PLAY105 腹を括ってお話しましょう④
シロナの叫びが上がる少し前……。
その時とある場所では真剣で神妙な話をしている三人組がいた。
ハンナ達がいる縁側と同じつくりの縁側だが、ハンナ達がいる縁側の景色は月の光が当たり夜の世界の美しさを噛み締めるような光景があったが、その三人組が見ている光景はその光景とは裏腹に――彼等がいる郷の光景を一望できる場所でもあった。
三人が座っている場所の先に広がる鬼の郷の一風景。
その光景は都会と言う世界にはない豊かな緑と虫の囁き。
優しい風が吹くと同時に揺れ奏でる草木の声が都会にはない新鮮なそれを感じさせる。
その新鮮な光景を一望しながら、三人の会話の場面に話を切り替える。
◆ ◆
「はぁ……」
ハンナとシロナが座って雑談をしている縁側とは違う別の縁側では、三人の冒険者がその縁側に座って夜風の冷たさに浸っていた。
三人一緒になり、シェーラを真ん中にしてシェーラから見て左側にアキ、そして右側にキョウヤが縁側に腰かけ、目の前に見える夜空を見上げて三人は夜という世界に浸り、寝巻の姿で腰かけている。
アキから発せられた溜息の音色を耳にして、気怠そうなその顔をしながら……。
「はぁ……」
アキは再度溜息を吐き、腰を曲げつつ前のめりになりながら俯いて気怠いそれを吐き捨てる。
その声を聞きながらシェーラとキョウヤは心の中で気怠いそれが出そうなそれを喉の奥で塞き止め、あからさまの不機嫌、あからさまの不満を顔に出しながら二人はアキの聞きたくもない溜息をその耳に通していく。
本来であれば、その溜息など両手で塞いで耳の鼓膜に入らないように施したいのが本音であった。
しかしアキが二人に対して『話したいことがある』と言い、その後で『聞いてほしんだけど、いいかな?』と、普段とは違う神妙な面持ちで言ってきたのを見たので、二人はそんなアキのことを見て渋々と言った承諾をしたので、聞かないというわけにはいかない。
だがそれでも我慢の限界があることは確かで、二人はその我慢のダムを壊さないように必死になってアキの言葉をじっと待っていた。
今現在溜息を吐き続けているアキの言葉に変化が来るのを。
が――それも結局は時間の無駄なのかもしれない。この時シェーラとキョウヤは思っていた。どころかそう思うと同時に、我慢ダムが急速に老化しだした。
かれこれ何時間経ったかもしれない溜息だけの静寂。
そんな中でも言葉が出るのをじっと待っていた二人であったが、何時間となるとさすがに苛立ちが加速するだけ。特にシェーラはその苛立ちの加速が異常で、彼女の心の我慢ダムはもう結界寸前。
苛立ちの所為で想像でその人物に殴りかかってしまっている。いうなれば想像の中でその人物に危害を加えている状態の精神状態の中、シェーラは耐えていた。
今もなお溜息を吐いているアキのことを呆れ顔で黙って待っている恭也とは正反対に、ぴくぴくとその顔を引き攣らせてその時が来るのをじっと待っているシェーラ。キョウヤはともかくシェーラはもうすでに限界を越えそうな顔に引き攣り具合だ。
もう決壊してもおかしくない顔でいたが、彼女は彼女でここで怒ってしまってはいけないという気位が先に立ち、この場を怒りと言う名のそれで壊したくない気持ちもあって彼女は引き攣らせながらも怒りを押し殺してアキの言葉を待っていた。
――我慢我慢。我慢よシェレラ。
――こんなことで怒ってしまったらだめだわ。本当ならこの場ですぐに言いたいのだけど、アキは真剣な顔で私達に言ってきた。それを無下にすることはしたくないわ。それにたかが溜息ごときで……、小さなことで怒ってしまったら後々馬鹿にされるネタになってしまうわ。
――今はアキとキョウヤしかいないけれど、この場所には噂のネタをまき散らしそうな輩がいるし、それに今はアキの悩みが優先。怒ることはだめよ。人として。
