PLAY104 『洞穴鼠の絵空事』②
「己だけを処罰せよ……か。予想外のことに驚きはした。だが、どこか企てを持っている行動なのかと思っていたが……、どうやら正真正銘の変わり者のようだな」
「っち。あぁ。そうじゃな」
ヌィビットの行動、そして言葉と誠意を聞いた赫破と緑薙は呆れるように溜息を吐き、現在進行形で頭を下げて土下座をしているヌィビットのことを見て言う。
心底呆れているような、そんな音色で――
緑薙の口から舌打ちのようなそれが零れたような気がしたハンナ達だったが、それは空耳ではないことを知ってしまうと同時に先程の言葉に続きの言葉を言い放った緑薙。
ひどく呆れるような、それでいて失望が合わさっているような音色で彼女はヌィビットに向けて聞いた。
「確かにそれ相応の報いを受けてもらうとは言った。だが己からそれを志願するとは思っても見んかったわ。お前さん……、まさか己を追い詰めることに対して恐怖がないのか?」
「ない。これは私選択した決断だ。そして被虐に快感を覚えるそれではない」
「それならばもっと危ない気がするが――まぁそこは聞かんことにしよう。聞いたとしても聞く気すら失せてしまう」
まったくもって償わせるそれを失わせる輩だ。
そう言いながら緑薙の質問に対して赫破も呆れながら溜息を吐くと、手に持っていた煙管に口をつけ、その状態で『すぅーっ』と息を吸うと肺に溜まっていたその煙を一気に口からふぅーっと吐き出す。
暗い空間に薄い灰色の帯が辺りを舞い、そのまま空気と同化して消えていく。
その光景を見て、赫破の言葉を聞いていたエドは内心こう思っていた。
はたから見たら加虐……、ドSのような発言だ。
友を死なせた罪は重罪に等しいってことか……。と思いつつ、この重鎮達を怒らせてはいけない。ましては同族を殺すことはご法度だとエドは心の中でその誓いを立て、破らないようにしようと固く誓った。
エドの誓いはこの場にいる誰もが……、いいや、この場にいて状況をうまく理解していないショーマと一体何を考えているのかわからないシリウス以外の誰もがそのことを固く思い、誓いを立て、ヌィビットの処遇を見守っている。
この判断がいい方向に向かって行くことを願いながら……。
「むふぅ……、これはこれで滑稽な光景……、とは言えんのぉ。こんなにも呆気なく判断をするのか。もうちっとばかし抗ってくれれば」
「己の私情を挟むな黄稽。こんなにも行動でその誠意を示しているんだ。そのことに対して悪態をつけるなど、儂等が悪党に見えてしまう。それに儂は貴様のような下劣思考ではない」
「ほほぉん。下劣とはいい褒め言葉だな」
「皮肉だ」
だが、この状況に対して快く思っていなかったのか、今の今までにやけのそれを浮かべていた黄稽はにやけを不服そうな呆れ顔に変えると、ヌィビットのことを見ながら溜息交じりに言葉を零す。
黄稽のその言葉を聞いた赫破はその言葉と行動を嗜めるように諫めの言葉を強く言い放つと、ヌィビットのことを見降ろしながら彼はヌィビットの誠意を汲み取る様な言葉を零し、それと同時に黄稽の言葉に対して否定の言葉を投げかける。
黄稽と言う名の通り――滑稽に見える光景を大好物としているような彼に向けて、これ以上のことをしてヌィビットの誠意を壊すな。そう言うと、その言葉に対して黄稽は呆れ顔を消し、すぐににやけた顔を浮かべると黄稽は肩を竦めて言葉を零し、その言葉に赫破はすっぱり切るように言い放つ。
その二人の光景を横目で見ていた緑薙は再度深い溜息を吐いてその視線を未だに頭を下げているヌィビットに向ける。
性格も思考も何もかもが違う重鎮の三人。
そんな三人のことを見ていたショーマはデュランによって今の今まで頭を掴まれ、畳に突っ伏されている状態 (加減はされている)のまま一部始終を見ていたが、その光景を見てショーマは思った。
赫破をみゅんみゅんとして見て、黄稽をメグとして見て緑薙のことをツグミとして捉えながら、彼は思ったのだ。
