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PLAY104 『洞穴鼠の絵空事』①

「はぁっ!? 重鎮の一人を殺したぁっっ!?」

「ああ、殺したよ。クィンク……、あぁ――エルフの男のことだよ? その男がヌィビット……、悪魔族の旦那様の悪口か何かを言ったみたいでね。それが癇に障ってしまったらしく手刀で首元を大根の輪切りの如く『シュッパーン!』ってね」

「そんな風にけらけら笑いながらその時のことを大まかに説明するなっ。なんでそんな残酷なところだけをこと細やかに説明した? なんで例えるような言葉で言ったんだこの野郎っ!」

「………………」

「ふー、ふぅー。あちゃっ!」


 重鎮達の話しから場面を切り替え――大声でその言葉を放ったキョウヤは隣で優雅に茶を啜っている狐の亜人――蓬のことを見ていたが、当の本人は『ずずっ』と茶を啜り、うんうんっと頷きながら続きの話をするが、とてもじゃないが穏やかではない。どころか穏やかなんて言う言葉で片付けられるほど簡単な話ではない。


 話を聞くからに人殺しのことが出ているのだ。簡単で片付ける程キョウヤは馬鹿ではない。


 蓬の話を聞いたキョウヤは愕然と言うよりも怒りが勝っているような雰囲気で蓬が言った言葉に対して突っ込みを繰り出す。


 そんな悠長に言うことではない。そう思いながらキョウヤは焦りを零しながら言う……。


 キョウヤのその光景を彼の右隣りで聞いていたコウガは呆れたかのように深い溜息を吐き、呆れるようにマスクに指を差し入れる。


 そんな光景を見上げながらむぃは猫の手で持って湯飲みを両の手でがっしりと掴み、落とさないように細心の注意を払いながらそれを口に近付け、ごくりと飲むが猫の亜人の所為なのか、それとも元々なのか急なお湯の温度に耐えきれなくなり声を零して舌を突き出してしまう。


 ピリピリと痛む舌を冷やすように――まるで辛いものでも食べたかのような息を零しながら……。


 ハンナ達は重鎮三人がいる部屋に入っている最中――アキ達は別室の大広間に通され、そこで残ったメンバー達、アキ達はその場所で腰を下ろして寛いでいた。


 寛いでいたと言っても彼等はあくまでお客。


 客らしく礼儀正しい佇まいで、粗相のないように彼等はハンナ達の帰りを待っていた。


 大広間の内装は和風そのもののそれで、一部の壁には達筆の字で『鬼ノ道険しいもの』と書かれた掛け軸にその隣には黒い銅製の楕円形の壺。その壺の隣には白い陶器の花瓶があり、その花瓶には白い花が活けていた。


 部屋の中央には大きな長方形のちゃぶ台。その机の上には気で作られたお盆と取りやすいように置かれた濃い緑色の湯飲みがあり、何人かがそれを取ったのか空間がいくつも出来上がっている。お盆に置かれている湯飲みは五つしかない。


 残りの湯飲みはすでに他の人達がそれを手に取り、湯飲みにいれた茶を嗜んでおり、空間内に仄かな茶の香りが漂うと同時に、換気のために開けていた戸の向こうから優しく吹き上がる風が空間内の空気を澄んだそれにしていく。


 その空気を吸いながらシェーラはシルヴィと一緒に部屋の壁にもたれかかり、手に持っている湯飲みに口を付けながら風の空気を、匂いを、温もりを堪能し――


 京平は大広間の畳の感触を堪能するようにその畳の上に寝っ転がり、大の字になって目を閉じている京平の横で彼の顔を見ながら湯飲みに口をつけているツグミと湯飲みのお代わりを淹れている虎次郎――


 シロナは湯飲みを持たず、ただ空の世界を見上げながら溜息を吐き、その光景を見ながら善は彼女の隣に座りながら己の得物を抱え――


 アキはその部屋の縁側に腰を下ろし、空をぼぅっとした面持ちで見上げると、そんな彼の横で湯飲みと、もう片方の手にはどこで買ったのかわからないが茶菓子を手に持ってアキの横に座り込むコーフィン。そんな彼等の横にはリカが足をプラプラと揺らしながら二人の顔を見て不安そうにしている。


 その近くでキョウヤとコウガ、そして蓬が話しているという。一見して見れば旅館の大広間の一服風景であり、はたから見ると穏やかな空気が漂う――はずなのだが、そうとはいかないのが今の現状。