――でも………。
シェーラは己の言い聞かせるように、『今はアキが悩みを打ち明けようとしているんだ』と思いつつ、怒りを鎮静化しながら彼女はアキの言葉を待っていた。が、それももう決壊しそうになっている。
どころか、どんどん募っていく怒りの所為で心の中で『どうせ妹のことでしょ』と思ってしまい、そのあとすぐに『それだったらマジで勘弁してほしい』と思ってしまうほど、彼女はどんどん苛立ちを募らせていた。
一見して見ると、シェーラの堪忍袋の緒が短く感じてしまう人が多いかもしれない。しかしこの状況は短い時間で出来上がったものではない。
何時間という長い時間の中、アキの溜息しか聞こえない空間の中で行われているのだ。そんな状況が続いてしまうとなると、誰であろうと苛立ってしまうだろう。
いつになったら話すんだ。
そんな思考が頭の中をよぎり、それが続くと誰でも『早く話せ』と思うのが人間と言うもの。その状況下に二人はいる。だがこの状況で怒り任せに急かしを入れてはいけない。そうなってしまっては悪循環の連鎖。負のスパイラルに陥ってしまう可能性がある。
その可能性を起こしてはいけない。
二人はそう思い、アキが言葉を発するその時を待っていた。
が。
「……はぁ」
「――いい加減にしなさいよっっっ! その溜息何回目よっ! もう百回以上言っているような気がするわよ。なんでそんなに溜息吐いているのよ! こっちの睡眠時間を削ってまで溜息吐いて! さっさと話しなさいっっっ!!」
結局、シェーラの我慢ダムが完全崩壊してしまった。
崩壊したと同時にシェーラの感情の波が彼女の心を覆い尽くし、濁流の如く流れるがままシェーラは己の感情を、押し殺していたその感情を項垂れて溜息を吐いていたアキに向けてぶつける。
シェーラの言う事はもっともだが、シェーラのブチギレを聞いたキョウヤは頭を抱えて項垂れてしまう。勿論アキのように悩んでいるからではなく、『なぜ我慢できなかったんだ……!』という心の声を体現しての行動。
しかしシェーラに対して『よくやった』や、『よくあんな状況で言った!』と思っていなかったとは言えない。アキの行動はまさしく安眠妨害に等しいもので、疲れ切っている体に鞭を打つようなことをして、拷問のようなことをしているのだ。
思わなかったということはない。それを言ってしまうと嘘になってしまうのだが……、それでもキョウヤは思ってしまった。
――それ完全に逆撫で! 絶対に修羅場になって皆様の安眠妨害になってしまうだろばーっか……!
キョウヤは思った。これ以上の騒ぎは安眠妨害になってしまう (ハンナとシロナは騒がないように配慮しての会話であった)。その前にアキが言葉を発するまで待とうと思っていたのに、なぜダムを決壊させたシェーラ。
そんな心の声が零れそうな思いを胸に、キョウヤは舌打ちが零れそうな苦虫を噛み締めた声を零し、己の顔に手を添えて項垂れてしまう。
「ぜぇ……! はぁ……! ぜぇ……! ふーっ!」
キョウヤの項垂れなど見ず、俯いているアキのことを見て怒鳴っていたシェーラは一時期大声を放っていたそれの反動で荒い呼吸を繰り返し、次第に落ち着きを取り戻すと反比例して、事の重大さに気付き始めていく。
大声を放ってしまったせいで安眠妨害を引き起こしてしまったこと。そして、アキの返答を待たずに怒りを放ってしまったことを。
「………あ」
二つの事態に気付いたシェーラであったが、時すでに遅し。一つ目の安眠妨害に関してはもう遅い事もあって、そのことに関しては諦めることにしたが、二つ目のアキの相談に対してはまずいことをしてしまったと思ってしまった。
確かに、シェーラの中のアキは重度のシスコンではあるが妹のためならば勝ちに執着をする。ただシスコンと言うだけで悔しさもあれば悩みもある人間だとシェーラは思っている。