――なんか似ているなー。俺達と、なんとなく……。
と。そして続けて思う。
――頭が固く見えているけどちゃんと考えている人の言うことに対してしっかりと耳を傾けるみゅんみゅんと、面白いことに対してスンゲー一生懸命なメグと、なんとなーく素直じゃねぇツグミに、この三人は似ている。
と――
厳密には似ていないのだが、それでもショーマは重鎮三人のことを見て、己の親友と似ていると認識する。
重ね合わせると本当に似ている。
そんなことを思うと同時に、ハンナから聞いたことを思い出したショーマは、今更ながらメグのことを、己の記憶の中にあるメグのことを思い出そうとした時……。
「分かった。貴様の言い分は分かった。ならばその気持ちを汲み、貴様にはそれ相応の処罰を下そう」
『っ!』
赫破はヌィビットのことを見下ろし、煙管を指に見立てて彼のことを指さす。本当に厳しい処罰。しかも同胞を殺した重罪に相対する処罰を下すと言った赫破に対し、考え事をしていたショーマは驚きと同時にその思考を一旦シャットアウトし、ハンナ達も驚きながら赫破のことを驚きの眼で見る。
その驚きの眼で見ているハンナ達とは少々驚きの加減が小さいイェーガー王子は驚きはしたが、冷静な面持ちを崩さないような音色で赫破に向けて――
「赫破どの。流石にそれはやりすぎではないのか?」
と聞くと、イェーガー王子の声を聞いた赫破は手にしていた煙管を僅かに縦に揺らし、少々の驚きをその煙管で見せた後赫破は圧を込めた細めた目でイェーガー王子のことを横目で見つめた後、赫破は王子に向けて言葉を零す。
遠回しの――こちらの言い分にケチをつけるな。そう言っているような言い回しで。
「やりすぎだと? この男は己の罪……、いいや、飼い慣らしていない犬の不始末を償うと言ってきたんだぞ? その想いを踏みにじることはあまりしたくない。そして……、その不始末の結果が重鎮の一人の喪失。我々の仲間を殺したんだぞ? お前の郷で起きたことと同じように、な」
「っ」
「仲間の死に対し何のお咎めもなしとなってしまえば、紫刃も報われん。あいつは儂等の中でも甘い方だったが、それでも鬼族の在り方に関しては常に考えている輩だった。鬼族の未来を案じながらずっとな……。潰える瞬間もそのことを遺してこの世を去った。そのくらい奴はこの郷のことを、鬼族のことを考えていた。お前のような王子でも、国を背負うものでもないのにな」
「………………………」
「そんな奴の想いを無駄にはしたくない。はたから見てのやりすぎ上等。誹謗も甘んじて受け止めてやる。この男も己の立場を無視してこのようなことをしているんだ。それを与えることこそが、こいつにとってもいい事だと、儂は思う」
だから口を挟むな。国に拾われた小童が。
その言葉を言い残し、赫破は口を噤み、それ以上のことばを出すことができない王子のことを……、いいや、王子自身も赫破の言葉を聞いて己が言い放った言葉を脳内で撤回した様子で、彼はそれ以上の言葉を発さずに赫破の言葉に従う素振りを見せ、そっと頭を伏せた。
軽く――会釈をするように、そっと頭を仰角一桁ほど倒して……。
その光景を横目で見ていた赫破はすぐに離しを戻すようにヌィビットのことを見つめ、首を僅かに横に動かし、己の右にいる緑薙に目配せをする。
緑薙はそんな彼の視線を感じ、もう一度と言わんばかりに小さな舌打ちを零して視線をヌィビットから逸らし、呆れるように溜息を吐く。
瞬間――今まで自分の周りで出番はまだかと言わんばかりに渦巻いていた風がどんどんと勢いをなくし、そのまま空気と結合して同化していく。
風が止むと同時にその光景を見ていたデュランは安堵のそれを吐きながらそっとショーマの頭から手を放し、放れた瞬間ショーマはやっとの思いでうつ伏せから解放されたことで、あんどのそれをはきながら頭を上げ、そして視線をデュランに向ける。
なぜ俺にお座りを強要したんすか?
