PLAY104 『洞穴鼠の絵空事』④
「というか、おじいさんも下種だね~。まさかあんなことを突然するとか、配慮っていう物がないのかな~」
一瞬の閃光が室内を照らしたかと思うと、その閃光が暗闇と言う力に負けるようにどんどん暗い世界になっていく中、シリウスは閃光を放った張本人――黄稽に向けて言葉を放った。
すぅーっと流れるような動作で右っている手を徐に上げ、その手の人差し指を黄稽に向けて差すと、シリウスは黄稽に向けているのに、言葉だけはハンナ達に向けるようにしてこんなことを口にした。
彼の周りで、痺れを訴えながら強張らせをしているエド達に横目に視線を向けながら……。
「鬼族の角は確かに自然界の中にある火、水、風、雷、土、雪、そして光と闇の八つの内の一つがその角に宿り、僅かだけどその力を使うことができる。魔王族の因子を引き継いでいる『魔女』のように、『鉄』とか『鉱石』とか『蜂』とかのようなものは使えないけれど、自然界の力を使うことは珍しい事なんだよね。今となっては――」
と言い、シリウスの言葉に対し黄稽は無言の状態で、なぜか異常な微笑みを浮かべながらシリウスの話を聞いていた。
常に笑みを浮かべている。
それはハンナが見た黄稽の第一印象なのだが、今となって見るとその笑みは恐ろしいもので、笑みを張り付けているようなものにしか見えない。
そうハンナは思うと同時に近くにあったヘルナイトの手をぎゅっと掴み、ヘルナイト越しに黄稽のことを見る。
弱々しく、ぎゅっと握るハンナのそれに気付いたヘルナイトは一瞬だけその感覚に覚えを感じたが、すぐにその感情を心の中にしまうと同時にハンナの握りに対して自分の握りで返すということをすると、そのまま彼女の視界から黄稽を隠す。
体を使って隠すことはいつものことなのだが、それでも会話と言うそれは聞こえる。ハンナはその会話を聞きながら記憶に刻み、なんとなくだが状況の把握を脳内ですることにした。
ハンナ達の行動を見ていない黄稽とシリウスはお互いの顔を見ながら会話を続けている。発端を作った黄稽は何も言わないでいるが、そんな黄稽の黙りをいい事にシリウスは続けるようにこう言ってきた。
「この国の人達は魔法と言うものに対して適性が全然なかった。それは先祖でもある四種族がその力を使わないようにするために呪いをかけたとか、そんなことが言い伝えられている。でも鬼族はそんなことはなかった。鬼族はちゃんと自然界の魔祖を使っている。良くある話だと、あんた達鬼は元々外から来た存在なんじゃないとかそんなことを聞くけど、今はそんなこと関係ないよね~」
「ほほぉん。それは初耳じゃ。何故そんなことを儂等に言ったんじゃ?」
「なんとなーく。そんなことを考えていましたー。的なことを言いたかっただけ。意見と言うか主張みたいなものと思ってよー」
「………あいわかった」
「それじゃぁ本題に戻すけど……、あの時の光はあんたが放ったもので、それはただの光じゃない。と言うか、光そのものじゃなくて別の物。あんたが宿している魔祖――雷の魔祖の力を溜めて一定の量が角の中に溜まったらそれを発散させるように角の力を放つ。放った瞬間角から発せられる光で相手の目を晦まし、自分を中心とした放電を対象たちに向けて当てていく。まるで暴発するように、その電気を放って――っていう仕組みなんでしょ~? あんたの雷の魔祖の使い方」
「………………」
「一瞬その場が光ると同時にその電撃を放つから、初めての人はその音を聞くことができないかもしれない。でもその方法は対処さえすれば簡単にあしらうことができるから強くないと思うけどね~。でも、それを使って俺のことを襲おうとしたんでしょ? どういう理由でそんなことをしたのかわからないけど、それでもやることがせこい気がするよ~?」
「だから、その石を」
「そだよ」
長い長い言葉を終えたシリウスは、右手に収まっている黄土色の瘴輝石を黄稽に見せ、そしてその石を掌の上でゴロゴロと落とさないようにバランスを取りながら手の上で転がすと、シリウスはその瘴輝石を見せながらこう言った。