そう、アキもシスコンと言うキャラがあるだけで――普通の人間なのだ。
長所短所、ダメなところいいところがある普通の人間であり、途中からではあったが苦難をともに乗り越えてきた仲間なのだ。
だからこそ悩みがるならば聞くことが自分にできることなのだ。が、それを壊してしまった。
あまりに多い溜息に対してブチギレてしまったことに、シェーラは心の中で『やばい』と思うと同時に、冷や汗が零れそうな引きつった顔でシェーラはアキに視線を向ける。
心の中で――やば……。やってしまった。と思い、それと同時にこの後起きるかもしれない事態を想像し、これはもう安眠妨害確定を察知したシェーラはアキに向けて弁解をしようとした。
シェーラ自身堪忍袋の導火線は短いことは自分でも理解しているが、シェーラの行動は誰であろうと怒ってしまうことだろう。それは普通の人であろうと怒ってしまうことで、シェーラはこのままではアキも切れて口論になってしまうと思ったが故、彼女はアキに向けて焦りを零してアキに弁解を行おうとした。
のだが……。
「はぁ。わかっている。わかっているんだけどさ……、いざ話そうと思ったら、なんか、ね」
アキの反応は完全に予想を外すような言葉。予想の斜め上どころか完全なる変化球として帰ってきたことで、アキの反応を見ていたキョウヤは驚きの目の中に黒ゴマを添えるような目でアキのことを見て、その光景を見ていたシェーラは驚きと困惑が混じった顔でアキのことを見ていた。
無理もない話かもしれない。なにせ二人が考えていた――二人が想像していた結果とは違う結果になったのだ。アキが怒るという未来が消え、溜息を吐き続け、その後で覇気のない声色で言う未来になったのだ。
驚かない方がおかしいかもしれない。どころか、不意を突かれたかのような心境だ。
そんな心境の状態で二人はアキのことを見て、未だにため息を吐きそうな面持ちで俯いているアキのことを見ていたキョウヤは、おずおずと言った形でアキに向けて聞いた。
いつもと違うアキに向けて、これはただ事ではないと察知したキョウヤは少しだけ前のめりになりつつ、縁側から落ちないようにアキのことを見ながら彼は聞いたのだ。
「なんか……、あったのか?」
いつものお前らしくねぇよ?
そうキョウヤはアキに向けて言うと、アキはまた深い溜息を吐くと、彼は考える仕草をしているかのように頭をガリッと掻く。
掻くと同時に指の間に入ってきた赤い髪の毛が少しだけ乱れ、アキの前髪に隙間が生じるが、生憎と言うべきなのか、それともアキ自身がそうしているのか、彼の目は見えなかった。
そんな光景を見ていたシェーラは少しだけ期待外れのような面持ちで見ていたが、頭を掻いていたアキは掻く行為をそっとやめると、俯いていた頭をゆっくりと上げる。
まるで遅い動作をインプットされているロボットのように思い頭を上げると、アキは正面を見つめ、そして神妙な面持ちで彼は二人に聞いた。
「二人共。もし、もしもでいいんだけどさ……。もしとある人物にさ、こんなことを聞かれたら、どうする?」
「「?」」
「もし、とある人物に……、『今すぐ、大切な人からから離れなさい。さもないと……、――一番傷つけたくないその人を……、精神的に、肉体的にも苦しめ、傷つけてしまいます』って言われたら、二人はどうする?」
唐突の質問。
アキの唐突にして突拍子もないその質問を聞いた二人は、一瞬思考を停止してしまうと同時に再起動し、再起動と同時に思った。
――何を言っているんだ? こいつは……。
そう思いながらアキのことを見て、一瞬、ほんの一瞬だけ思ってしまったのだ。
こいつ……、妹のことを思うがあまり束縛の域に達してしまったからそんなことをヘルナイトに言われたのかな?