そんな責めるような顔を向けるが、それを見る暇も余裕もない様子でデュランは重鎮達のことを見つめ、この後の出来事を目がないその顔で焼き付けようとしている。決して無視ではない。余裕がないゆえの行動と思ってほしい。
緑薙に対し視線を送った赫破は緑薙の反応を見た後で軽く頷きを示し、次に黄稽に視線を向けると、黄稽は変わらずのにやけを浮かべながら「ふふぅん」と言う声を零し、その後で頷きを赫破に見せつける。
黄稽のその姿と顔、行動を見て赫破は一瞬口を横一文字にした後で煙管を口に運び、『かちっ』と煙管の金属部分を軽く噛むように加えた後、赫破はヌィビットに視線を向け、彼の後頭部、背中を見つめ、今もなお土下座をしている彼のことを見下ろしながら赫破は思った。
――これがこの男の思惑通りの『ぱふぉーまんす』と言うものではないことは目に見えてわかる。
――だが、この男がこの行動をしようとした瞬間、目の色を変えた。それがこの行動を引き起こすきっかけになったに違いない。
――きっかけが起きなかった時までは否が応でも免れようとする意志を持っていた。儂等の意志を曲げるために言葉巧みに儂等を追い込もうとしている様子が窺えた。
――そんなことを考えている輩は心の奥までずる賢い。
――正直者が損をするような世界を作る原因の塊のようなこの男が、なぜこんなにも呆気なく儂等の要求を呑んだ? まさか……、儂等の言葉を聞いて、考えを変えた?
――……、まさか、あの言葉が鍵なのか?
赫破は思う。ヌィビットがやろうとしていた思惑もしっかりと理解していた、彼の内情を、本性を見破っていた赫破は、なぜこうも呆気なく考えを変えたのかを理解できていなかった。
しかし、その理解もすぐに解消され、赫破は思い返す。ヌィビットが言った言葉を、彼の考えを変えた鍵と見て……、思い返した。
おぞましくもあり、美しくも感じてしまう。
その言葉を思い出すと同時に、赫破は続けて思った。何故あの時ヌィビットはそのようなことを言ったのか。なぜあの言葉を聞いてそんなことを口にし、驚き、最終的にこのようになったのか。そのことを思いつつ少しの間思考を巡らせたが……。
赫破は思考を巡らせるとそのままかぶりを小さく振り、そして続けて思う。
――……考えすぎか。
――まさか儂等のことを見て何かを思ったのかは分からんが、それでも儂等のことを見て考えを変えたのならば、儂等のこの状況、言葉、更には緑薙の言葉を聞いて何かを察し、儂等の気持ちを汲み取ったのならば……、それこそ胸糞悪い。
――同胞を殺したくせに都合のいいことだ。
――こちらの事情を一部知った途端にこの状態になるとは、ずる賢い輩が考えることだ。
――こちらの事情を知ったような面持ちも苛立ちを加速させる。
――それならば、相手の言う通りにすることがこちらとしても礼儀になるだろう。勝手に事情を察し、勝手に謝り、勝手に要求を付け加えたんだ。
――それ相応のことは、しなければいけない。
――気が……、済まんの方がいいな。
そう思い、考えをまとめた赫破はヌィビットのことを見て、咥えていた煙管を口から離すと、赫破はヌィビットに向けて言う。圧を込めた張りのある太い音色で――彼は告げる。
ヌィビットの処遇を……。
「悪魔族の小僧。お前には無期限の禁固刑を言い渡す。期限などはないと思え。儂等が『出てもよし』と言う許可が出るまで、自由などないと思え」
処遇の内容はなんとも残酷だった。その処遇を聞いたハンナ達は他人事ではないような顔をすると、複雑そうに顔を苦痛に歪ませる。