 因みにアルダードラは急用で今はここにいない。ゆえにこの場所にいるのは冒険者――つまりはプレイヤーしかいない。


 そんな状況下の中で彼等は残りの仲間達――ハンナ達の帰りを待ちながらこの部屋にいるのだが、そんな状況の中でキョウヤはふとした疑念を蓬にしたのだ。


『あの重鎮さん達、なんであの二人を指名したんだ?』


 と――


 その言葉を聞いた蓬はふと思い出したかのような面持ちで相槌を打った後、淡々とした口調で琴の顛末を簡潔に言った後――キョウヤの突っ込みが飛び、現在に至る。と言う現状が今。


 蓬の言葉を聞いたキョウヤは呆れるような面持ちで頭を抱え、小さな声で「それなら指名されるのも頷ける……。なんでそんなことしちまったんだよ……っ」とぶつぶつと呟き、言葉通り頭を両の手で抱えながら小さな言葉を呟き続ける。


 キョウヤのその光景を見ていたコウガは呆れるような声であからさまと言えるような溜息を零し、その呆れの視線を蓬に向けながら――


「阿呆でも馬鹿野郎でもそんなことはさすがにしねえっつうのにな。お前らのリーダー馬鹿なのか? それとも」

「その従者が……、いいや、従僕が主大好き過ぎなだけだよ。ボクが思うところの――ね」


 これが原因さ――多分。


 そう言いながら蓬はコウガの言葉を遮る様に言葉を零し、そのまま湯飲みに口をつけて湯飲みの中身を喉に通す。


 ごくりと言う喉の音を聞いたコウガは蓬の遮った言葉に対し密かに眉を動かし、明らかな不機嫌を目元で出した後――コウガは蓬に聞いた。


「あー……。あんたの言い方に対してとやかく言いたい気持ちはある。今でもてめぇに対して『うぜぇ』とか言って反論の一つでも何でもしてぇんだが、あんたに反論をしたところで勝てる見込みもねぇ。だから敢えて反論めいたことは言わねぇけど」

「フツーに言葉のキャッチボールをしろ」

「うるせぇ。んで話を戻すけどよ――その従者って、あのエルフ野郎か?」


 コウガは言う。頭を掻きながら呆れる口ぶりと声色で蓬に向けて言うと、その言葉に対しキョウヤは冷静な突っ込みを浴びせる。


 彼なりに内心――反論の喧嘩大会をでもするつもりだったのかという気持ちと、そんなことをこんな場所で、しかも自分を遮って (座っている位置で言うと、キョウヤが真ん中、キョウヤの左にコウガ、右側に蓬が座っており、コウガの左隣にむぃが座っている状態)喧嘩などさせないと言わんばかりにキョウヤは穏便に話をしろと言う。


 要は己の被害を最小限に知るための突っ込みである。


 キョウヤのその言葉を聞いたコウガは呆れるように舌打ちを零し、そのあとで溜息交じりに蓬に向けての言葉を向ける。


 蓬が言う従者と言うのは――暗殺者のエルフ、つまりはクィンクなのか? と……。


 コウガのその言葉を聞いた蓬は『ん?』と言わんばかりの首の傾げでコウガのことをキョウヤ越しに見ると、そのまま蓬は湯飲みを持った手と一緒に湯飲みに向けて手を動かし、とんっと優しく叩くと……。


「? あぁ、クィンクのこと? そうだよ。あいつがあの頭のネジが数本ほど馬鹿になってしまった悪魔族の従者。主本人の頭のネジが馬鹿になってしまっているなら、従者の頭のネジだってその三倍ほど頭のネジが馬鹿になっているあいつこそがクィンク。スレイヤーで闇森人(ダーク・エルフ)


 と、平然とした面持ちで、あからさまの面持ちで言った後、蓬は付け足すようににたりと狐の邪悪な笑みで「君たちのことを本気で殺そうとした石頭」と言い切る。


 ――一言一言人をイラつかせる要素を盛り込んでくる……。


 キョウヤはそんなことを思いつつ、蓬に対して言葉では絶対に勝てない人物だと認識を脳に刻むと、キョウヤとコウガのことをあくどい狐の顔で見ていた蓬はくつくつと喉を鳴らし、彼等から視線を外した後、その流れで鬼の郷の空の世界を見上げ、浅い溜息をふぅっと吐き捨てる。


