表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
615/833

PLAY106 京平さんの堪忍袋事情①


 それからあっという間に次の日になった。


「くぁ」


 一つ欠伸を零し、私は鬼の郷で初めての朝日を浴びながら体を後ろに向けてぐっと伸ばす。


 伸ばして――寝ている間に少しだけ固まってしまった体をほぐす様に両手を上に上げると同時に自分の手を握り、そのまま左右に体を傾けると言った軽いストレッチをしていた私。


 でも……、体を伸ばしたとしても全然体の解れを感じるどころか、逆に疲れが多くなってしまう様な負の感情を感じてしまった。


 それもそうだろうな……。と、私は体の不調を感じると同時に察してしまう。


 今日も重鎮さん達と話すんだろうな……。


 そう思うと同時にやらなければいけないという使命感と、少しだけ湧き上がってしまう行きたくないという感情というか……、なんかあの場所に行くことを拒んでいるようなそんな感覚が私のことを襲う。


 それもそうだろう。昨日のことがあったら正直行きたくない気持ちが勝ってしまうのは無理もない。


 それに……、あの後からの続きをすると言われていたけれど、どんなことを言われるのか少し不安になるのも本音だ。


「はぁ」


 無意識に溜息が零れ出る。深い溜息を零した後、私は鬼の郷に泊って初めての朝日を浴びながら私は思い出す。


 現在午前の九時と言う時間帯だろうけど、その一時間前に起きたことをふと思い出す。


 それはただの会話なんだけど、それでも記憶に残ってしまう様な、そんな会話を――



 □     □



 昨日までの戦闘や出会い、そしてなんとも驚きの事実や鬼族の郷での会話。重鎮さん達との会話にこれからのこと、夜の会話など、一日が一週間に感じてしまいそうなほどの濃密さを感じてしまう様な感覚でいたので、正直今――一日と言う感覚がない。


 どころか疲れている。


 ゆっくり休んでいないこともあって、と言うか夜シロナさんと話していたから仕方がない事なんだけど、それでも少しは疲れが取れるかと思っていたし、まだ若いから大丈夫だと思っていたけれど、なんだかどんよりと迫る眠気が私の疲れを表していた。


 それほど昨日の出来事が疲れとなっていたのだろう。正直まだ眠たいと思っている午前八時の私。


 それはみんなも同じらしく、昨日の激動のそれを体験したシェーラちゃん達、つーちゃん達、エドさん達にクィンクさん達は昨日の疲れが全然取れていないような顔を私に見せていた。


 あ、でも虎次郎さんとしょーちゃん、私と話をしていたシロナさんは清々しいと言わんばかりのすっきりとした顔で起きていて、アキにぃもなんだかすっきりした顔で起きていた。なんでアキにぃがあんなに清々しい顔をしているのかはわからなかったけれど、そのことを聞くのはなんだかだめだと思い聞くことはなかった。


 なんだかアキにぃの清々しく、それでいて悩みが解消されたかのようなその顔を見て、聞いては野暮だ。聞いてしまったらだめだという直感が私の心を揺さぶり、聞くという行動を拒んでしまったから。


 でも、その拒みに対して嫌悪なんてない。


 むしろそれでいいと思う。これが正しい選択なんだと、なぜかこの時そう思ったので、それ以上聞くことはしなかった。


 しなかった……。のだけど、やっぱり疲れは疲れで私達の体を少しずつ蝕んでいくのは事実。特にクィンクさんに至っては一睡もしていないような目のクマの濃さ。真っ黒なクマを私達に見せ、もう死んでしまっているような光のない目を見せつけている。


 昨日までピーンッとしていた背筋も今となっては腰を痛めてしまった老婆の様な曲げ具合。


 圧があったその顔ももう生気が感じられない。


 まさに精神的に死んでしまったかのような顔をして現れたクィンクさんを見て、私とヘルナイトさん、デュランさんとエドさん、クィンクさんと行動していたコーフィンさん達以外は驚きの声で――


