けさせる。
注目を集める……、と言うものではないけれど、アカハさんは咳ばらいをして私達の注意を引きつけ、その席ばらいを聞いた私やみんなはアカハさんの思惑通りと言わんばかりに視線を向ける。
自分に視線が向けられている。それを感覚で確認したアカハさんは懐に差し入れていたの手を引き抜き、己の胸のところで腕を組むと、アカハさんは私達に向けて言う。
先ほどの会話の続き――京平さんが言い放った言葉の続きを、アカハさんは告げる。
威厳を持った厳しいその目で……。
「正直なところ――この話に関して言うとお前さん達は関係ない。この場合はこの国の問題。関係のない話だ。それなのに貴様らは執拗に首を突っ込む。人情なのか優しさなのかわからんが、そんなの儂等からしてみれば余計なお世話なんだ。そんなことをしても儂等の考えが変わることなどない。例外が起きない限り心変わりなど起きない」
「………………………」
「魔物交じりの小僧――貴様は儂に向けてこう言ってきたな? 老人の頭の固さに負けてまで打ち付けた額から血を流してまで、貴様は聞いたな? 『ねちっこいことをして楽しいのか?』と。だがそれならば……、貴様から見て儂等がねちっこいのであれば、儂等のことを謀った輩達こそがよりねちっこいのではないのか? 己のことを優先にし過ぎた結果、欲に溺れた結果こうなったのだが、それでもお前達は儂等が悪いと言えるのか? 儂等の命の次に大事な角を折るために、金を得るために多くの同胞を殺しまくった。それこそねちっこくないのか?」
「………………………」
「ねちっこい以前の問題で、そんな転落を、貴様は体験したのか? 儂等の様に常に命を狙われ、見つかった時点で死を覚悟しなければいけない気持ちを常に張り詰めたことがあるのか? 常に張り詰める気持ち、貴様達は体験したことがあるのか? 考えたことがあるのか? 常に背中に死というものが憑りつき、いつでも狩り殺そうとしているという瀬戸際を、隣り合わせの緊張を感じたことがあるか? ないだろう? 長くなってしまったが儂が言いたいことはたった一つ……」
知ったつもりで儂等を叱るな。ぬかすな――青二才が。
儂等のことを分かっているつもりで正論をこくでない。
最後の言葉――厳しさに怒りがこめられたような低い音色。その音色を聞いてしまった瞬間……、ううん、その前のアカハさんの言葉を聞いてしまった瞬間、私やみんなは返す言葉を吐くことができなかった。
ヘルナイトさんとデュランさんは無言のままアカハさんの話を聞いて、その近くでは口を開けた状態で固まってしまって、何を言えばいいのかわからないような顔をして困惑の歪みを見せている京平さん、そんな京平さんの肩に優しく手を置き、小さな声で何かを言っているエドさんが見えた。
きっと京平さんに対して慰めの言葉をかけているのかなと思ってしまったけれど、その慰めをかけるエドさん自身もこの事態は予想しなかっただろう。
アカハさんが体験してきたこともだけど、その気持ちを、憎しみを知って諫めをかけるように言い放った京平さんだけど、アカハさんはその言葉を、私達が言っていることがとてつもない綺麗事で、現実的にアカハさんが言っていることが正論に聞こえてしまう。
今まで私達の視点から見て悪い事、正しくないこと、危ない事が起きてしまったら、それを止めるのがお決まりだった。それは私達もしてきたし、きっとエドさん達もしてきただろう。
でも……、それは正解であるという選択もあるかもしれない。それが今なのだ。
鬼族は被害者。金と言う欲望に目がくらんだ輩達の企みによって追われの身になってしまい、色んな鬼族達がその命を散らしてしまった。そのせいで鬼族は他種族を恨んでいる。それは企てをお子のあった張本人がいなくなった後でも消えることなく。
錆の様に心にこびりついて消えることなく棲み付く。
棲み付いてしまったから、心に憎しみを抱いてしまったからこそ、アカハさん達は自分達種族以外の他種族を心の底から憎んでいる。だからその憎しみを角欲しさに現れた輩達に向けてぶつける。
自分達に対して行ったことをそのまま返すように……。
それは私達からしてみれば、平和の世界の中で、戦争などない世代の私達からしてみれば異常なそれで、異常だから京平さんはアカハさん達に問い詰めたけど、結局その問い詰めも無駄。
どころか……、平和そのものの世界で過ごしてきた私達の言葉なんて、あまりにも無力に等しいものであったこと。それと同時にアカハさん達が過ごしてきた地獄のようなその日々の記憶の前に、私達の言葉なんてただの逆撫でに等しく、無力なものであることを私達は知ってしまった。
何を言っても、アカハさん……、ううん。この鬼族の郷の人達に訴えかけても無駄である。
そのことを痛感してしまい、私はぐっと……、握り拳を作ると同時にスカートにしわを作ってしまう。そのくらい私達が言った言葉が鬼族にとって残酷で、無下な言葉であると同時に、反論することができない。
それが正解だと思ってしまう様なその言葉に私達現実世界と言う平和な世界の住人達は……、無言の肯定を示すことしかできなかった。
重苦しくて、なんだか足が重くなりそうな沈黙の中で私達は無言を徹していた。
それはアカハさんも同じで私達の返答を待っているかのように待っているけれど、一息溜息を吐くとアカハさんはそっと口を開けて――




