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PLAY106 京平さんの堪忍袋事情②

 障子越しにいた女性は戸をすっと開けて、その部屋の縁側にいた私にその姿を見せてくれた。


 薄紫の長髪に混じる白の髪の毛が目に入るそれを腰まで下ろして、紫を基準とした着物を着た女性が私のことを見てそっと頭を下げると、ゆっくりした動作で頭を上げてくれた。


 額には紫の角を生やしている。そこまでは普通の鬼族と変わりないし、重鎮さんも角を生やしていたから驚くことではない。でも私はその人のことを見た瞬間……、つい見とれてしまった。


 言葉を失ってしまうほど、私はその人のことを見てしまった。


 確かにその人は見た限り綺麗な人だった。


 ララティラさんやロフィーゼさんと同じように、『美しい女性』という言葉が似合うような女性だったんだけど……、その人は何かが違っていた。


 今まで出会ってきたララティラさんやロフィーゼさん、色んな女の人とは違う知的の中にある女性……? ううん、聡明の中に隠しきれない女性らしさ、女性と言う美しさを魅せていたせいで、私は多分見とれてしまったのだろう。


 整っている顔立ちにきりっとしている黒い瞳。そして口元に塗られている薄い紅。本当に塗っているのかというほど薄いそれだったんだけど、その人は私のことを見て小さく、ゆるく弧を描くように微笑えむと、その人は私のことを見て己の胸に右手を添える。


 右手首にかかる黒い数珠のようなブレスレットが日の光に当たるときらりと小さな輝きを灯すと同時に、その人は私に向けて言った。


「お初にお目にかかります。私は紫知(しち)。この鬼の郷の姫の教育係兼鬼の郷の要の一人を務めております」


 以後――よろしくお見知りおきを。


 そう言って私に向けて再度頭を下げてきた紫の鬼――シチさん。


 シチさんは私のことを見るためにすぐに頭をゆっくりとした動作で上げて、そして私に向けて女と言うそれが似合うような微笑みを向けてくる。


 シチさんのその姿を見た私は一瞬黙っていたそれが解除されたような衝撃を感じてしまい、上ずるような「あ」と言う声を零すと、私は少しだけ距離があるけれど、私の後ろで座って待機しているシチさんに向けて姿勢を向けて言う。


 ……明らかに動揺しています。そんな空気がすぐに見て分かってしまう様な面持ちで私は言う。


「あ、あの……。は、初めまして私……」

「ハンナ様ですよね? この国の邪の根源――『終焉の瘴気』を倒すことができる唯一の力を持つ者。浄化の力を持つ者。ですよね?」

「あ、はい……、そうです」

 

 でも、自分の名前を言う前にシチさんはクスリと女の人らしい美しい微笑みを浮かべた後、私のことを見て的確な言葉を並べに並べていく。


 私の名前。そして浄化の力を持つことも全部……。


 シチさんのその言葉を聞いて私は何も言うことがなくなり、まさに意気消沈になってしまった顔で頷きながらシチさんに言うと、シチさんは再度微笑みを零して――


「やはりそうでしたか。国の使いアルダードラが、『浄化の力を持つ者が来る』と言っていましたのでどのようなお方かと思っていましたが、成程……」

「?」

「あぁ失礼いたしました。いえ……、重ねて失礼なことを申し上げてしまいますが、あなた様は似ていると思ったのです。この国の女神サリアフィア様と」

「!」


 シチさんは言う。私のことを見て少しだけ困ったような顔をして――私のことを『サリアフィア様に似ている』と言って……。


 その言葉を聞いた私は一瞬驚きの顔を浮かべたけれど、不思議と前に感じた感情は一切感じとれなかった。嫌悪に似たような嫌だという気持ちや、なぜ似ているんだろうという困惑、色々な負の感情をあの時……、アクアロイアの蜥蜴人の集落で感じたけれど、今はそんな感じは一切感じとれない。


