PLAY104 『洞穴鼠の絵空事』⑥
『洞穴鼠の絵空事』
これはアズールで使われている諺で、よく聞く『井の中の蛙大海を知らず』とよく似た意味を持っている諺である。
『井の中の蛙大海を知らず』と言う諺の意味は狭い見解、知識に囚われ、他の広い見解、知識を知らずに生きてきたという意味であるが、前回でた諺はこれに似ている。
『洞穴鼠の絵空事』と言う諺の意味はこうである。
『狭い世界しか知らず、見解も知識も培うことを怠った挙句、目先のことしか見ることをしないこと。空想に囚われ現実を見ずに行動することを指す』
この言葉ができた起源として上げるのであれば、この世界には『物乞い鼠』と呼ばれる鼠がおり、その鼠は昔――洞穴の中でひっそりと暮らし、外の世界を知らずに餓死してしまう鼠として有名であった鼠を例えて作られた言葉である。
今は『物乞い鼠』と言う名で有名だが、昔この鼠の名称は『洞穴鼠』と呼ばれており、一説によるとこの言葉を使った死因があったとされているが、今となってはタブー扱いにされている。
外の世界を知らずに洞穴のと言う名の井戸の中で生きる『洞穴鼠』の光景は、さながら『井の中の蛙』に近いもの。
その世界だけが、その世界で生きてきたものの言うことしか信じないそれは――今回のシリウスに類似し、まさにそうなのかもしれない。
シリウスは何も知らない『洞穴鼠』
蛙。
ディーバの言葉を純粋に信じ、その純粋のままアルタイルのことを殺そうとしている。
それははたから見れば当たり前に聞こえるかもしれない。
しかしシリウスとアルタイルは元々一つの瘴輝石から生まれた存在。厳密には兄弟なのだ。
どちらが兄で弟なのかはわからない。しかしそれでもシリウスの言うことは狂気さえ感じてしまう。
血を分けた兄を殺すことは異常としか言いようのないもの。だがそれを成し遂げようとするそれは、狂気以外の言葉では例えられない。
そしてその殺すということに対し疑問も何も感じない。
まさに純粋そのもの、純正の狂気。
ディーバ自身も狂気を感じられたが、それはシリウスにも遺伝したのかもしれない。伝播したのかもしれない。
純粋なそれは度を越してしまうと恐怖になってしまう。それを体現しているかのように、シリウスは言ったのだ。
重鎮三人二向けて――『なぜ殺さなかったのか』と……。
それを聞いたハンナ達は、そんなシリウスのことを見て、今までのシリウスがシリウスではない。偽りのシリウスであることを知った瞬間でもあり、重鎮三人はそんなシリウスのことを見て、彼がしたいことを知った瞬間でもあった。
◆ ◆
『――以上が俺が言いたかったこと。お前達と言う存在に知ってほしかったことだ。
一応言っておくが俺はこのことを告げて何かを企てているや、これでお前達アズールの者達の嫌悪を扇げるとかそんなことは思っていない。
ただ、あいつならきっとこうする。そう思っての助言をしただけだ。
何の得にならない、損得もないような助言だが、それでも知れてよかっただろう?
この世界を作ったとされる四種族の一角――聖霊族の王の汚れた部分を知ることができて、そしてそいつのルーツを知ることができただろう? 今まで知ることができなかった聖霊族の王の黒い部分……、それを知るものは俺しかいない。が、今日からお前達も知る存在達になった。
因みに言っておくが、道具達もこのことに関しては知らない。
あいつらは道具なんだ。知ること自体おかしい話だし……、話すなんてこと自体おかしい事だ。
ん? なんだその顔。まるで人とは思えないような顔だな。まぁ俺は人じゃない。俺は元々死体の体に植え付けられた聖霊族の成り下がりなんだ。そんな奴に対して人なんて言う言葉は使わないほうがいいぞ。
俺も人じゃない。俺の下にいる奴らも――人じゃない。物なんだから。
話を戻そう。
お前達がそのことに関して知らないことは分かり切っている。なにせこの国ができる前の出来事だ。俺自身もその時の記憶なんて朧気だ。きっと、その時はまだあったのかもしれない――俺自身にその感情が……、他の聖霊族やお前達のような感情が。
なぜ自分達にそんなことを告げただと?
