PLAY11 頼みごと③
それから私達は夜になった後でギルドの外に出て、ヘルナイトさんに話を聞こうとした。
ヘルナイトさんはギルドのドアの近くにいて、ギルドの壁に背を預けている。
それを見た私はほっと胸をなぜか降ろしたけど……、ヘルナイトさんは壁から離れてから、私達に視線を向けてこう言った。
「すまない……。三人がギルドにいる間、少々面倒なことになってしまった」
「「「?」」」
その言葉に私達は首を傾げる。
アキにぃと私、そしてキョウヤさんと顔を見合わせ、二人は私に顔を向ける。
それを見て私はヘルナイトさんに聞いてみた。
「あの……一体何が……?」
するとヘルナイトさんはこう言った。
「ああ、実はとある友人……いいや。同じ『12鬼士』なんだが……」
「はぁっ!? 他の『12鬼士』ぃ!?」
キョウヤさんが驚いて同じように『ぎょっ』と驚いているヘルナイトさんに近付きながら聞く。
「そ、それって、オレ達が知らないような『12鬼士』か? となるとそれって……」
ぞっと顔を青くするキョウヤさん。
たとえ槍の天賦の才を持っているキョウヤさんでも、『12鬼士』相手となるとキツイのかもしれない。
そんなことを思いながら私はヘルナイトさんに聞こうと顔を上げると……。
私の頭にぽんっと手を置くヘルナイトさん。
それを感じて上を見上げると……。
ヘルナイトさんは私の顔を見てゆるゆると撫でる。甲冑から見える、穏やかな顔が見えた気がした……。
見えないけど、そんな気がした。
うーん、やっぱり懐かしい……。
どこで感じたんだっけ……。
「実は、頼まれてしまってな」
「頼まれた? その『12鬼士』に?」
「ああ」
アキにぃに聞かれ、ヘルナイトさんは頷き、話を続ける。
私の頭から……手を放さず……、ゆるゆると撫でながら……。
――やっぱり、どこかで感じたことがある。
――えっと、どこで……。
「この先の『腐敗樹』で、怪しい人影を見たという」
「は? それって『腐敗樹』に何日も潜伏している人のことか?」
「……知っていたのか?」
「まぁ、一応……。と言うか俺達も聞いただけだし……」
ヘルナイトさんが『腐敗樹』の方角を見ながら言った言葉に対し、キョウヤさんは驚いたように言って、もしやと思って言うと、それを聞いたヘルナイトさんもびっくりして聞く。
アキにぃは腕を組んで頷きながら言うと、私も言う。
「……私達も、その、クエストがてらに、その人を探そうと思っていたんです。他の人達と一緒に」
そう言うと、ヘルナイトさんは「……そうか」と、なぜだか悲しそうに言って、私の頭から手を放した。
ヘルナイトさんはそのままアキにぃたちを見て……、聞く。
「それで、その徒党の人数は……?」
「オレ達三人とヘルナイト。そして他四人でアンデッド討伐と、あとはパンプキングにマンドピートを討伐する」
「マッ……」
ヘルナイトさんはマントピートの言葉を聞いた瞬間、ぎょっと驚いた音色で言って、ゴホンッとえづく。
キョウヤさんとアキにぃ、そして私は互いに顔を見合わせ、どうしたのかと疑問の顔で見る。
ヘルナイトさんは頭を抱え、そしてうーんっとうなる。
それを見た私は、はっとして……。
「記憶……、戻ったんですか?」と聞いた。
するとヘルナイトさんははっとして、またどうするか考えだして頭を抱えだす。
「おいどうしたんだー? さっきからなにしてんだー?」
「何か嫌なことでも思い出したのか……? よく聞くトラウマってやつ」
「……なんだか、すごく言いづらそう……」
そう思いながら見ていると……。
――ぎぃ。
「「「!」」」
突然――後ろのドア……、ギルドの出入り口が開いた。
私達は音を聞いて、なんだろうと思って振り返ると……、そこにいたのは……。
目を見開いて、驚いて声を出すことを忘れてしまっているみゅんみゅんちゃんがいた。
みゅんみゅんちゃんが驚いている理由。
それはきっと……。
私はヘルナイトさんを見る。
ヘルナイトさんは甲冑で見えないけど、きっと驚いているに違いない。そんな状態で、ヘルナイトさんを見たみゅんみゅんちゃん……。