 蓬の狐の目の世界に広がるのは――まるで鰯雲と言ってもおかしくないような薄い雲の行列。そし青い空。


 そんな空を見上げながら蓬は何を考えているのだろうか。


 キョウヤもコウガも分からない。そしてコウガの横で熱々のお茶に対し猫舌で格闘をしているむぃにはもっとわからない。そんな状況の中蓬は言う。


 空を見上げた状態で、常に微笑んでいるその笑みを浮かべながら蓬はコウガとキョウヤに向けて言った (むぃは聞いていないことを理解しているので彼女には敢えて言わないで言った)。


「そんな石頭の思考回路が一体どんな風になっているのかなんてボクが知る必要なんてない。と言うかあんな人の気持ちも知らないような裕福者の背後にべったりと付いている奴の考えていることなんてどうせろくなもんじゃない。だからあまり詮索はしないし、考えたくもない。反吐出そう」


 でも――と言葉に区切りをつけるようにその言葉を言うと、蓬は続けて言う。握っていた湯飲みに僅かな波を立てるように、蓬は力みを入れながら言った。


「反吐が出そうなボク達とは正反対に、彼等はそんな異常な糸……、まぁ絆……、って言う言葉でもない。これは多分なんだけど、歪な絆って言えばいいのかな? そんなもので繋がって、信頼し、依存して歪み合う。ヌィビット()クィンク(従僕)に依存して、クィンク(従僕)ヌィビット()に依存した結果――ヌィビット()のことを馬鹿にするような物言いをした重鎮をその手で殺めてしまった」

「「………………………」」

「はたから聞けば異常としか言いようのない話。ボクやアルスだって思ったし、最もまとも人のコーフィンだってそう思っている。でも、あの二人からしてみれば異常じゃない。正当防衛の範疇なんだと思う。だって……」


 蓬は言う。淡々としつつも、冷静さと的確さを併せ持った言葉でキョウヤとコウガに向けて、蓬は言った。


 大好きな人のことを馬鹿にされたら、誰だって怒るもの。


 そう言った瞬間、唐突に自然の息吹が郷内に吹き込む。


 ざぁっという風の音が郷を駆け巡り、大広間でくつろいで待機していたアキ達の髪を、衣服を靡かせるように室内に入り込む。


 突然の風にシェーラやコーフィン、アルスなどが驚きの声を零し、女性陣は乱れる髪を手で押さえながらその風が止むのをじっと待つ。


 男性陣はその風を受けながらのされるがままとなり、髪の毛を乱し、衣服の靡きを無視しながらその風に当たり、亜人もある蓬はその風を受けながら狐の毛のブラッシングを堪能する。


 風と言う名の自然のブラッシングを。


 むぃはその風が来たことにも気づかず、ずっと茶の温度と格闘をしていたせいでその風が着た瞬間、目の前を遮る様に己の髪の毛が視界を乱し、その乱れと同時に「にゃっ!」と言う声を零したむぃは驚きの声を上げてぐっと目を瞑ってしまう。


 目を瞑り、少しの間その風はアキ達に向けて戯れを行っていたが、いつの間にかその戯れも飽きたのか、いつの間にか風が止み、視界を遮る様にぎゅっと瞑っていた目をそっと開けたむぃは、困惑ともう来ないかなと言う少なからずの不安を抱きながら『きょろ……っ』とあたりを見回そうとした時、視界の端に入った何かに気付いたむぃは、はっと息を呑むと同時に視線を下に――己が持っている湯飲みに向けた。


 湯呑の中には一枚の花弁。


 茶の水面に浮かぶ紫の花弁。


 それを見ていたむぃは声を出すことも忘れ、その水面に浮いた花びらを凝視しながら呆けた息を零し、一言――誰も聞いていない空間でむぃは呟く。


 何の意味もない、ただそう思っただけの、その言葉を――


「じゅーちんさんのお名前と同じ色のお花……」



 ◆     ◆



 そして場面はハンナ達に戻り、ヌィビットが額をこすりつけるように頭を下げ、土下座をしているところに話を戻す。


「――っ!?」

『――!』

「「「?」」」

「っ! だ、旦那……さ、ま?」


 ヌィビットのその光景を目の当たりにしたエド、ハンナ達、そして重鎮の赫破、緑薙、黄稽はその光景を見て言葉を失い、重陳三人は驚きというよりも意外という顔でヌィビットの後頭部の生え際を見ながら目を点にしている。