それもそうだろう。
禁固刑と言えど『無期限』の禁固刑。しかも重鎮達の許可がなければその禁固刑は永遠に続くような――苦しい処罰。
最も重い罪を課せられた瞬間でもあり、淡い希望がいとも簡単に崩れてしまった瞬間でもあると同時に、それを聞いたクィンクはかっと目を見開き、処遇を告げた赫破のことを獣のように睨みつけ、徐に立ち上が――ることはせず、その背中からドロドロと黒い液体を出し、その液体の形をとある動物に形成させながらクィンクは低い音色を零す。
殺意と言う名のそれをドロドロと零しながら……。
「――っ! 禁固刑……っ、だと……? ふざけ」
しかし、その言葉を言い終える前に――赫破はクィンクの言葉を遮った。はっきりと、圧を込めた音色で彼は言ったのだ。
「そんなことを言える立場なのか? 元々の原因はなんなんだ?」
「っ」
赫破の言葉を聞いた瞬間、クィンクはびくっと肩を強張らせ、背中から出していた液体を影の中に流し込み、背後の黒い物体を影の中に戻す。
『どぷんっ』と言う液体の音がクィンクの足元から聞こえたが、その音は誰の耳にも入らず、赫破はクィンクに視線を向けながら圧を込めた音色でクィンクに言葉を零す。
圧を込めているが、相手に悟らせるような音色で赫破はクィンクに向けて言った。
「同胞を殺した罪はどの罪よりも重い。それは貴様も分かっているだろう? 貴様の国でもあるはずだ。『人を殺してはいけない』という法が。同じ種族、他種族を殺すことが――どれだけ愚かで、罪深いのか。そんなこと子供でもわかる。だが感情、知能、いいや……、人格と言うものを持っている人間や他種族は複雑だ。魔物のように単調なものであればどれほどよかったのか……。今更ながらふと考えてしまうこともある」
「単調……?」
「ああ、魔物は単調な生物だと思っている。魔物は常に食べることが第一の思考回路、つまり生存の思考回路が主題の生物。他のことなど二の次のような存在であり、儂等のように色々と感情を持っているというものではない。生きればいい。死んでしまったものは弱かったから仕方がない。弱肉強食のような思考を常に持っていると聞いた」
「弱肉……強食」
「ああ。それに比べて儂等と言う存在は複雑であり面倒くさい。関係と言う糸が空いては小呂丘己の人生を狂わせることもある。その原因が色んな感情によるもの――まぁ例えるならば『嫉妬』というものを抱いてしまい、その道を外してしまう。貴様も同じだ。主の悪口を聞いただけで簡単に激情し、その感情に任せた。それがこの結果だ」
「……っ! そ、れは」
「我慢と言う言葉がある。行動と言うものがある。儂等自身そこまで鬼ではない。鬼族であるが畜生の鬼ではない。だが今回の一件はやりすぎた。同胞を殺した。それは紛れもない事実でもあり、重罪。己の感情を優先にし、儂等を怒らせ、主を貶めてしまった。これは――貴様が招いた結果でもある」
「! ………………………」
「もう言うことはないな?」
赫破の言葉を聞いたクィンクは少しずつと言うべきなのだろう。怒りボルテージを下げていき、そのまま消沈した状態で赫破の言葉に返答の動作を示した。
頷くという――苦渋のそれをして。
その行動を見て赫破は小さな声で『よし』と頷き、すぐに視線をヌィビットに向けると、赫破は続けて言う。処遇……、いいや、処罰の内容の続きを。
「なお――この禁固刑は貴様だけに課せられるもの。他の輩の処遇はなし。これはあくまで貴様に対しての処罰であり、禁固刑に対して手を貸すことを禁ずる。この件は森人の貴様が仲間に家。良いな?」
