PLAY106 京平さんの堪忍袋事情③
さぁ――行ってらっしゃいませ。
その言葉を聞くと不思議と前に進みたくなるようなそれを感じてしまい、行きたくない気持ちが吹き飛び、足が前に向かう。前に進む気持ちが込み上げてくるような魔法の言葉。
そう私は思っていて、この言葉は案外好きな言葉だったりする。
一応私が最も好きな言葉は『ただいま』で、この言葉を聞くと不思議と安心するから好きな言葉第一位だった。
でも……、今回は違う。
シチさんから放たれた言葉を聞いても、私は前に進む気持ちが全く込み上げるどころか、前に進みたくない。この人の言葉を聞きたくない気持ちがどんどん込み上げてきて、反抗したい。この人の言うことに対して反論をしたい気持ちが湧き上がってきた。
シチさんの声から放たれたその言葉には温かみなど一切なく、その言葉には冷たさしかなかった。
違う。
この『さぁ――行ってらっしゃいませ』は違うんだ。この言葉をそのままで受け取ってはいけない。
そう私は直感した。
言っている意味が分からない?
多分数秒前の私だったらそう言うかもしれない。
その言葉をそのまま受け取っても問題ない。どころかそのまま受け取ってもいい言葉でもあるし、もしかすると今の私の過剰な妄想なのかもしれない。
でも、されどでもだ。
今私はシチさんの『さぁ――行ってらっしゃいませ』を聞いた。
その前にシチさんが思うことを全部ではないけれど聞いた。鬼族以外の種族に対しての恨みつらみを短い間であったはずなのに延々と聞かされたかのようなそれを感じて……。
そのことを聞いた後でのこの言葉を聞いた瞬間、私は思ってしまった。その言葉をそのままで聞き取らず、とある言葉に変換して聞いてしまった。
よく遠回しに本音を言うというようなことがあるけれど、今回はそれと同じで、シチさんは私に向けてにっこりと張り付けた微笑みを浮かべて言ったんだ。
『さぁ――行ってらっしゃいませ』
その言葉を……。
『早くあっちに行ってくれ。もう話したくないんだ』
と。
そのことを感じた……、思い過ごしかもしれないけれどそう思ってしまうのが人間の性なのかもしれない。
そう思った私は一時は行きたくない感情があったけれど、シチさんの黒くて厚みのある隔てのもしゃもしゃを感じ、私は仕方がないというか、これ以上話をしても、その場にいても多分状況は変わらない。そう思ってシチさんの言葉に従うように思い足を上げて、前に向けて足を進めていく。
すたっ。すたっ。すたっ。
今まで私の足音しか聞こえなかった空間には、私の足音しか聞こえない。
シチさんが歩いていた時は私のi外しか聞こえなかったのですごく違和感があったのだけど、今は私しか歩いていない。あの音のない歩みが一体何だったのか。そしてシチさんが言っていた『鬼の郷の姫の教育係兼鬼の郷の要の一人』のことも聞けなかったけれど、それは多分永遠の疑問として一時的だけど残り、そして風化して消えてしまうだろうな。
後半は後から思い出して疑問に思っただけなんだけど、結局は思い出し損。
多分、これは永遠に埋まらない溝だ。
過去に流れてしまった血の量が恨みになり、その恨みが固まってしまったかのような、血の溝。
その溝を埋めることはもうできない。叶うことができない想いになってしまうだろう。
私はそのまま思い思い足を進めて、シチさんの前にいるみんなのところに向かって歩みを進めていく。
背後から感じる黒いもしゃもしゃ。
仲良くなりたいという淡い希望でさえも、甘い考えを粉々に打ち砕いて、砂の様にボロボロにしてしまうような拒絶のそれを感じつつ、その拒絶のもしゃもしゃが空気に溶けてなくなっていくような喪失感を、鳥肌と冷たい汗を流しているその背中で味わいながら……。
□ □
「あ、来た」
