PLAY104 『洞穴鼠の絵空事』⑤
「はーぁ。そこまで知っているなら隠すことはしないんだけど、なんでそんなことを知っているの? 聖霊族のことは聖霊族しか知らない。聖霊族は人間の役に立ちたいがために己の命をかける種族だけど、内情とかそう言ったことに関しては口が堅い種族でもある。俺でもそこらへんは固いって断言できるけど……、それってさぁ、誰が言ったの?」
それ――俺と前聖霊王しか知らないことなのに。
そう言ってシリウスは肩を竦めて、困ったような笑みを浮かべると同時に疑念を抱くような音色を緑薙、赫破、黄稽に向けて聞いた。
シリウスのことを聞いていたエドやハンナ達は驚きの顔をしながらシリウスのことを見て、固唾を飲みながら見続けていた。
正直エドはシリウスのことを聞いた瞬間、彼はシリウスのことを見て言葉を発しようとしていた。
この状況などお構いなしに問い詰めようとした。
怒りを込めるという問い詰めではなく、疑念と困惑を解消したいがために、エドはシリウスに問い詰めようとこの時思っていた。
なんでそんなことを黙っていたんだ?
なんでおれ達にそのことを話さなかったのか。
もしかしたら少しだけ助力できるかもしれないだろう? 一人で抱えて解決できるようなことなのか? 解決できないのならば、少しでもその事情を話してくれてもよかったんじゃないのか?
何の解決もできないけれど、それでも打ち明けるだけでもよかったんじゃないのか?
俺達……、仲間だろう?
そうエドは思い、シリウスに向けて言おうとした。彼に向けて、己の内を打ち明けようとした。
だが、エドはそのことを言葉にすることはおろか、口を開けた状態のまま黙ってしまった。
パクパクと口を動かしているのは江戸地震でもわかる。しかしその行動をしているが肝心の言葉が出ない。
いいや、出すことを躊躇ってしまっているのか、喉の奥で声をせき止めているような、そんな感覚を感じてしまうエド。
しまいにはそれ以上発することをせず、金魚のように動かしていたその口をゆっくりと閉じてしまう始末。言えないことに対してエドは己に向けて憤りを感じ、歯を食いしばりそうになったが、その食いしばりはやる直前に止め、エドは己が思ったことに対し、心の中で――
おれが、言える立場じゃないか……。
と、己の心の中で思ったことをシリウスに向けて言う想像をすると同時に、ふとその映像と重なるように己の記憶に刻まれた思い出が脳裏に浮かんだ瞬間、エドは言おうとしていた言葉を、心の中で思っていた言葉を、己の心の中にしまい込む。
そして未だに痺れている体でシリウスのことを見上げた後、エドは苦虫を噛み締めた悲し気の顔を浮かべた後、そっとその顔を畳を見下ろすように伏せる。
伏せると同時に目を閉じ、そして自分の過去を追想しながらエドは思う。
――おれも人に言えないことを隠している。それは親友と呼べる、相棒と呼べる京平に対しても話していないことだ。
――それを話してしまったら、みんなおれから離れてしまうんじゃないか。そんな恐怖があって話すことを躊躇ってしまっている。それはただの臆病と言われてもおかしくないことだけど、シリウスが話さなかった理由はきっとそれもあるのかもしれない。
――シリウスからしてみればおれ達は他人であり部外者。だからそのことを話すこと自体まだ躊躇っているのかもしれないけれど、話したらもしかしたらと思ってしまったのかもしれない。
――おれだってそう思ってしまうんだ。誰だってそう思ってしまう。
――話すことに勇気がないと話せないこともある。おれもそうだし、シリウスももしかしたら……。
と思ったところで、エドは考えることを一旦やめ、俯いていたその視線を痺れる体に鞭を打ち込み、ぶるぶると震える体で見上げる。