まぁそれはアキの所為でもあるし、これは自業自得としか言いようがない……。
と……。
これを見る限りキョウヤとシェーラがとてつもなく辛辣に見えてしまうのは無理もない。どころかアキに対しての心配どこに行ってしまった? と言うような心境に驚く人がいてもおかしくないが、二人は真剣に悩みを聞いてほしいと頼んできたアキに対してさすがに心配をしていたのだが、蓋を開けて見ればなんとやらと言う事で、二人は拍子抜けをしてしまったのだ。
なんだ、いつものことか。
そう思うと同時に呆れたように溜息を零し、肩を竦めたシェーラはアキのことを見ずに上を見上げて目を閉じた状態で……。
「そんなの簡単よ。そんなことありえないって断言すればいいわ。私ならそうする」
「………………………」
「私なら、『師匠の下から離れろ』って言われたとしても、あんたのように『私の所為でその人が危険な目に遭う』って言われたとしても、離れる選択なんてしない。だって私の人生を変えてくれた人でもあるし、命を救ってくれた恩人でもあるもの。そう簡単に離れるなんてしないわ」
そんなことを強要されるくらいなら――そいつを殺す。
と、堂々とした言葉で断言をしたシェーラ。何の迷いもないその言葉にアキは感情を表すことはなかった。しかしそれとは正反対にキョウヤは驚きの顔を浮かべてからシェーラのことを見下ろすと、その状態で彼はシェーラに質問をする。
「お前……、師匠って、まさか」
「そのまさかよ」
キョウヤの言葉――質問は最後までは言い終わる前にシェーラが頷き、その言葉に続くようにシェーラは呆れるような音色で……。
「そう言えば、この話は誰にもしたことがないわね。そうよ。簡単に言うと師匠は私の命の恩人。私に剣術のことを大まかだけど教えてくれて、そして私のことを、ネルセスから守ってくれた恩人よ。今となってはもう昔なんだけど、その時ばかりは師匠の言葉がなかったら多分……」
と言った後で、シェーラは言葉をその場で区切り、それ以上のことを告げずに竦めた体制のまま動きを止める。
動きこそは止まっているが視線だけは斜め下の向け、声色を暗くさせたところを彼女の横で、後ろ向きの状態で見ていたキョウヤは驚きの顔をして――
「お前……そんなことがあったんだな」
と、シェーラのことを見て驚きもあるがそれ以上に哀愁を漂わせるような音色で言うキョウヤに対し、シェーラは呆れるような鼻で笑う声を零すと、きっと睨みつけるようにシェーラは己の横……、彼女の視線では背後にいるキョウヤに首を向け、座高が低いので見上げながら睨みつけると、シェーラは圧がある眼力で告げた。
はっきりとした音色で彼女はキョウヤに向けて言った。
「ええそうよ。だからそんな目で憐れむようなことしないで。そんなことされたら『悲劇のヒロイン』枠に入りそうで胸糞悪いから。どうぞそんな目で見ずいつもの目でお願いね」
「いいや、そんな心配はしなくてもいいと思うぞ。お前のような男ヒロインが憐れみとか悲劇とか全然似合わねーから」
「それはそれでむかつくわ。あんた私をどんな目で見ているのよ」
「まぁ強いて言うなら……、じゃじゃ馬女」
「明日覚えていろ」
はっきりと言ったことでここで終わりと思っていたシェーラだったが、その言葉に対して返答をしたキョウヤの言葉に、一瞬驚きのそれを浮かべそうになったがシェーラは睨みつけているその顔を更にむっとさせて鋭いその眼光を光らせる。
あからさまの嫌悪を付け加えて――
その嫌悪を見たとしてもキョウヤは動じることなく考える仕草――腕を組むそれをした後、キョウヤは思いついた言葉を口にして、シェーラに告げる。
本当に言いたい言葉があったのだが、それを言ってしまうと彼女の癇に障ってしまう可能性が高い。そう思ったが故にキョウヤはマイルドにシェーラのことを例えた言葉にしたのだが、結局堪忍袋に障ってしまったのか、シェーラは低い音色でキョウヤに告げた。
