PLAY106 京平さんの堪忍袋事情④
「あ、あなたは……」
突然私達の目の前に音もなく現れたのは――煙管を咥えた状態で話をしてきたアカハさんで、アカハを見た私達は驚いた面持ちでアカハさんのことを見ていた。
最初に出会った時は座っていた状態で、立っている状態を見た時、思わず長身と思ってしまった。
背筋をピンッとしているから尚更長身に見えてしまうのか、アカハさんのことを見てなぜか呆けてしまう様な声が零れてしまったのは私だけ。
声を出したのはエドさんで、エドさんのことを見て……というかエドさんは私達の中では長身の分類で、ヘルナイトさんの次にでかい身長をしている。
身長何センチなのかはわからないけれど、ヘルナイトさんの次に大きいのだから……、多分百八十は超えていると思う (私判断)。
なのでアカハさんはそんなエドさんのことを「おぉ」という返事と共に見上げて――何かを感じたのか唸るような声を零すと、アカハさんのことを見てエドさんは「え? どうしました?」と驚きと困惑が混ざっているような音色で聞いてきたんだけど、アカハさんは首の後ろ、つまりは項を撫でながら……。
「いいや、お前さんはかなり背が高いな。そのせいで首が痛む」
と、きっぱりとした声で項の位置を撫でながら言うその光景を見て、お爺ちゃんなんだなぁと思ってしまったけれど、アカハさんの言葉を聞いたエドさんはショックを受けたのか、「あ」と、なんだか申し訳なさそうな声を零し、その後アカハさんの視線と同じになる様に膝を曲げて申し訳なさそうに謝罪の言葉を零す。
エドさんが膝を曲げるその光景はまさに猿が人間に進化をする過程の図のようで、腕を前にして項垂れているその姿を見たアカハさんは呆れ……、じゃなくて、苛立っているような音色で――
「そんな姿で謝るな。嫌味にしか見えんぞ――その姿は」
年寄りに対して軽く侮辱行為かそれは。
と言って、アカハさんのことを考えてやったことなのに逆に怒られてしまうという仕打ちを受けてしまったエドさん。エドさんはアカハさんの言葉を聞いて再度謝罪の言葉を述べる。
心の底からしょんぼりしているような『ごめんなさい』を聞いたのは、初めてかもしれない……。
そう思いながらアカハさんのことをヘルナイトさんの隣で見ていると、アカハさんの存在を見下ろしていた京平さんはエドさんの隣で驚いていたその顔から通常……、ううん。これは通常の中に隠れた何かが表情と言う箱から出そうになったかのような、そんな一瞬の顔。
その顔を見て私は一瞬驚いてしまったけれど、一体それがどんな顔なのかわからない。
もしゃもしゃも出なかったし、一瞬でもあったのでどんな顔だったのか、どの気持ちの顔なのかがわからない。京平さんがアカハさんに対してどんな顔をしていたのか、それがわからなかった。
それが怖いというわけではないけれど、その一瞬で見せたその顔が何なのか。
一種の好奇心。
探求心が私の中に芽生え始めていたけれど、私の芽生えなんて誰かが見ているわけでもなければ聞いているわけでもない。この場合は見ているわけでもないのでそんな私の感情を無視するように状況は進んでいく。
アカハさんの姿を見たコーフィンさんはアカハさんに向けて歩みを進めて近付きながらコーフィンさんはアカハさんに向けてこう言った。
「アカハサン。コノ度ハ我々ノリーダートソノ従者ガ大変ナゴ迷惑ヲ……」
そう言うと同時にすっと流れるように会釈の形で頭を下げるコーフィンさん。キッチリと、仰角四十五度で。
その光景を見てか、それとも同時に行動していたのか、シルヴイさんもコーフィンさんの横に立つと、コーフィンさんと同じように頭を下げて、凛々しくて張りがあるけれど申し訳なさ。今回のことに対して後悔が混じっているような苦しさも加わっているような音色でシルヴィさんも言う。
「あなた様方の大切なご友人を最悪の形で」
「ああ。あのことに関してだな」
でも、シルヴィさんの言葉がしべて言い終える前に、シルヴィさんの言葉に対して覆い被せて遮る様にアカハさんは声を発し、その声を聞いた二人は驚きの面持ちで顔を上げると、アカハさんはそんな二人に向けて呆れているというそれを体現したような姿で二人に向けて言う。