「あ! はなっぺーっ!」
「やっとか」
私が近付いて来たことに気付いた瞬間、声を上げて私に向けて手を振る人や視線を向ける人、そして安堵のそれを零す人など様々な人達が私の姿を見てそれぞれの感情の表し方を示した。
私の視線の先にいたのは――ヘルナイトさんとしょーちゃんにデュランさん、エドさんと京平さん、シルヴィさんとコーフィンさんがそこにいて、私のことを見て各々がそれぞれの感情を表に出して私のことを見つめていた。
声を上げたのは上からエドさん、しょーちゃん、そしてシルヴィさん。シルヴィさんに至っては腕を組んでなんだかむすっとした面持ちでいるので、私はシルヴィさんのことを見て駆け寄りながら――
「ご、ごめんなさい……。遅れてしまいました」
と、私はアルスさんの前に駆け寄った後、彼女の前で頭を『ぺこり』と下げて謝罪を述べる。その言葉を聞いていたシルヴィさんは一瞬驚きの声を零しそうになっていたけれど、近くにいたコーフィンさんがシルヴィさんに向けて耳元で何かを囁いていた。
コーフィンさんの機械めいた片言の小さな音が聞こえたけど、何を言っているのかはよく聞き取れない。それほど小さな声で言っているのだろうけど、そんな小さなコーフィンさんの声を聞いたシルヴィさんは唸る様な声を零したのはしっかりと聞こえた。
その後シルヴィさんは私に向けておずおずと言った形で「か、顔を上げてくれ」と言ってきた。その音色には凛々しさと言うかハキハキしているそれはない。僅かに残っているけれど大半はなんだか申し訳なさそうな音色が零れていて、その声を聞いた私はそっと顔を上げてシルヴィさんのことを見上げると……。
「別に怒っているのではない。何故か色んな輩に怒っていると勘違いされるのだが、私は断じて怒ってなどいない。だから謝罪などいらない」
と言って私のことを見下ろした後、悩んでいるそれを溜息として吐き出すようにそれを零すシルヴィさん。頭を抱えて目を閉じるそれはまさに相当舞ったと言わんばかりの行動。その行動と言葉を聞いて、更にはシルヴィさんの体から零れだすもしゃもしゃを見た私は――シルヴィさんが言っていることが本当だと知ると同時に、困った顔をして謝罪を思わず零してしまう。
私のその言葉を聞いてか、シルヴィさんは頭を抱えた状態で「だから怒っていないんだが……っ?」と、少しだけ苛立ったような音色を零すけど、その光景を見ていたのか、コーフィンさんが「オ前ノソノ顔ト仕草ガ原因ナノニナゼワカラナイ?」と、機械の片言でさらりとシルヴィさんに向けて正論のような言葉をぶつけてくる。
そんな光景を見ていたエドさんやしょーちゃんはなぜかシルヴィさん達の後ろでうんうんと頷きながら腕を組んでいる。まるで同文と言わんばかりの顔を見て、私は昨日と違う面々だからなのか、なんだかさっきまで感じていた緊張というか、恐怖が少しだけ引いて行くのを感じた。
シチさんから感じた拒絶とは違う……、和やかとは程遠いけれど緊張が解れるような感覚を……。
先ほどまでの暗い空気とは一変した和やかな空気の温度差。と言うよりも寒暖差の方がいいのかな? 自分の言葉の箪笥が少ないことに対して少しだけ歯がゆさを感じていた時、負とヘルナイトさんの声が私のことを呼んだ。
その声を聞いて私ははっと息を零し、すぐに背後を振り向き、そして見上げる態勢に入る。この見上げに対してはほとんど無意識でもあるので、私は反射的に見上げる。見上げて視線を上に向けると――視線の先にはヘルナイトさん。
しかもヘルナイトさんは私のことを見下ろし、いつも真っ直ぐな姿勢を私のことを見下ろすために少しだけ曲げている。そんな姿勢でヘルナイトさんは私のことを見下ろし――
「どうしたんだ? 少し顔色が優れないようだが……」
と言って、ヘルナイトさんは私の頭に大きい右手を『ぽすり』と乗せる。