続きを聞き、そして赫破に言われた言葉に対しクィンクはぐっと歯を食いしばり、苦痛に感じてしまいそうな震えを出しながらゆっくりと、震えながら頷く。
正直、クィンクはこのことに関して頷きなどしたくなかった。しかしこの事態を引き起こしたのは自分。己の過剰な感情判断によって引き起こしてしまったことが原因なのだ。
そのことに対し赫破にも指摘され、ヌィビットにも指摘されているのでクィンクは否定をすることができない。むしろ否定をしてしまったらヌィビットの想いを無下にしてしまう。そうなってしまったらヌィビットからの信頼を失ってしまう。
それだけは避けたい。
いいや、彼の場合ヌィビットこそがすべてなのだ。生きる糧なのだ。
それを失うことは――絶対にしたくない。
そう思ったクィンクは苦渋とも云える様なそれを、肯定をしたのだ。まぁ……、結局は己の自業自得が招いたことなのだが。
クィンクの行動を見て赫破は頷きを示すと、手にしていた煙管をまた口に咥え、そのままふぅっと一息つくと、ヌィビットのことを見ていた緑薙は呆れるような溜息交じりの音色で――
「いつまでそうしているんだい? さっさと頭を上げろ」
と、怒り交じりの声で言うと、その言葉を聞いたヌィビットは今の今まで頭を下げた状態で土下座をしていたが、その状態を解除したようにすっと頭を上げると、ヌィビットはそのまま畳に手を付け、そのまま軽く会釈をするように『はい』と頷きの言葉を零すと……、緑薙はヌィビットのことを見て言う。
「お前の処遇は決まった。すぐにこの場から去れ。貴様の顔なんぞ、今日はもう見とうない。これ以上見とうないからそのまま失せぃ」
戸の外に仕えの者を呼んでおく。そいつの案内に従え。
その言葉を聞いたヌィビットはその言葉に反論などすることもなく、肯定と言わんばかりにその場から徐に立ち上がり、そのまま踵を返して出口に向かって歩みを進める。
足が畳を擦り、その時に生じる音が室内に響き渡る。
暗闇に長くいたせいなのか、暗闇でもなんとなくだが辺りが見えるようになっていたヌィビットは、シリウスの横を通り過ぎ、そのままエド達の横を通り過ぎた後、膝を付き俯いているクィンクに向かって近付く。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
ヌィビットが近付くたびに足音が大きくなり、その音を聞いたクィンクは俯いていたその視線をさらに下に向け、俯きを深くする。
その行動は己の本能的行動であり、ヌィビットのことを見ることができないという感情と、合わせた時にどんな顔をすればいいのかと言う想いを抱えた状態で見ることができない。そんな感情を表れでもあった。
クィンクのその行動を見ていたエドは内心――自分の行いの所為で他人に迷惑をかけたから顔を合わせたくないんだな……。と思いながらクィンクのことを見て、そのまま視線を前に向けてクィンク達から視線を外した。
エドがその視線を外した瞬間、ヌィビットはクィンクの右横をすり抜けるように歩みを進めて通り過ぎようとしていた。
すれ違うように、その歩みを進めた時――
「――――――――――」
「!」
一瞬、一瞬だった。
ヌィビットはクィンクに向けて言葉を言い放った。
何を言ったのかはクィンクにしか聞こえない。それほどの声量で囁いた。
はたから見れば僅かに唇を動かしただけにしか見えないような光景であったが故、誰も気付かなかったが、クィンクは気付いた。いいや、聞いた。
自分にしか聞こえない声で、主の言葉を聞いた。