冷たい笑みと言えるようなにっこりとしたそれを見せながら……。
「この瘴輝石の名前は『絶雷』。その名の通り雷を遮断する力を持っている。エクリションクラスで回数は五回。皆俺の力になってくれて助かりまくりだよ。俺こう見えて攻撃する術とか全然ないし、防ぐ術もない。だから俺にそんな力は全然ないからもう大助かり」
シリウスは言う。手のある瘴輝石のことを説明した後、反対の手で頭を掻きながら『いやー』と言うような動作をしながら困ったように笑みを零して己のことを非難する。
見る限り己のことを下に見るような言葉。それを聞いていたハンナは内心――自分のことを下げる言葉の数々……。と思いながらヘルナイト越しにシリウスの話を聞いていたが、シリウスはそんなハンナ達のことなど無視……、いいや、むしろいないものであるかのように、自分しかいないかのような体で三人の鬼族重鎮達に向けて言葉を放っていた。
が、そんなシリウスの言葉を遮る様に、重鎮の一人が言葉を放った。
老いているとは思えないような大きな声で、はっきりとした音色でその人物は言う。
「――大嘘こくでないわ」
「! あ、おばーちゃん」
「お祖母ちゃんなどと言うな。こう見えても儂はまだまだ若い方じゃ」
シリウスに向けて大嘘と声を掛けた人物――緑薙はシリウスの言葉を聞いて苛立ちがむき出しになった血管の浮き出を額に出し、そのまま睨みを利かせながらシリウスのことを見ると、緑薙は己の体の周りをまわる風を操り、他の人たちを傷つけないように配慮しながら緑薙は言った。
シリウスに向けて、『大嘘』と言った理由を述べるように、彼女は言ったのだ。
「何が『俺にそんな力は全然ないから』だ? そんな大嘘をこくほど貴様は己の力を隠したがるのか? そんなもん『人間族に紛れた魔王族、その矛を己に収める』のと同じ物。『聖霊王』の分際でよくもまぁそんなことが言える」
緑薙の言葉を聞いていたハンナは一瞬意味が分からない言葉が出てきたことで首を傾げ、近くにいたヘルナイトに耳打ちをするように「あの……、『人間族に紛れた魔王族、その矛を己に収める』って、どういう意味なんですか……?」と聞くと、その言葉を聞いたヘルナイトはハンナのことを見下ろし、凛としているが小さい音色でヘルナイトはハンナだけに聞こえるように説明をした。
「意味は簡単だ。『強い力を持っているにも関わらずその力をひけらかさない。才能に対し溺れない人』のことを指す諺だ。人間族の民衆の中に紛れ生活をしている魔王族の話を元にした諺らしくてな、人間族とわかり合いたいがためにその魔王族は己の強さ、恐ろしさを心の中にある鞘に己の強さを収めて生活をして顰めていた。その強さは常に見せつける者ではない。己が持っている力はその時に使う時が来る。他者のためでもあり、己の命を守るために使う。その話がこの諺になったという話を師匠から聞いた」
「あ、『能ある鷹は爪を隠す』みたいな諺なんですね。優れた才能がある火とはその才能をひけらかさない。っていう意味でこの言葉が使われますけど、同じなんですね」
「そんな言葉が異国にはあるのか……。正直聞いたことがなかったから驚いたな」
「はい。私もです」
ヘルナイトの言葉を聞いて、諺の『人間族に紛れた魔王族、その矛を己に収める』の詳細と意味を聞いたハンナは片手を平のそれにし、握り拳を作ると、その平のそれに向けてとんっと軽く判を押すように叩くと、ハンナは納得したような顔と音色で言う。
日本でよく聞く諺を口にしたハンナはなるほどと言わんばかりの顔でヘルナイトのことを見上げて言うと、その言葉を聞いたヘルナイトも驚きの声を上げて『そんな言葉があるんだな』と言う顔をしてハンナのことを見下ろしていた。
ヘルナイトの驚きに対し、ハンナも頷きながら同意ですと言わんばかりに頷くその光景はその空間だけ一瞬、ほんの一瞬緊張から解放されたような空気が二人の周りを漂い始めたが、そんな空気も一瞬でかき消されてしまうのが今の空間。
ハンナ達の会話など聞いていないかのように緑薙はシリウスに向けて言う。