 どころかその言葉を聞いた時、私は少し遠いけれど目の前にいるシチさんに向けて――


「そんなに似ているんですか? 私とサリアフィア様……」


 と聞くと、その言葉を聞いたシチさんは私の返答に驚きつつも「は、はい」と少しだけ戸惑いを感じさせるような音色で言ってきたけれど、はっきりとした面持ちと声の張りを私に向けると、続けてシチさんは言う。


 私のことを見て、女の人と言う美しさが出るような音色と面持ちでこう言った。


「ええ。そっくりです。と言いましても、私自身サリアフィア様と言う存在は聖書でしか見たことがありませんので、本人を見たことはないのですが」

「そうなんですか……」

「ですが、聖書に書かれている女神の似顔絵は本人を模して描いたと云われていますので、信憑性は高いです」

「はぁ……」


 シチさんの言葉を聞いた私はなるほどと言う面持ちで頷きながらシチさんの話に耳を傾ける。


 やっぱり私の顔はサリアフィア様に似ているみたいだ。奇しくもシャズラーンダさんと同じ聖書が絡んだ理由で。もうそのことに関してはあまり気にはしていない。ただ『あぁ、そうなんだ』と言う感覚で聞いていたのだけど、シチさんは今までに女性らしい微笑みを浮かべて私と話をしていたのだけど、すぐにはっと何かに気付いたのか、シチさんは私に向けて――


「す、すみません。私としたことが」


 と言った後、少し慌てた様子で私のことを見て、再度正座の状態で頭を下げると、シチさんは私に向けて今回の要件でもある言葉を口にした。


「改めまして――ハンナ様。赫破様、黄稽様、緑薙様がお呼びです。これから重鎮の間へとご案内をいたします」

「あ、もうそんな時間なんですか?」


 シチさんの言葉を聞いた私ははっとして縁側に座っていたその体制を解くように慌てて立ち上がる。


 もうそんな時間になっていたんだ。なんだか一人で考えすぎていたな……。そんなことを思いながらシチさんに向かって近付くと、シチさんは「はい」と言い、再度頭を上げて私のことを見上げると――シチさんは言う。


 知的な女性と言う言葉が似合うような凛々しい顔で、シチさんは私に向けて言った。


「武神卿。誘い卿。『レギオン』リーダー・エド様。ショーマ様。そして――昨日の件で少数しておられますクィンクさまは大事を持って欠席。代理としてシルヴィ様とコーフィン様と、聖霊王の代理としてキョウベィ様とご一緒の立ち合いとなります」

「あ………」


 シチさんの言葉を聞いて私ははっとして納得してしまった。


 理解。の方がいいのかもしれない。


 あの時、シルヴィさんは言っていた。クィンクさんはヌィビットさんの件からずっと心ここにあらずのような生気のない面持ちだったって。それは私達も見ていたし、内心――クィンクさん今日大丈夫かな? と思っていたけれど、だめだったみたいだ。


 だから代理としてシルヴィさんとコーフィンさんが行くことになったんだ。


 これからのことを踏まえつつ、ヌィビットさんのことも話し合うために……。


 今の状態のクィンクさんに、その話を聞く余裕なんて、たぶんないと思う……。ううん。ない。そう断言してしまう。


 ……すごく失礼だと思うけど……。


 そしてシリウスさんもクィンクさんと同じ、昨日のことがあるからきっと話をすることは多分無理かもしれないと思う。聞くことは出来るかもしれないけれど……、うん、やっぱり無理だろうな……。昨日のことがあってみんなと顔を合わせることが気まずいのかもしれない。


 正直なところクィンクさんとシリウスさんの本音なんてわからない。だから私が言ったこともすべてが想像上の話。つまりは予想の話しでもあるので本当の所どんなことを考えていかないのかだなんてわからない。


 わからないけれど、今日のクィンクさんを見て、シリウスさんのことを聞いたら、すぐに思う。


 今日は無理だな。と……。


 だから今回は代理としてアルスさんとコーフィンさん、そして京平さんが来ることになったんだろう。そう思った私は自分の中ですぐに納得すると同時に、シチさんのことを見て――