更に言うと、みゅんみゅんちゃんはアップデートが行われる前に、ヘルナイトさんに襲われている……。
あれ? あの時のヘルナイトさんは普通のNPCだから……、感情なんてなかったはず。普通のコンピューターで……、でも今は感情とかそういうのもあって……。
えっと……。うーんと……。
……こんがらがってきちゃった。
そう思っていると、ぐんっと後ろに引っ張られる感覚に襲われ、私はぐぃんっとギルドのドアの奥に引き込まれてしまう。
「おおぅ?」
こんな声を出して……。
「「あ」」
アキにぃとキョウヤさんは驚きながら口をあんぐりと開けて私を見ていたけど、すぐにドアが閉められて、見たのは一瞬。
私はトトッと後ろ向きに歩きながら体制を整えていると……、ドアを閉め、私を引っ張って走ってここまで全速力で一通りのことをしたみゅんみゅんちゃんがいた。
ギルド内は薄暗く、人がいなかったけど、ところどころに明かりが灯っていたから足場を気にすることはなかった。
「はぁ! はぁっ! ぜぇ! ふぅ! っは! うぅ!」
みゅんみゅんちゃんは荒い息遣いで、ドアに寄りかかりながら息を整えている。
「あ、あの……?」
私はそんなみゅんみゅんちゃんを見て、手を伸ばした瞬間。
ぐりんっ! と、みゅんみゅんちゃんは私を鋭い目つきで睨んで、そして私の肩をがっしりと掴んだ。
その行動に、私は驚きを隠せずにいると……、みゅんみゅんちゃんは私の目を見て……、震える口で、こう言った……。
「あんた……、もう一人の仲間って……っ」
「あ、えっと……、うん」
言った瞬間……。
「――なんで、ヘルナイトが、あんたと一緒にいるの……?」
みゅんみゅんちゃんは複雑に悲しそうで、それでいて怖くて、私のことを心配しているその顔で、みゅんみゅんちゃんは言った……。震える口で、彼女は言った。
「あいつは、前のMCOでは、強敵で……。怖くて、すごく強い存在なのに……、会話ができているのは、あのラーニングなんとかってのが搭載されているからしゃべれるんだと思うけど……。なんでよりにもよって……ハンナに?」
それを聞いた私は、事のあらましを、簡単にだけど話した。
「あのね……、私がこのゲームクリアの鍵でもある詠唱を持っているって話はしたでしょ?」
「……ええ」
「それででもね、私一人じゃ、できないの」
「………………………………」
「私と、ヘルナイトさんの詠唱、二つ無いと、完全に浄化ができない。私とヘルナイトさん。二人で力を合わせないとできないの」
「……それって、他の誰かにってことは、できなかったの……?」
「うん。あの詠唱結合書はね……。人を選ぶの。だから、私が選ばれて」
「はぁ」
一通り話を聞いていたみゅんみゅんちゃんだったけど……、始終鋭い目のままで、穏やかになることはなかった。でも、みゅんみゅんちゃんはすっと目を閉じて、溜息を吐いた後……。
そっと私の肩から手を放したかと思うと……。
「聞くけどいい?」
今度はぐっと私の腕を掴む。それは指が食い込むような、痛みがある掴み方ではない。それは強く包むような掴み方。
みゅんみゅんちゃんらしい……掴み方。
それを感じて、私はみゅんみゅんちゃんを見た。
みゅんみゅんちゃんは……、鋭くはあるけど、冷たいそれではなく、温かい目で、私の目を離さないで、じっと見ていた。
そして……。
「それって……、あんたが決めたこと?」
そう聞いてきたみゅんみゅんちゃん。
真剣な音色で聞く彼女に、私は、みゅんみゅんちゃんの目を見て、頷いて言う。
「そう。これはね。私が決めたことなの」
「……自分が生き残る確証とかを持って?」
「確証はないけど……」
私はすっと目を細めたみゅんみゅんちゃんを見て、更に続ける。
「でもね……」
「……?」
「最初こそ、怖いって感情が私を支配していたんだけど、それが……不思議と無くなったの」
「無くなった…………?」
「無くなったあと、心臓に温かい何かが流れるような……。変な話、私ヘルナイトさんに出会ってから、変なんだけど、不思議といやじゃないの」