さぁ……、わからんな。
こんなこと別の他人にも告げればいいのかもしれなかったが、お前達の方がいいと俺は思ったんだ。これは俺の直感だ。このことを聞いてどうするかはお前達で判断してほしい。
信じられないのならばそいつに聞くもよし。信じるならばそれ以上のことは言わないことにしておく。俺の気まぐれでこんなことになったんだ。どころか、俺はお前達にとってすれば、敵だ。
敵ならば俺のことをここで、殺してもいいんだぞ?
それ――ここに埋め込まれているものが俺の心臓だ。この心臓を壊せば俺はここで死ぬ。そしてこの心臓を壊せば他の死霊族も死んでしまうシステムになっている。
つまり……、俺を殺せば死霊族は滅ぶってことだ。なんともいいシステムだと思わないか? 都合がいいと思えるかもしれないが、俺は本当のことしか言っていない。
なにせあいつらの命は俺が持っているようなものなんだ。そのまま手綱を引かせることも、服従させることも、その命を使って脅すことも、何でもできる。
まぁ簡単な話――俺があいつらの命を握っていると思ってくれ。その命を消す唯一の方法が俺の命を壊すこと。それだけで、そんな存在が今、目の前にいるんだ。
俺を殺せば脅威と言うものも小さくなる。そう考えれば、ここでこの話を聞いた後で殺せばいいことだ。どうだ? どうするんだ?
あ? なんだ? やんないのか。殺さないのか?
殺す素振りどころか角の発光もしないとは……、どういうことなんだ?
目の前に国の怨敵がいるって言うのに、それをしないとなると、あんたらは敵に手助けをした。片方を担いだことになるんだぞ? 本当に殺さないのか?
ここで殺せば後々楽かもしれないのに、なんでしないんだ? まさか……、殺すことが怖いのか? その手を真っ赤に染め……、いや。俺の体ではその手を真っ赤に染めることは出来ないが、それでも人を殺める手にしたくないのか?
そんなこと誰だって思っている。一生その手を真っ赤に染めたくないことは分かるが、この地にいる生きとし生きる者達は――愚かだ。あっさりとその誓いを壊してしまう。
契約、誓いと言うものは力がある糸だ。それを己があっさりと切ってはいけないものでもある。法律と言うものはそれ以上に強い自由のある縛り。
人はその縛りがあったとしても自由に生きている。そう思っていたんだが、今はどうやら違う。人は、他種族は、呆気なくその手を赤く染める。
それは身勝手な思いであったり、私欲であり、怨恨であったりなど様々だ。
お前達の同胞も私欲のために殺されてしまった。だからお前達はここでひっそりと暮らしている。勿論恨みがないとはいいがたいよな? なにせお前達はその手で同胞を殺した輩達に復讐したい。そう思っているに違いない。
その手を真っ赤に染めてでも、どろどろと溢れんばかりの真っ赤なそれが手から零れ落ちようとも、殺したい気持ちでいっぱいのはず。
殺める手にするのは感情だ。その感情の赴くがままに、同胞を殺した輩の中にいた俺を、俺の腕達を、殺したいとは思わないのか?
まさか……、己の中に秘めている綺麗ごとを貫き通そうとしているのか?
やめて置け。そんなことをしても損をするばかりだ。俺達と言う存在は法と言うものが適用されない一族。殺してもいい……、じゃないな、殺さなければいけない種族なんだ。
ここでその手を染めても――誰も咎めたりはしない。どころかお前達は英雄の仲間入りなんだぞ? 後は親玉を倒すだけになる。そうなれば……、って、そう言えば『ロクボーセー』っていう輩もいるから、そんな簡単にいかないか。
なに? 『お前に急かされる筋合いはない?』だと? 『そんなことお前に言われずとも自分で考えるわ』? 『あまり老いぼれを舐めるでないわ若造』?