「立ち合い……。と言う事は、王子も来るんですか?」


 と聞いた。意を決したように、昨日と同じように王子も来るんだろうなぁ……。と、頭の片隅で思いながら聞くと、その言葉を聞いたシチさんは私の言葉に対して即答と言わんばかりの……。


「いいえ」


 と、私の予想とは正反対の否定の言葉を返してきた。


「え?」


 その否定の返答に対し私は驚きの声を上げて首を傾げてしまった。だって――昨日も王子が来ていたから、てっきり王子も一緒なんだろうなぁ。と思っていたから、『来ない』発言は予想外……。というか、そんな考え全然でなかったから余計に驚いてしまったのが正直なところ。


 私の驚きを聞いて見ていたシチさんは首を傾げつつ「あら?」と言う顔をすると、シチさんは私に向けて「聞かされていなかったのですか?」と言い、その後シチさんは私に向けて何故王子が来ないのかを簡単に教えてくれた。


 顎に手を添えて、考え更けるような仕草をしながらシチさんは言う。


「イェーガー王子はもう要件を重鎮様達に了承を得ていますので、王子は今別の場所にいます。ご同行しておりました心士卿様とご一緒に。ご本人か、心士今日様から聞いていないのですか?」

「はい……、そのままお開きと言いますか、何も聞かされていませんので」

「そうでしたか……。何も聞かされていなかったのですね。無理もないです」


 それにしても、あの王子はしっかりしている面持ちを持っているにも関わらず、やはり何かが抜けていますね。


 そう言ってシチさんは呆れるような溜息を吐く。頬に手を添えて、目を閉じながら呆れるそのため息は心の気持ちを体現しているようなそれで、それを見た私は思わずというか、そんなシチさんを見て「は、はぁ……」と言ってしまうほど確かになと思ってしまったのは、私だけの秘密。


 私のその言葉を聞いたシチさんは再度深い溜息を吐くと、ずっと障子戸の近くで正座をしながら座っていたのだけど、溜息を合図にしていたのかその場ですっと立ち上がり、私のことを見下ろす。


 障子を開けた時もずっと正座の状態でいたけれど、立った瞬間私は一瞬気圧されてしまう。


 シチさんの姿を見ただけでも驚いてしまったけれど、立った瞬間を見ても驚いてしまった。


 何故なら……、シチさんの身長が大きかったから。私よりも大きくて、見た目からして見るとアキにぃよりも大きいかもしれないような長身の女性あることに驚いてしまい、私は言葉を失ったかの様に茫然としながらシチさんのことを見上げると、シチさんは私のことを見落とした状態で女性らしい微笑みを浮かべて――


「それではご案内いたします。館内はかなり入り組んでいますので、私の後について来てください。皆さまはこの先の通路でお待ちですので、そこまでご案内いたします。絶対に離れないでください」


 と言って、その後すぐにシチさんは続きの言葉を言う。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉を言った瞬間、シチさんの声に暗いそれが差し掛かったような気がしたのは、気のせいではないだろう。私はそれを聞いて一瞬冷や汗が手の中に滲み、思わずその手をぎゅっと握りしめてしまった。


 何故? そんなの簡単。


 というか、この場合は難しくじゃなくて、簡単の方がいいと思う。シチさんの顔を見た瞬間思っただけなんだけど、私はこの時シチさんの言う事に従った方がいいのかもしれないと思ったと同時に、シチさんの声色の雰囲気を――微笑んでいるのに冷たく感じてしまうそれを聞いた瞬間思ってしまった。