『一気にどうしたっ!?』


 と、まるで口裏を合わせていたかのような言葉で言い放っていた。勿論驚きの顔をしながら。


 みんなのその声を聞いた私は一瞬みんなに本当のことを言おうかなと思ったのだけど、その感情が頭の中に出た後すぐみんなの前に立った存在がみんなのことを見て宥めるように説明を始めた。


 その行動を起こしたのは――コーフィンさんじゃなくて、女騎士のシルヴィさんだった。


 シルヴィさんはキリリっとした面持ちを私達に見せながらクィンクさんの状況を理解していないアキにぃ達に向けてアルスさんは説明を始めた。


 簡潔ではないけれどわかりやすく、それでいて私達が体験したことを踏まえながら丁寧に教えてくれたシルヴィさんの言葉に、みんなは固唾を飲む……、というか、シルヴィさんの言葉に対して静かに耳を傾ける。


 昨日重鎮さん達がいるあの部屋で起きたことをわかりやすく語るシルヴィさんの言葉を聞きながら、みんながみんな神妙でもあるけれど驚きも含んでいる。でも納得してしまいそうな気持もあると言った……、幾つもの感情が混ざり合ったような複雑なもしゃもしゃを放っていた。


 もやもやと、自分達の周りに纏わせるように、みんながみんな同じもしゃもしゃを放ってシルヴィさんの話を聞いている。シルヴィさん自身も表面上は凛々しくて真面目で、昨日の状況と重鎮さん達の話をしている時もその凛々しさと吊り上がった真剣な目を濁すようなことはなかった。


 でも……、シルヴィさんも正直こうなることは予想しなかったのだろう。彼女のもしゃもしゃもみんなの様に複雑な色ともしゃもしゃを放っていて、時折クィンクさんのことを見て様子を伺っていたけれど、クィンクさんはそんなシルヴィさんの気持ちを察していない様子で未だに俯いている。


 昨日までの真面目さと言うか、ライオンの様に強かったあの姿がまるで猫になってしまったかのように、嘘のようにしおれてしまっている。


 その光景を見て私は昨日の出来事がやっぱり衝撃的だったんだ。と思ったけれど、それと同時にその思考をすぐになくし、すぐに――あ、でもこれは、自業自得だった。と思ってしまった自分がいたことは、言わないでおこう。


 重鎮でもある赫破さん曰く、クィンクさんは重鎮さんの一人を殺してしまっている。それは忠誠心合ってのことで、それをしてしまったからこそ今回の結果になったんだ。そのつもりはなくとも結果は結果。


 仕方がない………。そんな言葉が出てもおかしくないような状況の中、そのことに関してもアルスさんはみんなに向けて丁寧に教えていた。そしてその言葉を聞いて口を開いたのは三人だった。


「それだったらこのアサシンエルフさんの所為でしょ? 自分の所為でこうなってそれでこんなにしょげるんだったら最初からやらなければいい話なのに」

「珍しく心配しちまったが、損だったなこりゃ」

「行ったことに対して悔いなさい」


 その言葉を言い放ったつーちゃん、コウガさん、そしてシェーラちゃんの顔は何分か前の驚きとは真逆の顔……完全に冷めてしまった。お前の所為じゃん。何やってんの? 的な蔑むような見下しのか蒼でクィンクさんに視線を送っていて、その顔を見たキョウヤさんが驚きの顔をして――


「お前らもお前らでついさっきまで心配していたくせによくもまぁ清々しいくらいの顔変化できるよな。そしてよくもまぁそんな風に切り捨てるようなセリフ吐けんな」


 と、驚きと真顔が混ざった顔で突っ込みを入れたキョウヤさん。


 そのことに関してはしょーちゃんも思っていたのか、キョウヤさんの背後で顔をひょっこりと出しながら「この悪魔ーっ!」と反論の叫びを上げていたけれど、しょーちゃんのことを見ていたエドさんが呆れるような声で「君もだよ?」と冷静に言ったことは、今でも忘れられない。