頭をガリッと掻き、咥えていた煙管を手にした後――アカハさんははっきりとした声で言った。
「紫刃のことで素直に謝ればいい。そんなことで許されると思っているのか? 本音を言えば儂はお前さん方も許せん気持ちだ。あの時お前さん達が止めていればこうはならなかったかもしれない。あの時できたかもしれない最善の行動をしていれば、紫刃は死ななかったかもしれないが……、そのことに関して貴様らは何の後悔もないのか? そんな気持ちで儂に対して謝ってきたのか?」
「っ」
はっきりとしたその音色の中に、声に含まれている感情に対し、シルヴィさんとコーフィンさんは固唾を飲むようにきつく唇を噛みしめ、なんとも言えない。そんな苦しい顔をしながら視線を下に向けていく。
凛々しいシルヴィさんもこの時ばかりは何も言えないと言わんばかりの顔で肌色の顔に青と言う感情の色を落として肌の色をどんどん変えていく。
コーフィンさんがいつヌィビットさんのチームに入ったのかわからないけれど、コーフィンさんの面持ちと青と紫、そして複雑に絡みに絡んでいる緑色のもしゃもしゃを見てコーフィンさん自身も言葉を失っている……。ううん。言葉にしたいけれどできないというもしゃもしゃを出していた。
シルヴィさん達はヌィビットさん達と行動していた人達。
その人達……、というかクィンクさんがした今回のことに関して言うと、二人は相当責任を感じている。
あの狐の人の感情は見たことがないし、機械の人 (あれ? そう言えばあの人はどこに?)も機械……? だから感情があるかどうかは正直なところ信じられない方が大きい。だからその二人に関しては分からないのだけど、シルヴィさんとコーフィンさんはきっと、ずっと気にしていたんだろう。
一緒にいたのに、クィンクさんの行動を止めることができなかった。
止められなかっら責任を、ずっと感じていたんだろう……。
「おいおいおっさん。おっさんが昨日シリウスに向かって変なことを言った奴か?」
「あ、京平」
そんなことを考えていると、アカハさんの言葉に対して京平さんが少しだけ苛立っているような音色を放ちながらアカハさんのことを見て来る。
……少しだけ。は違うかもしれない。京平さんは音色こそ少しだけに感じるけれど、京平さんから出ている赤のもしゃもしゃはその声量に合致していないもしゃもしゃの量で、もしゃもしゃの方が圧倒的に大きかった。
そのもしゃもしゃを見ることができた私は京平さんの赤いもしゃもしゃを見て、すぐにまずいと思って京平さんに向けて声を掛けようとした。私も、エドさんと同じように止めに入ろうと思い、声を上げようと口を開けようとした。
でも――
――スッ。と私の視界に突然入ってきた大きくて傷まみれの黒いグローブ。
「!」
それを見た瞬間私は驚きの声を上げることを忘れてしまい、代わりに息を止めてしまう様な声を出してしまう。
驚きの「わっ」と言う声ではなく、息が止まってしまう様な、そんな声とはいいがたい声。
そんな声を上げてしまった後で私は視界に入ったその傷まみれの手を見て、見覚えのあるその手の見た後、そのまま視線を上に向けて、その手の主のことを見ようと視線を上に向けていく。
上に向けて……、見上げるようにその視線を手の主に向けていった私は、小さな声でその手の主の名を呼んだ。
「ヘルナイトさん……? どうして……」
もうお分かりかもしれない。それでもここではしっかり言って行こうと思う。
視線を上に向けて、そして私の行動を大きな手で遮った人物――ヘルナイトさんは私のことを見下ろしたままその手を動かそうとしない。
てこでも動きたくない。そんな言葉を体現したような面持ちで私のことを見下ろし、私の言葉に対しても返答も動こうともしないで、ヘルナイトさんはその状態のまま私のことを見下ろしたまま遮りを続けていた。
今までの中でヘルナイトさんがこんなことをすることはなかった。
いつも私のことを守ってくれる背中。姿しか見ていない私にとって、この遮りを見た瞬間私の脳内は混乱と言う名のスムージーが調理されている。
なんで止めるの? なぜヘルナイトさんがここで止めるのだろう? 何を理由にそんなことをしているの?