 これは本当だ。マジだ。


 と……。


 私達人間の祖先はアウストラロピテクス。初期の人間もとい私達は元々猿だった。


 そう――元々は野生に生きていた。


 なぜこんなことをこんな場面で言うのかって? 私が言いたいことはたった一つ……、人間にも野生の勘と言うものがあると言いたかっただけ。


 女の勘と言うものがあるのと同じように、私はシチさんの話を聞いて、その声色の雰囲気を聞いて感じ、そして思った。


 シチさんは冗談交じりに言っていない。どころか冗談どころの話では済まされないような真面目な話をしていると知った瞬間、入ってはいけない場所=怖い場所と言うそれが即座に頭の中で結びつき、手に冷や汗を感じねっとりとした感触が手の中に残ってしまった。


 本当だからこそ迷ってはいけない。迷ってしまい入ってはいけないところに入ってしまったら……、自己責任。


 私はシチさんのことを見上げ、ぎゅっと握った手に残る冷や汗を感じながら小さく、震える声で……。


「は、はい……」


 と言って、同意の頷きを示した。



 □     □



 それから私はシチさんの案内の元ヘルナイトさん達がいる場所に向かって歩みを進めた。


 ちゃんとシチさんの後を追うように後を追いながら、離れないようにしっかりとシチさんのことを見て。


 館内だから靴はちゃんと外の縁側の足元に置いて、現在は私は素足……、じゃないけれど少し近いような状態で館内の通路を歩いている。


『すたっすたっ』と、木造建築の通路を歩く時に発せられる特有の音を足音で奏でつつ、足袋を履いて歩みを進めているシチさんの足音を耳に挟みながら歩みを進める私。


 でも不思議と言うか違和感というか、シチさんの後を追いながら歩いている内に私は気付いてしまった。



 この通路内で発せられている足音が、()()しか聞こえない。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。



 たった一つ……『すたっ。すたっ』と言う足の裏を擦る音一つしか聞こえないということに、私は気付いてしまった。


 ………………………。


 多分、このことを正直にシェーラちゃんやつーちゃんに言ったら、絶対に『ふざけてんの?』と言われてしまうかもしれない。


 でも私の耳は正常であり、その正常から聞き取った音はたった一つ。自分の足の音だけなのだ。


「あ、ここ歩かないようにしてください。()()()()()()

「あ、へっ!?」

「一応床の一部に小さな隙間を作っているのですが肉眼では見えないので、万が一かかってしまったら地下へと真っ逆さまです。お気をつけて」

「は……はい」

 

 そんなことを思っていると突然シチさんが後ろにいる私に向けて言葉を発する。振り向きながらにっこりとした女性の微笑みを浮かべて私に告げると、その言葉を聞いて私は考えていた思考を一旦保留にするように頭の片隅に追いやった後で、シチさんの言葉を聞いて思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


 というかさらりと『罠があります』とか言われたら、それは誰だって驚くと思う。しかも色んな人が普通に歩いているようなその場所に……。


 そのことを聞いて私は素っ頓狂な声を上げてシチさんのことを見上げて驚きの顔のまま固まっていると、シチさんは今まさに自分の足元を見降ろした後、その場所に罠があることを目で教えた後、シチさんは困ったような顔をして私に気を付けるように促しをかける。


『お気をつけて』のあとで、小さな声で――


「まったく……、ここの保全全くなっていない。後で修繕の者達にきつく据えておかないと」


 と言う声が聞こえて、私はそれ以上のことを聞くこともなく、小刻みに首を縦に振って肯定を表す。


 そんな私のことを見てシチさんはにっこりと微笑んだ後、自分の足の近くにあるであろう罠を避けるように右にずれて、その場所――シチさんが歩くはずだった正面を指さしながら『ここです。ここを歩いてはいけませんよ』と言って、シチさんはその罠の横に歩みを進める。


 私はシチさんが指を指したその場所を一度見降ろし、そしてかかりたくないという気持ちを抱えてシチさんと同じ道を辿る様に横にずれ、そしてシチさんの背中を追う。


 よくよく考えたらというか、今ふと思ったんだけど、これはなんだか昔のお話に出てくる『端っこ歩くなと言われたら真ん中を歩く』的なあれに似ているな―。と、なんとなく罠の話から気を紛らわせるようなことを考えていたけれど、その後はずっと歩きっぱなしだったから別のことを考えても仕方がないのかもしれない。