いつもながらこの行動は何回も体験しているのだけど、なぜか慣れない。というか数多に手を乗せられるだけでなんだか、何というのだろうか……。恥ずかしく感じてしまう自分がいる。
何回も体験しているのだけど、その頭にかかる重み、温もり、そしてごつごつしているその手の感触を頭で感じながら、私はヘルナイトさんのことを見上げて慌てて言葉を零す。
「あ、な、何でもないです。昨日少し遅く寝てしまったから眠たかったのかもしれません……」
「昨日? そうか……。確かに、昨日は、な」
私の言葉を聞いたヘルナイトさんは一瞬首を傾げそうになった。本当に傾げる寸前だったので、厳密には傾げていない。だからその前にヘルナイトさんはその行動をする前に気付いたのだ。
昨日のことを思い出して……。
まぁ、本当に眠れなかったからシロナさんと話したのは嘘じゃない。でもシチさんのことは話さない。ここで正直に話しても大丈夫だと思うんだけど、直感がそれを拒んだ。私の勘と言う名の直感がそれをさせなかった。
なぜさせなかったのかはわからない。でも、あのもしゃもしゃを感じたら……。そう思ってしまったら話すことを拒んでしまう。怖くてできない。それが正直な本音。
別にどこかで見ているとかそんなことじゃないんだけど、あれを見てしまったら話す子ですら拒んでしまう。そんな恐怖が私の中に残っているせいで、そのことを話すことができなかった。
和んでいる空気に浸っても消えないその恐怖。
それを再度認識した私はヘルナイトさんに向けて本当のことを言ったのだけど、嘘も含まれている。そんな曖昧な返答をした。
曖昧と昨日のこともあってヘルナイトさんはすぐに理解して、考える仕草をするように私から視線を逸らす。私の頭に手を乗せた状態でヘルナイトさんは昨日のことを思い出しているのだろう。なんだか神妙な空気がヘルナイトさんの体から零れている。
そのこぼれを察した私は内心……、あ、昨日のこと、やっぱりヘルナイトさんも複雑だったんだな。と思う反面――よかった。気付かれていないと安堵をするという私自身もなんとなく複雑になってしまう様な感情を抱いてしまう。
安堵と神妙。
いうなれば正と負の感情が釣り合っているような、そんな感覚。
そんなことを感じながらヘルナイトさんのことを見上げていると、話を聞いていたのか突然私達の間に入り込み、そして「うんうん」と頷きながらその人は私に……、なのか、それともヘルナイトさんなのかはわからないけれど言ってきた。
「昨日は昨日でどろっどろの濃密な一日だったかんな。俺自身もネギトロの様にぐちゃぐちゃだったべ」
「わ」
「! 京平。どうしたんだ突然」
突然私とヘルナイトさんの間に入り込むように私達の横に立ったのは京平さん。
彼は腕を組んだ状態でうんうんと頷き、目を閉じた状態で思い出すような仕草をしてから「そうだった。そうだった」愚痴の様に言葉を零していく。
そんな京平さんの登場に私は声をしながら目を点にして驚き (多分画にすると目が点になってると思う)、ヘルナイトさんは突然その場所にいた京平さんに対して驚きつつもなぜそんなところにいるのかということを冷静な面持ちで聞いていた。
「え? 昨日って確か、暗い部屋で話をしただけな気がするんすけど?」
「ショーマ、貴様何を言………、あぁ、そうだった。お前に聞いても無駄な徒労だった。すまんな」
「あのちょっとさりげなく俺馬鹿にされていません? ねぇ俺寝ていた間に何があったんすか? ちょっとーっ! デュランの兄貴ぃーっっ!」
「……ナニガアッタンダヨ。オ前等」
なんか背後でしょーちゃんとデュランさんの声が聞こえて、その後コーフィンさんの声が聞こえた気がするんだけど、しょーちゃんの話を聞いて一瞬『え?』と思ったけど、すぐにデュランさんと同じ反応になってしまった。