聞いてなのか、みゅんみゅんちゃんは何も言わなかったし、何も話さなかった。会話に挟むこともなかった。
そして言い終えた私を見て……。そっと手を、本当に離したみゅんみゅんちゃんは、腰に手を当てて「それじゃぁ」と胸を張って言った。
「あんたは、そのヘルナイトと一緒に、クリアを目指すっていうの?」
「……そう、なるね」
はたから見れば馬鹿なのかもしれない。しかしそれでも、私はクリアこそが最大の近道であり、みんながきっと、生きて帰れる術だと思っている。
それに……、ヘルナイトさんと一緒に行った方がいい。
そう、私の勘が囁いたから……。
私の肯定を聞いたみゅんみゅんちゃんは、眉を顰めて、また溜息を吐く。
でも、帰ってきた言葉は、意外なもので……。
「ふーん」
「うん?」
……、みゅんみゅんちゃんは私を見てから、目を座らせてじとっと見る。そしてみゅんみゅんちゃんはまたまた溜息を吐いて……、そして私に向かってシュビッと指をさして……。
「あんたはやっぱり変わらない」
「ほえ?」
唐突に言った。それを聞いて私はぎょっと驚く。
しかしみゅんみゅんちゃんは、それでもむすっとした顔で指をさしながら、みゅんみゅんちゃんは言った。
「自分のことは二の次三の次四の次に後回しにして、他人のことにはすぐに駆けつける。あんたはどこぞのヒーローか」
「そ、それはしょーちゃんに言った方が……」
「だからでしょ? 今回だって、クリアすればみんな現実に戻れるとか甘いことを考えているか、頼まれたから断ることができずにこうして流れに沿っている」
みゅんみゅんちゃんの鋭い指摘に、私はぐうの音が出ない状態になっていた……。と言うか、後半当たっている。すごく当たっていて私はたじろいてしまうほど、その指摘は当たりすぎていた。
それはもう怖いくらい……。
確かに流れに沿うように話を聞いていたところもあったけど……。それでもみゅんみゅんちゃんは、指を指したまま、私に向かって、真剣にこう言った。
「でも、それってあんたの意志じゃないでしょ? って言いたかったけど……、結局、他人優先なんだね……」
みゅんみゅんちゃんはそっと指を下してまたまたため息を吐く。
そして、みゅんみゅんちゃんは言った。腰に手を当てて、強気な笑みで彼女は言った。
「ならさ……、ちゃんと自分で言ったこと成し遂げなさいよ。本当にこのゲームのクリアの要なら、ちゃんと自分の責務、全うしていきなさい」
「……………………うん」
みゅんみゅんちゃんの言葉を聞いた私は、控えめに微笑んで頷く。
みゅんみゅんちゃんの優しさを、かみしめながら……。
すると、みゅんみゅんちゃんは外にいるヘルナイトさんを見る。私も見てみると、ヘルナイトさんの背中が見えて、その前にいたアキにぃとキョウヤさんは、なんだか項垂れながら頭を抱えている……。
どうしたんだろう……。そう思っていると……。
「あの怖すぎるヘルナイトが……」
みゅんみゅんちゃんは小さく言う。それを聞いた私は、「へ?」と呆けた声が出てしまったけど、みゅんみゅんちゃんはふっと私の方向を振り返ってこう言う。
「何となくだけど……、ハンナが言うと、本当にナイト様って感じがする。あんな大きな背中を見ると、本当に安心する」
「……私は、背中にいることはないけど……、すごく温かいの」
私はすっと頭に手をやる。
いつもと言うか、私が不安になるとそっと頭を撫でてくれるあの大きな手。
今思うと、あの手は懐かしいからか……、触れてくれるとすごく安心する……。
そう思いながらヘルナイトさんの背中を見る。
それを見ていたのだろう……、みゅんみゅんちゃんは意地悪そうな音色でこう言った。
「じゃあさ、自分のものにしちゃいなよ」
「?」
みゅんみゅんちゃんを見ると、みゅんみゅんちゃんは意地悪そうな笑みで私を見た後、すっと流れるように胸の辺りで手を重ねて、指を絡ませ、そしてみゅんみゅんちゃんは言った。
「こうして、手を握ってから……。そのヘルナイトに向かってくねくねしながら猫なで声でこう言うの」
……まるで指南でもしているかのように、みゅんみゅんちゃんは突然くねくねと体をくねらせ、そして甘えるような声で目を潤ませて……、可愛らしい音色でこう言った。