頭の中にどんどん浮かんできた言葉達が私の脳内で騒ぎ出し、その騒ぎを鎮静化するために脳の中でシェイクが始まって言葉にしようにもできない。そんな気持ちが私の心に引っかかりとなって現れ、喉の奥で引っかかっているような突っかかりを感じてしまう。
これが本当の喉の奥で引っかかって言葉にできない。というものなのだろうか。
そんなことを頭の片隅で、運よくスムージーにされなかった言葉を脳内で復唱すると、私のことを見下ろして止めていたヘルナイトさんが遮りを作っていない反対の手を徐に口元にやり、その手を僅かに握る様に動かした。
流れるような動作で、ヘルナイトさんは遮りを作っていない手を口元にやり、そのまま人差し指を立てると、その口元の前で人差し指を添える。
そう、ヘルナイトさんは私に『静かに』と言うそれを行動で示したのだ。
ヘルナイトさんのその行動を見て私は一瞬首を傾げて「え?」と言う声が零れそうになった。けれどその声も喉に突っかかってしまい声にできない。
声にすることができない私の顔を見てか、ヘルナイトさんは動作で『静かに』と言う意思表示をしたけれど、口に添えていた人差し指を突き出すその手を解き、そのまま元の位置――つまりは手を下ろした状態にした後、ヘルナイトさんは行動に対して困惑している私に向けてこう言った。
小さく、私にしか聞こえないそれで――ヘルナイトさんは断言のようなその言葉を言った。
「これは君が入べきではない」
「!」
「いいや――君は入ってはいけない。これは当事者同士の話。本人達が話さないといけないところだ。部外者が勝手に横入りしてはいけない」
ヘルナイトさんは言った。私に向けて、と言うか私の行動を読んでいたみたいな言い方で、ヘルナイトさんは私に向けて断言をしたのだ。
これは私が入るような事態ではない。と――
その言葉を聞いて私は再度前を向いて、ヘルナイトさんの手で遮られている視界の向こうにいるアカハさんと京平さん、そしてそんな二人のことを見て何とかヘルナイトさんの指の間越しに見ると……。
私は言葉を失ってしまった。
………違う。そんな言葉では済まされない。
言葉を失うどころか、ヘルナイトさんの言葉を忘れてしまうほどの衝撃の光景が私の視界に……、ヘルナイトさんの指の間越しだけど視界に広がったのだ。
京平さんがアカハさんの着物を掴んでいるその光景を。
まるで胸ぐらを掴んでいるようなその光景を見て、私は思わずヘルナイトさんの遮っている手を掴み、その手をどかそうと走りながらその手を動かそうとした。
でもびくともしない。当たり前かもしれないけれどこの時の私はそんなことを考えることできなかったのかもしれない。目の前に広がる世界を重点に置いて、その後で即座に行動できることをした。
たとえそれができないことであろうとも、できるだけすぐにできて、すぐに次の行動ができるというタン直と言っても過言ではないことを私はしていた。
我ながらすごく頭が悪い行動。
自分の脳内自動演算行動があまりにも単純というか、スペックが低いことにも驚きだけど、そんなことを延々と考えるほど私の頭は正常じゃない。前しか見ていない半分壊れてしまった機材。
私の力でヘルナイトさんの手を動かすことなんてできないのは当たり前だ。男女の力の差はでかい。どころか私は齢十七歳。大人のヘルナイトさんの力に勝てるなんて絶対にありえない。
弱いなだけに。
って、そんなしょぼいダジャレを言っている暇なんてないっ! 今は京平さんのことを……っ!