 その光景を見て、そして私は辺りを見回した後、ある人がいないことに気付いた私はエドさんに駆け寄り、そしてエドさんの服を『くぃくぃ』と軽く引っ張ってエドさんに向けて話しかけるそれをする。


 その軽い衝撃を受けたエドさんはすぐに衝撃があった場所――私のことを見下ろし、そして私と背丈を合わせるように少し膝を曲げて屈むと、エドさんは私に向けて「どしたの?」と聞いて来たので、私は自分の耳を指で差し、耳元で話したいことを動作で示すと、エドさんはすぐに察して私の顔の近くに耳元を寄せる。


 寄せたと同時に私はエドさんの耳元に口を近付け、声が漏れないように両手で紙コップの様な形を作る。よくある糸電話の紙コップの様に手を丸めて筒状にした後、私はエドさんの耳元に向けて言葉を発する。


 心の中で引っかかっていたあのことを――


「シリウスさんは?」


 シリウスさん。その言葉を聞いた瞬間エドさんは浮かない顔……、困った顔をして「あー……」と零すと、エドさんは私から少しだけ距離を置くと、その状態から私の耳を指さす。


 ちょいちょいと指すその行動を見た私はすぐにとは言えないけれど、その行動を見て私はエドさんに向けて耳を向ける。勿論エドさんの身長に合わせるように頭を少しだけ傾けて。


 その行動を見てかエドさんは私に顔を近付け、そして私がしたことと同じように手を筒状の形にして口を近付けながら小さな声で、くぐもっているような声で言ってきた。


 ふと目の前に写り込んだ怒り狂いそうなアキにぃとそんなアキにぃを止めているキョウヤさん。その光景を見て呆れているシェーラちゃんと首傾げてその光景を見ている虎次郎さんが視界に入ったけれど、今はそれどころではない (キョウヤさんごめんなさい)ので、私はその光景を見ながらエドさんの言葉に耳を傾ける。


 すると……、エドさんは私の耳元でこんな言葉を囁く。


 神妙と言うか……、浮かない顔の時に出そうな声で、エドさんは言った。


「シリウスは、その……、今皆に会いたくないって、広間で塞ぎこんでいる」

「そう……ですか」


 エドさんの小さな言葉を聞いた後、私はそっと目を半分ほど伏せ、視界が下しか見えない状態にした後、小さな声で呟く。心の中で――あぁ、やっぱり。と思いながら私はエドさんの言葉に対して頷きと納得のそれを示す。


 それを聞いたエドさんは私の耳元から少し離れ、浮かない音色で「ごめんね」と謝罪の言葉を零すと、その光景を見て怒り狂っていたアキにぃと、そんなアキにぃを止めていたキョウヤさん。更にはその光景をただの傍観と言うスタイルを一貫していたコウガさん達が私達のことを見て首を傾げているけれど、そのことについてシルヴィさんは話さなかった。


 どころか、これ以上のことに関してクィンクさんは多分戦意喪失……、じゃなくて、自信喪失状態になっていたから聞くことすらしていないのだろう。みんなエドさんと私のことを見て首を傾げ、何を話しているのと言う顔をしながら見ていた。


 みんなが傾げるのも無理はない。クィンクさんはきっとヌィビットさんのことしか喋っていないのだから、多分みんな知らない。ヘルナイトさんとデュランさんはその時私達の場所にはいなかった。


 しょーちゃんもいたのだけど、その時はデュランさんに押さえつけられていたせいできっと話を聞いていない。というか多分寝て忘れてしまっている可能性が高い。ううん……。絶対に忘れている。だってみんなと一緒にポカーンとした面持ちでいるから、忘れている。


 あんなにも衝撃的だった話なのになと思ってしまうけれど、それもしょーちゃんらしいと思えばらしいのだけど……、今回はしょーちゃんでない人だったら記憶に残ってしまうような出来事でもあり、衝撃的なそれだった。