……まさかそんなことを直接言われるとは思わなかったが、そんなことを思っていたのか……。いいや、それも正論の一つなのかもしれないな。
ここで殺しを急かしても、一体誰が損をするのか、得をするのかだもんな。そんなもの少し考えればわかることだったな。俺自身も浅はかなことだったのかもしれない。
ん? 『お前はなぜ儂等にこのことを告げたのか』だって? 『お前さんは聖霊王に対して恨みがあるからこんなことをしているのか』だと? ほぉ……、ふくよかな老いぼれはそんなことを考えていたのか――そのにやけからは想像できないような物言いだな。
まぁ、最初の言葉に返答するのであれば……、先程も言った通りだ。
『わからんな』だ。
時間が経過した今でもわからん。それだけだ。
そして二つ目の返答に対してだが……。
『恨みがあれば俺がそいつの目の前に現れて、速攻で殺すだろうが、俺はそれをしない。理由は――そんなことをしても意味がない。ただの気苦労。取り越し苦労だからだ』と言うところだ。
更にこんな言葉を付け加えておこう。
『俺は聖霊族、死霊族が最も恐れる力を手に入れた。だからそんな切羽詰まるようなことをしても無駄な苦労と言うことだ』とな――
ほぉ。老いぼれ三人の顔にしわが彫られいる。と言うか彫が深くなったな。
しわくちゃの顔にさらにしわくちゃが上乗せされたかのような顔だ。滑稽過ぎて笑うことを忘れてしまった。いいや、忘れるというか、滑稽過ぎたせいで呆れたのほうがいいのかもしれない。
それほど俺は呆れたんだろうな――たった一言の言葉で表情をころころ変えるその様子を見て、おかしいと思ってしまったんだろうな。
あ? 『聞きたいことがある』だと? まだ聞きたいことがあったのか? 俺はそろそろ帰らないといけないんだが、手短に頼みたい。一体何を聞きたいんだ?
貴様は言ったな。『聖霊族、死霊族が最も恐れる力を手に入れた』と……、その力とはいったい何なんだ』か……。そこまで詮索するつもりなのか……。まぁ言ってしまったからここで種を明か……、いいや――やめておくか。そんなことをしてしまったら俺の命そのものが危うくなる。
悪いがそのことに関しては答えることができないな。
はは……、やっぱり予想内の驚きと怒りを顔に表した。まぁ当然でもあるが、俺は敵だ。そんなことを敵に対してほいほいと話すなんてこと――するはずないだろう?
この国に出稼ぎとしてくる『テジナ』師と言う輩も言うだろう? 『種を明かすことはテジナ師として失格だ』てな。そして『テジナ師の終着点は魔法使いだ』とかなんとか聞いたことがあるが……、まさしくその通りだと俺は言おう。
己の手の内を明かすほど俺は優しくない。
そしてそれを明かした瞬間、俺はお前達に危害を加える。
残り短い余生を謳歌したいだろう? こんなところで、死にたくはないだろう? なら、このまま俺を見逃すことが得だ。
は? 『言っていることとやっていることが滅茶苦茶すぎる』だと? 確かに、滅茶苦茶かもしれないが……、俺は重要なことを告げたんだ。それで差し引きゼロってことにしておいてくれ。
そして……、聖霊王――シリウスの件、よく考えておいた方がいいぞ?