 クィンクはその光景を見て震える言葉を零しながらヌィビットに手を伸ばそうとした。


 殺意も忘れ、構えも解いた彼は、今まさに言い方が悪いかもしれないが汚い畳に額をこすりつけている主に向けて手を伸ばし、その行動をやめさせようとした。


『ずっ』と、畳を踏む音と擦る音が重なる様な音が空間内に響くと同時に、その音を聞いたヌィビットは頭を下げた状態で、土下座をしている状態で――


「来るな」

「!」


 ヌィビットは言った。はっきりとした音色で、しっかりとしつつも圧を込めているような音色で彼は言ったのだ。


『来るな』と――クィンクの行動に対しての否定のそれを。


 否定のそれ――すなわちクィンクの行動への制止。


 静止の命令なのだ。


 ヌィビットのその言葉を聞いたクィンクははっと息を呑むと同時に伸ばそうとしていた手と動かそうとしていた足を同時に止め、何かにぶつかったかのような反動の揺れを出しながらもヌィビットの命令に従う。


 行動では従ったが、顔に浮かぶのは疑念。


 なぜ止めるのかという感情を顔に歪みとして出しながらクィンクは再度ヌィビットのことを見ると、ヌィビットは言う。


 土下座をした状態で、彼は冷静な音色で、クィンクに向けて言った。


「クィンク。前にも言ったはずだぞ? 『お前の気持ちはよくわかる。お前が私のことをどれほど考えているのか、そしてお前が私のためにその手を汚してきたのかもよくわかる。身に染みるほどよくわかる。しかしそれは時に人にとってすれば猛毒となり、傷つけていることですらわからなくなってしまう時もある。私はそれを()()()()()()()()()()()。信頼されるという気持ちも、その信頼に対して甘える幸福感も、その信頼と言う感情が歪み、あらぬ方向に向かって最悪の結果になってしまったという絶望も、私は体験している』と、そして『お前が私のことを第一に考え、私の人命を最優先にすることはよく理解している。その結果あんなことになってしまったことも十分理解しているが、これは私が招いた結果でもあるんだ』と。そう言っただろう? 信じろと言っただろう? ならばその言葉を最後まで忘れずにいてほしいのが私の本音だ。それを破ることは――私への小さな裏切りだ」


「し、しかし……、旦那様がそのようなことをする必要などないです。それに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ヌィビットの言葉を聞いたクィンクはおずおずと言わんばかりの困惑、混乱を顔に出し、落ち着きのないような手ぶりをしながらわたわたとヌィビットに向けて言う。


 覇気のない音色。先ほどまでの殺気が嘘のような喪失感。


 初めて出会った時の暗殺者の顔が嘘のようになくなってしまったクィンクのことを見て、エドはあぁ……、やっぱりな。と思い、己の仮説が証明されてしまったことに頭を再度抱えてしまった。


 そんな光景を見ていたシリウスは未だに陽気な顔つきで後頭部に手を回しながら「どしたの~?」と陽気な心配の声を掛けるが、そんな声など聞けない状況。


 どころか、その陽気な声でさえもエドにとって苛立ちの調味料でしかない。


 クィンクがしでかしたことが今に繋がっているこの状況。


 まさにこれはクィンクがそれを償わないといけないのが本当の筋。


 本当の償い。


 しかし重鎮達の考えの行く先は違っていた。そのことをしてしまった張本人に対してその怒りをぶつけるのではなく、そのことをしでかした張本人の飼い主でもある(ヌィビット)がその命令をしたと思ってしまったのだろう。


 普通に考えればそんなことはあり得ないと思ってしまうだろう。やった張本人のことを疑うのが普通だろうが、人の思考と言うものは――なんとも恐ろしい。


 他人が人の思考を、考えていることを読むことなど絶対にありえない。


 架空の超能力者がいれば別でもあり、ハンナや天族のアバターで行動しているボルドやみゅんみゅん、SKなどは例外として、普通は人の思考など読めないのが普通なのだ。


 そんな中で起きてしまったクィンクのしでかしたこと。


 この場でことの顛末を話そう。


 それは重鎮達の言葉から――生きていた紫刃がヌィビットに対して何か悪いことを言ったのが事の発端でもあり、その言葉に対して逆上しその手を上げてしまったクィンクが起こしてしまったというのが原因。