言葉通りの――明日、覚えていろ。と……。
キョウヤとシェ―ラの話を視線を向けずに聞いていたアキは横目でその光景を見て二人のことを見た後、流れるような動作で目を閉じ、開けた後で視線を前に向けてアキは力なく肩を落とす。
前髪で隠れた視界に広がったものは――今いる場所の一風景。赤い遮りがあったとしても自然あふれるその光景は都会では見ることができない光景であり、その光景を見ると不思議と心が現れるような気持ちになるのが人間の心理なのだが、生憎秋の心境はそんな気持ちにはならない。
どころか依然と暗い心境のままだ。
「「あ」」
暗い面持ちと暗いオーラを放って思いふけっているアキのことを置いてけぼりにしていたシェーラとキョウヤは今思い出したと言わんばかりの音色で呆けたそれを零すと、二人はアキのことを見て少しだけ無理矢理ではあったが話を戻しにかかる。
戻しのそれをかけたのは――キョウヤだった。
キョウヤは少しだけ慌てながらアキに向けて聞く。
「で、で……、それで何なんだよ。なんでそんなことをオレらに聞く? つーかそれ誰から言われたんだよ」
「アクアロイアで出会った、ネクロマンサー……から」
「は? ネクロマンサー? 国境の?」
「いいや、そっちじゃなくて」
キョウヤの言葉に対しアキは思い出すような仕草をすることなく、すっと言葉に出るように彼は言う。あの時――まだ浄化と言う旅が始まったばかりのあの時のことを。
今となってはもう昔に感じてしまいそうなほど前の出来事を。
その言葉を聞いた時シェーラは『は?』と、一体何を言っているんだと言わんばかりの面持ちでアキが言った言葉に返答するように言葉を零す。
よくあるクイズ番組の答えを言うように思い出すような仕草をし、その後で点に向けて軽く指を指すように言うが、アキはその言葉に首を振るう。
キョウヤ自身もそれを聞いていたが、アキの言葉を聞いて内心――だよな。と思いながらアキ達の言葉に耳を傾ける。
アキの言う通り、国境の村で起きたあの事件――死霊族の襲撃があったあの時はリョクシュと言う死霊族と戦闘を繰り広げていた。
強いて言うのであればあの時はもう一人の死霊族に出くわしたこと。
そして『奈落迷宮』でハンナ達が相手にした女の死霊族がいたが、一言もそのようなことを聞いた覚えがキョウヤにはない。
後者は自分達が相手にする前にオグトに倒されてしまった。
よって――キョウヤはシェーラの言葉に対して否定のそれを示した。
示した後でキョウヤは再度二人のことを前のめりになるように見ると、アキはキョウヤとシェーラのことを見ず、眉間に手を添えながら彼は小さく、本当に言いたくないがそれでも言葉にしないといけないという面持ちで、言葉を零した。
「…………『聖霊の緒』で出会った……、あの女ネクロマンサーだよ」
「「!」」
零れた言葉は本当に小さく、アキ自身もこのことについてはもう二度と思い出したくないことであったのだが、それでもアキは言ったのだ。
二人に聞こえるように――アクアロイアで出会った死霊族のことを。
その言葉を聞いた瞬間、二人ははっとした面持ちになると同時に、アキの言葉が引き金になったかのように脳内で色んな記憶が呼び起されていく。
言葉が鍵を成したかのように、その言葉を言った瞬間脳の中の鍵付きファイルが開いたかのような気持ちを抱くと同時に、二人の脳内に映し出される茶髪のツインテールの女性。
灰色の石の髪留め。左目には瘴輝石がついた眼帯。服装はまるで武士のような服装で、袖がない彼岸花柄が特徴的な、ハンナ曰く『赤くてきれいだったけど悲しい雰囲気を漂わせる着物』を着ている女性だが、腰には刀。背中には宝石が埋め込まれた身の丈の大剣を背負っている女性でもあり、三人の死霊族と一緒に行動していた女性。