そう思っているのに、ヘルナイトさんの手をどかそうとしているのに、それができないと今更わかるとヘルナイトさんから離れて間を掻い潜る様にしようと思って行動したけれど、その行動もさせないと言わんばかりに私のことをがしっと掴んで抱き寄せる様にするヘルナイトさん。
今まで私のことを抱きかかえるように、抱きかかえて守る様に行ってきたその行動を、私の拘束に使って――
「っ! ヘルナイトさ……っ!」
私は私のことを抱えるようにして行動を阻害しているヘルナイトさんのことを見上げる。
勿論怒りはあったけれど、それよりも驚きと混乱が勝っているせいで怒りが顔に出なかった。どころか怒りなんてどこへやらと言う感じで私はヘルナイトさんの行動に驚きのそれを浮かべながら聞くと、ヘルナイトさんは私にしか聞こえない音色で――
「――行かない方がいい」
と言って、ヘルナイトさんは私の行動に制限をかけ、それ以上先に行かせないようにする。
凛としている音色の中に含まれる諫めを感じ、怒られている様な……、注意されているような……、そんな雰囲気を感じながら私はヘルナイトさんのことを見る。
見て……、そして思う。
何故だろう……。前にもこんなことをされて、怒られたような、止められたような……、そんな気がする。と――
私はヘルナイトさんにこんなことをされたのは初めてなんだけれど、何だろうか……、h締め手の感触ではなかった。前にもこんな感じで止められて、何が何でもその場所に行こうとしている私のことを止めるその高速に仕方に、私は懐かしさを覚えたのだ。
一度もこんなことされたことがないのに、なぜこんなにも懐かしく感じるのだろう……。
そんなことを脳内で巡らせていると、唐突に声が私の耳にするりと入ってきた。
「おっさん。正直俺達はシリウスがどんな気持ちでいたかなんてわからなかった。どころか表の顔しか見ていなかったから、そんなことを考えていたことも、そんな思惑があったことも知らなかった」
最初に私の耳に入ってきたのは――京平さんの声。
その音色には怒りと言うものがあったけれど、その怒りの中には自分の気持ちが含まれていて、困惑も含まれていた。
一時ヘルナイトさんの手越しでしか見えなかったけれど、今は私のことを止めるために抱き寄せているのでその光景をちゃんと見ることができた。
だから私はヘルナイトさん越しに見てしまったのだ。
京平さんから零れ出る赤いもしゃもしゃの中に渦巻いている色んな色の感情……、というか、青や暗い色が集結してしまったようなもしゃもしゃを包み込んでいるような赤いもしゃもしゃを、私は見た。
こんな例えが正しいのかはわからないけれど、よくホラー漫画に出て来そうな青と紫が混ざった不気味な炎のような、そんな炎の配色。
京平さんの心の表れのもしゃもしゃの炎を見た私はヘルナイトさんに止められているけれど、止められていることも忘れてしまうほど私は京平さん達のことを見てしまう。
見入ってしまう。
そう……、その光景を見ることに集中してしまって、止めることをやめてしまった。
ゲームで言うところのコマンドが消えてしまったかのようなブレーキ具合。
そんな感覚を味わいながらも私はヘルナイトさんの腕の中で、意味のない拘束をされながら京平さんの話に耳を傾ける。みんなも同じように京平さんの話に対して耳を傾けていて、驚きのまま固まりつつも状況を聞こうと、何とか状況を呑み込もうとしている。
しょーちゃんでさえもその光景を見ながら驚きで目を見開いて固まっているけれど、その固まりは真剣――つまりは聞いていませんではなく、ちゃんと聞いているという顔をしてしょーちゃんも耳を傾けていて、誰もがその光景に、胸ぐらを掴まれているアカハさんのことを助けることも、その胸倉を掴んでいる京平さんのことを止めることもなく、みんながみんな……京平さんの言葉に耳を傾けることに徹していた。
静寂の中で余計に響く京平さんの声。
苛立っているように聞こえているのに、怒りと言うものを感じるのに、なぜなのかそれを怒りとして捉えることができない。
矛盾に感じてしまうその言葉。