 その光景を見た重鎮達はクィンクが紫刃のことを殺めた瞬間を目にし、少しの間放心してしまった。


 が――その放心もすぐに解消され、彼等は仮説を立ててしまった。


 目の前で紫刃を殺した理由は、ヌィビットのことを悪く言ったから。


 元々紫刃は口が悪いくそ爺だったがゆえ、色んな種族、同族から恨まれるようなことはあった。それは冒険者に対してもそうで、その悪口を聞いたヌィビットは怒りを露にした。


 怒りを露にしたから自分の飼い犬を使って行動をした。


 本当はそうではない。これはクィンクの独断独走であったのだが、それもヌィビットがしでかしたことと認識をしてしまう。それが間違った道の先なのだ。


 奇しくもエドが予想していた通りの結果でもあり、そのことを知ってしまったエドは酷く落胆をするように頭を抱え、溜息すら出ないような頭の抱え方をしているエドをしり目にクィンクは言う。


「ですので、旦那様がそのようなことをする必要は……」

「何度も言わせるな」

「っ!」


 だが、これに対しても許すことをしないヌィビット。


 追及の一つでも許せない。言葉の一文字だけでも許せない。


 発することを――否定する。


 そう言わんばかりに言葉でヌィビットは言う。『やめろ』でもなければ『静かにしろ』でもない。


 ただの『何度も言わせるな』でクィンクのことを制止させ、その言葉を聞いた瞬間に狼狽したかのように強張りを見せたクィンクのことを見ずにヌィビットは言う。


 はっきりとした音色で彼は言ったのだ。


「必要があるからこそ私はこの行動をしている。あの時はお前の独断と言われてもおかしくない。現にあれはお前がした。それは紛れもない事実だ」

「なら」

「だが、大衆の思考と言うものは分からないものだ。人の気持ちと言うものはまるでわからない。答えがある問題のように正解と言うそれがわからない。何を考えているのかわからないのが――人、知性と言うものを持った者の性なんだ」

「………………………っ」

「誰もが思うだろう。私が命令をした。それが普通に考え何だろう。お前と私の関係を見れば誰もが思う。()()()()()()()()()()()()()()()()と認識していればなおのこと」

「………………………」

「なに――この不始末は私の責任だ。主である私があの時お前を止めていればこうならなかったんだ。これは私の監督不行き届問題だ」


 これは――お前の問題じゃない。私の問題なんだ。


 好きにさせてくれ。


 ヌィビットは言った。


 苦しく零すような声でもなければ呆れるような、失望するような声でもない――ハンナ達が聞いている普通の声でヌィビットはクィンクに向けて言い放つ。


 土下座をしているにも関わらず、その声を聞いた瞬間ヌィビットの体から溢れ出る何かを感じた瞬間、クィンクはそれ以上のことを告げることを拒んでしまった。


 いいや、拒んだのではなく、それを行おうと思わなくなってしまった。の方がいいだろう。


 ヌィビットの予想外の行動を目の当りにし、自分がどれだけ愚かなことをしたのか。それと同時にこれは自分がそうさせていることを知ってしまった瞬間、言葉を紡ぐことをやめてしまった。


 責任を押し付けるという選択ではなく、部下がしでかした責任を己が背負う上司のように、ヌィビットもクィンクのしでかしたことを己の責任として償おうとしている。


 そんな誠意を見てしまえば、己の失態を考えてしまえば――そして、主がこうも頑なに言っているのならば……、従うしかない。


「は」


 クィンクは頷き、狼狽に近いような動きでおずおずといった形でその場に座る。畳が擦れる音がハンナ達の耳の鼓膜を僅かながらに揺らし、その音が聞こえると同時に畳に何か重いものが置かれるような音が聞こえた。


 その音を聞いて、二人のその話を聞いていたハンナは今まで掴んでいたヘルナイトの手の握りをやめ、するりとその手から零れ落ちるように己の手を落とし、空を彷徨わせるように中途半端なところでその手を止めてしまう。


 空中の壁に手を添えているようなその行動に、イェーガー王子は彼女の驚きの眼とヌィビットの行動、クィンクの姿を目に映した後、王子はヘルナイトに向けて――


「座れ武神。今は彼等の話が先だ。その話の最後を聞こう」


 たとえ、この先に待つ者がどんなものであろうとも。


 と言う。はっきりとした音色で王子は言うと、その言葉を聞いたヘルナイトも重鎮三人のことを見た後、頭を下げているヌィビットに視線を移して一幕間を置いた後――ヘルナイトは小さな声で肯定のそれを零し、その場に腰を下ろす。