そう……。はぐれ死霊族――『ありとあらゆる武器を使う』元特攻隊隊長のベガのことを、二人はやっと思い出した。
「あの滅茶苦茶強えー女にかっ!?」
「うん」
思い出すと同時にキョウヤは驚きの声を上げて身を乗り出し、アキに向けて問い詰めると、アキはその言葉に対して頷きと声を零し、更に――
「滅茶苦茶真剣な顔で、そう言われた。あの場所を発つ前に」
「そんなことがあった……、? あ!」
と、アキの言葉を聞いて驚きの顔のままキョウヤは己の足元を見ようとしたが、キョウヤはその行動をする前に顔を止め、再度アキのことを身ながら彼は『そう言えば!』と、更に思い出したことを追求するためにキョウヤはアキに向けて言い放つ。
軽くアキに向けて指をさし、「だからか!」と言った後、キョウヤは続けてこう言った。
「だから『亜人の郷』に入る前、『六芒星』に囲まれた時お前変だったんだなっ! 納得した――お前そんなこと言われてイライラしていたのかよっ!」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「おいおいおいおい。逸らすな逸らすな。目を逸らすな現実を見なさい」
キョウヤの発言を聞いたアキは一瞬、ほんの一瞬だけ肩を揺らした。その光景はまさに『ギクリ』と言うそれで、キョウヤの言葉を聞いたアキはその言葉に対し返答をせず、ただ俯いた状態で眉間に手を添えている状態のまま無言になった。
イエスも言わない。ノーも言わないその姿勢で、自分に対して不都合な返答はしない姿勢を見せられ、キョウヤはアキのことを見て少しの間返答を待った。
が……、結局返答など返ってこない。どころか肯定の返事もしないでいるアキのことを見た後、キョウヤは真剣と怒りが入り混じるような音色でアキに問い詰める。
言葉通りの問い詰めを。
その光景を間で交互に見ていたシェ―ラ呆れているような顔つきで目だけを動かして見ていたが、次第に飽きたかのようにため息を吐き、そしてアキのことを見上げた後シェーラは……。
「そーぅ。そんなことであんたはイライラして、そんでもって私達に迷惑をかけたってことでいいのかしら?」
と、張り上げるような声でアキに聞くが、その言葉に対してもアキは返答をしない。無言を徹する姿勢。
だがシェーラはキョウヤのように詰問のようなことはしない。どころか彼女はアキのその行動を見て肯定のそれだと知った後、彼女は呆れるような音色で、大きく、大きく溜息は深く深く吐くと、シェーラは再度アキのことを見上げて、彼女は言う。
今もなお顔を逸らしているアキのことを見上げ、彼女は己の心境を――己の心で思ったことを言葉にしてアキに向けて伝える。
「確かに、そのベガって人の言う通りあんたは近いうちハンナに対してひどいことをしてしまいそうね。あんたの行動は目に余るし、あの子の隣にはちゃんとヘルナイトがいるんだから安心しなさい。信頼できないの? ……これだと本当にハンナのことを精神的にも傷つけそう」
「それあの戸の前でも言っていただろ? そんなこと敢えて言う? 普通」
「敢えて言わないとあんたは暴走しそうで怖いの。だから敢えて言うの。だ、か、ら!」
「……最後の方強調するほど……?」
「ええ。心配なの――あんたの性格を知っているから余計に」
シェ―ラははっきりとした音色で言った言葉に対し、アキは二人から視線を外していたがシェーラの言葉に『ぴくり』と、肩を揺らして反応を示す。その行動を見ていたキョウヤは『お』という心の反応を零すと、アキは今まで逸らしていたその頭をゆっくりと、オルゴールと同じ速度でゆっくりと動かし、視界の端にシェーラが入るところまでアキは顔を動かす。