緑薙の言葉を聞いて笑顔だったそれが消えてしまったシリウスのことを見て、緑薙は言ったのだ。
「貴様はあくまでも『聖霊王』の名を持っている聖霊族。この国を作ったとされる一人にして、異例の魔王族であり聖霊族の王として君臨をしていた『慈愛の聖霊』――聖霊魔王族・ディーバの力を一部受け継いだ異例の聖霊族……、『聖霊王』シリウスと呼ばれているにも関わらず、なぜそんなに謙虚になる? なぜそこまで己の力を誇示しない?」
「………………………」
「そのことに関しては答えんのか? つい先ほどまではべらんべらんっとよくしたが回っとったのに、分が悪いとなった途端にこの始末。都合のいい事ばかりしか考えておらんのだろが、そんな逃避儂は認めんぞ」
「………………………」
「儂等が知る限り、『聖霊王』の名は元々聖霊魔王族のディーバが持つ通り名であったと聞く。しかしディーバには『12鬼士』にならねばならんという要請もあり、その名を持つことを許されなかった。この世で二つ名を持つ者はたった一人。何千年もの間その二つ名を持つ資格を持っている者は退魔魔王族しか持つことが許されんからな。聖霊魔王族がそのようなものを持つこと自体許されなかった。それは知っているであろう? サリア教にも書かれているからな?」
「確かにぃ~…………。そうだね~。知っているよぉ~……」
「それならばいい。その記述通りならば二つ名を持つ者はここにいる武神しか与えられん。聖霊族の魔王族がその名を二つ持つことなど、許されなかったのだろう。だから貴様にその名を与えた」
その言葉を言い終えると、緑薙はじっとシリウスのことを見つめる。睨みつける――ではなく、じっとシリウスのことを穴が開くほど見つめて、緑薙は言葉をその場で区切る。
緑薙と同じように赫破と黄稽もシリウスのことを品定めをするようにじっと、シリウスの身体中に穴が開くほど見つめる。
シリウスはそんな三人のことを見て笑みを浮かべているが、その笑みは先ほどの恐怖しか与えないような笑みではあるが、その中に新たな感情が入ったかのような、そんな笑みを見せている。笑みを浮かべた瞬間、僅かに……、本当によく見ないとわからないような引きつりを見せるような、そんな笑みを。
シリウスの変化の笑みに関しては本当にごく僅かな変化であるがため、誰も気付くということができなかった。それは近くにい多ハンナ達でさえも、そして目の前でシリウスのことを穴が開くほど見ていた重鎮三人であろうとも、その変化に気付くことができなかったがため、緑薙はシリウスのことを見た後、彼女は言った。
いいや、言ったではなく、言ってしまった。の方が正しい。シリウスにとって聞きたくないことを、知られたくないことを緑薙は言ってしまったのだ。
あろうことか、ハンナ達の前で――『12鬼士』でもあるヘルナイト、デュランの前で、緑薙は言ったのだ。
「元聖霊王でもあったディーバは、同じ命の光から生まれた聖霊族の片方にその名を与え、もう片方には何も与えず、手に入れてしまった力を恐れると同時に駆逐しようとした。片方は言わずもがな貴様。そしてもう片方に当たるのが――貴様の命を分けた輩にして『死霊の王』と言う通り名を得てしまった聖霊族だった」
あまりにも衝撃的な言葉。あまりにも唐突にして思考が追い付かないような事実の数々。
それを聞いていた誰もが言葉を失い、そして背しか見えないシリウスのことを強張りの目で見つめているだけだった。
今の今まで会話が聞こえていたその空間に何度目になるのかわからないような静寂が辺りを包み込むが……、その静寂はただの静寂ではなかった。
幾人もの人の感情がその目から、体から放出してできてしまった触りたくないような静寂。静寂と言う名の煙がハンナ達の首元を這うように淀み、湿っているような感覚が身体中に嫌悪感を出してしまう。
嫌悪と言う名の寒気が体を襲い、それを感じながらハンナ達はシリウスの背を見つめる。
そんなハンナ達の視線を感じていたシリウスは依然とした面持ち……、ではなく、僅かな引きつりを見せているような笑顔を重鎮の三人二向けている。