そんな矛盾の言葉を京平さんはアカハさんに向けて続けるように、畳み掛けるようにして言う。
「俺達は確かに異国っつー世界の冒険者。余所者の冒険者だ。この国の人間……、この国の生まれじゃねえから俺達に対してあんたらは絶妙な距離を取っているのも分かっている。親切だがそれと同じくらいの拒絶みてーな気持ちを同じ重さにして、それを表に出すようにしている。天秤見て―にぶらぶらさせねーように絶妙な塩梅でいることも知っている。シリウスもそうだ。俺達のことを信頼しているとか言っておいて全然自分のことは話さなかったかんな」
「よく理解しているな翼竜の小僧」
「ああそうだな。俺はワイバーンの小僧だべ。まぁ人間人格を持ったワイバーンにしか見えんし、人間に化けることができている異常体でもあるけれどな、俺は生きてきた人生の中で人として死のうとしたのは一回だけだ。だからこそ言えるんだよ。オメーに対して、ここで鬼族全員に殺されても悔いなんてねーって思えるほど、俺は反発できる。だから俺はここで言いたいことを言う事にするべ」
「……なんとも単純ともいえる様な宣言だな」
「ああ単純で結構。俺達人間は案外単純なんだよ。その中でも俺はスンゲー単純でスンゲー頭使うことが苦手な男だ。そんな単純な男でもわかることはあるんだ。昨日のリカを見ちまったら、黙っていることなんてできねえよっ」
『!』
長い長い京平さんの怒りと言えるような言葉の数々。その言葉を受け止めるという姿勢で一貫しているアカハさんの光景を見ていた私は、京平さんの言葉を聞いて……、京平さんの口から零れたリカちゃんの名前を聞いた瞬間、はっと息を呑み聞き漏らさないようにしていたその姿勢を更に固いものにする。
普通に聞いていたそれを聞き漏らさないように、耳に集中を注いで――
耳に力を入れて集中し、聞き漏らさないように身構えていると、アカハさんは京平さんが放ったリカちゃんの名前に対し、少しだけ半音を上げているけれど、それでもまだ低いような音色で言っているように聞こえてしまう――そんな疑念の音色で『リカ?』と聞くと……。
「京平、もうやめよう。やめてって。そんなことをして何になるの? ただ京平の気持ちに整理がつくだけのことだろう?」
今まで京平さんの行動に対して諫めをかけていたエドさんがもうだめだと言わんばかりに音を上げ、アカハさんの胸倉を掴んでいる京平さんの腕を掴んで話そうと試みる。
ガッと京平さんの胸倉を掴んでいる手首を掴み、そして反対の手で京平さんの肩を掴んで引きはがそうとしているけど、京平さんは言葉通り『梃子でも動かない』を徹している様子で、『ぐっぐっ』と、引っ張って引きはがそうとしているエドさんの行動を妨害するように離れようとしない。
どころか……。
「整理なんてもんじゃねぇっ。俺の気が治まらねえんだよっ! エド――オメーだってそうだろうっ? オメーだって混乱してんだろ? なんでこうなっちまったんだって思ってんだろ? このおっさんたちがあんなことを言わなければ」
「京平仕方がないよっ。これはおれだって予想できなかったし、それにもっとおれが考えておけばよかったんだ。おれの信用し過ぎが仇になっただけなんだから」
「今回は信用し過ぎとか親切心とかそんなことじゃ話がつかねえだろうがっ。それに……、今回は俺自身がイライラしてんだよ! このおっさんがシリウスにあんなことを言ったせいで、リカがとんでもねーくらい落ち込んでいるんだ。あいつのあんな顔、もう見たくなかったっつーのに……、また見せられちまったらこっちだって気が気じゃねえんだっ」
「おれはわかるよ! おれだってその気持ちはある! 今だってあるさ! でも今回は……」
そう言って、エドさんは言葉を詰まらせて俯いてしまう。
今まで見たことがない……、私はエドさんと長い間一緒に行動していない。むしろ短い間という期間しか行動していないけれど、それでもエドさんは今まであんな顔を見せたことがなかった。
俯いて、その顔を見せないようにしているけど……、それでも分かってしまう。もしゃもしゃを読まなくても分かってしまう様な、エドさんの感情。