まるでちらりと彼女のことを一瞥するように見降ろし、言葉通りの面持ちをその顔に出すように見降ろし、そして言い放ったが、シェーラはアキの言葉に対し躊躇などしなかった。
どころかずけずけと彼の心境と言う名の領域に土足で入り込むかのようにはっきりとした音色で反論をし、その後彼女ははっきりとした音色で続きを言い放つ。
彼女らしい――女なのに凛々しさを持った音色と視線で。
「あんたは私が見てきた中でも異常なシスコンだもの。もしハンナのことを考えすぎて彼女のことを傷つけてしまう。そんな未来がすぐにい思い浮かんでしまう。だからあの女の言う事は正論なのよ。あんたのことを見たらすぐにそんな想像ができてしまうほど、あんたはハンナのこと心配し過ぎなのよ。あの子はもう十七歳なんでしょ? 精神的にはまだ不安定かもしれないけど、見た目は子供じゃないんだからそんなに過保護にならなくてもいいでしょうが」
「で、でも……、ハンナは俺の妹」
「妹でも十七歳。十七ならば温かい目で見守ることがいい選択なの」
「でもハンナはメディックで、戦う術もないし、それに……」
「あーっ! もうっ! でもでも五月蠅いわねっ! しつこいとモテないわよっ!」
シェーラは断言の如くつらつらと淡々とした音色でアキに向けて言うが、納得したくない感情が勝っているせいで、アキは言葉の初めに『でも』と言う言葉を加えた状態でやんわりとした否定のそれを零す。
だがアキの言葉を聞いていたシェーラは少しずつだが苛立ちを覚えていくが、何とかそれを制止しつつ正論を並べてアキを納得させようとしたがそれでもアキは納得のそれを示さない。
示さないどころか優柔不断のように聞こえてしまいそうな言葉を並べる。
否が応でもハンナのことを心配するその姿勢を崩すことはしたくないのだろう。それは話を聞いていたキョウヤも理解してしまうほどのそれで、シェーラ自身も理解していたようで、いつまでも崩さないアキにとうとう苛立ちをぶつけてしまう。
最後に彼女自身思っていたのであろうその言葉を聞いて――それは関係ないだろう。と思いながらキョウヤは呆れながら二人のことを冷めた目で見るが、シェーラは荒げる音色で「それに!」と言うと、その言葉を聞いた成人男性二人は肩を震わせて彼女のことを見下ろす。
びくっ! と言うそれを体現した二人のことを見ず、シェーラは荒げる気持ちを諫めるように、一度深い深呼吸をした後――彼女は再度驚いているアキのことを見上げて、彼女は凛々しく、怒りを少しだけ含んでいるような視線を加えた後、彼女ははっきりとした音色で言い放った。
己の胸に手を添え、真剣そのものをアキに見せつけながら、彼女はまだ残る本心をアキに向ける。
「あんたの妹だから、俺しか守れないから俺がハンナを守ろうとか思っている時点でおかしいのよ。あの子の周りには――私達がいる。私、キョウヤ、師匠や、いろんな人達が……、ヘルナイトが、彼女を守ってくれてる。あんたにしか頼めない案件じゃない。あんたしかできない試練でもない。みんなでできることなの」
「………………………」
「あの女がどんな心意でそんなことを言ったのかわからないけれど、それでもこれだけは言えるわ。そんなこと気にしている暇があるなら、その言葉を『当たりませんでしたね』って言えるように努力しなさいよ。『傷つける』その言葉が、嘘になるように!」
「――!」
「その女の言う言葉に対して悶々と考えて、うじうじしている暇があるなら無駄にしわがあるその脳味噌を動かして、自分にとって最もいい未来に導けるように頑張りなさいよ。あんたらしいあんたなりの選択をして。要は――」
そんな言葉、いちいち気にすんな。
いちいち振り回されるな。この優柔不断。妹のことが心配なら、そんなに未来が心配なら、私達も守ってやるわよっ。
自分の意思を貫き通せ。私達のことを信じろ――ドシスコン!