あんな純粋のまま育ったあいつは、俺のことを殺す気満々のディーバの操り人形。ディーバの言うことが正しい。ディーバの言う事に逆らう輩を、もしかしたら殺すかもしれないやばい思考回路の奴だからな。
あぁ……、それは俺も同じか。
双子揃って――異常思考回路とは、世も末だな』
◆ ◆
これが鬼族重鎮――赫破と緑薙、黄稽、そして紫刃と、『死霊の王』として恐れられている死霊族アルタイルの会話の一部。
『死霊の王』として恐れられているアルタイルが、なぜ鬼族の重鎮に己の出自を告げたのか。そのことに関しては重鎮達は分からない。どころか、永遠に解けない謎でもあるが故、知ろうとすることはしないだろう。
なにせ――死霊族の言うことを信じること自体おかしいかもしれないことと、このことを追及したところではぐらかされることが目に見えているからだ。
ゆえに彼等は真実を聞こうと思ったのだ。
アルタイルの言葉を信じるのではない。ただ、己の耳で聞きたいと思ったからだ。
アルタイルの言葉が真実なのか否なのか、それを確かめるために重鎮達は聞こうとした。
『聖霊王』の名を持っている聖霊族――シリウスにこのことが本当なのか、虚偽なのかを問い詰めるために。
勿論……、このことをボロボの王に告げることはタブーに等しい。という過去のことを告げた瞬間何をされるかわからない。竜人の国にいる竜人族達は鬼族のことを快く思っていない竜人族が多い。と言うよりも竜人の古株達が鬼族のことを快く思っていないところがある。
理由に関しては関係のない話なので明かさないが、そのことを考慮した重鎮四人はそのことを告げず、外へ出稼ぎに向かう若者にその時のことをさりげなく聞こうと思っていた。このことに関しては四人の意見が揃った結果と言ってもいいだろう。
攻撃的な緑薙も、この案件に関しては先走るようなことはしなかった。流石にこのことに関して先走る様な事をしてしまえば、己の命はおろか、他の鬼族達の命が危いと思ったが故の結果でもあった。
結局――運任せにすることしかできず、その時が来るまで重鎮四人達はアルタイルから聞いたことを胸にしまうことにした。
その時が来るのを、じっと待ちながら……。
その最中――重鎮達にはいろんな不運が起き続けていた。最悪でもある紫刃の死もあり、四人だった重鎮が三人になってしまったこともあったが、その不運が幸運に反転したのか、自分達の前に現れたのだ。
同じ鬼族であり、滅んだ郷の生き残りでもあるイェーガー王子と、今まで胸にしまい込み、その時が来るのを待っていた存在――シリウスが自分達の目の前に現れたのだ。
重鎮三人は思った。これは好機だと。
アルタイルの言葉が真実なのか、それを聞ける絶好の好機だと、重鎮達は思った。
だから彼ら三人はシリウスを招こうとしたのだ。その結果がこの状況と言う事になる。
この状況に至る前にイェーガー王子から色んなことを聞き、そして浄化の力を持っている少女と退魔魔王族の武神に幽鬼の誘い、その誘いのお荷物のようにくっついている小さな餓鬼 (ガキでもあり小さな小鬼と言う意味でもある)、紫刃のことを屠った男とその男が使える悪魔の男、そして聖霊王と聖霊王と一緒に行動をしているという巨人族の男も招くことができ、現在に至っているのが現状。
イェーガー王子の件に関しては後々と言う事になり、紫刃を殺した館に関しては元々尋問をするつもりでいたが、呆気なくと言っても過言ではないほどその男は己の罪……、いいや、部下の罪を己の罪として認め、禁固刑を受ける旨を伝えた。