悲しさと言う感情と、悲痛しか感じられない感情が、エドさんの背中に重くのしかかっているような、そんな重苦しくて悲しい空気。
シリウスさんの一件は確かに悲しくて衝撃的で、何より裏切りと言うそれを感じてしまった。それは私も悲しかった。でも、エドさん達は今まで一緒に旅をしてきたんだ。私よりもそのダメージはでかいだろう。
重ねて、エドさんと一緒に行動して、その道中一緒に苦楽を共にし、それと同時に友情も育んできたリカちゃんにとって、今回のことはかなり衝撃……、ううん。とてつもない心の傷を負ったに違いない。
心の傷。
それは大げさかもしれない。
でもそういう例えしかできない私は多分言葉の箪笥が少ないのだろうけど、そう例えるしかできないほど、京平さんの口から吐かれたリカちゃんの状況は苦しいもの。
見た目にそぐわない幼さを持っているリカちゃんだからこそ、精神的に幼いリカちゃんだからこそ……、この中で一番幼く、そしてその幼さゆえにシリウスさんの変化に対して敏感なリカちゃんだからこそ、今回のシリウスさんの一件は心の傷を負うのと同じくらい苦しいもので、そんなリカちゃんとシリウスさんのことを見たからこそ、京平さんはアカハさんに問い詰めようとしたんだ。
だから代理志願をした。
その表れと言わんばかりに京平さんはアカハさんに向けて、止めていたエドさんの緩みの隙を突くように、弱くなった瞬間に京平さんはアカハさんの胸倉を掴んだその手をぐっと自分の方に引き寄せ、同時に京平さんは自分の頭を前に向けて倒すように動かす。
「あ! ちょ……っ!」
京平さんの行動に驚きのの声を上げてエドさんはすぐに止めようとしたけど、その止めも遅かったのか京平さんの行動が止まることはなく、流れに乗る様に京平さんはその行動を行った。
効果音で言うと、『ぐぃっ!』とアカハさんのことを引っ張ると同時に、自分もそのまま前に向かって倒れるように勢いをつけると……。
――ごっっ!
と、周りに鈍くて重い打撃音が短く、そして痛々しく響き渡り……。
『――っ!』
その音を聞いて、音の原因でもあるそれを見てしまった瞬間、私やヘルナイトさん、そしてみんなが驚きの声を上げて肩を短く、小さな波を立てるように震わせる。
視界に広がる……、京平さんがアカハさんの額に向けて頭突きを繰り出したその瞬間を。
頭突きをくらわして、ぶつけた箇所から微量のそれが鼻筋を伝い、そのまま鼻の横を流れていき皺を道にして、顎を伝って落ちていく。
ポタ……ッ。ポタ……ッ。
木で作られた床に滴り落ちていく鬼族とワイバーンの混血。
それは京平さんの足にも落ちて、アカハさんの着物を汚していく。
これはも一種の傷害事件現場。
そんな状況の中、京平さんは視線の目と鼻の先にいる驚いて目を見開いてしまっているアカハさんに向けて覇気のある声で凄むように言った。
「ちょっとはそいつの周りにいる奴のことを考える余裕とかねーのか? 年長のくせにそんなことも考えられねーんか? 自分のことしか考えられねーのかこのくそジジィ。自分達が今までひどい人生だったからって、その意趣返しをしてもいいって言うのか?」
あんたらそんなねちっこいことをして、何が楽しいんだ?
その凄みの声が周りに響き渡り、京平さんの言葉が終わると同時に静寂が流れていく。
ずっしりと圧し掛かる様な凄みとしぃ……んとしている静寂。言葉で聞くと、正反対に感じてしまいそうなそれだけど、私達はその二つを体験してしまっている。
京平さんのアカハさんに対しての本音。
そしてその後の答えが一体何なのか。
アカハさんは一体何を答えるのか。
一日の始まりであるにも関わらず、早速来てしまった昨日のデジャヴ。
重苦しく感じてしまうこの状況の中、アカハさんは京平さんに対して何を言うのか。
私は固唾を飲みつつ、京平さんと同じように額から自分の体に流れるそれを微量だけど流しているアカハさんに視線を向けた時……、アカハさんはじっと京平さんのことを至近距離で細めた目で見つめた後、その場でそっと口を開いた。