緑薙の言葉に関して表では全然攻撃を受けていません。と言わんばかりの顔を見せつけているが、本音はそうではないというそれが引き攣りと言うそれが顔に出ている。
その顔を見て緑薙は畳み掛けるようにシリウスに向けて言う。
精神的にも追い詰めることも踏まえて、シリウスの口からは狩れる本音をこの耳で聞きたい。そう思いながら彼女はシリウスに向けて言った。
「儂等が貴様に対して失望している理由はそれじゃ。貴様の王としての怠慢。そして死霊の王とのつながりがあること。そのつながりに対し儂等に黙秘していたこと。死霊族は殺さねばならぬ存在。その存在を野放しにするなど万死に値する罪状。その罪状を抱えながらも貴様はのうのうと生きている。己の罪を自覚しておらんその笑み。その笑みを見るたびに怒りが込み上げてくる。この状況を作った一因とつながりがあったにも関わらず、それを誰にも話さず、野放しにしようとしたことはとことん失望じゃ。同胞を殺したあの男にも苛立ったが、貴様に対してはもっと苛立ってしまう。そこまで己の魂の片割れが、魂の半分が恋しいのか? それを聞くために貴様にこの場所を設けたんじゃ。こちらもこの国が行きつく先への不安もある。一端でもある死霊の王をどうするのか――それを聞きたい」
それだけなんじゃ。
それだけ言って緑薙は今まで流暢に喋っていた口を閉ざすと、シリウスの顔をじっと、また穴が開くほど目を見開いて見つめる。それは赫破も、黄稽も同じで、三人は未だに引きつった笑みを浮かべているシリウスのことをじっと見ていた。
彼が一体どんな反応をするのか、どんな言葉を返してくるのか。
シリウスの口から吐かれるのをじっと待ちながら……。
◆ ◆
前にこんなことを話したことがあるであろう。
聖霊族が生まれる仕組みのことについて、アクアロイアでヘルナイトから聞いたであろう。
聖霊族と言う存在はこのアズールに三つしかない『聖霊の緒』で生まれること。瘴輝石そのものが聖霊族の命。心臓となること。
心臓となる瘴輝石と、『聖霊の緒』の上空で舞っている光の雫が人間の型になる依り代を形成し、その依り代に瘴輝石を埋め込んで聖霊族は人間と共存する。
それが聖霊族の大まかな生まれ方だ。
だが、人間の姿に成れない石もあることはある。しかし瘴輝石だけでも使えるには使える。使用は一、二回が限界だが、それでも聖霊族は人間の……、アズールに住む人の役に立ちたい気持ちを持つ種族。そんな種族だからこそ彼等は人間と言う依り代を持っていない状態であろうとも、瘴輝石の状態で使われることを望んでいる。
人の役に立つ。
己の命を以て――人を助ける。
たとえその命が潰えたとしても、その者を助けたのだから本望だ。
だから――悔いなどない。
この言葉は大昔聖霊魔王族のディーバが他の聖霊族に向けて言った言葉であり、この言葉が受け継がれて今の聖霊族が生まれたのだ。
まるで自己犠牲の見本と言っても過言ではないアズールの民に対しての優しさ。尊い命を他者のために使うことはとてつもなく難しいことだ。
言葉でその言葉を言うことは簡単だ。
勇気をもって立ち向かうというのと同じように、それを行動にすることは――とてつもなく難しい。
このアズールのことを愛しているディーバが言い放ったその言葉は聖霊族にかけられた呪いだと誰かが言ったらしいが、他の聖霊族はそのことに対して異論などしなかった。
ディーバが言ったことは正しい。自分達はこの教えを守る。この国を守るために、民達を守るために自分達はこの命を使う。そう頑ななものだった。
そう。シリウスも同じ思いであり……。
アルタイルも同じだと、この時のシリウスは思っていた。
◆ ◆
シリウスとアルタイルは元々は一つの瘴輝石から生まれた命であり、つまりはその石の中に二つの人格が眠っていた存在。この場合は稀に見ない存在でもあった。
現実の世界で言うところの双子のようなものなものであり、シリウスとアルタイルの瘴輝石を見たディーバは、驚きの眼でその石を見つめ、そして問いかけを続けていた。