視界も左右に微かに揺れ、体中から放出されているような痛みを感じながら、エドは内心――これって、京平がよく言っていた、『正座から立ち上がった瞬間に来る痺れ』なのかな……? と思いながら、びりびりくるその刺激に耐えながらエドは顔を上げ、そしてシリウスのことを見上げると、シリウスの言葉を聞いた緑薙はシリウスに向けて、シリウスの質問に対し、彼女はこう返した。
「なぜそう思う?」
緑薙はシリウスに向けて言う。なぜそう思ったのかと、当たり前のように言う緑薙の言葉を聞いたシリウスは肩を竦めるような動作をしつつ、緑薙達ののことを見ながら言う。
「ん? だって――それを知っているのは俺と前聖霊王……、あ! 今は違うか、今は『12鬼士』の一人で聖霊魔王族として君臨している『慈愛の聖霊』ディーバだったっけ? その人しか知らないんだよ。だってこの事実は聖霊界にとってもタブーと言うか、俺もそのことに関して誰にも話すなってきつく言われているんだよ? それを俺はちゃんと守った。今まで誰にも言わずに生きてきたのに、ここに来たのも初めてなのに、なんでおじさん達が知っているのかなーって、そう思っただけなんだけど……、正直聞きたいんだよね。どこでその話を聞いたのか……」
シリウスの言葉を聞いた瞬間、何度目になるのかわからないほど、数えきれないがそれでもまた静寂と言う名の無音の時間が辺りを包み込んだ。
しかしシリウスの言うことに関しては誰もが抱いていることかもしれない。
そのことに関してはシリウスも薄々感じていたらしく、己の中にある疑問を解消するために、その答えを聞くためにシリウスは聞いたのだ。
自分は頑なにディーバに口止めされているのに、なぜ今日初めて会う鬼族の重鎮――緑薙と赫破、黄稽がなぜシリウスしか知らないことを知っているのか。エド達でさえも知らなかった重要なことを、ヘルナイト、デュランのように『12鬼士』でも知らなかったことを知っているのか……。
そのことを、誰から聞いたのかと、シリウスは重鎮三人に向けて聞いたのだ。
しかし、シリウスの言葉に対し緑薙と黄稽は無言のままシリウスのことを見つめている。赫破は煙管を手にしたまま目を閉じている。明らかな無言を徹する姿勢を見て、シリウスは呆れるように小さな溜息を零す。
そんな重鎮三人の行動を見て、イェーガー王子は――たとえ口が裂けようとも話さない姿勢か。と思うと同時に、イェーガー王子は考える仕草のように己の口元に弱く握った右拳を持って行き、そして唸るような声を零しながらイェーガー王子は思った。
――シリウス殿が知っていることを話した人物が一体誰なのかはわからない。だがその情報に関して呆気なく告げる程この三人は甘くない。どころかこの情報があったからこそ聞いたんだ。
――彼等が求める言葉はシリウス殿の心意。シリウス殿の覚悟。
――今話したことは関係のない話になってしまう。だから二人は話す気などないのだろう。この無言が何よりの証拠だ。シリウス殿の覚悟を聞くまでは話さないという圧がとてつもない。
――しかし、今回の話はシリウス殿と、『12鬼士』の聖霊卿しか知らないこと。それを知っている人物が三人に話したとなれば、シリウス殿がそのことに関して気になるのは分かる。
――分かるが、今この状況は鬼族重鎮の方が優勢の立場だ。
――シリウス殿は瘴輝石を握らないと攻撃ができないというデメリットを抱えているが、鬼族は己の角があるその場所に魔祖の力を取り込んで攻撃をする。その角の力があるからこそ緑薙殿のように風の刃を繰り出すこともできる。黄稽殿のように雷の罠を放つこともできる。
――私自身は角が折れてしまっているが、己の魔祖を使えないというわけではない。折れてしまえば前以上に集めることが困難になるが、それでも使えないわけではない。
――修行をすれば何とかなる物だが、重鎮の角の魔祖は尋常ではない。
――この密室内で、自然と言うものを吸収できない状況の中、この三人は風の力、雷の力、炎の力を角に集めている。