そして、唇を閉じた後ヌィビットはその場を後にするように歩み、その場を後にして進めていく。
目の前を見るだけで、どの場所にも目を奪われることなく、真っ直ぐの視線と歩みで――
ヌィビットのその背中を見て、そしてクィンクの感情の靄をじっと見ていたハンナは無言のままその光景を見つめ、クィンクの靄の中に含まれる温かい感情を見た後、彼女は思った。
――あれって、嬉しいもしゃもしゃ……、だよね? なんであんなに嬉しいの? 私達には聞こえなかったけど、ヌィビットさんはすれ違う時、何を言われたんだろう……。
そんなことを思いながら内心首を傾げながらハンナはクィンクの感情の靄の変化を見ていた時、室内に『タンッ』と言う何かが閉まる音が辺りに響いた。
それを聞いた瞬間、その音が合図の役割を担っていたのか、その音を聞いた黄稽は「ほほぉん」と言う声を零し、喉をくつくつと鳴らしながら彼は言った。
「これで最大の厄介が無くなったのぉ。しかし赫破、随分生易しいものを下したのぉ。まさか禁固刑とは」
「……何が言いたい?」
黄稽の言葉を聞いた赫破は苛立ちを込めた音色で黄稽のことを横目で睨みつけると、そんな赫破のことを見て黄稽はくつくつと鳴らす喉を鳴らし続けながら言葉を零した。
まるで、お前らしくない。これは滑稽だ。と言わんばかりの笑みと声色で……。
「いんやいんやぁ……。あの男がしたことは同胞殺し。儂等鬼族にとってすればそれは重罪以上の死罪。この場で緑薙の手によって処されることもできたはずだったが、それをしなかった。どころか赫破……、お前さんの鬼の力があれば容易かったのではないのか?」
この場で、あの悪魔族の頭を爆ぜさせることが。
その言葉が辺りに響き渡った瞬間、鬼族の重鎮、そしてシリウスと『12鬼士』の二人以外の冒険者達が顔面を青くさせる。
しかし黄稽はそんな彼等の顔色を面白がるようににやけたその顔を浮かべながら続けて――
「あぁ、もしかすると……、貴様が直接手を下すのは誘い卿の手によって伏せられたわんころか? その者のことを爆ぜようと思っていたのか? そいつ自身を見せしめとして行おうとしていたのだな」
「ふぁっっっ!?」
黄稽はショーマのことを見ながら悍ましいことをけらけら笑いながら言う。その言葉を聞いた瞬間、目の色、黒く感じてしまうその笑みを見たショーマは素っ頓狂な声を上げると同時に心の中で……、 (こ、これはマジの目だ……! 俺、この場で殺されてしまうっ? ここでバッドエンドイヤーッッ!)と心の中で叫びながら思っていた。顔はもう涙の滝を目から大量に出し、更には顔中から滝のような汗を流している。これでは顔中から水が噴出しているような光景だ。
その光景を視界の端で (顔がないので見えないが)見ていたデュランは思い出すような仕草をしながら心の中で『そう言えば……』と思い、そしてショーマの運の悪さもここで潰えるのかと思いながら悲しそうな見えない目を配ったが……。
「阿呆。そんなことはせん」
赫破は黄稽の言葉を否定した。
はっきりとした音色で、呆れるように言いながら……。
赫破の言葉を聞いて、ショーマは心の底から恐怖と言う名の空気が抜けるような息を零し、畳に突っ伏してしまうと、その光景を見ていたデュランは一瞬驚きの肩の震わせをして赫破のことを見た。
それはハンナ達も同じであり、エドとイェーガー王子も同じで、驚きの顔で赫破のことを見ている。
冒険者達の顔を見ていた赫破は内心ショックを受けたような驚きを抱くと同時に、心の中で――
――儂はそんなに外道に見えたんか?