二つの魂が入っているその石に対し、後に名を与えるであろうアルタイルとシリウスに向けてディーバは聞いたのだ。
人の役に立つ。
己の命を以て――人を助ける。
たとえその命が潰えたとしても、その者を助けたのだから本望だ。
だから――悔いなどない。
この教えを、あなた達はその命に代えてでも守ってくれる? と――
その言葉を聞いたシリウスは頷きを示すように、ちかちかと何度もその光を放つ。
まるで蛍のような小さな光を見せ、己の存在を見せると同時にディーバの言葉に対して同意を示すように、シリウスは白い光となってその石を示した。
シリウスのそれを見たディーバは安堵の笑みを浮かべてその光が灯る箇所に指を触れ、光ると同時に指がその光を遮り影になるその光景を見ながらシリウスの同意の行動を見つめていた。
なぜこんなことをしたのかはシリウスにもわからない。ただ触れている時ぬくもりを感じていたシリウス。
まるで優しく撫でられているような、そんな温もりを。
シリウスの返答を見たディーバは、その後アルタイルであろう黒い光を見つめ返答を待つ。
きっといい返答が来る。そう思っていた。
だが――
アルタイルの光が灯ることは、なかった。
その光景を見たディーバは一瞬目を疑うような顔でアルタイルの光を見ていたが、アルタイルは一向に同意と言う名の光を灯さない。どころか死んでいるのかもしれないというような微動だにしない鼓動に、光がないそれにディーバは嫌な予感が頭をよぎった。
彼女が唱える言葉に対し、疑念を持つ者がいたとしてもおかしくない。その言葉に対して絶対に従えと言っているのではないが、彼女のこの行動に対し全員が肯定をするということは――ありえない。
事実彼女のこの返答に対して否定的なそれを見せていたこともしばしばあった。
しかしそれでもディーバは心を折ることなく、傍に寄り添いながらその石の意志を聞いていた。ずっと、『何がしたいのか』そのことを聞きながら、彼女はできるだけその石たちの意志を尊重してきた。
人のために命を賭せ――と言う言葉を守っている聖霊族がたくさんかもしれないが、それを別の意味で役に立とうとする聖霊族もいれば、己の夢を抱き歩んでいる聖霊族もいる。
その夢を壊すようなことは――したくない。
聖霊族は皆……、家族だから。
だからできるだけ聖霊族達の言葉に耳を傾け、できるだけその聖霊族達の夢を叶える助力をする。今回もそうするつもりだった。アルタイルの言葉に対し、ディーバは言葉を向けるつもりだった。
…………、しかし。
ディーバはアルタイルに何故約束できないのかを聞いた瞬間、彼女は言葉を失い、そしてアルタイルのことを敵としてみなすことにしたのだ。
己が思いもしなかったことを言い、アルタイルがそれを本当に望んでいることを知った瞬間、ディーバは体中を流れる血が凍り憑き、体の中に氷河期が到来したかのような感覚に陥った。
この時、シリウスとアルタイルは瘴輝石の状態でいたがため言葉を発することなどできない。要は赤ん坊の状態で言葉を発することができないと思ってほしい。しかしディーバは聖霊族の長でもあるが故、己が持っている力を使えば聖霊族の……、瘴輝石の状態の聖霊族の声を聞くことができる。
これは聖霊王特権の力でもあり、エド達と行動しているシリウスもその特権を使うことができる。ディーバはその力を使ってアルタイルの声を、彼の想いを聞いた。
黒く光ったその箇所に額を当て、その光の温もりを確かめるような動作でディーバはアルタイルの言葉を聞こうとした時……、アルタイルは黒い光を蛍のように灯すと、ディーバはアルタイルの声を聞く。
聞く……。と言ってもその光の声を脳に刻むという言葉の方がいいのかもしれない。それをしながらディーバはアルタイルの言葉を聞き、言葉を失う。
人の役に立つ。
己の命を以て――人を助ける。
たとえその命が潰えたとしても、その者を助けたのだから本望だ。
だから――悔いなどない。
この教えを、あなた達はその命に代えてでも守ってくれる?