そう言えば。と思ってしまった。
だってあの時――しょーちゃんずっと『ぽけーっ』としていたから、しょーちゃんにとって昨日のことは半分も覚えていないのと同じだった。
つまり覚えていることはこの郷に入ってからのことだけで、それを思い出すと、デュランさんと同じように『あぁ、そう言えばな』と思ってしまった。
あの時のしょーちゃん、本当にいなかったよねと思ってしまうほど影薄くなっていたからな……。
そんなことを思い返していると、私の横で京平さんが言葉の続きを放つように言葉を放つ。深い溜息を吐きながら京平さんは言う。
「昨日の一件――大変だったんだってな。エドから聞いたべ。かなりヘビーな話だったんだってな」
「!」
「聞いたのか」
「おう――と言っても、シリウスのあの姿を見ちまったらな。誰だって『あー重苦しい話だったんだなー』って思っちまうって。まぁこれはエドの話を聞いていなかったらの話しだけどな……。だがそれでも聞きたくないことがあると聞きたくなっちまう。これが人間の悪いところでもありいいところでもある。んで聞いた結果俺が代理で行くことにしたってことなんだべ」
京平さんの言葉を聞いた時、京平さんの口から昨日のことを聞いた瞬間私は驚きの声を零す。昨日の一件と聞いてしまったら、あれしかない。そんなことを思っているとヘルナイトさんも察したのか、京平さんに向けて聞くと京平さんは頷いた。
京平さんの口から放たれていくシリウスさんのことを聞いた時、私は思わずエドさんのことを見るために視線をエドさんに向けてしまう。これは本当に無意識で、私の視線に気付いたエドさんはぎょっとした面持ちで私のことを見た後、なぜか困ったように笑みを浮かべて頭を掻く。
小さく『いやー』と言う声が聞こえたので、本当に困ったという顔をしているのだろう。そんなエドさんのことを見て、そしてエドさんが纏っているもしゃもしゃを見て私は何となくだけど理解する。
エドさんの周りを守る様に出ている色んな色が混ざっているけれど、曇りもなく微かに安堵の色――淡い黄色やオレンジと言ったその色を見て……、きっとエドさんは京平さんにだけは話したのだろうと理解して、でも話せてよかったって内心思っているのだろうと、自分なりに納得した。
そんなエドさんのことを見ていたしょーちゃんは首を傾げて「どしたんすか?」と聞いていたんだけど、エドさんはしょーちゃんに対して「いや、大人の事情というか、こっちの話だから」とはぐらかす。
エドさんの言葉を聞いたしょーちゃんは、まさに三歩歩いた鶏の様な物忘れを面持ちで首を傾げている姿をよそに、京平さんは私の肩に手を軽く置き、うんうんと頷きながら京平さんはしゃがみ――
「シリウスの一件に関してはショックがでけーのは理解できる。それを間近で見て聞いちまったエドや嬢ちゃんの衝撃は計り知れねー。色々となんか面倒なことになっちまったのも、エドから聞いて何とか理解できた」
と言って、京平さんはその後に続くように『だけどな』と言って、京平さんは私のことを見た後、にっと口角を上げるような笑みを浮かべて、明るい音色で続きの言葉を言った。
最初に出会った時と同じような顔で京平さんは言った。
「嬢ちゃんがその心配をする必要はねーって。こう言うねちねちした案件は俺達大人の務め。んでもってこれは俺達レギオンで解決することだ。シリウスのことが心配なのも分かる。んで嬢ちゃんのことだからあの三枚舌野郎のことや三枚舌野郎ゾッコンエルフのことも心配だろうけどな……、そのことでいろいろと考えることはやめておけ。この問題は本人たちの問題でもあり、嬢ちゃんが悩むことじゃねーよ。んなことを悶々と考えて心配するよりも今とこの先の明るいことを考え想像したほうがずっといい。大将さんもこんなにオメーのことを気にかけてんだからそんなに心配すんな」