 シリウスさんがふさぎ込んでいる理由。


 それは知られてしまったからか、それともこれからのことを考えているのかわからない。でもシリウスさんは私達のことを避けているのは明白だ。


 だって――私達は赫破さん達から聞いてしまったから。


 シリウスさんが死霊族の王でもある存在、アルタイルと言う存在を殺そうとしている。その存在を消そうとしていることを。


 そのアルタイルがシリウスさんの片割れ……、いうなれば双子の兄であることを知ってしまっているから、そのことについて掘り下げられ、私達の前で本音を言ってしまったから、きっと顔を出せないでいるのだろう……。そう私は思っている。


 赫破達は言っていた。聖霊族に兄弟と言うそれがあるのか同かはわからないけれど、それでも兄でもある存在を葬ることは異常だと……。


 その言葉に対して今でも鮮明に思い出してしまうシリウスさんの言葉は、今まで見てきたシリウスさんと言う存在を偶像にしてしまう様な言葉。今でも思い出してしまう。



 あいつは死霊族! この国の敵なんだよっ!? この国の人たちを誰よりも嫌って、そしてこの国を壊そうとしている種族なんだよ? しかもその種族の長! 統率者! 敵の統率者の言うことを信じるのっ?


 信じるなとは言わない。だって言っていることは正解だから。と言うか大正解――でもあいつがこんなところに来て、あんた達の命を取らないで帰るとかありえない! あいつはそんな奴じゃない!


 あいつは前王の言う通り異常だ! そんな異常者があんた達を殺さないだなんておかしい!

 

 ……当たり前じゃん。だって俺は前聖霊王の……、あの人が与えてくれたことをこなさないといけないんだよ? あいつは死霊族の王でこの国を壊そうとしている輩の従僕。そんな奴の言うことを信じる時点で俺はおかしいと思うんだけど?


 狂気じゃないっ。これはれっきとした使命だよっ! あの人は! 俺に頼んだんだ! いつも自分でこの国のことを考えて、そして行動している人が、俺に頼んだんだよっ? だから俺はその人のために使命を成し遂げないといけない――それの何がいけないのっ?



 あいつは異常で敵なんだから――その場で殺さないといけない存在だったのにっ!!



 思い出すと同時に込み上げてくるものは――ただの衝撃と、その衝撃と共に波の様に押し寄せて来るシリウスさんへの不信感……。


 ううん。これは……、シリウスさんへの疑心。


 今の今まで見てきたシリウスさんが嘘の姿で、本当の姿……、シリウスさんの本心を聞いたことによって今まで築き上げてきたものが崩れてしまったかのような絶望感が私のことを襲い、そして正常な判断を下すことができずにいた。


 正常な判断というのは敵か味方かという簡単なものではなく、今私達と一緒に行動しているシリウスさんは私達のことをどんな目で見ているのだろう……。とか、なぜシリウスさんは私達と一緒に行動しているのだろう……。



 シリウスさんは何故、どんな利益と価値を考えたうえでエドさん達と行動しているのだろう……。



 そんな疑念がどんどんと頭の中で構築され、私の思考を、感覚を混乱へと導いていく。


 本当なら信じたい一択なんだけど、あの光景を見てしまったらそんなことを考えるよりも疑心と言う名の暗い感情が嫌な未来予想図が私の思考を支配して、シリウスさんに対して嫌な感情が私の中で渦巻いていた。


 もしかしたら、シリウスさんは悪の方じゃないのか?