 だって――罠の話をしてから横から真ん中に戻って歩みを進めているシチさん。そしてその後を追う私。


 ただただ歩みの音が聞こえるだけの静かな空間の中で私はシチさんの後を追うだけの状況。


 つまり――無言と言う名の気まずい時間が今私に襲い掛かっているのだ。


 キョウヤさんがこの場にいたら……、小さな声で『滅茶苦茶気まずい』とアキにぃ達に向けてこそこそとお話をするだろうな……。絶対に。


 シチさんは何も話さない。足音もたてずにただただ無言で前を歩いている状況の中、私自身もこの無言と言う名の気まずさを感じながらシチさんの背中を見つめ、なぜ話しかけてこないんだろう。何故無言のまま歩いているんだろうなと思いながら内心困った面持ちで見上げる。


 さっきはあんなに流暢と言うか、普通の話をしていたのに、いざ向かうとなった瞬間に口数が少なくなった気がする。


 一見して見ると仕事と言う面目で行動している。仕事だから必要最低限の話はしないんだろうと最初は思っていた。


 でも、その最低限も最低限過ぎるというか、先程の罠のことが起きる前までずっと無言だったし、罠の話が終わった後からまた無言になった。

 

 この状況は多分普通の人からして見ると、普通の光景だろうと思ってしまう。でも私はこの状況に対して、異様なもしゃもしゃを感じてしまったから、この状況に対して普通と感じることができなくなってしまった。


 異様なもしゃもしゃ。


 それはみんなの周りに纏わりついているようなもしゃもしゃじゃなくて、シチさんが放っているそれは、あからさまに遮りを作っているような、壁を作っているようなもしゃもしゃ。


 そう……、明らかに私に対して距離を保っているような、そんなもしゃもしゃ。


 物理的にも少し距離があるけれど、精神的にも距離を感じてしまう様な、そんなもしゃもしゃ。


 それを感じた私は無言が作り出した気まずさよりも重苦しいそれを感じ、シチさんのことを見上げて歩みを進めながら私は思った。


 距離を縮めたい。


 と言う気持ちを最初は抱いていた。それは私の本音でもあり、今でもそう思っている。でも、それは絶対に無理だと断言すると同時に、私はその距離を縮めたいという思考を手放し、別の方向でこの沈黙を何とかしようと思い、どうするか考えを巡らせた。


 何を話すのか。そこに重点を置いて――


 本当は色んなことを話したい気持ちが大きかったのだけど、今回はいつものように親しく話すことはきっと無理かもしれない。どころかそれすらできない可能性が高いかもしれない。


 今まで出会ってきたこの世界の人達は私達に対して下重に話をしてくれた。他種族に分類されるオヴィリィさんやザンバードさん、そして険悪のままで終わってしまうかもしれないと思っていたふぁりなさんやラドガージャさんでも、ちゃんと話をしたら仲良くなれた。


 だから今回もそれで行けるんじゃないのかな? って、そんな甘い考えを抱いたのだけど、きっと今回はそうはいかない。昨日アカハさん達のこともあるし、それに前にイェーガー王子から聞いた鬼のことを聞いたから、それはできない可能性が高いと思ったから、私は何とかこの沈黙を何とかしないとと言う事を優先にさせようと思った。


 鬼族は色んな人達の手によって滅びかけた。


 鬼の角を奪いたいがために何にも悪くない鬼族を滅亡録に記載し、鬼族を狩っていったのだから、慣れ合うこと自体無理なはなし。

 

 だって今まで自分達のことを殺そうとした輩と同じ種族、同類相手に慣れ合いなんてできない。どころかそんなことをすること自体おかしい話だろ云われてもおかしくない。


 私だってもし、もし自分の目の前に自分の家族を殺した相手がいたら、憎しみが込み上げてくるに決まっている。憎むなと言われて『はい憎みません。はい憎しみゼロパーセント』の人なんて、多分いない。