その言葉に対し、アルタイルは答えた。
いやだ。たすけたくない。いのちにかえてまもるべきではない。
このくにのひとたちはごうまんだ。そしてたいまんだ。
まほうというちからがつかえないくせにわがままだ。そんなやつのことをたすけたくない。いのちをかけたくない。
おれは――おれがおもうがままにいきたい。
おれは――おれのせかいがほしい。
その言葉を聞いた瞬間、ディーバは察してしまった。いいや……、確信してしまったの方がいいだろう。
アルタイルは聖霊族であると同時に聖霊族ではない。聖霊族のような思考を持った存在ではないと確信してしまったのだ。しかも、これは発覚ではなく、確信なのだ。
曖昧な不安ではなくはっきりしてしまった不安でもあり、ディーバは己の中に抱いていた不安が、確実のこの先の未来を変えてしまう要因になってしまうことに知ってしまったのだ。
ディーバがその不安を抱いたのは最初の光が灯った時――その時シリウスの光は白いそれだったが、アルタイルの光は黒かった。
どす黒く、炭よりも黒いそれを見て、ディーバは一瞬だけ抱いたのだ。
アルタイルは、他の聖霊族とは違う。きっと後にこの国を脅かす存在になる。そう抱いたのだが、その抱きが、不安がアルタイルの言葉を聞いた瞬間確信に変わり、ディーバはこの二人が依り代に入る前に、対策を施した。
まず――二人の魂が入っている瘴輝石を二つに割り、片方の石にシリウスの魂を。そしてもう片方の石にアルタイルの魂を入れ、彼女は聖霊族として行動する依り代を用意した。
一体の依り代をシリウスに与え、アルタイルには何も与えず、アルタイルの石は『聖霊の緒』の泉に入れることなく、ディーバはアルタイルの魂を誰も近付かない場所に放置した。
その場所は誰も近付くことを躊躇うような場所であり、その場所はのちに死霊族の根城融かす場所でもある場所に、ディーバはアルタイルの魂を置いて去って行った。
これはなんとも非道な事に見えるかもしれない。そう言われてもおかしくないようなことをしてしまっているが、これは苦渋の選択でもあった。
ディーバにとって、アルタイルと言う存在を野放しにしてしまったら、のちの禍根になってしまう。そうなってしまったらこのアズールが滅んでしまうという最悪の事態を回避するための決断でもあり、ディーバ自身このことに関して最初こそこうしたくなかった。
しかし、彼女はアズールのことを愛している。この国のことを愛している。
己の子供達でもある聖霊族達に対しあのようなことを言うくらい、彼女はこの国のことを第一に考えている。故の彼女は選択をしたのだ。
アルタイルはこの国を滅ぼすかもしれない。
ならばその悪の芽は、早めに摘まなければいけないと――
そうディーバはシリウスに対し、聖霊王になるための儀式の最中に告げたのだ。
自分の出自とアルタイルのこと、そしてもしもの時のことを告げて……。
◆ ◆
これが、アルタイルとシリウスの簡単な過去の話。
それは緑薙の言う通り、シリウスはアルタイルのことを知っていた。後に死霊族となってこの国の脅威としてなった彼のことを、エド達には告げずに彼はそのことを黙認してきた。
…………いいや、この場合黙認ではない。シリウスは敢えて話さなかったの方がいいのかもしれない。シリウスはこのことを自分だけの秘密にしようとしていた。
ただみんなが足手まとい通っているからではなく、一人の方がいいということでもなければ他国の者達に手を貸すことではないと思ったからではない。
それには深い意味があり、緑薙の言葉を聞いたシリウスは、今の今まで引きつっているその顔で取り繕っていたが、その取り繕いを解くように深い、深い溜息を吐いた後……、シリウスはそっと、閉じていた口をようやく開けた。