と思いながら呆れの溜息を零しつつ、赫破はハンナ達に向けて言う。
「確かに……、儂はお前さんのことを『負の連鎖しか生まん悪魔の小僧共』と言った。それは未だ拭いきれておらん。悪魔族と言うものは性根が腐っている……、いいや、この場合はそうではないな。悪魔族の者達はかなり人格が歪んでいる者が多々いる。今はたったの七人だが、それでも人格に難がある輩もいれば、この国の者達を見下すようなことをする者もいた。昔からそうだ。古の書物には悪魔と言うものは負の連鎖を生むきっかけを作る輩と言われ、人々はこの国を作ったものであると崇めると同時に、畏怖する存在と言われている。今の七人がどうなのかはわからんが、昔の悪魔族は儂等の不幸を嘲笑っていた」
「……! あ」
赫破の言葉を聞いて、ハンナはふと少し前に初めて出会った悪魔族のことを思い出し、そして七人の悪魔族のことを思い出す。
確かに、あの悪魔族の人達は個性が凄い人たちだったけど、そんなに悪いイメージは……、あ、一人、いたかも……。
そんなことを思いながらハンナはあの時出会った色欲の悪魔のことを思い出し、顔の頬を膨らませてむっとしてしまう。何故むっとしてしまうのかは今でもわからないが、それでもあの時嫌だと思った感受尾は未だに消え失せていないのでハンナはむっとした面持ちで思い出していた。
ハンナの顔を見て首を傾げているイェーガー王子とヘルナイトをしり目に、赫破は続けてショーマのことを見て言った。真っ直ぐ見降ろし、逸らせないような圧を込めるような目で赫破は言った。
「だが、この小僧からはそんな悪意どころか下心など一切感じられんかった。あるとすれば純粋な何かしかないように感じられる」
「……ほほぉん」
「はんっ、小僧だからなんじゃろうて。悪魔は悪魔、外道の心しかない。こいつも禁固刑にするか? それとも、儂がこの場で切り刻むか……?」
赫破の言葉に対し黄稽は納得していないような頷きをし、その話を聞いていた緑薙も呆れるように吐き捨てるような言葉を言う。悪魔族は外道だ。そんな固定観念を貫き通すように二人が言うと、その言葉を聞いていたショーマは今にも泣きそう……、いいや。すでに泣いてしまっている顔で「ひょえええええっっ!」と甲高い声を上げて体を震わせてしまっている。
――もうこのまま話しても無駄なのか……っ!? 本当にバッドエンドイヤーッッ! になってしまうっっ! だぢゅげでーっっ!
そんな最悪のことを思ってしまったショーマは断末魔の魂に叫びを心の中で叫ぶ。緑薙の言葉を聞いて己の死を想像してしまったのだろう。そんなことを思うと同時にそうならないように心の中で状況が変わることを願いながらショーマは願った。
『考えを変えて下さい』
その言葉だけを何度も何度も重鎮三人に向けて、年の波動を与えるようにショーマは願い続ける。
ショーマの呆れるような血走った目力がこもった思いの念力を見ていたデュランは心中で呆れながら――こいつ、本当にあの時『偽りの仮面使』相手に奮闘したあいつなのか……? と、内心あの時の活躍が霞んでしまう様な状況に驚きながら見降ろしていたが、そんなショーマの思いが通じたのか――赫破は二人に向けて言った。
「やめて置け緑薙。黄稽。こいつに対しての処遇はもう考えている」
『!』
「え?」
赫破の言葉を聞いた瞬間、この場にいる誰もが驚きの声を上げてしまったが、最も驚いたのはショーマらしく、ショーマは涙を流し、雫のような鼻水を鼻の穴から垂らした状態で顔を上げ、赫破のことを見て茫然として呆けた声を上げる。
その驚きとショーマの声を聞いた赫破は煙管を軽く左右に振子のように降りながら――
「その詳細に関しては、あとで話す」
こいつとの話が終わったらな。
と言って赫破は視線を最後に話を聞く存在に向ける。それは緑薙と黄稽も同じで、三人の重鎮は今までばらばらだった視線を一つの場所に集中させ、その眼光を向けた。
ずっと立った状態で後頭部に手を回した状態で不敵な笑みを浮かべている存在――シリウスに向けて。