――もし、シリウス殿が何かを言ってしまった瞬間、彼等は即座に攻撃に転ずるだろう。先ほどの痺れなど比にならないそれを、放つに違いない。
――そうなってしまったら危険だ。命の危険が今隣り合わせの状態にある。これは危険だ。この状況を続けるとなればリスクが大きい。そうなる前に……、話しの切り上げを。
王子は推察をし、考察をし、そして己なりの証明を示した瞬間、この状況を続けることは自分にとっても相手にとっても危険であることを理解した。
それは王子が理解した通りのことで、今この状況の中で優勢な状況なのか――鬼族重鎮。
王子は現在ハンナ達の方にいるので、彼は現在劣勢の立場にある。
あの時ヌィビットの状態がいい例であり、もし意にそぐわない事を言ってしまえば、そのままこの暗い空間の赤い面積が増えてしまう。
そして……、最悪の事態を招いてもおかしくない。
そう思った王子はすぐに目を隠していた腕を下ろし、そのまま立ち上がろうと膝に力を入れようとし、行動と同時にシリウスと重鎮三人の間に入ろうと目論む。
これ以上の話し合いは危ない。日を改めることを提案しようと王子は足を動かそうとした。その時――
「お上の息子様――余計なことはするな」
「!」
突然、この静寂を破るように、はたもや赫破があるを込めているような音色で言った。その声を聞いた王子は驚きの顔を浮かべると同時に動かそうとしていた足を動かす前にブレーキをかけるように王子は筋肉の動きを止める。
止めた瞬間動こうとしていたこともあって反動が表れ、立ち上がり歩こうとしていた状態――つまりは少し前屈みになっていた状態であったので、止まった反動で前屈みであったそれからバランスを崩してしまい、そのまま前のめりになって畳に向けて顔が突っ伏しそうになった。
「っ! ……ほ」
一瞬の声に驚き、反射的に止めてしまったが故のアクシデント。
それを何とか己の力で制し、そして最悪の事態を免れたことに安心したが、それよりも一瞬の出来事の中で起きたことに驚きが勝ってしまい、突っ伏している状態で声を殺したそれを零すが、その後で安堵のそれが零れる。
驚きのあまりに焦っていたせいであまり出ない汗が畳に落ち、そのまま畳のシミとして残っていく。
イェーガー王子のその行動を見ていたハンナは驚きながら王子に視線を向け、「だ、大丈夫ですか……っ!?」と、おどおどとしているが慌てているという音色を向けるが、王子はその声を聞いて畳につけていた手に力を入れ、そのまま起き上がると王子は落ち着いた音色で――
「いいや、大丈夫だ。すまないな驚かせてしまい」
と言い、王子は起き上がると顎を伝いそうになった汗を己の手の甲でそっと拭う。
拭う姿と王子の顔を見て、ハンナはほっと安堵のそれを履いて己の胸に手を添える。あからさまな安堵のそれだが、その光景を見た王子は申し訳なさそうな笑みを浮かべて「すまないな」と言って軽く頭を垂らす。
そんな二人の会話を聞いていたヘルナイトは、王子の安全を見て――外傷はない。な……。と思いながら彼自身も心の中で安堵のそれを零す。するとその光景を見てなのか、見ていないのかはわからない。だがなんともいいタイミングで赫破は大きな咳ばらいを起こし、三人の興味を己に向けた。
大きな咳ばらいを聞いた三人ははっと今の状況を思い出すと同時に視線を赫破に向けると、赫破はハンナ達のことを細めた目で見つめた後、煙管を口につけ、すぅーっと息を吸うと、口から煙管を離すと『ふぅーっ』と、その口から灰色の煙を吐き出す。
室内を飛び回るように灰色の煙はゆらりゆらりと赫破の周りを舞うが、少しするとその灰色の煙も空気に同化し、灰色のそれが消えていく。
「お前さんはきっと恐れているんだろう? この状況が最悪に向かうことを危惧していることは嫌でもわかる」
「……なら」