 それが本当なのか嘘なのかわからない。けれど……、あんなことを聞いた後となってしまえば普通の人ならばそう思って避けてしまうのが普通だ。


 私も多分、そっちの人間になりかけているのかもしれない……。そんなこと本当は思いたくないのに、そう嫌な咆哮に考えてしまうネガティブ思考。


『人間は弱い生き物だ。振り回されないと豪語していても、その弱さの所為で揺れてしまう生き物だ。それは華――お前もだ』


 って、おじいちゃんが言っていたけれど、本当にそうだ。人の本性を見てしまった瞬間色んな嫌なことが連想してしまい、負の感情が、疑心が私の中で渦巻く。


 それはきっとエドさんも同じで、エドさんは私以上に混乱、疑心を抱いているだろう。


 だって私達以上に一緒に行動してきた。


 仲間だと思っていたからずっと行動してきた。


 それが今回のことで疑心と言う名の溝が生まれ、そして溝はどんどんと大きくなり、深くなり、その溝を飛び越えることができないくらいにまで大きくなっている。


 そのくらいあの衝撃は凄いもので、それは私が感じているそれとが違いエドさんにからしてみれば質も大きさもまるで違うものになっていた。


 京平さん達が傾げているところから見て、シリウスさんのことに対してエドさんは話していないみたいだったので、きっと一人で抱えてしまっているのだろう。エドさんの浮かない顔から覗くそれも相まってそう思った私はきっと心配そうな顔をしていたに違いない。


 本当ならば心配なんだけど、その心配を顔に出さないようにしようと無理に平静を装ってすることが普通のことだ。


 だから私もそれをしようとした。


 平静を装うように顔を作って、エドさんに向けて言おうとした――


「だ……、大丈」


 と言いかけた。


 そう、言いかけてしまった。


 本当ならば『大丈夫ですか?』と、短くて簡単な言葉をかけるつもりだった。その言葉をかけてエドさんが大丈夫なのかを聞こうとした。


 でも、それができなかった。


 だって……、その声を聞いて遮りをかけるようにエドさんは驚きの顔と共に私のことを見下ろして「ん?」と言う声を零したから。その零した声を聞いた私は、その後の言葉を――遮られてしまったその後の言葉をかけようとしたのだけど、その声を出すことを一瞬だけ躊躇ってしまった。


 口を開けて、その後の言葉を言おうとしているのに、その言葉が出ない。


 喉の奥でダムができてしまったかのように、声をせき止めているような感覚を感じると同時に、口を動かしてしまっているので一瞬見てしまうと、魚が餌を欲しているような口の動かし方――いうなれば『パクパク』してしまっているようなそれになってしまう。


「?」


 パクパクと魚のようになってしまっている私のことを見下ろして、どうしたんだろうと首を傾げているエドさん。そんなエドさんに対して私は声を発しようとした。


『大丈夫ですか?』と声を掛けようとしたのだけど、結局できなかった。


 できないまま私は開けていたその口を中途半端に空気が出るような閉じ方をして、エドさんのことを見上げた状態で私は控えめに微笑んで言った。


 控えめに……、いつもの控えめではない歪な笑顔で平静を装うように、私は言った。


「あ、ごめんなさい……。言う事忘れてしまいました」

「え? どうしたの? お祖母ちゃんみたいなこと言うね。大丈夫? 疲れている?」

「あ、はい。そうですね……。ちょっと眠い……かな?」

「寝不足はお肌の敵だから、寝ないとだめだよ? 人間の脳は日中ずっと働き詰めで休んでいることなんて全然ない。だから寝ている時に休むんだから、しっかり寝ないと」

「はい……。ごめんなさい」

 

 私は言った。エドさんに対して()()()()()()()と、嘘をつく言葉を言った。


 本当は忘れていない。でも忘れたということにして誤魔化しの言葉を言って、この話を強制的に終わらせようとした。するとその言葉を聞いてエドさんは『えぇ?』と驚きの声を掛けると同時にすぐにまた私の背丈にと同じになる様にしゃがみ、困ったような顔をして私に聞いて来る。


 本当に心配している。それがわかる様な音色で――だ。


 その声を聞いて、そして聞いてくるエドさんのその顔を見た瞬間、私は嘘を貫き通すという姿勢を示すと同時に頬を指で書いて控えめに困った顔で笑みを浮かべて言うと、その言葉を聞いてエドさんは更に驚きの顔を浮かべる。


 驚きと言っても、そんなに大袈裟と言うものではない。軽く驚く程度のそれをした後、エドさんは私のことを見て注意をするように言うと、その言葉を聞いて私は困ったような顔をして謝罪をした。