「『ずっと私と一緒にいてください……。私のナイト様……っ。はぁと』って言えば、大概の男はあんたに惚れる。そして大概の男はイチコロよ。そうしてあんただけのナイト様を独占しなさい」
「……独占って……、なぜそうなるのか……。というか、『はぁと』っている?」
「いらんいらんっ! それは雰囲気でっ! てか、あんたって天然なの? 鈍感なの?」
「?」
「あーもうっ! そうだった! ハンナは学校でも随一の天然だったっ! 駄目だ……。こんなことをしても私のキャラじゃない……。これはメグだ……。応援しようと羽目を外した私がバカだった……大馬鹿野郎だった……。あぁ……」
「えーっと……、うん?」
そんな話をしていると、突然みゅんみゅんちゃんは頭を抱えだしてしまう。
うがーっと、まるで怪獣のように小さく吠えていると、ふと窓を見て気付く。
ヘルナイトさんが私達を見ていたのだ。
遠くだったけど、それでもヘルナイトさんは気付いていたらしい……。
それを見た私はみゅんみゅんちゃんの肩を叩くと、みゅんみゅんちゃんははっとして私がいる後ろを振り返る。
「あの……私もう……」
「あ、ああ、ごめん……。なんか話していたよね? なんかごめんね……」
「ううん、いいの……。みゅんみゅんちゃんの気持ち、ちゃんと聞けて良かったから……」
そう言って微笑むとみゅんみゅんちゃんはそれを見て、なんだかいいことでも聞いたかのように溜息を吐いて、そしてドアに向かって進みながら私を見ないで言う。明るい音色でみゅんみゅんちゃんは言った。
「――そう言うことは、現実で言ってほしい」
「……うん」
そう言って私はたっと駆け出す。みゅんみゅんちゃんの後をついていくようにドアを開けて、ヘルナイトさん達の所に向かうと、ヘルナイトさんは私を見て近付き……。
そっとしゃがんで私に聞いた。
「……話はすんだのか?」
「はい……。ごめんなさい」
そう私は申し訳なさそうに言うと、ヘルナイトさんはそっと私の頭に手を置いて……。ゆるっと撫でてから言う。凛とした音色で、それでいて優しい音色も含んだそれで言った。
「謝ることではない。私はそんなに怒っていないからな。それに……ハンナの表情が晴れた気がする、微笑むことが多くなった。その方が似合うと、私は思う」
私は俯いてしまう。
その言葉を言ったヘルナイトさんはきょとんっとして私を見ていたけど……。
正直なところ、恥ずかしいと思ってしまった……。
面と向かってそんな恥ずかしいこと言えない……、というか……、何で私はこんなに焦っているんだろう……。心臓もとくとく言って、そして私……、なんだろう、オレンジのもしゃもしゃで満たされているような……? あぁ! 顔も熱いっ!
あーもう、なんだろう……これ……。
顔の熱を逃がそうとパタパタしたい……。でもヘルナイトさんがいるからできない……。
そう思って黙っていると……。
「それに、今ハンナが居なくて正解だったと、少し思っているんだ……」
「?」
それを聞いて、私ははたっと驚いてヘルナイトさんを見る。
ヘルナイトさんは甲冑の頬の位置を指で掻きながら、「う、む」と……、なんだか言いづらそうにしている……。
アキにぃ達を見ると、アキにぃは顔を赤くしながら明後日の方向を向いている。キョウヤさんは口笛を吹きながら明後日を向いていた。
私はそれを見て首を傾げていると……、ヘルナイトさんは私の名を呼ぶ。
その声を聞いて振り返ると、ヘルナイトさんは立ち上がって私を見降ろしてこう言った。
「明日の明朝の件だが、私も頼まれている。徒党を組もうと決めたんだが、それでもいいか?」
「……はい。私も気になってましたし」
そう言って私は頷く。ヘルナイトさんはそれを聞いて、ただ。
「ならば、決定だな」と言って、その場を離れるように踵を返した。
私はそっと手を伸ばしたのだけど、ヘルナイトさんは足を止めて……。
「安心しろ。私はどこにも行かない」
それだけ言ってまた行こうとするヘルナイトさんだったけど……。