「だが、お前さんが最も危惧していることはこの先のことだろう?」
「!」
赫破は王子のことを横目に見ながら告げる。王子がしようとしていたこと。そして険悪が続く未来の先を口にし、己の心境を交えながら赫破は言う。
そのことに関しては自分も同文だ。それを告げるように……。
赫破のその言葉を聞いた王子は最初こそ驚きの顔を浮かべ、赫破も同じことを考えていたのかという少しばかり失礼ではあるがそれでもそのことに関して思っていたのかという安堵と驚きが混ざった顔を浮かべそうになったが、すぐに真剣で納得がいかない顔をし……、王子は言おうとした。
『ならば、なぜ止めたんだ? 貴殿が止めるつもりであったのか?』
その言葉を赫破に向けて告げようと、心の内を聞くつもりの言葉を向けようと口を開け、言葉を発した時、王子の言葉を遮る様に赫破は言い、そして続けて赫破は言う。
「お前さんがここに来た理由は、儂等鬼族の力を借りたいからここに来たんじゃろ? 交渉し、国のために共に戦ってほしいとここまで来たんじゃろう? それを……、若君にも頼もうとした」
「!」
赫破の言葉を聞いてイェーガー王子は驚愕の顔をして赫破のことを見る。特に……、『若君』と言う言葉を聞いた瞬間から王子の顔色が焦りに変わり、『若君』と言う言葉を聞いたハンナは首を傾げてその言葉を脳内で復唱する。
ヘルナイトとデュランを見ても頭を抱えていないところから見て、『若君』という存在に関して何も知らない。
見たことがない存在であることを知ったハンナは、再度王子のことを見て内心首を傾げてこう思った。
――重鎮さん達が言う『若君』って……、どんな人なの……?
そんなことを思いながらハンナはその思考を頭の片隅に置きつつ、言葉を発しようとする赫破のことを見ながら耳を傾ける。
赫破は王子のことを見て真剣な音色で言った。
「そのためにここまで来たはずが、ここで最悪の想定をしてしまえば国の状態が悪化する。王都と言う要が傾いてしまう。現在この国は近くの国と友好関係を築いているが、遠くの国とは一触即発状態だ。特に昔多くの犠牲を出し、この国に対し訴えを起こした『魔法国家・ヌゥークルディレル帝国』は、今もこの国に対して敵意を剥き出しにしておる。一歩間違えてしまえば即戦争に発展してしまうほどの緊迫。民達はそのことに関しては知らんものもおれば知るものがおる。だが今は『終焉の瘴気』の方を優先にせんといかん。それらを両立させるためにも儂等の力も必要なのだろう? ヌゥークルディレル帝国は魔法が盛んな国。こちらのように魔法と言うものを使えないものが珍しいほどの魔力を持つ者ばかり。そんな者達との戦争は酷なものだ。魔法を使える魔女達、『12鬼士』がいるが、保険として儂等と言う戦力。それを貴様は頼んできたのだろう? ここで失ってしまえば戦力が無くなる。だから焦った。そうじゃろう?」
赫破の言葉を聞いて王子はぐっと言葉を詰まらせるような声を零し、赫破のことを見てあからさまともいえる様な狼狽を一瞬見せた。
それはハンナ達が初めて見るようなそれであったが、赫破含めた重鎮の三人達はハンナ達とは正反対の顔をしてお互いの顔を見合わせている。互いが互いの顔を見た後、三人は頷き合い、そのあとすぐに王子に視線を向けると、代表して発言をするかのように赫破が王子に向けて言う。
「……このことに関しては後で物申そう。今はお偉いさんのことよりも、聖霊族のこと蛾重要じゃ。質問されたからにはしっかりとその答えを返さんとな」
そう言って赫破は横にいる緑薙に向けて視線を向け、合図を送るように頷くと、緑薙も頷きを見せた後シリウスに向けて目を向けた。
緑薙の目を見て、ようやくかと言わんばかりの顔をした後、シリウスはいつものように頭の後ろに手をやり、へらりと陽気な笑みを緑薙に向けた後、「おわったー? 話してくれるのぉー?」と、なんとも明るい音色で言うシリウス。