 人間はどんなことがあったとしてもその憎しみが消えることはない。これもおじいちゃんの言葉なんだけど、それはもっともだなと思う。この場で話すことではないのだが、それでも人間は必ず憎しみを抱く生き物だということを何度も何度も聞かされた。


 それは、この世界でも同じ。


 しかも大昔に根付いてしまったことでもあるので、それを解消することなど絶対にできない。


 ねちっこいと言われてもおかしくないけれど、それほど鬼族の憎しみは深くて重く、そして……、固く乾いてしまった絵の具の様にドロドロとして、ちょっとやそっとでは取れない。


 それをシチさんのもしゃもしゃを見て知った私は、仲良くなるようなそれは出来ないから、この沈黙を何とか解消できるような話を何とか思い浮かばないとと思い、うんうん悩みながら歩みを進めていると……。


「そう言えば……」

「は!」


 突然シチさんに声を掛けられた私。突然のことだったので私は上ずるような声を上げると同時に足を止めて直立をしてしまった私。


 効果音で言うと、ピーンっと気を付けをするようなそれで――だ。


 でもシチさんは私のことを見ていないかのように歩みを進め、どんどんと距離を離していく。その光景を見た私ははっと気付き、急いでシチさんの背中に張り付くように早足で駆け寄る。


 タタタッと床を歩く音を聞きながら (と言っても、その音を出しているのは私なのだけど)私はシチさんに駆け寄り、そして「な、なんですか?」と、おずおずと言った面持ちで聞くと、シチさんは私のことを見ず、振り向かずを徹している面持ちで歩みを進めながら私に言う。


 この場合――聞いたの方が正しいのかもしれない。シチさんは私にことを見ずに、壁を作りながら聞いて来た。


「ハンナ様方は異国の出身なんですよね?」

「え? あ、はい……」


 唐突にして当たり前の『はい』は出るような質問。その言葉に対して私はもちろんのこと『はい』という答えを返すと、その言葉に対しシチさんは言葉のキャッチボールをまた私に投げ放つ。


「そこでは人々は平等に生きていたのですか?」

「あ、え、えっと……」


 またもや唐突にして当たり前の言葉。


 返答も『はい』としか言いようのない言葉で、その言葉を聞いた私は最初すぐに『はい』と答えようとした。


 一瞬当たり前すぎて気が動転してしまったというか、拍子抜けをしてしまったけれど、それでも私はシチさんの返事に対して『はい』と答えようとした。


 でも、その答えを言う前に――シチさんは続けるように私に向けて聞く。


 厳密に言うと見ていないのだけど聞いて来た。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、どんなことでもいいです。()()()()()()()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()?」



 一瞬の沈黙じゃない。これは長い長い沈黙の始まりにも感じてしまう様なそれで、私はシチさんの言葉に対して返答することができなかった。


 唇を噛みしめ、全身の血の気が無くなっていくようなそれを感じつつ、シチさんから感じられる圧倒的な暑さを誇る様な壁のもしゃもしゃを感じて、私はそれ以上の言葉をかけることができなかった。


 それ以上の言葉でさえも言うことを禁じられてしまったかのような……、話しをしているのに私は話してはいけないという枷を付けられたかのようなそれを感じてしまう。


 あの時感じた、もしゃもしゃの壁がより一層存在感を出したかのようなそれと共に、私は歩みを進め、今まで顔を上げていたそれを反対に俯かせ、足を動かすことに徹する。


 頭の中にあった『距離を縮めたい』と言う言葉も、あわよくば仲良くなりたいという感情も一気に消え失せてしまったような喪失感を感じながら、私はシチさんの言葉にただただ耳を傾けて歩みを進める。