悪魔族の男の発言に関して三人は完全に意気消沈、拍子抜けをしてしまった。もっと抗うかもしれない。紫刃を殺した存在がこんなにも呆気なく罪を認めることなどありえない。だから折れるまでやってやろうという子供のような意地を胸に掲げていたが……、その意地も意地損になってしまった。
悪魔族の男の話を聞いた赫破は内心――何か裏をかいているのか? 企てているのか? などと思っていたが、最後の最後まで禁固刑を言い渡し、そのまま室内を出るまでの間悪魔族の男は何もしなかったところを見て、ようやくその旨が本心であることに気付き、赫破自身再度意気消沈してしまった。
取り越し苦労。
そんな言葉が似合ってしまうほどの呆気なさ。
呆気なさを感じてしまった赫破は緑薙と黄稽のことを見たが、二人も同じように呆気にとられ、なんか気合を入れすぎたかのような疲れを顔に出している。
きっと自分と同じように意気消沈してしまったのだろう。
自分と同じかと赫破は内心呆れてしまうと同時に同じ顔をするその光景に顰めた顔が緩みそうになったが、この場所は重鎮の間。その緩みを顔に出さないように赫破達は次の目的に着手し、シリウスに向けてシリウスの目的とアルタイルから聞いたことを告げた。
一瞬、ほんの一瞬だけ、そんなことはないだろうと頭の片隅で思っている自分がいたことも事実だ。
シリウスはディーバから『聖霊王』の名をもらった継承者。
名を継承することはこの世界において名誉なことであり、『聖霊王』の名はこのアズールを作った王の遺志を継ぐことでもある。つまり聖霊族にとって『聖霊王』の名をもらうこと――それはそれは名誉なことと言っても過言ではないのだ。
それなのに、シリウスは言ったのだ。
代々語り継いできた『聖霊王』の名に恥じるような、すべての者達を愛する面持ちを志していた初代の名を穢すようなことをシリウスは言ってしまったのだ。
あいつは前王の言う通り異常だ。そんな異常者があんた達を殺さないだなんておかしい。あいつは異常で敵なんだから――その場で殺さないといけない存在だったのに。
シリウスは言った。殺さないといけない存在だと。
同じ石から生まれた存在であるにも関わらず、その片割れを殺すことに躊躇いが見えない純粋さに……、純真な狂気に、三人は理解してしまった。
ハンナ達と同じように表ではその顔を見せないが、シリウスの純真の狂気を垣間見た瞬間、悍ましく感じてしまった。
シリウス自身がこの場で処さねばならない存在なのかもしれない。
この純粋な気持ちはいい方向に向かえば正しい道へと進むかもしれない。何の迷いもないその面持ちは戦いにおいても精神の支柱を担うだろう。だがその純粋が悪い方向に向かえば別の問題になる。
真っ直ぐで、何の曇りもないその純粋と言うものは支えの役割を果たすこともあるが、それが悪い方向に向かってしまえば、とてつもない脅威、恐怖となってしまうのも事実。
この恐怖を生んだきっかけはディーバの所為であると誰もが思うであろう。しかしこのことをシリウスに向けて告げ、そして『そんなことをしていいのか』と問い詰めたとしても、シリウスは変えないだろう。
重鎮三人は思う。絶対にシリウスは変えない。
シリウスはディーバの教えを胸に行動をする。ディーバの言葉に対して疑いなど持たない。全くの疑いのないままシリウスは行動をする。
そう……、母のいいつけを守る子供のように。
いいや――親に洗脳された子供と思った方がいいだろう。
親のいいつけを守るように、親の操り人形になっている子供のことを見て、重鎮三人は思い、その想いを胸に赫破は言ったのだ。
これが本当の『洞穴鼠の絵空事』……か。と。
◆ ◆
「これが本当の『洞穴鼠の絵空事』……か。死霊の王の言う通りかもしれん。聖霊王――お前さん、目的があってそこにいる冒険者と行動しているんだろう? お前さんは死霊の王をその手で殺すために、ここにいるんだろう? 前聖霊王の頼みと称して――尻拭いを行うために」