 その時なぜできなかったのかわからなかった。何故ちゃんと言えなかったのかわからなかった。でも、この時私は思った。


 あぁ、言わなくてよかった。と――


 何故かこの時そう思い、そしてエドさんとの会話が終わった後、みんなで何をすることもない。


 どころかまだ本題でもあるアルダードラさんの試練も聞いていないので、それを聞くまでここから動くなんて言う馬鹿なことはしないほうがいいというエドさんの提案で、鬼の郷の人が来るまでの間待機することになり、現在に至る。という流れ。


 みんなもそれぞれその時が来るのを待っているらしく、それぞれ自由行動をするように、何人かで行動したり、一人で行動したりとして今の時間を過ごしている。


 少ししかない時間を過ごしながら……。


 私自身もシェーラちゃんに『外の空気を吸いながら散歩でもしない?』と聞かれたけど、それにやんわりと断りを入れ、私は今、一人でこの場所にいる。


 昨日の夜――シロナさんと一緒に話した縁側に腰かけ、その時が来るのを待ちながら……。



 □     □



 これが一時間前の起きた出来事であり、私は現在縁側に座りながらその時が来るのをじっと待っている。腰かけると同時に口を履いた状態の足をプラプラとさせ、あたかも暇ですと言うそれを出すような動作をしながら私はその場所の腰かける。


 何をするなんてことはない。どころか何かをしないわけでもない。


 なんの生産性もない腰掛をして、快晴の空を見上げながら、私は思い返す。


 あの時なぜ『大丈夫ですか』と聞かなかったのか。そのことをずっと、延々とループするように考えを巡らせていた。でも、結果として、答えはたったの一択。


 私の思考一つだったらたった一つの答えしか出せない。たどり着けない。


 一人だけで考えてもだめだと思うけれど、これは人に聞いても、多分一択の答えしか来ないだろう。


 知らないという状況であっても、そのことを例え話にしても同じだと思う。だから一択だけしか出なかった。


 話を戻すと……、なぜ『大丈夫ですか』と聞けなかったのか。


 それは簡単。


 大丈夫なわけない。


 それだけ。


 それ以上の言葉もなければそれ以下もない。たったそれだけ。大丈夫なわけない。それだけなんだ。


 あまりにも大雑把し過ぎていると思っている人がいるかもしれないけれど、実際そうなのだ。普通は大丈夫じゃない。あんなことがあって衝撃過ぎて、頭も混乱している最中なのに『大丈夫?』なんて聞かれたら、大丈夫じゃないのが本音だろう。


 私だってその一人で、私自身もきっと『大丈夫?』と言うクエスチョンに()()『大丈夫』のアンサーを与えてしまうだろう。


 みんなを心配させたくないために嘘のアンサーを言う。


 本当のアンサーは『大丈夫じゃない』のに……、それでも嘘と言う名のアンサーを教える。


 エドさんはそんな人だ。


 優しいからこそ、リーダーと言う責務を背負っているからこそ、みんなに心配を与えたくない。だからきっと言う。


『大丈夫?』と言うクエスチョンに対して()()『大丈夫』のアンサーを私達に与えて……。


 それはとてつもなく苦しい答えだ。それを考えてしまったら逆に心配になってしまうのは普通だ。


 …………私も、みんなに心配をかけていたのかも知れない……。


「はぁ」


 そんなことを思い、私は深い溜息を吐く。吐いて、快晴の空を見上げて私はそっと口を開ける。


 足をただただぶらぶらとさせ、空を見上げる状態で私は小さく言葉を零す。


 昨日までの出来事を回想しながら、私は言った。


「これから……、どうなるんだろう……」


 私は零す。心の声ともいえる様な、漠然とした不安を――


 その不安に対して誰も答えるなんてことはしない。ただ柔らかい風が私の頬に当たり、神を靡かせて舞っていくだけ。


 舞って、枯葉を巻き込んで小さな竜巻を空中で作る。それだけ……。


 それだけで……。


「ハンナ様」

「!」


 背後から聞こえた声。


 その声の主は女性みたいで、その声がした背後を振り向くと、視界に写り込む障子越しの影。


 その影がゆっくりと大きくなり、障子戸の戸に手をかけ、障子越しの女性は戸をすっと開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