世の中って言うのは九割実現しねーんだから。
そう言って私の肩に手を置いた状態で言う京平さん。ニカッと牙が見えるような笑顔を向けて――
京平さんの音色に悲しさと言うか負を感じさせるようなもしゃもしゃはない。どころか明るいもしゃもしゃしかない。前向きな感情が溢れ出ているようなそれを出して京平さんは私に言ったのだ。
心配するな――と。
言葉からでも分かるけど、京平さんはきっと私とヘルナイトさんの会話を聞いていたのだろう。だから心配しなくても大丈夫だって言ってくれたんだろう……。
厳密にはシロナさんと話しをしていたから夜更かしをしただけなんだけど、正直なところ京平さんの言う事も一理あった。だから敢えて言わないことにして、私は京平さんに向けて頷きつつ、控えめに微笑みながら京平さんの優しさを受け止めるように感謝のそれを述べた。
ちゃんと――『ありがとうございます』を言葉にして。
そんな私の言葉に京平さんは再度ニカッと笑みを浮かべて「いいっていいって。こう言うのは大人のお節介ってもんだから気にすんな。気にするだけこわいだけだべ」と言っていたけれど、京平さんの『怖い』と言う言葉を聞いて首を傾げてしまう私。
何故怖いの? 何が怖いのだろうと思っていると……。
「よし、肩の力抜けたな。そんじゃ……、ここからちょっとばかし本題に入るべ。なぁ嬢ちゃん」
京平さんはそんな私の思考をよそに私の肩に置いていたその手をそのままにし、更にと言わんばかりにもう片方の手を手が置かれていない反対の肩に『ぽんっ』と置く。
それはまさに私の両肩に手を置いて、視線を逸らさないようにする施しの様に私のことを見る京平さん。
その目と私と視線を合わせた瞬間に見せた真剣な顔を見て、そして今までの和やかが嘘のような真剣なもしゃもしゃと目に、私は一体何があったのかと思いつつ、なぜ突然こんな視線をと思いながら京平さんのことを見つめる。
今までとは違う雰囲気にしょーちゃん達やヘルナイトさんも驚きつつも固くなっていく空気に呑まれながらもその空気に順応するように固唾を飲んで京平さんの言葉を待っている。
「どうしたんすか?」
あ、違う。厳密にはしょーちゃん以外のみんなだ。
しょーちゃんはここぞとばかりにすごく格好いいところを見せる人なんだけど……、やっぱりなのかな。少しばかり、空気を読んでいないところは玉に瑕なのかもしれない。
しょーちゃんの短所のことを見てうーんっと心の中で唸っていると、京平さんは私のことを見て真剣な音色と視線で聞いて来た。
「嬢ちゃんに聞きてぇんだ。これは放置してしまったらだめなことでもあり、俺にとっても重大なことでもあるんだ。だから真剣に聞いて、答えてほしいべ」
「は…………、はい」
「よし――そんじゃ、嬢ちゃん」
真剣で、真っ直ぐな眼差しで聞いて来た京平さんの言葉に対し、私は固唾を飲みつつ、真っ直ぐ見つめられる視線に対して困惑というか、少しばかりの恥ずかしさを感じてしまっていた。
人は真っ直ぐ見つめられるとどんどん恥ずかしくなるって聞くけど、こう言う事なのかな? なんか見つめられると恥ずかしくなる……。逸らしたくなるけれどそれを阻止するように真っ直ぐな目で京平さんは見て来る。
貫通するようなその視線を受けながら京平さんは真剣な音色で聞いて来る。
重要と言えるような、その発言を――
「ついさっき話していたあの女性――嬢ちゃんから見てどんな感じだったべか? キレイ系か? セクシー系か? プリチー系? それともできる女系か? 俺的にはセクシー」
「シリアスと感動ぶち壊しにしないで。今京平の好感度上がったのに台無しになっちゃったよ」