「っ!」
赫破のはっきりとした音色を聞いたシリウスは、怒りを剥き出しにした顔と口で歯を食いしばり、怒りと言うそれを表した顔で赫破のことを睨みつけている。
あからさまともいえる『何を言い出すんだ』と言う顔をしながら……。
その顔を見つつ、周りにいるエド達のことを見て赫破達は空間の空気。そして荒れているその状況を見た後、互いの顔を見合わせてから赫破がシリウスのことを見て言う。
ふぅ――と、深い深い溜息を零しながら、赫破はシリウスに向けて言った。
「…………その顔から見るに、儂が言ったことが本当である。真実であることは分かった。しかしお前さんに宥めをかけたとしても変わりそうにない。言葉通り『洞穴鼠の絵空事』だ。言われたことを信じてやまない存在に、そこ考えをかけろと言っても早々変わるわけないだろう?」
「……当たり前じゃん。だって俺は前聖霊王の……、あの人が与えてくれたことをこなさないといけないんだよ? あいつは死霊族の王でこの国を壊そうとしている輩の従僕。そんな奴の言うことを信じる時点で俺はおかしいと思うんだけど?」
「儂等の目にはお前さんの方がよっぽどおかしい。悪を滅ぼすその意思は感心じゃ。悪に立ち向かうこと自体そうそういないからの――そのことに関しては正直にすごいと思ってしまう。が……、その純粋は危ない。その純粋はれっきとした狂気だ」
「狂気じゃないっ。これはれっきとした使命だよっ! あの人は! 俺に頼んだんだ! いつも自分でこの国のことを考えて、そして行動している人が、俺に頼んだんだよっ? だから俺はその人のために使命を成し遂げないといけない――それの何がいけないのっ?」
「……この母ちゃんっ子が」
赫破は言う。お前のその使命感、責任感は大いに評価をする。その行動をすることに躊躇い、足を止めてしまい、臆してしまうと同時にその行動をやめてしまうの人が大勢いる中で、真っ直ぐその使命を背負い行動することは凄い事だと。しかしそれと同時に常軌を逸したその使命を真っ直ぐな意志で行うことは評価できない。
それは純粋ではなく、狂気だ。
使命、責任という嘘の言葉で固められた洗脳のような狂気だと――
そう告げたが、シリウスはそのことに対し反論をすると同時に、己のことを大切にしてくれたディーバのことを尊敬しているような言い回しをしだした。
ディーバは悪くない。ディーバの言葉は正しい。だから自分は正しい。アルタイルのことを信じているお前達は正しくない。アルタイルは消すべきなんだ。そんなことを言いながら……。
シリウスの言葉を聞いた赫破は心の底から失望を示した顔を出しながらシリウスのことを別の名で呼ぶと、その光景を見ていた黄稽も呆れるような溜息を吐いて言葉を零す。
浮かべていた笑みですら消えてしまうほどの呆れを零し、シリウスのことを見た黄稽は赫破のことを横目で見た後……。
「赫破――このまま続けても無理かもしれん。これでは一方通行のすれ違いじゃ」
「……だろうな。と言っても……」
「何度言うても無理じゃろうが。こんな堅物相手はもうこりごりじゃ」
と、赫破に向けてもう今日は無理だと言った黄稽の言葉に対し、赫破も頷きのそれを示した後、今まで黙っていた緑薙が呆れの零しをし、そのままかぶりを振って無理であろうというそれを動作で示す。
何度言っても結局同じかもしれない。そんな徒労はしたくない。そんな心の声が聞こえそうな顔をしている緑薙を見て、赫破小さく息を零し、そっと目を細めた後、すぐにシリウス……、いいやシリウス達のことを見たと、赫破は言う。