しかし、その笑みとは裏腹に、僅かに見える口角の強張りを緑薙は逃さなかった。
「ああ、話すよ。話そうじゃないか。何で儂等がこの話を知っているのか。それは簡単なことだよ」
逃さないと同時に緑薙は今まで見開いていたであろうその目をそっと閉じ、一旦考えるような仕草をした後、そっと目を開け、細めた目でシリウスのことを見つめた後……、緑薙はシリウスに向けていう。
何故知っているのか。そのことについて簡潔に。わかりやすく……。
「――本人が話したからさ。己の出自を知りながらも儂等にこのことを告げに来た『死霊の王』が……、アルタイルが告白したからさ」
「――!?」
「「「――!」」」
『――えぇっ!?』
緑薙の口から告げられるその言葉を聞いた瞬間、シリウスの顔から初めて笑顔と言うそれが消え、初めて出すであろう驚愕と怒りが浮き彫りになった顔を浮かべる。
シリウスの驚きと同時に緑薙の口から零れた『死霊の王』、そしてアルタイルの言葉を聞いた瞬間ヘルナイト、デュラン、イェーガー王子も驚愕のそれを浮かべてその言葉を放った緑薙のことを見開かれた顔で見る (デュランは頭がないのでどんな顔をしているのかわからないが、それでも驚きの声を零しているので彼は驚いている)。
四人の驚きが伝染したのか、ハンナ達は驚きの声を上げて緑薙のことを見る。今まで俯いていたクィンクでさえも驚きの顔を浮かべて言葉を失っている状態だ。
だが、これは当たり前の反応でもあり、このことを聞いた瞬間驚かない方がおかしいのかもしれない。
なにせ、鬼族の重鎮達にシリウスしか知り得ないことを教えたのが敵なのだ。驚かない方がおかしい。
この場合誰もがディーバかもしれないという予測が頭の片隅にあったかもしれない。それはヘルナイト達も考えていたことだが、こればかりは変化球のような展開だ。
そんな変化球の事態を呑み込めていない所為もあり、シリウスは真実を告げた緑薙に向けて――
「う、うそだ……! 嘘だっ! そんなことありえないっ! あいつがここにきて、俺達しか知らない事実を告げること自体おかしいよ!」
シリウスは……、エドでさえ聞いたことがないような荒げの声で叫ぶ。叫び、そしてその怒声を重鎮三人に向けるように吐き捨て、己の胸にある心臓を――瘴輝石を乱暴に掴みながらシリウスは言う。
いいや、言うのではない。
叫び、ありえない。そんなこと絶対にない。あいつがこんなところに来ること自体おかしい。あいつは悪。悪。悪なんだ。
そう思うと同時に湧き上がる事実を頭の中でフル回転させ、シリウスの思考と正しい思考がミキサーにかけられ、ぐるぐると頭の中で言葉のスムージーを作りながらシリウスは荒げる。
荒げる声で、彼は重鎮三人に向けて叫んだ。
「あいつは死霊族! この国の敵なんだよっ!? この国の人たちを誰よりも嫌って、そしてこの国を壊そうとしている種族なんだよ? しかもその種族の長! 統率者! 敵の統率者の言うことを信じるのっ?」
荒げる声はシリウス本人のもの。しかし彼の言葉とは思えないような言葉がどんどんと零れ落ちていき、その言葉を聞いていたエド達は困惑のそれを浮かべつつ、痺れが取れてきた体に鞭を打ちながら起き上がり、シリウスのことを見上げる。
「信じるなとは言わない。だって言っていることは正解だから。と言うか大正解――でもあいつがこんなところに来て、あんた達の命を取らないで帰るとかありえない! あいつはそんな奴じゃない!」
シリウス自身感情の高ぶりの所為もあり、感情論を優先にした物言いとなってしまい本人も何を言いたいのか、一部何を言っているのかわからないと思ってしまうような錯覚に陥る。
「あいつは前王の言う通り異常だ! そんな異常者があんた達を殺さないだなんておかしい!」
あいつは異常で敵なんだから――その場で殺さないといけない存在だったのにっ!!