 傾けることしか許されないその状況に強張りながら、私はシチさんの話を聞く。


「申し訳ございません。ただ聞きたかっただけです。我々の様な悲惨な未来を受け入れている方々がいるのであれば、その方のことについて考えたかった。それだけなんですけど……、そのことを聞いたからと言って何かが変わるわけではありませんので結局は聞いて何になるんだと思ってしまう様なものでしたね。申し訳ございません」

「………………………」

「ですが、そのおお方たちが今この場所にいたのであれば、私はその方々に言いたい気持ちです。『あなた方のお気持ちわかります。私も両親を傲慢な者達の手によって失ってしまった。両親も兄も、妹も失ってしまった。それが欲しいだけで斬った輩達のことを、この手で殺したい気持ち――わかります。それは永遠に消えない。そして、その行いをした一族共々、永遠の呪い殺したいという気持ちなのだから』と、その人がいたのであればそう言いたい気持ちです。そしてそのお方の力になれればなおのこと嬉しいです」


 あぁ……、やっぱりだ。私は思った。


 多分じゃない。これは高確率で私達とこの郷の人たちは、分かり合えない。


 そう思ってしまった。断言してしまった。


 シチさんの言葉から零れて落ちていく黒い涙。それは青や赤、いろんな感情の色が混ざりに混ざってしまい原色が一体何なのかわからなくなってしまった色で、その雫をぼたぼたと自分の足元に落としながらシチさんは続けて言う。


 ぼたぼたぼたと……、止まるということを知らないその雫を落としながら、何色なのかわからない色の池に足をつけてしまい、その足跡を残すようにシチさんは振り向かず、ずんずんっと歩みを続けながら私に言ってきた。


 …………この行動一つ一つがまるで拒絶を示し、もしゃもしゃでその心を、気持ちを表しながらシチさんは音色こそ穏やかなんだけど、その声の奥に潜む感情を押し殺すような音色で私に向けて言った。


「我々鬼族は――決して如何なる他種族に心を許していません。特に人間族には決して、 心を許してはいません。これは姫様にも言いつけていることでもあり、私も緑薙様から学びました。人間族は表面こそ善を取り繕っていますが、中身はどぶのような下種の塊。下等なりの下等で外道なことしか頭にない。まさに危険視する種族だと。決して他種族に心を許すな。特に人間族には断じて――心を許すな。常に疑心を持って行動せよ。竜人族とは契約の名のもと同盟を組んでいるだけ。それがなければ同じ。鬼族にとって――他種族全員は悪なのだと。そう教え込まれてきました」

「………………………」

「先ほどの会話はあくまで処世術。我々はなれ合いを好みません。どころかそれを行うということ自体無いと思っていただかないと困ります。祖先は色んな輩に角が欲しいがために殺されてしまった。何人も何十人も何百人も何千人も何万人も何十万人も何百万人者鬼族がこの世を去りました。まだ年端も行かない子供までもが欲望の所為でこの世を去り、私の妹も現在まで生きていれば、あなたほどの年齢なったでしょう」

「………………………」

「もうご察しかもしれませんが、あなた方を招いたことに関しましては()()()()()と思っています。あの輩を招いた赫破様はその辺に関しては中立の立場でもありますので仕方がないと思っています。しかし本来はそんなことは絶対にありえません。入ろうとすれば即攻撃に入ります。そしてその後は情報を無理矢理でも吐かせることも可能です。もしかしたらそのまま一線を越えてしまうかもしれませんが、仕方がないと思ってください。()()()()()()()()()()()()()――それを忘れなきよう」


 見えてきました。


 その言葉を言った後、シチさんは徐に足を止めて、背後にいる私のことを見るために振り向いた後、シチさんは言う。


 顔を上げて、視界に入ったヘルナイトさん達の姿を視認すると同時に、シチさんのことを見上げると、シチさんは私に向けて言った。


 にっこりと――


 女性らしい微笑みを浮かべているけれど、その体から漏れ出す黒くて壁のように分厚い隔てを出しながら、シチさんは穏やかな音色で言った。


「さぁ――行ってらっしゃいませ」

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