この時間が本当に有意義であり、必要だったのかがわからなくなってしまう様なそれを零しながら、シリウスの本性を知ったことで疲れているような音色で赫破は言った。
「今日はもういい。年老いている所為か疲れてしまった。今日はもういい」
「え? でも俺」
「続けて貴様のように悪運で頭の回転が悪い小僧に付き合うほど儂等は若くないんじゃ。あと貴様の相手をするだけでどっと疲れてしまいそうじゃからな。続きは明日にしてくれ」
「さりげなく俺の存在ディスられた気がする。馬鹿じゃねえよ」
赫破の言葉を聞いた誰もが驚きのそれを浮かべたが、唯一驚きと言うよりも、あれ? と言う顔をして首を傾げて顔を上げたショーマだけは重鎮三人のことを見て深い深い溜息を吐いた後頭を抱えてしまう。
本当に疲れてしまいそうな明日のことを思い浮かべ、明後日の自分達は過労で死なないか。そんな不安を抱きながら言葉を零す赫破のことを見てショーマは真顔になりつつ心のショックを受けながら言葉を零す。
真顔に似合う真剣な音色で……、心から傷ついたというそれを顔に出しながら。
ショーマの言葉を聞いていたハンナは内心、明日か……、と思いながら不完全燃焼のようなものを感じつつ、衝撃的なことがありすぎて頭の整理がつかないそれを抱いて重鎮三人のことを見た後、赫破はハンナ達に向けて言う。
「聖霊王と共に行動していた輩と武神一行は今夜だけ泊れ。角なしの王子はまだここに居座るつもりなんだろうから言わんが、お前さんたちの仲間たちが待機している大広間を使え。誘い卿と馬鹿な主のお供は悪いが出ていけ。近くにある町の宿に泊まるなりここから出るなりすきにしてくれ」
「えぇーっ!? 俺達はだめなんすかぁ!? それで明日も来いとか滅茶苦茶大変じゃないっすかぁ!」
「安心せぃ。そこらへんは黒蜥蜴に任せておけばいい。あいつはお前さん達を無事に都市に送り届けるまでが仕事だからな。そこらへんはしっかりしているはずだ」
「それでも俺達は大変っすねぇ……。てかあれ? なんか今思い出し」
「さ――今日はもう出ていけ」
赫破とショーマの話が一通り終わった後、赫破は煙管を持った手で煙管を指に見立てて戸の方角を指さし、そしてショーマ達に出ていくように促した。
その言葉を聞いた誰もが赫破の話を聞いて思った。これ以上はきっと無理だと。重鎮達はこの状況に対してこでも変える気はない。それを悟ったと同時に、その言葉に対し最初に行動したのは――
「分かった。心士卿にも言っておく。明日また話そう」
イェーガー王子だった。王子はその場で悟るように立ち上がり、王子のように毅然とした振る舞いの足取りで部屋の戸に向かって迷いもなく足を進めていく。
しかし、音色だけは納得がいかないような、そんな声だったが、それは誰もが同じ気持ちであり、王子の気持ちも分からなくない心境でもあった。ゆえに誰もそのことに対して追及をすることはなかった。
その光景を見て、デュランも思い腰を上げるようにその場で立ち上がり、流れるような動作でショーマと茫然としていたクィンクを脇に抱えた後、デュランはヘルナイトに向けて言う。
脇でぎゃぁぎゃぁと騒いでいるショーマのことを無視して……、デュランは言った。
「我々もこの場を後にする。この状況の中で己の心境云々など話せる状況ではない。我自身も今回のことは衝撃が大きすぎた。重鎮殿たちの言葉に甘えるとする。また明日な」
「……ああ」
デュランの言葉を聞いたヘルナイトは頷きを示し、そして言葉の最後に『ゆっくり休め』と言いたかったが、その言葉が出る前に口を噤み、そのままショーマの騒ぎを無視して歩みを進めていくデュランの背中を見つめる。
言いたいことはあった。しかしそれは今言うべきなのか?