理解したくなかった。あいつがそんな奴であることを理解したくなかった。あいつはディーバの言う通り悪の塊だ。そんな奴が来たのに、なんで殺さなかったんだ。
そんな悪意の塊のような思いを言葉として言い放つシリウスのことを見て、ハンナは彼のことをじっと見つめ、そして……、理解が追い付けずにいた。
理解と言うよりも、驚きのあまりに固まってしまったのほうがいいだろう。
ハンナが今まで見てきたシリウスと言う存在は、陽気ではあるが冷静さを兼ね備えている存在であり、みんなのことを考えている存在。どこかで言ったミステリアスさはあるものの優しい心があるような存在だと、ハンナは思い、そして見てきた。
だが、そんな視点も今となっては欺くための行為にしか思えなくなってきているのも事実だ。
ハンナの目の前で怒りを露にしているシリウスの感情の靄は――穏やかなんていうものではなく、どころか黒と赤が混ざっているような真っ直ぐな炎のそれだった。
ガスバーナーのように真っ直ぐの線を描くように燃えている炎。揺れも何もないその炎の感情は、まさに迷いなどないもの。
己が言っていることが、ディーバが言っていることが最も正しい事であり、アルタイルこそこの世にいてはいけないものだということを信じてやまないということを示すような物言いだった。
純粋で正直と言う言葉で言い包めるのであればそれはそれでいいのかもしれない。
しかしこの状況は異常としか言いようがない。
一度は魂を分けた肉親。兄弟であるのに……、シリウスはそんなアルタイルのことを憎んでいる。理由は純粋にディーバに言われたからこそなのだろうが、それでもこれは残酷なことだ。そうハンナは思ってしまった。
人とは違う兄弟の形だが、それでもシリウスとアルタイルは兄弟だ。
このことに関しては驚きが隠せなかったが、そんな驚きなど吹き飛んでしまうほど、シリウスの純粋さは、狂気だった。
純粋も度を越してしまえば恐怖でしかない。
それを思うと同時にハンナは思う。
家族であるのに、兄弟であるのに――簡単に『殺せ』と言ったシリウスにハンナは混乱した面持ちで彼のことを見ていた。
何故そんなことを簡単に言えるのか……。家族なのに、平気でそんなことを簡単に言えるのかが、理解できない……。シリウスさんの純粋が怖くなる……。
そんなことを思いながら……。
それはエド達も思っていたらしく、シリウスのことを見て愕然とした面持ちで見上げている。
まるでシリウスの化けの皮を――本性を垣間見たような面持ち……、いいや、実際そうかもしれない。シリウスと言う存在を見て驚くしか感情がない面持ちでエド達はシリウスのことを見ていた。
ヘルナイトとデュラン、イェーガー王子に至っては冷静と言うそれは崩していないにしろ、シリウスの言葉を聞いて一体何を思っているのか、表情を強張らせたまま言葉を発しない。
空気を吸っていないかのように動かないそれを見てか、ハンナ達の驚きを見てか、赫破達は呆れるような視線を隣同士にいる同胞に向ける。そして視線を向け合った後で緑薙と黄稽は赫破に向けて頷きを見せると、赫破は疲れたような溜息を零し、そして荒い息を零して呼吸を整えているシリウスに向けて赫破は言う。
はっきりとした音色で赫破は言う。
「これが本当の『洞穴鼠の絵空事』……か。死霊の王の言う通りかもしれん。聖霊王――お前さん、目的があってそこにいる冒険者と行動しているんだろう? お前さんは」
死霊の王をその手で殺すために、ここにいるんだろう?
前聖霊王の頼みと称して――尻拭いを行うために。