 その腰の下ろしの音を合図にして、ヌィビットは頭を下げた状態でそっと目を開け、後頭部を重鎮三人に見せながら彼は言った。


 ひどく冷静でもあるが、その冷静の中にある芯が太い声と言葉で、重鎮の言葉を重く受け止め、その言葉に従う覚悟を決めた雰囲気で彼は言ったのだ。


「長らくの間待たせてしまい申し訳ない。そして此度の一件に関して――申し訳ないことをした」

「「!」」

「ほほぉ……ん?」


 ヌィビットの言葉から零れた謝罪の言葉。


 はたから聞けば上辺にしか聞こえないようなそれではあるが、それでも謝るそれを示したことに対して赫破と緑薙は驚き、黄稽は驚きの笑みと共に疑問の首の傾げをして言葉を零してしまう。


 黄稽に至ってはどうやら予想が違っていたのだろう。名前の通り己が描く滑稽の末路を面白がるという未来ではない事態に、黄稽は首を傾げ、あれ? と言う声を零しそうな引きつった笑みを浮かべる。


 そんな黄稽とは裏腹に赫破と緑薙は驚きの顔をしながら頭を下げて、謝罪の誠意を見せているヌィビットに視線を向け黙っていると、ヌィビットは黙ったその頃合いを感じ、続けて言葉を言う。


「あなた方との友好を深めるはずが、まさかあのような結果になってしまうとは私自身思っても見なかった。と言ってしまうと、あなた方からしてみれば『うまい話を零す舌と口だな』と罵るだろう。そ匂罵倒も私は受け入れよう。それほどのことを私の部下……、いいや、私はしてしまったのだ。あなた方にとって友情と言う名の糸で結ばれた同士を、友を殺した。それすなわち大罪に他ならない」

「「「………………………」」」

「私ももし、心の底から許せるものを目の前で殺されてしまったら、きっと正気でいられない。いいや発狂するだろう」

「「「………………………」」」

「その気持ちと同じにするなとあなた方は言いたいだろう。その気持ちは分かる。私はそれほどのことをしてしまった挙句、わかったような口を言うこと自体不愉快に聞こえてしまうだろう。ならばw他足がすべきことはたった一つ――恨むなら己のことを恨みましょう。この場であなた方の同胞を殺した罪を償いましょう。如何なる命令も従います。禁固刑も重罪も極刑もなんでも従いましょう。あなた方の気が済む方法で」


 私を――私だけを――


 処罰してください。


 はっきりとした音色で、覚悟を持った音色で言うヌィビット。その口から零れた言葉を聞いた誰もが驚きのあまりに言葉を失い (騒いでいたショーマもいヌィビットも聞き入ってしまっている)、重鎮の三人も今までの恨みが一瞬吹き飛んでしまったかのような面持ちでヌィビットのことを見ていた。


 確かに、鬼の郷にとって鬼族の殺しは重罪。


 それも他国――異国の者達がそれを行ったとすれば鬼族の怒りを買うことになる。


 現実で言うところの即刻死刑か殺された鬼族と同じ処刑方法になるかだろう。


 そんな事態に対し、普通の人ならば慈悲を求めるかもしれない。話し合って何とかするかもしれない。素直に状況を呑み込み、そして受け入れる人はごくごくわずかだ。


 その僅かにヌィビットは含まれ、彼は言ったのだ。


 処罰を甘んじると、自分一人だけで、それを受けると、ヌィビットは言い切ったのだ。


 これが、ヌィビットのこの結果がこの先の事態に一体どのように影響するのか、それはだれにもわからない。もしかしたら影響などないかもしれないが影響があるかもしれない。


 しかしそれでも、その光景を見たハンナはその目に写る光景を見て驚きを隠せなかったのは事実だ。


 なにせ、ヌィビットの体から零れるもしゃもしゃから、嘘と言う名のもしゃもしゃが出ていなかったのだ。


 すべてが心の底から出ている言葉。心意と言うことを知ると同時にハンナは思ったのだ。


 ――この人は、すごく心が強い人だ。


 そう思ったハンナは無意識に己の胸に手を添え、その辺りでぎゅっと心臓を己の手で掴むように握りしめる。


 心の強い人の姿を見て、この人には誰にも敵わない。


 そう思いながら……。

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