そんな疑問が頭の中をよぎり、それと同時に回答となる『今このことを話してはいけない。こんな状況で休めるわけはない』と言うそれを抱き、ヘルナイトはデュランの背中を見た後、ハンナのことを見下ろして言う。
いつの間にかエドとシリウスはいない。もしかするとそそくさとこの場を後にし、二人だけで話をしているのかもしれない。そんなことを思いながらヘルナイトは凛とした音色で言った。
「ハンナ、行こう。立てるか?」
「あ、はい。足も痺れていないから大丈夫です」
「そうか。さ」
そう言ってヘルナイトはハンナに向けて手を伸ばし、触れるように促しをかけるとハンナはその手を見てヘルナイトのことを見上げた後、再度ヘルナイトの手を見た後右手を伸ばし、ヘルナイトの手に触れる。
触れた瞬間にヘルナイトは己の手にすっぽりと納まってしまう彼女の手を優しく握り、その場でゆっくりとハンナを立ち上がらせる。立ち上がると同時にハンナは驚きの声を上げそうになったが、何とか声を出さずに立ち上がり、そのまま赫破達がいるその部屋から出ようと歩みを進め――た時、ハンナのことを見た赫破は視線だけをハンナに向け――
「おいちょっと待て、天族の小娘」
と声を掛けてきた。圧のある声だが、今までの圧とは違う圧の声で、ハンナを呼び止めた赫破。その声を聞いたハンナはその声に反応したのか、反射するように振り向き、ハンナは赫破のことを見ると、赫破はそんな彼女のことを見て、ふと思い出したような面持ちで聞いた。
本当に、すぐに終わらせるようなそれで、彼は聞いた。
「そう言えば、あの時お前さんの言葉を区切ってしまったな。一体何を言おうとしたんだ?」
「………………………」
赫破の言葉を聞いたハンナは一瞬目を点にした主音痴でいたが、すぐに思い出したような顔をすると、彼女は赫破の事を見て、振り向いた状態のまま彼女は言う。
あの時――浄化のことについて聞かれたときのことを思い出しながら、彼女は言った。
「今回はどうなるか、正直わかりません。今までだってアクシデントの連続で、あなた達が思うようにスムーズに浄化ができないことに対して憤りを感じていることは分かります。すぐにでも浄化をしてほしい。すぐにこの世界を平和にしてほしい気持ちは凄くわかりますが、私はどんなに時間がかかろうとも必ずシルフィードを浄化することに、決意を固めています。私自身では、私だけでは何もできません。でも――必ず、浄化を果たします。この世界のために」
「………………………。それは、他人に言われたから、仕方なく――か?」
ハンナの言葉を聞いてすぐに返答のそれを口にした赫破。はたから見てもなんともいやらしい言葉の返しだ。その言葉を聞いたヘルナイトはすぐに振り向こうとし、その言葉に対し返答をしようとした――が、その前にハンナはヘルナイトの行動を妨げるように言葉を放つ。
大きくもないが声を張り、重鎮三人の耳に入るように彼女は言った。
「仕方なくじゃないです。これは――私の意志です。課せられた使命とかそんなもの関係ない。選ばれたから仕方なくではない。私は私の意志でここにいるんです。意思がなければ折れてこの戦いから逃げるでしょうけど、そんなことしません。だって――」
私自身が、決めた道だから。
逃げるなんて選択肢は、もうないと思っています。
はっきりと、己の意思を言ったハンナ。
真剣な面持ちで言うその言葉はあまりにも頼りない弱々しさもあるが、どことなく芯が太いそれを感じさせるような声。その声を聞いた赫破は驚きのまま瞬きを何度もし、その光景を見て、聞いていたリョクナ達も驚きの顔でハンナのことを見ていたが、赫破はすぐに平静を取り戻し、もう一度ハンナのこと、そしてヘルナイトのことを見た後、彼はその場でふっと鼻で息を零し、顰めていたその顔を僅かに緩めた後、赫破は肩の力が抜けたような音色で――
「そうか」
と、納得したような音色で赫破は言い、ハンナ達はその声を聞いた後でハンナはヘルナイトに「行きましょう」と促しの声を掛け、ヘルナイトはその声に頷くとそのままその場を後にして行った。
◆ ◆
こうして、鬼の郷で行われた尋問めいた会話は一時だが幕を閉じた。
しかしまだ聞かれることはたくさんある。そしてまだアルダードラからの試練も聞いていない状況。
不安要素しかない最後の試練。
いいや、まだ試練に至っていないのだが、それでも最後の最後で色んなアクシデントが生まれ、ハンナ達はそのアクシデントを一つずつ、確実に消費していく胸を誓う。
背後で行われている事態に直面する、その時まで……。