怒涛とも云える様なシェーラの言葉に、アキは驚きながら目をぱちくりとさせて固まってしまっていた。それほど彼女の言葉は張りがあり、それと同時に心に突き刺すようなものを感じさせ、アキの心を揺らす。
彼自身そのことで悶々と考えていたことは事実でもあるが、ここまで言われること自体想定していなかった。どころか――ここまで言われるとは思っていなかった。考えていなかった。
ベガの言葉に対してどうすればそうならないのかという解決策を聞きたかったそれを、まさかの『当たりませんでしたね』と言う捻じ曲げの解決案を言ってくるとは思っても見ず、アキは困惑しながら現在進行形で己のことを見上げて睨みつけている彼女のことを見下ろし、言葉を失う。
まさかこんな言葉が出て来るとは思わなかった。こんなことを言われるなんて思ってもみなかった。むしろ無視されると思っていた。
それがまさかの返答。
そして……。
「てか――そんな先の未来なんてわかんねーし、結局そうならないようにしても結局なっちまうのが現実だろ?」
シェーラの言葉を聞いていたキョウヤもアキのことを見て言葉を発した。
シェーラとは正反対の力が入っていないような普段通りのそれでキョウヤもアキに向けて言い、その言葉を聞いたアキは驚きの顔を上げてキョウヤに視線を移すと、キョウヤは腕を上に向けて伸ばし、全身の筋肉の硬直をほぐすような伸ばしをし、僅かに伸ばした手を震わせながら彼は言った。
シェーラとは違う普段通りのそれで――
「そうなっちまったらその時考えることにする。それまでは普通通りに一日を過ごせば、生きればいい。そうでもしねーと、安心させたい人に逆に心配されちまうぞ」
「………………」
「まぁとにかく……、今日はもう寝ようぜ。寝ねーと疲れが取れねーよ。昼間だけでもかなり濃密だったんだからな」
いいだろ?
そう聞くキョウヤにアキは返答できずにいたが、キョウヤの問いに対し即座に答えたのは――シェーラだった。
シェーラは今まで吊り上がっていた顔の筋肉を短い吐息と共に解す。その解しと当時に彼女は座っていたその場所から立ち上がると、踵を返し、その足取りで「そうね――今日の所はこの辺にしておこうかしら」と言って、彼女はその足取りで自分が寝ていた場所に向けて足を進めていく。
ひた、ひた。と裸足の足音が鼓膜を揺らし、その音がどんどん小さくなっていくシェーラの足音。その音を聞いてキョウヤも「さて――オレも」と言ってその場から立ち上がろうとした時……。
「キョウヤ。後でシェーラにも言っておいて」
「は? 何を」
「―――――。って」
「!」
瞬間、アキがキョウヤのことを止めるような言葉を口ずさむと、その流れのままアキはキョウヤに向けて言う。
言伝と言う名の言葉をキョウヤに向けて言うと、アキはキョウヤの言葉を待つことなく続けて言った。
キョウヤにしか聞こえない――いいや、キョウヤのような蜥蜴人の亜人でしか聞こえないような声量でアキが言葉を発すると、小さい声をすかさず拾ったキョウヤ。
そしてすぐにアキに視線を向けるが、アキは視線を落としたまま微動だにしない。
さらり……、と髪の毛を撫でるような弱い風が吹き、アキの髪の毛とキョウヤの髪の毛、そして寝間着を揺らしただけでそれ以上の言葉も音もない。
風の音しか聞こえないその空間内でキョウヤは少しの間驚いた面持ちでアキのことを見たが、すぐに緩く口角を上げ、シェーラと同じように踵を返してその場を後にして行ってしまう。
アキが言った意外な言葉に驚きつつも、意外だと言わんばかりの感情を抱きながらキョウヤは今日寝る寝室に向けて歩みを進めていく。
――あいつのあの言葉、初めてかもな……。
そんなことを思いながら……、キョウヤは再度背中を伸ばすように腕を上に向ける。
現在進行形で縁側に座り、頭を抱え小さな声で「…………改めて思うと、はずかしい……っ。『ありがとう』って……」と言っている赤髪エルフの意外な言葉を思い出して――