「初めて出会う輩に対してこんなことは言いたくないのだが、あえて言おう。煩悩の塊蜥蜴、そこに直れ。直ったらその性根叩き直してやる。何回死にたいんだ?」
京平さんの真剣で重要と言えるような言葉を聞いた瞬間、緊張と言う名の重苦しい空気が一気に消え去り、同時エドさんの言う通り京平さんに対しての好感度が下がったことは、言わないほうがいいかもしれない……。
□ □
「いやいやいや何マジになって明らかに好感度下がったような顔になっているんだべっ? 冗談……、とは言えねーけど、男だったらきれいな女性がいたら気になるのは男としての性だろっ!?」
「いいやおれはない。全然ない。そんな心を持っているのは京平さんだけですよー」
「よそよそしくなるな。よそよそしくすんなバディ! 男に生まれてしまった以上これは避けられねー運命なんだって! 結婚を前提にしたお付き合いだってそうだろうっ? やっぱり彼女は可愛い方がいいとか自分の好みにストライクした人の方がいいだろうがっ! オメーはそんな感情ねーのかっ!? 男としてこんな彼女が欲しいとかこんな人は妻だったらいいなーとか、そんなこと思わねーのっ!?」
「俺は生涯独身を貫き通す気ですんで心配結構」
「ドントウォーリーってかっ! 寂しい生涯を迎えるべそれっ!」
「寂しくてもおれはこれでいいの。人の人生に対してあまり首突っ込まないで」
「その台詞そっくりそのままオメーに返すべっっ!」
「それじゃぁおれはその台詞をそのまま京平さんに返しますね」
「オメこれを使ってループネタにするんかっ!? 延々になるからやめるべっ!」
さっきの真剣な空気は今現在消失して、今あるのは京平さんとエドさんの仲の良い痴話げんか。
エドさん達の話を聞いていた私は心の中で……、あの真剣な話が嘘のようなお気楽な空気……。と思いつつも、でもあの真剣なそれよりもこっちの方がやっぱり私は落ち着くな。と思いながら私は乾きつつも困っている顔をして微笑みを浮かべる。
あ、でもこれは私だけの見解でもあり、他の人は呆れているような面持ちで見ていたので多分他の人と考えていることは違う。多分……。
「はぁ……。ったく、気遣いと言う心を持つ者かと思っていたが、まさか下心の権化だったとは。全く男と言うものは……」
「イイヤ男バカリヲ馬鹿ニスルナ。ソウ言ウノヲ男女差別ッテ言ウンダゾ? 『コンナ時ニ男子ニ任セルナ』ッテイウノト同ジモンダゾ? 今ノ発言」
シルヴィさんは京平さんの発言を聞いてなんかいいやつだと思っていたのにしょうもない奴だったという気持ちが顔に出ているその顔で頭を抱える仕草をしていたけれど、シルヴィさんの発言に対してコーフィンさんは注意をするように起こるのではなく普段通りの音色でシルヴィさんに向けて喋っている。
でもシルヴィさんはその発言に対して何も反応を見せない。どころか無視しているような……。
そんなことを思いながらエドさんと京平さんの痴話喧嘩が終わるのを待っていると…………。
「おぉ、ここにいたか――探すのに手間が省けた」
『!』
突然聞こえた声。
その声はエドさんと京平さんの後ろから聞こえる人で、京平さん達からしてみれば二人の視線の横にいて、その人の声を聞いた瞬間京平さん達は驚きの声を大きく出すと同時に声がした方に視線を向けた。
私から見て正面――つまりは重鎮さん達がいる部屋に向かう通路の先なんだけど、京平さん達の驚きの声を聞くと同時に声の主はその声に対して驚きと言うか、少しだけイラつきを覚えたのか指で耳栓をするように両手の指を耳に穴に突っ込んだ状態でその人は言う。
口に咥えている煙管を小刻みに揺らしながら――
「そんなに大きな声を出すな。老体の耳に響いて鼓膜が破けてしまう」
その人物――アカハさんは私達に向けて舌打ち交じりに言ってきた。




